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なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画に
のめって行ったのか(『砂の器 映画の魔性——監督
野村芳太郎と松本清張映画』)

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
(『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)

樋口尚文

 映画『砂の器』が公開されてなんと半世紀になる。映画演劇文化協会が旧作の名画をスク
リーンで観る〈午前十時の映画祭〉を催行して好評を得ているが、このたびアンコール希望
作品を一般に募ったところ、邦画では『七人の侍』と並んでなんと『砂の器』が選ばれた。

事ほどさように松本清張原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』は「国民的」人気作品で、これを「名作」「傑作」と激賞する声も後を絶たない。このたび上梓した、映画『砂の器』をめぐる最大最長の研究本となるであろう『砂の器 映画の魔性 ――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)は、そういった従来の『砂の器』のポジショニングへの「はたして本当にそうか?」という疑問が軸になっている。すなわち著者の私にとって『砂の器』は「傑作」「名作」とは呼び難い危うい企画であり、それゆえに通りいっぺんのよく出来た作品よりも格段に興味深い奇異なる作品なのである。

 そもそも映画の評判を受けて松本清張の代表作とうたわれることもある原作『砂の器』からして、清張初の新聞連載小説であるがゆえに、とにかく長大なうえにさまざまなアイディアを詰め込み過ぎてまとまりを欠いている。清張原作で映画化が成功を見た作品は、『張込み』であれ『黒い画集 あるサラリーマンの証言』であれ『影の車』であれ、狙いが無理なくシンプルに定まった短篇、中篇ばかりである。これらとはまるで対照的な『砂の器』連載中に脚本化にとりかかった橋本忍は、話が広がるばかりで収拾を見ない原作に業を煮やし、全く独自の
切り口で一気に脚本を書くことにした。その結果生まれた、原作には全く描かれていない
人間の「宿命」の物語が映画版『砂の器』なのである。

 映画では後半一時間近くにわたって観客の涙を搾り取る「父と子の遍路の旅路」など、原作では実に数行しか書かれておらず、それを大胆にクローズアップして作品の核にした橋本忍の発想はほとんど「奇抜」の極みである。その強引な力技ゆえに脚本にはいくつも映像化に
あたっての難点があるのだが、松竹撮影所に産湯を使ったサラブレッド監督の野村芳太郎は「緻密」を極めた職人芸によってそれをカバーしてみせた。この橋本忍の大胆極まりない
「奇抜」と野村芳太郎の細心な「緻密」が両輪となって、本来はクールで非情な悪漢小説であった原作『砂の器』が、まるで別物のパセティックな情感に満ちた一大メロドラマに生まれ変わったのだった。

 そのような次第で映画『砂の器』の企画は下手を打つと嘘くさい大げさなメロドラマになりかねない難しいしろものであり、さらには天候に左右され費用も嵩む四季のロケーションや
演出サイドが御しにくい音楽が重要な要素となっているという、さまざまな意味で大きなリスクを含むやっかいなものであった。このたび私が本書で探りたかったのは、それまでに数々の傑作を放っていた大ベテランの橋本忍と野村芳太郎、この邦画きっての犀利な論理性を感じさせる名匠ふたりが、なぜまたこんな物語も無理筋に近く、さまざまな制作上のリスクを孕んだ企画にのめって行ったのか、ということである。

 私は邦画の黄金期に出発して、数々の上出来な商業的な規格品を生み出してきたふたりが、この『砂の器』という企画にそれまでにないのるかそるかの危うさを感じ、それゆえにとことん魅入られてしまったのではないかと思うのである。すなわち、映画づくりというものは、
さまざまな要素に左右されるためにひじょうに仕上がりが見えにくく、また少なくない予算を要しながら必ずしも当たるとは限らない、まことにギャンブル性の強いものである。だが、
その質も興行も大化けするかもしれないし大コケするかもしれない「賭け」の蠱惑に惹かれて、作り手たちは映画に身を投ずることになる。

 そういう意味で手堅い映画人であった橋本忍と野村芳太郎は、『砂の器』という先が読めない企画の危うさにこそそそられたのではなかろうか。本書ではそんな推測のもとに、橋本と
野村がこの至難な企画をどうやって成立させたのかをたどっている。橋本は自著や取材での
発言によって『砂の器』の制作事情について語っているので、本書では意外やあまり語られたことがない野村芳太郎監督の本作への貢献を明らかにしたいと思った。ついては、野村監督が生前に遺した厖大な現場資料を長年にわたってお借りできたことが奏功した。

 野村監督は脚本が決まった段階で作品全体を俯瞰的に見た時の構成上の力点や注意点をまとめた「演出プラン」を実に読みやすくきれいな字で書かれていて、同時にシンプルながらとても意図が伝わりやすいコンテを全篇にわたって描き、さらに撮影直前にはもっと備忘録的に
さまざまな演出細部の重点ポイントを「演出メモ」として書いて現場にのぞんでいることが
わかった。これは撮影所の制作条件をはみ出さずして狙い通りの画を撮るための、もはや職人監督の鑑のごとき資料であった。

また、野村監督は銀座の伊東屋などで文具を選ぶのがお好きだったようで、資料の数々も作品ごとに箱に仕分けされ、ローマ字でタイトルを打ったテプラが貼られていたり、スナップや
記事もきちょうめんにアルバムやスクラップファイルに整理されている。こうして野村監督が遺された資料群をお預かりして格闘することまる8年、ようやくまとまった本書を読んでいただければ、映画を一本作り上げることにまつわる気の遠くなるような深慮と作業量、その一方で作り手がついそこまで自らの持てるものを差し出してしまう映画づくりの愉悦、すなわち「映画の魔性」を感じ取っていただけるのではと思う。

 
 
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書名:『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:四六判/384頁
価格:2,750円(税込)
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074
 
好評発売中!
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480874177/

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出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

ノセ事務所 能勢 仁

 出版業界の本で、古書業界を取り上げることは少ないが、本書は26%が古書の頁である。
執筆者は日本古書通信編集長の樽見博氏である。戦後の古書業界が歩んだ道をテーマに論述
したものである。内容は、①変わりゆく古書業界のかたちと人 ②理想の古書店を求めて 
③書物への深い敬愛 ④日本古書通信社に入社した頃(樽見)⑤懐かしき古書店主たちの談話 
⑥信念に生きる古書店主たち ⑦読書に裏付けられた古書店主 ⑧書痴の古本屋店主 
⑨郊外の古書店主の生き方 ⑩戦争と古書店 ⑪個性あふれる古書店主 ⑫土地の匂いを
まとう古書店主 と続いている。

 更にコラムとして「古書市場の変化」「インターネット普及と古書業界」と現在の流れにもふれている。写真の多いことも本書の特色である。「古書肆・弘文荘訪問記」「古書目録
りゅうせい」「古書游泳」「全国古本屋地図」「彷書月刊」「神田神保町・古書街ガイド」
「下町古本屋の生活と歴史」・・・懐かしい写真も豊富である。小生は青木正美氏と同年で
ある。若い頃お店にお邪魔してお話を伺ったことがあるので、一層この本は身近に感ずる。

 小生が担当した出版流通の項は特色が三つある。
①出版先進国、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国、中国の出版流通の紹介で
 ある。先進諸国のドイツ、フランス、アメリカ等は1~3%は伸びている。日本だけが連続
 14年ダウンである。その差はどこにあるのか。出版流通の完成度とアマゾン対策にある。
 中でもドイツの完成度は100%である。しかも10年前に完成している。本の注文を前日
 夕方6時までにすれば、翌日朝10には書店に100%届く。フランスも翌日到着は80%にまで
 向上している。フランスは取次主導ではなく、大出版社主導の流通である。アシェット社は
 30%のシェアを持つ。プラネッタ社、ガリマール社が続いている。講談社、集英社が取次を
 やっている様なものである。
 
 イギリスはもっと面白い。W.H.スミスとかウォーターストーンズ、フォイルズ書店、
 ハッチャーズ等、有名書店はあるが取次は育たなかった。23,000社のディストリビュー
  ションが賄っている。イギリスは英語圏の利を味方にして、世界ダントツの輸出国で
 ある。売上4779億円に対して、輸出額2616億円は、対売上54.7%の高率である。日本は
   1.1%と悲しい。

 アメリカはトランプ氏流自由奔放であるが、やはりアマゾンが強い。
 韓国は疑似日本型であったが、現在は日本より進んでいる。
 共産圏の中国の出版事情は、1990年以降、改革、開放政策で和らいできているが、まだ闇
  の部分が多い。本書では触れなかったが北朝鮮に至っては、書店がない。だからこどもの
  本、絵本、小説、実用書などは、あろうはずがない。人口258万人のピョンヤンに17店の
  政府刊行物センターがあるだけである。

