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なぜ『左川ちか全集』は生まれたか―書物としての「左川ちか」と解放の企図―

なぜ『左川ちか全集』は生まれたか―書物としての「左川ちか」と解放の企図―

島田龍

はじめに

 森谷均を社主とする昭森社から遺稿詩集『左川ちか詩集』(以後適宜『詩集』と略す)が刊行されたのは1936年11月のこと。編者は伊藤整である。「彼女の残した一冊の詩集は、昭和初期における女性詩の最高にちかい光芒をはなった」(『株式会社紀伊國屋書店創業五十年記念誌』1977)と称賛したの春山行夫だった。

 1930年代の詩壇において、セクシュアリティの幻想に対峙した左川ちかの詩は極北にあった。ジェイムズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフ、ハリー・クロスビーらモダニズム文学を血肉化した翻訳者でもあった。10代でキャリアを出発し、1936年1月に急逝する。享年24。

 『詩集』は全350部発行。内訳は並製版(普及版)300部(定価2円)。特製版45部(3円)。書痴版5部(10円)。判型・本文組版は同じだが、特製版は本文の上質紙が特漉鳥の子紙に改められるなどしている。書痴版はさらに三岸節子の肉筆デッサン画が一葉収められている(未見)。ちなみに「三百五十部限定内五十部特製」と並製版の奥付にもあるためか、これを特製版と扱う古書店が複数あるので注意されたい。定価で区別するのが最も簡便である。

 伊藤整旧蔵本は現在市立小樽文学館に、近藤東旧蔵本は神奈川県近代文学館に所蔵されている。森谷均旧蔵本は私の手元にある。また、次世代の若者たち、例えば黒田三郎や吉岡実といったモダニズム詩から出発した詩人たちも、戦時中『詩集』を手に入れている。とくに吉岡の初期詩には大きな影響を与えたようだ。

 戦後ともなると『詩集』は市中に出回らなくなった。札幌に暮らしていた百田宗治は森谷に宛てた葉書で次のように綴っている。

いつか左川ちかの詩集など出してもらつたことがありましたね。この二十五日は当地の詩人たちの会合で左川ちかのことを話します。あの詩集の少部数の再版なども時期よろしいのではありませんか。  「森谷均宛百田宗治書簡」1947.10.23(筆者蔵)

 
□「再刻されるべき詩の一つであろう」と、鎌倉文庫の『文芸往来』「詩壇点鬼簿」(1-3.1949.3)にも匿名の評者「K」が書いている。

 「日本の古本屋」のメルマガということもあり、書物(古書)としての『左川ちか詩集』について卑見を述べたい。それが『左川ちか全集』出版の意味とも関わる話だからである。

 
1 蒐集対象としての『左川ちか詩集』

 『日本古書通信』をひもとくと、齋藤昌三作成の「日本限定本人気番附」(20-1.1955.1.1)には『詩集』書痴版が前頭に位置づけられている。

 具体的な価格の推移を調べよう。①1954年の『日本古書通信』「限定本時価目録」(19-6.1954.6.15)には、書痴版が2,500円となっている。昭森社の中でも高値の本で、中原中也『山羊の歌』(文圃堂1934)著者愛蔵本20部と同じ値だ。

 さらに②1958年「限定本時価目録」(23-3.1958.3.15)では、特製版1,000円、書痴版7,000円。③1960年「限定本時価目録」(25-7.1960.7.15)では、並製本1,500円、特製本3,000円と価格が上昇している。昭森社の同時期刊行の詩集で比べると、田中冬二『花冷え』書痴版50部①1,500円→②2,500円→③3,500円。荘原照子『マルスの薔薇』特製10部①1,000円→②1,500円→③2,000円となっている。

 1950年代、左川ちかは決して忘れられた存在ではなかった。中野重治編『日本現代詩大系』10巻(河出書房1951)、北川冬彦他編『日本詩人全集』6巻(創元社1952)には詩が複数収録されている。また、北園克衛(「左川ちか」『詩学』6-8.1951.8)、春山行夫(「左川ちか〈季節風〉」『北海日日新聞』1954.8.9)らが生前の姿を回想し、塚本邦雄(「詩人について」『詩学』1959.7)、吉岡実(「救済を願う時‐《魚藍》のことなど」『短歌研究』1959.8)らがその詩の衝撃を語っている。伊藤整の自伝風小説『若い詩人の肖像』(新潮社1956)には、青春をともにした少女時代が印象的に描かれている。

