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「文化9年」の検索結果
173件

谷文晁派模写粉本類/日本・中国/中国画多し/宍戸文亭、喜多武一/探幽、尚信、安信、雪斎、雪村、蛇足、顔輝、楊芝、雲涛他/56点

奥書房
 京都府京都市東山区
660,000
文化頃〜明治初期
 文亭は「五福祥集図」の瓢箪形印から宍戸文亭と判明するも詳細不明。ただ一連の内容とその名称から谷文晁と関係ある人物と推定される。また款記から文化から文政初期頃に活躍した絵師であろう。武一は喜多武一と考えられ、谷文晁に学んだ武清の養子で幕末頃の絵師。他に安西釆石(椿椿山の弟子)や中島松陰(元敬)の摸写本あり。文亭は木村蒹葭堂13回忌の書画展覧会に山水画の出品あり。
○宍戸文亭摸写本(「伝摸移写」印のあるものは墨書は無くとも文亭摸とした) 
 1 洗硯図 文亭摸 紙本墨画 108x79cm 1枚 
   「壬申冬十月廿九日 文亭摸 桃延明(陶淵明)洗硯図」墨書。裏「人物」墨書「伝摸移写」印。 
   文化9年(1812)摸写。少汚れ。
 2 鐘馗図 文亭摸 紙本墨画 80x37cm 1枚 
   「癸酉二月廿三日 文亭摸」墨書。裏「鍾馗」墨書「伝摸移写」印。 文化10年(1813)摸写。
 画像及び明細が必要な方はお申し出ください。 
 
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660,000
、文化頃〜明治初期
 文亭は「五福祥集図」の瓢箪形印から宍戸文亭と判明するも詳細不明。ただ一連の内容とその名称から谷文晁と関係ある人物と推定される。また款記から文化から文政初期頃に活躍した絵師であろう。武一は喜多武一と考えられ、谷文晁に学んだ武清の養子で幕末頃の絵師。他に安西釆石(椿椿山の弟子)や中島松陰(元敬)の摸写本あり。文亭は木村蒹葭堂13回忌の書画展覧会に山水画の出品あり。 ○宍戸文亭摸写本(「伝摸移写」印のあるものは墨書は無くとも文亭摸とした)   1 洗硯図 文亭摸 紙本墨画 108x79cm 1枚     「壬申冬十月廿九日 文亭摸 桃延明(陶淵明)洗硯図」墨書。裏「人物」墨書「伝摸移写」印。     文化9年(1812)摸写。少汚れ。  2 鐘馗図 文亭摸 紙本墨画 80x37cm 1枚     「癸酉二月廿三日 文亭摸」墨書。裏「鍾馗」墨書「伝摸移写」印。 文化10年(1813)摸写。  画像及び明細が必要な方はお申し出ください。   

近世長崎貿易史の研究

臨川書店
 京都府京都市左京区田中下柳町
4,400
中村質、吉川弘文館、昭63、619, 20p、22cm、1冊
函極少ヤケ 謹呈札貼付 マーカー線引(計7頁)
★倉庫より取り寄せ後、正確な送料をお知らせします 送料の目安(梱包料込) ①クリックポスト(厚さ3cm・重さ1㎏以下) 220円 ②レターパックプラス630円 ③宅配便(佐川急便 他)660円~(サイズ・地域により料金が異なります ) ※商品の状態や価格によりサイズ・重量に関わらず宅配便を選択する場合がございます ★ご公費注文承ります ★店頭にて商品をご覧になりたい場合は事前にご連絡ください 
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近世長崎貿易史の研究

4,400
中村質 、吉川弘文館 、昭63 、619, 20p 、22cm 、1冊
函極少ヤケ 謹呈札貼付 マーカー線引(計7頁)

史料纂集古記録編220 花月日記5

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、2024年、312頁、1
【新刊書の定価販売です】※発送まで1~3営業日お時間いただきます

「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻!
【内容説明】
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。
 「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。
【目次】
【所収】文政5年(1822)正月~文政8年(1825)12月
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可 適格請求
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、2024年 、312頁 、1
【新刊書の定価販売です】※発送まで1~3営業日お時間いただきます 「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻! 【内容説明】 江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。  「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。 【目次】 【所収】文政5年(1822)正月~文政8年(1825)12月

史料纂集古記録編216 花月日記4

八木書店
 東京都千代田区神田小川町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、2023年、328頁、A5判、1冊
【新刊書の定価販売です】※発送まで1~3営業日お時間いただきます

