近代出版研究第4号書影

古本屋探偵登場! その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』

古本屋探偵登場! その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』

近代出版研究所編集部

紀田順一郎先生、卒寿記念特集!

 昭和平成令和と、長年、作家、書物評論家として活躍してきた紀田順一郎先生。その先生の特集が4月10日発売の年刊雑誌『近代出版研究2025』に載ります。あたかもよし、紀田先生は今年4月、90歳の卒寿を迎えられます。特集で先生の長寿をお祝いしたいと思います。
 先生はこれまで半世紀以上にわたり、無慮300冊を超える図書を執筆、企画、復刻してこられた書物博士ですが、意外にも初めての特集です。先生の特集を創刊4年目にして我々編集部で組めたことは望外の喜びです。

古本を箱で買う男!――片山杜秀先生

 紀田先生特集で特大号となった2025年号ですが、他にも恒例の記事が満載です。
 当雑誌の特徴となった巻頭ロングインタビューには、音楽評論家にして日本政治思想史家である片山杜秀先生をお呼びしました。
 というのも所長が週末古書展で古本を箱買いする(=段ボール箱が必要なほど買って送ってもらう)人がいるという噂を聴き込んできて、「そんな人ならば古本整理の超絶技巧を持っているはず。ぜひ話を聞きたい!」と思ったからでした。
 たまたま神保町の週末古書展で所員がお会いしたのでインタビューを頼んだところご快諾。30頁以上にわたるロングインタビューになりましたが、先生幼少のみぎりからの古本豪傑談が満載で、スタッフ一同、爆笑に次ぐ爆笑でした。ぜひ読者の皆さんにも片山先生の楽しさを
感じてほしいと思います。先生の巨大書庫写真も掲載。

特集誕生のきっかけ

 紀田先生特集に話を戻します。
 今回の大特集「書物百般・紀田順一郎の世界」の話が持ち上がったのは、世間がまだコロナ対策に追われていた2023(令和5)年夏のことでした。当研究所所長は学生のみぎりから熱心な紀田順一郎ファンで、特に「古本屋探偵もの」に耽溺することおびただしく、何かといっては「森田一郎のモデルは森山太郎だよね!」とか、「この前、テッチャンに聞いたんだけど、紀田さんが〔国会図書館の〕新館喫茶で稲テッチャンに取材したんだよ」などと申します。
 ちなみに「稲テッチャン」とは国立国会図書館の一期生(昭和23年入館)にして、戦前の
大書痴・斎藤昌三の晩年弟子である稲村徹元さんの現役時代の館内名称(あだ名)です。森山太郎は昭和20年代に特殊出版で活躍した謎の人物。稲村さんが森山を斎藤昌三に紹介したのでした(のち森山は失踪)。

紀田先生から玉稿が!

 そんなに紀田先生の諸著作が気になるのならば、編集部で先生に取材してしまおうという話になったのですが、実際にはかなわず、代わりに先生からインタビュー記事に擬した記事をいただけました。先生が日本で初めて本格古本屋探偵小説を書いた時の経緯を回顧したものです。これをコアにして特集が組めると編集部一同、わきたったことは忘れられません。
 三上延先生の「ビブリア古書堂の事件手帖」が日本全土を席巻したことは、本好きの皆さんで知らない人はいないでしょう。そして、古本屋探偵の先祖に紀田先生の「古本屋探偵の事件簿」があることは、日本の古本屋メルマガを購読中の全国22万人の方々の記憶にあることでしょう。なんと紀田先生ご自身でその誕生秘話を明かしてくださったのです。

荒俣宏さんの強力な一押し!

 紀田先生の特集なので、兄弟弟子にあたる荒俣宏先生に思い切って執筆依頼をしました。
すると、六十年余の師弟関係を振り返った書き下ろし「「博捜一代」随聞記」なる玉稿を採算度外視でいただけました。これまた全部で3万5000字(30頁以上)になる回想です。紀田
先生についての記事でこんなに長いものは後にも先にもこれだけではないでしょうか。
 この他にも紀田先生300冊のご著書、それぞれの側面を明らかにすべく、気鋭の方々に執筆依頼しました。

そのスジの諸先生方の論考

 先生の幕末明治研究については、『偽史冒険世界 カルト本の百年』で有名な歯科医師・
評論家の長山靖生さん、読書論など教養主義史については『批評メディア論』で知られる評論家・大澤聡さん、古本論については、古本ライターで有名な南陀楼綾繁さん、紀田先生のアンソロジストとしての側面については同方面の泰斗、東雅夫さんといった方々に論じていただきました。書物関係の賞で重要なゲスナー賞や、図書館論についても、そのスジの関係者、専門家に語っていただきました。

大アンケート――『みずす』の「読書アンケート」のような読み応え

 それだけでも十分すごい特集なのですが、今回特別に紀田先生のご著書について(当研究所としては)大規模アンケートを敢行しました。結果60余名の方々のご回答を載せることができました。
 実はこのアンケートも、通常アンケートと異なり、細かい字で見開き2頁になるような長文も多数あり、特大号にふさわしい大アンケートとなりました。
 排列をほぼ生年順にしたところ、通読すると戦後日本読書人の読書史がなんとなく分かるようなものになりました。
 ちょうど、雑誌『みずす』の毎年恒例「読書アンケート」のような読み応えがあると、編集部としては保証いたします。
 『地下出版のメディア史』の大尾侑子先生は、特に長い回答をお寄せになったので、別編として独立記事としました。適度にエモく、これから日本近代書物史の発展に期待したくなる
読後感を持たれることでしょう。

「ビブリア古書堂の事件手帖」の三上延先生からも!

 小説家方面では古本屋出身の出久根達郎先生や、芦辺拓先生、あのビブリア古書堂の三上延先生にアンケート回答をたまわりました。河内紀、東雅夫の諸先生といった文学界隈の方々もお願いしました。平山亜佐子、山本貴光、吉川浩満、読書猿といった今、話題の著作家さま方からもいただきました。
 古本趣味がらみで言うと、小山力也、山本善行、岡崎武志、田中栞、郡淳一郎、荻原魚雷といった古本ライターの方々(敬称略)。川口秀彦(古書りぶる・りべろ)、藤原栄志郎(とんぼ書林)さんといった古本実務家の方々からアンケートをいただきました。
 他にも紅野謙介、志村真幸、田村俊作といった学者先生の方々などなど、各方面から広くお答えをいただいています。

いつもの執筆陣だけでなく新規の記事も――ライナーノーツの起源

 本誌は年刊ですが、准連載陣とも言い得る方々にご寄稿いただいており、多くは学者先生でない勤め人などですが、みなそれぞれの問題意識から近代出版についての問題提起をお寄せくださっています。戦前の娯楽雑誌について、日露戦争時の春画について、戦前大流行した十銭パンフレット、雑誌「巻号」表記の変遷史、逓信省検閲、ライナーノーツの起源、漱石の漢文読書などです。

この雑誌はどこで買えるか

 今回、特大号で大幅増ページとなり、価格も高くなってしまいましたが、それだけの内容はあると編集部一同確信しております。特に本好き、古本好きの方々におかれてはぜひ手にとっていただきたく思います。
 刊行頻度が年刊なので、委託配本でなく返品可能の注文制となっています。ISBNもついています。お近くの本屋さんにご注文ください。全国どこの本屋さんでもお取り寄せいただけます。Amazonやhontoなどのネット書店でも買うこともできます。
 
 
○近代出版研究所
 2021年6月開設。近代書誌学、近代出版史を楽しい学問たらしむるべく、その環境整備を行うため、書誌、研究叢書、所報(『近代出版研究』)の発行、研究座談会の開催を事業としています。
帝国図書館コレクション案内 請求記号から見た蔵書構成』といった研究叢書は皓星社ウェブストアから購入できます。
 
 
20240425_4th_cover
 
書名:近代出版研究 2025 第4号 特大号
   特集「書物百般・紀田順一郎の世界」
発行:近代出版研究所
発売:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/416頁
価格:3,520円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6 
 
好評発売中!
https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408583/

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立ち読みの歴史

『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録

『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録

小林昌樹

『近代出版研究』からのスピンオフ

 私が2021年に立ち上げた近代出版研究所で年報を出そうということになり、大あわてで『近代出版研究』創刊号を編集した際、埋草記事として書いたのが「「立ち読み」の歴史」という歴史エッセイでした。2週間ほどで書いた記憶があります。
 今回、その「「立ち読み」の歴史」をシングルカットし、晴れて『立ち読みの歴史』としてハヤカワ新書から出すことになりました(4月23日発売)。

海外になかった?!

