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史料纂集古記録編 第89回配本 通誠公記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
今江廣道・小沼修一校訂、続群書類従完成会、平2、1冊
内大臣従一位久我通誠(1660-1719)の、貞享元年(1684)から歿年に至るまでの日記を、宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通誠は、霊元・東山・中御門天皇の信任も篤く、神宮伝奏や議奏などの重職に就任しており、江戸時代中頃の公家社会を知り得る好史料である。江戸時代の公家日記の全文翻刻は、幕末のものを除いては、本記が始めてのものである。

【収録】②1689〔元禄2〕~1692〔元禄5〕
○近衛基熙より親長卿記三十三巻を借る
○伊勢両宮遷宮により奉幣使発遣
○久我家重宝紛失の由来
○大内記高辻長量伊勢一社奉幣の宣命作進の禄を望む
○四辻公韶左右方伶人に楽目録を賜う
○関東年頭使吉良義央上洛
○仙洞玉津島社御法楽和歌の詠進を命ぜらる
○琵琶法師をして平家物語を語らしむ
○過日の光物飛行の節醍醐辺の寺焼亡す
○老中阿部正武所司代松平信興参内
○武家伝奏より再び悲田宗に関する通達あり
○覚鑁上人に興教大師の謚号を賜う
○禁中七夕御会和歌懐紙を献ず
○元勅願寺南都秋篠寺薬師堂大破につき勧進僧来る
○佐々八幡近辺一町余焼亡
○南都大仏開眼供養結願
○毎夜光物飛ぶ
○幕府盲人座惣検校と職検校とを分離す
○石清水放生会宣命上卿を仰付らる
○天皇より色紙を賜わり和歌を書付くべく仰下さるるにより之を献ず
○武家伝奏より鉄炮改の事につき達あり
○参番の間御所の近く火事あり

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第89回配本 通誠公記2

8,800
今江廣道・小沼修一校訂 、続群書類従完成会 、平2 、1冊
内大臣従一位久我通誠(1660-1719)の、貞享元年(1684)から歿年に至るまでの日記を、宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通誠は、霊元・東山・中御門天皇の信任も篤く、神宮伝奏や議奏などの重職に就任しており、江戸時代中頃の公家社会を知り得る好史料である。江戸時代の公家日記の全文翻刻は、幕末のものを除いては、本記が始めてのものである。 【収録】②1689〔元禄2〕~1692〔元禄5〕 ○近衛基熙より親長卿記三十三巻を借る ○伊勢両宮遷宮により奉幣使発遣 ○久我家重宝紛失の由来 ○大内記高辻長量伊勢一社奉幣の宣命作進の禄を望む ○四辻公韶左右方伶人に楽目録を賜う ○関東年頭使吉良義央上洛 ○仙洞玉津島社御法楽和歌の詠進を命ぜらる ○琵琶法師をして平家物語を語らしむ ○過日の光物飛行の節醍醐辺の寺焼亡す ○老中阿部正武所司代松平信興参内 ○武家伝奏より再び悲田宗に関する通達あり ○覚鑁上人に興教大師の謚号を賜う ○禁中七夕御会和歌懐紙を献ず ○元勅願寺南都秋篠寺薬師堂大破につき勧進僧来る ○佐々八幡近辺一町余焼亡 ○南都大仏開眼供養結願 ○毎夜光物飛ぶ ○幕府盲人座惣検校と職検校とを分離す ○石清水放生会宣命上卿を仰付らる ○天皇より色紙を賜わり和歌を書付くべく仰下さるるにより之を献ず ○武家伝奏より鉄炮改の事につき達あり ○参番の間御所の近く火事あり #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第26回配本 十輪院内府記

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
奥野高廣・片山勝校訂、続群書類従完成会、昭47、1冊
内大臣中院通秀(1428-1493)の日記。文明9年(1477)から長享2年(1488)までのうち、文明10年を欠く11年間の日記で、足利義政・義尚時代の宮廷・幕府の実状と世情の動向を活写する。定家自筆の伊勢物語を校合するなど、学芸史料も多く、『親長卿記』『実隆公記』等とともに主要な記録である。また、通秀を媒介として『園太暦』が今に伝えられたことは夙に著名である。

【収録】1477〔文明9〕~1488〔長享2〕
○本願寺へ綸旨
○加賀一揆
○日野富子廃立を行わんとするの風説
○皇居の度々の焼亡を宸憂
○四辻季経について和歌についての意見を加う
○足利義政得度の風聞
○人故実を知らず世有職無き時分
○土一揆蜂起
○久我通博江次第を献ず
○畠山政長同義就らを撃たんと河内に進発
○三条実量は有職抜群の臣
○伏見にて往生講あり
○一条兼良薨去(日本無双の才人)
○王威の軽き事塵介の如し
○義政の東山山荘普請
○洞院公賢五代の末孫公数園太暦を通秀に譲与(千余疋の約諾)
○横川景三の集を校す
○冷泉為広と詠歌を談合
○園太暦目録を採ること日課
○二条持通在京し難く南都へ下向
○鷹司政平家領飛行す
○連歌師宗祇来訪
○白昼土一揆徘徊し土蔵質物を出す
○権官に権の字書かざるは不審
○通世太平記の書与を命ぜらる
○義尚より所持の記録を徴さる
○義尚近江に出陣
○家記悉く紛失
○甘露寺親長と園太暦の事問答
○中院家領上野国衙
○近江鈎の陣に義尚を訪う

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史料纂集古記録編 第26回配本 十輪院内府記

8,800
奥野高廣・片山勝校訂 、続群書類従完成会 、昭47 、1冊
内大臣中院通秀(1428-1493)の日記。文明9年(1477)から長享2年(1488)までのうち、文明10年を欠く11年間の日記で、足利義政・義尚時代の宮廷・幕府の実状と世情の動向を活写する。定家自筆の伊勢物語を校合するなど、学芸史料も多く、『親長卿記』『実隆公記』等とともに主要な記録である。また、通秀を媒介として『園太暦』が今に伝えられたことは夙に著名である。 【収録】1477〔文明9〕~1488〔長享2〕 ○本願寺へ綸旨 ○加賀一揆 ○日野富子廃立を行わんとするの風説 ○皇居の度々の焼亡を宸憂 ○四辻季経について和歌についての意見を加う ○足利義政得度の風聞 ○人故実を知らず世有職無き時分 ○土一揆蜂起 ○久我通博江次第を献ず ○畠山政長同義就らを撃たんと河内に進発 ○三条実量は有職抜群の臣 ○伏見にて往生講あり ○一条兼良薨去(日本無双の才人) ○王威の軽き事塵介の如し ○義政の東山山荘普請 ○洞院公賢五代の末孫公数園太暦を通秀に譲与(千余疋の約諾) ○横川景三の集を校す ○冷泉為広と詠歌を談合 ○園太暦目録を採ること日課 ○二条持通在京し難く南都へ下向 ○鷹司政平家領飛行す ○連歌師宗祇来訪 ○白昼土一揆徘徊し土蔵質物を出す ○権官に権の字書かざるは不審 ○通世太平記の書与を命ぜらる ○義尚より所持の記録を徴さる ○義尚近江に出陣 ○家記悉く紛失 ○甘露寺親長と園太暦の事問答 ○中院家領上野国衙 ○近江鈎の陣に義尚を訪う #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第54回配本 経覚私要鈔4

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,260
高橋隆三・小泉宜右校訂、続群書類従完成会、昭52、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。

【収録】④1458〔長禄2〕~1460〔長禄4〕
○小川弘光南朝の皇胤より神璽を奪取し京に注進す
○旱魃連続し奈良に疫病流行す
○幕府伊勢国司北畠教具をして小川弘光に神璽上進を督促せしむ
○弘光男弘房神璽を取りて逐電す
○幕府斯波義敏に足利成氏追討のため鎌倉下向を命ず
○日野重子尋尊に兵庫郷避渡を迫る
○六方衆蜂起して一向念仏衆の住屋を破却す
○幕府河内摂津両守護をして河上新関を停廃せしむ
○甲斐常治朝倉孝景合戦す
○摂津兵庫関々料の事につき八方大衆蜂起す
○義政花の御所跡に新第を造営し移徙せんことを令す
○越前尾張にて甲斐勢と守護斯波義敏勢合戦す
○今参局日野富子を呪詛せるにより近江に謫さる
○経覚多武峯発遣の高麗船勧進帳を書す
○北畠教具興福寺の田口関領知を承認す
○幕府石清水八幡宮神人の濫妨を怒り山名持豊らをして誅伐す
○大和衆徒国民にも参陣を命ず
○幕府畠山政長を出仕せしめ且義就追伐の沙汰をす
○西園寺公名邸焼き所蔵記録の大半を焼失す

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史料纂集古記録編 第54回配本 経覚私要鈔4

7,260
高橋隆三・小泉宜右校訂 、続群書類従完成会 、昭52 、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。 【収録】④1458〔長禄2〕~1460〔長禄4〕 ○小川弘光南朝の皇胤より神璽を奪取し京に注進す ○旱魃連続し奈良に疫病流行す ○幕府伊勢国司北畠教具をして小川弘光に神璽上進を督促せしむ ○弘光男弘房神璽を取りて逐電す ○幕府斯波義敏に足利成氏追討のため鎌倉下向を命ず ○日野重子尋尊に兵庫郷避渡を迫る ○六方衆蜂起して一向念仏衆の住屋を破却す ○幕府河内摂津両守護をして河上新関を停廃せしむ ○甲斐常治朝倉孝景合戦す ○摂津兵庫関々料の事につき八方大衆蜂起す ○義政花の御所跡に新第を造営し移徙せんことを令す ○越前尾張にて甲斐勢と守護斯波義敏勢合戦す ○今参局日野富子を呪詛せるにより近江に謫さる ○経覚多武峯発遣の高麗船勧進帳を書す ○北畠教具興福寺の田口関領知を承認す ○幕府石清水八幡宮神人の濫妨を怒り山名持豊らをして誅伐す ○大和衆徒国民にも参陣を命ず ○幕府畠山政長を出仕せしめ且義就追伐の沙汰をす ○西園寺公名邸焼き所蔵記録の大半を焼失す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第42回配本 経覚私要鈔3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,260
高橋隆三・小泉宜右校訂、続群書類従完成会、昭50、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。

【収録】③1452〔宝徳4〕~1457〔長禄元〕
○渡唐船の事につき一条兼良に申入る
○渡唐船を長谷寺舟と定むるも多武峯之を乗取る
○代々先師并に九条家歴代の霊を弔う
○経覚河内守護被官に咨り春日社大般若経料所として河内大庭に関を立つ
○諸関百八十に及ぶ
○今参局使僧を河上関へ下す
○古市胤仙経覚と謀り奈良城に夜討を為す
○兼良尋尊寺務職所望につき将軍家女中に斡旋を依頼す
○足利義政尋尊の寺務職補任を執奏せんことを約す
○興福寺寺務職相論に京都より折中の沙汰下るも尋尊承服せず
○十市遠清ら大乗院門跡領段銭を未進するにより幕府に訴う
○幕府足利尊氏百回忌辰法華八講を等持寺に修す
○幕府軍足利成氏軍に敗る
○尋尊来り講衆衆徒和解につき談合す
○山城衆十六人連署一揆
○河内の土民ら大般若経料諸関を破却す
○大和国衆越智家栄の威に従う
○幕府土倉方に令し土一揆を撃たしむ
○細川勝元土一揆と合戦し敗退す
○南朝の皇族挙兵し吉野衆徒之を支う
○南朝の皇胤弑さる

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史料纂集古記録編 第42回配本 経覚私要鈔3

7,260
高橋隆三・小泉宜右校訂 、続群書類従完成会 、昭50 、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。 【収録】③1452〔宝徳4〕~1457〔長禄元〕 ○渡唐船の事につき一条兼良に申入る ○渡唐船を長谷寺舟と定むるも多武峯之を乗取る ○代々先師并に九条家歴代の霊を弔う ○経覚河内守護被官に咨り春日社大般若経料所として河内大庭に関を立つ ○諸関百八十に及ぶ ○今参局使僧を河上関へ下す ○古市胤仙経覚と謀り奈良城に夜討を為す ○兼良尋尊寺務職所望につき将軍家女中に斡旋を依頼す ○足利義政尋尊の寺務職補任を執奏せんことを約す ○興福寺寺務職相論に京都より折中の沙汰下るも尋尊承服せず ○十市遠清ら大乗院門跡領段銭を未進するにより幕府に訴う ○幕府足利尊氏百回忌辰法華八講を等持寺に修す ○幕府軍足利成氏軍に敗る ○尋尊来り講衆衆徒和解につき談合す ○山城衆十六人連署一揆 ○河内の土民ら大般若経料諸関を破却す ○大和国衆越智家栄の威に従う ○幕府土倉方に令し土一揆を撃たしむ ○細川勝元土一揆と合戦し敗退す ○南朝の皇族挙兵し吉野衆徒之を支う ○南朝の皇胤弑さる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第4回配本 山科家礼記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,510
豊田武・飯倉晴武校訂、続群書類従完成会、昭43、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。

【収録】②1468〔応仁2〕~1472〔文明4〕
○東軍足軽西軍馬廻りを虜にす
○浄蓮院に預ける山科家文庫焼かる
○東西両軍火矢を用う
○山科七郷々民世上の儀につき野寄合す
○勝元久守に山科郷の事につき申入る
○山科郷民汁谷口を差塞ぐ
○郷民寄合い両軍の通路を塞ぐ
○山科郷東西両軍の徴発をうく
○郷民長陣迷惑と武家に抗議
○足利義視入京し東岩倉に陣す
○幕府山科家と三宝院相戦わんとするを停む
○西軍山科を攻むるも郷民東軍とこれを退く
○山科長陣迷惑を武家に申入る
○長坂口に新関多く設けらる
○諸国の山科家領守護違乱により無足
○相国寺大塔落雷のため焼亡
○少将局山科家領長坂口関知行安堵を幕府に申次ぐ
○幕府山科郷音羽庄代官職に松田数秀を補す
○山科言国ら細川勝元邸に赴く
○延暦寺京東口通路を塞ぐとの風聞あり
○言国義政に在京を命ぜらる
○言国飛鳥井雅康より蹴鞠口伝伝授
○山科家郷民の東軍参加を求む
○粟津供御人は日本全国で商売をし禁裏供御以下は勤めず

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史料纂集古記録編 第4回配本 山科家礼記2

4,510
豊田武・飯倉晴武校訂 、続群書類従完成会 、昭43 、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。 【収録】②1468〔応仁2〕~1472〔文明4〕 ○東軍足軽西軍馬廻りを虜にす ○浄蓮院に預ける山科家文庫焼かる ○東西両軍火矢を用う ○山科七郷々民世上の儀につき野寄合す ○勝元久守に山科郷の事につき申入る ○山科郷民汁谷口を差塞ぐ ○郷民寄合い両軍の通路を塞ぐ ○山科郷東西両軍の徴発をうく ○郷民長陣迷惑と武家に抗議 ○足利義視入京し東岩倉に陣す ○幕府山科家と三宝院相戦わんとするを停む ○西軍山科を攻むるも郷民東軍とこれを退く ○山科長陣迷惑を武家に申入る ○長坂口に新関多く設けらる ○諸国の山科家領守護違乱により無足 ○相国寺大塔落雷のため焼亡 ○少将局山科家領長坂口関知行安堵を幕府に申次ぐ ○幕府山科郷音羽庄代官職に松田数秀を補す ○山科言国ら細川勝元邸に赴く ○延暦寺京東口通路を塞ぐとの風聞あり ○言国義政に在京を命ぜらる ○言国飛鳥井雅康より蹴鞠口伝伝授 ○山科家郷民の東軍参加を求む ○粟津供御人は日本全国で商売をし禁裏供御以下は勤めず #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第106回配本 権記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
渡辺直彦・厚谷和雄校訂、続群書類従完成会、平8、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。

【収録】③1004〔寛弘元〕~1010〔寛弘7〕
○闘乱の滝口を獄に下す
○道長の命により屏風色紙形の和歌を書す
○日上藤原時光懈怠多し
○村上天皇御記抄の土代を奏覧す
○花山法皇白河御花見
○山城は難治亡弊の第一
○行成道長に新写の往生要集を奉進す
○暴行の廉によりて蔵人藤原定佐を除籍す
○道長小刀を踏み負傷す
○行成八省院の造作を見る
○道長第諸道論義并に作文
○花山法皇崩御
○花山法皇御法事料の法華経等の外題を書し奉る
○新写の後撰和歌集を道長に進む
○行成兵部卿を辞す
○藤原斉信等東宮参賀の途次顕光の下人に投石せらる
○行成藤原師輔の日記十二巻を書写して道長に進む
○藤原公任小野道風仮字本の鑑定を行成に依頼す
○行成道長より借用の西宮記二巻を返却す
○道長行成の病を問う
○電火大雷
○一院院内裏焼亡す
○藤原伊成出家同能信に陵辱せらる
○位記に誤あり、之を改めしむ奏問
○罸酒につきて相論の事あり
○蔵人より後撰集を給わる
○国史編集の事を議定せしむ

