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ポラン書房を撮る 映画『最終頁』について

ポラン書房を撮る 映画『最終頁』について

中村洸太

 

 「自著を語る」の番外編として、私が自主制作したドキュメンタリー映画『最終頁』を紹介させていただきます。

 この映画は、古書店「ポラン書房」の閉店を描く、10分間のドキュメンタリーです。ポラン書房は、東京都練馬区の西武池袋線・大泉学園駅にあった古書店で、2021年2月7日に実店舗営業を終えました(現在はオンラインで営業中です)。映画は、店主の石田恭介さんが緊張した面持ちで営業終了の時刻を告げる場面から始まります。そこから数週間前に遡り、ポラン書房のこれまでの足取り、パンデミック下に受けた影響と閉店に至るまでの経緯を辿りつつ、石田さんや客たちそれぞれの書棚への思いに光を当てています。

 ポラン書房は、小学校入学前からなじみの「街の古本屋さん」でした。駅前に移転するまで、大泉学園通りを北に進んだ関越自動車道の高架近くにあり、よく父に連れて行かれました。入り口の正面ではゴリラのぬいぐるみが出迎え、左右に高い本棚が聳え立つ店内は、幼かった私の目には、どこか非日常的な異空間に映ったことを覚えています。その後、ポラン書房は駅から徒歩5分の便利な場所に移転し、店の規模は倍に、店内の明かりは蛍光灯から暖かな色の白熱電球になりました。こだわりの内装で彩られた店内は、端から端まで美しく本が並べられ、ただそこに立って本の背を眺めているだけで不思議な幸福感に包まれました。ドアの風鈴の音とともに中に入ると、私のお気に入りの映画の棚が左の壁際に、漫画の棚が右側の突き当たりにありました。ポラン書房はトークショーなどのイベントをよく開いており、2010年、私が11歳のとき、店内で上演された演劇をMini DVカメラで撮影したこともありました。石田さん自身も出演された朗読劇です。

 今思うと、私にとってポラン書房は「そこにあるのが当たり前」な存在だったのかもしれません。私は必ずしも熱心な客ではありませんでした。ポランが閉店すると知ったのは、新型コロナウイルスのパンデミックから1年が経とうとしていた、2021年の1月初めのことでした。私は大学の自主映画制作サークルで主に劇映画を作っていました。突然の閉店の知らせを聞いたとき、かつてポラン書房でカメラを回したときの記憶がにわかに蘇り、その魅力的な迷路を思わせる空間をカメラに記録したいという衝動、今ポラン書房の閉店の現実に向き合わなければ後悔するのではないかという思いに駆られました。

 ありがたいことにすぐに石田さんに撮影の許可をいただくことができ、1月23日からひとりカメラを持って撮影を始めました。予め映画の全体像は考えず、撮影中はできる限り目の前で起きる出来事をカメラに記録し続けるように努めました。店内は自由にカメラを置けるほど広くはないため、必然的に撮影中はカメラと被写体との距離は近くなります。準備期間がほとんど無かったこともあり、ポラン書房の皆さんがカメラを意識せずに振る舞うということはほとんど不可能だろうと考えました。さらに、閉店という事態も被写体の方々にとって非常にデリケートなものなので、部外者の撮影行為が与える心理的影響にも自覚的でなくてはならないと思いました。そのため、映画を客観的な閉店の記録とするのではなく、被写体の方々と撮影者である私のコミュニケーションの記録とし、私自身の存在も映画に残すことにしました。

 撮影を続けていると、閉店に向けて毎日次々と思いも寄らぬことが起こりました。ポラン書房という空間のなかで、働かれている方、常連の方、閉店を機にはじめて訪れた方など、様々な人々の思いが交錯していき、カメラの前で物語が展開していったのです。ファインダーを通して見ると、ポラン書房はまるで、外の世界から店の中まで、あらゆる物語を引きつけていく「磁場」のような空間でした。私自身もその中に身を置き、時にはそれに巻き込まれながらカメラを回しました。ポラン書房の持つ、こうした求心力こそが、多くの人々を魅了してきたのかもしれません。

 撮影は、店舗がスケルトン、すなわちコンクリート剥き出しの空きテナントとなるまで続けました。さらに、店員の南由紀さんが独立し江古田に新たな古書店「snowdrop」を開店してからの様子、無店舗営業を続ける石田さんご夫妻のお仕事の様子も記録しました。撮影した60時間の及ぶ映像を見直し、私は2つのアプローチで映画の完成を目指しました。多くの方に気軽に観ていただけるようなかたちでポラン書房の閉店の物語をまとめる短編版、および営業最終日も含めて閉店以前・以降の経緯と展開を描く長編版の2本です。

 短編版『最終頁』は、店主の石田さんの語りを中心として構成しました。閉店を迎えた映画の終盤、石田さんは「石神井書林」の内堀弘さんから受け取ったメッセージを読み上げます。この場面をカメラに収めながら、私の中の閉店への喪失感が少し薄れた気がしました。是非、ご覧いただけますと幸いです。

 『最終頁』は2021年11月にYouTube上で公開し、様々な反響をいただきました。また、国内外の映画祭でも上映・配信していただきました。1月には「池袋みらい国際映画祭」で特別審査員賞をいただき、2月には英国映画協会による若者向けの映画祭「BFI Future Film Festival」の選出作品としてロンドンで上映されました。また、シカゴで行われた同じく若者向けの「CineYouth Festival」でドキュメンタリー映画賞をいただき、その折の「物語構成、ヴィジュアル、音響、全体のインパクトなどすべてにおいて優れている」という選評は、今後の大きな励ましとなっています。受賞作として今年10月のシカゴ国際映画祭で特別上映していただくことにもなっています。

 国外での上映後には、イギリスやアメリカでも、パンデミック下で古書店をはじめとする様々な「居場所」が急速に失われつつあるという感想をいただきました。ポラン書房という一つの古書店の物語が国境を超えて広がっていき、それを契機として多くの方に「そこにあるのが当たり前」だった「居場所」について考えていただいていることを大変嬉しく思います。
 
 75分の長編版『ポラン』は、今年3月に完成しました。この映画は、物語の「磁場」であるポラン書房という空間それ自体を主役に据えて構成しました。まだ上映は未定ですが、近い将来どこかで皆さまにお見せできるよう、尽力していきたいと思います。

 最後に、この場をお借りして、ポラン書房の石田恭介さんと石田智世子さん、snowdropの南由紀さん、制作にご協力くださった皆様、そして映画をご覧いただいた皆様に、心より感謝を申し上げます。

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『最終頁』(短編版)はYouTubeにて配信中。YouTube公開版を再編集した「映画祭上映版」はU-NEXTにて配信中。『ポラン』(長編版)は公開未定。
YouTube: https://youtu.be/L6WrpBzNu5s
U-NEXT: https://video.unext.jp/title/SID0068385

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プロフィール 
中村洸太
1998年東京生まれ。立教大学社会学部在学中に映画サークル「シネマトグラフ」に所属し、自主映画を制作。現在は京都大学大学院 人間・環境学研究科 修士課程に在学し、映画学を専攻している。

 
 
 


映画『最終頁』(短編版・約10分) 中村洸太(監督・撮影・編集)
YouTube: https://youtu.be/L6WrpBzNu5s

 
 


CineYouth FestivalでBest Documentary Awardを受賞

Copyright (c) 2022 東京都古書籍商業協同組合

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