 日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど、どうやら「立ち読み」という風習は
日本独自のものらしいとわかりました。昭和時代、洋行した日本人が、海外では立ち読みが
ないのだ、とちらほら書き残しています。
 もちろん、本屋に入って本をめくる、という行為、動作は海外でも昔からあるのですが、
日本式「立ち読み」はない、というのが洋行日本人の言い分らしいのです。では、どこが違うのか。
 最近、「積読」という言葉が注目されていますが、海外にないと言われています。たとえば、石井千湖『積ん読の本』(主婦と生活社、2024)のマライ・メントライン氏エッセイには「積ん読はドイツ語には訳せないと思います。Büherstapel、本の山という言い方だったらあるんですけど」(p.106)とあります。
 実は「立ち読み」にあたる言葉も海外にないのです。

江戸時代にもなかった

 最近大河ドラマ「べらぼう」で江戸時代の本屋を見た方もおられると思いますが、江戸風の本屋では基本的に立ち読みができません。「出し本」という見本が店頭に並べられたりはしますが、それは一部分で多くの本は蔵にしまってあります。江戸の本屋は現在の呉服屋のように「座売り」式です。これでは多くの本を自由に手に取り読んでしまう「立ち読み」はできませんでした。

『調べる技術』を自分に使ってみた

 つまり、現代と江戸時代のあいだの時点のどこかで、「立ち読み」という習慣は新しく発生したことになります。
 前職、国会図書館のレファレンス担当時代、自分の専門外のことばかり調べるという、ちょっと変わっった仕事に15年ほど従事したので、ノウハウを『調べる技術』(皓星社、2022)という本にまとめましたが(おかげさまで3万部売れました)、せっかくなのでその
技術を自分の知りたいことに使ってみたのが本書『立ち読みの歴史』ということになります。
 いわゆる「先行研究」が皆無の事柄を調べる実践録でもあります(先行研究がない、と言えるのも実は結構なスキルではあります)。

ヒントは鈴木俊幸氏の著書に

 ではこの日本で、いつ、どこで、「立ち読み」がはじまったのか、それは本書をご覧いただくことになるのですが、ヒントは江戸時代、本屋のほかに本(らしきもの)を買えるお店があったことです。いまはない業種のこの手のお店については、「べらぼう」の出版考証を担当している鈴木俊幸氏の著書がとても役立ちました。巻末にそれら、さらに読書史に興味を持った人への読書案内もつけておきました。

『書物から読書へ』

 『近代出版研究』という雑誌の編集長をしている私が言うのもなんですが、実は出版物、
書物を研究するだけでは、読書の歴史は直接にはわからないのです。
 フランスの高名な読書史家、ロジェ・シャルチエは、自身が編集した論集タイトルを「読書というプラティーク(実践・慣習行動)」と名づけ、その意を汲んで邦訳は『書物から読書へ』(みすず書房、1992)と題されました。このタイトルの理論的意味合いについては意外と学者にすら知られていません。書物の歴史を調べるだけでは読書の歴史に直結しないので、書物史を起点にするにしても、別に読書史を考えないといけないよ、という意味なのです。
 本書は、本についてはざっくりと図式的にしか説明していない一方、「立ち読み」が出来たか出来なかったか、という柱を立てて、江戸時代から現代まで、日本人の読書をおっかけた
短い通史でもあります。

「立ち読み」画像も

 本書執筆で苦労したのが、絵か写真で立ち読み風景を見つけてくることでした。戦前期、
特に明治期のものがなかなか見つからないのです。少し見つかったので掲載しておきました。読書画像論は、田村俊作編『文読む姿の西東:描かれた読書と書物史』(慶應義塾大学出版会、2007)が出たものの、その後、近代日本についてはあまり進んでいないように思われます。本書の帯に使った江戸時代露店の古本屋の画像も、わりと珍しいものです。他にも明治期露店の古本屋写真なども紹介しておきましたので、ご覧になってください。
 
 
■著者
小林 昌樹(こばやし まさき)
 1967年東京生まれ。1992年慶応義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2021年同館を早期退職して慶應義塾大学講師(非常勤)、近代出版研究所所長、近代書誌懇話会代表。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
 著書『調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社、2022)が
ヒット。『公共図書館の冒険:未来につながるヒストリー』(みすず書房、2018)では第2章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。
 著作リストは次のサイトを参照→https://researchmap.jp/shomotsu/

 
 
立ち読みの歴史
 
書名:立ち読みの歴史(ハヤカワ新書)
発行:早川書房
判型:新書判 並製200頁
定価:1,320円(税込)
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221
 
好評発売中!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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本とエハガキ④ 出版社のエハガキ

本とエハガキ④ 出版社のエハガキ

小林昌樹

出版社のエハガキは社屋系と雑誌広告系

 出版社(図書館学ふうにいうと「出版者」)のエハガキも少しある。イベント記念がらみか、出版物の広告エハガキの2系統がある。
 連載2回目「古本屋のエハガキ」で、「博文館創業二十周季紀念」(1907年)のエハガキを紹介したが、それ以外でも注意していると出版社のエハガキがちらほらと見つかる。新聞社はもっとずっと多いのだが、この連載の「本」から少しずれる。
 出版社屋よりも、出している雑誌の広告が多いのだが、ここでは社屋系のエハガキを紹介する。

明治・大正の「ぎょうせい」?――市町村雑誌社(1927、8年頃?)

 市町村雑誌社は1893(明治26)年創刊の『市町村雑誌』を半世紀ちかく出し続けた雑誌社。現在の出版社「ぎょうせい」のような役回りだったらしく、かなり売れ、一時期は発行部数10万部だったと大正期読売新聞の報道にある。古書展でもたまに見る。むしろ、市町村雑誌社はぎょうせいに敗れた形になったものだろう。
 戦前の雑誌社は、メインとなる雑誌1つを中心にする傾向にあり、雑誌タイトル=出版社名というものが多かった。
 【図4-1】は芝田村町(現・西新橋)にあった市町村雑誌社の社屋。一見して鉄筋コンクリート造4階建ての立派なものとわかる。
 
【図4-1】「市町村雑誌社外観(新築記念)」
【図4-1】「市町村雑誌社外観(新築記念)」
 
 私が買ったものは5枚続きで、他に「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム」【図4-2】、
「市町村雑誌社ヨリ銀座方面ヲ望ム」、「市町村雑誌社二階応接間」【図4-3】、「市町村
雑誌社四階応接間」がある。雑誌社エハガキの場合、大抵、編集室内写真がつくのだが、手元のセットにはそれがないのはハガキとして使用されたからだろう。新聞社エハガキの場合、
他に印刷機が撮影されセットにつくことが多い。
 
【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」
【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」
 
 エハガキ表面は1918-1933年のパターンだが、【図4-2】に国会議事堂の尖塔が写っており、なおかつ白っぽく輝くはずの塔が黒っぽいので、建築中で鉄骨状態だった昭和初めの頃と判定してみた。国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる『市町村雑誌』も検索したが、もともと欠号だらけのせいか、社屋新築についての記事は見当たらなかった。
 応接間が2つもあるのは、片方がイベントにも用いられたからだろうが、雑誌の性格から言って上京した地方役人を応接するニーズが強かったからと思われる。

【図4-3】「市町村雑誌社二階応接間(新築記念)」
【図4-3】「市町村雑誌社二階応接間(新築記念)」
 

地図帳の帝国書院(1929年)

【図4-4】は現在、地理学など地図帳で有名な帝国書院が、神田三崎町にあった時代の社屋である。エハガキは「新築落成記念絵葉書」と銘打ったタトウ(包み紙)【図4-5】に入っている。

【図4-4】「株式会社帝国書院全景」
【図4-4】「株式会社帝国書院全景」
 
 
【図4-5】「新築落成記念絵葉書」株式会社帝国書院
【図4-5】「新築落成記念絵葉書」株式会社帝国書院

 タトウは色刷りでわりと派手である。「東京地方図」と題する市電地図が刷られ、三崎町の電停で降りれば直近と分かるようになっている。新築エハガキの場合、建築プラン平面図や、寸法など各種諸元が刷り込まれることも多いがこれにはない。
 代わりといってはナンだが、この新築記念エハガキセットには1枚に写真数枚刷り込んだ
エハガキ【図4-6】などがついている。

【図4-6】「屋上展望(日本橋及び神田方面を望む)」ほか
【図4-6】「屋上展望(日本橋及び神田方面を望む)」ほか
 
 
【図4-7】「四階事務室〔編集課(右上)庶務課(右下)学芸課(左上)〕 三階 第一・第二応接室(左下)」
【図4-7】「四階事務室〔編集課(右上)庶務課(右下)学芸課(左上)〕 
三階 第一・第二応接室(左下)」
 
 
 エハガキ1枚に数枚の組写真を小さく載せて、新築記念エハガキ全体で会社の社屋全体、
業務全部を説明しようとしていることがわかる。印刷がコロタイプでなく網版であることや
小さいことで画像がやや粗くなってしまっているが、建物全体、業務全体がわかるのはありがたい。

【図4-8】「一階 第一倉庫/一階発送部(其の一)/一階発送部(其の二)/二階 第二倉庫/三階 第三倉庫(献本部)」
【図4-8】「一階 第一倉庫/一階発送部(其の一)/一階発送部(其の二)/
二階 第二倉庫/三階 第三倉庫(献本部)」

 【図4-8】のように倉庫を写したものはわりと珍しい。当時、図書類がどのように梱包されていたのかがわかる。これでコロタイプ印刷なら拡大しても解像度が高いので言う事なしなのだが……。新聞紙やハトロン紙でくるまれ、紐か荒縄でくくられていたことがわかる。
 
【図4-9】「五階 研究室(上)及び娯楽室(下)」
【図4-9】「五階 研究室(上)及び娯楽室(下)」
 
 【図4-9】に写っている「研究室」は事実上、資料室ないし図書室であろう。図書にラベルが貼られ、きちんと管理されていることがわかる。娯楽室では卓球ができる。
 

教育書の目黒書店

 出版社ならではの風景というと、編集者のたむろする編集室だろう。【図4-7】の編集課と庶務課の画像を見ればわかるように、基本的にただの事務室とそう変わりはないのだが、細かく見るとちょっと面白いものも見つかる。【図4-10】は戦前、中学校教科書や教育学書で
有名だった目黒書店の「調整部」である。見た目、編集室のように見える。

【図4-10】「目黒書店調整部」(1932年?)
【図4-10】「目黒書店調整部」(1932年?)

