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「さよなら朝日」

「さよなら朝日」

石川 智也

 羊頭狗肉の書題と言われてしまうかもしれない。
 私は現役の朝日新聞記者だが、オールドメディアから脱出してネットメディアの世界に飛び込もう……などとは思っていない。辞表を叩き付ける前に、裏切り者の汚名を浴びつつ、立つ鳥跡を濁しまくって会社の不都合な真実を暴露してしまおう……とも考えていないい。いまのところ、社を飛び出す気はまったくない。では、何に対しての「さよなら」なのか。
 若い世代にはもはや通じないだろうが、かつて「朝日岩波文化人」という言葉があった。革新勢力やいまの護憲リベラル勢力が言論のよりどころにし、自由や公正を重んじる立場の人たちから支持を集め、まぎれもなく権威があった。だからこそ週刊誌の「朝日叩き」特集は部数を稼いだし、1990年代の「新しい歴史教科書をつくる会」運動は、少なくとも当事者たちにとっては、戦後民主主義や朝日岩波が代表する主流言論に対する挑戦でもあった。

 しかしいまや攻守は逆転した。「リベラル」は世界的にみても、失地を広げるばかりだ。それはなぜなのか。
 7年8カ月に及んだ安倍政権下、6度の国政選挙でリベラル勢力は敗け続けた。そしてそのたびに、「信任なき勝利」とか「議席数と民意には乖離がある」といった負け惜しみを垂れ流してきた。自分たちこそ賢明で理性的で寛容であると信じ込み、安倍・菅政権やトランプやBREXITを支持し続ける人をまるで言葉も通じない者たちかのように腐して愚民視し、不都合な民意を「ポピュリズム」と断じてきた。
 リベラル失墜の原因は、社会で「上下」の分断と不平等が大きく進行しているにもかかわらず、LGBTQやジェンダーや多様性の問題にばかり熱心で(もちろんこれも重要な問題ではあるが)、グローバル化に適応できない国民を見捨てている、と多くの人に認識されてしまっていることにある。

 さらに、リベラルが右派やネトウヨだけでなく多くの人にうさん臭がられているのは、そうしたエリート主義だけでなく、自由・公正・寛容という真にリベラルな価値自体を実は裏切り、ダブルスタンダードでご都合主義的な言動をとっていることに理由があるのかもしれない。つまり、「言っていることとやっていることが違うじゃないか!」と。
 2014年の池上彰コラム問題は自らに不都合な言説を隠微に排除しようとしたことに他ならないし、東京五輪をめぐっては、主要メディアはいまに至るまで、「中止」も含めた開かれた議論を展開しているとは言い難い。朝日、毎日を含め全国紙はすべて東京五輪のスポンサーになっているが、一方では「報道では公正を貫く」と宣言している。

 黄昏れゆくリベラルが「朝日」としてまた昇るためには、従来の報道や論説における矛盾や欺瞞、過ちを直視したうえで、「非リベラル」な体質と「さよなら」し、批判的自己検証によって再生するしかない。
 そうした狙いの下、本書では、「世間にご迷惑をおかけしました」式の謝罪報道、日本版パリテ法報道、憲法9条問題、原発報道、沖縄問題、天皇制について取り上げ、それらをめぐるリベラル言論が実のところ、それぞれムラ社会的同調圧力、セクシズム、立憲主義の破壊、原子力平和利用の推進、米軍基地の固定化、権威主義という、リベラリズムの反対物に転化していることを指摘した。

 いわばリベラル言論にみられる「うさん臭さ」をなんとか可視化した、ということだが、当然ながら、こういう批判はすべて自分に跳ね返ってくる。結局は安全地帯からの遠吠えで「ええかっこしい」じゃないか、とか、腰が引けた内部批判だ、と見られてしまうかもしれない。社内言論の不統一は読者を混乱させる、という指摘もありそうだ。リベラル陣営からは「味方叩きをしている場合か」との声もあるかもしれない。
 しかし、リベラル失墜の原因が、標榜する自由や公正といった価値をひそかに裏切っていることを嗅ぎ取られていることにあるのなら、捲土重来のためには、自らの弱点を見つめるしかない。
 もはやリベラルは挑戦者なのだから。

 日本の新聞ではここ10年ほど、署名記事が増えている。が、記者の名を並べれば並べるほど(近ごろは4人とか5人の署名記事も散見される)、取材者・書き手としての主体性は霧消してしまっている。個の責任が組織に融解してしまった「集団主語」の報道や論説は、日本のメディアへの信頼を減退させる要因になってしまっている。
 本書は論考集であり、ファクトに肉薄すべき社会部系の記者である私の「本務」ではないかもしれない。しかし、逃げずに自らを主語にし、リスクを負った上で、論拠を示し且つ反論に開かれた「論」を提示したつもりである。こうした姿勢こそが、ファクトが容易に「オルタナティブ・ファクト」によって相対化されてしまうこの時代に、意見の異なる者同士の相互批判的言論の場を担保することにつながるのではないか。少なくとも、自社の社論を正面から批判する記者がおり、社内に多様な言論があることを示すことは、言論機関としての信頼をつなぎ留めることにつながり、読者にとっての利益にもなるはずだと、信じたい。
 テーマが多岐にわたった論考集ゆえに、読み通すのは難儀かもしれないが、関心ある章をつまみ食いしていただくだけで十分。ぜひご一読を。

asahi
『さよなら朝日』石川智也 著 
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