②特色の2は紀伊國屋書店の実績である。
 書店の不振の中、紀伊國屋書店の一人勝ちがある。10年黒字経営と聞いただけで驚く。本書
 では紀伊國屋書店一人勝ちの検証をした。紀伊國屋書店の国内店舗は69店舗、1306億円の
  売上である。和書の業界シェアは5%である。専門書はその倍ある。好調の一因は外商と
  図書館業務である。紀伊國屋書店のの海外戦略をみてみよう。海外店は10ケ国、42店舗、
  売上300億 円である。海外店No1のドバイ店を筆者は訪れた。月商1億円、従業員90名
  (日本人スタッフ7名)、20ケ国の言語対応は可という。店頭から一番奥の売り場、美術書
  コーナーまで歩いて 5分位かかった。商圏は飛行機で3時間以内という。好調の因は、
  店長以下スタッフの教育の行き届いている事だと思った。

③特色の3は政府の書店支援である。
 来店客数の減少、アマゾンによる売上減、キャッシュレス決済の増加で、3%の手数料が
  粗利益を圧迫等々、書店環境は最悪状態である。その上、知識欲、情報欲の強い日本人
  は、スマホは読むが、本は読まない民族に成り下がってしまった。全国書店の倒産、
  廃業をみて、見かねた政府(通産省)は重い腰を上げた。政府の支援の観点は書店という
  一業種ではなく、文化産業の振興という捉え方である。経産省は書店振興プロジェクト
  チームを立ち上げた。業界三者と経産省で意見交換も数回持たれた。経産省は「書店
  活性化のための課題」のパブリックコメントの内容も発表した。取引・流通慣行に関する
  意見が多く、正味の変更などについての早急な見直しを求める切実な声が多かった。
 
 
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書名:『出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡』
著者:能勢仁・八木壯一・樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6 
 
好評発売中!
https://www.murapal.com/sangyodoko/227-2025-02-06-07-19-53.html

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蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

鈴木俊幸

 ここのところ、蔦屋重三郎版の和本の売れ行きが好調とか。安いものではない。蔦重版は
時代の名物である。江戸時代中期末を飾る名品の数々が蔦重によって出版された。彼が手掛
けた浮世絵にしても黄表紙にしても洒落本にしても、一過性の娯楽、本来流行の流れの中に
あって過ぎ去ってしまうはずのものであった。そんなものほど、後に価値が見出された時には
簡単には入手出来なくなっている。入手困難ということが蒐集の食欲を一層かきたてるので
ある。

 大田南畝の手控『丙子掌記(へいじしょうき)』に、山東京伝の訃報に接した文化13年
(1816)9月7日、息定吉を柳原の床店古本屋に行かせて京伝洒落本三冊を得てこさせたと
いう記事が見える。そのうち二点は蔦重版である。この記事の後に、もともと所蔵していた
京伝洒落本八点を並べている。その内七点は蔦重版、残り一点は鶴屋喜右衛門初版であるが、
後に蔦重が求版したものである。南畝は、盛時の戯作類を多く所蔵していた。自分自身、
当時の戯作に手を染め、他の戯作者たちとの交遊が密であったこともあって、その頃を
懐かしむ気持ちは強かったであろう。しかし、それだけではなかった。当時得てそのまま
持ち続けていたものもあったろうが、本の蒐集は彼の趣味であり、性癖のしからしむる
ところでもあった。マニアである。余暇には自分自身で湯島天神下や柳原の床店古本屋を
冷やかしては古い草紙類を漁っていた。

 南畝の蒐集癖は、その時代の趣味とも合致するものであった。その趣味を牽引していった
人間の一人が南畝であったと言うべきかもしれない。『浮世絵類考』の原撰本『浮世絵考証』
は南畝が編んだものである。昔の草紙類を蒐集して、それに基づいての考証を展開していく
趣味が18世紀末から盛んになる。この南畝の編著もそれと一連のものである。

そして考証随筆を著した山東京伝・柳亭種彦・曲亭馬琴なども、その中心的存在であった。
その蒐集熱は比較的近時の草紙類、天明頃の黄表紙や洒落本にまで及んでくる。そして、その
時代の空気を象徴する名物、優品は蔦重版が他を圧倒して多かったのである。天明期戯作の
滑稽に憧れた式亭三馬も時代の潮流の中の一人である。彼の蔵書印のある戯作をよく見かけ
る。享和3年(1803)の黄表紙『稗史億説年代記(くさぞうしこじつけねんだいき)』など、
その趣味、その考証をもって作り上げた黄表紙と言ってよいだろう。

 こういった趣味の裾野は、幕末になるにしたがって、ますます広がっていく。原則その年々
の正月のみの新版として消耗品的に享受された黄表紙はもともと残りにくく、特に早期のもの
は幕末には入手が困難になっていた。蒐集家の増加はそれに拍車をかけ、蒐集家の熱は稀本に
なればなるほど高まる。ここに蒐集家向けの商売が成立する。「珍書屋」と呼ばれた古本屋が
登場してくる。安政元年(1854)序、四壁庵茂蔦の『わすれのこり』に「珍書持/四日市
達磨屋悟一待賈堂/豊島町からしや豊芥子/池之端仲町加藤家内土島氏 黄表紙好/下谷
上野町紺屋 黄表紙好/大師の千六本といふ黄表紙一冊を、金一分に買ひとりたりと」という
記事が見える。黄表紙はすでに「珍書」、それを専ら対象とした蒐集家の存在を確認できる。

達磨屋五一は、文化14年(1817)築地に生まれ、十二歳のころ西村宗七店に丁稚奉公に出、
さらに英文蔵・山田佐助店を勤めた後、嘉永3年(1850)、四日市に「珍書屋」の看板を
掲げる。好事家相手の店である。熱心な蒐集家がいて、蒐集家に磨かれ、蒐集家を満足させる
ような目利きの古本屋が現れた。彼ら蒐集家と古本屋の存在があって、黄表紙などの草紙類の
散逸はかろうじて食い止められ、今、われわれがこれらに接することができているのである。

 さて、下谷上野町紺屋が金1分で買ったという「大師の千六本」は、北尾政演画・芝全交
作の黄表紙『大悲千禄本(だいひのせんろくほん)』で、天明5年(1785)正月の蔦重版で
ある。今でも稀覯に属するが、江戸時代においても同様だったのである。この黄表紙は
蒐集家垂涎の的であり、幕末には覆刻版も作られた(達磨屋五一によると伝えられる)。
不出来な覆刻であるが、需要は大いにあったのである。

中央大学所蔵の黄表紙社楽斎万里作山東京伝画『嶋台眼正月(しまだいめのしょうがつ)』
(天明7年、蔦屋重三郎版)には「福田文庫」印があって、福田敬園の手になると思われる
識語に「芝全交作 当世大通仏買帳/同 御手料理御知而已 大悲千禄本 但当安政五午年秋
再板五拾部余すり立候分聞く尤もはし(以下難読)/京伝 嶋台眼正月/右安政五午年九月
廿五日湯嶋天神様切通し床見世ニ而求之畢ぬ代十百ノ拾文」とある。「福田文庫」印を備える
黄表紙はよく目にする。彼も熱心な蒐集家であった。この三冊、湯島天神切通の床店古本屋で
得ているが、その中に覆刻版『大悲千禄本』もあって、それが安政5年(1858)製のもので
あるという情報が備わる。それはともかく、福田敬園が古本屋で入手し、大切に収蔵していた
から、それがそのまままた古本屋の手に渡り、めでたく中央大学の蔵書となったのであった。

 さて、昨年、『蔦屋重三郎』(平凡社新書)を上梓した。ひたすらわかりやすさを心懸けて
作ったつもりであるが、いかがであろう。蔦重版の和本に吹いているらしい景気の風がこの
小冊にも及ぶであろうか。

 
 
鈴木俊幸
1956年、北海道生まれ。中央大学文学部教授。専攻は近世文学、書籍文化史。中央大学文学部国文学専攻卒業。同大学大学院博士課程後期単位取得満期退学。著書に、『江戸の読書熱-自学する読者と書籍流通-』、『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』(以上,平凡社選書)、『江戸の本づくし―黄表紙で読む江戸の出版事情』(平凡社新書)、『近世読者とそのゆくえ―読書と書籍流通の近世・近代』(平凡社)など。
 