 拡大しないとわからないが、手前の少年(給仕か見習い)の前にある冊子タイトルは
『学泉』と読め、いま検索すると日本近代文学館にしか残っていない雑誌(おそらく目黒書店のPR誌)だとわかる。大変近代的な編集室で、左の掛け時計下にある家具は、ガラス戸の
向こうに帳簿類が最上段に見え、その下に薬箪笥よろしく、多くの引き出しがあつらえられている。おそらくここに原稿や清刷りをしまっていたのではなかろうか。手前の受付カウンターなども含め、すべての家具が木製であることがわかる。現在あたりまえになっている金属家具は大正期から財閥系大会社に導入されはじめていたが、戦前のオフィスは基本、木製家具の世界だったと言ってよいだろう。奥に二人ほど女性がいるが、会社内に女性がいるのは戦前、珍しい。おそらくイラストや絵などの仕上げをする役割ではなかろうか。写っている人物は普段の姿もあろうが、受付の向こうにいる人物などは「やらせ」であろう。

 NDLサーチによると、昭和7年、神田駿河台三丁目一番地に新築の鉄筋コンクリート造4階建てたというのでこのエハガキもその頃に出たものだろう。目黒書店は出ていないが、地形社編『大東京區分圖三十五區之内神田區詳細圖』(日本統制地圖、1941.5)によると、
【図4-11】で「藤井書店」の南、「ニコライ食堂」と書かれた区画である。

【図4-11】商工地図より駿河台三丁目(1933年) 
【図4-11】商工地図より駿河台三丁目(1933年) 
 

大日本雄雄弁講談社 昭和九年七月 新築記念

 セットで出るとちょっと値が張るが、大日本雄弁会講談社の(当時としては)巨大な社屋が完成した時の記念エハガキは、出版社エハガキの中では割とよく見るものだ。私が入手した
現品は、「昭和九年七月 新築記念 大日本雄雄弁講談社」と印字されたタトウに入った
【図4-12】ほか6枚だったが、社屋正面がないのはありえないので、前の持ち主が数枚、郵便はがきとして使ったのだろう。

【図4-12】「大日本雄雄弁講談社 社屋側面」(1934年)
【図4-12】「大日本雄雄弁講談社 社屋側面」(1934年)

【図4-13】「大日本雄雄弁講談社 少年寝室」(1934年)
【図4-13】「大日本雄雄弁講談社 少年寝室」(1934年)

 【図4-13】は一見、ただのエレベーターホールに見えるが、「少年寝室」とある。講談社は多くの少年社員をかかえて、中学校などへ進学できなかった男子たちの出世コースの一つであったのは出版史上では有名なことである。

【図4-14】「大日本雄雄弁講談社 屋上」(1934年)
【図4-14】「大日本雄雄弁講談社 屋上」(1934年)

 【図4-14】は「屋上」で、【図4-2】【図4-6】同様、これは当時、新築記念エハガキのパターンである。日中戦争が始まると、戦時統制で鉄鋼工作物築造許可規則(1937年)が制定され、鉄筋コンクリート造を立てづらくなる。平和な大日本帝国のモダニズムを象徴するのが新築記念エハガキだと言ってよいだろう。
 

住吉大社御文庫

 今回の最後は寺社仏閣エハガキに見える大阪、住吉大社の御(お)文庫である(【図4-13】)。江戸時代、三都の本屋(版元)が新刊書を出すと、それを奉納した先が御文庫であり、民間の納本図書館と言ってもよいだろう(結果としては二都、京阪だけになったようだが)。ドイツなどは国立図書館の一つが出版社の寄進によるものが起源となっているので、
後の世でもしかすると国立図書館になったかもしれない種のひとつといえる。

 収録対象の分母がいまひとつわかりづらいのであまり使わないジャパンサーチを検索すると、大阪市立図書館がこのエハガキを持っていることがわかる。リンクが切れているので市立図書館のOPACから再検索すると、市立図書館のデジタルアーカイブへリンクで飛べ、たしかに同じものだとネットで確認できる。

【図4-13】「住吉大社御文庫之図(享保八年建造)」(1933年)
【図4-13】「住吉大社御文庫之図(享保八年建造)」(1933年)

 普通の蔵でなく出入り口に「てりむくり」の屋根が付いているのが寺社仏閣っぽい。実は
この建物、現存するのでネットで現状の写真を見られる。そんなエハガキは、失われた建築の図像を見るというより、むしろ、なぜその時にそれが出版されたのか、ということを考えるきっかけにするとよいだろう。
 このエハガキの場合、大阪市立に「住吉大社御文庫貴重図書展観記念絵葉書(袋)」が残っていることから、昭和8年に「大阪書林御文庫講」(現在も存続)が貴重書の「展観」(戦後でいう展覧会のこと)を行ったことがわかる。冊子も出ている。

ネットでエハガキを探すには

 前職の国会図書館時代、PR誌に「国会図書館にない本」という記事を連載した時に気づいたが、実は戦前、図書館はエハガキをそこそこ所蔵していたらしい(提供方法など詳細は不明)。2000年代に不況対策で自治体にデジタル化予算が付いた時、手頃さから地方公共図書館に死蔵されていた戦前エハガキがかなりデジタル化され、ようやく最近、ネットでも見られるようになってきた。

 本来ならそういったものを一括で検索できる(はずの)ジャパンサーチで総ざらいできればいいのだが、検索結果をみるに、そうなっていない。そこで旧来のやり方を行う必要がある。旧来とは、当該のデータがでそうな各所蔵館の目録(現状ではOPAC)を順番に検索するという手順である。国会図書館が作成した調べ方案内「絵はがきを探す」の後半に「2-2. データベース、ウェブサイト」としてエハガキ所蔵のリンク集があるので活用されたい。

 こういった旧来の方法と平行して、Google検索をしたり、ヤフオクなどオークションサイトで検索するとよい。例えば、【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」をキャプションのままググると、江戸東京博物館「喜多川周之コレクション」に所蔵があり、画像もネットで見られることがわかる。同館のOPACを、見つけたエハガキのメタデータ(目録情報)の「大分類:印刷物」と適宜のキーワード(例えば「新築」)で掛け合わせ検索すると、同館所蔵の建築エハガキをヒットさせられる。
また、当然のことながら「日本の古本屋」サイトでもエハガキを買うことができる。

蛇足だが…著作権のこと

 絵画は別だが、写真のエハガキは法的な著作物のパターン分けで「写真の著作物」になる。写真の著作物で1957(昭和32)年までに公表されたものは著作権が消滅している。戦前の
写真エハガキは自由に使えるというわけである。

(お知らせ)4月に関係書が2冊出ます

 私が編集長をしている年刊雑誌『近代出版研究2025』が4月10日に発売されます(店頭には翌日くらいから)。「書物百般・紀田順一郎の世界」を特集し、荒俣宏先生などにご寄稿いただきました。特殊雑誌なので委託配本でなく返品可能の注文制となっています。Amazonやhontoなどのネット書店でも買うこともできますが、神保町の東京堂さんには確実に並ぶはずです(税込み3,520円)。

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 4月23日には、ハヤカワ新書から『立ち読みの歴史』が出ます。日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど戦前、洋行した日本人は海外にないと言っています。どうやら「立ち読み」という習俗は日本発祥らしいのです。いままで誰でも知っているのに誰ひとりとして
解明できなかった「立ち読み」の歴史を解明した本です(税込み1,320円)。

『立ち読みの歴史』

 次回の連載は本の元になる製紙や製本を写したエハガキについて。

 

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2025年3月25日 第415号

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1.出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡
                            能勢仁

2.なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
 (『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)
   樋口尚文(映画評論家・映画監督・神保町「猫の本棚」オーナー)

3.蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)
                             鈴木俊幸

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━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡
                             能勢仁