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史料纂集古記録編 第106回配本 権記3

8,800
渡辺直彦・厚谷和雄校訂 、続群書類従完成会 、平8 、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。 【収録】③1004〔寛弘元〕~1010〔寛弘7〕 ○闘乱の滝口を獄に下す ○道長の命により屏風色紙形の和歌を書す ○日上藤原時光懈怠多し ○村上天皇御記抄の土代を奏覧す ○花山法皇白河御花見 ○山城は難治亡弊の第一 ○行成道長に新写の往生要集を奉進す ○暴行の廉によりて蔵人藤原定佐を除籍す ○道長小刀を踏み負傷す ○行成八省院の造作を見る ○道長第諸道論義并に作文 ○花山法皇崩御 ○花山法皇御法事料の法華経等の外題を書し奉る ○新写の後撰和歌集を道長に進む ○行成兵部卿を辞す ○藤原斉信等東宮参賀の途次顕光の下人に投石せらる ○行成藤原師輔の日記十二巻を書写して道長に進む ○藤原公任小野道風仮字本の鑑定を行成に依頼す ○行成道長より借用の西宮記二巻を返却す ○道長行成の病を問う ○電火大雷 ○一院院内裏焼亡す ○藤原伊成出家同能信に陵辱せらる ○位記に誤あり、之を改めしむ奏問 ○罸酒につきて相論の事あり ○蔵人より後撰集を給わる ○国史編集の事を議定せしむ #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第82回配本 権記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
渡辺直彦・厚谷和雄校訂、続群書類従完成会、昭62、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。

【収録】②1000〔長保2〕~1003〔長保5〕
○大江匡衡の草昧の文字勘申のことに就きての所見を奏す
○唐物交易の価直のこと等に就きて大宰府より言上する所あり(京定と客定との差異)
○藤原道長唐物の価直に就きて指示す
○行成殿舎の門額を書す(世尊寺流)
○行成相撲日記を道長に進む
○行成白河寺に詣して藤原義懐に謁し息同成房の病を訪う
○帰途盗に襲わるも安倍信行等之を防ぐ
○前典侍邪霊のため狂乱し道長と拏攫す
○邪霊の詞は藤原道隆か同道兼に似たり
○疾疫に依り大極殿に千口僧を請じ新写金剛寿命経を転読せしむ
○東宮道長を介して厳孝法師の勅勘を免されんことを請う
○右京少進に申任ずる藤原致興は殺害の廉に依り追捕宣旨の下りし者
○勧学院に怪異ありその占方を道長に覧ぜしむ
○行成道長より車牛笏を給う
○内裏焼亡に依りて神事を停む
○道長に大和百姓の愁文を覧ず
○諸道勘申する所の内裏火災及び殿門名号の由縁を議す
○行成道長に囲碁負物を進む

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史料纂集古記録編 第82回配本 権記2

8,800
渡辺直彦・厚谷和雄校訂 、続群書類従完成会 、昭62 、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。 【収録】②1000〔長保2〕~1003〔長保5〕 ○大江匡衡の草昧の文字勘申のことに就きての所見を奏す ○唐物交易の価直のこと等に就きて大宰府より言上する所あり(京定と客定との差異) ○藤原道長唐物の価直に就きて指示す ○行成殿舎の門額を書す(世尊寺流) ○行成相撲日記を道長に進む ○行成白河寺に詣して藤原義懐に謁し息同成房の病を訪う ○帰途盗に襲わるも安倍信行等之を防ぐ ○前典侍邪霊のため狂乱し道長と拏攫す ○邪霊の詞は藤原道隆か同道兼に似たり ○疾疫に依り大極殿に千口僧を請じ新写金剛寿命経を転読せしむ ○東宮道長を介して厳孝法師の勅勘を免されんことを請う ○右京少進に申任ずる藤原致興は殺害の廉に依り追捕宣旨の下りし者 ○勧学院に怪異ありその占方を道長に覧ぜしむ ○行成道長より車牛笏を給う ○内裏焼亡に依りて神事を停む ○道長に大和百姓の愁文を覧ず ○諸道勘申する所の内裏火災及び殿門名号の由縁を議す ○行成道長に囲碁負物を進む #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第194回配本 護国寺日記4

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
16,500
坂本正仁校訂、八木書店、平30、1冊
護国寺の役者が日々記した公用日記を初翻刻。徳川将軍家の祈願・祈祷を勤めた護国寺の真の姿を探る。

【内容説明】
護国寺日記は、護国寺の役者が日々記した公用日記で同寺の所蔵にかかる。
途中に欠落はあるものの、元禄10年(1697)~宝暦8年(1757)にいたる253冊が現存する。今回の刊行にあたっては、護国寺所蔵のすべての日記の公刊は容易ではないため、本寺院の歴史上で、桂昌院・徳川将軍家の祈願所として最も隆盛を見せた五代将軍徳川綱吉の代(元禄10年正月~宝永6年2月)に限り翻刻刊行することとする。
護国寺は、天和元年(1681)江戸幕府五代将軍徳川綱吉の命により、江戸大塚に創建された寺院で、神齢山悉地院と号す。開基は綱吉の生母桂昌院、開山は桂昌院が帰依した上野国大聖護国寺前住、同国得成寺住職の亮賢である。途中に欠落はあるものの、元禄10年(1697)~宝暦8年(1757)にいたる253冊が現存する。桂昌院の護国寺参詣は、三十数度におよび、後には徳川将軍家の武運長久を祈る祈願寺となった。後には将軍家の武運長久を祈る祈願寺となった。如意輪観音を本尊とし、その観音堂(本堂)は元禄10年(1697)の創建時のもので、月光殿とともに重要文化財となっている。

【所収】宝永2年(1705)正月~宝永3年12月(1706)

宝永2年6月22日、桂昌院(徳川綱吉母)が79歳で逝去。護国寺は、その生みの親を失いました。

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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16,500
坂本正仁校訂 、八木書店 、平30 、1冊
護国寺の役者が日々記した公用日記を初翻刻。徳川将軍家の祈願・祈祷を勤めた護国寺の真の姿を探る。 【内容説明】 護国寺日記は、護国寺の役者が日々記した公用日記で同寺の所蔵にかかる。 途中に欠落はあるものの、元禄10年(1697)~宝暦8年(1757)にいたる253冊が現存する。今回の刊行にあたっては、護国寺所蔵のすべての日記の公刊は容易ではないため、本寺院の歴史上で、桂昌院・徳川将軍家の祈願所として最も隆盛を見せた五代将軍徳川綱吉の代(元禄10年正月~宝永6年2月)に限り翻刻刊行することとする。 護国寺は、天和元年(1681)江戸幕府五代将軍徳川綱吉の命により、江戸大塚に創建された寺院で、神齢山悉地院と号す。開基は綱吉の生母桂昌院、開山は桂昌院が帰依した上野国大聖護国寺前住、同国得成寺住職の亮賢である。途中に欠落はあるものの、元禄10年(1697)~宝暦8年(1757)にいたる253冊が現存する。桂昌院の護国寺参詣は、三十数度におよび、後には徳川将軍家の武運長久を祈る祈願寺となった。後には将軍家の武運長久を祈る祈願寺となった。如意輪観音を本尊とし、その観音堂(本堂)は元禄10年(1697)の創建時のもので、月光殿とともに重要文化財となっている。 【所収】宝永2年(1705)正月~宝永3年12月(1706) 宝永2年6月22日、桂昌院(徳川綱吉母)が79歳で逝去。護国寺は、その生みの親を失いました。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第177回配本 勘仲記4 1284年〔弘安7〕4月~1286年〔弘安9〕9月

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂、八木書店、平27、1冊
勘解由小路(広橋)兼仲(1244-1308)の日記。広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の『民経記』など代々日記を残した。本記は蒙古襲来に関する具体的な状況、将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関連、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる13世紀後半の一級史料。

【収録】④1284年〔弘安7〕4月~1286年〔弘安9〕9月
●執権北条時宗の死去(弘安七年四月八日条)
四日に死去したとの情報が届き、「天下の重事」として特筆。翌日以後、「関東の穢」により方違行幸を停止し、殺生を禁断した。さらに源頼朝以下、将軍・執権等が死去した際の先例を列挙し、「関東穢」に対応している。
●興福寺と多武峯の争いの激化
興福寺の衆徒が大和国手掻郷(奈良市東大寺転害門付近)を焼き払う(弘安七年九月七日条)。その犯人逮捕を命じる文書を発給した兼仲は、興福寺から放氏されてしまうが、亀山上皇や関白藤原(鷹司)兼平の働きかけで、何とか継氏された(弘安七年九月十六日~十月十日条)。
●石清水八幡宮、鴨社を訴える
石清水八幡宮の神人が兼仲亭へやってきて、鴨社の神人を訴えた。この時は、亀山上皇が鴨社神人の解職を命じている(弘安七年八月十二日~十四日条)。

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14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂 、八木書店 、平27 、1冊
勘解由小路(広橋)兼仲(1244-1308)の日記。広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の『民経記』など代々日記を残した。本記は蒙古襲来に関する具体的な状況、将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関連、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる13世紀後半の一級史料。 【収録】④1284年〔弘安7〕4月~1286年〔弘安9〕9月 ●執権北条時宗の死去(弘安七年四月八日条) 四日に死去したとの情報が届き、「天下の重事」として特筆。翌日以後、「関東の穢」により方違行幸を停止し、殺生を禁断した。さらに源頼朝以下、将軍・執権等が死去した際の先例を列挙し、「関東穢」に対応している。 ●興福寺と多武峯の争いの激化 興福寺の衆徒が大和国手掻郷(奈良市東大寺転害門付近)を焼き払う(弘安七年九月七日条)。その犯人逮捕を命じる文書を発給した兼仲は、興福寺から放氏されてしまうが、亀山上皇や関白藤原(鷹司)兼平の働きかけで、何とか継氏された(弘安七年九月十六日~十月十日条)。 ●石清水八幡宮、鴨社を訴える 石清水八幡宮の神人が兼仲亭へやってきて、鴨社の神人を訴えた。この時は、亀山上皇が鴨社神人の解職を命じている(弘安七年八月十二日~十四日条)。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第55回配本 言国卿記5〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
豊田武・飯倉晴武校訂、八木書店、平26、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。

【収録】1494〔明応3〕~1495〔明応4〕
○勅命にて楊弓事を大工与次に仰付く
○山井景益阿波より上り名物紙を献上す
○言国室里より米を借用す
○大沢重致経師大夫良精より借銭
○借状書に言国袖判す
○徳政は京田舎物騒にても相違なし
○富子禁裏廷臣女房衆に物を取らす
○幕府諸関を停廃す
○内蔵寮率分関も廃止さる
○山科家七夕和歌興行
○山科家に盗人乱入し息定言手向いて重傷を負う
○定言死去により言国涙に咽び諸事忘却す
○七度の流れ灌頂
○故定言の肖像画を薄以量に依頼す
○定言死去により重致出家せんとす
○出雲山科家領雑掌三沢成吉を招請
○地下通路塞がれ正月飾り用木上らず
○山科家々人彦三郎暇を乞い花山院家へ移る
○安陪季音賀茂社神事用に障泥を借りに来る
○菖蒲湯の柴地下より上る
○山科七郷々民禁裏御用に上る
○禁裏外様番衆に菟玖波集校合さす
○備前居都庄年貢銭商人出す
○土一揆物騒にて草子類を他所に預く
○朽木口関公用銭納まる
○山科七郷勧進猿楽

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8,800
豊田武・飯倉晴武校訂 、八木書店 、平26 、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。 【収録】1494〔明応3〕~1495〔明応4〕 ○勅命にて楊弓事を大工与次に仰付く ○山井景益阿波より上り名物紙を献上す ○言国室里より米を借用す ○大沢重致経師大夫良精より借銭 ○借状書に言国袖判す ○徳政は京田舎物騒にても相違なし ○富子禁裏廷臣女房衆に物を取らす ○幕府諸関を停廃す ○内蔵寮率分関も廃止さる ○山科家七夕和歌興行 ○山科家に盗人乱入し息定言手向いて重傷を負う ○定言死去により言国涙に咽び諸事忘却す ○七度の流れ灌頂 ○故定言の肖像画を薄以量に依頼す ○定言死去により重致出家せんとす ○出雲山科家領雑掌三沢成吉を招請 ○地下通路塞がれ正月飾り用木上らず ○山科家々人彦三郎暇を乞い花山院家へ移る ○安陪季音賀茂社神事用に障泥を借りに来る ○菖蒲湯の柴地下より上る ○山科七郷々民禁裏御用に上る ○禁裏外様番衆に菟玖波集校合さす ○備前居都庄年貢銭商人出す ○土一揆物騒にて草子類を他所に預く ○朽木口関公用銭納まる ○山科七郷勧進猿楽 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第59回配本 舜旧記4〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
鎌田純一校訂、八木書店、平26、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

【収録】④1613〔慶長18〕~1616〔元和2〕
○家康のため続日本紀書写
○大坂城二の丸焼失見舞に下向
○神道書を家康に進上
○大久保長安死去
○崇伝に服忌令中臣祓を贈る
○駿河浅間社家新宮左近神道裁許のため上洛
○秀頼母の病気平癒祈願を豊国社に命ず
○中井正清内裏上棟作法を尋ぬ
○法然影像京都に着く
○後陽成上皇宗源行法伝受を仰せらる
○上皇に神道大護摩伝授
○大久保忠隣改易に処さる
○天海上洛
○幕府医官吉田浄慶死去
○方広寺大仏鐘銘につき家康不服を申す
○且元弁疏のため駿府へ下向
○且元貞隆大坂退去
○伊勢踊り京に流行
○家康大坂へ出陣(旗雲出現)
○家康を陣中見舞のため大坂へ下向
○四条河原操興行
○天下不穏につき貴重物疎開
○秀頼母子以下大坂城に自害(打死衆二万計)
○家康二条城へ凱旋
○秀頼遺児国松を捕え六条河原にて生害
○千姫京都見物
○且元死去
○幕府古田重然父子を成敗
○二条城にて天台論義秀忠聴聞
○豊国社廃立の由崇伝内密に伝う
○豊国社惣知行没収

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
8,800
鎌田純一校訂 、八木書店 、平26 、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 【収録】④1613〔慶長18〕~1616〔元和2〕 ○家康のため続日本紀書写 ○大坂城二の丸焼失見舞に下向 ○神道書を家康に進上 ○大久保長安死去 ○崇伝に服忌令中臣祓を贈る ○駿河浅間社家新宮左近神道裁許のため上洛 ○秀頼母の病気平癒祈願を豊国社に命ず ○中井正清内裏上棟作法を尋ぬ ○法然影像京都に着く ○後陽成上皇宗源行法伝受を仰せらる ○上皇に神道大護摩伝授 ○大久保忠隣改易に処さる ○天海上洛 ○幕府医官吉田浄慶死去 ○方広寺大仏鐘銘につき家康不服を申す ○且元弁疏のため駿府へ下向 ○且元貞隆大坂退去 ○伊勢踊り京に流行 ○家康大坂へ出陣(旗雲出現) ○家康を陣中見舞のため大坂へ下向 ○四条河原操興行 ○天下不穏につき貴重物疎開 ○秀頼母子以下大坂城に自害(打死衆二万計) ○家康二条城へ凱旋 ○秀頼遺児国松を捕え六条河原にて生害 ○千姫京都見物 ○且元死去 ○幕府古田重然父子を成敗 ○二条城にて天台論義秀忠聴聞 ○豊国社廃立の由崇伝内密に伝う ○豊国社惣知行没収 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第51回配本 舜旧記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一校訂、八木書店、平26、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