「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻!
【内容説明】
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。
 「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。
【所収】文化15年(1818)正月~文政4年(1821)12月
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可 適格請求
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、2023年 、328頁 、A5判 、1冊
【新刊書の定価販売です】※発送まで1~3営業日お時間いただきます 「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻! 【内容説明】 江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。  「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。 【所収】文化15年(1818)正月~文政4年(1821)12月

続帝国文庫 種彦短篇傑作集

中央書房
 東京都小金井市本町
3,630
柳亭種彦 著 ; 幸堂得知 校訂、博文館、明治35年、20cm
背表紙フチスレ 見返しノド附近イタミ
主な発送方法 クリックポスト(3センチ以内)レターパック 厚さ3cm以上はレターパックプラス600円、 大型・4㎏以上は800円~(ゆうパック)
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可
3,630
柳亭種彦 著 ; 幸堂得知 校訂 、博文館 、明治35年 、20cm
背表紙フチスレ 見返しノド附近イタミ

新編 一宮市史 資料編 第7・8巻 尾張藩村方御触書集 上下巻揃《愛知県》

古本案内処
 東京都八王子市中野上町
3,000 (送料:¥906~)
一宮市、842/937p 図版、22cm、2冊
箱・ビニールカバー付。経年並みのおおむねきれいな状態ですが、「シミ・カバーのイタミ・退色・蔵書印・ページ折れ等」のようなキズがあります。
商品サイズにより、ゆうパケット・レターパック・ゆうパックでの発送になります。 ご注文確定後に改めて送料をお知らせします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可 適格請求

新編 一宮市史 資料編 第7・8巻 尾張藩村方御触書集 上下巻揃《愛知県》

3,000 (送料:¥906~)
、一宮市 、842/937p 図版 、22cm 、2冊
箱・ビニールカバー付。経年並みのおおむねきれいな状態ですが、「シミ・カバーのイタミ・退色・蔵書印・ページ折れ等」のようなキズがあります。
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龜田鵬齋自筆 胸中山 原画帖

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
1,320,000
亀田鵬齋自筆、丙子(文化一三年)春三月記
■商品詳細

【書名】 龜田鵬齋自筆 胸中山 原画帖
【巻冊】 特大一帖
【著者】 亀田鵬齋自筆
【成立】 丙子(文化一三年)春三月記

★ 絹本16圖
★ 緞子仕立
★ 画の大きさ49×20.5㎝。帖の大きさ55.7×25.5㎝
★ 緞子仕立。

★ 鵬齋の最高傑作として名高い刋本『胸中山』全29圖の内、鵬齋自筆の原画または画稿と考えられる16圖を貼り込んだ超特大の一帖。おそらくは此を元に半丁一圖の構圖はほぼそのままに、見開きの一圖は画面に合わせ構圖を大幅に改訂して板行したものと考えられる。
★ 刋本では「窮魚翆碧」と題し、本帖では題名がつけられていない一圖を除いて画名は全て一致し、三圖を除いて落款も一致する。末尾の「寒江獨釣」に「丙子春三月鵬齋老人」と記されており、刋本の鵬齋の文化一三年春の序文の年記とも一致する。
★ 文化六年五月、東都書林/須原屋新兵衛の奧書を附す傳本が稀に存在するが、鵬齋は文化五年に妻を亡くし、翌年に江戸を離れ日光から信州、越後から佐渡に渡えい旅した。その間、出雲崎で良寛和尚と運命的な出會いをしたと云う。良寛の書と人柄に觸れて大きな影響を受け(江戸川柳/鵬齋は越後歸りで字がくねり)、60歳(文化九年頃)にして江戸に戻り富を得たとされているので文化六年刋はあり得まい。
★ 画帖の末尾に舊藏者による記述の貼附あり。それによれば「昭和三八年八月東京文行堂より通信目録にて購求す・・省略・・縁ありて我有に帰した逸品である」とあり。この一文を附した人物は、東海地方に在住されて戰前から古書を蒐集して同時代の大藏書家であった小汀利得氏や横山重氏らに肩を並べる目利きの藏書家だったようだ。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可
1,320,000
亀田鵬齋自筆 、丙子(文化一三年)春三月記
■商品詳細 【書名】 龜田鵬齋自筆 胸中山 原画帖 【巻冊】 特大一帖 【著者】 亀田鵬齋自筆 【成立】 丙子(文化一三年)春三月記 ★ 絹本16圖 ★ 緞子仕立 ★ 画の大きさ49×20.5㎝。帖の大きさ55.7×25.5㎝ ★ 緞子仕立。 ★ 鵬齋の最高傑作として名高い刋本『胸中山』全29圖の内、鵬齋自筆の原画または画稿と考えられる16圖を貼り込んだ超特大の一帖。おそらくは此を元に半丁一圖の構圖はほぼそのままに、見開きの一圖は画面に合わせ構圖を大幅に改訂して板行したものと考えられる。 ★ 刋本では「窮魚翆碧」と題し、本帖では題名がつけられていない一圖を除いて画名は全て一致し、三圖を除いて落款も一致する。末尾の「寒江獨釣」に「丙子春三月鵬齋老人」と記されており、刋本の鵬齋の文化一三年春の序文の年記とも一致する。 ★ 文化六年五月、東都書林/須原屋新兵衛の奧書を附す傳本が稀に存在するが、鵬齋は文化五年に妻を亡くし、翌年に江戸を離れ日光から信州、越後から佐渡に渡えい旅した。その間、出雲崎で良寛和尚と運命的な出會いをしたと云う。良寛の書と人柄に觸れて大きな影響を受け(江戸川柳/鵬齋は越後歸りで字がくねり)、60歳(文化九年頃)にして江戸に戻り富を得たとされているので文化六年刋はあり得まい。 ★ 画帖の末尾に舊藏者による記述の貼附あり。それによれば「昭和三八年八月東京文行堂より通信目録にて購求す・・省略・・縁ありて我有に帰した逸品である」とあり。この一文を附した人物は、東海地方に在住されて戰前から古書を蒐集して同時代の大藏書家であった小汀利得氏や横山重氏らに肩を並べる目利きの藏書家だったようだ。

