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「史料纂集 古記録編」の検索結果
625件

史料纂集古記録編172 新訂増補兼見卿記2

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂、八木書店、2014年、266頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂 、八木書店 、2014年 、266頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

園太暦3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。

〔収録範囲〕
③1349〔貞和5〕~1351〔観応2〕

#八木書店出版物/中世/単行本◆歴史
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園太暦3〔オンデマンド版〕

14,300
岩橋小弥太・斎木一馬校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 南北朝時代、北朝の重鎮として太政大臣に任じ、武家の推尊も受け、南朝の厚き信望をもになった洞院公賢(一二九一-一三六〇)の日記。動乱の世相と政局の機微を描いて精彩に富み、古来名記の一つに数えられる。公賢は、学殖においても当代に並ぶ者なく、古典・旧規に通じ、その著述は、故実典礼の典拠とされている。本記は、現存する正記に新出写本、逸文等を加え、現段階での『園太暦』本文の完璧を期するもの。新刊の巻五以降は史料纂集古記録編所収。 〔収録範囲〕 ③1349〔貞和5〕~1351〔観応2〕 #八木書店出版物/中世/単行本◆歴史

史料纂集古記録編171 新訂増補兼見卿記1

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂、八木書店、2014年、280頁、A5、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます
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14,300
斎木一馬・染谷光広校訂/金子拓・遠藤珠紀新訂増補版校訂 、八木書店 、2014年 、280頁 、A5 、1冊
【新刊書の定価販売です】 神祇大副吉田兼見(一五三五-一六一〇)の日記。兼見は吉田神道の宗家、吉田社神主の家職を承けて神道管領長上を称し、全国の神職に対して、補任その他神道伝授等につき絶大なる権勢があった。神事に関する記載のほか、変転する中央政界の情勢、特に信長・秀吉・家康らの有力武将達の動静に詳しく、社会および学芸等に関する記載も豊富で、安土桃山時代の最も重要な史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます

史料纂集古記録編17 経覚私要鈔1

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
5,280
"高橋隆三・小泉宜右校訂 続群書類従完成会発行"、八木書店、1971年、286頁、A5、1冊
"【新刊書の定価販売です】 奈良興福寺大乗院別当第18世門主経覚(1395~1473)の日乗。『私要鈔』の名は、原本の表紙に題せられたところである。原本は、独立行政法人国立公文書館に所蔵され、欠年もあるが、応永22年(1415)から文明4年(1472)までが現存。
 その内容は、興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまでおよび、朝幕関係から幕府内部の動向も書かれている。嘉吉の乱から応仁・文明の乱勃発の時期までの政治・社会・経済史研究の一級史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます"
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史料纂集古記録編17 経覚私要鈔1

5,280
"高橋隆三・小泉宜右校訂 続群書類従完成会発行" 、八木書店 、1971年 、286頁 、A5 、1冊
"【新刊書の定価販売です】 奈良興福寺大乗院別当第18世門主経覚(1395~1473)の日乗。『私要鈔』の名は、原本の表紙に題せられたところである。原本は、独立行政法人国立公文書館に所蔵され、欠年もあるが、応永22年(1415)から文明4年(1472)までが現存。  その内容は、興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまでおよび、朝幕関係から幕府内部の動向も書かれている。嘉吉の乱から応仁・文明の乱勃発の時期までの政治・社会・経済史研究の一級史料である。※発送まで1~2営業日お時間いただきます"

史料纂集古記録編 第208回配本 守光公記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
19,800
中世公家日記研究会校訂(鶴﨑裕雄・湯川敏治・森田恭二・柴田真一)、八木書店、令2、1冊
戦国時代に長期にわたって武家伝奏を勤めた広橋守光(1471~1526)の日記と別記

【内容説明】
戦国時代に長期にわたって武家伝奏を勤めた広橋守光(1471~1526)の日記と別記。守光は、町広光の子として生まれ、広橋家を嗣ぎ、永正2年(1505)参議、同6年武家伝奏・中納言、同15年大納言となり、大永6年1526)56歳で歿しています。天文7年(1538)には、内大臣の追贈を受けています。
本書は、続群書類従完成会時代に、中世公家日記研究会の校訂で校正作業がはじまり31年の歳月を掛け、このたび、漸く完結となりました。初の全文翻刻となります。
自筆原本は、広橋家の他の史料とともに、同家に伝来していましたが、近代になり東洋文庫に移譲されました。現在は、永正4年12月から永正18年3月分が国立歴史民俗博物館の所蔵となり、一部、永正10年2月から同年12月分が宮内庁書陵部所蔵。
本日記からは、武家伝奏として公武間の折衝に心を砕く守光の実像が見えてきます。また、幕府との交渉記録や関連文書が写として掲載され、女房奉書が数多く筆写されている。他の公家日記と比較して、有職故実や年中行事に関連する記事が少ないのも本記の特徴のひとつである。本冊には、永正11年(1514)正月~永正18年(1521)3月を収録し、併せて第1の正誤表、解題、索引を付録する。

【目次】
〔所収〕永正11年(1514)正月~永正18年(1521)3月
別記 永正7年4月~永正17年3月
守光公記 第1 正誤表
解題
あとがき
索引(人名・地名・寺社名・事項・文書名一覧)

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
19,800
中世公家日記研究会校訂(鶴﨑裕雄・湯川敏治・森田恭二・柴田真一) 、八木書店 、令2 、1冊
戦国時代に長期にわたって武家伝奏を勤めた広橋守光(1471~1526)の日記と別記 【内容説明】 戦国時代に長期にわたって武家伝奏を勤めた広橋守光(1471~1526)の日記と別記。守光は、町広光の子として生まれ、広橋家を嗣ぎ、永正2年(1505)参議、同6年武家伝奏・中納言、同15年大納言となり、大永6年1526)56歳で歿しています。天文7年(1538)には、内大臣の追贈を受けています。 本書は、続群書類従完成会時代に、中世公家日記研究会の校訂で校正作業がはじまり31年の歳月を掛け、このたび、漸く完結となりました。初の全文翻刻となります。 自筆原本は、広橋家の他の史料とともに、同家に伝来していましたが、近代になり東洋文庫に移譲されました。現在は、永正4年12月から永正18年3月分が国立歴史民俗博物館の所蔵となり、一部、永正10年2月から同年12月分が宮内庁書陵部所蔵。 本日記からは、武家伝奏として公武間の折衝に心を砕く守光の実像が見えてきます。また、幕府との交渉記録や関連文書が写として掲載され、女房奉書が数多く筆写されている。他の公家日記と比較して、有職故実や年中行事に関連する記事が少ないのも本記の特徴のひとつである。本冊には、永正11年(1514)正月~永正18年(1521)3月を収録し、併せて第1の正誤表、解題、索引を付録する。 【目次】 〔所収〕永正11年(1514)正月~永正18年(1521)3月 別記 永正7年4月~永正17年3月 守光公記 第1 正誤表 解題 あとがき 索引(人名・地名・寺社名・事項・文書名一覧) #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第202回配本 護国寺日記5

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
16,500
坂本正仁校訂、八木書店、令元、1冊
護国寺の役者が日々記した公用日記を初翻刻。徳川将軍家の祈願・祈祷を勤めた護国寺の真の姿を探る。

【内容説明】
本書の刊行に当たっては、元禄~宝永の本寺院が最も活発な活動をみせた徳川綱吉の時代に限って刊行。今回で、完結。
元禄から宝永にかけて、日本列島は大きな地殻変動の時代を迎える。元禄16年11月23日、現在の千葉県の野島崎沖を震源とする大地震が発生し、武蔵・相模を中心に甚大な被害が起きた。これにより、年号も宝永と改元される。
宝永4年10月4日、東海道沖から南海道沖を震源とする巨大地震が発生。江戸でも同日午後に大きく揺れ、以後断続的に地震が起きた。現在の研究では、南海トラフのほぼ全域にわたってプレート間の断層が破壊されたもので、我が国の記録に残る歴史上最大級の地震とされている。護国寺は、発生直後より「地震止除の御祈祷」が何度も執行されている。その後も地震は続き、この大地震の49日後、11月23日に富士山が噴火。江戸では、砂が降り注ぎ地震が続いた様子が記録されている。「富士の半腹より焼出」とある「宝永の大噴火」が公儀への注進状を引用して生々しく書かれている。
宝永5年の冬、麻疹が流行し、将軍綱吉は12月24日に「麻疹退散の祈祷」を護国寺に命じている。しかし、綱吉は年末に麻疹に罹り、翌年正月10日死去。こうして、護国寺は、開基の桂昌院に続いて、大旦那綱吉も失なうことになった。

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
16,500
坂本正仁校訂 、八木書店 、令元 、1冊
護国寺の役者が日々記した公用日記を初翻刻。徳川将軍家の祈願・祈祷を勤めた護国寺の真の姿を探る。 【内容説明】 本書の刊行に当たっては、元禄~宝永の本寺院が最も活発な活動をみせた徳川綱吉の時代に限って刊行。今回で、完結。 元禄から宝永にかけて、日本列島は大きな地殻変動の時代を迎える。元禄16年11月23日、現在の千葉県の野島崎沖を震源とする大地震が発生し、武蔵・相模を中心に甚大な被害が起きた。これにより、年号も宝永と改元される。 宝永4年10月4日、東海道沖から南海道沖を震源とする巨大地震が発生。江戸でも同日午後に大きく揺れ、以後断続的に地震が起きた。現在の研究では、南海トラフのほぼ全域にわたってプレート間の断層が破壊されたもので、我が国の記録に残る歴史上最大級の地震とされている。護国寺は、発生直後より「地震止除の御祈祷」が何度も執行されている。その後も地震は続き、この大地震の49日後、11月23日に富士山が噴火。江戸では、砂が降り注ぎ地震が続いた様子が記録されている。「富士の半腹より焼出」とある「宝永の大噴火」が公儀への注進状を引用して生々しく書かれている。 宝永5年の冬、麻疹が流行し、将軍綱吉は12月24日に「麻疹退散の祈祷」を護国寺に命じている。しかし、綱吉は年末に麻疹に罹り、翌年正月10日死去。こうして、護国寺は、開基の桂昌院に続いて、大旦那綱吉も失なうことになった。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第144回配本 妙法院日次記21〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、八木書店、平26、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄七年(1694)より明治九年(1876)まで約二百年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】1787〔天明7〕~1788〔天明8〕
○御朱印頂戴の寺社は当七月より九月迄の間に御朱印に写を添えて江戸へ持参認証を得るようとの触
○近年旅篭困窮故に以前の振合の支払でなく所相場の値断にて旅行するよう伝奏触
○米穀高値につき御近習以下に一俵づつ町役人下役等に鳥目三貫づつ拝借仰付
○米直段高直に付酒造米は三分一にするとの伝奏触
○米石払底につき酒造米は半石分との昨年の伝奏触に相違なきようとの触
○出所不明の米の売買を禁ずる触
○大仏殿御修理銀貸付につき二重貸付を禁ずる旨大坂町奉行へ届出
○近来衣服華美茶屋旅篭等華麗の風俗過分の奢相聞え不届ゆゑ相慎むようとの方内触
○京都大火
○延宝三年、宝永五年の御所炎上の節御里坊類焼につき公儀より御普請料進上の報告書
○禁裏炎上につき鳴物停止
○京都大火につき桧材は公儀御用の外売買停止
○五畿内近隣国々の雑木は人救いの心得にて高値の売買致さぬよう寺社領の山の雑木売払いは勝手との触

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、八木書店 、平26 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄七年(1694)より明治九年(1876)まで約二百年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】1787〔天明7〕~1788〔天明8〕 ○御朱印頂戴の寺社は当七月より九月迄の間に御朱印に写を添えて江戸へ持参認証を得るようとの触 ○近年旅篭困窮故に以前の振合の支払でなく所相場の値断にて旅行するよう伝奏触 ○米穀高値につき御近習以下に一俵づつ町役人下役等に鳥目三貫づつ拝借仰付 ○米直段高直に付酒造米は三分一にするとの伝奏触 ○米石払底につき酒造米は半石分との昨年の伝奏触に相違なきようとの触 ○出所不明の米の売買を禁ずる触 ○大仏殿御修理銀貸付につき二重貸付を禁ずる旨大坂町奉行へ届出 ○近来衣服華美茶屋旅篭等華麗の風俗過分の奢相聞え不届ゆゑ相慎むようとの方内触 ○京都大火 ○延宝三年、宝永五年の御所炎上の節御里坊類焼につき公儀より御普請料進上の報告書 ○禁裏炎上につき鳴物停止 ○京都大火につき桧材は公儀御用の外売買停止 ○五畿内近隣国々の雑木は人救いの心得にて高値の売買致さぬよう寺社領の山の雑木売払いは勝手との触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第46回配本 言国卿記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
豊田武・飯倉晴武校訂、八木書店、平26、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。

【収録】1478〔文明10〕~1481〔文明13〕
○積一座頭平家を語る
○内蔵寮領近江菅浦庄より枇杷上る
○久守ら賭双六をなす
○白川忠富酒飯を興行
○山城守護畠山持国山科郷へ配符を入る
○飛鳥井雅康禁裏へ新拾遺和歌集の事を申出づ
○久守五分一役免除を山科郷へ伝う
○新古今集を校合せらる
○山科家へ盗人入る
○久守地下に酒を振舞う
○甘露寺親長源氏物語を書写す
○飯尾為信の葬送に山科郷民上洛
○白川忠富をして明恵上人絵詞を読ましむ
○楽御伝授の日時勘文を禁裏へ進す
○禁裏女中衆浄土双六に興ず
○織手井上御服要脚の催促に来る
○海上関事につき飯尾彦六左衛門来る
○木石に草をつけさせらる
○伏見宮家雑色等を召し謡わせらる
○高倉家より河原者ら山科家の柳を掘りに来る
○禁裏千句連歌
○桜井新五郎鮎料理を興行す
○一条兼良薨去につき静かに楽を吹奏す
○青侍ら賽遊びコトと称す
○官女小大夫六道へ参詣
○義政山荘普請役を山科郷に課す
○義尚邸へ入る盗人を引廻し六条河原で処刑

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第46回配本 言国卿記3〔オンデマンド版〕

9,900
豊田武・飯倉晴武校訂 、八木書店 、平26 、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。 【収録】1478〔文明10〕~1481〔文明13〕 ○積一座頭平家を語る ○内蔵寮領近江菅浦庄より枇杷上る ○久守ら賭双六をなす ○白川忠富酒飯を興行 ○山城守護畠山持国山科郷へ配符を入る ○飛鳥井雅康禁裏へ新拾遺和歌集の事を申出づ ○久守五分一役免除を山科郷へ伝う ○新古今集を校合せらる ○山科家へ盗人入る ○久守地下に酒を振舞う ○甘露寺親長源氏物語を書写す ○飯尾為信の葬送に山科郷民上洛 ○白川忠富をして明恵上人絵詞を読ましむ ○楽御伝授の日時勘文を禁裏へ進す ○禁裏女中衆浄土双六に興ず ○織手井上御服要脚の催促に来る ○海上関事につき飯尾彦六左衛門来る ○木石に草をつけさせらる ○伏見宮家雑色等を召し謡わせらる ○高倉家より河原者ら山科家の柳を掘りに来る ○禁裏千句連歌 ○桜井新五郎鮎料理を興行す ○一条兼良薨去につき静かに楽を吹奏す ○青侍ら賽遊びコトと称す ○官女小大夫六道へ参詣 ○義政山荘普請役を山科郷に課す ○義尚邸へ入る盗人を引廻し六条河原で処刑 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第43回配本 言国卿記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
豊田武・飯倉晴武校訂、八木書店、平26、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。

【収録】1475〔文明7〕~1478〔文明10〕
○豊原統秋に楽譜を依頼し料紙墨を贈る
○近江出兵により物騒
○言国坂本浜見物に赴く
○延暦寺南谷と無動寺合戦に及ぶ
○勝仁親王御所女中ら雪打ち
○関停止は曲事たる事を幕府に申入れしむ
○言国後土御門天皇に召され花を立て幕府連歌会の事を尋らる
○山科家青侍に平家物語を語らす
○言国義政所望の連歌を写し贈る
○幕府矢開きに言国配膳役を仰付る
○後土御門天皇小犬弥太郎を召し謡わせらる
○中御門宣胤に千載集書写を断わらる
○法然絵を見せらる
○後花園院宸記虫払
○新続古今集書写
○庭田雅行と三条西実隆に秋の虫を贈る
○禁裏十種香興行
○室町第焼亡により御記悉く焼失
○大原に法華懺法講あり
○山科家青侍ら寄合田楽
○禁裏御本続千載集を近所の店屋より五十疋にて買う
○大沢久守山科郷へ下向
○広橋家の往生講に招かる
○太一座頭の平家を聞く
○久守大宅郷政所らを饗応し地下若衆に酒を与う
○禁裏辻御倉に賊入り御料所物を盗る

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第43回配本 言国卿記2〔オンデマンド版〕

9,900
豊田武・飯倉晴武校訂 、八木書店 、平26 、1冊
山科言国(1452-1503)の日記。言国は言継の祖父で言経の曾祖父。山科家は、音楽の家として知られ、また教言以来、代々内蔵頭を兼ねる家である。その日記・記録は、職掌関係や音楽の記事に詳しく、所領関係のものも多く含まれる。日次記は文明6年(1474)から文亀2年(1502)まで現存し、応仁・文明の乱から戦国初期にかけての京都情勢にも多く筆を費している。 【収録】1475〔文明7〕~1478〔文明10〕 ○豊原統秋に楽譜を依頼し料紙墨を贈る ○近江出兵により物騒 ○言国坂本浜見物に赴く ○延暦寺南谷と無動寺合戦に及ぶ ○勝仁親王御所女中ら雪打ち ○関停止は曲事たる事を幕府に申入れしむ ○言国後土御門天皇に召され花を立て幕府連歌会の事を尋らる ○山科家青侍に平家物語を語らす ○言国義政所望の連歌を写し贈る ○幕府矢開きに言国配膳役を仰付る ○後土御門天皇小犬弥太郎を召し謡わせらる ○中御門宣胤に千載集書写を断わらる ○法然絵を見せらる ○後花園院宸記虫払 ○新続古今集書写 ○庭田雅行と三条西実隆に秋の虫を贈る ○禁裏十種香興行 ○室町第焼亡により御記悉く焼失 ○大原に法華懺法講あり ○山科家青侍ら寄合田楽 ○禁裏御本続千載集を近所の店屋より五十疋にて買う ○大沢久守山科郷へ下向 ○広橋家の往生講に招かる ○太一座頭の平家を聞く ○久守大宅郷政所らを饗応し地下若衆に酒を与う ○禁裏辻御倉に賊入り御料所物を盗る #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第131回配本 通兄公記8〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
今江廣道・平井誠二校訂、八木書店、平26、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

