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外篇庫文書俳古 芭蕉翁真跡集
芭蕉翁郷土句集 付録・伊賀句碑をたずねて
芭蕉 - その観賞と批評
問題の点を主としたる 芭蕉の伝記の研究
山形県下の”芭蕉の句碑”を訪ねて
東海の芭蕉
芭蕉の山河 おくのほそ道私記 (献呈署名入)
芭蕉文集
風狂余韻 芭蕉連句新釈
芭蕉さまと名古屋 史蹟観光シリーズ 第12号
夢は枯野を 芭蕉の旅と人生
おくのほそ道 <角川文庫>
「うらやまし猫の恋」 越人と芭蕉
芭蕉と杜甫 : 影響の展開と体系
俳人のためのやまとことばの散歩道 芭蕉は仮名俳号をなぜ"はせを"と書いたのか
丈草百句 内藤丈草 著 草木屋出版部 昭和16 54p 19cm 無刊記。上村占魚旧蔵蔵印。内藤丈草、寛文2年(1662年) - 元禄17年2月24日(1704年3月29日))は現在の愛知県犬山市出身の江戸時代前・中期の俳人。名は本常。通称は林右衛門、号を丈草、別号を仏幻庵など。松尾芭蕉の門人となり、蕉門十哲の一人となった。経歴尾張藩犬山領主成瀬家家臣・内藤源左衛門の長子として生まれる。丈草の父源左衛門は、実姉の松寿院が成瀬正虎の愛妾だった縁で、成瀬家に仕官が許された。丈草は14歳で寺尾直竜に出仕する。寺尾直竜は俳諧を嗜み、不木と号した俳人であった。18歳の頃、名古屋に遊学し、穂積元庵に漢学を学んだとされる。貞享5年(1688年)8月、27歳にして遁世。遁世後、玉堂和尚ゆかりの寺院で過ごし、奥の細道の旅から帰った松尾芭蕉に出逢う[1]。やがて、『猿蓑』の跋を執筆するほどの信頼を得て、元禄6年(1693年)無名庵に入るが、翌年、芭蕉が亡くなる[1]。芭蕉の喪が明けると、竜ヶ岡に仏玄庵を結び、大行脚や経塚建立を果たした[1]。元禄17年(1704年)2月14日、43歳没。
図録 特別展 雲英文庫に見る 芭蕉・蕪村・一茶と新しい領域 初公開 俳文学研究者のコレクション
我楽多第6号 琉球の芭蕉布
芭蕉未完成連句
猿蓑(芭蕉俳句集)英文 The Monkey’s Straw Raincoat Aand other poetry of the BASHO SCHOOL
西鶴・芭蕉・近松 全2巻揃
芭蕉=二つの顔: 俗人と俳聖と (講談社選書メチエ 134)
おくのほそ道 : 校注
俳人真跡全集第3巻 芭蕉 <初版 和装帙付 小口地書込有>
芭蕉連句集 岩波文庫黄206-6
俳諧 桐一葉
知念績高工工四 中
芭蕉の言葉 去来抄新々講
芭蕉俳諧評釈〈談林時代の部〉 (1953年)
芭蕉研究
潁原退藏著作集 第12巻 芭蕉と門人
芭蕉物語 上中下3冊
俳句に見る芭蕉の芸境 前田国文選書 6
芭蕉辞典
西脇順三郎自筆草稿「家持と芭蕉」
宗因から芭蕉へ 西山宗因生誕四百年記念
俳諧三都賦
拾遺四季部類大全 <絵入>
芭蕉晩年の孤愁
松尾芭蕉『おくのほそ道』 2013年10月 100分 de 名著
古典俳文学大系5 芭蕉集
NHK 文化セミナー 江戸文芸をよむ 楠元六男 芭蕉と門人たち 下 1994年7月~10月初旬
信濃路 1976 夏 第24号 特集:手づくり再考 旅 伝統と水芭蕉の山里 鬼無里
俳林逍遙 芭蕉・去来・諸九尼
芭蕉庵桃青伝
芭蕉翁の肖像百影 : 夢望庵文庫蔵
写本 荒野集 巻之六
芭蕉布と平良敏子
芭蕉・蕪村と中国詩人
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