 出版業界の本で、古書業界を取り上げることは少ないが、本書は26%が
古書の頁である。

執筆者は日本古書通信編集長の樽見博氏である。戦後の古書業界が歩んだ
道をテーマに論述したものである。内容は、①変わりゆく古書業界のかたちと
人 ②理想の古書店を求めて ③書物への深い敬愛 ④日本古書通信社に入社
した頃(樽見)⑤懐かしき古書店主たちの談話 ⑥信念に生きる古書店主たち 
⑦読書に裏付けられた古書店主 ⑧書痴の古本屋店主 ⑨郊外の古書店主の
生き方 ⑩戦争と古書店 ⑪個性あふれる古書店主 ⑫土地の匂いをまとう
古書店主 と続いている。
 
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書名:『出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡』
著者:能勢仁・八木壯一・樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6
 
好評発売中!
https://www.murapal.com/sangyodoko/227-2025-02-06-07-19-53.html
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(336)】━━━━━━━━━━

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
(『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)

    樋口尚文(映画評論家・映画監督・神保町「猫の本棚」オーナー)

 映画『砂の器』が公開されてなんと半世紀になる。映画演劇文化協会が
旧作の名画をスクリーンで観る〈午前十時の映画祭〉を催行して好評を得て
いるが、このたびアンコール希望作品を一般に募ったところ、邦画では
『七人の侍』と並んでなんと『砂の器』が選ばれた。事ほどさように松本清張
原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』は「国民的」人気
作品で、これを「名作」「傑作」と激賞する声も後を絶たない。

このたび上梓した、映画『砂の器』をめぐる最大最長の研究本となるであろう
『砂の器 映画の魔性 ――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)は、
そういった従来の『砂の器』のポジショニングへの「はたして本当にそうか?」と
いう疑問が軸になっている。
 
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書名:『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:四六判/384頁
価格:2,750円(税込) 
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074

好評発売中!
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480874177/

 
━━━━━━━━━━【自著を語る(337)】━━━━━━━━━━

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)
                            鈴木俊幸

 ここのところ、蔦屋重三郎版の和本の売れ行きが好調とか。安いものでは
ない。蔦重版は時代の名物である。江戸時代中期末を飾る名品の数々が蔦重に
よって出版された。彼が手掛けた浮世絵にしても黄表紙にしても洒落本にしても、
一過性の娯楽、本来流行の流れの中にあって過ぎ去ってしまうはずのもので
あった。そんなものほど、後に価値が見出された時には簡単には入手出来なく
なっている。入手困難ということが蒐集の食欲を一層かきたてるのである。

 大田南畝の手控『丙子掌記(へいじしょうき)』に、山東京伝の訃報に接した
文化13年(1816)9月7日、息定吉を柳原の床店古本屋に行かせて京伝洒落本
三冊を得てこさせたという記事が見える。そのうち二点は蔦重版である。
 
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書名:『蔦屋重三郎』
著者:鈴木俊幸
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/208頁
価格:1,100円(税込)
ISBN:9784582860672
Cコード:0223
 
好評発売中!
https://www.heibonsha.co.jp/book/b651740.html
 
 
━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:立ち読みの歴史
著者:小林昌樹
発行元:早川書房
判型/ページ数:新書/200頁
価格:1,320円(税込) 
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221

2025年4月23日発行予定!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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書名:近代出版研究第4号(特集「書物百般・紀田順一郎の世界」他
著者:近代出版研究所
発行元:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/416頁
価格:3,520円(税込)
ISBN:978-4-7744-0858-3
Cコード:1000

2025年4月10日発行予定!
https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408583/

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日本の古本屋メールマガジン その415 3月25日

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東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
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なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画に
のめって行ったのか(『砂の器 映画の魔性——監督
野村芳太郎と松本清張映画』)

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
(『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)

樋口尚文

 映画『砂の器』が公開されてなんと半世紀になる。映画演劇文化協会が旧作の名画をスク
リーンで観る〈午前十時の映画祭〉を催行して好評を得ているが、このたびアンコール希望
作品を一般に募ったところ、邦画では『七人の侍』と並んでなんと『砂の器』が選ばれた。

事ほどさように松本清張原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』は「国民的」人気作品で、これを「名作」「傑作」と激賞する声も後を絶たない。このたび上梓した、映画『砂の器』をめぐる最大最長の研究本となるであろう『砂の器 映画の魔性 ――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)は、そういった従来の『砂の器』のポジショニングへの「はたして本当にそうか?」という疑問が軸になっている。すなわち著者の私にとって『砂の器』は「傑作」「名作」とは呼び難い危うい企画であり、それゆえに通りいっぺんのよく出来た作品よりも格段に興味深い奇異なる作品なのである。

 そもそも映画の評判を受けて松本清張の代表作とうたわれることもある原作『砂の器』からして、清張初の新聞連載小説であるがゆえに、とにかく長大なうえにさまざまなアイディアを詰め込み過ぎてまとまりを欠いている。清張原作で映画化が成功を見た作品は、『張込み』であれ『黒い画集 あるサラリーマンの証言』であれ『影の車』であれ、狙いが無理なくシンプルに定まった短篇、中篇ばかりである。これらとはまるで対照的な『砂の器』連載中に脚本化にとりかかった橋本忍は、話が広がるばかりで収拾を見ない原作に業を煮やし、全く独自の
切り口で一気に脚本を書くことにした。その結果生まれた、原作には全く描かれていない
人間の「宿命」の物語が映画版『砂の器』なのである。

 映画では後半一時間近くにわたって観客の涙を搾り取る「父と子の遍路の旅路」など、原作では実に数行しか書かれておらず、それを大胆にクローズアップして作品の核にした橋本忍の発想はほとんど「奇抜」の極みである。その強引な力技ゆえに脚本にはいくつも映像化に
あたっての難点があるのだが、松竹撮影所に産湯を使ったサラブレッド監督の野村芳太郎は「緻密」を極めた職人芸によってそれをカバーしてみせた。この橋本忍の大胆極まりない
「奇抜」と野村芳太郎の細心な「緻密」が両輪となって、本来はクールで非情な悪漢小説であった原作『砂の器』が、まるで別物のパセティックな情感に満ちた一大メロドラマに生まれ変わったのだった。

 そのような次第で映画『砂の器』の企画は下手を打つと嘘くさい大げさなメロドラマになりかねない難しいしろものであり、さらには天候に左右され費用も嵩む四季のロケーションや
演出サイドが御しにくい音楽が重要な要素となっているという、さまざまな意味で大きなリスクを含むやっかいなものであった。このたび私が本書で探りたかったのは、それまでに数々の傑作を放っていた大ベテランの橋本忍と野村芳太郎、この邦画きっての犀利な論理性を感じさせる名匠ふたりが、なぜまたこんな物語も無理筋に近く、さまざまな制作上のリスクを孕んだ企画にのめって行ったのか、ということである。

 私は邦画の黄金期に出発して、数々の上出来な商業的な規格品を生み出してきたふたりが、この『砂の器』という企画にそれまでにないのるかそるかの危うさを感じ、それゆえにとことん魅入られてしまったのではないかと思うのである。すなわち、映画づくりというものは、
さまざまな要素に左右されるためにひじょうに仕上がりが見えにくく、また少なくない予算を要しながら必ずしも当たるとは限らない、まことにギャンブル性の強いものである。だが、
その質も興行も大化けするかもしれないし大コケするかもしれない「賭け」の蠱惑に惹かれて、作り手たちは映画に身を投ずることになる。

 そういう意味で手堅い映画人であった橋本忍と野村芳太郎は、『砂の器』という先が読めない企画の危うさにこそそそられたのではなかろうか。本書ではそんな推測のもとに、橋本と
野村がこの至難な企画をどうやって成立させたのかをたどっている。橋本は自著や取材での
発言によって『砂の器』の制作事情について語っているので、本書では意外やあまり語られたことがない野村芳太郎監督の本作への貢献を明らかにしたいと思った。ついては、野村監督が生前に遺した厖大な現場資料を長年にわたってお借りできたことが奏功した。

 野村監督は脚本が決まった段階で作品全体を俯瞰的に見た時の構成上の力点や注意点をまとめた「演出プラン」を実に読みやすくきれいな字で書かれていて、同時にシンプルながらとても意図が伝わりやすいコンテを全篇にわたって描き、さらに撮影直前にはもっと備忘録的に
さまざまな演出細部の重点ポイントを「演出メモ」として書いて現場にのぞんでいることが
わかった。これは撮影所の制作条件をはみ出さずして狙い通りの画を撮るための、もはや職人監督の鑑のごとき資料であった。

また、野村監督は銀座の伊東屋などで文具を選ぶのがお好きだったようで、資料の数々も作品ごとに箱に仕分けされ、ローマ字でタイトルを打ったテプラが貼られていたり、スナップや
記事もきちょうめんにアルバムやスクラップファイルに整理されている。こうして野村監督が遺された資料群をお預かりして格闘することまる8年、ようやくまとまった本書を読んでいただければ、映画を一本作り上げることにまつわる気の遠くなるような深慮と作業量、その一方で作り手がついそこまで自らの持てるものを差し出してしまう映画づくりの愉悦、すなわち「映画の魔性」を感じ取っていただけるのではと思う。

 
 