田能村竹田全集 3版

水たま書店 桜井店
 奈良県桜井市安倍木材団地2-6-6
2,100 (送料:¥600~)
田能村竹田 著 ; 早川純三郎 編輯、国文名著刊行会、昭和10年3版、23cm、1冊
裸本。全体的にムレ。喉補修・イタミ。表紙イタミ。強ヤケ変色。シミ。値札跡。
はじめまして。水たま書店 です。 ご不明な点はお気軽にお問い合わせください。 詳しくは発送ポリシーをご覧ください。直接ご覧になりたい場合は必ず事前にご連絡下さい。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求
2,100 (送料:¥600~)
田能村竹田 著 ; 早川純三郎 編輯 、国文名著刊行会 、昭和10年3版 、23cm 、1冊
裸本。全体的にムレ。喉補修・イタミ。表紙イタミ。強ヤケ変色。シミ。値札跡。
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史料纂集古記録編 第226回配本 花月日記6

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、令7、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻!

【内容説明】
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。
 若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。
 なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。

【目次】
【所収】文政9年(1826)正月~文政11年(1828)12月・解題

#八木書店出版物/-/-
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、令7 、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻! 【内容説明】 江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。  若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。  なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。 【目次】 【所収】文政9年(1826)正月~文政11年(1828)12月・解題 #八木書店出版物/-/-

史料纂集古記録編 第216回配本 花月日記4

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、令5、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻!

【内容説明】
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。
 若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。
 なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。

【目次】
【所収】文化15年(1818)正月~文政4年(1821)12月

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、令5 、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻! 【内容説明】 江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。  若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。  なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。 【目次】 【所収】文化15年(1818)正月~文政4年(1821)12月 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