 ただ、『詩集』書痴本に関していえば、左川ちかそのものの文学的評価以上に、三岸節子の肉筆デッサン画入りの稀覯本(5部)であることが大きいだろう。蒐集家にとって肉筆挿絵の本は「書物の中での王様」(佐々木桔梗「肉筆挿絵本」『書痴往来』2-3.1957.9)らしい。

 「黒い天鵞絨の天使―左川ちか小伝」(『北方文芸』5-11.1972.11)を著した詩人小松瑛子は、どうしても『詩集』が手に入らず、札幌の詩人坂井一郎所蔵の特製版を借り全編書写したという(「左川ちかの詩と私」『左川ちか全詩集』森開社1983)。小松自身、左川ちか詩集の出版を計画していたが叶わなかった。

 詩人佐々木逸郎は、「私たち戦後に詩を書き始めたものの立場で言うと、(略)なんとなく“幻の詩人”という感じがあった」(「座談会 北の詩・その女流の系譜」前掲『北方文芸』)と話している。

 左川ちかが鮮烈な印象で語られる一方で、『詩集』が蒐集対象として成立しており、再刊・新刊を望む声もあったが実現しなかったことがわかる。これと同じ構造はさらに続くことになる。全く不幸なことに。

 
2 『左川ちか詩集』書痴版の行方と古書価の相場

 1985年には札幌の並木書店の目録に書痴版が50万円で出品、すぐに売り切れたという。書痴版の書影を私が初めて見たのは、詩書の蒐集家だった小寺謙吉『現代日本詩書綜覧』(名著刊行会1971)である。ただ、同書に三岸の肉筆デッサン画は掲載されていない。

 小寺謙吉以外の書痴版の所蔵者としては、國學院大教授の塚谷晃弘(「コレクション礼讃」『陶説』245.1973.8)、高橋啓介(『別冊太陽 古書遊覧』平凡社1998)がいる。高橋は少女を描いた肉筆画を掲載している。5部それぞれ絵柄が違うのかどうだろうか。近年は長山靖生が「わたしの蔵書から 小宇宙としての詩集」(『日本近代文学館報』304.2021.11)でその魅力を語っている。

 田辺福徳(北大医学部助教授)は、86年に東京の田村書店から『詩集』特製版26番を手に入れ「嬉しさのあまり、夜も枕頭に飾って夢に出ることを願った」と、『本と珈琲』(私家本1993)で語る。素直な興奮が伝わってくる。

 近年の『詩集』古書価の変遷については、林哲夫のブログ記事「古書目録の左川ちか」(daily-sumus2.2017.11.29)が古書目録から整理している。

田村書店『近代詩書在庫目録』(1986)特製版90,000
『石神井書林古書目録』35号(1995.2)特製版350,000 
『同』44号(1998.2)並製版80,000 同・函なし背痛み30,000
『同』50号(2000.2)書痴版1200,000
『扶桑書房古書目録 近代詩特集号』(2010.9)特製版160,000

 私が記録している日本の古本屋・ヤフオク・メルカリの相場を勘案すると、『詩集』特製版はここ10数年ほどで15万前後から現在は30万弱。並製版は状態が悪くなければ10万前後から現在は20万足らずといった感覚だ。

 私が左川ちかに出会ったのは、1998年末か99年初頭に『詩と詩論』を読んでのことだった。それからプライベートプレスの森開社から刊行されていた『左川ちか全詩集』(以降適宜『全詩集』と略す)を「日本の古本屋」を通じて購入した。

 『全詩集』は550部(普及版500部、特製版50部)。普及版の定価は7,300円。布装背皮継表紙の実に美しい本に一瞬で魅了された。特製版(定価15,000)も1冊購入した。古書価は定価のそれぞれ1.5倍ほどだったと記憶する。解題・校訂も行き届いた『全詩集』は左川ちか再評価の機運を高め、極めて画期的だった。『全詩集』によって左川ちかに出会った、または再会した読者は少なくないだろう。ちなみに現在『全詩集』は新版含め現在は安くて2万、上限は5万前後だ。こちらも高騰している。