20250325_sunanoutsuwa
 
書名:『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:四六判/384頁
価格:2,750円(税込)
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074
 
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出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

ノセ事務所 能勢 仁

 出版業界の本で、古書業界を取り上げることは少ないが、本書は26%が古書の頁である。
執筆者は日本古書通信編集長の樽見博氏である。戦後の古書業界が歩んだ道をテーマに論述
したものである。内容は、①変わりゆく古書業界のかたちと人 ②理想の古書店を求めて 
③書物への深い敬愛 ④日本古書通信社に入社した頃(樽見)⑤懐かしき古書店主たちの談話 
⑥信念に生きる古書店主たち ⑦読書に裏付けられた古書店主 ⑧書痴の古本屋店主 
⑨郊外の古書店主の生き方 ⑩戦争と古書店 ⑪個性あふれる古書店主 ⑫土地の匂いを
まとう古書店主 と続いている。

 更にコラムとして「古書市場の変化」「インターネット普及と古書業界」と現在の流れにもふれている。写真の多いことも本書の特色である。「古書肆・弘文荘訪問記」「古書目録
りゅうせい」「古書游泳」「全国古本屋地図」「彷書月刊」「神田神保町・古書街ガイド」
「下町古本屋の生活と歴史」・・・懐かしい写真も豊富である。小生は青木正美氏と同年で
ある。若い頃お店にお邪魔してお話を伺ったことがあるので、一層この本は身近に感ずる。

 小生が担当した出版流通の項は特色が三つある。
①出版先進国、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国、中国の出版流通の紹介で
 ある。先進諸国のドイツ、フランス、アメリカ等は1~3%は伸びている。日本だけが連続
 14年ダウンである。その差はどこにあるのか。出版流通の完成度とアマゾン対策にある。
 中でもドイツの完成度は100%である。しかも10年前に完成している。本の注文を前日
 夕方6時までにすれば、翌日朝10には書店に100%届く。フランスも翌日到着は80%にまで
 向上している。フランスは取次主導ではなく、大出版社主導の流通である。アシェット社は
 30%のシェアを持つ。プラネッタ社、ガリマール社が続いている。講談社、集英社が取次を
 やっている様なものである。
 
 イギリスはもっと面白い。W.H.スミスとかウォーターストーンズ、フォイルズ書店、
 ハッチャーズ等、有名書店はあるが取次は育たなかった。23,000社のディストリビュー
  ションが賄っている。イギリスは英語圏の利を味方にして、世界ダントツの輸出国で
 ある。売上4779億円に対して、輸出額2616億円は、対売上54.7%の高率である。日本は
   1.1%と悲しい。

 アメリカはトランプ氏流自由奔放であるが、やはりアマゾンが強い。
 韓国は疑似日本型であったが、現在は日本より進んでいる。
 共産圏の中国の出版事情は、1990年以降、改革、開放政策で和らいできているが、まだ闇
  の部分が多い。本書では触れなかったが北朝鮮に至っては、書店がない。だからこどもの
  本、絵本、小説、実用書などは、あろうはずがない。人口258万人のピョンヤンに17店の
  政府刊行物センターがあるだけである。

②特色の2は紀伊國屋書店の実績である。
 書店の不振の中、紀伊國屋書店の一人勝ちがある。10年黒字経営と聞いただけで驚く。本書
 では紀伊國屋書店一人勝ちの検証をした。紀伊國屋書店の国内店舗は69店舗、1306億円の
  売上である。和書の業界シェアは5%である。専門書はその倍ある。好調の一因は外商と
  図書館業務である。紀伊國屋書店のの海外戦略をみてみよう。海外店は10ケ国、42店舗、
  売上300億 円である。海外店No1のドバイ店を筆者は訪れた。月商1億円、従業員90名
  (日本人スタッフ7名)、20ケ国の言語対応は可という。店頭から一番奥の売り場、美術書
  コーナーまで歩いて 5分位かかった。商圏は飛行機で3時間以内という。好調の因は、
  店長以下スタッフの教育の行き届いている事だと思った。

③特色の3は政府の書店支援である。
 来店客数の減少、アマゾンによる売上減、キャッシュレス決済の増加で、3%の手数料が
  粗利益を圧迫等々、書店環境は最悪状態である。その上、知識欲、情報欲の強い日本人
  は、スマホは読むが、本は読まない民族に成り下がってしまった。全国書店の倒産、
  廃業をみて、見かねた政府(通産省)は重い腰を上げた。政府の支援の観点は書店という
  一業種ではなく、文化産業の振興という捉え方である。経産省は書店振興プロジェクト
  チームを立ち上げた。業界三者と経産省で意見交換も数回持たれた。経産省は「書店
  活性化のための課題」のパブリックコメントの内容も発表した。取引・流通慣行に関する
  意見が多く、正味の変更などについての早急な見直しを求める切実な声が多かった。
 
 
20250325_cover_syuppanryutsu
 
書名:『出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡』
著者:能勢仁・八木壯一・樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6 
 
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20250325_tsutaya

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

鈴木俊幸

 ここのところ、蔦屋重三郎版の和本の売れ行きが好調とか。安いものではない。蔦重版は
時代の名物である。江戸時代中期末を飾る名品の数々が蔦重によって出版された。彼が手掛
けた浮世絵にしても黄表紙にしても洒落本にしても、一過性の娯楽、本来流行の流れの中に
あって過ぎ去ってしまうはずのものであった。そんなものほど、後に価値が見出された時には
簡単には入手出来なくなっている。入手困難ということが蒐集の食欲を一層かきたてるので
ある。

 大田南畝の手控『丙子掌記(へいじしょうき)』に、山東京伝の訃報に接した文化13年
(1816)9月7日、息定吉を柳原の床店古本屋に行かせて京伝洒落本三冊を得てこさせたと
いう記事が見える。そのうち二点は蔦重版である。この記事の後に、もともと所蔵していた
京伝洒落本八点を並べている。その内七点は蔦重版、残り一点は鶴屋喜右衛門初版であるが、
後に蔦重が求版したものである。南畝は、盛時の戯作類を多く所蔵していた。自分自身、
当時の戯作に手を染め、他の戯作者たちとの交遊が密であったこともあって、その頃を
懐かしむ気持ちは強かったであろう。しかし、それだけではなかった。当時得てそのまま
持ち続けていたものもあったろうが、本の蒐集は彼の趣味であり、性癖のしからしむる
ところでもあった。マニアである。余暇には自分自身で湯島天神下や柳原の床店古本屋を
冷やかしては古い草紙類を漁っていた。

 南畝の蒐集癖は、その時代の趣味とも合致するものであった。その趣味を牽引していった
人間の一人が南畝であったと言うべきかもしれない。『浮世絵類考』の原撰本『浮世絵考証』
は南畝が編んだものである。昔の草紙類を蒐集して、それに基づいての考証を展開していく
趣味が18世紀末から盛んになる。この南畝の編著もそれと一連のものである。

そして考証随筆を著した山東京伝・柳亭種彦・曲亭馬琴なども、その中心的存在であった。
その蒐集熱は比較的近時の草紙類、天明頃の黄表紙や洒落本にまで及んでくる。そして、その
時代の空気を象徴する名物、優品は蔦重版が他を圧倒して多かったのである。天明期戯作の
滑稽に憧れた式亭三馬も時代の潮流の中の一人である。彼の蔵書印のある戯作をよく見かけ
る。享和3年(1803)の黄表紙『稗史億説年代記(くさぞうしこじつけねんだいき)』など、
その趣味、その考証をもって作り上げた黄表紙と言ってよいだろう。

 こういった趣味の裾野は、幕末になるにしたがって、ますます広がっていく。原則その年々
の正月のみの新版として消耗品的に享受された黄表紙はもともと残りにくく、特に早期のもの
は幕末には入手が困難になっていた。蒐集家の増加はそれに拍車をかけ、蒐集家の熱は稀本に
なればなるほど高まる。ここに蒐集家向けの商売が成立する。「珍書屋」と呼ばれた古本屋が
登場してくる。安政元年(1854)序、四壁庵茂蔦の『わすれのこり』に「珍書持/四日市
達磨屋悟一待賈堂/豊島町からしや豊芥子/池之端仲町加藤家内土島氏 黄表紙好/下谷
上野町紺屋 黄表紙好/大師の千六本といふ黄表紙一冊を、金一分に買ひとりたりと」という
記事が見える。黄表紙はすでに「珍書」、それを専ら対象とした蒐集家の存在を確認できる。

達磨屋五一は、文化14年(1817)築地に生まれ、十二歳のころ西村宗七店に丁稚奉公に出、
さらに英文蔵・山田佐助店を勤めた後、嘉永3年(1850)、四日市に「珍書屋」の看板を
掲げる。好事家相手の店である。熱心な蒐集家がいて、蒐集家に磨かれ、蒐集家を満足させる
ような目利きの古本屋が現れた。彼ら蒐集家と古本屋の存在があって、黄表紙などの草紙類の
散逸はかろうじて食い止められ、今、われわれがこれらに接することができているのである。

