2021年12月24日号 第337号

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     。.☆.:* その337・12月24日号 *:.☆. 。
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☆INDEX☆
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1.たたかう講談師、松林伯円            目時 美穂
2.『詩とは何か』                 吉増 剛造
3.「本のある場所」への感謝            南陀楼綾繁
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━━━━━━━━━━━━【自著を語る(283)】━━━━━━━━

たたかう講談師、松林伯円

                          目時美穂

 講談師の得物はただ一本の張り扇。
 これをたずさえて高座にあがり、刃物にも、調子をとる道具にも
して、あとは己の舌先だけで幕末、明治の世の大衆を熱狂的に踊ら
せた講談の名人がいた。
 二代目松林伯円という。
 時流を読むことに長けていたとともに、それを作品に組み込む創
作の才にも恵まれていた伯円は、幕末期動乱の不穏な空気のもとで
は、どろぼう物を講演して大成功を博し、どろぼう伯円とあだなさ
れ、明治の世になると文明開化を、西南戦争を、自由民権運動を、
自作に取り入れて、生涯に70作以上の新作講談をうみだした。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7668

『たたかう講談師 二代目松林伯円の幕末・明治』目時美穂 著
文学通信刊 定価:2,500円(税別)好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-66-1.html

━━━━━━━━━━━━【自著を語る(284)】━━━━━━━━

『詩とは何か』

                          吉増剛造

 ありがとうございました。お声をかけていたゞきましたタイミン
グが、…と思いまして念のために辞書をひいてみますと、“timing
=時宜を得ること”と、こうして、前著の『Voix』(思潮社、二〇二
一年十月刊)について、書きましたときと同じような心躍りを覚え
つつ、“うん、生き物のように、そのときそのときでこれも違うの
だな、この心躍りは、…”と独(ひと)り言をいゝながら、書きは
じめております。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7869

『詩とは何か』 吉増 剛造著
講談社現代新書 定価:1210円(税込)好評発売中!
https://gendai.ismedia.jp/list/books/gendai-shinsho/9784065188279

━━━━━━━━━━━━【自著を語る(285)】━━━━━━━━

「本のある場所」への感謝

                         南陀楼綾繁

先月末に『古本マニア採集帖』(皓星社)を刊行した。自分なりの
やり方で古本と付き合っている36人のインタビュー集だ。つい最近
まで「日本の古本屋メールマガジン」で連載したものに、書下ろし
を加えた。連載は当初2年ぐらいのつもりだったが、続けていくうち
にこんな人も、あんな人もと欲が出て、3年近くの長期になった。好
きなように書かせてくださった東京都古書籍商業協同組合広報部に
は、改めてお礼を申し上げる。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7875

『古本マニア採集帖』  南陀楼綾繁 著
皓星社 定価:2,000円+税 好評発売中!
https://www.libro-koseisha.co.jp/history_culture/9784774407500/

※『古本マニア採集帖』イベント開催します!
詳細はこちら
https://is.gd/Dxgs3M

━━━━━━━━━━【プレゼント企画】━━━━━━━━━━━

『古本マニア採集帖』【直筆サイン入り】を、抽選で5名の方に
プレゼント致します。ご応募お待ちしております。

応募申込は下記ページにてお願い致します。
 締切日 12月27日(月)午前10時

https://www.kosho.ne.jp/oubo2021/1224.html

━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━

「東京古書組合百年史展」 開催

場所 市立小樽文学館 無料展示スペース
日時 2021年12月18日(土)~2022年2月13日(日)
時間 9時30分~17時(最終入館は16時30分まで)
休館日 毎週月曜日(1月10日を除く)
12月29日~1月3日、1月11日・12日、2月1日~4日
入場無料

ホームページ
http://otarubungakusha.com/exhibition/2021114096

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

「2021年の古ツアをふり返る」(仮題) 
古本屋ツアーインジャパン 小山力也
http://furuhonya-tour.seesaa.net/

『頁をめくる音で息をする』  古本屋弐拾dB 藤井基二 著
本の雑誌社 定価:1,540円(税込)好評発売中!
https://honnozasshi.stores.jp/items/618345133303784078dbaa26

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

12月~1月の即売展情報

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジン その337・12月24日

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

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「総ルビ」や「著者略歴」の効用――古本を分析書誌してみる(古本の読み方3)

「総ルビ」や「著者略歴」の効用――古本を分析書誌してみる(古本の読み方3)

書物蔵

 

 初回、前回と、価値観のズレを読んだり、観点をズラして「読み替え」たりした。今回は真正面から戦前古本のテキストを読んでみる。即物的な読み方、あるいは「分析書誌」と言ってもよいかもしれない。

■戦前本は造りのルールが違う――例えば、パラルビvs.総ルビ
 戦前本には、今の我々が知らない共通ルールがいくつかある。例えば、新聞紙夕刊は記載発行日の発行でなく、前日の(夕方)発行だったり、大正期まで辞書はイロハ引きだったり、ページ付けなども1冊の途中で何度も1から始められていたり。
 ここでは、ふりがなのルールについて見てみる。

パラルビと総ルビ 書籍ならその書籍を出すとき、対象とする読者の智能程度によつて、ふりがなをつける。このふりがなを、ある幾つかの、むづかしい字だけにつけるのはパラルビと云ひ、漢字の殆んど全部につけるのを総ルビと云ふ。(編集者同志会 編『編集から出版まで』創文社, 1949)

 想定読者の「智能程度」でふりがなを付け分けるとある。今でいう「リテラシー」だろう。高ければパラルビ、低ければ総ルビにする。戦後は義務教育が中学までと高くなったので、出版物はみなパラルビがデフォルトとなった(だから、現在は「パラルビ」という言葉自体、ほとんど聞かない)。しかし戦前は9割方が小学校卒だったので、学術書でない一般書、通俗書、雑誌なども総ルビであるのが普通である。

 例えば大正期の代表的「赤本」(通俗的児童書)だった「立川文庫」(1911-ca.1923)は、当たり前だが総ルビである。「〔立川文庫の〕主な読者は大阪の丁稚だった。彼らは集金に行ってもすぐにお金をもらえないから、待たされる間に貸本屋で借りた立川文庫を読んだ。〔略〕そうしてふりがなでどんどん難しい漢字を覚え、丁稚の中から高度の読み書きと語りを身につけた人が出てくる」(鶴見俊輔『読んだ本はどこへいったか』潮出版社、2002)。ちなみに手塚治虫のデビュー作『新宝島』(1947、育英出版)は大阪の赤本だった。

 このように、一般には小学校卒業後の社会教育に功があったとされる総ルビだが、これをうまく使うと、いろいろわかることがある。

■総ルビの本で固有名の読みがわかる
 手元に総ルビの本がある。これは大阪の赤本問屋だった「松要さん」*こと、松浦貞一(1886-1953)の追悼録(古書業界語でいう「まんじゅう本」)である。
・堀勝彦編『松要さんの思ひ出』(全国出版物卸商業協同組合、1955)

 昭和28年に逝去した赤本業界の名物男で「奇人」の松要を偲んで、業界人30名以上が追悼文を寄せているのだが、これがまた、私にとっては大助かりだったのは、各回想の断片情報(意味内容)もさりながら、即物的に役立ったのが総ルビである。

 たとえば戦前、「数物」**で最大手スジだった問屋に「酒井淡海堂」があるが、この「淡海堂」の読みが(私には)わからなかった。国会図書館の名称典拠では「タンカイドウ」と読んではいるが、この読みは根拠が不明とある***。淡海堂は「オウミドウ」と読めなくもない。同時代の業界人になら疑問にすら思われないことが、現在わからない。