【収録】⑧1746〔延享3〕~1747〔延享4〕
○天皇御脱〓(尸+徙)の思召あり
○天皇譲位の叡慮を関白等に内々仰せらる、通兄等諌止し奉るも聞入れ給わず
○和歌当座御会通兄詠進す
○男俊通の石清水放生会進退につき一門の公卿と談じ教訓を加う
○通兄武家伝奏を辞せんとす、近年病身による
○天皇より武家伝奏辞退を慰諭せらる
○武家伝奏より御譲位御受禅の叡慮を所司代に伝う
○幕府御延引あるべしと奉答
○更めて来年立太子の上御譲位の事を仰せらる
○回峯千日行者大僧都正〓(行人偏+扁)参内拝謁御加持を奉仕す
○千日回峯行満願により綸旨を賜わる御礼参内
○通兄千日行者正〓(行人偏+扁)を招き女子を加持せしむ
○一族の宴に盲目法師を召し琵琶を弾ぜしむ
○天皇頃日御不予今日平常に復せしめ給う
○一昨年よりの江家次第会読終功につき饗宴を催す
○立太子節会
○飛鳥井家と不和の事天聴に達し和解せしめらる
○盲目法師を召し平家物語を謡わしむ
○多年懈怠なく勤仕神妙に思食す旨上皇より御書を以て通兄に仰下さる

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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9,900
今江廣道・平井誠二校訂 、八木書店 、平26 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 【収録】⑧1746〔延享3〕~1747〔延享4〕 ○天皇御脱〓(尸+徙)の思召あり ○天皇譲位の叡慮を関白等に内々仰せらる、通兄等諌止し奉るも聞入れ給わず ○和歌当座御会通兄詠進す ○男俊通の石清水放生会進退につき一門の公卿と談じ教訓を加う ○通兄武家伝奏を辞せんとす、近年病身による ○天皇より武家伝奏辞退を慰諭せらる ○武家伝奏より御譲位御受禅の叡慮を所司代に伝う ○幕府御延引あるべしと奉答 ○更めて来年立太子の上御譲位の事を仰せらる ○回峯千日行者大僧都正〓(行人偏+扁)参内拝謁御加持を奉仕す ○千日回峯行満願により綸旨を賜わる御礼参内 ○通兄千日行者正〓(行人偏+扁)を招き女子を加持せしむ ○一族の宴に盲目法師を召し琵琶を弾ぜしむ ○天皇頃日御不予今日平常に復せしめ給う ○一昨年よりの江家次第会読終功につき饗宴を催す ○立太子節会 ○飛鳥井家と不和の事天聴に達し和解せしめらる ○盲目法師を召し平家物語を謡わしむ ○多年懈怠なく勤仕神妙に思食す旨上皇より御書を以て通兄に仰下さる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第28回配本 経覚私要鈔2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
高橋隆三・小泉宜右校訂、八木書店、平26、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。

【収録】②1449〔文安6〕~1451〔宝徳3〕
○博奕により小者を追出す
○古市胤仙奈良を攻む
○越智家栄十市遠清を攻め散郷十二郷を焼く
○経覚諸方の勢を召し敵方来襲に備う
○尋尊経覚に朝倉孝景の越前大口郷代官職補任の可否を問う
○経覚上洛の警護を小倉重栄に命ず
○経覚九条成家政基同道にて九条家の墓所に詣る
○足利義教は経覚の恩人
○摂津兵庫関違乱により興福寺閉門
○九条家別時念仏
○細川教春和泉で修験者を殺すにより諸国の修験者京都今熊野に群り之を罪せん事を幕府に訴う
○持国将軍の大名家内政干渉は天下錯乱の基なりとして足利義成を諌止す
○義成の下知は今参局による
○今参局の所業は周の〓(鍋蓋+臼+衣)〓(女+以)に似たり
○経覚大勢の筒井方に傾くを恐れ諸方に意を通ず
○山城普賢寺殿原一揆して守護畠山持国に背く
○関白一条兼良大乗院焼失の事につき公武の成敗あるべき旨を伝う
○長谷寺の事につき評定す
○経覚長谷寺の幕府と興福寺への返答に参差あるを責む
○山門の神輿入洛せんとす

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9,900
高橋隆三・小泉宜右校訂 、八木書店 、平26 、1冊
九条経教の子で、奈良興福寺別当を四度勤めた、同寺大乗院第18世門主経覚(1395-1473)の日乗である。『私要鈔』の名は日乗の表紙に題せられたもので、日録は66冊。応永22年(1415)より文明4年(1472)におよぶ。興福寺内の寺務・寺領支配から国人の動向、大和の情勢、京都の動静にまで及び、室町期の政治・社会・経済史研究の好史料である。 【収録】②1449〔文安6〕~1451〔宝徳3〕 ○博奕により小者を追出す ○古市胤仙奈良を攻む ○越智家栄十市遠清を攻め散郷十二郷を焼く ○経覚諸方の勢を召し敵方来襲に備う ○尋尊経覚に朝倉孝景の越前大口郷代官職補任の可否を問う ○経覚上洛の警護を小倉重栄に命ず ○経覚九条成家政基同道にて九条家の墓所に詣る ○足利義教は経覚の恩人 ○摂津兵庫関違乱により興福寺閉門 ○九条家別時念仏 ○細川教春和泉で修験者を殺すにより諸国の修験者京都今熊野に群り之を罪せん事を幕府に訴う ○持国将軍の大名家内政干渉は天下錯乱の基なりとして足利義成を諌止す ○義成の下知は今参局による ○今参局の所業は周の〓(鍋蓋+臼+衣)〓(女+以)に似たり ○経覚大勢の筒井方に傾くを恐れ諸方に意を通ず ○山城普賢寺殿原一揆して守護畠山持国に背く ○関白一条兼良大乗院焼失の事につき公武の成敗あるべき旨を伝う ○長谷寺の事につき評定す ○経覚長谷寺の幕府と興福寺への返答に参差あるを責む ○山門の神輿入洛せんとす #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第140回配本 太梁公日記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
13,200
前田育徳会尊経閣文庫編・長山直治校訂、続群書類従完成会、平16、1冊
加賀11代藩主前田治脩(太梁公)の自筆日記で、治脩が藩主になる直前の、明和8年(1771)4月から安永4年(1775)4月におよぶ40冊が現存。江戸幕府との交渉や江戸城内での儀礼、大名や一族との交際・藩政・日常生活等、公私にわたる。また、治脩の家督相続の事情、藩内の財政・人事も詳細に知ることができ、道中日記により参勤道中の様子も窺える。

【収録】①1771〔明和8〕~1772〔明和9〕
○重教養子願不許可により相続願に改む
○老中奉書にて重教名代松平頼済と治脩の登城を命ぜらる
○将軍上意を以て重教の隠居と治脩の家督を申付けらる
○将軍に御目見
○年寄等治脩入国の上跡目仰出すよう僉議
○前田利尚の三千両借用願を断る
○帰国発途につき重教等へ暇乞い
○野尻湖の絶景を観る
○江戸詰家老前田知定の後任につき年寄に再僉議す
○細工者小頭召抱の事
○小松表騒動未だ落着に到らず
○百姓徒党禁制の領国制札を立つるよう指示
○石川郡大平沢村疫病につき貸米を出願
○今年の作体加賀越中は大体能登は旱損
○算用場奉行を呼出し三日市町村等の百姓騒擾につき尋ぬ
○目見以上の者の系図帳調様の見本を持参
○大坂詰人の交代を申付く
○算用者不足につき算用場奉行より召抱願
○有栖川宮より内情援助の書状来る
○金沢の天気荒気色にて江戸の好天羨し
○謀書謀判の者の処罰の調書を提出
○通称と諱・役職名等の対照表

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史料纂集古記録編 第140回配本 太梁公日記1

13,200
前田育徳会尊経閣文庫編・長山直治校訂 、続群書類従完成会 、平16 、1冊
加賀11代藩主前田治脩(太梁公)の自筆日記で、治脩が藩主になる直前の、明和8年(1771)4月から安永4年(1775)4月におよぶ40冊が現存。江戸幕府との交渉や江戸城内での儀礼、大名や一族との交際・藩政・日常生活等、公私にわたる。また、治脩の家督相続の事情、藩内の財政・人事も詳細に知ることができ、道中日記により参勤道中の様子も窺える。 【収録】①1771〔明和8〕~1772〔明和9〕 ○重教養子願不許可により相続願に改む ○老中奉書にて重教名代松平頼済と治脩の登城を命ぜらる ○将軍上意を以て重教の隠居と治脩の家督を申付けらる ○将軍に御目見 ○年寄等治脩入国の上跡目仰出すよう僉議 ○前田利尚の三千両借用願を断る ○帰国発途につき重教等へ暇乞い ○野尻湖の絶景を観る ○江戸詰家老前田知定の後任につき年寄に再僉議す ○細工者小頭召抱の事 ○小松表騒動未だ落着に到らず ○百姓徒党禁制の領国制札を立つるよう指示 ○石川郡大平沢村疫病につき貸米を出願 ○今年の作体加賀越中は大体能登は旱損 ○算用場奉行を呼出し三日市町村等の百姓騒擾につき尋ぬ ○目見以上の者の系図帳調様の見本を持参 ○大坂詰人の交代を申付く ○算用者不足につき算用場奉行より召抱願 ○有栖川宮より内情援助の書状来る ○金沢の天気荒気色にて江戸の好天羨し ○謀書謀判の者の処罰の調書を提出 ○通称と諱・役職名等の対照表 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第136回配本 通兄公記9

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
12,100
今江廣道・平井誠二校訂、続群書類従完成会、平15、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

【収録】⑨1748〔延享5〕~1749〔寛延2〕
○通兄烏丸光栄に歌道入門す
○女子と細川重賢と婚姻の事を願申す
○三男忠丸の東久世家養子の事勅許
○勧進和歌の事により諸家を訪う
○久我惟通薨去
○上皇水左記以下の日記中不所持分を注進せしめらる
○内宮外宮の別宮山口祭等日時定
○地蔵像を板に彫り上皇手自ら摺らしめ給い希望者に頒ち賜う
○今春出生の女子を岩倉恒具の子となす
○冷泉両家近代不和の処和解
○下冷泉宗家上冷泉為村の弟子となる
○父惟通一周忌により今明両日清泉寺に於て法事を修す
○新御茶壷口切酒饌を賜わる
○通兄等年頭勅使として関東下向仰出さる
○女節子江戸下向のため発輿、熊本藩主細川重賢に嫁する迄の間その養母に引取らるるによる
○院住吉社御法楽和歌の添削を風早実績に請う
○村上天皇宸翰延喜式一巻を見せらる
○天皇に皇子降誕なき時は直仁親王継統の仰あり
○故院平常皇太后に継体に関し御物語の内容
○桜町院御葬送の儀
○通兄武家伝奏を免ぜらる

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第136回配本 通兄公記9

12,100
今江廣道・平井誠二校訂 、続群書類従完成会 、平15 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 【収録】⑨1748〔延享5〕~1749〔寛延2〕 ○通兄烏丸光栄に歌道入門す ○女子と細川重賢と婚姻の事を願申す ○三男忠丸の東久世家養子の事勅許 ○勧進和歌の事により諸家を訪う ○久我惟通薨去 ○上皇水左記以下の日記中不所持分を注進せしめらる ○内宮外宮の別宮山口祭等日時定 ○地蔵像を板に彫り上皇手自ら摺らしめ給い希望者に頒ち賜う ○今春出生の女子を岩倉恒具の子となす ○冷泉両家近代不和の処和解 ○下冷泉宗家上冷泉為村の弟子となる ○父惟通一周忌により今明両日清泉寺に於て法事を修す ○新御茶壷口切酒饌を賜わる ○通兄等年頭勅使として関東下向仰出さる ○女節子江戸下向のため発輿、熊本藩主細川重賢に嫁する迄の間その養母に引取らるるによる ○院住吉社御法楽和歌の添削を風早実績に請う ○村上天皇宸翰延喜式一巻を見せらる ○天皇に皇子降誕なき時は直仁親王継統の仰あり ○故院平常皇太后に継体に関し御物語の内容 ○桜町院御葬送の儀 ○通兄武家伝奏を免ぜらる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第96回配本 通兄公記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂、続群書類従完成会、平5、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

【収録】③1732〔享保17〕~1734〔享保19〕
○霊元法皇崩御
○細川宣紀の霊前に焼香す
○禁中近侍輩は随時焼香
○敬法門院崩御
○霊元院初七日通兄泉涌寺に参仕す
○霊元院御石塔開元供養
○故院祗候の女房退散落飾
○久我惟通初て続内弁を勤む
○近衛家久の任太政大臣近きを賀す
○天皇より通兄滋野井実全等に御召古しの冠を賜わる
○道仁親王病危急により天台座主を辞す
○熱病流行す
○惟通霊元院一周聖忌法会著座仰下さる
○天皇武者小路実陰より天尓於波の伝授を受けらる
○榊社の由来元は藤波家宅
○通兄六条有起亭に於て行粧を見物す
○東山院二十五回聖忌
○同宸筆御八講
○近衛家久通兄の内弁勤仕を賀す
○二条城辺火災
○八条隆英亭にて鹿を見る
○中院家和歌会始に久我惟通通兄父子の詠を請う
○東寺に於て弘法大師九百年忌大曼荼羅供執行御斎会に准ず
○出仕の院家と住侶と座次相論あり
○通兄の笛の師岡昌倫卒去
○近江国膳所郷大風
○通兄譲位受禅伝奏仰付らる
○所司代牧野英成更迭

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第96回配本 通兄公記3

8,800
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂 、続群書類従完成会 、平5 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 【収録】③1732〔享保17〕~1734〔享保19〕 ○霊元法皇崩御 ○細川宣紀の霊前に焼香す ○禁中近侍輩は随時焼香 ○敬法門院崩御 ○霊元院初七日通兄泉涌寺に参仕す ○霊元院御石塔開元供養 ○故院祗候の女房退散落飾 ○久我惟通初て続内弁を勤む ○近衛家久の任太政大臣近きを賀す ○天皇より通兄滋野井実全等に御召古しの冠を賜わる ○道仁親王病危急により天台座主を辞す ○熱病流行す ○惟通霊元院一周聖忌法会著座仰下さる ○天皇武者小路実陰より天尓於波の伝授を受けらる ○榊社の由来元は藤波家宅 ○通兄六条有起亭に於て行粧を見物す ○東山院二十五回聖忌 ○同宸筆御八講 ○近衛家久通兄の内弁勤仕を賀す ○二条城辺火災 ○八条隆英亭にて鹿を見る ○中院家和歌会始に久我惟通通兄父子の詠を請う ○東寺に於て弘法大師九百年忌大曼荼羅供執行御斎会に准ず ○出仕の院家と住侶と座次相論あり ○通兄の笛の師岡昌倫卒去 ○近江国膳所郷大風 ○通兄譲位受禅伝奏仰付らる ○所司代牧野英成更迭 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第91回配本 通兄公記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂、続群書類従完成会、平3、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

収録】①1724〔享保9〕~1728〔享保13〕
○和歌御会始に詠進すべく命ぜらる
○通兄参内始めて論語講談を陪聴す
○南方大火夜半に至るも鎮火せず
○松崎辺狼鳴く
○通兄叙従三位勅許
○天皇の御笛御師範を辻高房に仰付らる
○神祇伯雅冬王より神拝奉幣等の作法の伝授を受く
○祖父通誠の墓所に参詣す
○清涼殿に於て闘鶏御覧
○高倉永房等将軍吉宗息家重元服につき発足
○武家伝奏并に院伝奏関東下向
○狂人宮中に入り捕えらる
○徳川吉宗母浄円院逝去
○盂蘭盆の日は両親健在の人のみ番と称して候す
○南方御文庫の御記を北方御文庫に移す
○栄貞親王宣下将軍猶子
○久我通夏辞権中納言
○通兄任権中納言の慶を奏す
○泉涌寺の東山院御廟に参詣す
○天皇より通兄の書の献上を命ぜらる
○徳川家重疱瘡を病む
○如意嶽に遊山
○徳川吉宗日光社参
○立坊慶賀の関東使拝謁
○連日の大雨にて淀八幡辺洪水
○東宮の院行啓の供奉を命ぜらる
○鹿苑院金閣寺を観る
○東山院聖忌御経供養の参仕を命ぜらる

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第91回配本 通兄公記1

11,000
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂 、続群書類従完成会 、平3 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 収録】①1724〔享保9〕~1728〔享保13〕 ○和歌御会始に詠進すべく命ぜらる ○通兄参内始めて論語講談を陪聴す ○南方大火夜半に至るも鎮火せず ○松崎辺狼鳴く ○通兄叙従三位勅許 ○天皇の御笛御師範を辻高房に仰付らる ○神祇伯雅冬王より神拝奉幣等の作法の伝授を受く ○祖父通誠の墓所に参詣す ○清涼殿に於て闘鶏御覧 ○高倉永房等将軍吉宗息家重元服につき発足 ○武家伝奏并に院伝奏関東下向 ○狂人宮中に入り捕えらる ○徳川吉宗母浄円院逝去 ○盂蘭盆の日は両親健在の人のみ番と称して候す ○南方御文庫の御記を北方御文庫に移す ○栄貞親王宣下将軍猶子 ○久我通夏辞権中納言 ○通兄任権中納言の慶を奏す ○泉涌寺の東山院御廟に参詣す ○天皇より通兄の書の献上を命ぜらる ○徳川家重疱瘡を病む ○如意嶽に遊山 ○徳川吉宗日光社参 ○立坊慶賀の関東使拝謁 ○連日の大雨にて淀八幡辺洪水 ○東宮の院行啓の供奉を命ぜらる ○鹿苑院金閣寺を観る ○東山院聖忌御経供養の参仕を命ぜらる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第137回配本 香取大禰宜家日記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
16,500
香取神宮史誌編纂委員会編/石川晶康・川島孝一校訂、続群書類従完成会、平16、1冊
香取神宮の旧社家である大禰宜家に伝わる元禄11年(1698)より宝暦7年(1757)にわたる日記。元禄13年の造営に始まり、同家が大禰宜として大宮司とともに神宮の祭祀を守り、一社を経営していく過程を詳細に記録したもの。寺社奉行のもとでの訴訟関係の文書・記録を多く含み、一方で当時の世相・香取周辺の出来事にも細かく言及している貴重な史料である。