 
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書名:『蔦屋重三郎』
著者:鈴木俊幸
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/208頁
価格:1,100円(税込)
ISBN:9784582860672
Cコード:0223
 
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2025年3月10日 第414号

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          古書市&古本まつり 第147号
      。.☆.:* 通巻414・3月10日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

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━━━━━━━━━━━━【本とエハガキ】━━━━━━━━━━

本とエハガキ(3)古書即売会のエハガキ
                            小林昌樹

 古本の即売会が好きだ。というか第二の人生を歩み始めた2005年から、
ほぼ毎週末南部、西部、そして本部(神保町、というか小川町(まち))の
古書会館に通っている。前職、国会図書館で書庫で仕事の立ち読みを
たくさんしたけれど、週末古書展のほうが数倍楽しい。だって買って
帰れるんだもの。

 その即売会、どうやら戦前からあるらしい。名著にして大著『東京古書
組合五十年史』に「古書即売展」(p.548-572)という章があって、日本初は
横浜で、明治42年11月20日と翌日、浜港館で開かれたものだと分かる。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20212
 
 
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━━━━━━━━━━【シリーズ古書の世界】━━━━━━━━━━

破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状
                            三昧堂

 岩波書店の「図書」を定期購読し始めたのは、昭和40年代半ばの高校生
時代だった。読んで理解できる記事は殆どなかったが、巻末の広告ページに
掲載される文学者個人全集の「予約出版」広告を毎号恨めしく眺めていた。
予約期限が近付いてくると買えもしないのに焦ったりしたものだ。

 学校の図書室でジャワハルラール・ネールの『インドの発見』という古びた
二冊本を見つけた。自分でも欲しいと思い岩波書店に在庫問い合わせのハガキを
出すと、当社刊行書は絶版にせずすべて在庫していますのでお近くの書店へ
ご注文くださいと言った文面のハンコを捺した返信があった。
 

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20257
 
 
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━━━━━━━【書庫拝見34 お休みのお知らせ】━━━━━━━

「シリーズ書庫拝見34」は都合によりお休みさせていただきます
楽しみにお待ちいただいた方には申し訳ございませんでしたが、
次回配信まで、楽しみにお待ちいただければ幸いです
 
 
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━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964
 
 
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━━━━━【3月10日~4月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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うつのみや書店の古書市

期間:2025/02/10~2025/03/30
場所:うつのみや書店香林坊店  金沢市香林坊 2-1-1 香林坊東急スクエア B1F

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球陽堂書房メインプレイス店 春の古書フェア

期間:2025/02/27~2025/03/31
場所:球陽堂書房メインプレイス店 (サンエー那覇メインプレイス2F)

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ハンズ横浜古本市

期間:2025/02/28~2025/04/09
場所:横浜モアーズ7階 ハンズ横浜店イベントスペース
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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第113回 彩の国所沢古本まつり

期間:2025/03/05~2025/03/11
場所:くすのきホール
  西武線所沢駅東口前 西武第二ビル8階 総合大会場
URL:https://tokorozawahuruhon.com/

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BOOK & A(ブック&エー)

期間:2025/03/13~2025/03/16
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=843

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紙魚之會 ザ・ファィナル

期間:2025/03/14~2025/03/15
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=604

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第193回 神戸古書即売会

期間:2025/03/14~2025/03/16
場所:兵庫県古書会館 神戸市中央区北長狭通6-4-5
URL:https://hyogo-kosho.com

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神保町さくらみちフェスティバル 春の古本まつり

期間:2025/03/20~2025/03/23
場所:神田神保町古書店街(靖国通り沿い)
URL:https://jimbou.info/

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趣味の古書展

期間:2025/03/21~2025/03/22
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.tokyo

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中央線古書展

期間:2025/03/22~2025/03/23
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=574

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新橋古本まつり

期間:2025/03/24~2025/03/29
場所:新橋駅前SL広場
URL:https://twitter.com/slbookfair

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第108回シンフォニー古本まつり

期間:2025/03/26~2025/03/31
場所:岡山シンフォニービル1F  自由空間ガレリア

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青札古本市

期間:2025/03/27~2025/03/30
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=618

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浦和宿古本いち

期間:2025/03/27~2025/03/30
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)
URL:https://twitter.com/urawajuku

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和洋会古書展

期間:2025/03/28~2025/03/29
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=562

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五反田遊古会

期間:2025/03/28~2025/03/29
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4 
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=567

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立川フロム古書市

期間:2025/03/29~2025/04/09
場所:フロム中武 3階バッシュルーム(北階段際) 立川駅北口徒歩5分
URL:https://mineruba.bookmarks.jp/saiji.htm

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東武古書の市(昭和レトロ展内)

期間:2025/04/03~2025/04/08
場所:東武宇都宮百貨店 
URL:https://www.tochigikosho.com/?page_id=162

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第2回 ひろしまブックフェス

期間:2025/04/04~2025/04/10
場所:ひろしまゲートパーク 大屋根広場
   (旧広島市民球場跡地/〒730-0011 広島県広島市中区基町5-25)
URL:https://www.hiroshimabookfes.com/

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下町書友会

期間:2025/04/04~2025/04/05
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=572

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オールデイズクラブ古書即売会

期間:2025/04/04~2025/04/06
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12
URL:https://hon-ya.net/

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大均一祭

期間:2025/04/05~2025/04/07
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=622

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フジサワ古書フェア

期間:2025/04/08~2025/05/07
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場 
   JR・小田急藤沢駅南口フジサワ名店ビル4階
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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書窓展(マド展)

期間:2025/04/11~2025/04/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=571

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好書会

期間:2025/04/12~2025/04/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=620

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横浜めっけもん古書展

期間:2025/04/12~2025/04/13
場所:神奈川古書会館1階 横浜市神奈川区反町2-16-10
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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日本の古本屋メールマガジンその414 2025.3.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋」事業部
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部・編集長:藤原栄志郎

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本とエハガキ③ 古書即売会のエハガキ

本とエハガキ③ 古書即売会のエハガキ

小林昌樹

エハガキはチラシの代わりでもある

 古本の即売会が好きだ。というか第二の人生を歩み始めた2005年から、ほぼ毎週末南部、西部、そして本部(神保町、というか小川町(まち))の古書会館に通っている。前職、国会図書館で書庫で仕事の立ち読みをたくさんしたけれど、週末古書展のほうが数倍楽しい。だって買って帰れるんだもの。

 その即売会、どうやら戦前からあるらしい。名著にして大著『東京古書組合五十年史』に「古書即売展」(p.548-572)という章があって、日本初は横浜で、明治42年11月20日と
翌日、浜港館で開かれたものだと分かる。横浜には古本屋がほとんどないので、東京の業者を呼んでやる「古書展覧会」だと当時の『横浜貿易新報』にある。
 たまたま【図3-1】のような広告エハガキを拾った。

図3-1 第5回和漢洋古書籍展観即売会
【図3-1】「第五回和漢洋古書籍展観即売会」(1933?)

 はがきの表面を見ると、京都市高倉二条上にあった白洲堂書店が、丸太町に住んでいた衣笠貞之助という人物に出した「京都局市内郵便」であることが分かる。どうやら、俳優、映画監督の衣笠貞之助(1896‐1982)のものらしい。

 それはともかくネットで月日と曜日のかけ合わせから年代候補を考えると、1933年か1937年。おそらく1933年のものだろう。14店舗が合同で、日曜日、月曜日と2日間、昭和図書館という会場で開催している。「毎月十、十一両日開催」とあるので、曜日と関係ない開催だったようだ。

 ヤフオクなどを見ると分かるが、こういった広告エハガキの中には古書展のエハガキもある。絵がないので厳密にはエハガキではないが、たまに典籍の絵・写真があしらわれていたりする。
 以前の連載で、戦前「古書」というと基本的に和古書、つまり、和本や仏書、唐本を指したことを書いたが、では戦前期の古書展はどのようなものだったのだろうか。

最初は本棚のない古書展が普通

 実は『東京古書組合五十年史』に写真があるのだが、せっかくなのでエハガキで高精細な
写真を見てみよう。まず【図3-2】から。「柄鏡に関する図書 於雲泉荘弓場」とキャプションにある。表面には罫線なしで「杉浦雲泉荘」と印字がある。気を付けて見て欲しい。和本が、いちおう毛氈を引いてあるとはいえ、畳敷きに展開されていることがわかる。

 いまNDLデジコレを検索すると、杉浦三郎兵衛編『雲泉荘山誌 巻之1』(杉浦丘園、昭和3)という本が見つかるので、下京区三条通り柳馬場東ルにいた第10代・杉浦三郎兵衛利挙(号・丘園、1875‐1958)という人が発行したエハガキと分かる。
 とすると、これは売らない展覧会、ということになるが、それでもなお、戦前の和本を中心にした古書展の典型例と見て良い。年代は、デジコレで『史学研究』8(3)、昭和12年3月号)にそれっぽい記述があるので1937年と見た。杉浦丘園は古物や古書のコレクターだったが、たびたび展覧会を開いたので斎藤昌三に「模範マニア」とホメられている(『閑板書国巡礼記』p.272)。

図3-2 柄鏡に関する図書
【図3-2】「柄鏡に関する図書 於雲泉荘弓場」(京都、1937?)