 さて、下谷上野町紺屋が金1分で買ったという「大師の千六本」は、北尾政演画・芝全交
作の黄表紙『大悲千禄本(だいひのせんろくほん)』で、天明5年(1785)正月の蔦重版で
ある。今でも稀覯に属するが、江戸時代においても同様だったのである。この黄表紙は
蒐集家垂涎の的であり、幕末には覆刻版も作られた(達磨屋五一によると伝えられる)。
不出来な覆刻であるが、需要は大いにあったのである。

中央大学所蔵の黄表紙社楽斎万里作山東京伝画『嶋台眼正月(しまだいめのしょうがつ)』
(天明7年、蔦屋重三郎版)には「福田文庫」印があって、福田敬園の手になると思われる
識語に「芝全交作 当世大通仏買帳/同 御手料理御知而已 大悲千禄本 但当安政五午年秋
再板五拾部余すり立候分聞く尤もはし(以下難読)/京伝 嶋台眼正月/右安政五午年九月
廿五日湯嶋天神様切通し床見世ニ而求之畢ぬ代十百ノ拾文」とある。「福田文庫」印を備える
黄表紙はよく目にする。彼も熱心な蒐集家であった。この三冊、湯島天神切通の床店古本屋で
得ているが、その中に覆刻版『大悲千禄本』もあって、それが安政5年(1858)製のもので
あるという情報が備わる。それはともかく、福田敬園が古本屋で入手し、大切に収蔵していた
から、それがそのまままた古本屋の手に渡り、めでたく中央大学の蔵書となったのであった。

 さて、昨年、『蔦屋重三郎』(平凡社新書)を上梓した。ひたすらわかりやすさを心懸けて
作ったつもりであるが、いかがであろう。蔦重版の和本に吹いているらしい景気の風がこの
小冊にも及ぶであろうか。

 
 
鈴木俊幸
1956年、北海道生まれ。中央大学文学部教授。専攻は近世文学、書籍文化史。中央大学文学部国文学専攻卒業。同大学大学院博士課程後期単位取得満期退学。著書に、『江戸の読書熱-自学する読者と書籍流通-』、『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』(以上,平凡社選書)、『江戸の本づくし―黄表紙で読む江戸の出版事情』(平凡社新書)、『近世読者とそのゆくえ―読書と書籍流通の近世・近代』(平凡社)など。
 
 
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書名:『蔦屋重三郎』
著者:鈴木俊幸
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判型/ページ数:新書/208頁
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2025年3月10日 第414号

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          古書市&古本まつり 第147号
      。.☆.:* 通巻414・3月10日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

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━━━━━━━━━━━━【本とエハガキ】━━━━━━━━━━

本とエハガキ(3)古書即売会のエハガキ
                            小林昌樹

 古本の即売会が好きだ。というか第二の人生を歩み始めた2005年から、
ほぼ毎週末南部、西部、そして本部(神保町、というか小川町(まち))の
古書会館に通っている。前職、国会図書館で書庫で仕事の立ち読みを
たくさんしたけれど、週末古書展のほうが数倍楽しい。だって買って
帰れるんだもの。

 その即売会、どうやら戦前からあるらしい。名著にして大著『東京古書
組合五十年史』に「古書即売展」(p.548-572)という章があって、日本初は
横浜で、明治42年11月20日と翌日、浜港館で開かれたものだと分かる。
 
続きはこちら
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━━━━━━━━━━【シリーズ古書の世界】━━━━━━━━━━

破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状
                            三昧堂

 岩波書店の「図書」を定期購読し始めたのは、昭和40年代半ばの高校生
時代だった。読んで理解できる記事は殆どなかったが、巻末の広告ページに
掲載される文学者個人全集の「予約出版」広告を毎号恨めしく眺めていた。
予約期限が近付いてくると買えもしないのに焦ったりしたものだ。

 学校の図書室でジャワハルラール・ネールの『インドの発見』という古びた
二冊本を見つけた。自分でも欲しいと思い岩波書店に在庫問い合わせのハガキを
出すと、当社刊行書は絶版にせずすべて在庫していますのでお近くの書店へ
ご注文くださいと言った文面のハンコを捺した返信があった。
 

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20257
 
 
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━━━━━━━【書庫拝見34 お休みのお知らせ】━━━━━━━

「シリーズ書庫拝見34」は都合によりお休みさせていただきます
楽しみにお待ちいただいた方には申し訳ございませんでしたが、
次回配信まで、楽しみにお待ちいただければ幸いです
 
 
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━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964
 
 
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━━━━━【3月10日~4月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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うつのみや書店の古書市

期間:2025/02/10~2025/03/30
場所:うつのみや書店香林坊店  金沢市香林坊 2-1-1 香林坊東急スクエア B1F

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球陽堂書房メインプレイス店 春の古書フェア

期間:2025/02/27~2025/03/31
場所:球陽堂書房メインプレイス店 (サンエー那覇メインプレイス2F)

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ハンズ横浜古本市

期間:2025/02/28~2025/04/09
場所:横浜モアーズ7階 ハンズ横浜店イベントスペース
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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第113回 彩の国所沢古本まつり

期間:2025/03/05~2025/03/11
場所:くすのきホール
  西武線所沢駅東口前 西武第二ビル8階 総合大会場
URL:https://tokorozawahuruhon.com/

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BOOK & A(ブック&エー)

期間:2025/03/13~2025/03/16
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=843

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紙魚之會 ザ・ファィナル

期間:2025/03/14~2025/03/15
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=604

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第193回 神戸古書即売会

期間:2025/03/14~2025/03/16
場所:兵庫県古書会館 神戸市中央区北長狭通6-4-5
URL:https://hyogo-kosho.com

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神保町さくらみちフェスティバル 春の古本まつり

期間:2025/03/20~2025/03/23
場所:神田神保町古書店街(靖国通り沿い)
URL:https://jimbou.info/

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趣味の古書展

期間:2025/03/21~2025/03/22
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.tokyo

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中央線古書展

期間:2025/03/22~2025/03/23
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=574

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新橋古本まつり

期間:2025/03/24~2025/03/29
場所:新橋駅前SL広場
URL:https://twitter.com/slbookfair

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第108回シンフォニー古本まつり

期間:2025/03/26~2025/03/31
場所:岡山シンフォニービル1F  自由空間ガレリア

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青札古本市

期間:2025/03/27~2025/03/30
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=618

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浦和宿古本いち

期間:2025/03/27~2025/03/30
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)
URL:https://twitter.com/urawajuku

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和洋会古書展

期間:2025/03/28~2025/03/29
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=562

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五反田遊古会

期間:2025/03/28~2025/03/29
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4 
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=567

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立川フロム古書市

期間:2025/03/29~2025/04/09
場所:フロム中武 3階バッシュルーム(北階段際) 立川駅北口徒歩5分
URL:https://mineruba.bookmarks.jp/saiji.htm

------------------------------
東武古書の市(昭和レトロ展内)

期間:2025/04/03~2025/04/08
場所:東武宇都宮百貨店 
URL:https://www.tochigikosho.com/?page_id=162

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第2回 ひろしまブックフェス

期間:2025/04/04~2025/04/10
場所:ひろしまゲートパーク 大屋根広場
   (旧広島市民球場跡地/〒730-0011 広島県広島市中区基町5-25)
URL:https://www.hiroshimabookfes.com/

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下町書友会

期間:2025/04/04~2025/04/05
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=572

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オールデイズクラブ古書即売会

期間:2025/04/04~2025/04/06
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12
URL:https://hon-ya.net/

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大均一祭

期間:2025/04/05~2025/04/07
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=622

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フジサワ古書フェア

期間:2025/04/08~2025/05/07
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場 
   JR・小田急藤沢駅南口フジサワ名店ビル4階
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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書窓展(マド展)

期間:2025/04/11~2025/04/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=571

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好書会

期間:2025/04/12~2025/04/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=620

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横浜めっけもん古書展

期間:2025/04/12~2025/04/13
場所:神奈川古書会館1階 横浜市神奈川区反町2-16-10
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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全古書連は全国古書籍商組合連合会(約2,000店加盟)の略称です

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日本の古本屋メールマガジンその414 2025.3.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋」事業部
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部・編集長:藤原栄志郎

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本とエハガキ③ 古書即売会のエハガキ

本とエハガキ③ 古書即売会のエハガキ

小林昌樹

エハガキはチラシの代わりでもある

 古本の即売会が好きだ。というか第二の人生を歩み始めた2005年から、ほぼ毎週末南部、西部、そして本部(神保町、というか小川町(まち))の古書会館に通っている。前職、国会図書館で書庫で仕事の立ち読みをたくさんしたけれど、週末古書展のほうが数倍楽しい。だって買って帰れるんだもの。

 その即売会、どうやら戦前からあるらしい。名著にして大著『東京古書組合五十年史』に「古書即売展」(p.548-572)という章があって、日本初は横浜で、明治42年11月20日と
翌日、浜港館で開かれたものだと分かる。横浜には古本屋がほとんどないので、東京の業者を呼んでやる「古書展覧会」だと当時の『横浜貿易新報』にある。
 たまたま【図3-1】のような広告エハガキを拾った。

図3-1 第5回和漢洋古書籍展観即売会
【図3-1】「第五回和漢洋古書籍展観即売会」(1933?)