 『詩集』を入手したのはのちのことで、私の場合は蒐集の欲望というよりは研究資料として認識していた。それでも、生田耕作旧蔵のジェイムズ・ジョイス著/左川ちか訳『室楽』(椎の木社1932)が札幌の書肆吉成から届いたときは、私淑する文学者だけに興奮したものだ。

 最近話題になったといえば、2019年の七夕古書大入札会で自筆詩稿「暗い唄」「おなじく(果実の午後)」が出品されたことだろう。保昌正夫監修・青木正美解説『近代詩人・歌人自筆原稿集』(東京堂出版2002)に掲載された青木正美旧蔵品である。

 内堀弘「下町の古本屋の懸命な好奇心 独学の意欲があれば古書の世界は一生学校だ」(『図書新聞』2019.10.5)によると、『自筆原稿集』出版後に青木が手放し、石神井書林を経て20年近く経って再び世に現れたらしい。私も入札したが、予想を遥かに上回る価格であっさり落札を逃した。左川ちかの人気の高まりを実感した。この詩稿ともいずれまみえたいと願っている。

 以上、向後の記録を兼ね煩雑に書き連ねた。左川ちかの詩集が蒐集家のコレクションか、研究者の資料として取引されることはあっても、『全詩集』の一時期をのぞけば、一般の読者が容易く手に入れ難い状況にあることがおわかり頂けただろう。

 
3 『左川ちか全集』編纂の経緯 「左川ちか」の解放を目指して

 左川ちかを研究対象として意識したのは5年ほど前のことだ。いまだその詩をまとめて読むことが難しい状況を知った。作品を読みたいとの若い人たちの切実な声を聞いた。また、研究の進展と学界における認知度の向上にはテクストの普及が欠かせない。適切な校訂を加えた初の全集の編纂を考えるようになった。

 さらに直接的なきっかけは、杉並の某古書店などに委託販売されている同人本の存在である。およそ80数か所に及ぶ誤字誤植や本文の錯簡が甚だしい極めて質の悪い本で、私の名前を無許可で編集協力者にクレジットし、現在も中身をほぼ訂正することなく高額で取引されている。かかる同人本が今後の批評・研究で用いられては取り返しのつかない過ちにつながってしまうと、研究者として大きな危機感を覚えた。

 マニアックな復刻本を有難がりながらその真贋に関心がない、書痴を気取るマニアたち。先人の書誌学に裏打ちされた校訂の術を無視する素人編集と、これをバックアップする古書店の存在。80年以上に及ぶ書物としての「左川ちか」が行き着いた先だった。

 詩人の言葉が無惨に切り刻まれ、決して安くない額を支払った一般読者の方々を思うと、研究者としてもっと早くに警鐘を鳴らすべきだったと悔やんでいる。詩人の言葉は、小銭稼ぎの道具として使い捨てされては決してならない。このような特異な市場から「左川ちか」を解放しなければならない。私がこれを訴えると、妨害・示威行為が私や周辺者、複数の出版社などに向けられるようになった。SNSで訴えた私の告発には、20万回をこえるインプレッション(表示)と2万回ほどのエンゲージメント(反応)を得た。それまでさんざん左川ちかを持ち上げながら、無視を決め込む少数の人もいないではなかったが、私と直接交誼がなくとも激励の言葉をかけてくれる多くの人々が支えになった。

 そうした紆余曲折を経て『左川ちか全集』が生まれた。年譜・解題・解説・ブックガイドが約100頁、全416頁で本体価格2,800。全集の出版を相談したある出版社からは、いくら高くても本物であれば購入する読者がいるのだから「愚挙」だと言われた。しかし、研究者や愛書家以外にも手が届く、全国の書店でリーズナブルに購入できる一冊をというのは譲れない一線だった。

 幸い、そのコンセプトを尊重してくれる編集者と出版社がいた。価格に上乗せされないよう、函も写真も省いた。そのため、人々の憧憬を誘った『全詩集』のような贅沢な造りではないものの、作品世界の入り口となるような名久井直子装幀・タダジュン装画の書影は予想以上の好評を得て迎えられた。本は一人で作るものではないことを実感した。