 杉浦の展示会は売らないものだったろうが、売る方の展覧会の写真は「五十年史」にある【図3−3】。

図3-3 常盤木倶楽部古書展会場
 【図3−3】「常盤木倶楽部古書展会場(第二回明治45年)」
(1911、『東京古書組合五十年史』p.552より)※これはエハガキではない

 「五十年史」によると常盤木倶楽部という貸席で行われたもの。この貸席は元「柏木」という会席茶屋で「日本橋白木屋の手前、榛原の隣」にあったという。会場写真【図3−3】を見ると、基本的に和本ばかりが畳敷きの会場に面陳されているのが分かる。奥に「伝記類」「教訓□」「修身□」などと垂れ幕がああるのは、これは展示書のジャンルを示しているのかもしれない。エハガキに比べ網版印刷なので、よくわからない。元写真がどこかに残っていないものだろうか。

古書展の近代化――デパート展

 かように明治末に始まった古書展は、会場は畳敷き、本棚はなく、和本がヒラに並べられているものだったのが、大正末あたりから「近代化」したらしい。古書界における近代化とは、本に和装本だけでなく洋装本(洋本)が並ぶようになり、本棚が導入されるということなのだが、象徴的なのは近代消費文明の華、デパートにおける古書展、「デパート展」が始まったことだろう。やはり「五十年史」(p.559)によれば、デパート展の最初は昭和7年11月12日〜20日、白木屋(東京日本橋)で行われたもので、25店舗もが参加した大規模なものだった。肝いりは戦前の大書痴・斎藤昌三である。

 戦前始まった「デパートの展覧会」は結果として大成功で、昭和10年頃にピークとなった。
 手元にあるエハガキ【図3-4】はデパート展を宣伝する一枚。大阪梅田駅の阪急百貨店で
開催されたもの。年代は表面文言が「郵便はがき」と、「が」を使っているので昭和8年以降だろう。デパート展は昭和15年ごろから統制価格の関係で当局が難色を示し始めたというから、昭和一桁ごろか。NDLデジコレで全文検索できる『古本年鑑』でヒットしないので、昭和11年以降の可能性が大きい。

図3-4 創刊号の雑誌類即売会/大阪・梅田阪急百貨店
【図3-4】「創刊号の雑誌類即売会/大阪・梅田阪急百貨店」(1933年以降)

 エハガキによると雑誌創刊号を「二階(西館)古書売場」で「展観即売」するという。昭和21年頃の敗戦直後、デパートに古書部が続々と出来た話は有名だが、戦前から古書部門があるデパートがあったというわけである。創刊号を収集する趣味は戦前から古書業界で認知されていたこともわかる(創刊号目録の書誌がネットにある)。

 ところで【図3-1】の古書展は京都の「昭和図書館」という施設が会場となっていた。図書館と古書は最近でこそ相性が良くなってきているが、昭和後期〜平成期はほぼ無関係のものだったので、とても興味深い。どんな施設かと思っていたら、これもエハガキで拾うことができた。【図3-5】がそれ。和風建築の2階建てで、入口の庇にお宮風な「てりむくり」があって、なかなか面白い。

図3-5 昭和図書館
【図3-5】昭和図書館「本館側面図」(1928)

 実はこの昭和図書館、たしかに図書館ではあるのだが、設置母体が「京都書籍雑誌商組合」という京都の書籍商団体なのである。昭和3年、中京区木屋町御池に設置されたもの。この
正面玄関もエハガキで入手している【図3-6】。

図3-6 昭和図書館 正面玄関図
【図3-6】「昭和図書館 正面玄関図」(1928)

 門柱に看板が掛かっているので読んでみる。右側には「昭和図書館」、左側には「京都書籍雑誌商組合/京都古書組合事務所」とある。そう、この図書館は古書組合の事務所でもあるのだ。それゆえ、古書展も開かれるのである。その会場は二階の大広間であったろう。

図3-7 昭和図書館「会場大広間」
【図3-7】昭和図書館「会場大広間」(1928)

 昭和図書館は古書会館でもあるので、毎日のように開かれていた「市会」(古書籍業者相互の交換会)も、この大広間であったろう。
 現在の古書展は普通に本棚を使うので(下図、東京古書組合ブログより、2008年のもの)、畳敷きの会場がデフォルトというのはちょっと意外かもしれない。

即売展写真

 戦前の東京組合事務所は昭和20年に空襲で焼失。戦後再建された建物は「五十年史」を見ると板敷きであるようだ。その時代の交換会(振り市)再演が三島由紀夫原作、映画『永すぎた春』(大映、1957)にあるというが、未見。

 【図3-8】は昭和図書館の閲覧室風景だが、戦前の図書館らしく、本が見当たらない。今でも国会図書館へ行けば体験できるように、戦前の図書館は本はみな閉架書庫にしまわれており、閲覧者は職員(出納手)に頼んで出してもらい、館内閲覧をするというのはデフォルトだった。この写真には映り込んでいないが、別に出納所や書庫があるはずである。写真がやけにスカスカに見えるのは、奥に講壇があることから分かるように、適宜、講演会などに使うためだったのだろう。この図書館は戦時中、防空緑地を作るため強制撤去されたようだ。しばらく前、『昭和図書館月報』なる綴りを買ったので手があいたら調べてみたい。

図3-8 昭和図書館「図書閲覧室」
【図3-8】昭和図書館「図書閲覧室」

 今回は古書展示会や古書会館のエハガキを紹介しつつ、柴野京子著の書名にいう「書棚と
平台」問題を古書即売会がらみに当てはめて瞥見してみた次第……。ん? いや台すらもなかったか。

 
 

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破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状

破棄する前に3 全集書簡篇で読む作家の年賀状

三昧堂(古本愛好家)

 岩波書店の「図書」を定期購読し始めたのは、昭和40年代半ばの高校生時代だった。読んで理解できる記事は殆どなかったが、巻末の広告ページに掲載される文学者個人全集の「予約出版」広告を毎号恨めしく眺めていた。予約期限が近付いてくると買えもしないのに焦ったりしたものだ。

 学校の図書室でジャワハルラール・ネールの『インドの発見』という古びた二冊本を見つけた。自分でも欲しいと思い岩波書店に在庫問い合わせのハガキを出すと、当社刊行書は絶版にせずすべて在庫していますのでお近くの書店へご注文くださいと言った文面のハンコを捺した返信があった。その頃、NHK番組で「婦人手帳」というのがあって、様々な文化人へインタビューしていた。一人一週間続き、田舎の高校生を文化の香りに包んだ。昼間の番組だから
夏休みにでも見たのだろう。よく覚えているのがドイツの児童文学者ケストナーの翻訳者高橋健二、映画監督新藤兼人、それに岩波書店の小林勇だ。軽井沢あたりの別荘でのインタビューだった。これが岩波書店への興味をさらに掻き立て、何でもいいから連絡してみたくなったのである。何を期待したのか簡単な返信に少し落胆を覚えたものだ。
 
 ともかくも、高校生の身では予約出版の全集は高嶺の花で、大学生時代には予約版全集は
完結した途端に古書価が暴騰した。神保町の古書店では予約全集もバラで、しかも一割引きで買えたが、それでも数千円はしていてなかなか買えない。早く社会人になって高価な全集も
買えるようになりたいと思ったものだ。高校時代に有島武郎のファンになった。筑摩書房の
全集が出る前は、立派な叢文閣版と、円本の新潮社版の戦前版全集しかなかった。新潮社版は製本が粗悪で大半はボロボロ、叢文閣版を一冊一冊古本で求めたが、全部集め終わる前に筑摩書房から刊行が始まった。予約して購入した初めての全集で今も我が書架にある。