斎藤報恩会博物館図書部研究報告 第4 仙臺城下繪圖の研究  付:附図4枚(袋付) ◆目次記載あり

ハナ書房
 大阪府大阪市北区天神橋
33,000
阿刀田令造 著 ; 斎藤報恩会 編纂、斎藤報恩会、1939-8、134p、26cm
目次 /
序 /
例言 /
第一章 仙臺城下繪圖の研究 /
第一節 現存城下繪圖と其製作年代 /
第二節 城下繪圖の分類 /
第三節 城下繪圖の製作 /
第二章 城下繪圖より見たる仙臺城の變遷 /
第一節 仙臺城の創設 /
第二節 二の丸の造營 /
第三節 正保以後の變遷 /
第三章 城下繪圖より見たる仙臺市街の變遷 /
第一節 政宗開府以前の仙臺附近 /
第二節 開府當初の仙臺市街 /
第三節 寛永年間に於ける市街の發達 /
第四節 正保元祿年間に於ける市街の變遷 /
第五節 享保以後に於ける市街の變遷 /
第六節 結論 /
挿圖 /
第一圖 正保延寶年間に於ける市街發展略圖 /
第二圖 同心町附近の變遷圖 /
第三圖 澱橋附近の變遷圖 /
附録 /
仙臺城下繪圖所載人名録 /
一、 寛文八・九年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 /
二、 延寶六年同八年間製作「仙臺城下大繪圖」所載人名録 /
三、 安永元年同七年間製作「仙臺地圖」所載人名録 /
四、 文化九年同十四年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 /
五、 安政三年同六年間製作「安政補正改革仙府繪圖」所載人名録 /
附圖 /
仙臺城下繪圖聚成 /
一、 奧州仙臺城繪圖(正保二・三年製作 齋藤報恩會所藏)部分寫眞 /
二、 仙臺御城下繪圖(寛文四年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 /
三、 仙臺城下繪圖(寛文九年同十一年間製作 伊達伯爵家所藏)部分寫眞 /
四、 仙臺城下大繪圖(延寶六年同八年間製作 宮城縣圖書館所藏)寫眞 /
五、 仙臺藩治繪圖(延寶六年同八年間製作 第二高等學校所藏)縮寫圖 /
六、 奧州仙臺城并城下繪圖(天和二年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 /
七、 仙臺御城下御繪圖(天和二年製作 阿部福三郎氏所藏)縮寫圖 /
八、 仙臺城下繪圖(元祿十六年享保十七年間製作 玉蟲權哉氏所藏)縮寫圖 /
九、 仙臺地圖(安永元年同七年間製作 永野榮助氏所藏)縮寫圖 /
一〇、 仙臺城下繪圖(天明六年寛政元年間製作 男爵伊達宗經氏所藏)寫眞 /
その他・・・
少経年ヤケ
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33,000
阿刀田令造 著 ; 斎藤報恩会 編纂 、斎藤報恩会 、1939-8 、134p 、 26cm
目次 / 序 / 例言 / 第一章 仙臺城下繪圖の研究 / 第一節 現存城下繪圖と其製作年代 / 第二節 城下繪圖の分類 / 第三節 城下繪圖の製作 / 第二章 城下繪圖より見たる仙臺城の變遷 / 第一節 仙臺城の創設 / 第二節 二の丸の造營 / 第三節 正保以後の變遷 / 第三章 城下繪圖より見たる仙臺市街の變遷 / 第一節 政宗開府以前の仙臺附近 / 第二節 開府當初の仙臺市街 / 第三節 寛永年間に於ける市街の發達 / 第四節 正保元祿年間に於ける市街の變遷 / 第五節 享保以後に於ける市街の變遷 / 第六節 結論 / 挿圖 / 第一圖 正保延寶年間に於ける市街發展略圖 / 第二圖 同心町附近の變遷圖 / 第三圖 澱橋附近の變遷圖 / 附録 / 仙臺城下繪圖所載人名録 / 一、 寛文八・九年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 / 二、 延寶六年同八年間製作「仙臺城下大繪圖」所載人名録 / 三、 安永元年同七年間製作「仙臺地圖」所載人名録 / 四、 文化九年同十四年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 / 五、 安政三年同六年間製作「安政補正改革仙府繪圖」所載人名録 / 附圖 / 仙臺城下繪圖聚成 / 一、 奧州仙臺城繪圖(正保二・三年製作 齋藤報恩會所藏)部分寫眞 / 二、 仙臺御城下繪圖(寛文四年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 / 三、 仙臺城下繪圖(寛文九年同十一年間製作 伊達伯爵家所藏)部分寫眞 / 四、 仙臺城下大繪圖(延寶六年同八年間製作 宮城縣圖書館所藏)寫眞 / 五、 仙臺藩治繪圖(延寶六年同八年間製作 第二高等學校所藏)縮寫圖 / 六、 奧州仙臺城并城下繪圖(天和二年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 / 七、 仙臺御城下御繪圖(天和二年製作 阿部福三郎氏所藏)縮寫圖 / 八、 仙臺城下繪圖(元祿十六年享保十七年間製作 玉蟲權哉氏所藏)縮寫圖 / 九、 仙臺地圖(安永元年同七年間製作 永野榮助氏所藏)縮寫圖 / 一〇、 仙臺城下繪圖(天明六年寛政元年間製作 男爵伊達宗經氏所藏)寫眞 / その他・・・ 少経年ヤケ パラフィン包装にてお届け致します。

史料纂集古記録編 第220回配本 花月日記5

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、令6、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻!