 このまんじゅう本を読んでいくと、これまた有名な業界人・小川菊松の回想文中で、松要が大阪方面の特価本販売を一手に引き受けることになったという話の中に「河野氏を始め酒井淡海堂やその他の東京の特価本」(p.18)という形で本文中に出てくる。この本は総ルビ本なので、ちゃんと「さかいたんかいどう」とルビがあった。

図1 『松要さんの思ひ出』p.18

■近代本の分析書誌はまだこれから
 この技はもちろん、人名など他の固有名などにも応用できるし、戦前の新聞紙でもできる。ただし、いくつか注意点もある。総ルビ本でも、ルビがつかない部分がある。タイトルページ、奥付、項目、執筆者名欄、その肩書などである。ルビが間違っていることもあるので一箇所だけに頼るのはリスキーである。ルビには促音(ちいさい「っ」など)がない。だから「発禁」にルビがあっても「はっきん」か「はつきん」かわからない****。

 昭和初期に日本書誌学が出来た時、研究対象を前近代の本に限定してしまったために、近代本の分析書誌的な解説ないし研究は、まだ十分になされていない。近年、ふりがなについては、ネットで青空文庫を情報源にした「ふりがな文庫」という検索サイトがあって、便利である。いま「淡海」を引くと、次のような結果を返してくれる。
 たんかい 27.3%
 あふみ 18.2%
 タンカイ 18.2%
 おうみ 18.2%
 あはうみ 18.2%

■「奥付」の著者名欄ふりがなは?
 いまもあるが、西洋書が書誌事項をすべて本文の先頭、つまり標題紙とその裏面に集中させているのに対し、日本の本は書誌事項の多くが本文最終ページに記載されている。明治23年の出版法その他近代法令では、著者などの表示義務はあったけれども、その位置、たとえば「本文の末尾に記載すべし」といった法文はないので――実際、翻訳本に特色があったサイマル出版会は奥付を標題紙裏に記載していた――位置だけについて言えば、江戸時代からの慣例が続いていると言ってよいだろう。

 この奥付の記載事項は、やはり歴史的に変遷があるのだが、やはり一番の読みどころは「著者略歴」欄だろう。どんな経歴の人が自分がゲットした――あるいは買おうとしている――本を書いたのか、ということは、実は本文よりも重要かもしれない。しかし、これもまた、歴史的にある時点――昭和18年――から奥付に付加されるようになった情報なのである。出版業界の慣例かと言えば、実は戦時統制の余沢なのである。日本出版文化協会が、「読者が編著者又は訳者の略歴を知ることが出来れば、其の書籍の内容と特質とを概念的につかんで其の選択に便宜」なのと、当時の「国民読書」運動の指導にも役立つので各出版社に掲載を要請したのだった(「書籍に編著者又は訳者の略歴掲載について」『出版文化』43号p.7 1942.12.21)。

 それ以前の書籍には、背文字に「文学博士坪内逍遥」といった麗々しい肩書をつけたり、あるいは序文・跋文で著者の肩書、人となりに触れられることはあったが、明確な形での著者略歴欄はなかった。

 著者名欄にふりがなをつけるようにせよ、と言ったのも協会だったらしい。戦後、協会が解体され、著者略歴欄は慣例として残ったが、著者名ふりがなは一旦、途絶えることになった。それが半世紀以上の時をへだてて復活したのは、1990年代末くらいかららしいのだが、誰も調べた人がいないようである。

* 松浦貞一なのに、なぜ「松貞」でなく「松要」なのかと言えば、反故問屋だった先代が松浦要助で、その屋号を受け継いだからである。
** 「かずもの」とは、書籍市で同タイトル1冊しか出ない古本に対し、数があるもの。「残本」「見切本」と言われたものが再販されずに書籍市に出ると、こう呼ばれた。
*** https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00264905 「出典」欄に読みの根拠が記載されていないので、そう解釈する。国会図書館がこういった固有名の読みを管理しているのは、カード目録時代にカードをキーワード(著者、書名、件名)の読み(それをさらにカナやromaziに翻字する)で並べる必要があったからである。
**** 「発禁」は「発行禁止」でなく「発売頒布禁止」の略語なので「はつきん」と戦前には発話されていた。ローマ字にすれば、Hakkin でなく Hatsukin。



書物蔵
本格的古本歴は15年ほど。興味は日本図書館史から近代出版史へ移行し、今は読書史。
共書に『本のリストの本』(創元社、2020)がある。

ツイッター
https://twitter.com/shomotsubugyo (2009年~)

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

saishucho

「本のある場所」への感謝

「本のある場所」への感謝

南陀楼綾繁

 先月末に『古本マニア採集帖』(皓星社)を刊行した。自分なりのやり方で古本と付き合っている36人のインタビュー集だ。つい最近まで「日本の古本屋メールマガジン」で連載したものに、書下ろしを加えた。連載は当初2年ぐらいのつもりだったが、続けていくうちにこんな人も、あんな人もと欲が出て、3年近くの長期になった。好きなように書かせてくださった東京都古書籍商業協同組合広報部には、改めてお礼を申し上げる。

 本書には映画、地下本、カラーブックス、幻想文学、噴水、龍膽寺雄など、さまざまなテーマの本を集め、読み、調べる人たちが登場する。現在、本メルマガで連載中の書物蔵さんも「『図書館絵葉書』を発見したひと」として登場する。彼らのマニアぶりについては、ぜひ本文で確かめていただきたい。

 インタビューする際は、その人がどんな古本マニアなのか、と同じぐらい、どんな過程をたどって古本マニアになったのかを伺うことに重きを置いた。人生においていきなり古本と接する人はまれで、たいていの人は段階を踏んで古本と出会っているはずだからだ。人それぞれの読書のグラデーションのようなものに興味があった。

 たとえば、「貸本小説」を発見した末永昭二さんは、田舎町で学校の図書館の本を読み尽くし、京都の大学に入ってはじめて古本屋に足を踏み入れる。それが伝説の〈アスタルテ書房〉だったというのがすごい。
 妖怪の本を集めている中根ユウサクさんは、本好きの父に連れられて、小学5年のときに古本屋に行っている。中根さんの息子も妖怪マニアとして育ち、一緒に古本屋に通っているという。
 校正者の猪熊良子さんは、子どもの頃から父と一緒に新刊書店に通ったが、「人が触った本は汚い」と図書館にも古本屋にも行かなかった。しかし、一箱古本市に参加したのがきっかけで、いまでは古本屋好きになっている。

 島根県出雲市に生まれた私の場合、本と出会ったのは幼稚園のときに買ってもらった学年誌だった。その後、小学校の図書室、市立の図書館、商店街の新刊書店と行動範囲を広げ、それとともに読む本が広がっていく。親に連れられて松江市の新刊書店に行ったときにはその広さに驚いたが、小学6年ではじめて東京に行き、〈八重洲ブックセンター〉に行ったときの衝撃はすさまじく、その後しばらくこの本屋が自宅の裏に建っている夢をよく見た。

 はじめて古本屋に入ったのは高校生のときで、松江市にあった〈ダルマ堂書店〉だった。小説が安く買えたのが嬉しかったが、のちにこの店には郷土本が揃っていることを知る。それと前後して、吹奏楽部の全国大会に出場した際、自由時間に神保町に行った。雑誌『BOOKMAN』の神保町特集に古本屋の地図が載っていて、それを眺めながら歩いた。両手で紙袋が持てないくらいたくさんの古本を買い、集合時間に遅れて泣きそうになりながら大手町駅から東京駅まで走ったのを覚えている。

 大学に入って東京で暮らしはじめた頃も、社会人になってからも、私は古本屋、新刊書店、図書館をめぐって、本と出会ってきた。
 著者が書き、出版社が刊行した本は、新刊書店で販売され、もしくは図書館に所蔵される。時間が経つと、それらの本は古本屋に流れる。そのどれかの段階で本を手にした読者の中から、次の著者や編集者が現われ、新たな本が生まれる。本はそうやって循環するものだ。そのような「本の場所」があってこそ、私は生きていけるのだと思う。