 はがきの表面を見ると、京都市高倉二条上にあった白洲堂書店が、丸太町に住んでいた衣笠貞之助という人物に出した「京都局市内郵便」であることが分かる。どうやら、俳優、映画監督の衣笠貞之助(1896‐1982)のものらしい。

 それはともかくネットで月日と曜日のかけ合わせから年代候補を考えると、1933年か1937年。おそらく1933年のものだろう。14店舗が合同で、日曜日、月曜日と2日間、昭和図書館という会場で開催している。「毎月十、十一両日開催」とあるので、曜日と関係ない開催だったようだ。

 ヤフオクなどを見ると分かるが、こういった広告エハガキの中には古書展のエハガキもある。絵がないので厳密にはエハガキではないが、たまに典籍の絵・写真があしらわれていたりする。
 以前の連載で、戦前「古書」というと基本的に和古書、つまり、和本や仏書、唐本を指したことを書いたが、では戦前期の古書展はどのようなものだったのだろうか。

最初は本棚のない古書展が普通

 実は『東京古書組合五十年史』に写真があるのだが、せっかくなのでエハガキで高精細な
写真を見てみよう。まず【図3-2】から。「柄鏡に関する図書 於雲泉荘弓場」とキャプションにある。表面には罫線なしで「杉浦雲泉荘」と印字がある。気を付けて見て欲しい。和本が、いちおう毛氈を引いてあるとはいえ、畳敷きに展開されていることがわかる。

 いまNDLデジコレを検索すると、杉浦三郎兵衛編『雲泉荘山誌 巻之1』(杉浦丘園、昭和3)という本が見つかるので、下京区三条通り柳馬場東ルにいた第10代・杉浦三郎兵衛利挙(号・丘園、1875‐1958)という人が発行したエハガキと分かる。
 とすると、これは売らない展覧会、ということになるが、それでもなお、戦前の和本を中心にした古書展の典型例と見て良い。年代は、デジコレで『史学研究』8(3)、昭和12年3月号)にそれっぽい記述があるので1937年と見た。杉浦丘園は古物や古書のコレクターだったが、たびたび展覧会を開いたので斎藤昌三に「模範マニア」とホメられている(『閑板書国巡礼記』p.272)。

図3-2 柄鏡に関する図書
【図3-2】「柄鏡に関する図書 於雲泉荘弓場」(京都、1937?)

 杉浦の展示会は売らないものだったろうが、売る方の展覧会の写真は「五十年史」にある【図3−3】。

図3-3 常盤木倶楽部古書展会場
 【図3−3】「常盤木倶楽部古書展会場(第二回明治45年)」
(1911、『東京古書組合五十年史』p.552より)※これはエハガキではない

 「五十年史」によると常盤木倶楽部という貸席で行われたもの。この貸席は元「柏木」という会席茶屋で「日本橋白木屋の手前、榛原の隣」にあったという。会場写真【図3−3】を見ると、基本的に和本ばかりが畳敷きの会場に面陳されているのが分かる。奥に「伝記類」「教訓□」「修身□」などと垂れ幕がああるのは、これは展示書のジャンルを示しているのかもしれない。エハガキに比べ網版印刷なので、よくわからない。元写真がどこかに残っていないものだろうか。

古書展の近代化――デパート展

 かように明治末に始まった古書展は、会場は畳敷き、本棚はなく、和本がヒラに並べられているものだったのが、大正末あたりから「近代化」したらしい。古書界における近代化とは、本に和装本だけでなく洋装本(洋本)が並ぶようになり、本棚が導入されるということなのだが、象徴的なのは近代消費文明の華、デパートにおける古書展、「デパート展」が始まったことだろう。やはり「五十年史」(p.559)によれば、デパート展の最初は昭和7年11月12日〜20日、白木屋(東京日本橋)で行われたもので、25店舗もが参加した大規模なものだった。肝いりは戦前の大書痴・斎藤昌三である。

 戦前始まった「デパートの展覧会」は結果として大成功で、昭和10年頃にピークとなった。
 手元にあるエハガキ【図3-4】はデパート展を宣伝する一枚。大阪梅田駅の阪急百貨店で
開催されたもの。年代は表面文言が「郵便はがき」と、「が」を使っているので昭和8年以降だろう。デパート展は昭和15年ごろから統制価格の関係で当局が難色を示し始めたというから、昭和一桁ごろか。NDLデジコレで全文検索できる『古本年鑑』でヒットしないので、昭和11年以降の可能性が大きい。

図3-4 創刊号の雑誌類即売会/大阪・梅田阪急百貨店
【図3-4】「創刊号の雑誌類即売会/大阪・梅田阪急百貨店」(1933年以降)

 エハガキによると雑誌創刊号を「二階(西館)古書売場」で「展観即売」するという。昭和21年頃の敗戦直後、デパートに古書部が続々と出来た話は有名だが、戦前から古書部門があるデパートがあったというわけである。創刊号を収集する趣味は戦前から古書業界で認知されていたこともわかる(創刊号目録の書誌がネットにある)。

 ところで【図3-1】の古書展は京都の「昭和図書館」という施設が会場となっていた。図書館と古書は最近でこそ相性が良くなってきているが、昭和後期〜平成期はほぼ無関係のものだったので、とても興味深い。どんな施設かと思っていたら、これもエハガキで拾うことができた。【図3-5】がそれ。和風建築の2階建てで、入口の庇にお宮風な「てりむくり」があって、なかなか面白い。

図3-5 昭和図書館
【図3-5】昭和図書館「本館側面図」(1928)

 実はこの昭和図書館、たしかに図書館ではあるのだが、設置母体が「京都書籍雑誌商組合」という京都の書籍商団体なのである。昭和3年、中京区木屋町御池に設置されたもの。この
正面玄関もエハガキで入手している【図3-6】。

図3-6 昭和図書館 正面玄関図
【図3-6】「昭和図書館 正面玄関図」(1928)

 門柱に看板が掛かっているので読んでみる。右側には「昭和図書館」、左側には「京都書籍雑誌商組合/京都古書組合事務所」とある。そう、この図書館は古書組合の事務所でもあるのだ。それゆえ、古書展も開かれるのである。その会場は二階の大広間であったろう。

図3-7 昭和図書館「会場大広間」
【図3-7】昭和図書館「会場大広間」(1928)

 昭和図書館は古書会館でもあるので、毎日のように開かれていた「市会」(古書籍業者相互の交換会)も、この大広間であったろう。
 現在の古書展は普通に本棚を使うので(下図、東京古書組合ブログより、2008年のもの)、畳敷きの会場がデフォルトというのはちょっと意外かもしれない。

即売展写真

 戦前の東京組合事務所は昭和20年に空襲で焼失。戦後再建された建物は「五十年史」を見ると板敷きであるようだ。その時代の交換会(振り市)再演が三島由紀夫原作、映画『永すぎた春』(大映、1957)にあるというが、未見。

 【図3-8】は昭和図書館の閲覧室風景だが、戦前の図書館らしく、本が見当たらない。今でも国会図書館へ行けば体験できるように、戦前の図書館は本はみな閉架書庫にしまわれており、閲覧者は職員(出納手)に頼んで出してもらい、館内閲覧をするというのはデフォルトだった。この写真には映り込んでいないが、別に出納所や書庫があるはずである。写真がやけにスカスカに見えるのは、奥に講壇があることから分かるように、適宜、講演会などに使うためだったのだろう。この図書館は戦時中、防空緑地を作るため強制撤去されたようだ。しばらく前、『昭和図書館月報』なる綴りを買ったので手があいたら調べてみたい。

図3-8 昭和図書館「図書閲覧室」
【図3-8】昭和図書館「図書閲覧室」

 今回は古書展示会や古書会館のエハガキを紹介しつつ、柴野京子著の書名にいう「書棚と
平台」問題を古書即売会がらみに当てはめて瞥見してみた次第……。ん? いや台すらもなかったか。

 
 

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破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状

破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状

三昧堂(古本愛好家)

 岩波書店の「図書」を定期購読し始めたのは、昭和40年代半ばの高校生時代だった。読んで理解できる記事は殆どなかったが、巻末の広告ページに掲載される文学者個人全集の「予約出版」広告を毎号恨めしく眺めていた。予約期限が近付いてくると買えもしないのに焦ったりしたものだ。

 学校の図書室でジャワハルラール・ネールの『インドの発見』という古びた二冊本を見つけた。自分でも欲しいと思い岩波書店に在庫問い合わせのハガキを出すと、当社刊行書は絶版にせずすべて在庫していますのでお近くの書店へご注文くださいと言った文面のハンコを捺した返信があった。その頃、NHK番組で「婦人手帳」というのがあって、様々な文化人へインタビューしていた。一人一週間続き、田舎の高校生を文化の香りに包んだ。昼間の番組だから
夏休みにでも見たのだろう。よく覚えているのがドイツの児童文学者ケストナーの翻訳者高橋健二、映画監督新藤兼人、それに岩波書店の小林勇だ。軽井沢あたりの別荘でのインタビューだった。これが岩波書店への興味をさらに掻き立て、何でもいいから連絡してみたくなったのである。何を期待したのか簡単な返信に少し落胆を覚えたものだ。
 
