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童謡集 空へいく汽車
1_ 初等繪本 童謠畫集 初等絵本 童謠画集 昭和16年 1941年 110047
ゐのこの小舎 創刊号 昭和4年7月 名古屋詩人 2巻3号 昭和3年4月号 民謡列車 昭和2年12月 民謡詩人宿所録付 聖樹詩人 昭和2年10月号 童謡詩人 8月号川上四郎表紙カット 耕人 31号 大正13年7月号 (けむり)2巻2号・昭和4年2月号萩原朔太郎短冊「我れはもと虚無の鴉」とびら表紙 北方詩人 3輯 昭和2年11月北方の曲出版記念号 表現詩人 昭和2年10月号 民謡詩人 昭和3年4月 2巻4号竹久夢二表紙カット 芝根 13号文集慰問号 月と煙 昭和6年7月 創刊号 上記以外昭和2年行路2冊及び戦後詩誌現代2冊共合本
現代日本児童文学詩人名鑑
児童教育資料 創刊号 大正13年11月
童謡集繭のお山 初帙 本文少シミ有 帙少痛
声に出して読もう!野口雨情の童謡
伊都内親王と阿保親王 : 平安遷都は不安続きで始まった
詩とメルヘン 1983年10月号 特集:おおた慶文・画集「陽だまりの小さな一日」投稿メルヘン特集・佳作/初恋=阿里冴子・文+牧野鈴子・絵、同佳作/天さんの恋占い=柚木和恵・文+林静一・絵、同入選作/「レイチェル・ピリトの魔法の木」=おびきみつこ・文+たかしたかこ・絵 0才〜99才童謡「ちいさな紳士」やなせ・たかし作詞、いずみたく作曲 気まぐれ絵日記=アンパンマンもバイキンマンも登場 他
寺山修司少女詩集 <角川文庫> 改版.5版
童謡名曲集 第3輯
キャロル・イン・ワンダーランド
村山籌子の人間像と童話
ことばの宝石箱
西條八十童謡全集 名著復刻 日本児童文学館 19(大正13年5月25日刊、新潮社版)
思い出の歌謡物語 : 明治から昭和まで
『エメラルドの約束』
セウガク二年生 昭和7年12月(第8巻第9号)―長篇幼年幼女小説・お手手つないで(6)(横山美智子/津田茂・画)、クレーン(起重機)(安井小弥太・画)、トーキーマングワ・サンタクロースノシッパイ(やすを・ヱ)、童謡・サンタクロース(永井花水・作歌/中山晋平・作曲)、連続漫画・オヤユビタンテイ(2)ほか
童謡集ひとつ星 私家版非売品 少痛
童謡 初函帯
相馬御風 <新潟県人物小伝> <新潟県人物小伝>
(絵本)童謡画集(2)-講談社の絵本ゴールド版-
コドモアサヒ 第10巻第1号 通巻99号 昭和7年1月
ツバメノオウチ 第7巻第11号 クルマ ガ マハル 昭和10年11月(キンダーブック 第8集第8編「車が廻る」附録)
日本児童文学
伊那童謡集 ふるさとの唄
浦戸の今昔 (4) 浦戸諸島案内図 (宮城県塩釜市浦戸)
コドモノクニ 第12巻第1号 昭和8年1月
コドモノクニ 第6巻第10号 昭和2年10月
童謡集葦の笛 初函
花椿 1938年11月 No.13 <新花嫁姿 (資生堂PR誌)>
日本の詩・世界の詩 岩波文庫特装版 全30冊揃 *岩波文庫創刊70年記念
さみしい王女〈下〉 (金子みすゞ童謡全集) JULA出版局 金子みすゞ
日本の詩歌 別巻 (日本歌唱集)
あなたに語る日本文学史 近世・近代篇
赤とんぼの謎
少年倶楽部名作選 3
彦根屏風 : 詩集
良友 第7年第4号 大正11年4月
詩集 彦根屏風 (遺稿)
赤い鳥 第4巻第5号 大正9年5月
セウガク一年生 16巻6号
児童文学概論
風景は動く 初版 函 カバー
てんとむし : サトウ・ハチロー童謠集
韓国歌謡史 1895‐1945
さあでかけよう! : アメリカ童謡詩集
雪中佳日 相馬御風著 装丁 郷倉千靱 出版社 櫻井書店 刊行年 昭和18年初版函付き 昭和18年2月発行 カバー 206頁 A5判相馬御風(1883年(明治16年)7月10日 - 1950年(昭和25年)5月8日)は、明治期から昭和期にかけての日本の文学者、詩人、歌人、評論家。本名は昌治。新潟県西頸城郡糸魚川町(現糸魚川市)出身。早稲田大学大学部文学科英文学科卒業。詩歌や評論のほか、早稲田大学校歌「都の西北」をはじめとした多くの校歌や、「春よ来い」などの童謡の作詞者としても知られる。 1906年に早稲田大学英文科を卒業。島村抱月のもとで、当時復刊された雑誌「早稲田文学」の編集に参加。また野口雨情・三木露風らとともに「早稲田詩社」を設立し、口語自由詩運動を進めた。1911年には早稲田大学講師となる。25歳の時に母校校歌「都の西北」を作った。その後1916年に内面を告白した『還元録』を刊行し、故郷糸魚川に隠棲する。帰郷後は主として良寛の研究に携わったほか、童話・童謡も発表した。地元に伝わる奴奈川姫伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、1935年(昭和10年)に同地でのヒスイの発見につながった。1950年5月7日に脳溢血で倒れ、翌8日に糸魚川市の自宅で死去。享年68(満66歳)。戒名は大空院文誉白雲御風居士。没後の1952年12月10日、居宅が新潟県の史跡となった。
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