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木かげの揺れて―随筆
『女子大学講義』1学年12~22号、11冊分(1909~10年)〔講義録/日本女子大学他〕
新婦人訓 成瀬家蔵書 <再版 少ヤケ擦 扉成瀬蔵書印 記名印線引有>
ヨランダ嬢ピアノ独奏会プログラム
解放から組織への彼女等日本女子大学桜楓会、微妙な贈物‐さつきふみよ、横山隆一
日本女子大学校昭和10年3月32回生卒業週間プログラム・英文学部学生シェークスピア作「真夏の夜の夢」梗概 昭和11年3月33回生沙翁劇プログラム・筋書 昭和11年4月日本女子大学桜楓会家庭趣味と副業の手芸展出品目録(日本橋三越5階) 昭和11年7月34回生主催第4回目白の集い、同昭和12年~14年目白の集いプログラム 一括
新建築 1959年4月 第34巻 第4号
日本女子大学校四十年史
成瀬先生伝 仁科節編 桜楓会出版部 昭和13年重版 成瀬仁蔵 (日本女子大学校創設者) 函欠 552頁成瀬仁蔵(安政5年6月23日〈1858年8月2日〉- 大正8年〈1919年〉3月4日)、日本の牧師・教育者。日本における女子高等教育の開拓者の1人。族籍は山口県士族。 第5代梅花女学校校長を務め、女子高等教育機関の設立に着手。成瀬はこの梅花女学校校長時代に日本初となる「球籠遊戯」をカリキュラムに採用、後に自らが創立した日本女子大学校でも「球籠遊戯」をカリキュラムに採用していることから、成瀬はバスケットボール紹介者のひとりと言われている。大阪市東区清水谷東之町に校地を確保したが、その後、広岡浅子の働きかけで三井財閥から東京・目白の地を寄贈され、1901年(明治34年)、日本女子大学校を創設した(設立発起人、創立委員に西園寺公望)。1912年(明治45年)6月、渋沢栄一、森村市左衛門、姉崎正治らと共に帰一協会を設立する。これは、諸宗教・道徳などが、同一の目的に向かって相互理解と協力を推進することを期した会である。会員には、江原素六、島田三郎、新渡戸稲造、石橋智信、今岡信一良、高木八尺やM・C・ハリス、D・C・グリーン、C・マコウリー、W・アキスリングなどの宣教師たちも参加。
成瀬先生追懐録
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