【収録】③1607〔慶長12〕~1612〔慶長17〕
○高麗人七百人来朝
○朝鮮使京見物
○多武峯大職冠像破裂
○結城秀康死去
○座摩神社神主神道裁許状を所望す
○吉田兼治佐渡へ下向
○政所を見舞う
○豊国社へ勅額を賜う
○大久保長安佐渡より上洛
○宮中にて祈祷神道護摩執行
○兼治石見へ下向
○豊国社務萩原兼従高台院姪と結婚
○北野社造営遷宮
○駿府城火災
○秀頼鞍馬寺再興毘沙門天開帳
○家康見舞のため駿河へ下向
○増上寺存応家康に仏法を講ず
○片桐且元豊国社参詣
○且元駿府より上洛
○大仏造立の内談
○秀頼吉田家蔵藤原系図を閲覧
○豊国臨時祭
○義演大仏殿地鎮祭を執行
○細川幽斎死去
○息忠興上洛
○増上寺源誉上洛
○吉田兼見死去
○家康梵舜に神道を勉学せしむ
○忠興萩原兼従に関東下向を推む
○兼従梵舜江戸参着
○金地院崇伝上洛
○大津城へ芍薬見物
○近衛前久薨去
○元亨釈書校合終了
○京都洪水
○吉田にて踊興行
○八条宮智仁親王豊国社参詣
○黒谷法然御影堂炎上
○福島正則豊国社参詣

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
9,900
鎌田純一校訂 、八木書店 、平26 、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 【収録】③1607〔慶長12〕~1612〔慶長17〕 ○高麗人七百人来朝 ○朝鮮使京見物 ○多武峯大職冠像破裂 ○結城秀康死去 ○座摩神社神主神道裁許状を所望す ○吉田兼治佐渡へ下向 ○政所を見舞う ○豊国社へ勅額を賜う ○大久保長安佐渡より上洛 ○宮中にて祈祷神道護摩執行 ○兼治石見へ下向 ○豊国社務萩原兼従高台院姪と結婚 ○北野社造営遷宮 ○駿府城火災 ○秀頼鞍馬寺再興毘沙門天開帳 ○家康見舞のため駿河へ下向 ○増上寺存応家康に仏法を講ず ○片桐且元豊国社参詣 ○且元駿府より上洛 ○大仏造立の内談 ○秀頼吉田家蔵藤原系図を閲覧 ○豊国臨時祭 ○義演大仏殿地鎮祭を執行 ○細川幽斎死去 ○息忠興上洛 ○増上寺源誉上洛 ○吉田兼見死去 ○家康梵舜に神道を勉学せしむ ○忠興萩原兼従に関東下向を推む ○兼従梵舜江戸参着 ○金地院崇伝上洛 ○大津城へ芍薬見物 ○近衛前久薨去 ○元亨釈書校合終了 ○京都洪水 ○吉田にて踊興行 ○八条宮智仁親王豊国社参詣 ○黒谷法然御影堂炎上 ○福島正則豊国社参詣 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第32回配本 舜旧記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一校訂、八木書店、平26、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

【収録】②1602〔慶長7〕~1606〔慶長11〕
○禁裏より日吉七社の神号を記し上らしむ
○伏見に家康を見舞う
○源家系図を調進
○前田玄以の死を弔問す
○結城秀康豊国社参詣
○寺町施餓鬼
○家康豊国社領より二百石を智積院領とす
○加藤清正豊国社参詣
○小早川秀秋死去
○方広寺大仏殿炎上
○石山寺観音開帳
○家康二条城に入る
○家康参内
○家康神道日本書紀について尋ぬ
○江戸神田明神祢宜ら裁許状をうけに上洛
○千姫伏見より大坂城秀頼のもとへ入輿
○板倉勝重へ建武記同抄を贈る
○竜山建武式目を書写し梵舜に贈る
○竹生島参詣
○曇華院焼失
○家康諸社の事天孫降臨の事などを尋ぬ
○義久へ仮名書服忌令贈る
○京の人々豊国踊りに狂う
○勝重に十七条憲法書写本を渡す
○大坂城に秀頼を訪う
○家康吉良流昇殿の事を尋ぬ
○家康に再び源家系図を贈る
○秀忠征夷大将軍宣下
○二十二社神号勧請由来の事勅問あり
○淀殿夢想連歌百韻興行
○後陽成帝へ古事記旧事記献上
○秀頼へ服忌令中臣祓等を進上す

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9,900
鎌田純一校訂 、八木書店 、平26 、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 【収録】②1602〔慶長7〕~1606〔慶長11〕 ○禁裏より日吉七社の神号を記し上らしむ ○伏見に家康を見舞う ○源家系図を調進 ○前田玄以の死を弔問す ○結城秀康豊国社参詣 ○寺町施餓鬼 ○家康豊国社領より二百石を智積院領とす ○加藤清正豊国社参詣 ○小早川秀秋死去 ○方広寺大仏殿炎上 ○石山寺観音開帳 ○家康二条城に入る ○家康参内 ○家康神道日本書紀について尋ぬ ○江戸神田明神祢宜ら裁許状をうけに上洛 ○千姫伏見より大坂城秀頼のもとへ入輿 ○板倉勝重へ建武記同抄を贈る ○竜山建武式目を書写し梵舜に贈る ○竹生島参詣 ○曇華院焼失 ○家康諸社の事天孫降臨の事などを尋ぬ ○義久へ仮名書服忌令贈る ○京の人々豊国踊りに狂う ○勝重に十七条憲法書写本を渡す ○大坂城に秀頼を訪う ○家康吉良流昇殿の事を尋ぬ ○家康に再び源家系図を贈る ○秀忠征夷大将軍宣下 ○二十二社神号勧請由来の事勅問あり ○淀殿夢想連歌百韻興行 ○後陽成帝へ古事記旧事記献上 ○秀頼へ服忌令中臣祓等を進上す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第12回配本 舜旧記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
鎌田純一校訂、八木書店、平26、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

【収録】①1583〔天正11〕~1601〔慶長6〕
○日吉大夫勧進
○南都見物に兼治らと行く
○鞍馬寺竹切見物
○秀吉禁中にて茶会
○近畿大地震
○禁中神道大護摩執行
○聚楽亭行幸
○秀吉名護屋に向う
○吉田兼見兼治に家督を譲る
○建仁寺にて荘子講釈
○秀吉明使に対面
○秀吉禁裏にて能を催す
○風流踊り
○近衛前久に日本書紀を持参
○神龍院連歌興行
○中原系図書写家康へ渡す
○秀吉京都に新亭を作るため繩張
○源平盛衰記を三成のために書写
○菊亭にて職原抄講釈
○善光寺如来入洛
○南禅寺にて細川忠興能興行
○家康南禅寺に遊ぶ
○秀吉醍醐へ花見
○信長十七年忌
○家康系図下書来る
○聖護院新宮大峯入部
○秀吉死去
○東寺塔落雷により半焼
○三成佐和山へ隠居
○政所豊国社へ参詣
○豊国社正遷宮
○島津義久より権現明神の区別を問う
○幽斎出陣用意のため田辺に帰る
○清原宣賢五十年忌
○伏見落城
○関ケ原合戦
○京近郊洪水
○淀大橋落ちる
○秀忠忠吉豊国社参詣
○細川忠興豊前へ下国
○家康関東へ下向

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11,000
鎌田純一校訂 、八木書店 、平26 、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 【収録】①1583〔天正11〕~1601〔慶長6〕 ○日吉大夫勧進 ○南都見物に兼治らと行く ○鞍馬寺竹切見物 ○秀吉禁中にて茶会 ○近畿大地震 ○禁中神道大護摩執行 ○聚楽亭行幸 ○秀吉名護屋に向う ○吉田兼見兼治に家督を譲る ○建仁寺にて荘子講釈 ○秀吉明使に対面 ○秀吉禁裏にて能を催す ○風流踊り ○近衛前久に日本書紀を持参 ○神龍院連歌興行 ○中原系図書写家康へ渡す ○秀吉京都に新亭を作るため繩張 ○源平盛衰記を三成のために書写 ○菊亭にて職原抄講釈 ○善光寺如来入洛 ○南禅寺にて細川忠興能興行 ○家康南禅寺に遊ぶ ○秀吉醍醐へ花見 ○信長十七年忌 ○家康系図下書来る ○聖護院新宮大峯入部 ○秀吉死去 ○東寺塔落雷により半焼 ○三成佐和山へ隠居 ○政所豊国社へ参詣 ○豊国社正遷宮 ○島津義久より権現明神の区別を問う ○幽斎出陣用意のため田辺に帰る ○清原宣賢五十年忌 ○伏見落城 ○関ケ原合戦 ○京近郊洪水 ○淀大橋落ちる ○秀忠忠吉豊国社参詣 ○細川忠興豊前へ下国 ○家康関東へ下向 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第61回配本 三箇院家抄1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
小泉宜右・海老澤美基校訂、八木書店、平26、1冊
一条兼良の子で、興福寺大乗院第二十代門跡尋尊(1430-1508)の記録。興福寺大乗院や関連寺院の血脈相承次第よりはじまって、別当・坊官職の次第、補任の他、大乗院の年中調進物、公事・夫役の編成、院家から衆徒・国民の給分までを記す。本書は、大乗院の荘園関係史料の集大成というべきもので、『経覚私要鈔』と併せみることにより、中世寺院経済史の好史料となろう。

○三箇院家等相伝次第
○長谷寺別当
○成源の履歴
○北円堂供
○河口荘検校次第
○血脈相承次第
○大乗院門跡歴代師範并同学
○大乗院別当
○雑務補任次第
○雑務年中調進物
○諸荘京上人夫伝馬并下司召馬事
○奈良巡人夫事
○恒例臨時段銭賦課荘々
○維摩会威儀供賦課荘々
○諸末寺
○諸荘畳用途
○大乗院宿直米
○院司御菜米荘々
○年中油事
○経師給田
○桧物師給田
○銅細工給田
○上下北面等給分事
○座主法師方給分
○御童子給分事
○牛飼千代松分
○坊官侍等給分
○出世方給分
○商人名主
○坊主給分
○正願院塔堂仏事帳
○不断念仏釈宝号番帳
○念仏衆規式
○舎利講式読并伽陀衆
○番衆規式
○弥勒講式読并伽陀衆
○塔堂年中仏事用途事
○年中下行米等事
○一乗院長講堂燈油料事
○正願院方検見帳
○六所護摩供田
○北円堂領
○横田本荘惣田数并坪付
○大乗院供僧
○同納所補任次第
○同供僧次第
○天野供
○一切経納所
○勅願御講納所
○一切経惣蔵司
○応永十七年四月記

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9,900
小泉宜右・海老澤美基校訂 、八木書店 、平26 、1冊
一条兼良の子で、興福寺大乗院第二十代門跡尋尊(1430-1508)の記録。興福寺大乗院や関連寺院の血脈相承次第よりはじまって、別当・坊官職の次第、補任の他、大乗院の年中調進物、公事・夫役の編成、院家から衆徒・国民の給分までを記す。本書は、大乗院の荘園関係史料の集大成というべきもので、『経覚私要鈔』と併せみることにより、中世寺院経済史の好史料となろう。 ○三箇院家等相伝次第 ○長谷寺別当 ○成源の履歴 ○北円堂供 ○河口荘検校次第 ○血脈相承次第 ○大乗院門跡歴代師範并同学 ○大乗院別当 ○雑務補任次第 ○雑務年中調進物 ○諸荘京上人夫伝馬并下司召馬事 ○奈良巡人夫事 ○恒例臨時段銭賦課荘々 ○維摩会威儀供賦課荘々 ○諸末寺 ○諸荘畳用途 ○大乗院宿直米 ○院司御菜米荘々 ○年中油事 ○経師給田 ○桧物師給田 ○銅細工給田 ○上下北面等給分事 ○座主法師方給分 ○御童子給分事 ○牛飼千代松分 ○坊官侍等給分 ○出世方給分 ○商人名主 ○坊主給分 ○正願院塔堂仏事帳 ○不断念仏釈宝号番帳 ○念仏衆規式 ○舎利講式読并伽陀衆 ○番衆規式 ○弥勒講式読并伽陀衆 ○塔堂年中仏事用途事 ○年中下行米等事 ○一乗院長講堂燈油料事 ○正願院方検見帳 ○六所護摩供田 ○北円堂領 ○横田本荘惣田数并坪付 ○大乗院供僧 ○同納所補任次第 ○同供僧次第 ○天野供 ○一切経納所 ○勅願御講納所 ○一切経惣蔵司 ○応永十七年四月記 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第72回配本 経覚私要鈔5〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
高橋隆三・小泉宜右校訂、八木書店、平26、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。

【収録】⑤1461〔寛正2〕~1462〔寛正3〕
○幕府斯波義敏扶持の咎により大内教弘追討を令す
○筒井古市ら土一揆退治のため河内に赴く
○義政大和の衆徒国民をして畠山義就追討軍に参加せしむべき旨尋尊に令す
○義政経覚の興福寺別当再任執奏を諾す
○経覚別当三度再任
○畑経胤を越智家栄の許に派し年貢を催促せしむ
○神木犯穢の百姓治罰のため神人を松南院領に下す
○義就勢河内広川に政長の陣を夜襲す
○猿人の子を生むとの風聞
○河原者善阿奈良に下り検知す
○経覚茶会を催す
○雷鳴のため雁多数落死一羽を百文にて売る
○山城木津庄百姓ら番頭米を対捍し逃散して天神山に篭り路を塞ぎ嗷訴を企つる
○畠山政長方義就の河内嶽山城を攻めんとす
○義政若王寺に観花遊覧し連歌を興行す
○畠山義就山名勢を襲撃す
○元興寺の仁王像足より出火す
○楠葉元次来り河内合戦の様を報ず
○幕府軍に利あらず
○幕府飯尾貞元を南都奉行となす
○日野富子安産祈祷千句連歌会
○河内金胎寺城落城す

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11,000
高橋隆三・小泉宜右校訂 、八木書店 、平26 、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。 【収録】⑤1461〔寛正2〕~1462〔寛正3〕 ○幕府斯波義敏扶持の咎により大内教弘追討を令す ○筒井古市ら土一揆退治のため河内に赴く ○義政大和の衆徒国民をして畠山義就追討軍に参加せしむべき旨尋尊に令す ○義政経覚の興福寺別当再任執奏を諾す ○経覚別当三度再任 ○畑経胤を越智家栄の許に派し年貢を催促せしむ ○神木犯穢の百姓治罰のため神人を松南院領に下す ○義就勢河内広川に政長の陣を夜襲す ○猿人の子を生むとの風聞 ○河原者善阿奈良に下り検知す ○経覚茶会を催す ○雷鳴のため雁多数落死一羽を百文にて売る ○山城木津庄百姓ら番頭米を対捍し逃散して天神山に篭り路を塞ぎ嗷訴を企つる ○畠山政長方義就の河内嶽山城を攻めんとす ○義政若王寺に観花遊覧し連歌を興行す ○畠山義就山名勢を襲撃す ○元興寺の仁王像足より出火す ○楠葉元次来り河内合戦の様を報ず ○幕府軍に利あらず ○幕府飯尾貞元を南都奉行となす ○日野富子安産祈祷千句連歌会 ○河内金胎寺城落城す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第124回配本 通兄公記7

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
今江廣道・平井誠二校訂、続群書類従完成会、平12、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

【収録】⑦1744〔寛保4〕~1745〔延享2〕
○武家軽罪犯を赦免
○桜町天皇伊勢物語の伝授を受け給う
○古今集御伝授の講談始まる
○古今集竟宴和歌御会
○諸家拝賀元服の節里第における饗応乱舞を慎むべき旨を関白命ぜらる、櫛笥隆成叙従一位、四条家庶流に例なし、中御門帝の外戚にして勤労あるによる、一門親昵の人々来会
○霊元院十三回聖忌逮夜法事
○敬法門院十三回御忌
○検非違使別当佐補任再興
○将軍献上の御茶壷口切
○中院家勧進法楽和歌詠進
○久我家と西園寺家と互いに扈従の先例あり
○天皇和歌天仁遠波の事を烏丸光胤に御伝授
○春日社造替木作始仮殿遷宮日時定
○徳川家重任征夷大将軍宣下
○天皇吉宗の尊皇に対し左大臣従一位宣下を仰下さる、吉宗固辞し田安宗武・一橋宗尹の任参議を望む
○武家伝奏将軍家より白銀三百両を贈らる
○徳川吉宗隠居の御祝儀献上
○久我家歴世の筆跡
○徳川家重の男子出生
○延享元年七社奉幣石清水使之儀別記
○延享二年武家伝奏別記