【収録】②1735〔享保20〕~1744〔延享元〕
○去年不作につき御修理料蔵米四拾四表拝借の覚
○享保二十年は諸国豊作のため米価下る
○金剛宝寺不断所堺立合見分を求むるも監物難渋す
○大岡忠相寺社奉行仰付らる
○大宮司中務死亡の届
○大宮司内匠家督願いの件
○大宮司養子内匠急死
○香取中務子稲丸に大宮司職仰付らる
○稲丸病死
○去冬は雨水連日春分清明の気色
○大宮司大禰宜両家は血脉一本
○香取修理は宮之助職を丹波中務に掠めらる
○多宮に大宮司職を仰付く
○大岡越前守相談なく持込まるるは迷惑
○西国虫付の御祈祷
○大宮司多宮伊織追放す
○大祝職に香取宮内忰源之丞へ申付くるよう願書案文
○大岡越前守より権現様以来の御条目御尋
○小林伊織帰職につき大岡越前守より勝手次第と仰渡さる
○香取社よりの虫除け御祈祷執行の廻状
○御宮破損進み手に負えず
○前代未聞の大水
○氏長者は関白の儀源家の長者は公方様
○香取宮は伊勢両宮に次ぐ大社
○吉田よりの願いにつき関白一条兼香立腹

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史料纂集古記録編 第137回配本 香取大禰宜家日記2

16,500
香取神宮史誌編纂委員会編/石川晶康・川島孝一校訂 、続群書類従完成会 、平16 、1冊
香取神宮の旧社家である大禰宜家に伝わる元禄11年(1698)より宝暦7年(1757)にわたる日記。元禄13年の造営に始まり、同家が大禰宜として大宮司とともに神宮の祭祀を守り、一社を経営していく過程を詳細に記録したもの。寺社奉行のもとでの訴訟関係の文書・記録を多く含み、一方で当時の世相・香取周辺の出来事にも細かく言及している貴重な史料である。 【収録】②1735〔享保20〕~1744〔延享元〕 ○去年不作につき御修理料蔵米四拾四表拝借の覚 ○享保二十年は諸国豊作のため米価下る ○金剛宝寺不断所堺立合見分を求むるも監物難渋す ○大岡忠相寺社奉行仰付らる ○大宮司中務死亡の届 ○大宮司内匠家督願いの件 ○大宮司養子内匠急死 ○香取中務子稲丸に大宮司職仰付らる ○稲丸病死 ○去冬は雨水連日春分清明の気色 ○大宮司大禰宜両家は血脉一本 ○香取修理は宮之助職を丹波中務に掠めらる ○多宮に大宮司職を仰付く ○大岡越前守相談なく持込まるるは迷惑 ○西国虫付の御祈祷 ○大宮司多宮伊織追放す ○大祝職に香取宮内忰源之丞へ申付くるよう願書案文 ○大岡越前守より権現様以来の御条目御尋 ○小林伊織帰職につき大岡越前守より勝手次第と仰渡さる ○香取社よりの虫除け御祈祷執行の廻状 ○御宮破損進み手に負えず ○前代未聞の大水 ○氏長者は関白の儀源家の長者は公方様 ○香取宮は伊勢両宮に次ぐ大社 ○吉田よりの願いにつき関白一条兼香立腹 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第112回配本 妙法院日次記14

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平10、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑭1759〔宝暦9〕~1761〔宝暦11〕
○八十宮御遺跡は有栖川妙門両宮処理すべき旨幕府より仰達
○閑院宮より法華寺にて光明皇后千年忌に装束借用の願出
○恵亮大師九百回忌差定
○所司代より伏見宮御簾中薨去時の江戸よりの挨拶につき問合
○御摂家方宮様方に出会いし時に失礼なきよう院家以下に注意すべしとの伝奏触
○五条大橋掛替につき往来差留
○所司代より知行所の神社所在を報告するよう伝奏触
○閑院宮より将軍家五十賀に御詠進を御依頼
○殺人犯人相書の伝奏触
○徳川家治将軍宣下御祝儀につき伝奏触
○回峯千日行満の先例書
○将軍宣下大赦につき菅谷英洪の赦免を親類より願出
○親鸞上人五百年忌東西本願寺にて開闢
○紀伊国屋九左衛門御出入を許され献上
○所司代へ大御所(徳川家重)薨去につき公方様御台へ御機嫌伺の御口上
○徳川宗勝逝去
○関東御凶事により六斎念仏聖霊送り火相慎み地蔵会中止等穏便にとの方内触
○文字金銀古金銀を質物に取引禁止の伝奏触

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第112回配本 妙法院日次記14

15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平10 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑭1759〔宝暦9〕~1761〔宝暦11〕 ○八十宮御遺跡は有栖川妙門両宮処理すべき旨幕府より仰達 ○閑院宮より法華寺にて光明皇后千年忌に装束借用の願出 ○恵亮大師九百回忌差定 ○所司代より伏見宮御簾中薨去時の江戸よりの挨拶につき問合 ○御摂家方宮様方に出会いし時に失礼なきよう院家以下に注意すべしとの伝奏触 ○五条大橋掛替につき往来差留 ○所司代より知行所の神社所在を報告するよう伝奏触 ○閑院宮より将軍家五十賀に御詠進を御依頼 ○殺人犯人相書の伝奏触 ○徳川家治将軍宣下御祝儀につき伝奏触 ○回峯千日行満の先例書 ○将軍宣下大赦につき菅谷英洪の赦免を親類より願出 ○親鸞上人五百年忌東西本願寺にて開闢 ○紀伊国屋九左衛門御出入を許され献上 ○所司代へ大御所(徳川家重)薨去につき公方様御台へ御機嫌伺の御口上 ○徳川宗勝逝去 ○関東御凶事により六斎念仏聖霊送り火相慎み地蔵会中止等穏便にとの方内触 ○文字金銀古金銀を質物に取引禁止の伝奏触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第99回配本 妙法院日次記11

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
13,200
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平6、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑪1746〔延享3〕~1750〔寛延3〕
○切金疵金通用につき触
○茶地宮御継体御治定により親王宣下
○貴人参向の節の御馳走につき伝奏より通達
○家康判物を西町奉行所まで持参すべしと触書
○御朱印改
○回峯行者松林坊千日行満御礼参上
○大川筋普請の高役銀につき伝奏触
○朝鮮使節来朝につき大仏殿蓮華王院耳塚見分
○公卿門跡の道中往来用の人馬の自粛
○行幸につき火葬差止
○同火の元念入火焼慎の触
○境内出火の届
○朝鮮人来朝につき新日吉御神事延引
○朝鮮人入洛
○朝鮮人京都発足を御見物
○真野四箇村より山王神役につき願書
○勧修寺宮より琉球人御見物の御勧誘あるも御断
○徳川家治に嫁す五十宮の下賀茂社参詣御道筋につき触書
○五十宮御社参御道筋の各門室への触書
○五十宮御方関東へ御下向につき議奏触
○火の玉出るとの虚説取締りの方内触
○音羽焼の細工御覧
○火事場へ菊御紋挑灯の持出禁止
○火災の場所へ無役の者立入禁止の方内触
○衣服器物の花美禁止の方内触

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史料纂集古記録編 第99回配本 妙法院日次記11

13,200
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平6 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑪1746〔延享3〕~1750〔寛延3〕 ○切金疵金通用につき触 ○茶地宮御継体御治定により親王宣下 ○貴人参向の節の御馳走につき伝奏より通達 ○家康判物を西町奉行所まで持参すべしと触書 ○御朱印改 ○回峯行者松林坊千日行満御礼参上 ○大川筋普請の高役銀につき伝奏触 ○朝鮮使節来朝につき大仏殿蓮華王院耳塚見分 ○公卿門跡の道中往来用の人馬の自粛 ○行幸につき火葬差止 ○同火の元念入火焼慎の触 ○境内出火の届 ○朝鮮人来朝につき新日吉御神事延引 ○朝鮮人入洛 ○朝鮮人京都発足を御見物 ○真野四箇村より山王神役につき願書 ○勧修寺宮より琉球人御見物の御勧誘あるも御断 ○徳川家治に嫁す五十宮の下賀茂社参詣御道筋につき触書 ○五十宮御社参御道筋の各門室への触書 ○五十宮御方関東へ御下向につき議奏触 ○火の玉出るとの虚説取締りの方内触 ○音羽焼の細工御覧 ○火事場へ菊御紋挑灯の持出禁止 ○火災の場所へ無役の者立入禁止の方内触 ○衣服器物の花美禁止の方内触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第94回配本 妙法院日次記9

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平5、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑨1738〔元文3〕~1741〔寛保元〕
○歌道師範中院通躬へ御祝儀
○町木戸閉門後の通行の触
○米や銭相場を引下げるよう口触
○博奕富籤遊女体の渡世を禁ずる方内触
○大坂表の銅座にて諸国の銅を売買するための触
○銅中買人等西奉行所へ出頭の触
○夜宮練物を穴門より上覧
○牛殺しについて伝奏触
○銀引替についての方内触
○銅中買十七人に銅座支配申付と共に銅商売の規準を示す触
○南蛮床と申す吹床
○桜町天皇一乗院宮より入木道伝授
○朝鮮人参は植付育成の可能な者に限るとの触
○大嘗会のため諸所鐘鉢等停止
○大嘗会には御所より二里四方鐘どら鳴らすこと停止
○金銀引替の改正につき触書
○金銀引替所相止の触
○引替銀を積む高瀬川船に念入れるよう雑色触
○山門困窮につき谷々惣代の御年礼御断申出
○朝鮮人参販売につき方内触
○一条兼香息女千代姫君関東発輿
○洪水により三条大橋破損につき人馬往来差留の雑色触
○江戸払又は追放者等を囲置くべからずとの触

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史料纂集古記録編 第94回配本 妙法院日次記9

15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平5 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑨1738〔元文3〕~1741〔寛保元〕 ○歌道師範中院通躬へ御祝儀 ○町木戸閉門後の通行の触 ○米や銭相場を引下げるよう口触 ○博奕富籤遊女体の渡世を禁ずる方内触 ○大坂表の銅座にて諸国の銅を売買するための触 ○銅中買人等西奉行所へ出頭の触 ○夜宮練物を穴門より上覧 ○牛殺しについて伝奏触 ○銀引替についての方内触 ○銅中買十七人に銅座支配申付と共に銅商売の規準を示す触 ○南蛮床と申す吹床 ○桜町天皇一乗院宮より入木道伝授 ○朝鮮人参は植付育成の可能な者に限るとの触 ○大嘗会のため諸所鐘鉢等停止 ○大嘗会には御所より二里四方鐘どら鳴らすこと停止 ○金銀引替の改正につき触書 ○金銀引替所相止の触 ○引替銀を積む高瀬川船に念入れるよう雑色触 ○山門困窮につき谷々惣代の御年礼御断申出 ○朝鮮人参販売につき方内触 ○一条兼香息女千代姫君関東発輿 ○洪水により三条大橋破損につき人馬往来差留の雑色触 ○江戸払又は追放者等を囲置くべからずとの触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第78回配本 妙法院日次記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,140
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、昭61、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】③1709〔宝永6〕~1714〔正徳4〕
○徳川綱吉薨去
○大銭通用停止につき交換の事
○四条河原芝居
○七条河原に心中死体
○柳沢吉保家来矢数あり
○鉄炮改
○尭延法親王関東下向
○東山天皇崩御
○関東往来の公卿の家来権威がましき振舞をすることを禁ず
○八幡参詣の際角倉与一に舟御用を仰付く
○中院通躬源氏物語を講釈
○朝鮮人三十三間堂参堂
○江戸の守随彦太郎秤に習い京都神善郎秤も一挺につき五匁五分にて売るべき触
○東海道の草津駿府品川の三カ所に荷物改所設置
○角倉与一より境内砂運びの車通行の許可を求む
○京大坂駿府三度飛脚の荷物近年貫目重高になり夜通し往来する者もあり
○門跡院家の実父母猶父の書出を命ぜらる
○新家道筋新設のため建仁寺領と妙法院領一部交換
○慈覚大師八百五十年忌
○京中火事により中御門天皇聖護院へ移る
○盗賊徘徊の噂により境内自身番及び夜廻を置く
○日光新宮覚尊江戸へ下向
○金銀通用につき町役人へ通達
○銭相場につき両伝奏より通達

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史料纂集古記録編 第78回配本 妙法院日次記3

8,140
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、昭61 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】③1709〔宝永6〕~1714〔正徳4〕 ○徳川綱吉薨去 ○大銭通用停止につき交換の事 ○四条河原芝居 ○七条河原に心中死体 ○柳沢吉保家来矢数あり ○鉄炮改 ○尭延法親王関東下向 ○東山天皇崩御 ○関東往来の公卿の家来権威がましき振舞をすることを禁ず ○八幡参詣の際角倉与一に舟御用を仰付く ○中院通躬源氏物語を講釈 ○朝鮮人三十三間堂参堂 ○江戸の守随彦太郎秤に習い京都神善郎秤も一挺につき五匁五分にて売るべき触 ○東海道の草津駿府品川の三カ所に荷物改所設置 ○角倉与一より境内砂運びの車通行の許可を求む ○京大坂駿府三度飛脚の荷物近年貫目重高になり夜通し往来する者もあり ○門跡院家の実父母猶父の書出を命ぜらる ○新家道筋新設のため建仁寺領と妙法院領一部交換 ○慈覚大師八百五十年忌 ○京中火事により中御門天皇聖護院へ移る ○盗賊徘徊の噂により境内自身番及び夜廻を置く ○日光新宮覚尊江戸へ下向 ○金銀通用につき町役人へ通達 ○銭相場につき両伝奏より通達 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第68回配本 妙法院日次記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,040
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、昭59、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】①1694〔元禄7〕~1700〔元禄13〕
○境内浪人大塚左衛門転居届
○天台座主就任の序列につき京都町奉行より質問
○妙法院の寺領朱印高院家等の問合せ
○寺領千六百石余
○寺社改帳
○後白河院御影開帳
○元禄七年より賀茂葵祭再興
○三十三間堂通し矢
○東福門院十七回忌
○東使吉良上野介上洛
○明暦以来の江戸大火
○賀茂川筋塵芥投棄禁止
○六尺竿を以て検地
○新金銀発行の触
○豊前彦山違背により聖護院申立て
○明正院崩御
○生類憐れみの覚
○秀吉百年忌
○宗門改
○造酒屋の外は商い禁止
○古金銀を新金銀と引替
○金銀箔の使用制限
○淀川大和川普請につき摂河の新田開発者募る
○南都大仏殿の材木入札
○知行所境内鉄砲改
○東叡山焼失
○坊官代官毛見
○真鍮箔の規定
○銅売買の触
○荻原重秀大仏巡見
○錫箔泥の触
○大仏仁王門にて男女情死
○東照講
○所々風雨損亡につき江戸廻米
○酒造高五分一に限る
○放火多きにつき火用心
○捨子の禁令
○生魚商売停止
○金銀相場の触
○徳川光圀歿す

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史料纂集古記録編 第68回配本 妙法院日次記1

7,040
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、昭59 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】①1694〔元禄7〕~1700〔元禄13〕 ○境内浪人大塚左衛門転居届 ○天台座主就任の序列につき京都町奉行より質問 ○妙法院の寺領朱印高院家等の問合せ ○寺領千六百石余 ○寺社改帳 ○後白河院御影開帳 ○元禄七年より賀茂葵祭再興 ○三十三間堂通し矢 ○東福門院十七回忌 ○東使吉良上野介上洛 ○明暦以来の江戸大火 ○賀茂川筋塵芥投棄禁止 ○六尺竿を以て検地 ○新金銀発行の触 ○豊前彦山違背により聖護院申立て ○明正院崩御 ○生類憐れみの覚 ○秀吉百年忌 ○宗門改 ○造酒屋の外は商い禁止 ○古金銀を新金銀と引替 ○金銀箔の使用制限 ○淀川大和川普請につき摂河の新田開発者募る ○南都大仏殿の材木入札 ○知行所境内鉄砲改 ○東叡山焼失 ○坊官代官毛見 ○真鍮箔の規定 ○銅売買の触 ○荻原重秀大仏巡見 ○錫箔泥の触 ○大仏仁王門にて男女情死 ○東照講 ○所々風雨損亡につき江戸廻米 ○酒造高五分一に限る ○放火多きにつき火用心 ○捨子の禁令 ○生魚商売停止 ○金銀相場の触 ○徳川光圀歿す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第117回配本 国史館日録4

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
山本武夫校訂、続群書類従完成会、平11、1冊
林羅山の子、鵞峯の寛文2年(1662)から延宝7年(1679)に至る日記。『本朝通鑑』編纂の幕命を受けてより、完成及び残務始末に至る間の記事を主とし、あわせて家塾の活動や私事も記す。その編集所を国史館としたので、この名がある。この日録は、その始終について毎日詳細に記され、その経緯を知るに重要な史料である。修史関係のみでなく、幕政・幕閣や諸大名の人物論等も見られる。

【収録】④1669〔寛文9〕~1670〔寛文10〕
○保科正之本朝通鑑披閲を望む
○本朝通鑑を談じ問答あり
○武家物語虚説多し
○井上正利修史完成の期を問い本朝無双の書となす
○松前しやくしやいん蜂起
○蝦夷の土風
○松前藩蝦夷を討つ
○百人一詩に僧及び女を加うべしとの上意
○蝦夷鎮定
○近年書価高
○前田綱紀書価を論ぜず購求
○洛中強盗の首魁は桜町大膳
○修史状況を諸老に告ぐ
○疱瘡流行
○酒井忠清邸にて本朝通鑑序等を読む
○装訂作業傭書作業終了
○清書二百六十五冊十二函に納む
○酒井忠清本朝通鑑速かに献上を可とす
○諸老に通鑑序を読み解説す
○通鑑序二通を家綱の前にて読む
○本朝通鑑二十四函上覧後清書十二函を紅葉山文庫に納む
○修史の奉行及び編集員賞賜
○新収倭書五百冊を御文庫納入
○史館書籍を文庫に格納
○国史編修始末
○史館開始以来の日数
○本朝通鑑完成は久世広之に報告すべし
○史館事業終了
○酒井忠清に報じ登城
○国史館を学寮となすべし
○伊勢山田大火の風聞