 個人文学全集の魅力は日記篇や書簡篇にある。私は年譜が好きなので、年譜を収めた別巻も気が付けば古本で購入してきた。亡くなってしまったが克書房さんは全集を専門とする古本屋さんで、東京古書会館の即売会では全集端本を数百円で販売してくれた。そうした中から日記や書簡、年譜の収められた巻を随分求めた。克さんは晩年、「全集類が安くなって、それでも売れなくていやになるよ」とよくこぼしていた。私と同じような昭和40年代、50年代に青年期を過ごした者は全集への憧憬が強く、克書房さんはありがたい古本屋さんであった。全集を扱う古本屋はまだいるが、克さんのように専門で扱う店はないだろう。商売にならないほど
安くなってしまったからだ。

 先日、知り合いの古本屋が抜けた巻が三冊あるからと旧版と定本版混合の『中野重治全集』をくれた。第二十四、二十五巻と別巻が抜けていて、月報もほとんどない。確かにこれでは
商品にならない。「日本の古本屋」で検索しても別巻だけでは売られていない。いわゆる
キキメなのかもしれない。将来処分する時に困ることになるが、非常に状態の良い本なので
頂くことにした。だが、問題は置き場所である。書棚を見回して、吉川弘文館の『日本随筆
大成』を物置に移すことにした。この叢書も現在人気がなく投げ売りされている全集だ。この叢書の欠点は索引がないことである。シリーズを通した完璧な人名、書名、事項索引を作れば利用価値は格段に上がる。もっとも現在は電子化されて全文検索も出来るようだが、利用できる者は限られている。それに全体を俯瞰するには印刷された索引が必要である。索引は案外に読むと面白いものなのである。

 その当面不要な『日本随筆大成』を書棚から運び出し、偶々一冊手に取ったのは第三期第四巻。中に森山孝盛の「賤のをだ巻」があり読みだしたら面白い。どんな人物かと解説を見ると第二期二十二巻の「蜑の焼藻の記録」の解説を参照とあった。それを見ると、森山は幕臣で
冷泉家門下の歌人であるが、あの鬼平・長谷川平蔵組に属する火付盗賊改役だったという。
何とも興味を惹かれる人物である。処分しようとすると、よく起きる実例の一つである。
しかし、これは次回に語ろう。

 さて、今回は困り物の全集端本だが、その書簡篇の魅力に注目したい。何方も感じていると思うが、今年は例年にも増して年賀状仕舞を伝える挨拶が多かった。葉書が値上がりしたことも理由だが、義理で惰性的に出すことを嫌う風潮が受け入れられてきたのだろう。メールや
ラインの普及で知り合いとの連絡は頻繁にもなっている。ありきたりな年賀状ならいらないという感じだろうか。

 近代日本の作家たちはどんな年賀状を出していたか、手元にある全集の書簡篇から拾ってみよう。基本的に最初期のものを上げることにする。

〇漱石・斎藤阿具宛 明治28年 
新年の御慶目出度申納候今度は篠原嬢とご結婚のよし謹んで御祝ひ申上候小子昨冬より鎌倉の楞伽窟に参禅の為帰源院と申す處に止宿し旬日の間折脚鐺裏の粥にて飯袋を養ひ漸く一昨日
下山の上帰京仕候五百生の野狐禅遂に本来の面目を撥出し来らず御憫笑可被下候先は右御祝ひまで餘は拝眉の上萬々。
一月九日 夏目金之助拝 斎藤學兄

〇啄木・小林茂雄宛 明治37年 
 天姫がうちふる領の白彩に光は湧きて新世成りぬ
 地に理想天に大日の眩ゆき希望の春をむかへぬ
明治三十七年一月一日 渋民村 石川啄木 小林茂雄様

〇荷風・井上精一宛 明治42年 
二日三日両日とも君とあや子をまつてゐた二日の晩寒月を踏んで一人濱町へ行つた新富座で
ブイキな鼠小僧を見た「ふらんす物語」はすつかり出来上つた今年から原稿料全額を貯蓄し
五年間に千円ためて伊太利へ行てヱスビアスの火山へはいつて死にたい。兎に角今年からはつゞくだけ書く。書いて金をためる日本にゐるのはいやだ。

〇芥川・葛巻義定宛 明治42年 
粛啓 新年の御慶目出度申し納め候 先達は結構なる御歳暮を頂戴致し難有く存じ候。小弟の貧しき書庫が新しき光を放つべきも近き事と思ひ候へば此上なく嬉しく覚え候 予て御存知の旅行は愈々本夕六時半の列車にて出発の事と相成候 ロングフェローが歌の巻を懐にせる痩軀の一青年が青丹よし奈良の都に其かみの栄華を忍び、薬師寺の塔を仰いで、大なる「タイム」の力を思ひ 去つて東山のほとりに銀閣を望んで 室町将軍の豪奢を懐ひ、嵯峨野のあたりに蕭条たる黄矛を踏んで祇王祇女のむかしを床しむは近く来む七日間に御座候 小生は唯今 
学校の奉賀式に列する所に候 早々頓首 芥川龍之介 兄上 硯北

〇朔太郎・萩原栄次宛 明治44年 
昨年中の御無沙汰平にご海容被下度願上候 まへばしニテ 朔太郎
賀正 赤城山かのこまだらに雪ふれば 故郷びとも門松を立つ

〇朔太郎・白秋宛 大正4年 
新正 うららかに俥俥とゆきかへるけふしも年の初節なるらむ 
大正四年一月一日 萩原朔太郎

〇野上弥生子・小手川実宛 大正8年 
あけましてお目で度う。赤さんのお誕生もおめで度う。お日立もおよろしいのですか。二度目のことで今度は万事に経験があつて先ほど困ることもないとおもひます。長い手紙を一度かき度い〵〳とおもひながら何となしに心にゆとりがなくて今日まで延引、あしからず。皆様へ
よろしく。その内に何か赤さんへあげませう。兄さんからもよろしく申します。明子へまりを送つておきましたよ、

〇梶井基次郎・宇賀康宛 大正12年 
盲腸炎でねてゐることを矢野からきいた。困つたことだね。早く癒つて呉れ。Bone(-―)D(d) ryだつたから小喀血はやつてゐる。こちらは小康だ。今日は元旦だ、お芽出度を云つておく。どうか皆様によろしく御慶を申し上げておいて呉れ。元旦 梶井基次郎

〇柳宗悦・志賀直哉連名・圖師尚武宛 
其后どうです、待つてたけど、こないから、もう断念してる。勉強はお正月に逢つちや
―a+bなんか駄目だと思、其かはり、Cornetの練習は、成巧してると想像してる、今、
志賀、田村、木下の三兄と一緒、病院通ひはまだ續けてるんですか、學校の事は大丈夫にや、そろ〵〳近いので気がもめる 宗
謹賀新年 當地今日は、朝四十二度。(志)

〇堀辰雄・神西清宛 昭和5年 
お正月の旅行が駄目になりて残念なり 「文學」第五號に小説を書いてほしい 〆切十日嚴守(三月の豫定を急に繰上げたのだ)七草すぎまで僕は一歩も出られぬ

〇太宰治・尾崎一雄宛 昭和13年 
拝啓 昨年は、いろいろ御むりをお願ひいたし、さぞ、ごめいわく でございましたでせう どうやら 切り抜けました故 他事ながら御安心下さい、原稿なかなか むづかしく、どうやら三枚、本日別封にてお送りいたしました、あんなのでよかつたら、どうか御使用下さいまし、年賀状いただき、私喪中ゆゑ欠礼いたしました、あしからず御了承下さい、末筆ながら
山崎様にもよろしく 不一

 こういう物は、全集の書簡篇でしか読めない。以上のような年賀状なら誰でも貰えば嬉しいだろうし、「年賀状仕舞」が流行ることもないだろう。
 
 
ozakikazuo
◯尾崎一雄・十和田操宛 昭和26年(筆者家蔵)
 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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2025年2月25日 第413号

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☆INDEX☆
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1.ラピュタ阿佐ヶ谷で上映(3月9日~4月26日)
 「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」
                            村山 恒夫

2.語りえぬものとしての「会社」(『会社と社会の読書会』)
                     若林恵(黒鳥社・編集者)

3.傑作、伊藤明彦著『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』を復刊
                     西 浩孝(編集室 水平線)

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━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

ラピュタ阿佐ヶ谷で上映(3月9日~4月26日)
「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」
                           村山 恒夫

3月9日(日)午後から、東京・阿佐ヶ谷駅近くにある名画座「ラピュタ
阿佐ヶ谷」で、ほぼ2ヶ月間の長期に渡る映画上映が始まる。映画監督・
村山新治(むらやま・しんじ1922〜2021)の名前をご存知だろうか?