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史料纂集古記録編 第124回配本 通兄公記7

11,000
今江廣道・平井誠二校訂 、続群書類従完成会 、平12 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 【収録】⑦1744〔寛保4〕~1745〔延享2〕 ○武家軽罪犯を赦免 ○桜町天皇伊勢物語の伝授を受け給う ○古今集御伝授の講談始まる ○古今集竟宴和歌御会 ○諸家拝賀元服の節里第における饗応乱舞を慎むべき旨を関白命ぜらる、櫛笥隆成叙従一位、四条家庶流に例なし、中御門帝の外戚にして勤労あるによる、一門親昵の人々来会 ○霊元院十三回聖忌逮夜法事 ○敬法門院十三回御忌 ○検非違使別当佐補任再興 ○将軍献上の御茶壷口切 ○中院家勧進法楽和歌詠進 ○久我家と西園寺家と互いに扈従の先例あり ○天皇和歌天仁遠波の事を烏丸光胤に御伝授 ○春日社造替木作始仮殿遷宮日時定 ○徳川家重任征夷大将軍宣下 ○天皇吉宗の尊皇に対し左大臣従一位宣下を仰下さる、吉宗固辞し田安宗武・一橋宗尹の任参議を望む ○武家伝奏将軍家より白銀三百両を贈らる ○徳川吉宗隠居の御祝儀献上 ○久我家歴世の筆跡 ○徳川家重の男子出生 ○延享元年七社奉幣石清水使之儀別記 ○延享二年武家伝奏別記 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第116回配本 国史館日録3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
山本武夫校訂、続群書類従完成会、平10、1冊
林羅山の子、鵞峯の寛文2年(1662)から延宝7年(1679)に至る日記。『本朝通鑑』編纂の幕命を受けてより、完成及び残務始末に至る間の記事を主とし、あわせて家塾の活動や私事も記す。その編集所を国史館としたので、この名がある。この日録は、その始終について毎日詳細に記され、その経緯を知るに重要な史料である。修史関係のみでなく、幕政・幕閣や諸大名の人物論等も見られる。

【収録】③1668〔寛文8〕~1669〔寛文9〕
○足利学校へ寄進の諸具を示す
○井上正利は誇言僻あり
○前田綱紀休日に招かんと伝う
○館員未熟中は忌日を顧みず
○稲葉正則学校設立の意を伝う
○阿部忠秋通鑑完成を期待す
○史館日録変じて火災録(明暦三年以来の大火)
○市中三分二焼く、放火盗人多し
○四谷出火
○両国本所の状況
○大名衆被災
○足利学校再興告文等を記す
○稲葉正則邸にて倹約令草案を議す
○徳川光圀十余年前より修史
○田中好安来謝
○止邱の水戸出仕決定
○前田家を訪い木下順庵等と談ず
○蒙古襲来の事は和漢朝鮮を参考の要あり
○太田道灌軍配団扇箱之記
○畠山休山の大坂合戦の戦功を聞く
○小田原大地震の風聞
○倹約制法に庶民難渋
○越後村上城下火災の風聞
○修史分担者及び筆生
○全巻草案成る
○田中止邱水戸藩修史に参加
○修史の浄書中書草本を各持参すべし
○光圀鵞峯等を浅草別荘に招かんとす
○寛永系図借用許可
○五十川剛伯来邸
○剛伯朱舜水に中華音を学ぶ

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第116回配本 国史館日録3

11,000
山本武夫校訂 、続群書類従完成会 、平10 、1冊
林羅山の子、鵞峯の寛文2年(1662)から延宝7年(1679)に至る日記。『本朝通鑑』編纂の幕命を受けてより、完成及び残務始末に至る間の記事を主とし、あわせて家塾の活動や私事も記す。その編集所を国史館としたので、この名がある。この日録は、その始終について毎日詳細に記され、その経緯を知るに重要な史料である。修史関係のみでなく、幕政・幕閣や諸大名の人物論等も見られる。 【収録】③1668〔寛文8〕~1669〔寛文9〕 ○足利学校へ寄進の諸具を示す ○井上正利は誇言僻あり ○前田綱紀休日に招かんと伝う ○館員未熟中は忌日を顧みず ○稲葉正則学校設立の意を伝う ○阿部忠秋通鑑完成を期待す ○史館日録変じて火災録(明暦三年以来の大火) ○市中三分二焼く、放火盗人多し ○四谷出火 ○両国本所の状況 ○大名衆被災 ○足利学校再興告文等を記す ○稲葉正則邸にて倹約令草案を議す ○徳川光圀十余年前より修史 ○田中好安来謝 ○止邱の水戸出仕決定 ○前田家を訪い木下順庵等と談ず ○蒙古襲来の事は和漢朝鮮を参考の要あり ○太田道灌軍配団扇箱之記 ○畠山休山の大坂合戦の戦功を聞く ○小田原大地震の風聞 ○倹約制法に庶民難渋 ○越後村上城下火災の風聞 ○修史分担者及び筆生 ○全巻草案成る ○田中止邱水戸藩修史に参加 ○修史の浄書中書草本を各持参すべし ○光圀鵞峯等を浅草別荘に招かんとす ○寛永系図借用許可 ○五十川剛伯来邸 ○剛伯朱舜水に中華音を学ぶ #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第113回配本 泰重卿記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
武部敏夫・川田貞夫・本田慧子校訂、続群書類従完成会、平10、1冊
陰陽頭土御門泰重(1586-1661)の日記。慶長20年(1615)から正保5年(1648)におよぶ。その家の職務とする陰陽道・天文道関係の記事もさることながら、公家の記録の少ない江戸時代初期の宮廷内における学問・芸能の講習をはじめ、学芸関係の記事に詳しく、また時あたかも徳川幕府の創業期にあたり、当時の公家社会と朝幕関係を見るべき好資料である。

【収録】②1620〔元和6〕~1624〔寛永元〕
○御身固の作法、禁刀を執り御胸に四縦五横書付け御手を取り掌中に符を書付く
○洛中大火、罹災の町数四十七家数二千余、公家方無事
○中院通村源氏物語講釈を始む
○新女御御殿の安鎮を行わんと欲す
○広橋兼勝は姦侫第一の臣なり
○徳川秀忠女和子入洛、御供八九千人
○中院通村の百人一首講釈を聴聞
○細川忠興忠利を訪問
○近衛信尋唐人細工の花火を供覧
○中院通村等と源氏物語校合
○崇伝の中庸講釈聴聞
○伊達政宗に皇朝類苑下賜泰重伝達
○将軍徳川秀忠参内
○将軍宣下につき天曹地府祭執行されたき旨武家伝奏に申入る
○天曹地府祭の執行を所司代に申入る
○徳川家光将軍宣下
○家光参内襲職の慶を奏す、泰重将軍の身固参勤
○家光天皇に謁し御礼言上
○禁裏御料一万石進献、内訳
○関白以下八十名許りを召して囲碁等の遊興を催さる
○若輩公家の放鷹を禁ぜらる
○板倉勝重禁中にて能興行
○池坊専好等禁中にて立花
○禁裏の隼逃ぐるにより捜索

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史料纂集古記録編 第113回配本 泰重卿記2

8,800
武部敏夫・川田貞夫・本田慧子校訂 、続群書類従完成会 、平10 、1冊
陰陽頭土御門泰重(1586-1661)の日記。慶長20年(1615)から正保5年(1648)におよぶ。その家の職務とする陰陽道・天文道関係の記事もさることながら、公家の記録の少ない江戸時代初期の宮廷内における学問・芸能の講習をはじめ、学芸関係の記事に詳しく、また時あたかも徳川幕府の創業期にあたり、当時の公家社会と朝幕関係を見るべき好資料である。 【収録】②1620〔元和6〕~1624〔寛永元〕 ○御身固の作法、禁刀を執り御胸に四縦五横書付け御手を取り掌中に符を書付く ○洛中大火、罹災の町数四十七家数二千余、公家方無事 ○中院通村源氏物語講釈を始む ○新女御御殿の安鎮を行わんと欲す ○広橋兼勝は姦侫第一の臣なり ○徳川秀忠女和子入洛、御供八九千人 ○中院通村の百人一首講釈を聴聞 ○細川忠興忠利を訪問 ○近衛信尋唐人細工の花火を供覧 ○中院通村等と源氏物語校合 ○崇伝の中庸講釈聴聞 ○伊達政宗に皇朝類苑下賜泰重伝達 ○将軍徳川秀忠参内 ○将軍宣下につき天曹地府祭執行されたき旨武家伝奏に申入る ○天曹地府祭の執行を所司代に申入る ○徳川家光将軍宣下 ○家光参内襲職の慶を奏す、泰重将軍の身固参勤 ○家光天皇に謁し御礼言上 ○禁裏御料一万石進献、内訳 ○関白以下八十名許りを召して囲碁等の遊興を催さる ○若輩公家の放鷹を禁ぜらる ○板倉勝重禁中にて能興行 ○池坊専好等禁中にて立花 ○禁裏の隼逃ぐるにより捜索 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第95回配本 泰重卿記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
武部敏夫・川田貞夫・本田慧子校訂、続群書類従完成会、平5、1冊
陰陽頭土御門泰重(1586-1661)の日記。慶長20年(1615)から正保5年(1648)におよぶ。その家の職務とする陰陽道・天文道関係の記事もさることながら、公家の記録の少ない江戸時代初期の宮廷内における学問・芸能の講習をはじめ、学芸関係の記事に詳しく、また時あたかも徳川幕府の創業期にあたり、当時の公家社会と朝幕関係を見るべき好資料である。

【収録】①1615〔元和元〕~1619〔元和5〕
○女御薫物を伊達政宗に賜う
○京中放火の雑説
○崇伝泰重の好学を家康に申す
○大坂兵の南都襲撃の風聞
○同岸和田城奪取の風聞
○大坂の与党火を京都に放たんとす
○京都米価暴騰し飢饉
○家康大坂篭城の公家衆を糺す
○大坂表にて大合戦
○大坂落城の確報
○家康大坂より凱陣
○諸人豊臣秀頼の死を哀れむ
○秀頼の遺子国松六条河原に斬らる
○泰重二条城に祗候
○秀忠昵近の公家を伏見に召し蹴鞠を見る
○公家衆に知行指出録上の幕命
○下京の本屋にて書籍を購入
○将軍秀忠伏見城に能を催す
○日蝕につき泰重崇伝諍論
○上皇源氏物語を御講釈
○天海による禁中天台宗論義
○家康死去
○泰重弟民部卿梅津に出奔
○秀忠故家康の神号を奏請
○暦に日蝕とあるも蝕せず土御門家恥辱
○江家次第第六巻を校合
○一条殿に祗候し書籍等を整理
○上皇泰重を召し有職につき談ぜらる
○秀忠天皇と上皇の和睦を斡旋
○上皇崩御
○朝鮮国使帰国
○久能山東照社遷宮
○狂句俳諧

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史料纂集古記録編 第95回配本 泰重卿記1

8,800
武部敏夫・川田貞夫・本田慧子校訂 、続群書類従完成会 、平5 、1冊
陰陽頭土御門泰重(1586-1661)の日記。慶長20年(1615)から正保5年(1648)におよぶ。その家の職務とする陰陽道・天文道関係の記事もさることながら、公家の記録の少ない江戸時代初期の宮廷内における学問・芸能の講習をはじめ、学芸関係の記事に詳しく、また時あたかも徳川幕府の創業期にあたり、当時の公家社会と朝幕関係を見るべき好資料である。 【収録】①1615〔元和元〕~1619〔元和5〕 ○女御薫物を伊達政宗に賜う ○京中放火の雑説 ○崇伝泰重の好学を家康に申す ○大坂兵の南都襲撃の風聞 ○同岸和田城奪取の風聞 ○大坂の与党火を京都に放たんとす ○京都米価暴騰し飢饉 ○家康大坂篭城の公家衆を糺す ○大坂表にて大合戦 ○大坂落城の確報 ○家康大坂より凱陣 ○諸人豊臣秀頼の死を哀れむ ○秀頼の遺子国松六条河原に斬らる ○泰重二条城に祗候 ○秀忠昵近の公家を伏見に召し蹴鞠を見る ○公家衆に知行指出録上の幕命 ○下京の本屋にて書籍を購入 ○将軍秀忠伏見城に能を催す ○日蝕につき泰重崇伝諍論 ○上皇源氏物語を御講釈 ○天海による禁中天台宗論義 ○家康死去 ○泰重弟民部卿梅津に出奔 ○秀忠故家康の神号を奏請 ○暦に日蝕とあるも蝕せず土御門家恥辱 ○江家次第第六巻を校合 ○一条殿に祗候し書籍等を整理 ○上皇泰重を召し有職につき談ぜらる ○秀忠天皇と上皇の和睦を斡旋 ○上皇崩御 ○朝鮮国使帰国 ○久能山東照社遷宮 ○狂句俳諧 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第102回配本 政覚大僧正記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
小泉宜右校訂、続群書類従完成会、平7、1冊
関白二条持通の子で奈良興福寺別当となった大乗院政覚大僧正(1453-1494)の日記。文明15年(1483)から明応3年(1494)に至る別当在任中の「寺務方記」と題す日記を主とし、引付・雑記類を含む全32巻を収録する。『経覚私要鈔』『三箇院家抄』と併せみることにより大和を中心とする応仁の乱前後の畿内の情勢、寺内の寺務・寺領支配等を知る上で重要な史料。

②1487〔文明19〕~1489〔延徳元〕
○大和山内に筒井方と越智方対陣せるにより壇具整わず
○北畠政郷奈良に抵る
○金春金剛両座芸能十六番を演ず
○観世宝生両座芸能十三番を演ず
○尋尊政覚を伴い摂津有馬に湯治せんとす
○須磨浦一の谷等を巡歴
○宇治に螢を見物す
○奈良中疾病流行の為臨時心経会始行
○足利義尚長谷寺縁起を徴す
○二条持通近江鉤陣に赴き足利義尚に参賀せんとし政覚に同道を勧む
○宗祇奈良に下向す
○政覚杉本坊に美童あるを聞き酒食を贈る
○杉本坊の児に和歌を贈る
○義政側室大館長子伊勢参宮の後長谷寺を経て奈良に到る
○幕府興福寺諸院坊の庭検分の為河原者を下す
○京山城の牛多く死す
○足利義尚名を義熙と改む
○諸衆近江鉤陣に参賀す
○幕府東山山荘庭樹京上人夫を大和衆徒国民等に賦果す
○日野富子岩倉山荘より京に還り鉤陣に赴く
○東山山荘庭木徴集につき六方衆決議
○足利義熙死去
○尋尊泥酔
○細川政元悪党を誅するにより京都静謐す
○中院辺に追剥

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第102回配本 政覚大僧正記2

11,000
小泉宜右校訂 、続群書類従完成会 、平7 、1冊
関白二条持通の子で奈良興福寺別当となった大乗院政覚大僧正(1453-1494)の日記。文明15年(1483)から明応3年(1494)に至る別当在任中の「寺務方記」と題す日記を主とし、引付・雑記類を含む全32巻を収録する。『経覚私要鈔』『三箇院家抄』と併せみることにより大和を中心とする応仁の乱前後の畿内の情勢、寺内の寺務・寺領支配等を知る上で重要な史料。 ②1487〔文明19〕~1489〔延徳元〕 ○大和山内に筒井方と越智方対陣せるにより壇具整わず ○北畠政郷奈良に抵る ○金春金剛両座芸能十六番を演ず ○観世宝生両座芸能十三番を演ず ○尋尊政覚を伴い摂津有馬に湯治せんとす ○須磨浦一の谷等を巡歴 ○宇治に螢を見物す ○奈良中疾病流行の為臨時心経会始行 ○足利義尚長谷寺縁起を徴す ○二条持通近江鉤陣に赴き足利義尚に参賀せんとし政覚に同道を勧む ○宗祇奈良に下向す ○政覚杉本坊に美童あるを聞き酒食を贈る ○杉本坊の児に和歌を贈る ○義政側室大館長子伊勢参宮の後長谷寺を経て奈良に到る ○幕府興福寺諸院坊の庭検分の為河原者を下す ○京山城の牛多く死す ○足利義尚名を義熙と改む ○諸衆近江鉤陣に参賀す ○幕府東山山荘庭樹京上人夫を大和衆徒国民等に賦果す ○日野富子岩倉山荘より京に還り鉤陣に赴く ○東山山荘庭木徴集につき六方衆決議 ○足利義熙死去 ○尋尊泥酔 ○細川政元悪党を誅するにより京都静謐す ○中院辺に追剥 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第27回配本 北野社家日記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
6,820
竹内秀雄・山田雄司校訂、続群書類従完成会、昭47、1冊
北野天満宮の祠官松梅院歴代の日次記。宝徳元年(1449)から寛永4年(1627)に及ぶ。当時の社会・政治の動向は勿論、北野天満宮の年中行事、法制、社領の推移、諸神人、散所と河原者の活動にも詳しい。また、室町以来盛行した連歌は文学神の北野社と緊密に結合し、連歌会所は興隆を極めた。数多の連歌をはじめとする文学・芸能・民俗史の貴重な資料をも豊富に提供する。