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史料纂集古記録編 第117回配本 国史館日録4

9,900
山本武夫校訂 、続群書類従完成会 、平11 、1冊
林羅山の子、鵞峯の寛文2年(1662)から延宝7年(1679)に至る日記。『本朝通鑑』編纂の幕命を受けてより、完成及び残務始末に至る間の記事を主とし、あわせて家塾の活動や私事も記す。その編集所を国史館としたので、この名がある。この日録は、その始終について毎日詳細に記され、その経緯を知るに重要な史料である。修史関係のみでなく、幕政・幕閣や諸大名の人物論等も見られる。 【収録】④1669〔寛文9〕~1670〔寛文10〕 ○保科正之本朝通鑑披閲を望む ○本朝通鑑を談じ問答あり ○武家物語虚説多し ○井上正利修史完成の期を問い本朝無双の書となす ○松前しやくしやいん蜂起 ○蝦夷の土風 ○松前藩蝦夷を討つ ○百人一詩に僧及び女を加うべしとの上意 ○蝦夷鎮定 ○近年書価高 ○前田綱紀書価を論ぜず購求 ○洛中強盗の首魁は桜町大膳 ○修史状況を諸老に告ぐ ○疱瘡流行 ○酒井忠清邸にて本朝通鑑序等を読む ○装訂作業傭書作業終了 ○清書二百六十五冊十二函に納む ○酒井忠清本朝通鑑速かに献上を可とす ○諸老に通鑑序を読み解説す ○通鑑序二通を家綱の前にて読む ○本朝通鑑二十四函上覧後清書十二函を紅葉山文庫に納む ○修史の奉行及び編集員賞賜 ○新収倭書五百冊を御文庫納入 ○史館書籍を文庫に格納 ○国史編修始末 ○史館開始以来の日数 ○本朝通鑑完成は久世広之に報告すべし ○史館事業終了 ○酒井忠清に報じ登城 ○国史館を学寮となすべし ○伊勢山田大火の風聞 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第135回配本 長楽寺永禄日記

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
15,400
峰岸純夫校訂、続群書類従完成会、平15、1冊
上野国新田荘世良田長楽寺住持の賢甫義哲によって、永禄8年(1565)正月~9月に記述された日記。本書は、『群馬県史』に収められ、東国戦国史の貴重な史料として利用されてきた。今回、新たに原本をもとに校注を加えて翻刻し、詳細な解題・用語解説・総索引を加えて刊行する。永禄8年当時の、長楽寺や上野国新田領をとりまく周辺諸国と戦国社会を考える上の一級史料である。

【収録】1565〔永禄8〕 解題・〔参考史料新旧金山伝記〕・用語解説・総索引
○金山城へ年始礼に赴く
○西口にて法螺貝が吹かれ味方の出撃にて北条方二十騎ほど撃退
○北条丹後守への年始礼
○北条方八木沼に侵入するも左衛門二郎出陣して退く
○長手普請につき的を金山城に遣す
○暮に法螺が鳴り様子を探らす
○人足は平塚・八木沼より三十四人
○金山城登城
○平塚郷百姓等は矢場へ悪銭返却に行く
○北条方十騎余八木沼辺に出現左衛門二郎これを撃退
○関宿へ北条方が動く旨夜中に注進あり
○夜中金山城にて鐘が鳴り瑞を遣す
○北条方関宿を退く
○気分悪く食進まず味も感ぜず
○一山衆会行事
○背が庠く了に湿布さす
○十如に茶摘をさせ夜更まで焙る
○太田美濃守は岩付討入に失敗し成田へ退却
○北条勢退散し当庄の人数関宿より帰還
○三才丸服用
○北条氏康鉢形に陣を移す
○北条方忍に出陣故宿忌を今晩行う
○歯茎腫れ針を立つ
○成繁河辺へ出馬
○成田に於て鉄砲の音頻り
○解題
○〔参考史料〕新田金山伝記
○用語解説
○総索引

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史料纂集古記録編 第135回配本 長楽寺永禄日記

15,400
峰岸純夫校訂 、続群書類従完成会 、平15 、1冊
上野国新田荘世良田長楽寺住持の賢甫義哲によって、永禄8年(1565)正月~9月に記述された日記。本書は、『群馬県史』に収められ、東国戦国史の貴重な史料として利用されてきた。今回、新たに原本をもとに校注を加えて翻刻し、詳細な解題・用語解説・総索引を加えて刊行する。永禄8年当時の、長楽寺や上野国新田領をとりまく周辺諸国と戦国社会を考える上の一級史料である。 【収録】1565〔永禄8〕 解題・〔参考史料新旧金山伝記〕・用語解説・総索引 ○金山城へ年始礼に赴く ○西口にて法螺貝が吹かれ味方の出撃にて北条方二十騎ほど撃退 ○北条丹後守への年始礼 ○北条方八木沼に侵入するも左衛門二郎出陣して退く ○長手普請につき的を金山城に遣す ○暮に法螺が鳴り様子を探らす ○人足は平塚・八木沼より三十四人 ○金山城登城 ○平塚郷百姓等は矢場へ悪銭返却に行く ○北条方十騎余八木沼辺に出現左衛門二郎これを撃退 ○関宿へ北条方が動く旨夜中に注進あり ○夜中金山城にて鐘が鳴り瑞を遣す ○北条方関宿を退く ○気分悪く食進まず味も感ぜず ○一山衆会行事 ○背が庠く了に湿布さす ○十如に茶摘をさせ夜更まで焙る ○太田美濃守は岩付討入に失敗し成田へ退却 ○北条勢退散し当庄の人数関宿より帰還 ○三才丸服用 ○北条氏康鉢形に陣を移す ○北条方忍に出陣故宿忌を今晩行う ○歯茎腫れ針を立つ ○成繁河辺へ出馬 ○成田に於て鉄砲の音頻り ○解題 ○〔参考史料〕新田金山伝記 ○用語解説 ○総索引 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第2回配本 師守記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,180
藤井貞文・小林花子校訂、続群書類従完成会、昭43、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。

【収録】①1339〔暦応2〕~1341〔暦応4〕
○白河の阿弥陀院焼亡
○将軍塚鳴動
○室町院遺領の沙汰
○遠国崩御天皇の廃朝有無
○後醍醐天皇崩御により武家七日間廃務
○足利尊氏直義南禅寺に赴く
○備後栗原保の損亡の飛脚到来
○花園院光厳院栂尾に御幸
○紅葉狩
○焼米到来
○賀茂臨時祭の勘例
○春日神木宇治木津に動座
○毘沙門堂焼失
○尊氏後醍醐天皇百ケ日法会を執行
○近衛家より補歴新暦進献
○摂関家庶子越階の例
○幕府馬揃
○覚一の平曲を聞く
○説法聴聞
○百万遍念仏
○粟田宮造営の勅問
○鷹司家より隼社について問合せ
○神木動座により藤原氏公卿は出仕せず
○中原師幸備後より上京
○中原師躬少外記となる
○尊氏八幡社参
○春日社造替遷宮の勘例
○宣政門院出家
○将軍邸に童舞
○尊氏母参院
○花園院御所に盗賊
○春日神木上洛
○山伏良清招引
○禁中補歴等返上
○直義八幡社参により高師直随従
○南山科年貢到来
○文庫文書移転
○嵯峨大念仏に参詣
○佐々木高貞ら逐電し影山において自害す

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史料纂集古記録編 第2回配本 師守記1

4,180
藤井貞文・小林花子校訂 、続群書類従完成会 、昭43 、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。 【収録】①1339〔暦応2〕~1341〔暦応4〕 ○白河の阿弥陀院焼亡 ○将軍塚鳴動 ○室町院遺領の沙汰 ○遠国崩御天皇の廃朝有無 ○後醍醐天皇崩御により武家七日間廃務 ○足利尊氏直義南禅寺に赴く ○備後栗原保の損亡の飛脚到来 ○花園院光厳院栂尾に御幸 ○紅葉狩 ○焼米到来 ○賀茂臨時祭の勘例 ○春日神木宇治木津に動座 ○毘沙門堂焼失 ○尊氏後醍醐天皇百ケ日法会を執行 ○近衛家より補歴新暦進献 ○摂関家庶子越階の例 ○幕府馬揃 ○覚一の平曲を聞く ○説法聴聞 ○百万遍念仏 ○粟田宮造営の勅問 ○鷹司家より隼社について問合せ ○神木動座により藤原氏公卿は出仕せず ○中原師幸備後より上京 ○中原師躬少外記となる ○尊氏八幡社参 ○春日社造替遷宮の勘例 ○宣政門院出家 ○将軍邸に童舞 ○尊氏母参院 ○花園院御所に盗賊 ○春日神木上洛 ○山伏良清招引 ○禁中補歴等返上 ○直義八幡社参により高師直随従 ○南山科年貢到来 ○文庫文書移転 ○嵯峨大念仏に参詣 ○佐々木高貞ら逐電し影山において自害す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第157回配本 勘仲記2 1278年〔弘安元〕~1282年〔弘安5〕9月

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
高橋秀樹・櫻井彦・中込律子校訂、八木書店、平22、1冊
勘解由小路(広橋)兼仲(1244-1308)の日記。広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の『民経記』など代々日記を残した。本記は蒙古襲来に関する具体的な状況、将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関連、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる13世紀後半の一級史料。

【収録】②1278年〔弘安元〕5月~1282年〔弘安5〕9月

【第2巻のみどころ】
●再び、蒙古襲来す$ 弘安4年(1281)6月、大宰府から蒙古襲来の報が届いた。いわゆる弘安の役である。長門・対馬をも襲った異国船は、大風波のために沈没し、数千の兵が残された。

●興福寺衆徒、春日神木を捧げて入洛す$ 京都南郊では神人・悪党の活動が活発化し、多武峯焼き討ちなど権門間の争いも激化した。興福寺と石清水八幡宮の相論が神木入洛に発展すると、朝廷・幕府は協力して解決の道を探った。

●宝蔵の重宝を覧ず 
鳥羽や宇治には古今東西の宝物を収める蔵があった。そこに赴いた上皇や氏長者は、『漢書』や宝珠を取り出し、平安時代の絵師巨勢公望・広貴の絵画を鑑賞した。

●御所辺、昔より此の如き物御受用なし 
鎌倉幕府の実力者安達泰盛が、荘園の請所化を求めて、摂政のもとに金品を贈ってきた。しかし、摂関家では昔からこのような物を受け取っていないと、過分な太刀・砂金は突き返された。

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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14,300
高橋秀樹・櫻井彦・中込律子校訂 、八木書店 、平22 、1冊
勘解由小路(広橋)兼仲(1244-1308)の日記。広橋家は文筆の家として朝廷に仕え、兼仲の父経光の『民経記』など代々日記を残した。本記は蒙古襲来に関する具体的な状況、将軍惟康親王の京都送還と久明親王の将軍宣下・関東下向など鎌倉幕府と朝廷との関連、持明院・大覚寺両統迭立、鎌倉後期の公家訴訟制度の実態と整備等々、政治・経済・宗教・文化・芸能、さらに宮廷儀式と多方面にわたる13世紀後半の一級史料。 【収録】②1278年〔弘安元〕5月~1282年〔弘安5〕9月 【第2巻のみどころ】 ●再び、蒙古襲来す$ 弘安4年(1281)6月、大宰府から蒙古襲来の報が届いた。いわゆる弘安の役である。長門・対馬をも襲った異国船は、大風波のために沈没し、数千の兵が残された。 ●興福寺衆徒、春日神木を捧げて入洛す$ 京都南郊では神人・悪党の活動が活発化し、多武峯焼き討ちなど権門間の争いも激化した。興福寺と石清水八幡宮の相論が神木入洛に発展すると、朝廷・幕府は協力して解決の道を探った。 ●宝蔵の重宝を覧ず  鳥羽や宇治には古今東西の宝物を収める蔵があった。そこに赴いた上皇や氏長者は、『漢書』や宝珠を取り出し、平安時代の絵師巨勢公望・広貴の絵画を鑑賞した。 ●御所辺、昔より此の如き物御受用なし  鎌倉幕府の実力者安達泰盛が、荘園の請所化を求めて、摂政のもとに金品を贈ってきた。しかし、摂関家では昔からこのような物を受け取っていないと、過分な太刀・砂金は突き返された。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第134回配本 妙法院日次記19〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、八木書店、平27、1冊
京都東山七条の天台宗の門跡寺院である妙法院の坊官が、寛文12年(1672)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書き継いできた記録。単に寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・所司代・町奉行などとの交渉や、江戸幕府の公家政策、町屋を中心とした庶民の生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変地異等、江戸時代研究の一大史料。

【収録】1779〔安永8〕~1783〔天明3〕
○弐朱判を金と同様通用させるにつき伝奏触
○徳川家基御不例
○徳川家基薨去につき諸殺生停止其他差控えるべき諸事項の方内触
○仙洞より烏丸光胤へ古今集伝授につき御参賀あるよう伝奏触
○厳有院百回忌
○播磨屋太兵衛より大仏殿御修理銀貸付支配人仰出の願書
○花火禁止の伝奏触
○賀茂川洪水
○浪花虎屋製饅頭
○閑院宮より来月七日古今伝受との風聴
○武州上州の諸端物と京真綿端物は貫目改所相止め是迄通り売買すべし
○諸国百姓共の徒党強訴については領主より仕置申付くべき事
○熊野本宮等の再建勧化
○岩永右衛門より阿蘭陀絵献上
○寺院社人の出訴には代官領主地頭の添簡を加うべし
○信州浅間山六月二十八日より噴火、大陥没死者無数、十八か村埋没
○京都七日夜より八日朝にかけ地震につき取沙汰、浅間山噴火によるか
○噴火の降灰一坪当り一石五斗三升余
○七月八日利根川に火山流
○浅間山噴火につき中山道の宿々賃銭値上との伝奏触

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14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、八木書店 、平27 、1冊
京都東山七条の天台宗の門跡寺院である妙法院の坊官が、寛文12年(1672)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書き継いできた記録。単に寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・所司代・町奉行などとの交渉や、江戸幕府の公家政策、町屋を中心とした庶民の生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変地異等、江戸時代研究の一大史料。 【収録】1779〔安永8〕~1783〔天明3〕 ○弐朱判を金と同様通用させるにつき伝奏触 ○徳川家基御不例 ○徳川家基薨去につき諸殺生停止其他差控えるべき諸事項の方内触 ○仙洞より烏丸光胤へ古今集伝授につき御参賀あるよう伝奏触 ○厳有院百回忌 ○播磨屋太兵衛より大仏殿御修理銀貸付支配人仰出の願書 ○花火禁止の伝奏触 ○賀茂川洪水 ○浪花虎屋製饅頭 ○閑院宮より来月七日古今伝受との風聴 ○武州上州の諸端物と京真綿端物は貫目改所相止め是迄通り売買すべし ○諸国百姓共の徒党強訴については領主より仕置申付くべき事 ○熊野本宮等の再建勧化 ○岩永右衛門より阿蘭陀絵献上 ○寺院社人の出訴には代官領主地頭の添簡を加うべし ○信州浅間山六月二十八日より噴火、大陥没死者無数、十八か村埋没 ○京都七日夜より八日朝にかけ地震につき取沙汰、浅間山噴火によるか ○噴火の降灰一坪当り一石五斗三升余 ○七月八日利根川に火山流 ○浅間山噴火につき中山道の宿々賃銭値上との伝奏触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第13回配本 隆光僧正日記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
永島福太郎・林亮勝校訂、八木書店、平27、1冊
護持院隆光僧正(1649-1724)は徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の信任をうけ、綱吉の側近に侍して教俗両界を牛耳った。柳沢吉保と並んで文治主義を徹底させ、元禄文化時代の出現を促した。生類憐れみの令の発案者として、とかくその悪名のみが語られるが、この自筆日記から、隆光の真姿がさぐれようし、またこれを追うにいたった爛熟期徳川政権の実態が究明されるだろう。

【収録】③1705〔宝永2〕~1709〔宝永6〕
○綱吉六十の御賀
○綱吉家宣諸寺社に参詣
○綱吉右大臣家宣は大納言に昇任
○本庄資俊一門に松平氏の称号を下さる
○綱吉桂昌院に按摩を奉仕す
○医師衆に桂昌院の疲相を穿議せしめらる
○桂昌院逝去
○隆光綱吉の愁傷を諌む
○隆光筑波山に下向
○筑波山は江戸城鬼門守護の祈願所
○家宣吉保邸に行く
○大覚寺門主と清涼寺本願との相論
○本所弥勒寺末寺下総成田新勝寺その離末を請う
○隆光新勝寺の請を許す
○隆光願の如く隠居を命ぜらる
○駿河台に隠居地を賜う
○地震により駿府城石垣大破損
○金地院元云黒谷寺方丈と座次を争う
○富士山大噴火の降砂により東西見えず
○仁和寺は門跡の根源にて惣法務
○京都油小路より出火し禁裏等類焼す
○東大寺公盛大仏殿造畢の御礼に登城
○食詰り綱吉死去す
○吉保葬礼に関係せずという
○公家衆馳走役前田利昌同織田秀親を刃傷す
○柳沢吉保隠居す
○隆光の徘徊を禁ぜらる
○隆光大和へ帰住するために下向す

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11,000
永島福太郎・林亮勝校訂 、八木書店 、平27 、1冊
護持院隆光僧正(1649-1724)は徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の信任をうけ、綱吉の側近に侍して教俗両界を牛耳った。柳沢吉保と並んで文治主義を徹底させ、元禄文化時代の出現を促した。生類憐れみの令の発案者として、とかくその悪名のみが語られるが、この自筆日記から、隆光の真姿がさぐれようし、またこれを追うにいたった爛熟期徳川政権の実態が究明されるだろう。 【収録】③1705〔宝永2〕~1709〔宝永6〕 ○綱吉六十の御賀 ○綱吉家宣諸寺社に参詣 ○綱吉右大臣家宣は大納言に昇任 ○本庄資俊一門に松平氏の称号を下さる ○綱吉桂昌院に按摩を奉仕す ○医師衆に桂昌院の疲相を穿議せしめらる ○桂昌院逝去 ○隆光綱吉の愁傷を諌む ○隆光筑波山に下向 ○筑波山は江戸城鬼門守護の祈願所 ○家宣吉保邸に行く ○大覚寺門主と清涼寺本願との相論 ○本所弥勒寺末寺下総成田新勝寺その離末を請う ○隆光新勝寺の請を許す ○隆光願の如く隠居を命ぜらる ○駿河台に隠居地を賜う ○地震により駿府城石垣大破損 ○金地院元云黒谷寺方丈と座次を争う ○富士山大噴火の降砂により東西見えず ○仁和寺は門跡の根源にて惣法務 ○京都油小路より出火し禁裏等類焼す ○東大寺公盛大仏殿造畢の御礼に登城 ○食詰り綱吉死去す ○吉保葬礼に関係せずという ○公家衆馳走役前田利昌同織田秀親を刃傷す ○柳沢吉保隠居す ○隆光の徘徊を禁ぜらる ○隆光大和へ帰住するために下向す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第120回配本 舜旧記8〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂、八木書店、平26、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