【内容説明】
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。
 若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。
 なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。

【目次】
【所収】文政5年(1822)正月~文政8年(1825)12月

#八木書店出版物/-/-
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18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、令6 、1冊
「寛政の改革」を断行した老中松平定信の晩年の日記初の全文翻刻! 【内容説明】 江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記。定信の見識を通じての、当代の世情、事件、及び政治・文化面の具体的な記述、様々な人物への評言には、実に興味深いものがある。  若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記がこの『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、約2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。文中には、その時々に数多の和歌が詠み込まれ、さながら歌日記の態をなしている。定信生前に歌集として版行されたのは『三草集』930余首のみであるが、この『花月日記』に詠み込まれた歌は各年300~400首を超える。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。記述中には幕政に対する批判は厳に慎んでいる。繰り返されているのは当代の御代の豊かさに対する賛辞と感謝である。しかし、やはりその中には、定信自身の思い、考え、また志といったものも、折々に現れてくる。定信の心情が思われる。  なお、「浴恩園」は閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に眠っている。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。 【目次】 【所収】文政5年(1822)正月~文政8年(1825)12月 #八木書店出版物/-/-

史料纂集古記録編 第212回配本 花月日記2

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、令3、1冊
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記

【内容説明】
若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信(1758ー1829)。その定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記が『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。まず息定永とその正室綱子、次郎である定栄(真田家養嗣子、後の真田幸貫)、また、各大名の正室となっていく娘たちとその夫、定信の後室隼、さらに姉・妹・実母…。ごく近しい友人として折にふれて記されているのは「月の君」こと堀田正敦、「林の君」こと林述斎である。この二人との「底意なき交じらい」「心隔てぬ友垣」の様には何よりも美しいものがある。時々には内藤信敦・松平輝延・牧野忠精・酒井忠進・松浦静山…、また「寛政の改革」以降も定信の政治基調を維持したいわゆる「寛政の遺老」松平信明等。
 幕政を離れ、さらには藩主も退任して後の定信ではあるが、助言・教導を求めて来訪・対面を願う者は絶えなかった。定信はそのほとんどを謝絶、または1年延ばしなどとはするものの、それでも、日記中には多彩な人物の名が見える。様々な大名家当主、世子、藩の問題を抱えた家老達。また、当代の文化人、北村季文・市川米庵・屋代弘賢等との交流、時に杉田玄白・頼山陽・村田春海・塙保己一等の名もあがる。

【目次】
【所収】文化11年(1814)正月~文化12年(1815)12月

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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18,700
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、令3 、1冊
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記 【内容説明】 若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信(1758ー1829)。その定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記が『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。まず息定永とその正室綱子、次郎である定栄(真田家養嗣子、後の真田幸貫)、また、各大名の正室となっていく娘たちとその夫、定信の後室隼、さらに姉・妹・実母…。ごく近しい友人として折にふれて記されているのは「月の君」こと堀田正敦、「林の君」こと林述斎である。この二人との「底意なき交じらい」「心隔てぬ友垣」の様には何よりも美しいものがある。時々には内藤信敦・松平輝延・牧野忠精・酒井忠進・松浦静山…、また「寛政の改革」以降も定信の政治基調を維持したいわゆる「寛政の遺老」松平信明等。  幕政を離れ、さらには藩主も退任して後の定信ではあるが、助言・教導を求めて来訪・対面を願う者は絶えなかった。定信はそのほとんどを謝絶、または1年延ばしなどとはするものの、それでも、日記中には多彩な人物の名が見える。様々な大名家当主、世子、藩の問題を抱えた家老達。また、当代の文化人、北村季文・市川米庵・屋代弘賢等との交流、時に杉田玄白・頼山陽・村田春海・塙保己一等の名もあがる。 【目次】 【所収】文化11年(1814)正月~文化12年(1815)12月 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第214回配本 花月日記3

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
17,600
岡嶌偉久子・山根陸宏校訂、八木書店、令4、1冊
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記