 今年は『ダ・ヴィンチ』6月号に「10年後の被災地をめぐる『本のある場所』のいま」という記事を書いた。東日本大震災で被害を受けた地域の新刊書店、古本屋、図書館、ア―カイブ、出版社を取材したものだ。また、『地域人』75号の特集「本屋は続くよ」では、新潟県、広島県、香川県、福岡県の新刊書店と古本屋を取材した。これらの記事を通じて、私なりに「本のある場所」を応援しているつもりだ。

本書の巻末には、本文に登場する新刊書店と古本屋の索引を掲載した。いまも営業中の店もあれば、日暮里の〈鶉屋書店〉など古書業界の歴史に残る店の名もある。安くて掘り出し物が見つかる店として3人が挙げた荻窪の〈ささま書店〉は、昨年惜しまれながら閉店した。アナキズムに関心があった2人が、神保町にあった〈高橋書店〉を挙げているのも興味深い。本当はここに図書館も入れたかったのだが、煩雑になるので省略した。
本書を手に取られた方は、最初から順に読むのでも、面白そうなテーマを追っている人から読むのでも、索引の店名を頼りに読むのでも、ご自由に楽しんでいただけたら、著者としては嬉しいです。

なお、来年春からはこのメルマガで新しい連載をさせてもらうことになっている。これもまた、「本のある場所」をめぐる旅になりそうで、いまからワクワクしている。

saishucho

『古本マニア採集帖』  南陀楼綾繁 著
皓星社 定価:2,000円+税 好評発売中!
https://www.libro-koseisha.co.jp/history_culture/9784774407500/

※『古本マニア採集帖』イベント開催します!
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shitowa

『詩とは何か』

『詩とは何か』

吉増剛造

 ありがとうございました。お声をかけていたゞきましたタイミングが、…と思いまして念のために辞書をひいてみますと、“timing=時宜を得ること”と、こうして、前著の『Voix』(思潮社、二〇二一年十月刊)について、書きましたときと同じような心躍りを覚えつつ、“うん、生き物のように、そのときそのときでこれも違うのだな、この心躍りは、…”と独(ひと)り言をいゝながら、書きはじめております。
 そのタイミングといいますのは、仲介をして下さいました、旧友で書肆吉成の店主の、吉成秀夫さんから、“書いて下さい”の信号が参りました日が、そう、何往復をしましたのか、原稿送り、icレコーダー送り、校正送りが、とうとう、千秋楽のような最後の日をむかえていました、最終校正をして、編集ご担当の講談社の山崎比呂志さんに、最後のお礼のメモを記している日、そのときだったのです。(二〇二一年十月十七日、日曜日、午後三時頃でした。)
 いまから、綴りましたばかりの“お礼のメモ”を、比喩がすぐにはおもいつかないのですが、たとえば“掘った穴に隠したホネを、もう、すぐに掘りだしてみる小犬のように、…”なのでしょうか、この喩を考えているときが、仄(ほの)明るく面白(おもしろ)い。おそらく、初めてしている“仕草(しぐさ)”という“ときめき”なのですね。少し、怖いような気がするけれども。

山崎お師匠さまへ。
この本校(ホンゲラ)の読み返しさえも、まったく新たなるものを読み直すがごとしでした。黒フセンのうち、一つは、小見出しのお願い。あとの二つは少々の加筆のところです。
献呈リストも、ほゞ出来て、お戻ししようとしていましたら“古本屋案内”さまよりのgoサインが来ましたので一日お戻しを延して火曜日(10/19朝)にいたしました、念校?第三校も、ほんのひと目と祈りおります。 17 OCT 2021 剛造拝

 こうした“即時性”、タイミング=timingというのよりも、もっと幽かな、白い雲か白い煙を、そのときどきの思考のなかに、みつけだしつづけることが、この『詩とは何か』という書物の芯(しん)、…というのよりも、舐(な)めているうちに気がつくと溶けていた、飴玉(あめだま)にも似ている。とても時間がかかりました。時間ばかりではなくって、首の傾(かし)げかたを変える、…そんなふうに、“思考の仕草(しぐさ)”を、決定的に変えなくてはならなかったのです。
 こんなことをしてみることは、予想も予定もしてはいなかったことなのだけれども、ご返却寸前の「最終校正」から、そんな個処を、ほとんどおそらく、本稿に加筆をしてみるようにして、こんな個処の、引用を試みてみたい。

“…場面、場面における、むしろ小さな、細かな「しぐさの刹那」にこそ「詩」があるらしいということが、こうしてお話しすることによって、わたくしの心の経験として、少し明らかというか、明るみを帯びてきたというのでしょうか、表現ができてきたというのでしょうか。そういうところに差しかかってきましたように思います。それが「板一枚」であるのかも、「緑の導火線」であるのかも、「一刹那の遅れのようなもの」あるいは、奇妙な言い方をすることになるのですが、「一瞬の啞性(おしせい)のようなもの」(編集部注=カッコ内の文字列に“~”波線のアンダーライン)であるのかも知れないのです。
 ですから、「詩の心」とか詩人の「書く」という言い方をするよりも、背筋がぞおっとするくらいの驚異、そうした「驚き」が一挙に押し寄せてくるような炎の場面に立ち会わなければならない、…と言う心の奥底の声、そうした「驚き」の脅威の巨大なかたまり、宇宙大のかたまりが押し寄せてくるとき、それが「詩とは何か」という問いが現れてくるときだろうと思います。”(『詩とは何か』120頁ー121頁)

 まさか、『自著を語る』で、こうした引用をしようとは、思ってもみなかったことだし、さらにここにいまから綴ってみるであろうことを、原稿にも加筆しそうになる、そんな幽かな危うさのようなものをさえもを覚えつつなのだけれども、引用の波線を付けました個処、…ここが、加筆、校正のときの、…そう二十回以上にも及んだであろうか、そのときのさらなる、幽かな次元の一歩のすすめ方でした。この書物の巻頭の第一の詩篇としてあげたのが、ウェールズ生れの酔っ払いの稀代の詩人Dylan Thomasの詩篇「緑の導火線を通って花を咲かせる力」とその濁声(だみごえ)であった。この声の深さ、濁(にご)りの奥には彼方にはと、思いをめぐらせていて、十数回目の手入れの際に、吃(ども)りとも口籠(くちごも)るともいわずに、ほんの僅かに文法(「読み」の)を外して、普通だと「啞性(あせい)」というだろうこれの読み方を、「一瞬の啞性(おしせい)のようなもの」としてみたときに、概念が一新されるというのよりも、刹那に世界の律動が変化したとも感じられたのです。
 “世界の律動が、…”は、勿論、大仰(おおぎょう)なのだけれども、たとえば、ショパン、たとえばベートーベンの作曲の時を想像してみてもよいのだろう。響きの波立ちが明らかに違う。おそらく、ここで“外の、…”“別の…”声が聞こえてきていて、ほゞ五年あるいは十年にわたった本書の“朧な(おぼ)ろな芯(しん)”のひとつの入口となったのでした。
 いま綴っていますこのことは、もしかしたら、秀れた、卓越した編集者山崎氏への注記と受けとられるのかも知れないと、思いつつなのですが、この“外の、…”“別の、…”が、同書のもうひとつの芯(しん)のフランツ・カフカについての次のような個処とも、通底をしているところだったのですと、いま、そういまなら、そう発語が出来るところにまで本書『詩とは何か』は、届いたのだということも出来るのです。