今回の特集のタイトルは、「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」。
B2判のポスターとB5判仕上がり・巻き3折り(6P)のパンフレットが
届いた。そのラピュタのパンフレットのキャッチにはこうある。

「警視庁物語」シリーズで東映現代劇に新生面を拓き、大映の増村保造、
日活の中平康らとともにニューウェーブの監督として注目された村山新治。
その後、犯罪アクション、純愛メロドラマ、名作リメイク、風俗もの、
任俠映画まで……あらゆるジャンルを手がけた〈職人監督〉に、今また
光をあてる7週間。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=19765
 
 
書名:『村山新治、上野発五時三五分―――私が関わった映画、その時代』
著者:村山 新治
編集:村山 正実
発行元:新宿書房
判型/ページ数:四六判/416頁/上製
価格:4,070円(税込) 
ISBN:978-4-88008-474-9
 
好評発売中!
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/new5-15/html/mybooks/474_Murayama.html
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

語りえぬものとしての「会社」(『会社と社会の読書会』)

                      若林恵(黒鳥社・編集者)

自分が編集をしておいて言うのもなんだが、この度刊行された『会社と
社会の読書会』という本は、だいぶ変な本だと思う。

 7回ほど実施した「会社の社会史」というトークイベントのシリーズを
書籍化したものだが、ろくに会社勤めをしたことのない私(5年強の出版社
勤務以後、ほとんどフリーランス)と民俗学者の畑中章宏さんが対話の中心に
いるため、実体的な会社体験に基づかず、ある意味観念的な「会社」について
しか語られていない。トークに参加した残りの半分は、コクヨという広く
知られた大企業のメンバーで、このふたりが何とか実社会における会社体験を
担保してくれているが、その体験をもって「日本の会社体験」を遺漏なく
語れているのかと言えば、もちろんそんなわけもない。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=19759
 
 
書名:『会社と社会の読書会』
著者:畑中章宏、若林恵、山下正太郎、工藤沙希
編集:コクヨ野外学習センター・WORKSIGHT
発行元:黒鳥社
判型/ページ数:A5判/224頁
価格:1,980円(税込) 

好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784910801018

 
━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

傑作、伊藤明彦著『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』を復刊

                    西 浩孝(編集室 水平線)

 伊藤明彦(1936-2009)は元長崎放送記者。1960年入社、68年に
「被爆者の声」の記録・保存・放送を目的とするラジオ番組『被爆を
語る』を企画。初代担当者。

 「最後の被爆者が地上を去る日がいつかは来る。その日のために被爆者の
体験を本人自身の肉声で録音に収録して、後代へ伝承する必要があるのでは
ないか。被爆地放送関係者の歴史に対して負うた責務ではないか」という
使命感から会社に提案したものだった。

 しかし、自分で取り組めたのはわずか半年。労働組合活動が原因で担当を
外され、佐世保支局へ飛ばされた。これに納得のいかなかった伊藤は70年に
退社。単独での聞きとり録音作業を開始した。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=19769
 
 
書名:『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』
著者:伊藤明彦
発行元:編集室 水平線
判型/ページ数:四六判並製カバー装/356頁/上製
価格:2,420円(税込) 
 
好評発売中!
https://suiheisen2017.jp/product/3763/
 
 

━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡
著者:能勢仁、八木壮一、樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込) 
ISBN:978-4-902251-45-6

好評発売中!
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書名:蔦屋重三郎
著者:鈴木俊幸
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/208頁
価格:1,100円(税込)
ISBN:9784582860672
Cコード:0223 

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書名:砂の器 映画の魔性
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:/四六判/384頁
価格:2,750円(税込)
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074

2025年3月6日発売予定!
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ラピュタ阿佐ヶ谷で上映(3月9日~4月26日)
「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」

ラピュタ阿佐ヶ谷で上映(3月9日~4月26日)
「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」

村山 恒夫

3月9日(日)午後から、東京・阿佐ヶ谷駅近くにある名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」で、ほぼ2ヶ月間の長期に渡る映画上映が始まる。映画監督・村山新治(むらやま・しんじ1922〜2021)の名前をご存知だろうか?今回の特集のタイトルは、「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」。B2判のポスターとB5判仕上がり・巻き3折り(6P)のパンフレットが届いた。そのラピュタのパンフレットのキャッチにはこうある。

「警視庁物語」シリーズで東映現代劇に新生面を拓き、大映の増村保造、日活の中平康らとともにニューウェーブの監督として注目された村山新治。その後、犯罪アクション、純愛メロドラマ、名作リメイク、風俗もの、任俠映画まで……あらゆるジャンルを手がけた〈職人監督〉に、今また光をあてる7週間。

「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」は、3月9日から4月26日までの連日、1日4本、
合計31本の村山新治作品が上映される、まさに「プログラム・ピクチャー」の職人、村山新治の大回顧上映会だ。

◯映画4兄弟の誕生

村山新治は私の叔父にあたる。父・村山英治(1912〜2001)の弟だ。長野市で小学校の教員をしていた父は、1933年(昭和8)2月4日に治安維持法違反の疑いで多数の教員ともに逮捕される。わずか21歳のときだ。これは世にいう「長野県教員赤化事件」であり、いまは「二・四事件(にし・じけん)」と呼ばれる。

村山英治は、一年間の拘留後、執行猶予付きの有罪判決を受けて釈放される。しかし村八分のような空気の故郷にいたたまれず、東京に出る。1937年、大村英之助が経営する芸術映画社(GES)の企画室に入り、初めて映画の世界に足を踏み入れた。それから東京にいる次兄の
英治を頼って、弟たちはつぎつぎと上京する。

四男の村山新治は兄にいたGESから東映へ。五男の村山祐治は次兄・村山英治が興した桜映画社から新生映画を創業、長男の治久が次ぐ。末弟の六男の村山和雄は兄の英治のツテで映画キャメラマンとして、東宝に入社。東宝争議後は東映へと歩き、最後は兄の英治の桜映画社に。ここに「映画・村山四兄弟」が誕生する。

映画の血脈はさらに続く。桜映画社では、私の長兄・村山正実は映画監督に、次兄の村山英世は桜映画社の社長から記録映画保存センターの代表、そして現在の桜映画社の社長は英世の
長男(村山英治の孫)の憲太郎が引き継いている。ではこの私、英治の三男、村山恒夫はどこにいったのか?大学を出た頃にはすでに、私が映画の世界に入る余地(座席)はなく、仕方なく出版の世界に向かう。平凡社の百科事典編集部をへて、父・村山英治が1970年に桜映画社の片隅に創業し、1980年当時は休眠状態であった「新宿書房」を、ひとり引き継ぐことになった。2023年末、新宿書房は閉業・解散したが、それまでの仕事を『新宿書房往来記』(港の人、2021年)としてまとめることができた。

◯邦画旧作のフィルム上映にこだわる名画座

今回の特集「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」。何本かの映画はすでに多くの観客の間では知られているが、監督村山新治個人については、映画雑誌や文化雑誌の特集になったこともないし、いわんや村山新治研究書などというのもない。その意味では、今回の特集上映
「村山新治を再発見する」はめったにない大企画であり、たぶん今後二度と出ない企画だろう(おじさん、ゴメン)。

村山新治は劇場公開映画を45本(うち東映作品は44本)、教育映画を15本、合計60本の映画を監督している。今回のラピュタでの特集では、このうち劇場映画から27本、教育映画から
4本、合計31本の村山新治作品が、3月9日午後から4月26日までのなんと7週間、連日午後から夜までの4本のスケジュールで上映されるのだ。

この「村山新治を再発見」の上映は支配人の石井紫(いしい・ゆかり)さんのすさまじい熱意から生まれている。いやラピュタ阿佐ヶ谷の特集上映はすべて彼女ひとりで編成しているのだ。1950〜60年代の日本映画(邦画)の旧作、ことのほか東映現代劇映画の旧作の上映に
力を入れてきた石井さんは、この間ずっと村山新治作品を取り上げてきてくれた。以前、石井さんに、いままでのラピュタ阿佐ヶ谷での村山新治作品の上映記録をたずねたことがあった。石井さんからすぐさま返事が返ってきた。

それによると、2006年11月の『孤独の賭け』(主演:佐久間良子、1965)に始まり、2021年1月の『七つの弾丸』(主演:三國連太郎、1959)まで32回。さらに2021年12月の『警視庁者物語 一〇八号車』(主演:松本克平、1959)から2024年4月の『男度胸で勝負する』(主演:梅宮辰夫、1966)までの12回、じつに合計44回の上映があったという。石井さんがすごいのは、前期32回のうち6本、後期12回のうち3本の合計9本は、なんとニュープリントのフィルムで上映していることだ。「日本映画(邦画)旧作のフィルム上映」を掲げる
ラピュタ阿佐ヶ谷は、劣化したフィルムや上映できるフィルムがない映画は、ネガから
ニュープリントに焼く。その金額は、90分の映画1本で40万〜60万円もかかるという。
しかも、上映が終わったら、このニュープリントは所蔵元の配給会社に返さないといけない。