【内容説明】
若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信(1758ー1829)。その定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記が『花月日記』である。
 退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。
 日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。まず息定永とその正室綱子、次郎である定栄(真田家養嗣子、後の真田幸貫)、また、各大名の正室となっていく娘たちとその夫、定信の後室隼、さらに姉・妹・実母…。ごく近しい友人として折にふれて記されているのは「月の君」こと堀田正敦、「林の君」こと林述斎である。この二人との「底意なき交じらい」「心隔てぬ友垣」の様には何よりも美しいものがある。時々には内藤信敦・松平輝延・牧野忠精・酒井忠進・松浦静山…、また「寛政の改革」以降も定信の政治基調を維持したいわゆる「寛政の遺老」松平信明等。
 幕政を離れ、さらには藩主も退任して後の定信ではあるが、助言・教導を求めて来訪・対面を願う者は絶えなかった。定信はそのほとんどを謝絶、または1年延ばしなどとはするものの、それでも、日記中には多彩な人物の名が見える。様々な大名家当主、世子、藩の問題を抱えた家老達。また、当代の文化人、北村季文・市川米庵・屋代弘賢等との交流、時に杉田玄白・頼山陽・村田春海・塙保己一等の名もあがる。

【所収】文化13年(1816)正月~文化14年(1817)12月

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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岡嶌偉久子・山根陸宏校訂 、八木書店 、令4 、1冊
江戸幕府老中、松平定信(1758~1829)の晩年の日記。白河藩主致仕の日をもって起筆、以後逝去の前年までの日記 【内容説明】 若くして徳川幕府老中首座・将軍補佐となり、「寛政の改革」を断行した松平定信(1758ー1829)。その定信が白河藩主致仕の日(文化9年4月6日 55歳)を以て起筆、以後、逝去前年の文政11年末まで書き続けた17年間の日次記が『花月日記』である。  退隠後は、住居を江戸築地の藩邸下屋敷「浴恩園」に移し、自ら「楽翁」また「花月翁」と称した。優雅な擬古文でつづられた当『花月日記』の記述の多くは、2万坪の大庭園「浴恩園」での、四季の花々を愛で、月を賞し、心知れる友と語らう、風流清雅な日々の記といってよい。  日記中によく登場する人々は子息や娘たち、近親、またごく親しい友人たちである。まず息定永とその正室綱子、次郎である定栄(真田家養嗣子、後の真田幸貫)、また、各大名の正室となっていく娘たちとその夫、定信の後室隼、さらに姉・妹・実母…。ごく近しい友人として折にふれて記されているのは「月の君」こと堀田正敦、「林の君」こと林述斎である。この二人との「底意なき交じらい」「心隔てぬ友垣」の様には何よりも美しいものがある。時々には内藤信敦・松平輝延・牧野忠精・酒井忠進・松浦静山…、また「寛政の改革」以降も定信の政治基調を維持したいわゆる「寛政の遺老」松平信明等。  幕政を離れ、さらには藩主も退任して後の定信ではあるが、助言・教導を求めて来訪・対面を願う者は絶えなかった。定信はそのほとんどを謝絶、または1年延ばしなどとはするものの、それでも、日記中には多彩な人物の名が見える。様々な大名家当主、世子、藩の問題を抱えた家老達。また、当代の文化人、北村季文・市川米庵・屋代弘賢等との交流、時に杉田玄白・頼山陽・村田春海・塙保己一等の名もあがる。 【所収】文化13年(1816)正月~文化14年(1817)12月 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

幽谷全集

ハコワレ古書店
 東京都足立区足立
1,500 (送料:¥600~)
藤田幽谷 著 ; 菊池謙二郎 編、吉田弥平、昭10、824p 図版、23cm
A5 函コワレヤケ 三方シミ
【単品スピード注文】いただければ、即日~1日程度で発送いたします。 本のサイズに合わせて日本郵便の クリックポスト、レターパックプラス、ゆうパックなどで発送いたします。(発送時に追跡番号をお知らせします) 領収書が必要な場合はご注文時にお申し付けください。(宛名、日付、但し書き、ご指定下さい) 海外への発送は対応しておりません。Sorry, we do not ship overseas. 代引きは対応しておりません。
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1,500 (送料:¥600~)
藤田幽谷 著 ; 菊池謙二郎 編 、吉田弥平 、昭10 、824p 図版 、23cm
A5 函コワレヤケ 三方シミ
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斎藤報恩会博物館図書部研究報告 第4 仙臺城下繪圖の研究  付:附14.15.16.17なし ◆目次記載あり