“「書くということに私は戦慄しているのだ。しかし一体どのような書くことなのか」と。これに答えてカフカが、「君にはわかんないのだ」と恋人のフェリーツェに言ってるんですね。「ある種の頭の中にある、ある種の文字とはどういったものなのか。それは地面の上を歩くかわりに木々の天辺にいる猿のように、絶えずせわしなく追い立ててくるんだ。途方に暮れてもほかにどうしようもない、一体どうすればいいのだろう」と。まるで考えもできないような、表現もできないような何かがそこで騒いでいる、それがブランショの言う「外」なんですよ。
 その「外」からの「力」、言うなれば異世界の騒ぎをこういう瞬間に、ぱっとつかまえる力がカフカにはあるのです。これ、多分、自分の頭の中の状態を言ってるんだるよ。”(『詩とは何か』119頁)

 ほとんど無意識にか、夢中に綴っていたらしい、…あるいはicレコーダーに発語していたときにだったのでしょうか、“異世界の騒ぎを瞬間に”のところで、“響きの波立ちが明らかに変幻したらしい”と、感知していたのでしょう。…とすると“外”といわずに、あるいは“瞬間”とも言わずに、さらに“異世界”ともいわずに、わたくしめのいい方ですが“微物の心のきしみのようなもののあらわれ立ってくるとき”といってみたい気がいまはしております。
 以上のようなことは、あるいはさらにこの書物にさらに書き込むべきことのひとつなのであって編集の山崎師匠(…と呼ぶのですが、…)に、叱られてしまう種類のことなのかも知れません。

 さて、これでようやっと、“枕(まくら)”を書き了えまして、本書、…怖るべき標題です、『詩とは何か』の成立の事情のご説明に移りたいと思います。たとえば荒川洋治さん、たとえば高橋睦郎さん、秀れた第一級の詩人さんたちがこの書の執筆者でありましたならば、おそらく、想像もつかない、別宇宙が展開されたことでしょう。「詩」ということの初心についても、根源につきましても。
 その難題とも、ほとんど不可能に近いこの書物の執筆の任にあたりましたのは、これはほとんど共著者と申しましても過言ではありません、林浩平先生が、この書の編集者というよりも生みの親であります山崎比呂志氏とともに『ブリティッシュ・ロック』を出版されていて、林先生との永年の親友(とも)でありますわたくしに、丁度、東京国立近代美術館において、2016年に「全身詩人、吉増剛造」と題します展覧会が組織され、この展覧会の火付け役も林浩平先生でした、それでは『詩的自伝』をという題の新書、…「新書」の上梓はわたくしには初体験のことでしたが、ほとんどがお二方によります聞き書きによります、この書『わが詩的自伝』が成立をいたしました。

 本書『詩とは何か』は、その後篇なのです。“後篇”といいながらも、なんという、途方もない、胸騒ぎのする標題でしょうか。しかも、出版されます冊数も、わたくしの「詩集」や「詩論集」とは比較にならない数なのです。この重圧は、これをいまお読みのみなさまにも十分に伝わりますことでしょう、難事でした。そしてもしも、この書の執筆者が、たとえば大岡信氏、たとえば谷川俊太郎氏であったならば、…と自らの至らなさ、視野の狭さ、あるいは伝統詩形への敬意と愛着の不足等々が、途切れることなく脳裡に去来していましたことを、はっきりと申し上げておかなければなりません。しかしながら、あるいはそれにもかかわらず、やみがたく、衝迫して来るといったらよいのでしょうか、稲妻か雷鳴のごとくに、幼いときから、命の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”のようなところに震えつつ存在しているらしい「詩」への執着、…ほとんど恋心にも似たものを、ここで窮(きわ)めつくすようにという声をも聞きつづけていました。前回の「自著を語る」の『Voix(ヴォア)』(思潮社刊、二〇二一年十月二十五日)と、雁行して書きすすめられて、三年、五年と特に石巻、鮎川浜通いが必ず一月に一度の足取りと、みえない心の覚悟のようなものが、この二著の命の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”を形成をしていまして、その星雲状の白い雲の棚引きが、それを、心に湧いて来たときに、時々刻々、写し取るようにしていたこともまた、この二冊の書物の水脈でした。

 それにしましても、山崎比呂志、林浩平両氏のお力なくしては、この『詩とは何か』の成立は、ほとんど不可能に近いことでした。本書の肝(きも)とも勘所(かんどころ)ともいえます「Q&A」(質問集)の項から読んで下さることが、本書への参入の戸口となるかも知れません。稀代のピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフとの出合いを可能にしていたゞき、シューベルト、ショパン、モーツアルト、ベートーベンへのわたくしなりの理解の糸口をつくっていたゞきましたのが山崎比呂志氏でした。さらに、ジミ・ヘンへの接近への本書のなかでの大切な道をひらいて下さいましたのも、林、山崎の両氏でした。しかしながら、これらの支えと巨きな力を与えていたゞきながらも、これを「共著」とはいえないところに、本書『詩とは何か』の、幾度(いくたび)かこのいい方をいたしましたが、本書の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”があるのだろうと思います。本書は、語(かた)りでもあり、獨(ひと)り言(ごと)でもあり、ときとしてセッション=sessionでもあり、…ときには、細々とした小声を把えようとするエクリチュール(書記)でもあるのですが、とうとう、この“時宜を得た”=“timing”で書かせていたゞきました本稿も紙幅が尽きようとしていて、お仕舞いの土間の隅(スミ)のようなところで、もういちど耳を澄ましてみます。『詩とは何か』これはおそらく“問(とい)”でも、“答(こたえ)”でもなく、周波数のまったく違った宇宙からの白雲のたなびきの声か、あるいは踏切りの棒が上って行きますときの空の、…「空」はフランス語でCielなのですが、その艶(えん)なる声のことでも、あったのかも知れません。ありがとうございました。 19 OCT 2021(火)

『詩とは何か』吉増 剛造著
講談社現代新書 定価:1210円(税込)好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-66-1.html

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古本屋四十年(Ⅰ)

古本屋四十年(Ⅰ)

古書りぶる・りべろ 川口秀彦

 古本屋になって四十年が経つ。それ自体はめずらしくはない。私の場合、編集者六年、新刊書店員六年の後の転進で、編集者から古本屋、新刊店員から古本屋という例はかなりあっても、両方とも経験というのは多くないだろう。しかも営業場所を、開業した横浜で19年、東京吉祥寺で8年半、神田神保町で11年、無店舗になり神奈川の自宅で2年と移している。店舗を移転する人はいても、所属組合が神奈川古書組合から東京古書組合、そして神奈川に出戻るという例も他には聞かない。さらに私は、最初の三年間はあえて組合非加入のアウトサイダーとしてやっていたから、成功した古本屋ではなくとも、様々な環境での古本屋を経験してきている。話のネタには困らない。まず開業の頃の話から始めよう。

 新刊書店員時代の同僚だったり知り合っていた店員仲間で、古本屋修業などしないまま、ほぼ同時期といえる短期間に古本屋になったのが五人ほどいる。みんな本が好き、本を売るのが好きで、いつか自分の書店を持ちたいと思っていた連中である。その一人で、リブロの新刊店舗大展開に向けての人員拡充に応じた丸山君というのがいた。地方のリブロで古本催事を数回担当するうちに数人の古本屋と親しくなり、商品の仕入れから店の内装方法に至るまで聞きだして、初期費用の少なさ、棚構成の自由さなどの面から、古本屋になる方が新刊屋よりはるかに良いと思ってリブロをやめ、店員仲間だった私などに呼びかけてきた。編集者時代に、いつ潰れてもおかしくない零細版元より古本屋が良くないかと思って、知り合っていた下北沢の古書店幻遊社の長沢さんに尋ねたことのある私は、最初にそれに応じた。同じような坪数、同じような立地の新刊店を作る三分の一以下の金額で店も商品も何とかなるというのは魅力的だった(後に加盟する古書組合の加入金でも、新刊取次への担保金、信認金の一割ほどでしかない)。生業として店を構えるにはある程度の資金が必要だと思って貯めていた手持ち資金の範囲内で、無借金で開業できた。ただ、売上が家賃にほぼ比例すると知ったのは後の話で、家賃の安い立地を選んでしまった。また金利に追われる経験を最初にしなかったから、稼ぎの良いジャンルを開拓したり、上客をとらえて離さないような努力をしたりの必死さが少なく、経営状態が悪くなっても打つ手を考えつかず、ずるずると来てしまったのは、初期の苦労が少なかったためかも知れない