【収録】⑧1631〔寛永8〕~1632〔寛永9〕解説・索引
○大坂天満宮社家瓦兵部少輔へ天神縁起三巻遣わす
○三重韻本書銀八分にて購入
○萩原兼従へ系図五冊借用のため使を遣わす
○唯神院社鳥居彩色申付く
○神竜院内の尼女房衆二十人計り茶に来る
○祇園竹坊より借用の麗気記書写成就
○宇治下妻郷の徳右衛門へ茶購入のため新四郎遣わす
○徳川義直神宝に付き尋ねらる
○聖護院道晃法親王大和葛城大峯入り、京中貴賤見物
○前将軍徳川秀忠不例に依り平癒祈祷を命ぜらる
○九条忠栄より神道大護摩相伝仰下さる、断り申す
○酒屋へ年中の酒代銀子支払う
○徳川秀忠薨去
○幕府秀忠薨去に依り諸大名へ金銀遣わさる
○元碩蘇香円調合所望により調合法伝授
○四条河原勧進能
○梵舜自筆神書五冊披見せしむ
○神竜院山の渋柿の渋取りを申付く
○嶬峨鹿王院へ元亨釈書の返却を求む
○有馬湯汲へ新四郎馬一匹を添え差下す
○梵舜煩に依り食不進
○梵舜痰咳に依り急逝す
○解説
○卜部家系譜
○書名、文芸・芸能索引

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂 、八木書店 、平26 、1冊
吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(1553-1632)の30歳より歿年までの日記。京都吉田山下の神龍院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和2年(1616)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 【収録】⑧1631〔寛永8〕~1632〔寛永9〕解説・索引 ○大坂天満宮社家瓦兵部少輔へ天神縁起三巻遣わす ○三重韻本書銀八分にて購入 ○萩原兼従へ系図五冊借用のため使を遣わす ○唯神院社鳥居彩色申付く ○神竜院内の尼女房衆二十人計り茶に来る ○祇園竹坊より借用の麗気記書写成就 ○宇治下妻郷の徳右衛門へ茶購入のため新四郎遣わす ○徳川義直神宝に付き尋ねらる ○聖護院道晃法親王大和葛城大峯入り、京中貴賤見物 ○前将軍徳川秀忠不例に依り平癒祈祷を命ぜらる ○九条忠栄より神道大護摩相伝仰下さる、断り申す ○酒屋へ年中の酒代銀子支払う ○徳川秀忠薨去 ○幕府秀忠薨去に依り諸大名へ金銀遣わさる ○元碩蘇香円調合所望により調合法伝授 ○四条河原勧進能 ○梵舜自筆神書五冊披見せしむ ○神竜院山の渋柿の渋取りを申付く ○嶬峨鹿王院へ元亨釈書の返却を求む ○有馬湯汲へ新四郎馬一匹を添え差下す ○梵舜煩に依り食不進 ○梵舜痰咳に依り急逝す ○解説 ○卜部家系譜 ○書名、文芸・芸能索引 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第126回配本 師郷記6〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
藤井貞文・小林花子校訂、八木書店、平26、1冊
大外記中原師郷自筆。応永27年(1420)1月から長禄2年(1458)12月まで、永享8年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路家に伝えられたものと推定される。

【収録】⑥1455〔享徳4〕~1458〔長禄2〕・索引・解題
○畠山義夏并に同政長の被管人等河内国に於いて合戦
○関東使僧三人細川勝元により召捕らる
○足利義政院参猿楽あり、師郷密かに島田定直宿所に参り桧垣隙より見物す
○比叡山佐々木政頼宿所へ発向の旨治定せしが足利義政の取成しにより事無きを得
○赤松則尚山名勢の襲来により備前国鹿久居島に於いて自害
○比叡山神輿動座
○正親町三条実雅邸に伺候関東以外に騒動仍て綸旨を下さる由語らる
○富樫泰高その宿所に於いて家人加賀守護代を討つ
○鷹司房平邸より出火
○鷹司家文書悉く焼失、近衛家文書大略取出さる
○久我通尚文庫炎上
○造内裏事足利義政より細川勝元に仰付けらる
○師郷宅に盗人押入る
○光物諸方飛行
○斯波義敏近辺物騒、家人等と不快なる事有るによる
○後崇光院薨去
○坂本土一揆八王子社頭に閉篭、山門使節等これを討たんとせし為め社頭三宮等に放火土一揆等鎮圧さる
○人名索引
○地名索引
○件名索引
○解題(飯倉晴武)

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9,900
藤井貞文・小林花子校訂 、八木書店 、平26 、1冊
大外記中原師郷自筆。応永27年(1420)1月から長禄2年(1458)12月まで、永享8年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路家に伝えられたものと推定される。 【収録】⑥1455〔享徳4〕~1458〔長禄2〕・索引・解題 ○畠山義夏并に同政長の被管人等河内国に於いて合戦 ○関東使僧三人細川勝元により召捕らる ○足利義政院参猿楽あり、師郷密かに島田定直宿所に参り桧垣隙より見物す ○比叡山佐々木政頼宿所へ発向の旨治定せしが足利義政の取成しにより事無きを得 ○赤松則尚山名勢の襲来により備前国鹿久居島に於いて自害 ○比叡山神輿動座 ○正親町三条実雅邸に伺候関東以外に騒動仍て綸旨を下さる由語らる ○富樫泰高その宿所に於いて家人加賀守護代を討つ ○鷹司房平邸より出火 ○鷹司家文書悉く焼失、近衛家文書大略取出さる ○久我通尚文庫炎上 ○造内裏事足利義政より細川勝元に仰付けらる ○師郷宅に盗人押入る ○光物諸方飛行 ○斯波義敏近辺物騒、家人等と不快なる事有るによる ○後崇光院薨去 ○坂本土一揆八王子社頭に閉篭、山門使節等これを討たんとせし為め社頭三宮等に放火土一揆等鎮圧さる ○人名索引 ○地名索引 ○件名索引 ○解題(飯倉晴武) #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第3回配本 公衡公記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
橋本義彦・今江廣道校訂、八木書店、平26、1冊
西園寺公衡(1264-1315)の日記。西園寺家は、鎌倉時代に関東申次の地位にあって絶大な権勢を誇った家柄である。公衡は、承久の乱に武家方として活躍した公経の曾孫実兼の嫡男で、日記は弘安6年から正和4年におよぶ。記事は父実兼が関東申次の職にあったため、公武間の交渉の機微にふれる貴重な史料を含み、鎌倉時代末期の朝幕関係・有職故実を知る重要史料。

【収録】①1283〔弘安6〕~1314〔正和3〕
○日吉神輿事により関東使者上洛す
○東使関東申次西園寺実兼の邸に赴く
○異国襲来の風聞あり
○勇士一人も大切の時節武士の罪科は宥めらるべし
○亀山上皇関東使者の申次事につき御書を実兼に賜う
○神輿入洛の時狼藉の宮仕六人を禁獄す
○公衡実兼の命に依り北条時村同顕時加階事等を亀山上皇に奏す
○任宮所領等につき関東の所存と称して濫望する輩は一切御信受なかるべし
○評定衆伝奏の人選につき幕府の意向をただす
○後深草上皇異敵掃攘の為写経せらる
○公衡御即位記録を披閲す
○公衡後深草上皇の御所に参り家司の昇進を謝す
○継体天皇陵盗掘犯人を捕う
○公衡着用の礼服を伏見天皇後深草上皇の御覧に供す
○公衡厄年により北山第において普賢延命法を修す
○花山院家教の陪膳作法不審多し
○後深草上皇実兼の北山第に御幸
○藤原教定は後宇多上皇の弟子なり
○伏見上皇大神秀賢に琵琶の秘説を授くべき旨実兼に命ぜらる
○近年装束有若亡

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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8,800
橋本義彦・今江廣道校訂 、八木書店 、平26 、1冊
西園寺公衡(1264-1315)の日記。西園寺家は、鎌倉時代に関東申次の地位にあって絶大な権勢を誇った家柄である。公衡は、承久の乱に武家方として活躍した公経の曾孫実兼の嫡男で、日記は弘安6年から正和4年におよぶ。記事は父実兼が関東申次の職にあったため、公武間の交渉の機微にふれる貴重な史料を含み、鎌倉時代末期の朝幕関係・有職故実を知る重要史料。 【収録】①1283〔弘安6〕~1314〔正和3〕 ○日吉神輿事により関東使者上洛す ○東使関東申次西園寺実兼の邸に赴く ○異国襲来の風聞あり ○勇士一人も大切の時節武士の罪科は宥めらるべし ○亀山上皇関東使者の申次事につき御書を実兼に賜う ○神輿入洛の時狼藉の宮仕六人を禁獄す ○公衡実兼の命に依り北条時村同顕時加階事等を亀山上皇に奏す ○任宮所領等につき関東の所存と称して濫望する輩は一切御信受なかるべし ○評定衆伝奏の人選につき幕府の意向をただす ○後深草上皇異敵掃攘の為写経せらる ○公衡御即位記録を披閲す ○公衡後深草上皇の御所に参り家司の昇進を謝す ○継体天皇陵盗掘犯人を捕う ○公衡着用の礼服を伏見天皇後深草上皇の御覧に供す ○公衡厄年により北山第において普賢延命法を修す ○花山院家教の陪膳作法不審多し ○後深草上皇実兼の北山第に御幸 ○藤原教定は後宇多上皇の弟子なり ○伏見上皇大神秀賢に琵琶の秘説を授くべき旨実兼に命ぜらる ○近年装束有若亡 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第57回配本 権記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,700
渡辺直彦校訂、八木書店、平26、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。

【収録】① 991〔正暦2〕~1000〔長保2〕
○行成を蔵人頭に補す
○行成若狭国進上の宋人の解文并に国解を下す
○陣定を行い大宰大弐藤原佐理の罪名を議す
○検非違使別当藤原公任の申請に任せ犯人追捕のため官符并に供給宣旨を下す
○陣定を行い南蛮来寇の事を議す
○藤氏爵の巡につきて論あり
○道長行成をして出家の素意を奏せしむ
○道長は外戚の親舅朝家の家臣にして天下を燮理し一人を輔導す
○道兼の薨後は万事道長の指麾に従う
○宋僧源清への返牒
○行成悶絶す(夢中に強力者ありて腸を引出す)
○霖雨により鴨河氾濫す
○道長宇治遊覧
○道長院源を法性寺座主に補せんことを奏せしむ
○陣定を行い平維衡致頼等合戦のことを議す
○新製十一箇条造内裏所々人々を改定す
○大江匡衡則天武后の旧事を語る
○行成維摩会勅使として南都下向
○位禄代弁済につき淡路新旧国司の間に論あり
○花山院法皇熊野御幸の御意あり
○興福寺別当定澄検非違使を大和に派遣し犯人を追捕せしめん事を要請す

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7,700
渡辺直彦校訂 、八木書店 、平26 、1冊
藤原行成(972-1027)の日記。行成は三蹟とも三筆ともいわれ、藤原佐理等と共に能書家としても著名である。その記事は、行成右大弁の頃から権大納言時代におよび平安期の有職故実に詳しく、当時の朝儀典礼を窺うことのできる好史料である。『小右記』『御堂関白記』『左経記』等と相補い、併読することによって初期摂関政治の実体を究明する上で主要な記録の一つである。 【収録】① 991〔正暦2〕~1000〔長保2〕 ○行成を蔵人頭に補す ○行成若狭国進上の宋人の解文并に国解を下す ○陣定を行い大宰大弐藤原佐理の罪名を議す ○検非違使別当藤原公任の申請に任せ犯人追捕のため官符并に供給宣旨を下す ○陣定を行い南蛮来寇の事を議す ○藤氏爵の巡につきて論あり ○道長行成をして出家の素意を奏せしむ ○道長は外戚の親舅朝家の家臣にして天下を燮理し一人を輔導す ○道兼の薨後は万事道長の指麾に従う ○宋僧源清への返牒 ○行成悶絶す(夢中に強力者ありて腸を引出す) ○霖雨により鴨河氾濫す ○道長宇治遊覧 ○道長院源を法性寺座主に補せんことを奏せしむ ○陣定を行い平維衡致頼等合戦のことを議す ○新製十一箇条造内裏所々人々を改定す ○大江匡衡則天武后の旧事を語る ○行成維摩会勅使として南都下向 ○位禄代弁済につき淡路新旧国司の間に論あり ○花山院法皇熊野御幸の御意あり ○興福寺別当定澄検非違使を大和に派遣し犯人を追捕せしめん事を要請す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第60回配本 慶長日件録1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,700
山本武夫校訂、八木書店、平26、1冊
式部少輔船橋秀賢(1575-1614)の慶長5年から同18年におよぶ日記。船橋(高倉)家は清原氏にして明経道の家。秀賢は、儒学者として知られる宣賢4代の孫で、後陽成・後水尾両天皇の侍読を勤めた碩学である。そのため本記は、朝廷・廷臣の学問に関する記事に富み、近世初頭における学芸関係史料として重んじられる。当時の世情を知る史料としても利用価値が高い。

【収録】①1600〔慶長5〕~1605〔慶長10〕
○船橋と改称す
○方広寺大仏焼く
○家康を来訪する者多し
○家康右大臣に任ぜられ征夷大将軍となる
○公家衆秀頼参賀に大坂に赴く
○禁中書籍虫払に参内し分類を命ぜらる
○公家衆踊興行
○千姫大坂城に入輿す
○淀殿に貞永式目仮名抄を進上す
○論語講義細川幽斎来談
○林羅山来談
○熱田社参詣
○毛詩板刻校正のため点本及び大全本を智蔵坊に貸与
○加藤清正新造の大船を見る
○後陽成天皇蹴鞠を好むこと切なり
○亀屋栄任踊興行
○豊国社祭礼町衆風流踊りを催す
○天皇紫宸殿にて御覧
○家康に新註古註の相違を問わる
○家康呂宋国王の使者を引見す(通船の目的は耶蘇教弘通に在り)
○和漢千句
○朝鮮使の宿舎本法寺見物
○定家奥書のある為家筆新勅撰集を覧る
○中院に藤原行成筆古今朗詠集を借り臨写す
○秀忠征夷大将軍宣下(氏長者奨学院別当は家康兼帯)
○家康秀賢に論語を問う
○東鑑新板出来
○秀頼に十七条憲法を論ず
○中院通村古筆朗詠集を持参す

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7,700
山本武夫校訂 、八木書店 、平26 、1冊
式部少輔船橋秀賢(1575-1614)の慶長5年から同18年におよぶ日記。船橋(高倉)家は清原氏にして明経道の家。秀賢は、儒学者として知られる宣賢4代の孫で、後陽成・後水尾両天皇の侍読を勤めた碩学である。そのため本記は、朝廷・廷臣の学問に関する記事に富み、近世初頭における学芸関係史料として重んじられる。当時の世情を知る史料としても利用価値が高い。 【収録】①1600〔慶長5〕~1605〔慶長10〕 ○船橋と改称す ○方広寺大仏焼く ○家康を来訪する者多し ○家康右大臣に任ぜられ征夷大将軍となる ○公家衆秀頼参賀に大坂に赴く ○禁中書籍虫払に参内し分類を命ぜらる ○公家衆踊興行 ○千姫大坂城に入輿す ○淀殿に貞永式目仮名抄を進上す ○論語講義細川幽斎来談 ○林羅山来談 ○熱田社参詣 ○毛詩板刻校正のため点本及び大全本を智蔵坊に貸与 ○加藤清正新造の大船を見る ○後陽成天皇蹴鞠を好むこと切なり ○亀屋栄任踊興行 ○豊国社祭礼町衆風流踊りを催す ○天皇紫宸殿にて御覧 ○家康に新註古註の相違を問わる ○家康呂宋国王の使者を引見す(通船の目的は耶蘇教弘通に在り) ○和漢千句 ○朝鮮使の宿舎本法寺見物 ○定家奥書のある為家筆新勅撰集を覧る ○中院に藤原行成筆古今朗詠集を借り臨写す ○秀忠征夷大将軍宣下(氏長者奨学院別当は家康兼帯) ○家康秀賢に論語を問う ○東鑑新板出来 ○秀頼に十七条憲法を論ず ○中院通村古筆朗詠集を持参す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第93回配本 通兄公記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂、続群書類従完成会、平4、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。

【収録】②1729〔享保14〕~1732〔享保17〕
○四方拝
○小朝拝
○白馬節会
○内裏より色紙の献上を命ぜらる
○当座和歌御会
○闘鶏御覧
○大井川舟遊
○豊受大神宮別宮等造替杣入以下次第日時定上卿を仰付けらる
○御字書奉行に補せらる
○広南より将軍へ貢する象京着
○天皇象を御覧
○藤木司直亭にて螢を見る
○御文庫より初学記等を取出して献ず
○月次御会并に聖并御法楽和歌題到来
○興福寺金堂西金堂の灰燼中より仏舎利等出現
○梶葉に古歌を書く
○石清水遥拝諸社参詣
○石清水放生会上卿久我惟通
○禁中重陽御会和歌懐紙を献ず
○別業に於て遊宴を催す
○所司代亭に赴き将軍綱吉女の婚嫁を賀す
○舞楽御覧
○日野資時亭の観梅の宴に赴く
○南方辺火事盗賊処々放火の巷説あり
○御楽始御習礼近習衆参仕仰付らる
○鴨河辺逍遥、馬上の芸を見る
○麻疹流行す
○貞建親王妹将軍世子徳川家重と婚姻の為四月中関東下向と決定
○東寺法菩提院に詣り保元合戦図平治合戦図両屏風を見る
○任権大納言拝賀別記