ハナ書房
 大阪府大阪市北区天神橋
25,000
阿刀田令造 著 ; 斎藤報恩会 編纂、斎藤報恩会、1939-8、134p、26cm
目次 /
序 /
例言 /
第一章 仙臺城下繪圖の研究 /
第一節 現存城下繪圖と其製作年代 /
第二節 城下繪圖の分類 /
第三節 城下繪圖の製作 /
第二章 城下繪圖より見たる仙臺城の變遷 /
第一節 仙臺城の創設 /
第二節 二の丸の造營 /
第三節 正保以後の變遷 /
第三章 城下繪圖より見たる仙臺市街の變遷 /
第一節 政宗開府以前の仙臺附近 /
第二節 開府當初の仙臺市街 /
第三節 寛永年間に於ける市街の發達 /
第四節 正保元祿年間に於ける市街の變遷 /
第五節 享保以後に於ける市街の變遷 /
第六節 結論 /
挿圖 /
第一圖 正保延寶年間に於ける市街發展略圖 /
第二圖 同心町附近の變遷圖 /
第三圖 澱橋附近の變遷圖 /
附録 /
仙臺城下繪圖所載人名録 /
一、 寛文八・九年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 /
二、 延寶六年同八年間製作「仙臺城下大繪圖」所載人名録 /
三、 安永元年同七年間製作「仙臺地圖」所載人名録 /
四、 文化九年同十四年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 /
五、 安政三年同六年間製作「安政補正改革仙府繪圖」所載人名録 /
附圖 /
仙臺城下繪圖聚成 /
一、 奧州仙臺城繪圖(正保二・三年製作 齋藤報恩會所藏)部分寫眞 /
二、 仙臺御城下繪圖(寛文四年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 /
三、 仙臺城下繪圖(寛文九年同十一年間製作 伊達伯爵家所藏)部分寫眞 /
四、 仙臺城下大繪圖(延寶六年同八年間製作 宮城縣圖書館所藏)寫眞 /
五、 仙臺藩治繪圖(延寶六年同八年間製作 第二高等學校所藏)縮寫圖 /
六、 奧州仙臺城并城下繪圖(天和二年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 /
七、 仙臺御城下御繪圖(天和二年製作 阿部福三郎氏所藏)縮寫圖 /
八、 仙臺城下繪圖(元祿十六年享保十七年間製作 玉蟲權哉氏所藏)縮寫圖 /
九、 仙臺地圖(安永元年同七年間製作 永野榮助氏所藏)縮寫圖 /
一〇、 仙臺城下繪圖(天明六年寛政元年間製作 男爵伊達宗經氏所藏)寫眞 /
その他・・・
少経年ヤケ 背少イタミ
パラフィン包装にてお届け致します。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送可
25,000
阿刀田令造 著 ; 斎藤報恩会 編纂 、斎藤報恩会 、1939-8 、134p 、 26cm
目次 / 序 / 例言 / 第一章 仙臺城下繪圖の研究 / 第一節 現存城下繪圖と其製作年代 / 第二節 城下繪圖の分類 / 第三節 城下繪圖の製作 / 第二章 城下繪圖より見たる仙臺城の變遷 / 第一節 仙臺城の創設 / 第二節 二の丸の造營 / 第三節 正保以後の變遷 / 第三章 城下繪圖より見たる仙臺市街の變遷 / 第一節 政宗開府以前の仙臺附近 / 第二節 開府當初の仙臺市街 / 第三節 寛永年間に於ける市街の發達 / 第四節 正保元祿年間に於ける市街の變遷 / 第五節 享保以後に於ける市街の變遷 / 第六節 結論 / 挿圖 / 第一圖 正保延寶年間に於ける市街發展略圖 / 第二圖 同心町附近の變遷圖 / 第三圖 澱橋附近の變遷圖 / 附録 / 仙臺城下繪圖所載人名録 / 一、 寛文八・九年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 / 二、 延寶六年同八年間製作「仙臺城下大繪圖」所載人名録 / 三、 安永元年同七年間製作「仙臺地圖」所載人名録 / 四、 文化九年同十四年製作「仙臺城下繪圖」所載人名録 / 五、 安政三年同六年間製作「安政補正改革仙府繪圖」所載人名録 / 附圖 / 仙臺城下繪圖聚成 / 一、 奧州仙臺城繪圖(正保二・三年製作 齋藤報恩會所藏)部分寫眞 / 二、 仙臺御城下繪圖(寛文四年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 / 三、 仙臺城下繪圖(寛文九年同十一年間製作 伊達伯爵家所藏)部分寫眞 / 四、 仙臺城下大繪圖(延寶六年同八年間製作 宮城縣圖書館所藏)寫眞 / 五、 仙臺藩治繪圖(延寶六年同八年間製作 第二高等學校所藏)縮寫圖 / 六、 奧州仙臺城并城下繪圖(天和二年製作 伊達伯爵家所藏)寫眞 / 七、 仙臺御城下御繪圖(天和二年製作 阿部福三郎氏所藏)縮寫圖 / 八、 仙臺城下繪圖(元祿十六年享保十七年間製作 玉蟲權哉氏所藏)縮寫圖 / 九、 仙臺地圖(安永元年同七年間製作 永野榮助氏所藏)縮寫圖 / 一〇、 仙臺城下繪圖(天明六年寛政元年間製作 男爵伊達宗經氏所藏)寫眞 / その他・・・ 少経年ヤケ 背少イタミ パラフィン包装にてお届け致します。