 丸山が最初に開いたのは東横線祐天寺のあるご書店(この店はかなり前に閉店しているが、丸山が経営していた店は、それぞれ別の屋号だが最大時は八軒ほどあって、今でも数軒は—丸山はもう店から離れているが—営業を続けている)。書棚やカウンターなど、内装は私たち新刊店員仲間を動員して、当時流行し出していたDIYの店で買った板、電動工具、塗料などを使ってほとんどを手作りしていった。このメンバーが作った二番目が横浜希望丘の私の店、三番目が東横線都立大学の麗文堂書店、その後小田急相模原、東横線学芸大学と、同じような手作り内装で私たちは仲間の店を増やしていって、二年間で五つになっていた。手作りとはいえ、古本屋というより新刊書店のような明るさと清潔感を持った店に仕上げたのは、店主が皆、新刊店員だったためも大きい。丸山はブックオフより十年早く明るくて入りやすい店を目指していたし、確かに来客者も当時までの古本屋の客には少ない女性層も多かった。

 古本にせよ新本にせよ人々が本を買う時代だったというだけでなく、チリ紙交換の最盛期だったことも、私たちが古本屋の経験がなくてもセコハン本を売り続けられた大きな要因だった。新刊書店員あがりの私たちが一番商品知識を持てている新し目の出版物、シロッポイ本は、チリ交さんやタテバ(製紙原料問屋)とつき合うことができれば、不足することなく仕入れることができた。街の古本屋の生活を支えるのは、文庫、マンガ、エロ本といわれていたが、その三つのジャンルともチリ交さんたちから十分に買えた。その頃はやり出したハーレクインロマンスなど、旧来の古本屋さん達が扱わないジャンルも積極的に仕入れて主力商品の一つとしていた。ハーレクインは商品としての生命力は短かかったが、当時は新刊屋ですごく売れていた商品だった。かつて漫画がそうだったように、旧来の古本屋さんたちは、新しい出版ジャンルにはすぐには手を出さないようだった。私たちの店に女性客が多かったのは、新刊屋のように絵本、児童書を重要商品として並べただけでなく、ハーレクイン類の陳列も効果があったのだろう。

 私たちは、自店の売上が不足だからというのではなく、スーパーなどの催事をグループで受けてやっていた。丸山や麗文堂小林君など、リブロ出身者が西友系のスーパーから頼まれるのだ。四十年前、スーパーの催事としての古本まつりは、店側からも好評のイベントだった。時には古書組合員の古本屋さん達と一緒に出展する大きい古本まつりもあった。

 今では考えられないほど、店、またそうした催事でも本は良く売れていたのに、それ以上に仕入れが多く、在庫が溜る一方だった。競合する古本屋が多い東横線立地の仲間たちよりも私の方が在庫のふえ方が多かったようだ。また丸山や小林は規模の大きい新刊店員育ちであるためか、返品不能品を割と簡単にツブシていた感覚で、溢れた在庫をタテバで処分していたようだが、新刊店員時代にそうした経験の少ない私は、生来のセコさもあって在庫処分をタテバに任せようという気にはなれなかった。

 古書組合に入って課せられる義務や制約とアウトサイダーでいることの自由さを比較して、私たちのグループは組合に加わらないままやって行こうと話していたのだが、私は組合に加入する気になった。東京と神奈川という立地の違いもあるからと、仲間たちも納得してくれた。私は古書市場に出品するために組合員になったのだ。入ってみれば、組合は面倒くさい点は多々あっても、想像していたよりは自由だった。ただ、私でさえ組合の仕事で時間をとられることが多かったから、世話好きの丸山が組合員になっていたら、自分の店を多店舗展開するヒマは無かったかも知れない。彼はアウトサイダーのままで正解だったような気がする。

 丸山は大学を出た直後は、短期間だが日活で映画製作に関わったらしい。すぐに原宿キディランドの新刊書店要員として転職、ここでの同僚の一人が、のちにリブロの今泉棚という棚構成で名をあげてカリスマ書店員と呼ばれた今泉正光で、今でも親しくしているようだ。今泉はリブロを辞めて長野の平安堂に移ったが、平安堂長野駅前店(今はもう無い)の店頭での古本催事を、私や麗文堂に任せてくれて、今世紀初頭の十年程はやっていた。ちなみに、今泉と丸山と私は同年齢である。

 丸山と私は、小田急ブックメイツが新刊書店事業に新規参入する際の店長募集に応じて同僚となった。同僚だった期間は一年半、丸山は先にリブロに移籍した今泉に呼ばれたのか、リブロに行った。そんな丸山の名を私が最初に知ったのは、同僚になる五年前、七二年秋のことだ。まだ薔薇十字社にいた私は、横浜関内のキディランドからの刊行予定書の注文数に驚いて、営業まわりの際に同店を訪れた。翌年七三年に出版予定の鷲巣繁男の加藤郁乎論『戯論』(けろん)を、同店は三十部だか五十部だか予約注文してきた。決して安くはない薔薇十字社の単行本の中でも二倍近い価格の三千八百円、限定千部の本である。確認せずにはいられなかった。発注担当者が丸山だった。売り切る自信があるとして減数はしなかった。同書がやっと刊行された七三年六月には私は薔薇十字社にはいなかったから、どうなったか判らないし、後に丸山から聞いてもいない。『戯論』の古書価は現在はあまり高くない。




横浜・希望丘の店の開店直後。エプロン姿が私。右側は大学の後輩で、当時希望丘の職業訓練校に勤めていた村上さん。
開業前の店の内装などを手伝ってくれた。ベビーカーは村上さんのお子さん。

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tatakau

たたかう講談師、松林伯円

たたかう講談師、松林伯円

目時美穂

 講談師の得物はただ一本の張り扇。
 これをたずさえて高座にあがり、刃物にも、調子をとる道具にもして、あとは己の舌先だけで幕末、明治の世の大衆を熱狂的に踊らせた講談の名人がいた。
 二代目松林伯円という。
 時流を読むことに長けていたとともに、それを作品に組み込む創作の才にも恵まれていた伯円は、幕末期動乱の不穏な空気のもとでは、どろぼう物を講演して大成功を博し、どろぼう伯円とあだなされ、明治の世になると文明開化を、西南戦争を、自由民権運動を、自作に取り入れて、生涯に70作以上の新作講談をうみだした。

 新聞や雑誌の情報を参照した伯円の作品のなかには、情報が時につれて摩耗して講演されなくなり、講談速記がはじまる明治18年まで残らなかったものも多い。当時の新聞を読むと、タイトルのみ伝わって、内容が分からない作品はいくらでも見つかる。
 そんなことより新聞を読んで驚くのは、情報に対する伯円の即応性と、なにより大衆の恐ろしいほどの熱気である。ひとたび伯円の看板があがれば、どの寄席も、文字通り立錐の余地がないほど客がおしかけた。立ち見どころか、会場にいたる階段をのぼりきれず、頭だけだして聞く客さえいた。それでもみな、伯円の講演を聞きたがった。いったいなにがこれほどまでに人々を熱狂させたのか。