◯映画を東京で見る

今回上映される村山新治作品31本のうち、「警視庁物語」シリーズ24作のうち7本を監督している村山新治作品から『警視庁物語 顔のない女』(1959)が、そして『七つの弾丸』(1960)、『白い粉の恐怖』(1960)、『消えた密航船』(1960)、『故郷は緑なりき』(1961)など、わたしの大好きな作品にふたたび会えるのがほんとうに嬉しい。
村山新治ファンの映画評論家のなかに、川本三郎さんがいる。映画の「ロケ地探索」を趣味とする川本さんは、『警視庁物語 顔のない女』について、著書『映画の戦後』(七つ森書館、2015)の中で、「作品そのものとしても素晴らしいし、なによりも〈映画を東京で見る〉
人間として、こんな面白い映画はない。」と絶賛している。

◯村山新治が自ら語った映画人生「わが映画の谷は緑なりき」

今回の特集上映「東映現代劇の名手 村山新治を再発見」にあたって、新宿書房が2018年5月に刊行した『村山新治、上野発五時三五分―私が関わった映画、その時代』(著者:村山新治、編者:村山正実、写真:大木茂、デザイン:桜井雄一郎)のことをぜひ紹介したい。書名は村山新治監督デビュー作のタイトル『警視庁物語 上野発五時三五分』にちなんでいる。本書は今回の特集上映の、そして村山新治研究のガイドブックです。ラピュタの1階ロビーで販売しています。どうか手に取って、見てください。

村山新治が、劇場映画の監督から1967年頃からテレビドラマの演出に仕事の舞台を移し、70歳を迎え仕事もなくなってきた1991年から回想記を書き始め、1998年に監督デビューまでを「私の関わった映画、その時代」として書き上げる。この原稿を読んだ村山組の助監督をつとめた深作欣二(『七つの弾丸』などでチーフ)、澤井信一郎(『東京アンタッチャブル』でサード)が、雑誌『映画芸術』の荒井晴彦編集長を司会にして、著者村山新治に質問する形で座談会を行う。これを2000年から2001年にかけて『映画芸術』に4回連載し、単行本を企画した。しかし、どこの出版社からも声がかからず、10年の時が過ぎる。この間、2003年には深作欣二が亡くなっている。

2011年になり甥の映画監督の村山正実の発案で出版化が始まる。監督デビューからテレビまでをカバーする、毎月1回の10時間を超える著者インタビュー「自作を語る」が行われ、編集がはじまった。
しかし、あがってきた原稿を見て、今度は著者本人が「ホンの内容」が気に入らないと出版作業をストップ、ここで文字通り「お蔵入り」となる。5年後、村山新治を説き伏せ、なんとか編集が再開。2018年5月20日にようやく刊行することができた。本が誕生するまで実に20年の時間がたったのである。この時、村山新治は80歳。本書の前見返しの絵は、村山新治夫人の容子さん(新制作会員)の作品だ。

「編者の二十年に及ぶ執念の企画は詳細なフィルモグラフィーや周辺資料も充実し、単に戦後の映画資料を超え、ともすれば個人の記憶に埋没してしまう戦後日本人の精神の軌跡を鮮やかに描きだした。」(小野民樹評『東京新聞』2018年7月15日)
そして、本書は2018年キネマ旬報映画本大賞第2位を獲得する!

◯小林寛、かんちゃんのこと

最後に小さなsequel(続編)。村山新治の映画にたびたび出演した俳優、小林寛(こばやし・ひろし)のこと。村山新治は1957年8月、東映で監督デビューするまでの14年間で、実に49本の作品の助監督をつとめている。その中には、今井正の『ひめゆりの塔』(1953)や佐伯清の『大地の侍』(1956)などがあるが、その『大地の侍』に小林寛は出ている。今井正監督、橋本忍脚本の『真昼の暗黒』(1956)に出演し、力演した小林寛は大いに注目されていた。

当時、新協劇団の座員だった小林寛は、東映の村山作品には、村山のデビュー作『警視庁物語 上野発五時三五分』をふくめ、5本の映画に出演していて、今回ラピュタ上映の映画、『警視庁物語 顔のない女』『警視庁物語 12人の刑事』の2本に小林寛が出ている。
実はこの小林寛こと、「かんちゃん」は、私の義叔父(ぎしゅくふ)である。1980年頃に
義叔父となった小林寛は、すでに役者の仕事はまわってこなくなり、ずいぶん前から杉並の
高円寺近くで山小屋風の居酒屋「イワン」を営んでいた。ここのボルシチがうまかった。

あの若き日の「かんちゃん」にラピュタでまた会えるのがとても楽しみだ。

最後にふたたび川本三郎さんの言葉を借りよう。「10代の時、『故郷は緑なりき』に感動し、村山新治の名前を知った。そして「警視庁物語」シリーズ、鉄道映画『旅路』。東映の現代劇は村山新治なしには語れない。
(『村山新治、上野発五時三五分―私が関わった映画、その時代』の帯文から)

参考サイト:
ラピュタ阿佐ヶ谷:https://www.laputa-jp.com/laputa/main/
港の人:https://www.minatonohito.jp
 
 
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〇ラピュタ阿佐ヶ谷で上映
 (3月9日~4月26日)
 
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村山新治、上野発五時三五分―――私が関わった映画、その時代
著者:村山 新治
編集:村山 正実
発行:新宿書房
判型/四六判/416頁/上製
価格:4,070円(税込)
ISBN:978-4-88008-474-9
 
好評発売中!
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/new5-15/html/mybooks/474_Murayama.html
 
 
前著についてはこちらから
 『周縁(マージナル)、路上(オン・ザ・ロード)から生まれた本たち』
 2022年2月25日 第341号【自著を語る(287)】より

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語りえぬものとしての「会社」(『会社と社会の読書会』)

語りえぬものとしての「会社」(『会社と社会の読書会』)

若林恵(黒鳥社・編集者)

自分が編集をしておいて言うのもなんだが、この度刊行された『会社と社会の読書会』という本は、だいぶ変な本だと思う。

 7回ほど実施した「会社の社会史」というトークイベントのシリーズを書籍化したものだが、ろくに会社勤めをしたことのない私(5年強の出版社勤務以後、ほとんどフリーランス)と民俗学者の畑中章宏さんが対話の中心にいるため、実体的な会社体験に基づかず、ある意味観念的な「会社」についてしか語られていない。トークに参加した残りの半分は、コクヨという広く知られた大企業のメンバーで、このふたりが何とか実社会における会社体験を担保してくれているが、その体験をもって「日本の会社体験」を遺漏なく語れているのかと言えば、
もちろんそんなわけもない。

 しかしながら、ふと足を止めて立ち止まると、そもそもの話、「日本の会社体験」などと
いうものを日本の会社員を代表して語ることができる人なんて一体どこにいるのだろうという
疑問も湧いてくる。もちろん、アカデミアの世界には、おそらく経済、社会、歴史、法、文化といった様々な切り口とスコープから「日本の会社体験」を研究している方々がたくさんいて、そうした方々による膨大な書籍群もあるので、自分たちのような門外漢がしゃしゃり出ることもないのは、確かにその通りだ。けれどもだからと言って、例え会社勤めをしていなかったとしても、これだけ自分たちの暮らしや人生に深く関与している「会社」というものについて、学者さん以外の方は「門外漢」でしかないと言ってしまうのも、何だか腑に落ちない。
むしろ会社勤めしている人はすべからく「会社の専門家」とみなしたっていいじゃないか、と思ったりもする。

 ここには学者、専門家、あるいは知識そのものの根幹に関わってくる、大きな矛盾というか困難が隠されている。「猫」の専門家は全員猫ではないだろうし、「子ども」の専門家は世界のどこに行ってもまず間違いなく大人だろう。というのは、いかにも幼稚なツッコミだが、
とはいえ、「子どもでない人が子どもの専門家である」ということが成立するために、予め
いくつかのことが合意されてなくてはならないはずだ。あらゆる物事は客観的に対象化することができる、とか、そうやって対象を客体化しうる中立的な視座がある、とか、そうすることで得られた知識というものは誰が扱っても客観的なものである、といった前提がなくては、
専門家というものは存在しえないはずだ。