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第93回配本 通兄公記2

11,000
今江廣道・藤森馨・平井誠二校訂 、続群書類従完成会 、平4 、1冊
右大臣従一位久我通兄(1709-1761)の、享保9年(1724)から歿年に至るまでの日記を宮内庁書陵部所蔵の自筆原本によって翻刻する。通兄は通誠の孫にあたり、朝廷は中御門・桜町・桃園天皇の治世、幕府の将軍は吉宗・家重の時代にあたり、朝幕関係の良好な時期であった。通兄は議奏や武家伝奏として枢機に参画しており、記事には見るべきものが多いのが特色。 【収録】②1729〔享保14〕~1732〔享保17〕 ○四方拝 ○小朝拝 ○白馬節会 ○内裏より色紙の献上を命ぜらる ○当座和歌御会 ○闘鶏御覧 ○大井川舟遊 ○豊受大神宮別宮等造替杣入以下次第日時定上卿を仰付けらる ○御字書奉行に補せらる ○広南より将軍へ貢する象京着 ○天皇象を御覧 ○藤木司直亭にて螢を見る ○御文庫より初学記等を取出して献ず ○月次御会并に聖并御法楽和歌題到来 ○興福寺金堂西金堂の灰燼中より仏舎利等出現 ○梶葉に古歌を書く ○石清水遥拝諸社参詣 ○石清水放生会上卿久我惟通 ○禁中重陽御会和歌懐紙を献ず ○別業に於て遊宴を催す ○所司代亭に赴き将軍綱吉女の婚嫁を賀す ○舞楽御覧 ○日野資時亭の観梅の宴に赴く ○南方辺火事盗賊処々放火の巷説あり ○御楽始御習礼近習衆参仕仰付らる ○鴨河辺逍遥、馬上の芸を見る ○麻疹流行す ○貞建親王妹将軍世子徳川家重と婚姻の為四月中関東下向と決定 ○東寺法菩提院に詣り保元合戦図平治合戦図両屏風を見る ○任権大納言拝賀別記 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第121回配本 妙法院日次記16

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
12,100
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平12、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑯1765〔明和2〕~1769〔明和6〕
○伝奏より正徳五年東照宮百回御忌法会御下向につき問合書
○大仏殿修復勧化につき堂内仮屋に相詰
○葵神事賀茂川増水につき牛車は川越不能
○河原にての大花火禁止の伝奏触
○大仏殿勧化物取集めに松井永昌関東へ下向
○西町奉行所へ勧化銀貸付につき公儀の御取計を願出
○再勧化物取集め御頼の青水内記帰京
○勢州山田町人大仏殿勧化金貸付の御礼参上
○江戸寺社奉行へ当門室は御無住ながら大仏殿は放置できず格別の御沙汰を願出
○当時は女帝(後桜町天皇)御養子難儀
○水戸徳川家へ御断の段承知ながらも御寄付御工面を申出
○諸職人の国名官名を名乗ること禁止との伝奏触
○関東寺社奉行へ京大坂にて勧化物借受の者少なく修復進捗せざる故に金一万両拝借の嘆願書を提出
○勧化物取集めにつき長崎奉行所への通達を伝奏へ届出
○所司代より朝鮮人参五品を定値断にて売り渡すとの触
○御無住中につき特に入念なる心得を家頼へ申渡

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第121回配本 妙法院日次記16

12,100
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平12 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑯1765〔明和2〕~1769〔明和6〕 ○伝奏より正徳五年東照宮百回御忌法会御下向につき問合書 ○大仏殿修復勧化につき堂内仮屋に相詰 ○葵神事賀茂川増水につき牛車は川越不能 ○河原にての大花火禁止の伝奏触 ○大仏殿勧化物取集めに松井永昌関東へ下向 ○西町奉行所へ勧化銀貸付につき公儀の御取計を願出 ○再勧化物取集め御頼の青水内記帰京 ○勢州山田町人大仏殿勧化金貸付の御礼参上 ○江戸寺社奉行へ当門室は御無住ながら大仏殿は放置できず格別の御沙汰を願出 ○当時は女帝(後桜町天皇)御養子難儀 ○水戸徳川家へ御断の段承知ながらも御寄付御工面を申出 ○諸職人の国名官名を名乗ること禁止との伝奏触 ○関東寺社奉行へ京大坂にて勧化物借受の者少なく修復進捗せざる故に金一万両拝借の嘆願書を提出 ○勧化物取集めにつき長崎奉行所への通達を伝奏へ届出 ○所司代より朝鮮人参五品を定値断にて売り渡すとの触 ○御無住中につき特に入念なる心得を家頼へ申渡 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第119回配本 妙法院日次記15

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
16,500
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平11、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

⑮1762〔宝暦12〕~1764〔明和元〕
○帳合重の両替禁止の御触書
○徳川宗睦より家督相続の御返礼
○青門宮より入木道伝授
○百姓所持地の寺院への寄附や寺院地所の譲渡引寺を禁止するとの議奏御触書
○江戸城女中方大仏見物
○大奥女中松島殿へ御見舞品
○梶井宮の痘瘡にて加行御破壇金剛院より内々御見舞
○禁裏御所(桃園天皇)御不例
○主上より親王御幼稚につき緋宮践祚仰出され今晩崩御
○江戸浅草雷門前町人山田屋新助御立入申渡
○慈覚大師九百年忌御修行
○朝日宮より御紋附御幕拝借願出
○積翠園にて御舟遊
○坊官不足の節諸大夫増員を許す旨議奏より通達
○仏工仲田右京の相続人永治参上、呼名右京頂戴御礼
○山門へ桃園院一周忌御法事につき回章
○富無尽に似寄の講差止めの伝奏触
○禁裏へ入木道御稽古につき御祝儀献上
○八瀬童子より押餅献上
○大仏殿修理勧募の取集方法につき許可、御寄附は成難しとの老中返答
○東照宮百五十回忌に参向すべしとの御内意仰出

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史料纂集古記録編 第119回配本 妙法院日次記15

16,500
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平11 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 ⑮1762〔宝暦12〕~1764〔明和元〕 ○帳合重の両替禁止の御触書 ○徳川宗睦より家督相続の御返礼 ○青門宮より入木道伝授 ○百姓所持地の寺院への寄附や寺院地所の譲渡引寺を禁止するとの議奏御触書 ○江戸城女中方大仏見物 ○大奥女中松島殿へ御見舞品 ○梶井宮の痘瘡にて加行御破壇金剛院より内々御見舞 ○禁裏御所(桃園天皇)御不例 ○主上より親王御幼稚につき緋宮践祚仰出され今晩崩御 ○江戸浅草雷門前町人山田屋新助御立入申渡 ○慈覚大師九百年忌御修行 ○朝日宮より御紋附御幕拝借願出 ○積翠園にて御舟遊 ○坊官不足の節諸大夫増員を許す旨議奏より通達 ○仏工仲田右京の相続人永治参上、呼名右京頂戴御礼 ○山門へ桃園院一周忌御法事につき回章 ○富無尽に似寄の講差止めの伝奏触 ○禁裏へ入木道御稽古につき御祝儀献上 ○八瀬童子より押餅献上 ○大仏殿修理勧募の取集方法につき許可、御寄附は成難しとの老中返答 ○東照宮百五十回忌に参向すべしとの御内意仰出 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第109回配本 妙法院日次記13

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平9、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑬1756〔宝暦6〕~1758〔宝暦8〕
○大仏殿勧化年数につき所司代よりの通達書
○寺社奉行へ伽藍修復勧化の御書
○伝奏へ提出の寺社奉行承認の大仏殿修復勧化取集め方法につき御届
○称名寺と橋本伊兵衛より万金丹弘布につき念書
○関東にて大仏殿修復勧化に後藤養伝派遣につき道中先触
○大岡忠光御側御用人拝任につき老中への書札は忠光へも格状遣わすよう触
○所司代伺候の際の席図
○大坂勧化につき伝奏へ勧化物取集め方の願出を御付武家へ取次がるよう願書
○大仏殿修復に大名方の寄付僅少につき所司代に然るべく伝達を伝奏に願出
○千日回峯の行法につき先例を書付差出すよう伝奏よりの申入
○養源院より将軍綱吉五十回忌法事の御届
○関東との進物往反有無につき書付提出するよう伝奏触
○竹内式部事件により正親町三条公積以下公卿衆十七人処罪
○今出川公言以下の辞任と御肝煎等の新任の注進
○伝奏より妙門家来早苗靱負竹内式部一件につき奉行所へ出頭状

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史料纂集古記録編 第109回配本 妙法院日次記13

14,300
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平9 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑬1756〔宝暦6〕~1758〔宝暦8〕 ○大仏殿勧化年数につき所司代よりの通達書 ○寺社奉行へ伽藍修復勧化の御書 ○伝奏へ提出の寺社奉行承認の大仏殿修復勧化取集め方法につき御届 ○称名寺と橋本伊兵衛より万金丹弘布につき念書 ○関東にて大仏殿修復勧化に後藤養伝派遣につき道中先触 ○大岡忠光御側御用人拝任につき老中への書札は忠光へも格状遣わすよう触 ○所司代伺候の際の席図 ○大坂勧化につき伝奏へ勧化物取集め方の願出を御付武家へ取次がるよう願書 ○大仏殿修復に大名方の寄付僅少につき所司代に然るべく伝達を伝奏に願出 ○千日回峯の行法につき先例を書付差出すよう伝奏よりの申入 ○養源院より将軍綱吉五十回忌法事の御届 ○関東との進物往反有無につき書付提出するよう伝奏触 ○竹内式部事件により正親町三条公積以下公卿衆十七人処罪 ○今出川公言以下の辞任と御肝煎等の新任の注進 ○伝奏より妙門家来早苗靱負竹内式部一件につき奉行所へ出頭状 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第92回配本 妙法院日次記8

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、平3、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】⑧1735〔享保20〕~1737〔元文2〕
○中御門帝御譲位につき禁裏仙洞の女中に御進物
○桜町新帝へ御礼のため御出京
○阿弥陀峯御遊行
○九条兼実忌日法要
○灌頂私記御頂戴の儀
○祇園宝寿院は酒井忠音の弟
○知行所百姓田畑質地に金子借出あるまじき触
○仁風一覧二冊売弘めの触
○宗旨改并に鉄砲改の触
○米価下落につき対策
○近年米下値なるも諸色の直段引上は許さずとの触
○物価高騰につき雑色触
○金目通用に関する触書
○角倉与一より蜜柑三百箇献上
○金銀吹改めと両替の触書
○からくり人形御覧
○山門諸堂舎修復入礼の触
○新銭売出の触
○中御門院崩御
○御葬送迄は焼香参院勝手次第との伝奏触
○御葬送道筋作法につき触書
○度々大雨につき妙法院領賀茂川筋見分
○護持の本尊を金剛院より当門へ遷し座主宮勤修
○名に竹の字付く者改書の触
○御仕置申付けし者で存命ならば赦免願を訴出よとの触
○境内にて自殺仕損せし男
○銀銅地金は銀座へ売渡す事
○銭相場の高値に対処の雑色触

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史料纂集古記録編 第92回配本 妙法院日次記8

15,400
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、平3 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】⑧1735〔享保20〕~1737〔元文2〕 ○中御門帝御譲位につき禁裏仙洞の女中に御進物 ○桜町新帝へ御礼のため御出京 ○阿弥陀峯御遊行 ○九条兼実忌日法要 ○灌頂私記御頂戴の儀 ○祇園宝寿院は酒井忠音の弟 ○知行所百姓田畑質地に金子借出あるまじき触 ○仁風一覧二冊売弘めの触 ○宗旨改并に鉄砲改の触 ○米価下落につき対策 ○近年米下値なるも諸色の直段引上は許さずとの触 ○物価高騰につき雑色触 ○金目通用に関する触書 ○角倉与一より蜜柑三百箇献上 ○金銀吹改めと両替の触書 ○からくり人形御覧 ○山門諸堂舎修復入礼の触 ○新銭売出の触 ○中御門院崩御 ○御葬送迄は焼香参院勝手次第との伝奏触 ○御葬送道筋作法につき触書 ○度々大雨につき妙法院領賀茂川筋見分 ○護持の本尊を金剛院より当門へ遷し座主宮勤修 ○名に竹の字付く者改書の触 ○御仕置申付けし者で存命ならば赦免願を訴出よとの触 ○境内にて自殺仕損せし男 ○銀銅地金は銀座へ売渡す事 ○銭相場の高値に対処の雑色触 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第83回配本 妙法院日次記4

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,260
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、昭62、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】④1715〔正徳5〕~1720〔享保5〕
○東照宮百回忌のため江戸へ出発
○八十宮将軍家へ輿入れ
○新金銀流通につき雑色より通達
○将軍家継薨去
○八瀬童子より門主の輿の奉仕を願出
○門跡家来宗旨改帳
○一尺余の光物空を飛ぶ
○妙法院宮知行高千六百二十三石五斗
○寺社の朱印を所持するもの江戸に提出との触書
○近所町人とも所持の菊花を南殿にて尭延法親王御覧
○菊作り名人に切花を集め持参せしむ
○奉行所の者と称し茶屋旅篭屋へのねだりを禁ず
○唐船持渡の品抜荷売買制禁
○尭延法親王遷化
○朝鮮人来朝の節の見物の作法
○質物取調べ
○代々判物等の儀につき武家伝奏より伺い
○雑色より耳塚のこと尋に来る
○朝鮮人来朝につき申付けられし蚊帳は無用となるにより払入札
○朝鮮人大仏殿三十三間堂参詣
○猥に鉄砲打つことを禁ず
○元禄銀宝永銀中銀三宝四宝銀通用停止新銀引替えの事
○はやり言葉禁止
○新作の書物草紙類板行の際は奉行所へ免許申請すべきことを命ず

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史料纂集古記録編 第83回配本 妙法院日次記4

7,260
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、昭62 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】④1715〔正徳5〕~1720〔享保5〕 ○東照宮百回忌のため江戸へ出発 ○八十宮将軍家へ輿入れ ○新金銀流通につき雑色より通達 ○将軍家継薨去 ○八瀬童子より門主の輿の奉仕を願出 ○門跡家来宗旨改帳 ○一尺余の光物空を飛ぶ ○妙法院宮知行高千六百二十三石五斗 ○寺社の朱印を所持するもの江戸に提出との触書 ○近所町人とも所持の菊花を南殿にて尭延法親王御覧 ○菊作り名人に切花を集め持参せしむ ○奉行所の者と称し茶屋旅篭屋へのねだりを禁ず ○唐船持渡の品抜荷売買制禁 ○尭延法親王遷化 ○朝鮮人来朝の節の見物の作法 ○質物取調べ ○代々判物等の儀につき武家伝奏より伺い ○雑色より耳塚のこと尋に来る ○朝鮮人来朝につき申付けられし蚊帳は無用となるにより払入札 ○朝鮮人大仏殿三十三間堂参詣 ○猥に鉄砲打つことを禁ず ○元禄銀宝永銀中銀三宝四宝銀通用停止新銀引替えの事 ○はやり言葉禁止 ○新作の書物草紙類板行の際は奉行所へ免許申請すべきことを命ず #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第74回配本 妙法院日次記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,140
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、続群書類従完成会、昭60、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

【収録】②1701〔元禄14〕~1707〔宝永4〕
○西陣織業者より糸払底の訴えにより商人の売惜み買占めを禁ず
○酒の安売を禁ず
○婚姻の節石礫を打つ事重ねて禁ず
○浪人高坂武兵衛借宅の願い
○商売に上方筋は金銀ともに滞りなく使用すべき触書
○妙法院門跡の由緒書及び知行書付を両伝奏に遣す
○九条輔実女徳川吉通に嫁す
○百日目付豊国巡見
○五畿内近国蔵入物の指示
○米穀不足のため酒造制限及び米などの相場の引下げを布告す
○たばこ栽培届出づべき触書
○再び生類憐れみの触
○江戸地震のため将軍に御機嫌伺を出す
○関東地震につき祈祷
○参勤御暇の節道中込合わざるよう注意
○柳沢吉保は御側衆威勢の人
○幕府朝廷へ一万石加増
○善光寺阿弥陀仏八坂庚申堂にて開帳
○洛中洛外抜参り流行(毎日四五百人に及ぶ)
○桂昌院薨去
○町方踊り華美にならざるよう達あり
○境内七条河原新家建築の届出
○三十三間堂へ盗人侵入銭箱を開けんとして逃亡
○寒造酒の制限量及び新造酒停止
○富くじ禁止\

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史料纂集古記録編 第74回配本 妙法院日次記2

8,140
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、続群書類従完成会 、昭60 、1冊
京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄7年(1694)より明治9年(1876)まで約200年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 【収録】②1701〔元禄14〕~1707〔宝永4〕 ○西陣織業者より糸払底の訴えにより商人の売惜み買占めを禁ず ○酒の安売を禁ず ○婚姻の節石礫を打つ事重ねて禁ず ○浪人高坂武兵衛借宅の願い ○商売に上方筋は金銀ともに滞りなく使用すべき触書 ○妙法院門跡の由緒書及び知行書付を両伝奏に遣す ○九条輔実女徳川吉通に嫁す ○百日目付豊国巡見 ○五畿内近国蔵入物の指示 ○米穀不足のため酒造制限及び米などの相場の引下げを布告す ○たばこ栽培届出づべき触書 ○再び生類憐れみの触 ○江戸地震のため将軍に御機嫌伺を出す ○関東地震につき祈祷 ○参勤御暇の節道中込合わざるよう注意 ○柳沢吉保は御側衆威勢の人 ○幕府朝廷へ一万石加増 ○善光寺阿弥陀仏八坂庚申堂にて開帳 ○洛中洛外抜参り流行(毎日四五百人に及ぶ) ○桂昌院薨去 ○町方踊り華美にならざるよう達あり ○境内七条河原新家建築の届出 ○三十三間堂へ盗人侵入銭箱を開けんとして逃亡 ○寒造酒の制限量及び新造酒停止 ○富くじ禁止\ #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第11回配本 隆光僧正日記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,180
永島福太郎・林亮勝校訂、続群書類従完成会、昭45、1冊
函傷み

護持院隆光僧正(1649-1724)は徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の信任をうけ、綱吉の側近に侍して教俗両界を牛耳った。柳沢吉保と並んで文治主義を徹底させ、元禄文化時代の出現を促した。生類憐れみの令の発案者として、とかくその悪名のみが語られるが、この自筆日記から、隆光の真姿がさぐれようし、またこれを追うにいたった爛熟期徳川政権の実態が究明されるだろう。