 『講談五百年』(佐野孝、鶴書房、昭和18年)にはこう書かれている。「伯円は、江戸最後の講釈師であり、明治最初の講談師であつた。彼は旧幕時代から明治にかけて、その時代と共に生き、その時代を代表した希有の名人であつた」。人々は伯円を追いかけたとともに、伯円が代弁した時代のなにかを熱烈に求めたのだ。伯円を追えば、幕末、明治という時代の、文字に残されなかった大衆の空気が分かるのではないか、そんな関心がまず湧いた。
 しかし、伯円の人生は、江戸終焉の35年前、天保5年にはじまり、数え73歳で、明治38年2月、日露戦争の旅順要塞陥落のひと月後におわる。一口に、江戸末期から明治の文化といっても、この100年に満たない間の日本の政治、文化、大衆の精神の激変はすさまじい。探るにしてもどうしたらよいか悩んだ。

 考えて、まず伯円というひとりの人間の人生に寄り添ってみることにした。
 伯円は、養子先で不興をかって不遇の身となっても、周囲の反対を押し切ってようやくついた師匠から見捨てられても、訥弁、だみ声で生来が話芸に向いていなくとも、講談が好きで好きで、好きで堪らず講談師になった人だ。
 伯円の人間性は、名人のもつ、たとえば中年以降の三遊亭円朝のような清廉な聖人のイメージとはまったく違う。
 豪傑でもなかった。武士の家に生まれ育ったが、剣術、武術ははからっきしだめ。若かりし頃に、伯円の出世をねたんだ同業者に襲撃された時には、挿していた脇差しには手も触れず、場所も分からなくなるほどの勢いで走って逃げた。
 そのくせに喧嘩っ早く、江戸を占拠していた官軍の兵士に食ってかかって首をはねられかけたり、明治になってからは、気に入らない客を高座のうえから罵って、怒った客に殴られそうになったりしている。文明開化がはやればいちはやく流行に迎合し、誰よりもはやく髷を落とし、洋服を着て、釈台をテーブルにかえて、得意満面で高座にあらわれた。

また、てらいもなく成功を誇り、己の伎倆を自慢し、新聞記者にも、席亭主にも強い態度で接した。そんな人柄だった。
 そういうところに、俗気というか、人間臭い魅力を感じるのだが、伯円がこうした一見高慢に見える態度をとったのは、持ち前の性格のほかに理由があったと思う。当時、芸人の地位はけして高いものではなかった。いくら人気があろうが、話題をさらおうが、影響力を持とうが、しょせん、いわばB級グルメ。権威づけられた芸術や学問といった敷居の高い料亭料理と同列に扱われることはなかった。そんなことは自明のことかもしれないが、伯円の人生をたどりながら肌身に感じた。そのなかでも伯円は、客にこびることをしない人だった。芸は売っても心を売ることはしなかった。心のうちに理想を高く掲げて、講談の地位と芸の質の向上に、生涯をかけてひたすらに挑みつづけた人だった。

 拙著の表題は『たたかう講談師』であるが、お読みになって、ちっともたたかっていないじゃないか、と思われる方もおられるかもしれない。もちろん「たたかう」は、暴力よる闘争の意ではない。また、議論、論争といった言葉による戦いでもない。流行と時流の激流に身を浸しながら、逆らわず、さりとて流されず、大衆の期待にこたえ、また講談にかける夢を実現しようともがきつづけた伯円の生きかたこそが、たたかい。生涯たたかいつづけた伯円は、まさにたたかう講談師だ。
 幕末、明治の時代の余香とともに、松林伯円というひとりの人間の魅力を感じていただけたら幸いである。

『たたかう講談師 二代目松林伯円の幕末・明治』 目時美穂 著
四六判・並製・402頁(カラー口絵1頁)
定価:本体2,500円(税別) 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-66-1.html

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2021年12月10日号 第336号

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 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第107号
      。.☆.:* 通巻336・12月10日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

コロナ禍古本屋生活3  2021年が終わる

                  火星の庭 前野久美子

 倉庫の引っ越しが無事終わり、日常が戻ってきました。11月
に入ってからは宮城県の新型コロナウイルス感染者はゼロの日が
多くなり、それとともに中心部では人出が増えています。

続きはこちら
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火星の庭ホームページ https://kaseinoniwa.com/

Twitter https://twitter.com/kaseinoniwa

『仙台本屋時間』
https://kasei003.stores.jp/items/605b5f5dd263f03059a1a9b2

━━━━━━━━━【シリーズ 古本の読み方2】━━━━━━

古本を柳田国男の「偶然記録」として読む――著者の意図や観点からズラす

                      書物蔵

 前回、古本とは時代がズレている本で、それが価値観のズレに
自動変換されるので、そこを突っ込めば楽しく読めるはずと説い
た。今回は、観点をズラシて読む読み方をご紹介する。もちろん、
新刊書でもこれは使える方法なのだけれど、特に古本について有
効なのだ。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7556

書物蔵
本格的古本歴は15年ほど。興味は日本図書館史から近代出版史へ
移行し、今は読書史。
共書に『本のリストの本』(創元社、2020)がある。

ツイッター
https://twitter.com/shomotsubugyo (2009年~)

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「コショなひと」始めました

東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)

ロンバルディ
古書ソオダ水
司書房
古書ドリス

YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w

━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━

「東京古書組合百年史展」 開催

場所 市立小樽文学館 無料展示スペース
日時 2021年12月18日(土)~2022年2月13日(日)
時間 9時30分~17時(最終入館は16時30分まで)
休館日 毎週月曜日(1月10日を除く)
12月29日~1月3日、1月11日・12日、2月1日~4日
入場無料

ホームページ
http://otarubungakusha.com/yakata

━━━━━【12月10日~1月15日までの全国即売展情報】━━━━━

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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仙台イービーンズ古本まつり(レコード市同時開催)(宮城県)

期間:2021/10/22~2022/01/05
場所:イービーンズ9F杜のイベントホール
宮城県仙台市青葉区中央4-1-1

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関内・古本sevenマーケットwith文具&雑貨(神奈川県)

期間:2021/12/01~2021/12/30
場所:JR関内駅前セルテ1階

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浦和宿古本いち(埼玉県)

期間:2021/12/09~2021/12/13
場所:JR浦和駅西口 さくら草通り徒歩5分 マツモトキヨシ前

https://twitter.com/urawajuku

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歳末赤札古本市

期間:2021/12/09~2021/12/12
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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新興古書大即売展

期間:2021/12/10~2021/12/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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第20回つちうら古書俱楽部・師走の古本市(茨城県)

期間:2021/12/11~2021/12/19
場所:土浦市大和町2-1 つちうら古書俱楽部

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フィールズ南柏 古本(千葉県)

期間:2021/12/11~2021/12/28
場所: フィールズ南柏 モール2 2階催事場  柏市南柏中央6-7

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港北古書フェア(神奈川県)

期間:2021/12/15~2021/12/24
場所:横浜市営地下鉄 センター南駅

http://www.yurindo.co.jp/store/center/

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ぐろりや会

期間:2021/12/17~2021/12/18
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

http://www.gloriakai.jp/

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五反田古書展

期間:2021/12/17~2021/12/18
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4

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下町書友会

期間:2021/12/24~2021/12/25
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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好書会

期間:2021/12/25~2021/12/26
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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アクロスモール新鎌ヶ谷古本市(千葉県)

期間:2022/01/05~2022/01/13
場所:アクロスモール新鎌ヶ谷 1F 中央エレベーター前
千葉県鎌ケ谷市新鎌ヶ谷2-12-1

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♭立川フロム古書市ご案内♭

期間:2022/01/05~2022/01/16
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武(ビッグカメラ隣)
3階バッシュルーム(北階段際)

http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm

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第44回古本浪漫洲 Part1

期間:2022/01/06~2022/01/08
場所:新宿サブナード2丁目催事場  新宿区歌舞伎町1-2-2

https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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東京愛書会