漁村の研究 : 近世大阪の漁村

中央書房
 東京都小金井市本町
7,500
野村豐 著、三省堂、昭和33、398p、22cm
主な発送方法 クリックポスト(3センチ以内)レターパック 厚さ3cm以上はレターパックプラス600円、 大型・4㎏以上は800円~(ゆうパック)
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7,500
野村豐 著 、三省堂 、昭和33 、398p 、22cm

幽谷全集

不死鳥BOOKS
 岡山県総社市駅前
1,410 (送料:¥800~)
藤田幽谷 著 ; 菊池謙二郎 編、吉田弥平、824p 図版、23cm
裸本です。強めのヤケシミ傷みがあります。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求

幽谷全集

1,410 (送料:¥800~)
藤田幽谷 著 ; 菊池謙二郎 編 、吉田弥平 、824p 図版 、23cm
裸本です。強めのヤケシミ傷みがあります。
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西鶴年譜考証

シルバー書房
 埼玉県川口市大字榛松
600 (送料:¥300~)
野間光辰 著、中央公論社、昭和27.3.1、445p 図版、22cm
初版 函ヤケ小汚れ 三方ヤケ 書込みなし 経年並
入金確認後、2営業日以内に発送しております。
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600 (送料:¥300~)
野間光辰 著 、中央公論社 、昭和27.3.1 、445p 図版 、22cm
初版 函ヤケ小汚れ 三方ヤケ 書込みなし 経年並
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徳川幕府の米価調節 復刻

中央書房
 東京都小金井市本町
2,200
本庄栄治郎 著、柏書房、1966、415p、22cm
小口に茶点あり
主な発送方法 クリックポスト(3センチ以内)レターパック 厚さ3cm以上はレターパックプラス600円、 大型・4㎏以上は800円~(ゆうパック)
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2,200
本庄栄治郎 著 、柏書房 、1966 、415p 、22cm
小口に茶点あり

阿波の歴史地理 第3

光国家書店
 大阪府豊中市庄内栄町
1,500 (送料:¥185~)
福井好行 著、A5版、昭和49年、445p、22cm
初版 箱背に傷 少ヤケスレシミ 
外国には送りません。 領収書が必要な方は、ご注文時にお知らせ下さい。 インボイス制度には対応しておりません。 本の匂い(煙草等)についてはわかりません。
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1,500 (送料:¥185~)
福井好行 著 、A5版 、昭和49年 、445p 、22cm
初版 箱背に傷 少ヤケスレシミ 
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西鶴年譜考証

不死鳥BOOKS
 岡山県総社市駅前
530 (送料:¥300~)
野間光辰 著、中央公論社、445p 図版、22cm
函付き。強いヤケシミがあります。古書店ラベルの貼付があります。函に傷みと、背に大きな破れがあります。
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西鶴年譜考証

530 (送料:¥300~)
野間光辰 著 、中央公論社 、445p 図版 、22cm
函付き。強いヤケシミがあります。古書店ラベルの貼付があります。函に傷みと、背に大きな破れがあります。
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西鶴年譜考証

不死鳥BOOKS
 岡山県総社市駅前
590 (送料:¥600~)
野間光辰 著、中央公論社、445p 図版、22cm
昭和27年発行。函付き。強いヤケシミ汚れと傷み、書込みがあります。函にキズがあります。
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西鶴年譜考証

590 (送料:¥600~)
野間光辰 著 、中央公論社 、445p 図版 、22cm
昭和27年発行。函付き。強いヤケシミ汚れと傷み、書込みがあります。函にキズがあります。
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