 英国の詩人、作家、美術評論家のジョン・バージャーは、移民問題を扱った名著『第七の男』(弊社刊)で、移民という体験の「不自由」を語るには、客観的な記述だけでも、主観的な記述だけでもダメなのだと語っている。主観と客観は互いを入れ子のように含み込んでいるので、切り離すことができないのだとバージャーは言う。結果『第七の男』は多種多様な
モードの文章の断片が入り混じる奇妙にしてユニークな本となっている。

「会社という体験」は、バージャーが語った「移民の体験」に似たところがあるような気が
しなくもない。本書冒頭で語られるように「会社」という概念は、明治期の日本人にとって、まずもって理解不能な異様なコンセプトで、その意味で客観的に定位することが困難なものだった。それを自分なりに理解して主体化していく経緯そのものが日本の会社史だと言ってもいいほどで、本をつくり終えての結論は、「いまだ日本人は会社が何なのか、よくわからないままなんだな」ということだった。

 私たちが会社というものをどのように捉えて、それに対してどのように振る舞うかは、そのまま経営や社会的な制度へと反映され、それに合わせて私たちの会社をめぐる捉え方も、日々刻々と変化し続けている。会社は、絶えざる無限フィードバックループのなかで生き続ける、かたちのない生き物のようだ。そして、それは「家」というもののあり方、「国」というもののあり方に干渉しながら、それぞれの形をも少しずつ変えていく。

 社会の全方位にわたって影響を与え続ける、そんな鵺のような存在は、それが死にでもしない限り、客体化することができない。であればこそ、だらだらと話し、芋づる式に本を読み、また話す、という融通無碍な向き合い方は、あっているのかもしれない。客観的な知識を専門家が上位下達するようなやり方で本としてパッケージするのではなく、タコが餌に誘われて、瓶や籠のなかにぬるぬると入り込んでいくようなイメージで、この本はつくられた。

といって、本のなかに、会社の全体が入り込んだとは到底いえない。むしろ足先くらいは
捕えられたかも知れない、くらいの感触だ。なので、本書で紹介した240冊以上の本は、
鵺ともタコとも知れない異様な生き物の図体はまだまだこんなにデカいぞ、ということを
指し示すための、ある種のこけおどしと思ってもらって差し支えない。
「語りえぬものについては沈黙せねばならない」とは良く言ったものだが、語りえぬもので
あればこそ、語りたくなるというのもまた、会社というものの厄介なところだ。

 
 
会社と社会の読書会_書影
 
書名:『会社と社会の読書会』
著者:畑中章宏、若林恵、山下正太郎、工藤沙希
編集:コクヨ野外学習センター・WORKSIGHT
発行元:黒鳥社
判型/ページ数:A5判/224頁
価格:1,980円(税込) 
 
好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784910801018

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傑作、伊藤明彦著
『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』を復刊

傑作、伊藤明彦著『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』を復刊

西 浩孝(編集室 水平線・長崎市)

  昨年12月、真の傑作といえる伊藤明彦著『未来からの遺言─ある被爆者体験の伝記』(
青木書店、1980年/岩波現代文庫、2012年)を復刊した。

 伊藤明彦(1936-2009)は元長崎放送記者。1960年入社、68年に「被爆者の声」の記録・保存・放送を目的とするラジオ番組『被爆を語る』を企画。初代担当者。
 「最後の被爆者が地上を去る日がいつかは来る。その日のために被爆者の体験を本人自身の肉声で録音に収録して、後代へ伝承する必要があるのではないか。被爆地放送関係者の歴史に対して負うた責務ではないか」という使命感から会社に提案したものだった。
 しかし、自分で取り組めたのはわずか半年。労働組合活動が原因で担当を外され、佐世保支局へ飛ばされた。これに納得のいかなかった伊藤は70年に退社。単独での聞きとり録音作業を開始した。

 夜警や皿洗いなど早朝・深夜のパート労働に従事しながら、退職金で買った重さ13キロの
録音機をさげ、東京、広島、東京、福岡、長崎と転居をくりかえし、そこを足場に東北、
北陸、神奈川、備後、呉、筑豊・筑後地方、長崎県北、五島列島、沖縄本島、伊江島、宮古島などの被爆者を訪ね歩いた。
 すべて自費である。この間、夜具はなく、寝袋で寝て、座布団を二つに折って枕がわりに
するような生活を送った。自分より貧乏な被爆者に会ったことがなかった。
 79年までの8年間で全国21都府県の被爆者およそ2000人を訪問。これは平均すると3日に
2人というペースで、凄まじいと言うしかない。

 だが、半数には断られた。広島での例。
 「うちが被爆者じゃいうこたあ、どこから聞いて来んさったんですか。もう来んでください。娘の縁談の最中じゃあ言うのに。この話が壊れてしもうたら、あんたが責任をとってくれんさるんですか」
 「人いうんは、不幸じゃった過去を忘れて生きるいう権利があると思うとるんよ。ほいじゃがあんたは、その権利いうんを踏みにじるみたいなことをしとりんさるんよ」
 「責任団体がはっきりしとらんのう。あんた、なんのこたあなあ、トロツキストなんじゃあなあのかいや」
 「うるさい! いまものすごく忙しいんじゃ。わりゃあ、ぐちゃぐちゃぬかさずいにゃあええんじゃ。はよういねえ! いないんかい! しごうしたったろうかいや!」

 何日も何日も、録音をお願いにいった被爆者からきびしい拒絶にあうことが続くときは、
つぎの被爆者を訪ねていく勇気がなかなかわかず、昼間からふとんをかぶって、当の被爆者からさえ支持されないことに心身をけずっている自らの愚かさを哀れんだ。ときには鬱症状に
おちいった。しかし、それでも伊藤は作業をやめることなく、最終的に約1000人の声を収録した。

 さて、このあと伊藤が真っ先に取りかかったのが、今回復刊した『未来からの遺言』の執筆であった。録音した被爆者1000人のうちで、もっとも印象に残った人物、そのたった一人について書いたノンフィクションである。
 序文から興味をそそる。引用する。
 「この物語の主人公と、周辺の人々の本名をあかすことはできません。その理由は、この
文章を最後まで読んでくだされば、お判りいただけると思います。いまから九年前収録され、ある場所に眠っている三巻の録音テープ。このテープのなりたちをめぐる事実を、自分の記憶が正確なうちに書きとめておくために。そしてもしできることなら、この文章を読んでくださるあなたにも、この録音テープをめぐるふしぎを、私といっしょに考えていただくために」

 長崎で被爆した吉野啓二さん(仮名)は、原子爆弾と人間との関係を一身に具備したような存在だった。一家全滅。寝たきり生活。白血病による姉の死。医療認定。独り暮らし。生活保護。被爆者組織と原水禁運動への参加。「生きがいは社会を変革することだ」。
 なまなましい感情のこもった、情景(シーン)に満ちた話に、伊藤は深い感銘を受ける。
しかしその一方で、つぎのような感想もいだいた。
 「この話はほんとうだろうか」
 「あまりにもできすぎているのではないだろうか」
 傍証がほしい。伊藤は吉野さんの身の上について調べはじめる──。

 ここから先の展開を書くことはできない。読んでもらうしかない。しかし最初に記したように、「傑作」であることを保証する。
 被爆者とは誰なのか。被爆体験とは何なのか。原子爆弾と人間との関係の本質とはどのようなものなのか。
 このような大きな主題を、極上のミステリー小説のように読ませ、描ききる。その驚くべき深さ、豊かさ、おもしろさに、私のこころは震えた。

 たまたま古本屋で手に取った本であった。調べてみたら、絶版状態であった。
 なぜこれほどの本が埋もれているのか。なぜこれほどの人物が知られていないのか。
 2016年9月、私は家族の事情で東京の出版社を辞め、長崎に移った。縁もゆかりもない土地だった。当時はこれからどうするという見通しもなかった。だが、この本に出会うために、
この人物に出会うために、長崎に来たのかもしれない。そう思った。いまやそれは確信になった。

 私は彼が残したすべての著作を〈復活〉させるべく、シリーズ「伊藤明彦の仕事」の刊行を決意した。全6巻。10年かけて完結させるつもりだ。
 本書はその第1巻である。ぜひお読みいただきたい。
 
 
ito hideaki-1(オビアリ)
 
書名:『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』
著者:伊藤明彦
発行元:編集室 水平線
判型/ページ数:四六判並製カバー装/356頁/上製
価格:2,420円(税込) 
 
好評発売中!
https://suiheisen2017.jp/product/3763/

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