【収録】②1699〔元禄12〕~1704〔宝永元〕
○綱吉保明邸にて孟子を講ず
○尾張綱誠逝去
○湯島聖堂へ御成
○水戸光圀歿す
○徳川家光五十年忌法事
○浅野内匠頭吉良上野介を殿中大廊下において斬る
○内匠頭を田村右京太夫に預け即夜切腹を命ず
○桂昌院王子権現へ参詣
○桂昌院結縁灌頂を受く
○保明に松平姓と一字を賜う(松平吉保と改名)
○吉保邸全焼
○高尾山薬王寺を常法談所となす
○綱吉女鶴姫吉保の駒込六義園に行く
○信濃善光寺出開帳
○天神八百年忌連歌百韻
○本多忠晴寺社奉行に補せらる
○東福門院二十五年忌
○赤穂浪士四十六人切腹
○吉良義周御預
○桂昌院出開帳の成田不動尊新田不動尊を拝す
○四谷より出火紀伊侯邸類焼し芝の海まで延焼の大火となる
○小田原大地震鎌倉川崎津波
○水戸侯邸より出火し谷中へ飛火し大火となる
○浄土宗法問
○奥州藤原秀衡祈祷所の本尊を拝見
○利根川堤防決潰す
○品川沖の海面赤色に変化す
○綱吉甲府侯徳川綱豊を養子になすべき内意を隆光に伝う

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史料纂集古記録編 第11回配本 隆光僧正日記2

4,180
永島福太郎・林亮勝校訂 、続群書類従完成会 、昭45 、1冊
函傷み 護持院隆光僧正(1649-1724)は徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の信任をうけ、綱吉の側近に侍して教俗両界を牛耳った。柳沢吉保と並んで文治主義を徹底させ、元禄文化時代の出現を促した。生類憐れみの令の発案者として、とかくその悪名のみが語られるが、この自筆日記から、隆光の真姿がさぐれようし、またこれを追うにいたった爛熟期徳川政権の実態が究明されるだろう。 【収録】②1699〔元禄12〕~1704〔宝永元〕 ○綱吉保明邸にて孟子を講ず ○尾張綱誠逝去 ○湯島聖堂へ御成 ○水戸光圀歿す ○徳川家光五十年忌法事 ○浅野内匠頭吉良上野介を殿中大廊下において斬る ○内匠頭を田村右京太夫に預け即夜切腹を命ず ○桂昌院王子権現へ参詣 ○桂昌院結縁灌頂を受く ○保明に松平姓と一字を賜う(松平吉保と改名) ○吉保邸全焼 ○高尾山薬王寺を常法談所となす ○綱吉女鶴姫吉保の駒込六義園に行く ○信濃善光寺出開帳 ○天神八百年忌連歌百韻 ○本多忠晴寺社奉行に補せらる ○東福門院二十五年忌 ○赤穂浪士四十六人切腹 ○吉良義周御預 ○桂昌院出開帳の成田不動尊新田不動尊を拝す ○四谷より出火紀伊侯邸類焼し芝の海まで延焼の大火となる ○小田原大地震鎌倉川崎津波 ○水戸侯邸より出火し谷中へ飛火し大火となる ○浄土宗法問 ○奥州藤原秀衡祈祷所の本尊を拝見 ○利根川堤防決潰す ○品川沖の海面赤色に変化す ○綱吉甲府侯徳川綱豊を養子になすべき内意を隆光に伝う #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第147回配本 京都金地院公文帳

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
14,300
上田純一校訂〔京都府立大学文学部教授〕、八木書店、平19、1冊
京都・金地院所蔵の「出世大望之衆目子留書付連署等」(「宗派目子」と略称)および「御由緒之儀申上覚」(「金地院由緒書」と略称)を翻刻。初代以心崇伝より12世住持蒼溟元方までの金地院の略史「御由緒之儀申上覚」を付録。

【収録】1619〔元和5年〕~1630〔寛永7年〕
①「宗派目子」…本書は江戸幕府より五山・十刹・諸山禅寺の住持就任を希望する禅僧らに与えられた公帖(公文)と、関係書類の控である。元和5年(1619)9月より寛永7年(1630)正月に至る。五山系禅寺の住持の任命権は相国寺塔頭鹿苑院に住する鹿苑僧録の管轄であったが、元和元年(1615)、家康は五山十刹諸法度を発布し、鹿苑僧録を廃し、崇伝を僧録に任じて金地院僧録が始まった。本書は、寛永12年(1635)、寺社奉行が置かれて僧録が有名無実となるまで、崇伝の許に集った禅宗寺院就任希望に関する書類の控を集めたものである。単に公帖申請から発給までの手続きを見るに留まらず、儀式次第の内容や幕府や僧録に対する礼金などが窺える。

②「金地院由緒書」…本史料は、明和4年(1767)、幕命により金地院から、時の寺社奉行、久世広明に提出された書状の写で、初代の以心崇伝より、12世住持蒼溟元方までの金地院の略史であり、参考史料として所収した。第1世崇伝の記事が全体の約三分の一を占め、幕府の寺社・公家・大名統制、文教・宗教・外交政策など江戸幕府の政務全般に重きをなした事実を活写している。


#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
14,300
上田純一校訂〔京都府立大学文学部教授〕 、八木書店 、平19 、1冊
京都・金地院所蔵の「出世大望之衆目子留書付連署等」(「宗派目子」と略称)および「御由緒之儀申上覚」(「金地院由緒書」と略称)を翻刻。初代以心崇伝より12世住持蒼溟元方までの金地院の略史「御由緒之儀申上覚」を付録。 【収録】1619〔元和5年〕~1630〔寛永7年〕 ①「宗派目子」…本書は江戸幕府より五山・十刹・諸山禅寺の住持就任を希望する禅僧らに与えられた公帖(公文)と、関係書類の控である。元和5年(1619)9月より寛永7年(1630)正月に至る。五山系禅寺の住持の任命権は相国寺塔頭鹿苑院に住する鹿苑僧録の管轄であったが、元和元年(1615)、家康は五山十刹諸法度を発布し、鹿苑僧録を廃し、崇伝を僧録に任じて金地院僧録が始まった。本書は、寛永12年(1635)、寺社奉行が置かれて僧録が有名無実となるまで、崇伝の許に集った禅宗寺院就任希望に関する書類の控を集めたものである。単に公帖申請から発給までの手続きを見るに留まらず、儀式次第の内容や幕府や僧録に対する礼金などが窺える。 ②「金地院由緒書」…本史料は、明和4年(1767)、幕命により金地院から、時の寺社奉行、久世広明に提出された書状の写で、初代の以心崇伝より、12世住持蒼溟元方までの金地院の略史であり、参考史料として所収した。第1世崇伝の記事が全体の約三分の一を占め、幕府の寺社・公家・大名統制、文教・宗教・外交政策など江戸幕府の政務全般に重きをなした事実を活写している。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第123回配本 慈性日記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
林観照校訂、続群書類従完成会、平12、1冊
大納言日野資勝の子、尊勝院慈性の慶長19年(1614)から寛永20年(1643)の30年におよぶ日記。尊勝院は京都青蓮院の院家の一。また、尊勝院は多賀大社の別当不動院を兼帯しており、多賀大社の再興造営の記事の他、朝廷や武家社会で当代一流の人物と親交を深め、見るべき記事が多い。近世初頭の貴重な個人日記であり、政治・経済・天台宗史研究上必備の記録。

【収録】①1614〔慶長19〕~1626〔寛永3〕①1615〔元和元〕~1619〔元和5〕
1614〔慶長19〕~1626〔寛永3〕
○江戸城本丸徳川家康御前にて浄土天台二宗の論義あり
○江戸城にて天台宗の論義あり
○天海上洛の由を青蓮院尊純法親王等へ伝う
○広橋兼賢犬筑波を所望す
○鹿島舟にて鹿島神宮に参詣
○徳川家康大坂討伐の為に上洛す
○日野資勝と徳川家康の陣立を見物す
○長講会聴聞のために比叡山に登る
○家康平癒の為の祈祷論義あり
○家康薨ず
○天海と崇伝家康の遺言につき問答す
○秀忠へ天海と謁見す
○秀忠天海を召し家康を権現に祀るべく依頼す
○慈性大僧都に任ぜらる
○家康の神号勅許
○多賀大社鳥居の造作料
○井伊直孝多賀大社の刀剣を覧ず
○豊臣秀頼生存説あり
○朝鮮来聘使伏見へ参着
○藤原俊成の掛物の表具出来
○和歌山城へ登城し徳川頼宣に謁見す
○古文真宝を読始む
○多賀大社拝殿手斧初
○多賀大社拝殿落慶供養の導師を勤む
○源氏物語書初
○東山にて日野資勝以下に振舞茶進上
○多賀大社にて神事能あり
○天海と同心し以心崇伝を訪う

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第123回配本 慈性日記1

9,900
林観照校訂 、続群書類従完成会 、平12 、1冊
大納言日野資勝の子、尊勝院慈性の慶長19年(1614)から寛永20年(1643)の30年におよぶ日記。尊勝院は京都青蓮院の院家の一。また、尊勝院は多賀大社の別当不動院を兼帯しており、多賀大社の再興造営の記事の他、朝廷や武家社会で当代一流の人物と親交を深め、見るべき記事が多い。近世初頭の貴重な個人日記であり、政治・経済・天台宗史研究上必備の記録。 【収録】①1614〔慶長19〕~1626〔寛永3〕①1615〔元和元〕~1619〔元和5〕 1614〔慶長19〕~1626〔寛永3〕 ○江戸城本丸徳川家康御前にて浄土天台二宗の論義あり ○江戸城にて天台宗の論義あり ○天海上洛の由を青蓮院尊純法親王等へ伝う ○広橋兼賢犬筑波を所望す ○鹿島舟にて鹿島神宮に参詣 ○徳川家康大坂討伐の為に上洛す ○日野資勝と徳川家康の陣立を見物す ○長講会聴聞のために比叡山に登る ○家康平癒の為の祈祷論義あり ○家康薨ず ○天海と崇伝家康の遺言につき問答す ○秀忠へ天海と謁見す ○秀忠天海を召し家康を権現に祀るべく依頼す ○慈性大僧都に任ぜらる ○家康の神号勅許 ○多賀大社鳥居の造作料 ○井伊直孝多賀大社の刀剣を覧ず ○豊臣秀頼生存説あり ○朝鮮来聘使伏見へ参着 ○藤原俊成の掛物の表具出来 ○和歌山城へ登城し徳川頼宣に謁見す ○古文真宝を読始む ○多賀大社拝殿手斧初 ○多賀大社拝殿落慶供養の導師を勤む ○源氏物語書初 ○東山にて日野資勝以下に振舞茶進上 ○多賀大社にて神事能あり ○天海と同心し以心崇伝を訪う #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第87回配本 政覚大僧正記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,260
小泉宜右校訂、続群書類従完成会、平1、1冊
関白二条持通の子で奈良興福寺別当となった大乗院政覚大僧正(1453-1494)の日記。文明15年(1483)から明応3年(1494)に至る別当在任中の「寺務方記」と題す日記を主とし、引付・雑記類を含む全32巻を収録する。『経覚私要鈔』『三箇院家抄』と併せみることにより大和を中心とする応仁の乱前後の畿内の情勢、寺内の寺務・寺領支配等を知る上で重要な史料。

【収録】①1479〔文明11〕~1486〔文明18〕
○一条冬良を訪う
○足利義政政覚の興福寺別当職補任の執奏を約す
○二条持通政覚作事中の東山山荘を観る
○政覚を興福寺別当に補す
○日野富子大神宮参詣のため大乗院一乗院等に輿舁を徴す
○尋尊夏中日次連歌の発句を詠ず
○摂津吹田荘無沙汰により講堂讃説を始行せず
○奈良中麻疹流行して多数の死者あり
○赤松政則山城山崎に出陣す
○北畠政郷越智家全等出陣す
○観世金春両座脇能を争う
○赤松政則の兵山名政豊の軍に大勝す
○持通越前に移る
○奈良所々に印地打あり死者を出す
○幕府奉行人と近習将軍対面の前後につき相論す
○政覚尋尊の意を承け一条家家政につき是心院了高と相議す
○義政臨川寺三会院に得度す
○畠山政長の党大和端山城に入る
○畠山義就河内上松に陣替す
○山城国衆三十八人一揆し両陣の撤退を求む
○国衆両畠山の入国拒否を議決す
○古市勢山城牢人衆と合戦
○京都に徳政一揆蜂起す
○馬借等東寺に篭る
○政元勢火を東寺に放つ

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史料纂集古記録編 第87回配本 政覚大僧正記1

7,260
小泉宜右校訂 、続群書類従完成会 、平1 、1冊
関白二条持通の子で奈良興福寺別当となった大乗院政覚大僧正(1453-1494)の日記。文明15年(1483)から明応3年(1494)に至る別当在任中の「寺務方記」と題す日記を主とし、引付・雑記類を含む全32巻を収録する。『経覚私要鈔』『三箇院家抄』と併せみることにより大和を中心とする応仁の乱前後の畿内の情勢、寺内の寺務・寺領支配等を知る上で重要な史料。 【収録】①1479〔文明11〕~1486〔文明18〕 ○一条冬良を訪う ○足利義政政覚の興福寺別当職補任の執奏を約す ○二条持通政覚作事中の東山山荘を観る ○政覚を興福寺別当に補す ○日野富子大神宮参詣のため大乗院一乗院等に輿舁を徴す ○尋尊夏中日次連歌の発句を詠ず ○摂津吹田荘無沙汰により講堂讃説を始行せず ○奈良中麻疹流行して多数の死者あり ○赤松政則山城山崎に出陣す ○北畠政郷越智家全等出陣す ○観世金春両座脇能を争う ○赤松政則の兵山名政豊の軍に大勝す ○持通越前に移る ○奈良所々に印地打あり死者を出す ○幕府奉行人と近習将軍対面の前後につき相論す ○政覚尋尊の意を承け一条家家政につき是心院了高と相議す ○義政臨川寺三会院に得度す ○畠山政長の党大和端山城に入る ○畠山義就河内上松に陣替す ○山城国衆三十八人一揆し両陣の撤退を求む ○国衆両畠山の入国拒否を議決す ○古市勢山城牢人衆と合戦 ○京都に徳政一揆蜂起す ○馬借等東寺に篭る ○政元勢火を東寺に放つ #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第40回配本 師守記8

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,480
藤井貞文・小林花子校訂、続群書類従完成会、昭49、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。

【収録】⑧1364〔貞治3〕~1365〔貞治4〕
○諒闇により北野社の神輿迎なし
○素服の人数
○細川顕氏の叙位不審
○島下御稲に毘沙門講等の用途を督促す
○賀茂の辻子炎上
○義詮邸造立釿始
○美濃尾張両国内社寺領半済
○六七日誦経使を興福寺等に派遣す
○山名時氏美作より上京
○文庫の屋根を葺く
○穀倉院田に点札を立つ
○山科七郷の損亡を認む
○武家万里小路の地所に口入す
○奥山田御稲の早米を六角堂に寄進
○下久世庄の用水を桂領通路の調査
○義詮邸五壇法修法
○中原国貞を弁官転任の請願
○師茂正四位上を所望す
○斯波高経の宿所上棟
○後村上天皇天王寺金堂上棟式に臨御
○中原師豊師秀と和睦
○笠以下風流の儀停止
○義詮の子矢開き
○義詮母赤橋登子死去
○義詮等持院に生母の葬儀を修す
○赤松則祐の宿所焼亡
○造内裏地の撰定
○北条高時赤橋守時三十三回忌
○高時贈位の宣命を武家に遣さず
○内裏の造営
○諸国段米の下命は窮民の憂い
○三井寺の僧徒山科の竹鼻弾正宿所を襲う
○十禅師祭

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史料纂集古記録編 第40回配本 師守記8

7,480
藤井貞文・小林花子校訂 、続群書類従完成会 、昭49 、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。 【収録】⑧1364〔貞治3〕~1365〔貞治4〕 ○諒闇により北野社の神輿迎なし ○素服の人数 ○細川顕氏の叙位不審 ○島下御稲に毘沙門講等の用途を督促す ○賀茂の辻子炎上 ○義詮邸造立釿始 ○美濃尾張両国内社寺領半済 ○六七日誦経使を興福寺等に派遣す ○山名時氏美作より上京 ○文庫の屋根を葺く ○穀倉院田に点札を立つ ○山科七郷の損亡を認む ○武家万里小路の地所に口入す ○奥山田御稲の早米を六角堂に寄進 ○下久世庄の用水を桂領通路の調査 ○義詮邸五壇法修法 ○中原国貞を弁官転任の請願 ○師茂正四位上を所望す ○斯波高経の宿所上棟 ○後村上天皇天王寺金堂上棟式に臨御 ○中原師豊師秀と和睦 ○笠以下風流の儀停止 ○義詮の子矢開き ○義詮母赤橋登子死去 ○義詮等持院に生母の葬儀を修す ○赤松則祐の宿所焼亡 ○造内裏地の撰定 ○北条高時赤橋守時三十三回忌 ○高時贈位の宣命を武家に遣さず ○内裏の造営 ○諸国段米の下命は窮民の憂い ○三井寺の僧徒山科の竹鼻弾正宿所を襲う ○十禅師祭 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第21回配本 師守記5

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
7,480
藤井貞文・小林花子校訂、続群書類従完成会、昭47、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。

【収録】1349〔貞和5〕~1356〔延文元〕
○十歳未満の任少将参議兼兵部卿の例
○師守文殿寄人を所望す
○足利直冬西国に下向
○諸国守の満期及び欠国の注進
○執柄子息直任少将の例
○河内より上洛の首級三十余を六条河原に晒す
○日吉祭に外記不参
○仁治以降大嘗会国郡卜定の例
○摂津豊島北条下司職を沙汰す
○直冬備後栗原保を打渡す
○延暦寺出訴により祇園神輿を出さず
○祇園鉾見物
○四条河原に勧進田楽あり梶井宮尊氏ら見物す
○桟敷破損により死傷者多数出づ
○夜間世間物騒
○市中諸所に落雷
○九条道教薨去
○検非違使別当放生会参向の例
○直義逐電の風聞
○高師直邸に一族等馳集る
○師直と上杉重能畠山直宗と確執あり
○直義邸に評定あり師直参仕
○重能越前に配流
○皇代記を吉田国俊に注遣す
○外宮怪異の勘例
○興福寺東大寺と合戦す
○足利義詮関東より上京
○義詮直義を訪う
○直義出家の風聞
○洞院公賢に牛車宣旨
○三条万里小路付近焼亡
○山崎より油納入
○伊勢例幣使新道発遣の例

