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日本古代典籍研究—史書・法制史料・儀式書・説話—
日本文化史上に於ける利瑪竇の世界地図
龍谷大学 和漢書分類目録 総記之部(昭和15年7月末現在)
仏教文献の研究 : 佐藤教授停年記念
図説 漢字の歴史 第4版
吉田兼好とは誰だったのか : 徒然草の謎 <幻冬舎新書 お-17-1>
D24090101〇ディジタルPDF和本JPEG版 戦前絵葉書 東京名所2 56枚〇和本古書古文書
キリシタン研究 第9輯
天神信仰史の研究
海外に活躍した明治の女性 <日本歴史新書>
日本近世英学史
蝦夷草紙 <時事新書>
バイブル・ロード : 聖書の通ってきた道
古語大鑑 第2巻 か~さ
仏教文献の研究―佐藤教授停年記念
清野謙次先生記念論文集 第3輯 (随筆・遺稿)
モンゴル時代の「知」の東西 上
善徳女王の真実
艶色江戸の瓦版 <河出文庫> 初版1刷
呉汝綸全集(全4册)-安徽古籍叢書
世界の名著 第24 パスカル
世界出版美術史
英米目録規則
源氏物語と江戸文化 : 可視化される雅俗 <源氏物語>
尊経閣善本影印集成70 実躬卿記4・宣陽門院御落飾記・後愚昧記(山門嗷訴記・実豊卿記)〔第九輯 鎌倉室町古記録〕
【英語洋書】 A catalogue of the Tibetan texts reserved in the Library of Ryukoku University = 龍谷大学所蔵 チベット語資料目録 2版
マグダラのマリアによる福音書 : イエスと最高の女性使徒
季刊銀花 130号 (2002 夏) 特集 旅するビーズ(いにしえの物語 東容子/野のビーズ 海のビーズ/女のビーズ 男の刺青 チェンマイはビーズの町 佐久間祐兒/ガラスビーズの旅/ビーズ織り 修復も我が仕事 内山捷子/ほか
書物の時代の宗教 日本近世における神と仏の変遷(アジア遊学287)
史料纂集古記録編 第32回配本 舜旧記2〔オンデマンド版〕
世界の名著 24 パスカル 第24 *パンセ *小品集
N22010101〇ディジタルPDF和本JPEG版 太政官日誌 明治元年戊辰(1868年) 第1号~第3号 8+8+8丁〇和本古書古文書
キリシタン論文集歴史・文化・言葉 : 青山玄教授退任記念
史料纂集古記録編 第115回配本 長興宿禰記
新約聖書はなぜギリシア語で書かれたか
書物の楽園
書物の楽園 紙魚のたわごと
古写経研究の最前線 シンポジウム講演資料集成
荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産
イサム・ノグチ生誕100年 <エクスナレッジムック X-knowledge home 特別編集 No.2>
太陽 7巻7号=No.73 (1969年7月) <特集 : 万葉のふるさと ; 第六回太陽賞発表>
幕末日本の情報活動 「開国」の情報史
海の護り : 昭和十一年點呼參會者の為に
幕末日本の情報活動 : 「開国」の情報史 改訂増補版.
幕末日本の情報活動 「開国」の情報史 改訂増補版.
林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。
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