期間:2022/01/07~2022/01/08
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-2

http://aisyokai.blog.fc2.com/

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杉並書友会

期間:2022/01/08~2022/01/09
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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第44回古本浪漫洲 Part2

期間:2022/01/09~2022/01/11
場所:新宿サブナード2丁目催事場  新宿区歌舞伎町1-2-2

https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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第44回古本浪漫洲 Part3

期間:2022/01/12~2022/01/14
場所:新宿サブナード2丁目催事場  新宿区歌舞伎町1-2-2

https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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趣味の古書展

期間:2022/01/14~2022/01/15
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

https://www.kosho.tokyo

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第44回古本浪漫洲 Part4

期間:2022/01/15~2022/01/17
場所:新宿サブナード2丁目催事場  新宿区歌舞伎町1-2-2

https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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 次回は2021年12月下旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

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全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

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日本の古本屋メールマガジンその336 2021.12.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

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コロナ禍古本屋生活3  2021年が終わる

コロナ禍古本屋生活3  2021年が終わる

火星の庭 前野久美子

 倉庫の引っ越しが無事終わり、日常が戻ってきました。11月に入ってからは宮城県の新型コロナウイルス感染者はゼロの日が多くなり、それとともに中心部では人出が増えています。

 先週末は、街外れにある当店でさえ今年一番の売り上げになり、うれしい反面、戸惑いを感じてしまいます。コロナの収束をまだ実感できないからかもしれません。「このまま終わってほしいけど、海外の状況を見るとそう簡単ではないだろう」というのが多くの人の考えのように思いますが、街ゆく人の浮き浮きした様子を見ると、杞憂に過ぎないのかもとさえ思えてきます。

 とはいえ、わたしの周りでもいろいろな変化を感じています。コロナ以前、通ってくれていたお客様が久しぶりに来店され、「高齢で持病があるのだからと家族に止められていたけど、やっと来られました」と言ってたくさん本を買っていかれました。「行こうと思っていたらコロナ禍になってしまって。今日初めて来ました」という若者もいます。コロナ前までの「ふつう」が徐々に戻りつつあるように感じます。

 しかし、コロナ禍になっておよそ2年という時間は余りにも長く、壊れてしまって戻らない「ふつう」もあるような気がします。一方で、それなら、また別の「ふつう」を新たに作っていけばよいのだとも思うのです。

 それで思い出すのが、今春行った古本市のことです。仙台市の一番町にある創業111年の新刊書店、金港堂さんの2階で宮城県内の古本屋10軒が集まり、開催しました。東日本大震災以降、2階が空きスペースになっていることを知ったわたしは、「ここを会場に古本市を開きたい」と思い続け、相談に伺ったのが2年前の秋でした。参加店は宮城県古書組合の加盟店。普段は古書市会を運営しているメンバーですが、古本市でタッグを組むのは初めてのことでした。その際、金港堂の藤原社長にわたしを引き合わせてくださったのが、仙台の出版社荒蝦夷を率い、現在は古本屋の店主でもある土方正志さんです。

 突然のわたしの申し出を藤原社長は快諾してくださり、翌2020年春の開催が決まりました。ところがコロナ禍で世界が一変、古本市も延期を余儀なくされました。秋はできるか、年明けかと、感染状況をハラハラ見つめながら1年後、ようやく開催にこぎつけました。

 しかし、開催直前に感染状況は悪化、宮城県は全国でワースト1位になってしまいました。決行することを決めたものの、来場者が多くても、閑散としていてもどちらも心配でした。そして迎えた古本市初日、たくさんのお客様に来ていただきました。お客様が、金港堂の2階に再び本が並んだ光景を喜んでくださったのでした。皆さんニコニコ顔、会場に流れる空気はとても温かいものでした。

 このときに感じたのは「場の力」です。お客様のなかには、幼い頃から金港堂に通ったことなど思い出をしみじみと語る方があり、会場が金港堂だからこそ、これほど多くのお客様が来場したのだと思いました。

 「場の力」に関して、もうひとつわたしの店での出来事があります。ある日の夕方、常連のお客様が放心したような表情で店に入ってきました。不審に思い近寄っていくと、視点が定まらない感じで「今、携帯に電話があって、夫が交通事故で亡くなったって」と言うのです。わたしが「ええーっ!」と絶句し言葉を返せないでいると、「朝、釣りに行って家に帰る途中だったみたい。即死だって」と言うと、くるっと向きを変え外に出て行ってしまったのです。買い物の途中だったのでしょう。手にはネギが入ったビニール袋がしっかり握られていました。

 その後、心配しながらも状況がわからず、連絡をためらっていると、1ヶ月ほど経って、お店に来てくれました。少し元気はないものの、いつも通り穏やかなMさんでした。カフェのイスに座ったので、メニューとお水を持って「こんにちは」と言うと、「実は夫が交通事故で亡くなって、しばらく来れなかったの」と言うのです。どうやらMさんは事故の連絡があった直後、店に来たことを覚えていないようでした。「少し落ち着いたから、ここで本を読んでお茶を飲みたいと思って」と微笑むMさん。わたしは「この間…」と言いかけ、続く言葉を飲み込み、「そうだったんですね」とMさんの話に合わせたのでした。

 あの時、Mさんは突然の夫の訃報に何も考えられなくなって、無意識にわたしの店に来たのかもしれないと思いました。あまりにショックな出来事に遭ったとき、最初に思い出した場所。それがこの店だとしたら、一体それは何を意味しているのだろうと、今も考え続けています。

 東日本大震災の時も、地震の直後に友人や常連さんたちが当店にやって来ました。そしてそのまま火星の庭は避難所になり、約1ヶ月間共同生活をしました。

 それができたのは、ここに本があり、本を読む場所だったからではないでしょうか。本を手に取るときだけに感じる特別な感覚。その唯一無二の感覚を味わうために、人は本屋に出かけて、本を買うことをやめないのだと思います。

 この2年間、やけっぱちになりそうなこともありました。とくにコロナ禍においての政府の醜態に近いあれこれには、正直、辟易し続けています。そんな鬱憤もあって本業以外の活動に汲々となるときもあります。でも、どんなときも誰かがお店に来てくれて、ありがたいことに売上がゼロという日がありませんでした。

わたしにできることは、この店が心地よい場所であるように本棚を整え、店内を整え、自分の体調も整え、来て下さる方を待つこと。特別なものはなくても、ただ「ふつう」にあること。何が「ふつう」かもわからなくなってきていますが、他のものと同様に、日常だって上書きされ、新しくなっていくのでしょう。それなら、更新されていく日常をできるかぎり受け入れていこう。2021年が終わろうとしている今、そんなことを考えています。

2021年11月28日(日)

火星の庭ホームページ https://kaseinoniwa.com/
Twitter https://twitter.com/kaseinoniwa

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『仙台本屋時間』
https://kasei003.stores.jp/items/605b5f5dd263f03059a1a9b2

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古本を柳田国男の「偶然記録」として読む――著者の意図や観点からズラす(古本の読み方2)

古本を柳田国男の「偶然記録」として読む――著者の意図や観点からズラす(古本の読み方2)

書物蔵

 

 前回、古本とは時代がズレている本で、それが価値観のズレに自動変換されるので、そこを突っ込めば楽しく読めるはずと説いた。今回は、観点をズラシて読む読み方をご紹介する。もちろん、新刊書でもこれは使える方法なのだけれど、特に古本について有効なのだ。

■いま生きている業界/知識分野ならよいけれど
 現在、日本人はプラモデルをどこでどうやって買うものなのだろう? トイザらス? まぁ、家電量販店かネットだろう。しかし、昭和後期は百貨店や文房具屋、駄菓子屋で買ったものだった……などと、誰かがすぐ答えてくれればよいが、当事者に聞くという手法は同時代でないとできない。20年ほど前からプラモデルの歴史本も出始めたが、メーカーの歴史や製品の歴史が主であるし、専門誌や業界紙を探しても、なかなか消費者(受容者)の姿は見えてこないものである。そんなときどうすればよいか?