 ともかくも、高校生の身では予約出版の全集は高嶺の花で、大学生時代には予約版全集は
完結した途端に古書価が暴騰した。神保町の古書店では予約全集もバラで、しかも一割引きで買えたが、それでも数千円はしていてなかなか買えない。早く社会人になって高価な全集も
買えるようになりたいと思ったものだ。高校時代に有島武郎のファンになった。筑摩書房の
全集が出る前は、立派な叢文閣版と、円本の新潮社版の戦前版全集しかなかった。新潮社版は製本が粗悪で大半はボロボロ、叢文閣版を一冊一冊古本で求めたが、全部集め終わる前に筑摩書房から刊行が始まった。予約して購入した初めての全集で今も我が書架にある。

 個人文学全集の魅力は日記篇や書簡篇にある。私は年譜が好きなので、年譜を収めた別巻も気が付けば古本で購入してきた。亡くなってしまったが克書房さんは全集を専門とする古本屋さんで、東京古書会館の即売会では全集端本を数百円で販売してくれた。そうした中から日記や書簡、年譜の収められた巻を随分求めた。克さんは晩年、「全集類が安くなって、それでも売れなくていやになるよ」とよくこぼしていた。私と同じような昭和40年代、50年代に青年期を過ごした者は全集への憧憬が強く、克書房さんはありがたい古本屋さんであった。全集を扱う古本屋はまだいるが、克さんのように専門で扱う店はないだろう。商売にならないほど
安くなってしまったからだ。

 先日、知り合いの古本屋が抜けた巻が三冊あるからと旧版と定本版混合の『中野重治全集』をくれた。第二十四、二十五巻と別巻が抜けていて、月報もほとんどない。確かにこれでは
商品にならない。「日本の古本屋」で検索しても別巻だけでは売られていない。いわゆる
キキメなのかもしれない。将来処分する時に困ることになるが、非常に状態の良い本なので
頂くことにした。だが、問題は置き場所である。書棚を見回して、吉川弘文館の『日本随筆
大成』を物置に移すことにした。この叢書も現在人気がなく投げ売りされている全集だ。この叢書の欠点は索引がないことである。シリーズを通した完璧な人名、書名、事項索引を作れば利用価値は格段に上がる。もっとも現在は電子化されて全文検索も出来るようだが、利用できる者は限られている。それに全体を俯瞰するには印刷された索引が必要である。索引は案外に読むと面白いものなのである。

 その当面不要な『日本随筆大成』を書棚から運び出し、偶々一冊手に取ったのは第三期第四巻。中に森山孝盛の「賤のをだ巻」があり読みだしたら面白い。どんな人物かと解説を見ると第二期二十二巻の「蜑の焼藻の記録」の解説を参照とあった。それを見ると、森山は幕臣で
冷泉家門下の歌人であるが、あの鬼平・長谷川平蔵組に属する火付盗賊改役だったという。
何とも興味を惹かれる人物である。処分しようとすると、よく起きる実例の一つである。
しかし、これは次回に語ろう。

 さて、今回は困り物の全集端本だが、その書簡篇の魅力に注目したい。何方も感じていると思うが、今年は例年にも増して年賀状仕舞を伝える挨拶が多かった。葉書が値上がりしたことも理由だが、義理で惰性的に出すことを嫌う風潮が受け入れられてきたのだろう。メールや
ラインの普及で知り合いとの連絡は頻繁にもなっている。ありきたりな年賀状ならいらないという感じだろうか。

 近代日本の作家たちはどんな年賀状を出していたか、手元にある全集の書簡篇から拾ってみよう。基本的に最初期のものを上げることにする。

〇漱石・斎藤阿具宛 明治28年 
新年の御慶目出度申納候今度は篠原嬢とご結婚のよし謹んで御祝ひ申上候小子昨冬より鎌倉の楞伽窟に参禅の為帰源院と申す處に止宿し旬日の間折脚鐺裏の粥にて飯袋を養ひ漸く一昨日
下山の上帰京仕候五百生の野狐禅遂に本来の面目を撥出し来らず御憫笑可被下候先は右御祝ひまで餘は拝眉の上萬々。
一月九日 夏目金之助拝 斎藤學兄

〇啄木・小林茂雄宛 明治37年 
 天姫がうちふる領の白彩に光は湧きて新世成りぬ
 地に理想天に大日の眩ゆき希望の春をむかへぬ
明治三十七年一月一日 渋民村 石川啄木 小林茂雄様

〇荷風・井上精一宛 明治42年 
二日三日両日とも君とあや子をまつてゐた二日の晩寒月を踏んで一人濱町へ行つた新富座で
ブイキな鼠小僧を見た「ふらんす物語」はすつかり出来上つた今年から原稿料全額を貯蓄し
五年間に千円ためて伊太利へ行てヱスビアスの火山へはいつて死にたい。兎に角今年からはつゞくだけ書く。書いて金をためる日本にゐるのはいやだ。

〇芥川・葛巻義定宛 明治42年 
粛啓 新年の御慶目出度申し納め候 先達は結構なる御歳暮を頂戴致し難有く存じ候。小弟の貧しき書庫が新しき光を放つべきも近き事と思ひ候へば此上なく嬉しく覚え候 予て御存知の旅行は愈々本夕六時半の列車にて出発の事と相成候 ロングフェローが歌の巻を懐にせる痩軀の一青年が青丹よし奈良の都に其かみの栄華を忍び、薬師寺の塔を仰いで、大なる「タイム」の力を思ひ 去つて東山のほとりに銀閣を望んで 室町将軍の豪奢を懐ひ、嵯峨野のあたりに蕭条たる黄矛を踏んで祇王祇女のむかしを床しむは近く来む七日間に御座候 小生は唯今 
学校の奉賀式に列する所に候 早々頓首 芥川龍之介 兄上 硯北

〇朔太郎・萩原栄次宛 明治44年 
昨年中の御無沙汰平にご海容被下度願上候 まへばしニテ 朔太郎
賀正 赤城山かのこまだらに雪ふれば 故郷びとも門松を立つ

〇朔太郎・白秋宛 大正4年 
新正 うららかに俥俥とゆきかへるけふしも年の初節なるらむ 
大正四年一月一日 萩原朔太郎

〇野上弥生子・小手川実宛 大正8年 
あけましてお目で度う。赤さんのお誕生もおめで度う。お日立もおよろしいのですか。二度目のことで今度は万事に経験があつて先ほど困ることもないとおもひます。長い手紙を一度かき度い〵〳とおもひながら何となしに心にゆとりがなくて今日まで延引、あしからず。皆様へ
よろしく。その内に何か赤さんへあげませう。兄さんからもよろしく申します。明子へまりを送つておきましたよ、

〇梶井基次郎・宇賀康宛 大正12年 
盲腸炎でねてゐることを矢野からきいた。困つたことだね。早く癒つて呉れ。Bone(-―)D(d) ryだつたから小喀血はやつてゐる。こちらは小康だ。今日は元旦だ、お芽出度を云つておく。どうか皆様によろしく御慶を申し上げておいて呉れ。元旦 梶井基次郎

〇柳宗悦・志賀直哉連名・圖師尚武宛 
其后どうです、待つてたけど、こないから、もう断念してる。勉強はお正月に逢つちや
―a+bなんか駄目だと思、其かはり、Cornetの練習は、成巧してると想像してる、今、
志賀、田村、木下の三兄と一緒、病院通ひはまだ續けてるんですか、學校の事は大丈夫にや、そろ〵〳近いので気がもめる 宗
謹賀新年 當地今日は、朝四十二度。(志)

〇堀辰雄・神西清宛 昭和5年 
お正月の旅行が駄目になりて残念なり 「文學」第五號に小説を書いてほしい 〆切十日嚴守(三月の豫定を急に繰上げたのだ)七草すぎまで僕は一歩も出られぬ

〇太宰治・尾崎一雄宛 昭和13年 
拝啓 昨年は、いろいろ御むりをお願ひいたし、さぞ、ごめいわく でございましたでせう どうやら 切り抜けました故 他事ながら御安心下さい、原稿なかなか むづかしく、どうやら三枚、本日別封にてお送りいたしました、あんなのでよかつたら、どうか御使用下さいまし、年賀状いただき、私喪中ゆゑ欠礼いたしました、あしからず御了承下さい、末筆ながら
山崎様にもよろしく 不一

 こういう物は、全集の書簡篇でしか読めない。以上のような年賀状なら誰でも貰えば嬉しいだろうし、「年賀状仕舞」が流行ることもないだろう。
 
 
ozakikazuo
◯尾崎一雄・十和田操宛 昭和26年(筆者家蔵)
 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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