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史料纂集古記録編 第21回配本 師守記5

7,480
藤井貞文・小林花子校訂 、続群書類従完成会 、昭47 、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。 【収録】1349〔貞和5〕~1356〔延文元〕 ○十歳未満の任少将参議兼兵部卿の例 ○師守文殿寄人を所望す ○足利直冬西国に下向 ○諸国守の満期及び欠国の注進 ○執柄子息直任少将の例 ○河内より上洛の首級三十余を六条河原に晒す ○日吉祭に外記不参 ○仁治以降大嘗会国郡卜定の例 ○摂津豊島北条下司職を沙汰す ○直冬備後栗原保を打渡す ○延暦寺出訴により祇園神輿を出さず ○祇園鉾見物 ○四条河原に勧進田楽あり梶井宮尊氏ら見物す ○桟敷破損により死傷者多数出づ ○夜間世間物騒 ○市中諸所に落雷 ○九条道教薨去 ○検非違使別当放生会参向の例 ○直義逐電の風聞 ○高師直邸に一族等馳集る ○師直と上杉重能畠山直宗と確執あり ○直義邸に評定あり師直参仕 ○重能越前に配流 ○皇代記を吉田国俊に注遣す ○外宮怪異の勘例 ○興福寺東大寺と合戦す ○足利義詮関東より上京 ○義詮直義を訪う ○直義出家の風聞 ○洞院公賢に牛車宣旨 ○三条万里小路付近焼亡 ○山崎より油納入 ○伊勢例幣使新道発遣の例 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第9回配本 師守記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,510
藤井貞文・小林花子校訂、続群書類従完成会、昭44、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。

【収録】③1345〔康永4〕~1346〔貞和2〕
○山崎の油を穀倉院別当中原師利に遣す
○師守師茂の顕職所望を洞院公賢に申入る
○六条河原にて内裏推参の悪党を斬首
○獄舎囚人坂非人らに布施を施す
○文殿文書を中原師香に渡す
○佐々木氏頼狼藉者を逮捕
○新熊野社山臥殺害さる
○玄恵法師辺に落雷
○医師本寂師守の母病気につき診察
○尊氏高師直邸に行く
○越中西吉江預所上京
○公賢の文永以来の天変祈祷例を問う
○春日社酒殿炎上
○徳政評定
○延暦寺神輿上洛
○摂津止々岐庄堺御前評定
○延暦寺天竜寺供養を強訴
○後醍醐天皇聖忌により尊氏ら天竜寺参拝
○光厳院天竜寺供養願文案
○尊氏天竜寺供養参詣記
○奥山田年貢催促
○今安保の損亡
○中原章世明法博士任命
○後醍醐天皇以後の公卿補任書進む
○師茂因幡堂六角堂を参詣す
○高師直一族和泉にて闘争す
○新造の毘沙門天鞍馬寺に供養
○永陽門院薨去
○深草祭を氏見物す
○中原師利維摩会講師
○花園法皇河合川原に八万四千基の石塔を建つ

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史料纂集古記録編 第9回配本 師守記3

4,510
藤井貞文・小林花子校訂 、続群書類従完成会 、昭44 、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。 【収録】③1345〔康永4〕~1346〔貞和2〕 ○山崎の油を穀倉院別当中原師利に遣す ○師守師茂の顕職所望を洞院公賢に申入る ○六条河原にて内裏推参の悪党を斬首 ○獄舎囚人坂非人らに布施を施す ○文殿文書を中原師香に渡す ○佐々木氏頼狼藉者を逮捕 ○新熊野社山臥殺害さる ○玄恵法師辺に落雷 ○医師本寂師守の母病気につき診察 ○尊氏高師直邸に行く ○越中西吉江預所上京 ○公賢の文永以来の天変祈祷例を問う ○春日社酒殿炎上 ○徳政評定 ○延暦寺神輿上洛 ○摂津止々岐庄堺御前評定 ○延暦寺天竜寺供養を強訴 ○後醍醐天皇聖忌により尊氏ら天竜寺参拝 ○光厳院天竜寺供養願文案 ○尊氏天竜寺供養参詣記 ○奥山田年貢催促 ○今安保の損亡 ○中原章世明法博士任命 ○後醍醐天皇以後の公卿補任書進む ○師茂因幡堂六角堂を参詣す ○高師直一族和泉にて闘争す ○新造の毘沙門天鞍馬寺に供養 ○永陽門院薨去 ○深草祭を氏見物す ○中原師利維摩会講師 ○花園法皇河合川原に八万四千基の石塔を建つ #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第5回配本 師守記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,180
藤井貞文・小林花子校訂、続群書類従完成会、昭44、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。

【収録】②1342〔康永元〕~1345〔康永4〕
○足利直義東寺参詣
○日吉社奉幣使交名
○永福門院崩御
○補歴
○祇園御霊会歩田楽
○土岐頼遠美濃より上京
○群盗長井広秀邸に乱入
○九条道教関白辞表再三提出
○光厳上皇法華八講のため六条殿に御幸
○三条高倉において騒動
○沽価法沙汰につき商人参集
○後深草天皇聖忌恩赦
○おねい鏡
○正親町西洞院焼亡
○高師泰宿所罹災
○光厳上皇賀茂祭上覧
○藤原顕国等六条河原に梟首
○尊氏直義邸の蹴鞠に赴く
○直義今熊野稲荷社参詣
○参詣行列次第
○深草祭
○備後用途到着
○多武峯破裂
○花山院邸立市
○洛中六斎日殺生禁断
○文章得業生課試宣旨
○北野祭宣命案
○祇園社西門付近焼亡
○淳和奨学両院別当位次に任せ補任の例
○東大寺八幡神輿入京し乱暴
○東大寺八幡神輿在京中の例
○教道丹波今安保より上京
○上杉重能足利直義邸に祗候
○直義天竜寺参篭
○盗賊仙洞に侵入
○太田時連死去
○師守母出家
○信濃芋川庄知行安堵
○直義三条坊門邸に移徙
○直義邸の射的

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史料纂集古記録編 第5回配本 師守記2

4,180
藤井貞文・小林花子校訂 、続群書類従完成会 、昭44 、1冊
少外記中原師守(大外記師右二男、兄は師茂)自筆の日記が残る。原本は『師茂記』と題されているが、実について『師守記』とする。中原家は、代々局務に携って大少外記を世襲し明経道の博士家として著名である。日々、始めに一家内の動静を、後に世事や外記局務の書留を記している。南北朝動乱期の政治経済・社会状勢を知る上で貴重であり、特に両朝の講和・合体に至る交渉を知る数少ない史料。 【収録】②1342〔康永元〕~1345〔康永4〕 ○足利直義東寺参詣 ○日吉社奉幣使交名 ○永福門院崩御 ○補歴 ○祇園御霊会歩田楽 ○土岐頼遠美濃より上京 ○群盗長井広秀邸に乱入 ○九条道教関白辞表再三提出 ○光厳上皇法華八講のため六条殿に御幸 ○三条高倉において騒動 ○沽価法沙汰につき商人参集 ○後深草天皇聖忌恩赦 ○おねい鏡 ○正親町西洞院焼亡 ○高師泰宿所罹災 ○光厳上皇賀茂祭上覧 ○藤原顕国等六条河原に梟首 ○尊氏直義邸の蹴鞠に赴く ○直義今熊野稲荷社参詣 ○参詣行列次第 ○深草祭 ○備後用途到着 ○多武峯破裂 ○花山院邸立市 ○洛中六斎日殺生禁断 ○文章得業生課試宣旨 ○北野祭宣命案 ○祇園社西門付近焼亡 ○淳和奨学両院別当位次に任せ補任の例 ○東大寺八幡神輿入京し乱暴 ○東大寺八幡神輿在京中の例 ○教道丹波今安保より上京 ○上杉重能足利直義邸に祗候 ○直義天竜寺参篭 ○盗賊仙洞に侵入 ○太田時連死去 ○師守母出家 ○信濃芋川庄知行安堵 ○直義三条坊門邸に移徙 ○直義邸の射的 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第7回配本 公衡公記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
4,180
橋本義彦・今江廣道校訂、続群書類従完成会、昭44、1冊
西園寺公衡(1264-1315)の日記。西園寺家は、鎌倉時代に関東申次の地位にあって絶大な権勢を誇った家柄である。公衡は、承久の乱に武家方として活躍した公経の曾孫実兼の嫡男で、日記は弘安6年から正和4年におよぶ。記事は父実兼が関東申次の職にあったため、公武間の交渉の機微にふれる貴重な史料を含み、鎌倉時代末期の朝幕関係・有職故実を知る重要史料。

【収録】②1315〔正和4〕別記
○洞院実泰の任大臣につき幕府の意向を糺す
○鎌倉大火により幕府在京及び西国御家人の東下を禁ず
○鎌倉焼亡により公衡使者を関東に遣して存問す
○今出川兼季公衡に父子の礼をとる
○伏見後伏見両上皇石清水八幡宮後深草法華堂横川如法堂等に御幸
○幕府起請して京都西国の献芹受納を禁ず
○京極為兼南都西南院において蹴鞠を行う
○春日社頭において一品経和歌を披講す
○公衡宿願により御神楽及び柴田楽を催す
○二条道平公衡に関白所望の執奏を請う
○公衡念仏を専修す
○北畠親房野宮邸に養父師親の七七日仏事を執行す
○幕府延暦寺大衆の訴訟に裁断を下す
○公衡病により免者を行う
○西園寺実兼鹿盗人事につき指示す
○後伏見上皇公衡の病気平癒のため賀茂河原に石塔を立てらる
○検非違使庁始記
○亀山院御落飾記
○後宇多院御錫紵記
○東二条院御落飾記
○伏見院庁始記
○伏見院御幸始記
○即位大嘗会等記
○後伏見院御幸始記
○花園天皇御即位記

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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第7回配本 公衡公記2

4,180
橋本義彦・今江廣道校訂 、続群書類従完成会 、昭44 、1冊
西園寺公衡(1264-1315)の日記。西園寺家は、鎌倉時代に関東申次の地位にあって絶大な権勢を誇った家柄である。公衡は、承久の乱に武家方として活躍した公経の曾孫実兼の嫡男で、日記は弘安6年から正和4年におよぶ。記事は父実兼が関東申次の職にあったため、公武間の交渉の機微にふれる貴重な史料を含み、鎌倉時代末期の朝幕関係・有職故実を知る重要史料。 【収録】②1315〔正和4〕別記 ○洞院実泰の任大臣につき幕府の意向を糺す ○鎌倉大火により幕府在京及び西国御家人の東下を禁ず ○鎌倉焼亡により公衡使者を関東に遣して存問す ○今出川兼季公衡に父子の礼をとる ○伏見後伏見両上皇石清水八幡宮後深草法華堂横川如法堂等に御幸 ○幕府起請して京都西国の献芹受納を禁ず ○京極為兼南都西南院において蹴鞠を行う ○春日社頭において一品経和歌を披講す ○公衡宿願により御神楽及び柴田楽を催す ○二条道平公衡に関白所望の執奏を請う ○公衡念仏を専修す ○北畠親房野宮邸に養父師親の七七日仏事を執行す ○幕府延暦寺大衆の訴訟に裁断を下す ○公衡病により免者を行う ○西園寺実兼鹿盗人事につき指示す ○後伏見上皇公衡の病気平癒のため賀茂河原に石塔を立てらる ○検非違使庁始記 ○亀山院御落飾記 ○後宇多院御錫紵記 ○東二条院御落飾記 ○伏見院庁始記 ○伏見院御幸始記 ○即位大嘗会等記 ○後伏見院御幸始記 ○花園天皇御即位記 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第141回配本 葉黄記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
13,200
菊地康明・田沼睦・小森正明校訂、続群書類従完成会、平16、1冊
後嵯峨上皇の近臣葉室定嗣(1208-1272)の公事日記。寛元4年(1246)、定嗣39歳参議兼大蔵卿から41歳権中納言までの間が中心となる。僅かな期間であるが、奉行院司として後嵯峨院政開始期の政務の衝にあたり、関東申次事務のうち雑務を分掌するなど、朝幕の間にあって枢要な地位を占めている。また院を中心とする諸公事・行事が克明に記述されており貴重である。

【収録】②1247〔宝治元〕~1249〔宝治3〕索引・解題
○淳方夢想により定嗣の議奏道理に叶うと告ぐ
○兼任国司の相当位階にて﨟次の上下を決すべきか
○定嗣院に雑事を奏し人々の奏事を伝奏
○将軍(九条頼嗣)室死去
○鎌倉騒動の風聞により参院
○北条重時三浦泰村一族の誅滅の始終を報ず
○六波羅良賢律師以下三浦泰村縁者を捜索
○上皇より徳政の沙汰あり関東の事落居の後院使として下向幕府に計るべし
○定嗣辞退するも重ねて仰せあり
○北条重時六波羅より鎌倉に下向すべし
○醍醐寺騒動、衆徒蜂起房人宿所に寄せ合戦
○三浦討滅の勧賞は朝廷沙汰
○上下桂供御人相論につき近衛兼経のもとに参る
○中原章澄の妻物気により病悩
○南都・山門両衆徒合戦に及ばんとす
○武士等衆徒の合戦を制止せんがため南都に下向す
○宇治御幸の事は甘心せず
○中原師兼の夢想に怒色の鬼神現わる
○高野事并に久我相国遺跡の事関東に仰せ遣わさる
○南都騒動不休により寺務の仁を改むべし
○解題
○人名索引

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第141回配本 葉黄記2

13,200
菊地康明・田沼睦・小森正明校訂 、続群書類従完成会 、平16 、1冊
後嵯峨上皇の近臣葉室定嗣(1208-1272)の公事日記。寛元4年(1246)、定嗣39歳参議兼大蔵卿から41歳権中納言までの間が中心となる。僅かな期間であるが、奉行院司として後嵯峨院政開始期の政務の衝にあたり、関東申次事務のうち雑務を分掌するなど、朝幕の間にあって枢要な地位を占めている。また院を中心とする諸公事・行事が克明に記述されており貴重である。 【収録】②1247〔宝治元〕~1249〔宝治3〕索引・解題 ○淳方夢想により定嗣の議奏道理に叶うと告ぐ ○兼任国司の相当位階にて﨟次の上下を決すべきか ○定嗣院に雑事を奏し人々の奏事を伝奏 ○将軍(九条頼嗣)室死去 ○鎌倉騒動の風聞により参院 ○北条重時三浦泰村一族の誅滅の始終を報ず ○六波羅良賢律師以下三浦泰村縁者を捜索 ○上皇より徳政の沙汰あり関東の事落居の後院使として下向幕府に計るべし ○定嗣辞退するも重ねて仰せあり ○北条重時六波羅より鎌倉に下向すべし ○醍醐寺騒動、衆徒蜂起房人宿所に寄せ合戦 ○三浦討滅の勧賞は朝廷沙汰 ○上下桂供御人相論につき近衛兼経のもとに参る ○中原章澄の妻物気により病悩 ○南都・山門両衆徒合戦に及ばんとす ○武士等衆徒の合戦を制止せんがため南都に下向す ○宇治御幸の事は甘心せず ○中原師兼の夢想に怒色の鬼神現わる ○高野事并に久我相国遺跡の事関東に仰せ遣わさる ○南都騒動不休により寺務の仁を改むべし ○解題 ○人名索引 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第39回配本 吏部王記

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
米田雄介・吉岡眞之校訂、続群書類従完成会、昭49、1冊
醍醐天皇の第四皇子、式部卿重明親王(906-954)の日記。本書は、はやく散逸し、その逸文が儀式や文学関係の諸書に引用されて伝わる。『吏部王記』と題する写本も伝わるが、いずれも問題の多いもので、これらを根本的に再検討して根拠ある逸文を蒐集整理し、現段階での最も信頼し得る本文の復原を志した。巻末に解説・重明親王略年譜・略系図・逸文典拠一覧を付した。

【収録】920〔延喜20〕~953〔天暦7〕
○藤原穏子立后
○宇多法皇醍醐天皇四十の賀を紫宸殿に行う
○京中強盗横行し道守屋を作りて検察す
○源清蔭ら囲碁に牛馬を賭く
○醍醐天皇宇多法皇六十の賀として御誦経修法
○宇多法皇藤原忠平の五十賀算を設く
○無位一世源氏の座次を定む
○醍醐上皇五事の御遺誡あり
○醍醐上皇崩御
○藤原穏子先帝の七七日の法会を醍醐寺に設く
○代明親王醍醐寺図及び鋳鐘支度を呈す
○宇多法皇崩御
○雷電により清涼殿を改造す
○藤原純友の乱
○太政官六十寺に藤原忠平の六十賀算を行う
○将門純友の乱により警固固関を行う
○藤原師輔延喜以降の日記を検す
○重明親王室藤原寛子卒す
○村上天皇即位
○徽子女王入内
○藤原忠平薨ず貞信公と諡す
○女御藤原安子産養
○藤原実頼御製の朗詠未だ終らざるに奪いて懐に入る
○大江維時詩を献ず
○源重信昇殿を聴さる
○朱雀上皇落飾延昌和上となる
○朱雀法皇崩御保明親王の例に准じ大赦す
○源高明ら穏子七十賀行事となる

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第39回配本 吏部王記

11,000
米田雄介・吉岡眞之校訂 、続群書類従完成会 、昭49 、1冊
醍醐天皇の第四皇子、式部卿重明親王(906-954)の日記。本書は、はやく散逸し、その逸文が儀式や文学関係の諸書に引用されて伝わる。『吏部王記』と題する写本も伝わるが、いずれも問題の多いもので、これらを根本的に再検討して根拠ある逸文を蒐集整理し、現段階での最も信頼し得る本文の復原を志した。巻末に解説・重明親王略年譜・略系図・逸文典拠一覧を付した。 【収録】920〔延喜20〕~953〔天暦7〕 ○藤原穏子立后 ○宇多法皇醍醐天皇四十の賀を紫宸殿に行う ○京中強盗横行し道守屋を作りて検察す ○源清蔭ら囲碁に牛馬を賭く ○醍醐天皇宇多法皇六十の賀として御誦経修法 ○宇多法皇藤原忠平の五十賀算を設く ○無位一世源氏の座次を定む ○醍醐上皇五事の御遺誡あり ○醍醐上皇崩御 ○藤原穏子先帝の七七日の法会を醍醐寺に設く ○代明親王醍醐寺図及び鋳鐘支度を呈す ○宇多法皇崩御 ○雷電により清涼殿を改造す ○藤原純友の乱 ○太政官六十寺に藤原忠平の六十賀算を行う ○将門純友の乱により警固固関を行う ○藤原師輔延喜以降の日記を検す ○重明親王室藤原寛子卒す ○村上天皇即位 ○徽子女王入内 ○藤原忠平薨ず貞信公と諡す ○女御藤原安子産養 ○藤原実頼御製の朗詠未だ終らざるに奪いて懐に入る ○大江維時詩を献ず ○源重信昇殿を聴さる ○朱雀上皇落飾延昌和上となる ○朱雀法皇崩御保明親王の例に准じ大赦す ○源高明ら穏子七十賀行事となる #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

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