【収録】③1491〔延徳3〕~1492〔明応元〕
○印地打により死人あり
○北野社領諸国諸々の還付を訴願す
○北野社御殿造営のため材木千貫文分寄進あり
○義満寄進の刀を質に置く
○御師職御礼のため聖護院道興を訪う
○服忌を吉田兼倶に尋ぬ
○京諸口短冊関事
○社頭閼伽井を替う
○葉室光忠邸普請
○一色義直上洛
○撰銭御手水支配次第
○旅人より短冊銭を取る事も禁ず
○洛中七口短冊定
○義材江州動座
○山名一族上洛
○大乗院尋尊参陣
○六角政綱以下討たる
○政元放鷹の途次北野社に立寄る
○老松社造立
○六角高頼征伐のため諸大名湖を渡る
○神明湯立
○兼載連歌張行
○世間病
○義材弟三宝院に入室す
○六味湯
○政元摂津へ下向
○政元鷹盗人を晒す
○天神講式を書く
○河内郷民蜂起す
○義材湖水を渡り守山に陣す
○医書袖珍方
○医方大成
○加賀福田庄年貢未済につき社家代官を下す
○田楽会
○舎利講
○義材開陣して大津より上洛
○夜盗細川義春邸に入る首魁は安富元家被官清水某
○材木問丸

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第27回配本 北野社家日記3

6,820
竹内秀雄・山田雄司校訂 、続群書類従完成会 、昭47 、1冊
北野天満宮の祠官松梅院歴代の日次記。宝徳元年(1449)から寛永4年(1627)に及ぶ。当時の社会・政治の動向は勿論、北野天満宮の年中行事、法制、社領の推移、諸神人、散所と河原者の活動にも詳しい。また、室町以来盛行した連歌は文学神の北野社と緊密に結合し、連歌会所は興隆を極めた。数多の連歌をはじめとする文学・芸能・民俗史の貴重な資料をも豊富に提供する。 【収録】③1491〔延徳3〕~1492〔明応元〕 ○印地打により死人あり ○北野社領諸国諸々の還付を訴願す ○北野社御殿造営のため材木千貫文分寄進あり ○義満寄進の刀を質に置く ○御師職御礼のため聖護院道興を訪う ○服忌を吉田兼倶に尋ぬ ○京諸口短冊関事 ○社頭閼伽井を替う ○葉室光忠邸普請 ○一色義直上洛 ○撰銭御手水支配次第 ○旅人より短冊銭を取る事も禁ず ○洛中七口短冊定 ○義材江州動座 ○山名一族上洛 ○大乗院尋尊参陣 ○六角政綱以下討たる ○政元放鷹の途次北野社に立寄る ○老松社造立 ○六角高頼征伐のため諸大名湖を渡る ○神明湯立 ○兼載連歌張行 ○世間病 ○義材弟三宝院に入室す ○六味湯 ○政元摂津へ下向 ○政元鷹盗人を晒す ○天神講式を書く ○河内郷民蜂起す ○義材湖水を渡り守山に陣す ○医書袖珍方 ○医方大成 ○加賀福田庄年貢未済につき社家代官を下す ○田楽会 ○舎利講 ○義材開陣して大津より上洛 ○夜盗細川義春邸に入る首魁は安富元家被官清水某 ○材木問丸 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第35回配本 山科家礼記5

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,580
豊田武・飯倉晴武校訂、続群書類従完成会、昭48、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。

【収録】⑤1489〔長享3〕~1492〔明応元〕
○山科東庄神事を籤にて定む
○義尚遺骸を等持院にて荼毘にふす
○足利義材日野富子邸に参る
○一色義直邸より出火大火事となる
○野村郷民梅を売歩き内膳司より停めらる
○上原元秀盗賊小川四郎左衛門を誅す
○山科東庄検断に上原家人の下向を断る
○山科家人東庄湯起請を行う
○政元犬追物を興行
○山科東庄民安富元家被官となるは言語道断
○斯波義敏より鷹を給う
○足利義視薨ず
○政元富士山見物
○幕府へ花の種を進上
○釘隠土倉へ長刀質置かんとして拒絶さる
○長刀鎧は質に取らず
○印地合戦あり
○山科家知行につき飯尾為脩に申入る
○言国豊原繁秋に楽を習う
○義材六角高頼征伐のため近江に出陣
○幕府近江出陣につき山科七郷に陣夫百人を課す
○近江陣の篝役を山科七郷に命ず
○南都火鉢業者内蔵寮供御人となる
○山科東庄郷民博奕を打ち傷害事件を起す
○十穀坊主革堂の内に橋をかけ西方極楽への橋銭をとる
○小栗栖借人と六条衆相論す

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第35回配本 山科家礼記5

8,580
豊田武・飯倉晴武校訂 、続群書類従完成会 、昭48 、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。 【収録】⑤1489〔長享3〕~1492〔明応元〕 ○山科東庄神事を籤にて定む ○義尚遺骸を等持院にて荼毘にふす ○足利義材日野富子邸に参る ○一色義直邸より出火大火事となる ○野村郷民梅を売歩き内膳司より停めらる ○上原元秀盗賊小川四郎左衛門を誅す ○山科東庄検断に上原家人の下向を断る ○山科家人東庄湯起請を行う ○政元犬追物を興行 ○山科東庄民安富元家被官となるは言語道断 ○斯波義敏より鷹を給う ○足利義視薨ず ○政元富士山見物 ○幕府へ花の種を進上 ○釘隠土倉へ長刀質置かんとして拒絶さる ○長刀鎧は質に取らず ○印地合戦あり ○山科家知行につき飯尾為脩に申入る ○言国豊原繁秋に楽を習う ○義材六角高頼征伐のため近江に出陣 ○幕府近江出陣につき山科七郷に陣夫百人を課す ○近江陣の篝役を山科七郷に命ず ○南都火鉢業者内蔵寮供御人となる ○山科東庄郷民博奕を打ち傷害事件を起す ○十穀坊主革堂の内に橋をかけ西方極楽への橋銭をとる ○小栗栖借人と六条衆相論す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第1回配本 山科家礼記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
豊田武・飯倉晴武校訂、続群書類従完成会、昭42、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。

【収録】①1412〔応永19〕~1468〔応仁2〕
○足利義持三管領四職らの邸に赴く
○山科一族物詣
○義持新管領細川満元を訪う
○安居院芝土倉に強盗
○義持足利義満供養として等持寺にて御八講を行う
○四条河原に猿楽あり
○後小松天皇譲位
○御所造営につき山科家領に段銭を課す
○山科庄に徳政を禁ず各地に土一揆起る
○尊氏百年忌結縁灌頂を三宝院に催す
○山科家領美濃尼寺庄等の段銭を京済にす
○諸大名をして土一揆を討たしめ失敗す
○足利政知関東に下向
○八幡神人関所を破る
○六角町棚商人礼銭を納む
○山科岩屋社の鐘の緒に銘を書く
○山科言国長講堂に赴く
○京都に三日病み流行す
○大沢久守五位に叙せらる
○飯尾之種に播磨下揖保庄段銭免除を依頼す
○山科保宗病重く家領等を言国に譲る
○言国諸家に家領安堵の礼をす
○細川勝元山名宗全方の陣を焼く
○幕府山科郷民に命じ粟田口を固め山名方を防ぐ
○宝治より山科の姓を用う
○舟岡山に野伏あり
○幕府合戦に際し山科郷民に出兵を命ず

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第1回配本 山科家礼記1

11,000
豊田武・飯倉晴武校訂 、続群書類従完成会 、昭42 、1冊
教言(1328-1409)・顕言(1428-1462)・言国(1452-1503)、三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。 【収録】①1412〔応永19〕~1468〔応仁2〕 ○足利義持三管領四職らの邸に赴く ○山科一族物詣 ○義持新管領細川満元を訪う ○安居院芝土倉に強盗 ○義持足利義満供養として等持寺にて御八講を行う ○四条河原に猿楽あり ○後小松天皇譲位 ○御所造営につき山科家領に段銭を課す ○山科庄に徳政を禁ず各地に土一揆起る ○尊氏百年忌結縁灌頂を三宝院に催す ○山科家領美濃尼寺庄等の段銭を京済にす ○諸大名をして土一揆を討たしめ失敗す ○足利政知関東に下向 ○八幡神人関所を破る ○六角町棚商人礼銭を納む ○山科岩屋社の鐘の緒に銘を書く ○山科言国長講堂に赴く ○京都に三日病み流行す ○大沢久守五位に叙せらる ○飯尾之種に播磨下揖保庄段銭免除を依頼す ○山科保宗病重く家領等を言国に譲る ○言国諸家に家領安堵の礼をす ○細川勝元山名宗全方の陣を焼く ○幕府山科郷民に命じ粟田口を固め山名方を防ぐ ○宝治より山科の姓を用う ○舟岡山に野伏あり ○幕府合戦に際し山科郷民に出兵を命ず #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第18回配本 明月記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
辻彦三郎校訂、続群書類従完成会、昭46、1冊
藤原定家(1162-1241)の日記。本記は、治承・寿永の乱から鎌倉幕府の成立、源氏の滅亡、承久の乱等、平安末から鎌倉にかけての重大な転機にあたっており、その史料的価値は『玉葉』とならんで当代最高のものである。今次の版では国書刊行会版以後に発見された自筆本はもとより、有力な写本をも全面的に採用、断簡類にいたるまで詳細に調査をつくし面目を一新した。

【収録】①1180〔治承4〕~1197〔建久8〕
○家通を六角宅に訪れ先達の説を聞く
○高倉上皇安芸厳島社に御幸
○三条宮以仁王配流の事を伝聞す
○源頼政一族を引率して園城寺に入る
○宇治合戦頼政の軍敗る
○維盛坂東より逃帰り清盛激怒す
○官軍奈良に入り東大興福両寺を焼く
○俊成に供して嵯峨を歴覧す
○平清盛薨ず
○重衡関東に赴く
○俊成参院して千載和歌集を奏覧す
○藤原良経邸に作文管絃歌合
○勝賢如意宝珠法を修して義経逮捕を祈る
○兼実に供奉して参院
○寂蓮定家を訪う
○俊成一品経人数の中に入る
○兼実通親を評す
○式子内親王に水精の念珠を進む
○俊成及び竜寿御前来る(定家官位の沈淪を慨歎す)
○三十三歳の重危
○兼実の春日社参詣に供奉す
○良経任大臣後初度作文和歌会に臨む
○新日吉に蛇男あり(後白河院の後身と称す)
○良経の大内歴覧に随従す
○祇園御霊会俊成と共に見物す
○平知盛の子知忠ら追捕せらる
○守覚法親王寂蓮をして藤原俊成定家父子の和歌を徴せしめらる

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第18回配本 明月記1

9,900
辻彦三郎校訂 、続群書類従完成会 、昭46 、1冊
藤原定家(1162-1241)の日記。本記は、治承・寿永の乱から鎌倉幕府の成立、源氏の滅亡、承久の乱等、平安末から鎌倉にかけての重大な転機にあたっており、その史料的価値は『玉葉』とならんで当代最高のものである。今次の版では国書刊行会版以後に発見された自筆本はもとより、有力な写本をも全面的に採用、断簡類にいたるまで詳細に調査をつくし面目を一新した。 【収録】①1180〔治承4〕~1197〔建久8〕 ○家通を六角宅に訪れ先達の説を聞く ○高倉上皇安芸厳島社に御幸 ○三条宮以仁王配流の事を伝聞す ○源頼政一族を引率して園城寺に入る ○宇治合戦頼政の軍敗る ○維盛坂東より逃帰り清盛激怒す ○官軍奈良に入り東大興福両寺を焼く ○俊成に供して嵯峨を歴覧す ○平清盛薨ず ○重衡関東に赴く ○俊成参院して千載和歌集を奏覧す ○藤原良経邸に作文管絃歌合 ○勝賢如意宝珠法を修して義経逮捕を祈る ○兼実に供奉して参院 ○寂蓮定家を訪う ○俊成一品経人数の中に入る ○兼実通親を評す ○式子内親王に水精の念珠を進む ○俊成及び竜寿御前来る(定家官位の沈淪を慨歎す) ○三十三歳の重危 ○兼実の春日社参詣に供奉す ○良経任大臣後初度作文和歌会に臨む ○新日吉に蛇男あり(後白河院の後身と称す) ○良経の大内歴覧に随従す ○祇園御霊会俊成と共に見物す ○平知盛の子知忠ら追捕せらる ○守覚法親王寂蓮をして藤原俊成定家父子の和歌を徴せしめらる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編108 鹿苑院公文帳

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
11,000
"今泉淑夫校訂 続群書類従完成会発行"、八木書店、1996年、320頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 本書は日本の禅宗制度における五山・十刹・諸山の別にしたがって、室町中期から江戸初期にかけての各寺の住持任命書である公帖を受領した僧名を、原則として年代順に列記し、公帖発給の年月日とその事情などを付記したものである。今回新発見の相国寺慈照院所蔵本を底本として刊行する。各人の公帖を検討することにより、禅宗寺院の制度の推移や任命の事情を知ることができる。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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史料纂集古記録編108 鹿苑院公文帳

11,000
"今泉淑夫校訂 続群書類従完成会発行" 、八木書店 、1996年 、320頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 本書は日本の禅宗制度における五山・十刹・諸山の別にしたがって、室町中期から江戸初期にかけての各寺の住持任命書である公帖を受領した僧名を、原則として年代順に列記し、公帖発給の年月日とその事情などを付記したものである。今回新発見の相国寺慈照院所蔵本を底本として刊行する。各人の公帖を検討することにより、禅宗寺院の制度の推移や任命の事情を知ることができる。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

史料纂集古記録編183 兼見卿記5

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
橋本政宣・岸本眞実・金子拓・遠藤珠紀校訂、八木書店、2016年、304頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
14,300
橋本政宣・岸本眞実・金子拓・遠藤珠紀校訂 、八木書店 、2016年 、304頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

史料纂集古記録編 第155回配本 神田橋護持院日記

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
坂本正仁校訂、八木書店、2010年、420頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 江戸初期、慶長15年(1610)頃から幕府の崩壊まで、将軍家の祈願所・祈寺を勤めた新義真言宗の寺院。山号は筑波山。もとは筑波山知足院の江戸別院であったが、隆光が住持の時、元禄元年(1688)将軍綱吉が江戸神田橋外の地に大伽藍を造営し、同8年(1695)に知足院を護持院と改称。享保2年(1717)火災により大塚に移転し、明治維新後は廃され、寺地は護国寺に引き継がれた。跡地は、広大な火除け地として「護持院が原」(現:神田錦町)と呼ばれ、後世に小説や落語の舞台となっている。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
14,300
坂本正仁校訂 、八木書店 、2010年 、420頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 江戸初期、慶長15年(1610)頃から幕府の崩壊まで、将軍家の祈願所・祈寺を勤めた新義真言宗の寺院。山号は筑波山。もとは筑波山知足院の江戸別院であったが、隆光が住持の時、元禄元年(1688)将軍綱吉が江戸神田橋外の地に大伽藍を造営し、同8年(1695)に知足院を護持院と改称。享保2年(1717)火災により大塚に移転し、明治維新後は廃され、寺地は護国寺に引き継がれた。跡地は、広大な火除け地として「護持院が原」(現:神田錦町)と呼ばれ、後世に小説や落語の舞台となっている。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

史料纂集古記録編 第45回配本 三藐院記〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
近衛通隆・名和修・橋本政宣校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

近衛家第十七代、関白信尹(一五六五-一六一四)の日記。信尹が左大臣となったのが天正十三年、秀吉の権勢が確立した時期であった。直情径行にして、秀吉の征韓に従わんとして勅勘を蒙り薩摩に配せられた。本記には、この下向記をはじめ、天正十八年より慶長十五年までの自筆日記を収める。当時の政情のみならず、書道・和歌・連歌等文化史の資料としても興味深いものがある。

〔収録範囲〕
1592〔文禄元〕~1606〔慶長11〕
○勅勘を蒙り薩摩坊津に流さる
○島津忠恒と幽斎見送る
○薩摩山川着
○唐船を見物す
○長旅なりしも皆々恙く到着するは歎きの中の歓び
○何かにつけ不如意千万の所
○鹿児島を出船し帰路の途に着く
○曼殊院と松梅院の確執を調停す
○菅原道真七百年忌
○松梅院禅昌碁盤を進む
○里村昌叱より源氏物語の講釈を受く
○秀吉関白たらんとす
○秀吉竜山の猶子とならんとす
○関白はやがて信輔に与奪の条件
○関白の濫觴は一天下を預り申すを言う
○秀吉関白勅許においては万事近衛家の意見を守るべきを約す
○二条昭実関白を辞し秀吉に関白宣下あり
○昭実信輔関白相論三問三答状
○光厳院は当朝の御正流
○秀吉小田原征伐
○秀吉自ら外征の意を決す
○秀吉秀次を養子とす
○秀次左大臣を望み信輔これを遺恨に思う
○前田玄以は公家の作法に不案内
○秀次は若輩無智
○秀吉入唐せんとし京を発す
○東常縁は僧正遍昭の子孫とする説
○後陽成譲位は幕府の援助不要

