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血と汗と涙の日本外食史

血と汗と涙の日本外食史

阿古真理

 私は生活史研究家という肩書で、食を中心にした暮らしの歴史を書いている。最初の食の本『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』(筑摩書房)で家庭の食卓を描いたことから、これまでは家庭料理の歴史を書く機会が多かった。その仕事を見守ってくださっていた亜紀書房の内藤寛さんが、総合的に食の歴史がわかるように、と「今度は外食を書いてみませんか?」とご依頼くださり、書くことになったのが今年3月に上梓した『日本外食全史』である。

 幸い、外食に関しては、大量の参考文献がある。そしてインターネットがあるおかげで、ウェブマガジン等の情報に加え、古書の情報も比較的たやすく見つかる。
例えば、西洋料理の日本史。フランス料理の日本史はくり返し書かれ、NHKの『きょうの料理』で有名になった帝国ホテルの村上信夫やホテルオークラの小野正吉については、いくつも資料がある。しかし、同番組に最初に出演したフランス料理人で、彼らより前にフランス料理を支えた田中徳三郎については、あまり資料がない。そして見つけたのが、田中の自伝的エッセイ集の『西洋料理六十年』(柴田書店)で、1975年刊である。戦前の西洋料理史で重要な役割を果たす「中央亭」についても、社史として発行されたらしい『西洋料理事始 中央亭からモルチェまで』(中央亭)を見つけた。こちらは1980年刊である。

 こうして集めた新刊・古書は、段ボール箱10箱分にもなった。
 『日本外食全史』は何しろ全史なので、料亭からお好み焼きなどの庶民食、フランス料理やイタリア料理、中国料理、インド料理まで、主だった外食全部の歴史を掘った。
 非常に感銘を受けたのが、外食史が庶民の血と汗と涙の結晶でできている事実だった。飲食業で働く苦労だけでなく、外食文化に新しい展開をもたらした料理人や創業者に、そもそも苦労人が目立つのだ。
 「天皇の料理番」として有名になり、その人生が小説になり、三度もテレビドラマ化された秋山徳蔵は若い頃、なかなか生業を決められず、結婚させられても家に居つかず家族を困らせた。焦って他店でも修業したことが師匠にバレ、不遇をかこってフランス渡航を思いつく。しかし、現地ではアジア人差別に遭遇している。やがて努力が認められると、フランスで店を開こうと考えたぐらいに気に入った秋山だったが、求められて帰国し、戦前日本の西洋料理界を背負う巨人になった。

 帝国ホテルの村上信夫も、苦労人である。洋食屋を営んでいた父は、村上が2歳だったときに関東大震災で2店に増やした店を両方失う。不動産経営で食いつないだ後、立ち直って料理人に戻ろうとした折、家に転がり込んできた親せきからもらった結核で亡くなる。母も結核をうつされ亡くなる。村上が5年生のときだ。結局小学校も卒業できないまま料理人修業に入って、帝国ホテルで大成した。その間戦争にも行き、シベリア抑留も体験している。
 ホテルオークラの小野正吉は、激戦地ラバウルからの生還者である。彼の苦労はどちらかといえば、社会人としてが大きい。修業中の厨房は暴力が横行し、殴られたり罵声を飛ばされたりしている。ホテルオークラでは、レストランで修業してきたことで、部下たちから軽く見られるなどの苦労をしている。しかし、出身ホテルが違うことから対立する部下たちをまとめようと、本場フランスからシェフを招いて皆で学んだ結果、新参ホテルのレストランが一流に育っていくのである。

 戦後、隅田川東側の下町で人気を得ていた酎ハイをアレンジし、居酒屋チェーンに導入したのは、「村さ来」創業者の清宮勝一である。けた外れに儲かるこの商品の考案が、次々と居酒屋チェーンが生まれ発展する契機となった。
 清宮は国後島の網元の家で生まれたが、日本が北方四島を失ったあおりで、家族で根室に移住している。父は漁師をし、母は雑貨屋を営んで、8人の息子を育てた。大学進学をしようとしたところまではある程度恵まれていたとも言えるが、浪人中に父と弟が時化のために遭難。進学を断念し、当時流行っていたトリスバーのバーテンダーから始めて、人生を切り開いた。

 何かと問題が取り沙汰されるワタミ創業者の渡邉美樹も、実は苦労人である。母を小学校5年生のときに亡くしている。その後すぐに父の会社が行き詰まり、苦しんだ末にキリスト教系新興宗教に入信していた。恵まれない人のために貢献しようと、事業家を志して居酒屋チェーンを始めている。
 居酒屋チェーンはコロナ禍、特に苦しんでいる飲食業でもある。何しろ営業が制限され、閉店が相次ぐ業界なのである。彼らの苦労はいつまで続くのか。もしかすると、昭和が終わった頃にファミレスが従来の商売をやっていきにくくなったように、居酒屋チェーンは平成が終わった今、新しいビジネスモデル構築を必要としてるのかもしれない。実際、新しい形態の居酒屋ビジネスは、生まれ始めている。

 その時代時代で生じるさまざまな問題にぶつかり、新しい外食のあり方をつくってきた彼らなくして、日本の外食の今はあり得ない。日本が世界有数のグルメ大国になれたのは、こうした人々の貢献あってこそなのである。

gaisyoku
『日本外食全史』 阿古真理 著
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https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=997

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