■(読み方)「計画記録」を「偶然記録」として読む
 そんな時には「偶然記録」を使うんだよ、と民俗学を創った柳田国男は1935年に指摘している(『郷土生活の研究法』)。「文字を筆者の計画した以外の問題を明らかにするため援用」して記録を読んでしまえばよいのだという。つまり「偶然記録」として他の用途のための「計画記録」を読んでしまえ、というのだ。具体的には……。

■(事例)謄写版って、どんなところに普及してたの?
 最近、同人誌の歴史に興味を持っている。同人誌といえば、手書き回覧誌から始まるが、その次の段階は「軽印刷」、具体的には大正期に普及した謄写版がすぐに思いつく。謄写版は戦前期、どんなところに普及していたのだろう?
 この前、古本仲間の「兵務局」*さんに本を1冊ゆずってもらった。
 ・倉本長治『腕一本で儲かる外交(改訂版)』(商店界社, 1928)
 ここで「外交」というのはdiplomacyのことではなくて戦後期の「外交さん」に近いというか、今で言う「営業職」や、訪問販売のことと言ってよい。ミシン、保険、出版物、広告、時計、印刷、服、タイプライター、レジスター、金庫、自転車などなど、40種類の売り物について、その訪問販売のやり方が書いてある実用書がこの本である。著者の取材できたものは何でも載っているのだろう、肖像画の注文販売などという、かなり珍しいものもあるが、この中に「謄写盤」(謄写版のこと)も出てきて驚いた。
 読んでみると、どうやら現在のコピー機リースに近く、謄写版の外交員はメンテナンスの仕事がメインであるらしい。「得意先の大部分は、諸官署、学校、各組合等の大きい処だけで、本店の方からその外交員が出張する前に予め挨拶状を出しておくから、その外交員は知らないその土地へ乗り込んでも気安くお得意周りが出来やうと云ふものである」(p.315)と、いささかノンキな書きぶりだが、重要なのは前半で、要するに昭和初年段階で、地方でも、諸官署、学校には普及していたが、それは「大きい処だけで」あった、とこの記事から類推できるわけである。そういえば、地方で同人誌を作った際に、学校に謄写版を借りに行った話をどこかで読んだ憶えがある。
 まぁ謄写版の歴史は田村紀雄, 志村章子『ガリ版文化史:手づくりメディアの物語』(新宿書房, 1985)を見ればあらあらわかるのだが。

■(事例・読み方)実用書をドキュメンタリーとして読む――貸本屋の場合
 上記のような開業ハウツー本は、ある種の実用書として「街の本屋」に棚差しであった。例えば、たまたま手元に、小高正芳編著『バッタ商法経営のすべて:ディスカウント・ショップの仕入れ方法から販売まで! (業種別経営実務シリーズ ; 37)』(経営情報出版社, 1984)があるが、ドギツい装丁で、バッタ屋経営術がいろいろ書いてある。
 この手のハウツー本の始めは、明治末にあり、『明治事物起原』を書いた石井研堂の『独立自営営業開始案内』第1-7編(博文館, 1913-1914)が初期では最も詳細なもの。手元に「第二編 新古書籍業、新聞雑誌取次業、絵葉書絵双紙業、貸本業」があるのでちょっとのぞいてみる。
 貸本業には三種類あるという。持ち込み式と店舗を構えるもの、そして「高等貸本」。細かく読むといろいろオモシロい。持ち込みは苦学生がさかんにやったが「この種の貸本者に限って、少し心易くなった者には、猥褻な書物や発売禁止〜〔の〕悪書を」貸して儲けようとしたから当局が厳しく取り締まったとある。なるほど、明治期、「悪書」を読みたければ持ち込み式貸本屋さんに交渉すればよかったのか、とわかる。
 高等貸本は「東京中に数十軒有り〜一種の小さい図書館のやうな観をなして」いるという。なるほど、大東京に本格的図書館が2,3館しかなくって済んだのはこのためか、とわかる。「勿論、軟かいものも備へてはおきますが、堅いものを本位として」いるとも。大多数を占める通俗貸本店では八割が「程度の低い講談物」だったなどと、蔵書構成に到るまで、手にとるようにわかるのだ。

■著者の意図や観点からズラして読む
 社会教育に並々ならぬ情熱を注いだ石井研堂は、おそらく「悪書」追放側であったろう。しかし、私のような歴史趣味家の観点で読むと、まさに彼の記述から、悪書の流通ルートがわかったわけである。彼のハウツー本は、私にとってまさに柳田国男のいう「偶然記録」となったのだ。

* https://twitter.com/truppenamt

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書物蔵
本格的古本歴は15年ほど。興味は日本図書館史から近代出版史へ移行し、今は読書史。
共書に『本のリストの本』(創元社、2020)がある。

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2021年11月25日号 第335号

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1.『古本屋的!』は『東京古書組合百年史』の姉妹本なのだ
                    稲垣書店 中山 信如
2.東京古書組合百年史 感想文

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
━━━━━━━━━━━━【自著を語る(282)】━━━━━━━━

『古本屋的!』は『東京古書組合百年史』の姉妹本なのだ

                    稲垣書店 中山 信如

『東京古書組合百年史』、もう手にとってみたかい? 読んでみた
かい? どうだい、立派な本だろう。八千円もするけど、第一章は、
まるまるあの有名な鹿島茂先生に(といったってオレの一つ上なだ
けだけど)じきじきに頼んだり、見てくれだって、プロの気鋭の装
幀家間村俊一さんに頼んで腕をふるってもらったりで、たいへんだ
ったんだ。だから、そんじょそこらの社史や業界史とちがって、
見映えがするだろう? 

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7474

『古本屋的! 東京古本屋大全』 中山信如(編著)
本の雑誌社 予価:2970円(税込)好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114663.html

━━━━━━━━【東京古書組合百年史 感想文】━━━━━━━

東京古書組合百年史について

                   ペンネーム 古書太郎

私と古書との関係についての話は非常に古い。私が飯田橋の大学に
通っていた頃、授業の合間に30分ほど歩いて神保町の古本屋さん
に通っていた。若い頃から古本には特別興味を抱いていたからであ
る。別に収集癖がある訳ではないが古書店で古本を眺めるのが好き
であった。その趣味は半世紀以上経った今でも変わらない。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7468

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古書店街に馳せるーー過去から未来へ

                     ペンネーム 閃

 二年ほど前から神保町の古書店街に足を運び始めた。この百年史
の中では殆ど最後の時期にあたる。神保町にある古書店はどれも歴
史を感じさせるような店ばかりであるが、その本当の歴史について
は知りようが無かった。この百年史は、私が見ることのできなかっ
た、古書店街の歴史を教えてくれるものだと思い、手に取った。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7471

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『たたかう講談師 二代目松林伯円の幕末・明治』目時美穂 著
文学通信刊 定価:2,500円(税別)好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-66-1.html

『詩とは何か』吉増 剛造著
講談社現代新書 定価:1210円(税込)好評発売中!
https://gendai.ismedia.jp/list/books/gendai-shinsho/9784065188279


『古本マニア採集帖』  南陀楼綾繁 著
皓星社 定価:2,000円+税  発売日 2021年11月30日
https://www.libro-koseisha.co.jp/history_culture/9784774407500/

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

12月~1月の即売展情報

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジン その335・11月25日

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
編集長:藤原栄志郎

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