【収録】1590〔天正18〕~1610〔慶長15〕

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第45回配本 三藐院記〔オンデマンド版〕

8,800
近衛通隆・名和修・橋本政宣校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 近衛家第十七代、関白信尹(一五六五-一六一四)の日記。信尹が左大臣となったのが天正十三年、秀吉の権勢が確立した時期であった。直情径行にして、秀吉の征韓に従わんとして勅勘を蒙り薩摩に配せられた。本記には、この下向記をはじめ、天正十八年より慶長十五年までの自筆日記を収める。当時の政情のみならず、書道・和歌・連歌等文化史の資料としても興味深いものがある。 〔収録範囲〕 1592〔文禄元〕~1606〔慶長11〕 ○勅勘を蒙り薩摩坊津に流さる ○島津忠恒と幽斎見送る ○薩摩山川着 ○唐船を見物す ○長旅なりしも皆々恙く到着するは歎きの中の歓び ○何かにつけ不如意千万の所 ○鹿児島を出船し帰路の途に着く ○曼殊院と松梅院の確執を調停す ○菅原道真七百年忌 ○松梅院禅昌碁盤を進む ○里村昌叱より源氏物語の講釈を受く ○秀吉関白たらんとす ○秀吉竜山の猶子とならんとす ○関白はやがて信輔に与奪の条件 ○関白の濫觴は一天下を預り申すを言う ○秀吉関白勅許においては万事近衛家の意見を守るべきを約す ○二条昭実関白を辞し秀吉に関白宣下あり ○昭実信輔関白相論三問三答状 ○光厳院は当朝の御正流 ○秀吉小田原征伐 ○秀吉自ら外征の意を決す ○秀吉秀次を養子とす ○秀次左大臣を望み信輔これを遺恨に思う ○前田玄以は公家の作法に不案内 ○秀次は若輩無智 ○秀吉入唐せんとし京を発す ○東常縁は僧正遍昭の子孫とする説 ○後陽成譲位は幕府の援助不要 【収録】1590〔天正18〕~1610〔慶長15〕 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第66回配本 花園天皇宸記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
村田正志校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。

〔収録範囲〕
1319〔文保3〕~1323〔元亨3〕
○兵庫関を大覚寺に寄進のため八幡神輿入洛
○勅撰集の予定により後伏見花園両上皇の詠歌を求む
○園城寺金堂戒壇を供養せんとするにより山門衆徒蜂起す
○延暦寺衆徒園城寺の金堂戒壇等一宇を残さず焼き払う
○実兼玄上の出現及び御幸を慶賀す
○二条道平以下酩酊乱舞に及ぶ
○念仏宗を批判
○日野資朝菅原公時と文談論議せらる
○学道の至らず末世澆季の相を歎息せらる
○続千載集奏覧せらる
○赤斑瘡流布し病悩の者多し
○古事記及び古語拾遺等を披見
○新渡唐の犬を献ずるあり
○盲目の琵琶法師平治平家を語るを聴聞せらる
○猿の芸能を見て感想あらせらる
○西園寺実衡をして三河国を知行せしめらる
○白拍子
○文保の御和談の時二代相続立坊は幕府の所存にあらずという
○尊治親王践祚の後邦良親王立坊し其後に量仁親王立坊あるべし
○伏見天皇崩御の後西園寺実兼の意により継承の順位固定するは実兼の僻案なり
○実兼薨去
○大仏宣時法師死去

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史料纂集古記録編 第66回配本 花園天皇宸記2〔オンデマンド版〕

9,900
村田正志校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。 〔収録範囲〕 1319〔文保3〕~1323〔元亨3〕 ○兵庫関を大覚寺に寄進のため八幡神輿入洛 ○勅撰集の予定により後伏見花園両上皇の詠歌を求む ○園城寺金堂戒壇を供養せんとするにより山門衆徒蜂起す ○延暦寺衆徒園城寺の金堂戒壇等一宇を残さず焼き払う ○実兼玄上の出現及び御幸を慶賀す ○二条道平以下酩酊乱舞に及ぶ ○念仏宗を批判 ○日野資朝菅原公時と文談論議せらる ○学道の至らず末世澆季の相を歎息せらる ○続千載集奏覧せらる ○赤斑瘡流布し病悩の者多し ○古事記及び古語拾遺等を披見 ○新渡唐の犬を献ずるあり ○盲目の琵琶法師平治平家を語るを聴聞せらる ○猿の芸能を見て感想あらせらる ○西園寺実衡をして三河国を知行せしめらる ○白拍子 ○文保の御和談の時二代相続立坊は幕府の所存にあらずという ○尊治親王践祚の後邦良親王立坊し其後に量仁親王立坊あるべし ○伏見天皇崩御の後西園寺実兼の意により継承の順位固定するは実兼の僻案なり ○実兼薨去 ○大仏宣時法師死去 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第98回配本 舜旧記6〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂、八木書店、平30、1冊
【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

〔収録範囲〕
1622〔元和8〕~1626〔寛永3〕
○萩原兼従へ神道之名目抄日本書籍抄を進ず
○四条河原勧進能見物
○四条河原女能見物
○日光東照宮に於て家康七回忌
○福島正則へ音信
○中将棋盤の代四文目五分
○少将棋盤の代二文目五分
○実相院へ諸国一宮記を遣わす
○在所の瓜見
○茶屋清次江戸にて死去
○碁興行
○徳川義直へ進上の藤氏大系図七冊出来
○徳川頼宣平癒祈祷、京衆見物
○日本書紀講釈
○将棋興行
○碁打本因坊法印算砂死去
○萩原兼従と日本書紀雑談
○近年京都火事に依り盛方院家の医書大半焼失
○伏見城にて徳川家光と対面
○南蛮の生姜蜜漬
○黒田長政京にて死去
○徳川和子平産のため吉田兼英梵舜祈念す
○皇女興子御生誕
○後水尾天皇女御と共に中和門院へ行幸
○近代見物貴賤群集
○高台院不例により吉田家へ祈祷仰せらる
○高台院薨ず
○内裏御能あり
○高麗人上洛し大徳寺に旅宿
○三宝院義演死去
○後水尾天皇二条城に行幸


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史料纂集古記録編 第98回配本 舜旧記6〔オンデマンド版〕

9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂 、八木書店 、平30 、1冊
【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 〔収録範囲〕 1622〔元和8〕~1626〔寛永3〕 ○萩原兼従へ神道之名目抄日本書籍抄を進ず ○四条河原勧進能見物 ○四条河原女能見物 ○日光東照宮に於て家康七回忌 ○福島正則へ音信 ○中将棋盤の代四文目五分 ○少将棋盤の代二文目五分 ○実相院へ諸国一宮記を遣わす ○在所の瓜見 ○茶屋清次江戸にて死去 ○碁興行 ○徳川義直へ進上の藤氏大系図七冊出来 ○徳川頼宣平癒祈祷、京衆見物 ○日本書紀講釈 ○将棋興行 ○碁打本因坊法印算砂死去 ○萩原兼従と日本書紀雑談 ○近年京都火事に依り盛方院家の医書大半焼失 ○伏見城にて徳川家光と対面 ○南蛮の生姜蜜漬 ○黒田長政京にて死去 ○徳川和子平産のため吉田兼英梵舜祈念す ○皇女興子御生誕 ○後水尾天皇女御と共に中和門院へ行幸 ○近代見物貴賤群集 ○高台院不例により吉田家へ祈祷仰せらる ○高台院薨ず ○内裏御能あり ○高麗人上洛し大徳寺に旅宿 ○三宝院義演死去 ○後水尾天皇二条城に行幸 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第71回配本 義演准后日記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
弥永貞三・副島種経校訂、八木書店、令5、1冊
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【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。

〔収録範囲〕
1602〔慶長7〕~1604〔慶長9〕
○醍醐寺新要録座主職の部を書す
○家康佐竹義宣の知行地を没収す
○家康伏見城にて理性院公秀と僧侶内紛の事を糺明す
○朝鮮国人に理趣釈要抄を書写せしむ
○方広寺大仏殿炎上
○家康に征夷将軍宣下
○家康将軍宣下御礼のため参内
○二条晴良二十五回忌
○秀頼祈祷のため大坂へ下向
○京中博奕禁止の風聞あり
○秀頼と家康孫女千姫との婚儀
○秀頼婚儀の賀に大坂城へ出仕
○秀吉の威光未だ相残る
○山伏衣体并に諸道具の事
○役行者の事
○山伏袈裟の件につき家康の直裁を仰ぐため伏見に赴く
○醍醐寺縁起を書写す
○釈迦院経蔵に赴き終日聖経を披見す
○義演醍醐寺寺誌の編纂に着手し醍醐寺新要録と号す
○醍醐雑事記醍醐寺要書を資料とす
○大坂城に大般若経を真読すべき由大蔵卿局より申来る
○大坂城に出仕
○醍醐寺座主次第の異本を書写し満済義賢以下を書加う
○秀頼比叡山横川中堂を造営
○秀吉七周忌
○豊国社臨時祭見物に向う
○見物に貴賤群集す

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史料纂集古記録編 第71回配本 義演准后日記3〔オンデマンド版〕

9,900
弥永貞三・副島種経校訂 、八木書店 、令5 、1冊
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史料纂集古記録編 第80回配本 花園天皇宸記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
村田正志校訂、八木書店、令5、1冊
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【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。

〔収録範囲〕
1323〔元亨3〕~1332〔元弘2〕
○三代実録を閲読してこれを後伏見上皇に返進しまた本朝世紀を給う
○紅葉遊覧のため東山に御幸
○花園上皇内覧三人の朝儀を批判せらる
○野府記を見了し宇治左府記を閲覧せらる
○西園寺実衡屋形舟を献ず
○夜々和漢書を見て或は暁鐘に到る
○文選講読
○和泉三河は花園上皇の分国
○小右記の藤原実資は賢識無双たり
○室町院領の事につき使節を関東に遣すべし
○安楽光院に赴き信西文書を披見
○論語談義
○行幸の奢侈を批判し専ら読書研鑚せらる
○京中に謀叛勃発す
○日野資朝俊基六波羅に拘禁せらる
○資朝俊基陳謝のため鎌倉に下向
○後醍醐天皇頗る困惑
○金沢貞将勢五千騎上洛
○資朝は佐渡に配流俊基は近日帰洛
○立坊につき日野俊光資名父子鎌倉に下向す
○立坊は猶御和談たるべしという
○大流星あり
○俊光面目なくして上洛
○京都騒動合戦に及ばんとす
○楠木正成の赤坂城落居を待つ
○後醍醐天皇及び皇子らを検知
○討幕参与の者の罪科処分

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史料纂集古記録編 第80回配本 花園天皇宸記3〔オンデマンド版〕

11,000
村田正志校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。 〔収録範囲〕 1323〔元亨3〕~1332〔元弘2〕 ○三代実録を閲読してこれを後伏見上皇に返進しまた本朝世紀を給う ○紅葉遊覧のため東山に御幸 ○花園上皇内覧三人の朝儀を批判せらる ○野府記を見了し宇治左府記を閲覧せらる ○西園寺実衡屋形舟を献ず ○夜々和漢書を見て或は暁鐘に到る ○文選講読 ○和泉三河は花園上皇の分国 ○小右記の藤原実資は賢識無双たり ○室町院領の事につき使節を関東に遣すべし ○安楽光院に赴き信西文書を披見 ○論語談義 ○行幸の奢侈を批判し専ら読書研鑚せらる ○京中に謀叛勃発す ○日野資朝俊基六波羅に拘禁せらる ○資朝俊基陳謝のため鎌倉に下向 ○後醍醐天皇頗る困惑 ○金沢貞将勢五千騎上洛 ○資朝は佐渡に配流俊基は近日帰洛 ○立坊につき日野俊光資名父子鎌倉に下向す ○立坊は猶御和談たるべしという ○大流星あり ○俊光面目なくして上洛 ○京都騒動合戦に及ばんとす ○楠木正成の赤坂城落居を待つ ○後醍醐天皇及び皇子らを検知 ○討幕参与の者の罪科処分 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第149回配本 勘仲記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
高橋秀樹・櫻井彦・中込律子校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
■史料纂集本勘仲記の特長
●自筆本を底本とする最善の本文を提供。
●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。
●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。
●第一冊等に収録の建治元年十・十一月記、同二年春記は初翻刻。他の記事にも大幅な修正を施した。


■勘仲記とは
藤原(広橋)兼仲(一二四四―一三〇八)の日記。日記名は勘解由小路中納言兼仲の称に由来する。別名『兼仲卿記』。国立歴史民俗博物館に自筆本九十巻が所蔵されているほか、若干の断簡や逸文が伝わっている。日野流の広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の 『民経記』など、代々日記を残した。
 本記は将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関係、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備、摂関家の家政、畿内寺社や在地の動向、詩文・神楽、仏教説話的な言説等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる十三世紀後半の一級史料である。
 とりわけ二度の蒙古襲来とその前後の京都の状況を知る重要な記事を多く含み、朝廷・寺社がこの事態にいかに対処したかを看取できる。

■藤原兼仲
父は経光、母は藤原親実の女。正嘉二年(一二五七)十四歳で叙爵し、治部少輔や摂関家の政所別当などを勤めた。兄兼頼が弘安三年(一二八〇)死去した後、家を継いで四十一歳で蔵人となり、弁官や亀山上皇の院司にもなった。正応五年(一二九二)に蔵人頭から参議となって公卿に列し、永仁元年(一二九三)には権中納言となったが、翌年、これを辞し、延慶元年(一三〇八)六十五歳で死去した。

〔収録範囲〕
①1274年〔文永11〕~1277年〔建治3〕

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第149回配本 勘仲記1〔オンデマンド版〕

11,000
高橋秀樹・櫻井彦・中込律子校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 ■史料纂集本勘仲記の特長 ●自筆本を底本とする最善の本文を提供。 ●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。 ●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。 ●第一冊等に収録の建治元年十・十一月記、同二年春記は初翻刻。他の記事にも大幅な修正を施した。 ■勘仲記とは 藤原(広橋)兼仲(一二四四―一三〇八)の日記。日記名は勘解由小路中納言兼仲の称に由来する。別名『兼仲卿記』。国立歴史民俗博物館に自筆本九十巻が所蔵されているほか、若干の断簡や逸文が伝わっている。日野流の広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の 『民経記』など、代々日記を残した。  本記は将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関係、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備、摂関家の家政、畿内寺社や在地の動向、詩文・神楽、仏教説話的な言説等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる十三世紀後半の一級史料である。  とりわけ二度の蒙古襲来とその前後の京都の状況を知る重要な記事を多く含み、朝廷・寺社がこの事態にいかに対処したかを看取できる。 ■藤原兼仲 父は経光、母は藤原親実の女。正嘉二年(一二五七)十四歳で叙爵し、治部少輔や摂関家の政所別当などを勤めた。兄兼頼が弘安三年(一二八〇)死去した後、家を継いで四十一歳で蔵人となり、弁官や亀山上皇の院司にもなった。正応五年(一二九二)に蔵人頭から参議となって公卿に列し、永仁元年(一二九三)には権中納言となったが、翌年、これを辞し、延慶元年(一三〇八)六十五歳で死去した。 〔収録範囲〕 ①1274年〔文永11〕~1277年〔建治3〕 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第16回配本 葉黄記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
菊地康明・田沼睦校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

後嵯峨上皇の近臣葉室定嗣(一二〇八-一二七二)の公事日記。寛元四年(一二四六)、定嗣三十九歳参議兼大蔵卿から四十一歳権中納言までの間が中心となる。僅かな期間であるが、奉行院司として後嵯峨院政開始期の政務の衝にあたり、関東申次事務のうち雑務を分掌するなど、朝幕の間にあって枢要な地位を占めている。また院を中心とする諸公事・行事が克明に記述されており貴重である。

〔収録範囲〕
1230〔寛喜2〕~1247〔宝治元〕
○道家の息福王(法助)仁和寺道深法親王の許に出家
○関白良実の罷免を関東に計り一決
○関白交代の事情
○道家自ら関白初任次第を作る
○後嵯峨天皇御譲位次弟
○剣璽渡御の行列図
○西園寺実氏任太政大臣節会
○関東申次(重時は九条道家細事は高階経雅)
○申次の事を関東に諮問す
○宗尊親王着袴定
○山門衆徒蜂起
○執権北条経時卒去により関東騒動
○道家保元以後の家領の伝領経緯を定嗣に語る
○多武峯の墓鳴動す
○京都大火
○関東より頼経の近習に対する北条時頼の処置を報ず
○道家邸付近の不穏は天狗の所為の風説
○関東の使者安達泰盛頼経の上洛を報ず
○八条院領伝領により邦子内親王沙汰す
○興福寺衆徒蜂起
○申次交迭(道家より西園寺実氏)
○徳政興行
○武士の洛中守護停止
○未曽有の大雪
○関東騒動以後実経解任運動起る
○後嵯峨治世間に摂政の改任四度は希代の事なり
○院評定所の人名を幕府に通達し諒承の返答あり
○天変大流星

