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周縁(マージナル)、路上(オン・ザ・ロード)から生まれた本たち

周縁(マージナル)、路上(オン・ザ・ロード)から生まれた本たち

新宿書房 村山恒夫

 『新宿書房往来記』(港の人)、私の初めての本である。昔から本ではなく出版社(出版者)そのものが話題になるのは、誕生の発足時か倒産時といわれてきた。途中経過の本は「創業◯◯年」に刊行される社史のたぐいだろう。まして編集者が自社で本を出すことはまずない、あるとすれば本人が死んだ後の遺稿集の場合だろう。それはまさに「饅頭本(まんじゅうぼん)」だ。

 この本は鎌倉の出版社「港の人」から生まれた。私は2001年から新宿書房のHPの片隅にコラムを書いてきた。この間、途中で7年間!も休んだこともあり、実に気の向くままに書き散らしてきた。2019年1月からほぼ週1回アップを目指すようになり、2020年の3月から始まったコロナ禍以降も同じペースで書いてきた。本人は〈『週刊村山タイムズ』の地方通信局長〉のつもりだ。取り上げるテーマは当然、新宿書房に関連する本や亡くなった関係者の思い出話が多かった。しかし、できるだけ新聞などに取り上げられた事象に関連する本の話を書いてきたつもりだ。

 2019年の夏のある日、長い付きの合いのある鎌倉の出版社「港の人」社主の上野勇治さんが、当時九段下にあった事務所にやってきた。
「村山さんが書いてきたコラムを本にしませんか。」ほんとうにびっくりした。うれしい話ではあったが、同時に不安もあった。本当に自由に気ままに、だれに向かって書いているわけでもなく、あちこちに寄り道しながら、本にまつわることを調べ、記し、フラフラと書き続けてきたコラムなのだ。HPのコラムは簡単に画像を貼れるし、関連サイトに飛ばせる。私の癖でもあるが、話題が広がり横に飛ぶ。どうしても画像、サイトにたよる文章を書くことになる。

 文字だけで果たして1冊の本になるのだろうか。企画を考える小出版社としても、あるいはひとりの編集者としても心配になった。しかし、上野さんの熱心な誘いがあり、この温かいうれしい提案を受けることにした。すべての構成・編集を港の人の上野勇治さん・井上有紀さんご夫妻におまかせすることにした。まさに「船頭(編集者)は二人はいらない」のである。

 上野さんの提案がうれしかったのだろう。その年、2019年の年末の忘年会でこの単行本の話が進んでいることを、仲間のみんなの前でつい呟いてしまった。

 2020年に入ると、HPのコラム以外に新聞・雑誌に書いた文章などのコピーを探し出して、上野さんに送った。そして何度かやりとりをした。2021年7月のはじめ、上野さんから遅くなりましたと連絡があり、ほどなくHPのコラムから選んだプリントの大束が送られてきた。コラム「三栄町路地裏だより」(63本)「俎板橋だより」(129本)の中からと、新聞・雑誌に書いた原稿の中からいくつかが選ばれていた。ちょうど7月から事務所は九段下から中野の白鷺にある茅屋の2階に移っていた。

 そして、7月16日に、上野さんは進行・編集についての相談のために、はるばる鎌倉からこの事務所までやってきてくれた。上野さんは巻末にぜひ「新宿書房刊行書籍一覧」をおきたいと言う。さっそく、編集部の加納さんが、発売元になった本をのぞく全リストを作ってくれた。これは緩く並んでいるエッセイ群を締める横軸となるはずだ。

 つねづね「人名・事項索引、関係年譜もない本は本ではない」などと言ってきた私だが、この本にはあえて人名・事項索引、関係年譜をお願いしなかった。この本が包括的な出版社の会社誌ではない、結果として、光と影のうち、光の部分のみが表に出たことになる。この本に登場していない人物や書籍もたくさんある。またいい話ばかりでない、影の部分、トラブル、ケンカもあった。2度と思い出したくない事も、会いたくない人もふれていない。しかし、本書を読んだ読者が、新宿書房のまだ見ぬ部分、歴史の余白をかすかにでも感じることができたら、これはある意味、成功したことになる。

 それから間もなく8月5日には、ついに8章のテーマに分けられ、45本のエッセイとなった初校ゲラが送られてきた。もちろん写真・画像はない。集め本ではあるが、松本昌次さんの標榜する「単行本編集主義」に倣う、見事な編集(原稿ではない)ではないか。そして、再校、三校、念校と進み、10月20日に、上野さんに責了紙をお返しした。
港の人は書名にもこだわった。わたしの奇想天外なタイトル案の希望は却下され、『新宿書房往来記』になった。いまはこの書名に私も大いに気に入っている。新宿書房の本が、中心(センター)でなく周縁(マージナル)は路上(オン・ザ・ロード)などの往来から生まれてきたことを読者に伝えたかったのだ。

 2021年の12月8日、いよいよ港の人から見本が送られてきた。装丁は長田年伸さん、挿画はベラルーシ出身のニアさん。これがすこぶる評判がいい。刊行から、2ヵ月が経った。ありがたいことに早くも紹介、書評の記事が出て来ている。『新文化』『毎日新聞』(今週の本棚)、『映画芸術』(岡村幸宣さん)、『東京新聞』・『中日新聞』(宮崎正嗣記者)、『サンデー毎日』(平松洋子さん)、『夕刊フジ』などなど。最後に嬉しいご報告をしたい。この本が発売と同時に、素晴らしい催しがおこなわれたことである。一つは神田・神保町の東京堂書店で開催された本書刊行記念「新宿書房祭」(2021年12月6日〜2022年1月17日)で、目を見張るカラーパネルの展示構成の中、好評裡に終了した。もうひとつは、くまざわ書店武蔵小金井北口店で開催されている「出版記念合同フェア新宿書房×港の人」(2022年1月17日〜3月末まで)だ。

 初めての本。本が誕生するまで著者だれでもが経験する至福の時間を過ごさせていただいた。版元の港の人のおふたりに、あらためて感謝したい。


『新宿書房往来記』  村山恒夫 著
港の人  四六判/上製本/本文344頁 
定価:2,800円(本体価格・税別)  好評発売中!
https://www.minatonohito.jp/book/401/

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