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史料纂集古記録編 第16回配本 葉黄記1〔オンデマンド版〕

9,900
菊地康明・田沼睦校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 後嵯峨上皇の近臣葉室定嗣(一二〇八-一二七二)の公事日記。寛元四年(一二四六)、定嗣三十九歳参議兼大蔵卿から四十一歳権中納言までの間が中心となる。僅かな期間であるが、奉行院司として後嵯峨院政開始期の政務の衝にあたり、関東申次事務のうち雑務を分掌するなど、朝幕の間にあって枢要な地位を占めている。また院を中心とする諸公事・行事が克明に記述されており貴重である。 〔収録範囲〕 1230〔寛喜2〕~1247〔宝治元〕 ○道家の息福王(法助)仁和寺道深法親王の許に出家 ○関白良実の罷免を関東に計り一決 ○関白交代の事情 ○道家自ら関白初任次第を作る ○後嵯峨天皇御譲位次弟 ○剣璽渡御の行列図 ○西園寺実氏任太政大臣節会 ○関東申次(重時は九条道家細事は高階経雅) ○申次の事を関東に諮問す ○宗尊親王着袴定 ○山門衆徒蜂起 ○執権北条経時卒去により関東騒動 ○道家保元以後の家領の伝領経緯を定嗣に語る ○多武峯の墓鳴動す ○京都大火 ○関東より頼経の近習に対する北条時頼の処置を報ず ○道家邸付近の不穏は天狗の所為の風説 ○関東の使者安達泰盛頼経の上洛を報ず ○八条院領伝領により邦子内親王沙汰す ○興福寺衆徒蜂起 ○申次交迭(道家より西園寺実氏) ○徳政興行 ○武士の洛中守護停止 ○未曽有の大雪 ○関東騒動以後実経解任運動起る ○後嵯峨治世間に摂政の改任四度は希代の事なり ○院評定所の人名を幕府に通達し諒承の返答あり ○天変大流星 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第81回配本 師郷記4〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
藤井貞文・小林花子校訂、八木書店、令2、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。

〔収録範囲〕
1445〔文安2〕~1448〔文安5〕
○近江合戦にて佐々木満綱勢討たれる者多し
○東大寺戒壇院炎上
○一条兼良と近衛房嗣の座次は兼良を上とす
○松囃子猿楽あり
○甘露寺親長師郷を召し春日祭六位外記史不参然るべからざるを申す
○佐々木政頼宿所に討入あり
○飛鳥井邸にて新続古今和歌集を見る
○四位弁と五位少納言着座順を論ずべき事あり
○造内裏のため洛中洛外に棟別を懸けらる
○美濃国合戦
○六角時綱蜂起のため政頼近江進発
○加賀国にて合戦あり富樫教家生捕らる
○山名持豊被官人と甲斐常治被官人喧嘩
○知事方僧確執による放火により天竜寺炎上
○徳政と号し土一揆蜂起
○日暮時分世上物騒軍兵馳走す
○畠山持国の沙汰により南朝護聖院宮を討つ
○伊勢において長野勢と関勢合戦あり
○貞成親王より藤原行成筆の手本他引物を禁裏に進上せらる
○北畠教具と長野合戦
○洪水により五条橋法輪橋流さる
○六条河原に赤松則繁の首を晒す
○赤松満元の事により山名持豊細川持常争う

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史料纂集古記録編 第81回配本 師郷記4〔オンデマンド版〕

9,900
藤井貞文・小林花子校訂 、八木書店 、令2 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。 〔収録範囲〕 1445〔文安2〕~1448〔文安5〕 ○近江合戦にて佐々木満綱勢討たれる者多し ○東大寺戒壇院炎上 ○一条兼良と近衛房嗣の座次は兼良を上とす ○松囃子猿楽あり ○甘露寺親長師郷を召し春日祭六位外記史不参然るべからざるを申す ○佐々木政頼宿所に討入あり ○飛鳥井邸にて新続古今和歌集を見る ○四位弁と五位少納言着座順を論ずべき事あり ○造内裏のため洛中洛外に棟別を懸けらる ○美濃国合戦 ○六角時綱蜂起のため政頼近江進発 ○加賀国にて合戦あり富樫教家生捕らる ○山名持豊被官人と甲斐常治被官人喧嘩 ○知事方僧確執による放火により天竜寺炎上 ○徳政と号し土一揆蜂起 ○日暮時分世上物騒軍兵馳走す ○畠山持国の沙汰により南朝護聖院宮を討つ ○伊勢において長野勢と関勢合戦あり ○貞成親王より藤原行成筆の手本他引物を禁裏に進上せらる ○北畠教具と長野合戦 ○洪水により五条橋法輪橋流さる ○六条河原に赤松則繁の首を晒す ○赤松満元の事により山名持豊細川持常争う #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第77回配本 師郷記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
藤井貞文・小林花子校訂、八木書店、令2、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。

〔収録範囲〕
1439〔永享11〕~1444〔嘉吉4〕
○上杉持朝千葉胤直持氏を攻む
○持氏自害
○大和越智兄弟討たる
○坂本五月会喧嘩死者負傷者多し
○新続古今和歌集進
○四条河原にて公人駕輿丁確執
○囃子物内裏に参る
○関東物騒により軍勢の発向を命ぜらる
○神宮大風洪水の被害注進
○結城落城により人々義教邸参賀
○常陸結城没落
○結城氏朝持朝討死し持氏の両子捕わる
○義教赤松教康宿所にて弑せらる
○教康播磨国に没落す
○赤松満祐教康父子追討の綸旨
○仁和寺において細川持之家侍等喧嘩数名殺さる
○土一揆あり
○山名持豊ら赤松城を攻略満祐自害す
○足利義勝徳政を許容す
○近江山門領に六角満綱押妨
○土一揆土倉に入る
○山門衆徒下落
○祇園社犬神人田楽等と共に騒動
○師郷局務を仰付けらるにより中山定親邸等に伺候
○加賀国守護職事の争いのため洛中物騒
○内裏焼亡
○賊清涼殿乱入
○剣璽賊徒に奪取らる
○北野社西京神人閉篭衆のために焼亡す
○諸国牢人等嵯峨辺に集合の風聞あり

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史料纂集古記録編 第77回配本 師郷記3〔オンデマンド版〕

8,800
藤井貞文・小林花子校訂 、八木書店 、令2 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。 〔収録範囲〕 1439〔永享11〕~1444〔嘉吉4〕 ○上杉持朝千葉胤直持氏を攻む ○持氏自害 ○大和越智兄弟討たる ○坂本五月会喧嘩死者負傷者多し ○新続古今和歌集進 ○四条河原にて公人駕輿丁確執 ○囃子物内裏に参る ○関東物騒により軍勢の発向を命ぜらる ○神宮大風洪水の被害注進 ○結城落城により人々義教邸参賀 ○常陸結城没落 ○結城氏朝持朝討死し持氏の両子捕わる ○義教赤松教康宿所にて弑せらる ○教康播磨国に没落す ○赤松満祐教康父子追討の綸旨 ○仁和寺において細川持之家侍等喧嘩数名殺さる ○土一揆あり ○山名持豊ら赤松城を攻略満祐自害す ○足利義勝徳政を許容す ○近江山門領に六角満綱押妨 ○土一揆土倉に入る ○山門衆徒下落 ○祇園社犬神人田楽等と共に騒動 ○師郷局務を仰付けらるにより中山定親邸等に伺候 ○加賀国守護職事の争いのため洛中物騒 ○内裏焼亡 ○賊清涼殿乱入 ○剣璽賊徒に奪取らる ○北野社西京神人閉篭衆のために焼亡す ○諸国牢人等嵯峨辺に集合の風聞あり #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第52回配本 台記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
5,940
橋本義彦・今江廣道校訂、続群書類従完成会、昭51、1冊
【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

左大臣藤原頼長(一一二〇-一一五六)の日記。頼長は古代と中世を分けた保元の乱の謀主として有名である。その日記は、詳細かつ内容に富み、保元の乱に至るまでの政治動向を知る無二の史料である。また、平安末期の公家社会の学問・思想・風俗を知る上でも貴重である。本記は明治年間に『史料大観』に収めて刊行されたが、新出写本も少なくなく、全面改訂を必要とする。

〔収録範囲〕
1136〔保延2〕~1143〔康治2〕
○藤原伊通着座の故実を談ず
○源雅定と下名作法につき言談
○関白忠通の功により長男頼長を内大臣に任ず
○大饗指図
○源雅定に笙を習う
○忠実忠通に叙位除目の事を習う
○興福寺大衆上洛し玄覚の僧正補任を訴う
○延暦寺兵仗停止の宣旨
○関白邸において作文会あり
○豊原時秋につき平調入調を習う
○待賢門院判官代源盛行ら国母呪詛の事により配流
○忠通藤原基俊源師俊卒して文道亡ぶと嘆ず
○源友員殺害され世人罪を源為義に帰す
○西行法師一品経書写を勧進
○三井延暦両寺衆徒合戦
○藤原行成家屋の崩れる夢を見て程なく薨ず
○南都悪僧を捕え源為義に付して奥州に流す
○大風雨鳥羽朱雀大路大河の如し
○藤原経宗は無双の英雄なり
○源成雅と藤原頼輔乱闘(我朝未曽有の珍事)
○成雅を解官に処す
○鳥羽崇徳両院態野御幸
○藤原実頼日記に冷泉帝を狂帝と書記す
○聖徳太子の霊を拝し十七条憲法に任せて執政せんことを誓う
○紀宗広妾うわなり打ち

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第52回配本 台記1

5,940
橋本義彦・今江廣道校訂 、続群書類従完成会 、昭51 、1冊
【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 左大臣藤原頼長(一一二〇-一一五六)の日記。頼長は古代と中世を分けた保元の乱の謀主として有名である。その日記は、詳細かつ内容に富み、保元の乱に至るまでの政治動向を知る無二の史料である。また、平安末期の公家社会の学問・思想・風俗を知る上でも貴重である。本記は明治年間に『史料大観』に収めて刊行されたが、新出写本も少なくなく、全面改訂を必要とする。 〔収録範囲〕 1136〔保延2〕~1143〔康治2〕 ○藤原伊通着座の故実を談ず ○源雅定と下名作法につき言談 ○関白忠通の功により長男頼長を内大臣に任ず ○大饗指図 ○源雅定に笙を習う ○忠実忠通に叙位除目の事を習う ○興福寺大衆上洛し玄覚の僧正補任を訴う ○延暦寺兵仗停止の宣旨 ○関白邸において作文会あり ○豊原時秋につき平調入調を習う ○待賢門院判官代源盛行ら国母呪詛の事により配流 ○忠通藤原基俊源師俊卒して文道亡ぶと嘆ず ○源友員殺害され世人罪を源為義に帰す ○西行法師一品経書写を勧進 ○三井延暦両寺衆徒合戦 ○藤原行成家屋の崩れる夢を見て程なく薨ず ○南都悪僧を捕え源為義に付して奥州に流す ○大風雨鳥羽朱雀大路大河の如し ○藤原経宗は無双の英雄なり ○源成雅と藤原頼輔乱闘(我朝未曽有の珍事) ○成雅を解官に処す ○鳥羽崇徳両院態野御幸 ○藤原実頼日記に冷泉帝を狂帝と書記す ○聖徳太子の霊を拝し十七条憲法に任せて執政せんことを誓う ○紀宗広妾うわなり打ち #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第189回配本 勘仲記5 1286年〔弘安9〕10月~1288年〔正応元〕12月

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂、八木書店、平29、1冊
蒙古襲来前後の朝廷の様子や、持明院・大覚寺両統迭立など、重要な事件を目撃した実務官人の克明な記録を自筆本により翻刻

■史料纂集本勘仲記の特長
●自筆本を底本とする最善の本文を提供。
●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。
●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。

本冊には弘安九年(一二八六)十月日次記より正応元年(一二八八)暦記(正月~十二月)を収録しました。この時期の古記録はほとんど残っておらず大変貴重です。内容的にも見所は沢山あります。たとえば、後宇多天皇が幕府の意向を受けて伏見天皇に譲位する記事です(弘安十年十月十二日~二十一日条)。これによって院政の主も後宇多の父亀山上皇から伏見の父後深草上皇に変わります。いわゆる「両統迭立」のはじまりです。新たに天皇となる春宮の御所が、「御所中上下騒動、人々群参如雲霞」と、慌ただしくなる一方で、「治天」の地位から下ろされた亀山上皇の御所は数人の近臣がいるだけで、「有冷然之気」と記されています。同年、長らく関白を務めた藤原(鷹司)兼平もその職を終えました。兼平は、建長六年(一二五四)に関白となって以来、途中辞任するものの、三十二年間、摂政・関白の座に在りました。本日記には、辞任一年前より兼平に関白辞任の意志があったこと、辞職したのちも出仕を止められなかったことなどが記され、記主の兼仲は「前長者(藤原兼平)建長度十个年、今度十三个年、前後廿三个年御執政、頗近例稀歟、定無御餘執歟」と評しています(弘安十年八月九日~十一日条)。鎌倉幕府の将軍源惟康の中納言・大納言への昇進や親王宣下をめぐる公武交渉の記事(弘安十年六月三日~五日条、同年十月三日条ほか)なども注目されます。

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂 、八木書店 、平29 、1冊
蒙古襲来前後の朝廷の様子や、持明院・大覚寺両統迭立など、重要な事件を目撃した実務官人の克明な記録を自筆本により翻刻 ■史料纂集本勘仲記の特長 ●自筆本を底本とする最善の本文を提供。 ●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。 ●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。 本冊には弘安九年(一二八六)十月日次記より正応元年(一二八八)暦記(正月~十二月)を収録しました。この時期の古記録はほとんど残っておらず大変貴重です。内容的にも見所は沢山あります。たとえば、後宇多天皇が幕府の意向を受けて伏見天皇に譲位する記事です(弘安十年十月十二日~二十一日条)。これによって院政の主も後宇多の父亀山上皇から伏見の父後深草上皇に変わります。いわゆる「両統迭立」のはじまりです。新たに天皇となる春宮の御所が、「御所中上下騒動、人々群参如雲霞」と、慌ただしくなる一方で、「治天」の地位から下ろされた亀山上皇の御所は数人の近臣がいるだけで、「有冷然之気」と記されています。同年、長らく関白を務めた藤原(鷹司)兼平もその職を終えました。兼平は、建長六年(一二五四)に関白となって以来、途中辞任するものの、三十二年間、摂政・関白の座に在りました。本日記には、辞任一年前より兼平に関白辞任の意志があったこと、辞職したのちも出仕を止められなかったことなどが記され、記主の兼仲は「前長者(藤原兼平)建長度十个年、今度十三个年、前後廿三个年御執政、頗近例稀歟、定無御餘執歟」と評しています(弘安十年八月九日~十一日条)。鎌倉幕府の将軍源惟康の中納言・大納言への昇進や親王宣下をめぐる公武交渉の記事(弘安十年六月三日~五日条、同年十月三日条ほか)なども注目されます。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

園太暦2〔オンデマンド版〕

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 東京都千代田区神田神保町
14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。

〔収録範囲〕
②1346〔貞和2〕~1348〔貞和4〕

#八木書店出版物/中世/単行本◆歴史
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園太暦2〔オンデマンド版〕

14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。 〔収録範囲〕 ②1346〔貞和2〕~1348〔貞和4〕 #八木書店出版物/中世/単行本◆歴史

園太暦1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。

〔収録範囲〕
①1311〔応長元〕~1346〔貞和2〕・洞院系図

#八木書店出版物/中世/単行本◆歴史
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園太暦1〔オンデマンド版〕

14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。 〔収録範囲〕 ①1311〔応長元〕~1346〔貞和2〕・洞院系図 #八木書店出版物/中世/単行本◆歴史

史料纂集古記録編173 兼見卿記3

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
橋本政宣・金子拓・遠藤珠紀・渡辺江美子校訂、八木書店、2014年、312頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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14,300
橋本政宣・金子拓・遠藤珠紀・渡辺江美子校訂 、八木書店 、2014年 、312頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

史料纂集古記録編 第222回配本 勘仲記8

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂、八木書店、令7、1冊
蒙古襲来前後の朝廷の様子や、持明院・大覚寺両統迭立など、重要な事件を目撃した実務官人の克明な記録を自筆本により翻刻

【内容説明】
■史料纂集本勘仲記の特長
●自筆本を底本とする最善の本文を提供。
●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。
●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。


■勘仲記とは
藤原(広橋)兼仲(一二四四■一三〇八)の日記。日記名は勘解由小路中納言兼仲の称に由来する。別名『兼仲卿記』。国立歴史民俗博物館に自筆本九十巻が所蔵されているほか、若干の断簡や逸文が伝わっている。日野流の広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の 『民経記』など、代々日記を残した。
 本記は将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関係、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備、摂関家の家政、畿内寺社や在地の動向、詩文・神楽、仏教説話的な言説等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる十三世紀後半の一級史料である。
 とりわけ二度の蒙古襲来とその前後の京都の状況を知る重要な記事を多く含み、朝廷・寺社がこの事態にいかに対処したかを看取できる。

■藤原兼仲
父は経光、母は藤原親実の女。正嘉二年(一二五七)十四歳で叙爵し、治部少輔や摂関家の政所別当などを勤めた。兄兼頼が弘安三年(一二八〇)死去した後、家を継いで四十一歳で蔵人となり、弁官や亀山上皇の院司にもなった。正応五年(一二九二)に蔵人頭から参議となって公卿に列し、永仁元年(一二九三)には権中納言となったが、翌年、これを辞し、延慶元年(一三〇八)六十五歳で死去した。

【目次】
【所収】正応5年(1292)11月~正安3年(1301)11月・補遺/解題(高橋秀樹)

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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14,300
高橋秀樹・櫻井彦・遠藤珠紀校訂 、八木書店 、令7 、1冊
蒙古襲来前後の朝廷の様子や、持明院・大覚寺両統迭立など、重要な事件を目撃した実務官人の克明な記録を自筆本により翻刻 【内容説明】 ■史料纂集本勘仲記の特長 ●自筆本を底本とする最善の本文を提供。 ●断簡や逸文、日記本文が現存しない部分の日記目録も収録。 ●墨継ぎや文字間隔、追筆・挿入・抹消に見られる兼仲の筆録意識を読み取るなど、最新の研究成果に基づく、最善の本文を提供。 ■勘仲記とは 藤原(広橋)兼仲(一二四四■一三〇八)の日記。日記名は勘解由小路中納言兼仲の称に由来する。別名『兼仲卿記』。国立歴史民俗博物館に自筆本九十巻が所蔵されているほか、若干の断簡や逸文が伝わっている。日野流の広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の 『民経記』など、代々日記を残した。  本記は将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関係、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備、摂関家の家政、畿内寺社や在地の動向、詩文・神楽、仏教説話的な言説等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる十三世紀後半の一級史料である。  とりわけ二度の蒙古襲来とその前後の京都の状況を知る重要な記事を多く含み、朝廷・寺社がこの事態にいかに対処したかを看取できる。 ■藤原兼仲 父は経光、母は藤原親実の女。正嘉二年(一二五七)十四歳で叙爵し、治部少輔や摂関家の政所別当などを勤めた。兄兼頼が弘安三年(一二八〇)死去した後、家を継いで四十一歳で蔵人となり、弁官や亀山上皇の院司にもなった。正応五年(一二九二)に蔵人頭から参議となって公卿に列し、永仁元年(一二九三)には権中納言となったが、翌年、これを辞し、延慶元年(一三〇八)六十五歳で死去した。 【目次】 【所収】正応5年(1292)11月~正安3年(1301)11月・補遺/解題(高橋秀樹) #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第14回配本 山科家礼記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
豊田武・飯倉晴武校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

教言(一三二八-一四〇九)・顕言(一四二八-一四六二)・言国(一四五二-一五〇三)三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。

〔収録範囲〕
1477〔文明9〕~1481〔文明13〕
○山科七郷よりの足軽乱暴注進を追々へ申伝え返事を遣す
○足利義尚長坂西両口に関所を置く
○久守足軽乱暴の事を細川政元に申入れその旨を山科七郷に伝う
○延暦寺西塔及び松本坊へ武士乱入し物を奪う
○日野政賢西軍の畠山義就下国に備え法界寺警護を山科七郷に依頼
○義就河内に入る
○東軍足軽勝竜寺城を攻めこれを落す
○幕府諸大名に足軽出兵を禁ず
○河内合戦の西軍首を畠山政長に送る
○足軽下京に放火す
○西軍土岐畠山ら陣を焼き没落す
○足軽粉河四郎左衛門大塚郷に関を立つ
○粟津商人山科郷中関々銭免除を申入る
○坂本今道新関を立て往還を止む
○幕府山科安祥寺に関を設く枝関もあり
○幕府内蔵寮領諸関に制礼を出さる
○義政邸庭の樹木を山科七郷に求む
○河原者を下し検知せしむ
○廻国の聖
○足利義尚髻を切り切腹せんとし父義政これを誡める
○京都徳政土一揆のため山科家警護を増す
○土一揆質物を取る
○大将はキンヤの又

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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豊田武・飯倉晴武校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 教言(一三二八-一四〇九)・顕言(一四二八-一四六二)・言国(一四五二-一五〇三)三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。 〔収録範囲〕 1477〔文明9〕~1481〔文明13〕 ○山科七郷よりの足軽乱暴注進を追々へ申伝え返事を遣す ○足利義尚長坂西両口に関所を置く ○久守足軽乱暴の事を細川政元に申入れその旨を山科七郷に伝う ○延暦寺西塔及び松本坊へ武士乱入し物を奪う ○日野政賢西軍の畠山義就下国に備え法界寺警護を山科七郷に依頼 ○義就河内に入る ○東軍足軽勝竜寺城を攻めこれを落す ○幕府諸大名に足軽出兵を禁ず ○河内合戦の西軍首を畠山政長に送る ○足軽下京に放火す ○西軍土岐畠山ら陣を焼き没落す ○足軽粉河四郎左衛門大塚郷に関を立つ ○粟津商人山科郷中関々銭免除を申入る ○坂本今道新関を立て往還を止む ○幕府山科安祥寺に関を設く枝関もあり ○幕府内蔵寮領諸関に制礼を出さる ○義政邸庭の樹木を山科七郷に求む ○河原者を下し検知せしむ ○廻国の聖 ○足利義尚髻を切り切腹せんとし父義政これを誡める ○京都徳政土一揆のため山科家警護を増す ○土一揆質物を取る ○大将はキンヤの又 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第20回配本 教言卿記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
臼井信義・嗣永芳照校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。

〔収録範囲〕
1407〔応永14〕~1408〔応永15〕
○鳥の供御人歳末課役未進
○広橋兼宣山科家の文書を購い教興に贈る
○教言教興の院司に補せられたることを義満に謝す
○義満教言をして琵琶を修理せしむ
○播磨細川荘の長夫上洛
○教言平緒を本銭返の質に取る
○義満教興の子徳菊丸を三千院に入室せしめんとす
○遣明使帰朝するにより義満兵庫に赴く
○季璞梵璞教言を訪う
○豊原定秋の血脈を献ず
○帰朝の船二十万貫を進む
○義満明人を伴いて常在光院に紅葉を観る
○明人に見せんがため北山女院元日拝礼の事
○義満明船を見んため兵庫に到る
○室町第にヒキカエルの大群現る
○備前居都荘山科家一円知行につき守護より故障す
○山科家借物返済
○教興教豊高倉永行を訪い直衣袴等の秘説を受く
○後小松天皇義満の北山第に行幸せらる
○義満義嗣を伴い伊勢へ参宮せんとす
○平家物語勧進
○義満薨ず
○教言焼香のため等持院に参詣す
○飛騨匠家熙上洛
○南都無人と六方衆の喧嘩
○甲州大中中建より使僧来る

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第20回配本 教言卿記2〔オンデマンド版〕

9,900
臼井信義・嗣永芳照校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。 〔収録範囲〕 1407〔応永14〕~1408〔応永15〕 ○鳥の供御人歳末課役未進 ○広橋兼宣山科家の文書を購い教興に贈る ○教言教興の院司に補せられたることを義満に謝す ○義満教言をして琵琶を修理せしむ ○播磨細川荘の長夫上洛 ○教言平緒を本銭返の質に取る ○義満教興の子徳菊丸を三千院に入室せしめんとす ○遣明使帰朝するにより義満兵庫に赴く ○季璞梵璞教言を訪う ○豊原定秋の血脈を献ず ○帰朝の船二十万貫を進む ○義満明人を伴いて常在光院に紅葉を観る ○明人に見せんがため北山女院元日拝礼の事 ○義満明船を見んため兵庫に到る ○室町第にヒキカエルの大群現る ○備前居都荘山科家一円知行につき守護より故障す ○山科家借物返済 ○教興教豊高倉永行を訪い直衣袴等の秘説を受く ○後小松天皇義満の北山第に行幸せらる ○義満義嗣を伴い伊勢へ参宮せんとす ○平家物語勧進 ○義満薨ず ○教言焼香のため等持院に参詣す ○飛騨匠家熙上洛 ○南都無人と六方衆の喧嘩 ○甲州大中中建より使僧来る #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第10回配本 教言卿記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
臼井信義・嗣永芳照校訂、八木書店、令5、1冊
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【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。

〔収録範囲〕
1405〔応永12〕~1406〔応永13〕
○教言邸類焼日記焼失
○教言花山院忠定より年皇代記を借写す
○畠山義清発狂により紀伊に追放さる
○明使の接待は天竜相国両寺
○義満北小路の邸を欠所として教言に与う
○義満室日野業子薨ず
○義満の北山南邸放火さる
○義満明船を見んとし兵庫に赴く
○山科家鎮守社新造吉田兼敦神体を奉納す
○播磨細川の百姓山科家司を訴う
○義満広橋兼宣を責勘す
○足利満兼教言の子大中中建を武蔵永興寺住侍と為す
○山科家司大沢重長逐電
○義持父義満の責勘を蒙り日野重光邸に赴き仲介を請う
○唐船六七艘兵庫着岸
○樋口の道場に茶ばかり飲みて生る女あり
○義満重光をして大鏡を索めしむ
○段銭使山科東荘に入る
○義満山科東荘の段銭を免除す
○室町第修理料足不足のため段銭は権門勢家領と雖も之を課す
○教言駕輿丁等の魚鳥等新儀の商売停止を義満に請う
○山科東荘段銭京済守護請取
○日野重光邸の対屋放火さる
○教言入質して中間等の給分を下行す

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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臼井信義・嗣永芳照校訂 、八木書店 、令5 、1冊
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史料纂集古記録編 第62回配本 花園天皇宸記1〔オンデマンド版〕

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 東京都千代田区神田神保町
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村田正志校訂、八木書店、令5、1冊
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【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。

〔収録範囲〕
1310〔延慶3〕~1318〔文保2〕
○藤原具範孝文本紀を進講
○日吉社回禄
○広義門院御産
○鷹司冬平関白となる
○朔平門院薨去
○幕府砂金等を貢進
○元服
○禁中狼藉の先例
○今出川兼季より笛五常楽急伝授
○山門の訴に依り最勝講延引
○冬平持参の神璽箱についての一巻
○幕府使者西園寺実兼の邸に至る
○京極為兼参内して和歌を語る
○伏見上皇より一条院并に後冷泉院御記を給う
○北条貞時死去
○歌合
○為兼関東より帰洛
○量仁親王御行始
○寛平御記十巻を一見せられ感想を漏らし給う
○安倍長親変異等の事を奏せしむ
○後伏見上皇始めて政務を執行せらる
○為兼俊成自筆の古今集序を進講
○菅原在輔群書治要を進講す
○疱瘡流行により免者あり
○春日神木入洛
○石清水八幡宮神輿入洛
○山門衆徒と六波羅武士合戦す
○歯痛丹波冬康をして抜かしめらる
○幕府使者長崎某西園寺公衡をして武命を奏上せしむ
○八幡宮託宣に蒙古襲来の由称す
○幕府譲位せらるべき旨を西園寺実兼に伝う

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第62回配本 花園天皇宸記1〔オンデマンド版〕

7,700
村田正志校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。 〔収録範囲〕 1310〔延慶3〕~1318〔文保2〕 ○藤原具範孝文本紀を進講 ○日吉社回禄 ○広義門院御産 ○鷹司冬平関白となる ○朔平門院薨去 ○幕府砂金等を貢進 ○元服 ○禁中狼藉の先例 ○今出川兼季より笛五常楽急伝授 ○山門の訴に依り最勝講延引 ○冬平持参の神璽箱についての一巻 ○幕府使者西園寺実兼の邸に至る ○京極為兼参内して和歌を語る ○伏見上皇より一条院并に後冷泉院御記を給う ○北条貞時死去 ○歌合 ○為兼関東より帰洛 ○量仁親王御行始 ○寛平御記十巻を一見せられ感想を漏らし給う ○安倍長親変異等の事を奏せしむ ○後伏見上皇始めて政務を執行せらる ○為兼俊成自筆の古今集序を進講 ○菅原在輔群書治要を進講す ○疱瘡流行により免者あり ○春日神木入洛 ○石清水八幡宮神輿入洛 ○山門衆徒と六波羅武士合戦す ○歯痛丹波冬康をして抜かしめらる ○幕府使者長崎某西園寺公衡をして武命を奏上せしむ ○八幡宮託宣に蒙古襲来の由称す ○幕府譲位せらるべき旨を西園寺実兼に伝う #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第105回配本 舜旧記7〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂、八木書店、平30、1冊
品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

〔収録範囲〕
1627〔寛永4〕~1630〔寛永7〕
○吉田家伝書物を関白近衛信尋へ上申す
○九条忠栄に祗候し八雲御抄一巻を進上す
○大町流目薬龍丹膏始めて調合す
○仁和寺皆明院紀伊山伏護摩の事を尋ねらる
○吉田家系図の末々を浄雲院へ進む
○姫百合の種植
○豊国社再興の瑞夢を見る
○東河原に操り高館見物
○浄勝院へ近衛前久自筆の源氏物語を進上す
○南都社家より元々集来る
○四条河原能見物
○西洞院時慶所にて日本書紀神代巻講読
○以心崇伝へ藤氏・源氏系図を貸出す
○中宮徳川和子着帯
○和子の御産平安祈祷
○梵舜の刀等盗む小者を召取
○兼見卿記
○徳川家光疱瘡平癒の祈祷
○日本書紀三十冊人皇紀摺本を家本にて校合
○尾州徳川義直摂津有馬を経て伏見に来る
○日本書紀人皇紀箱出来
○九条忠栄より諏訪系図について尋問あり
○梵舜養猫盗まる
○大角山城へ椿の接ぎ無心す
○豊臣秀吉三十三回忌
○豊国社の社領社家等を元の如く安堵せらる様祈念せしむ
○以心崇伝煩気により灸点記し進上

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9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂 、八木書店 、平30 、1冊
品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 〔収録範囲〕 1627〔寛永4〕~1630〔寛永7〕 ○吉田家伝書物を関白近衛信尋へ上申す ○九条忠栄に祗候し八雲御抄一巻を進上す ○大町流目薬龍丹膏始めて調合す ○仁和寺皆明院紀伊山伏護摩の事を尋ねらる ○吉田家系図の末々を浄雲院へ進む ○姫百合の種植 ○豊国社再興の瑞夢を見る ○東河原に操り高館見物 ○浄勝院へ近衛前久自筆の源氏物語を進上す ○南都社家より元々集来る ○四条河原能見物 ○西洞院時慶所にて日本書紀神代巻講読 ○以心崇伝へ藤氏・源氏系図を貸出す ○中宮徳川和子着帯 ○和子の御産平安祈祷 ○梵舜の刀等盗む小者を召取 ○兼見卿記 ○徳川家光疱瘡平癒の祈祷 ○日本書紀三十冊人皇紀摺本を家本にて校合 ○尾州徳川義直摂津有馬を経て伏見に来る ○日本書紀人皇紀箱出来 ○九条忠栄より諏訪系図について尋問あり ○梵舜養猫盗まる ○大角山城へ椿の接ぎ無心す ○豊臣秀吉三十三回忌 ○豊国社の社領社家等を元の如く安堵せらる様祈念せしむ ○以心崇伝煩気により灸点記し進上 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

園太暦3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。

〔収録範囲〕
③1349〔貞和5〕~1351〔観応2〕

#八木書店出版物/中世/単行本◆歴史
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

園太暦3〔オンデマンド版〕

14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。 〔収録範囲〕 ③1349〔貞和5〕~1351〔観応2〕 #八木書店出版物/中世/単行本◆歴史

史料纂集古記録編171 新訂増補兼見卿記1

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂、八木書店、2014年、280頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂 、八木書店 、2014年 、280頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

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