 
4 『左川ちか全集』の意義 詩人の言葉の復権を目指して 

 『全集』の編集方針の一つは、端的にいえば『左川ちか詩集』=伊藤整の眼差しからの解放である。

 伊藤整が編集した『詩集』には、発表の時系列に配列する、初出版と再掲版(改稿版)では後者を採用するなどの編集方針があった。しかし、時間的な制約のもと十分な資料が手元に揃わなかったためか、実際には混乱したまま刊行された。また、伊藤が最も大事にした自身の詩「海の捨児」とスキャンダラスな因縁のあった「海の捨子」を収録していないなど、留意すべき点も少なくない。

 もちろん、『詩集』刊行の文学史的な意義は十二分に理解されるべきもので、現代の編集水準を求めても仕方のないことだ。『全集』の編纂にあたっては、従来のように『詩集』の配列・本文に依拠するのではなく、抜本的なテクストクリティークを行った。あわせて、翻訳に用いた底本や新出詩篇の調査を行い、発表順の配列を徹底し、ヴァリアント(異稿)の採用もできるだけ詩人の最後の意思が反映できるよう詩篇ごとに慎重な判断を下した。これが「伊藤整」という『詩集』の眼差しからの解放の意味である。

 また、一冊の詩集ではなく全集であることから、研究・鑑賞の手引きとなるよう、最新の研究動向を踏まえた詳細な解説・解題を施し、本文にはルビなども積極的に振った。古い文体に不慣れな若い読者と海外の読者を意識している。近年、左川ちかは海外での評価が先行し、欧米などでは何冊も訳詩集が出版されている。今後さらに翻訳されるであろうことを想定すると、決してやりすぎではないだろう。実際、海外在住の方から読みやすい編集に感動したと感想を頂戴し、我が意を得たりと思ったものだ。

 翻訳詩文と詩篇・散文・書簡類を初めて同時収録することの意味は小さくない。翻訳と創作の関係を含め、詩人であり翻訳家でもあった「左川ちか」の全体像を浮かび上がらせるテクストになるよう心掛けた。もっとも本書も私自身の眼差しと無縁ではなく、これが唯一の正典というつもりはない。心ある人々によって、それぞれの見識を活かした新たな書物が編まれることを期待したい。詩人のの解放と復権を果たすために。

 
参考文献
島田龍「左川ちか研究史論―附左川ちか関連文献目録増補版」(『立命館大学人文科学研究所紀要』115.2018.3)
同「昭森社『左川ちか詩集』の書誌的考察―伊藤整の編纂態度をめぐって」(『立命館文学』669.2020.9)
同「左川ちかを探して 百田宗治と『左川ちか詩集』」(『詩と思想』3-401.2020.12)

 
 
 
 


『左川ちか全集』 左川ちか/島田龍 編
四六判、上製、416ページ
書肆侃侃房 定価:本体2,800円+税 好評発売中!
https://ajirobooks.stores.jp/items/625000c23463e711bb1550ba

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古本屋ツアー・イン・ジャパン2022年上半期報告

古本屋ツアー・イン・ジャパン2022年上半期報告

古本屋ツーリスト 小山力也

 世界が新型コロナの脅威に晒され続け、二年半以上が経過した。その間に、感染対策は定着化し(マスクにもすっかり慣れてしまった…いやですねぇ)、ワクチン接種も進み、コロナウィルスをどうにか制御し始めたような雰囲気が世界中に流れているが、敵もさるもの巧妙な進化を続けており、相変わらず未知のウィルスであることに変わりはないのであった。まったく『何処まで続くぬかるみぞ』と言った感じである。だがそれでも、日々を平穏に楽しく暮らして行かねばならぬ我らは、感染対策のさじ加減を手探りしつつ工夫し、以前とまったく同じカタチではないが、少しずつ日常に近いものを取り戻したり、新たに日常化したりして、薄暗闇の中を歩み続けている。古本業界の売る人も買う人も、その例外ではなく、どうにか色々やりくりしながら、今を生き続けている。と言うわけで、ほぼ毎日古本屋さに通い古本を買っている男の六ヶ月を、駆け足で振り返ってみよう。

 一月は、西荻窪の「にわとり文庫」で稀少な本も含めて激安値で大判振る舞いするイベント『帰って来たニワトリブンコ新春100円均一大会』が二年ぶりに催された。事情あって一日目に参加出来ず、ネットに飛び交う掘出し物を涙して眺めていたが、二日目に行っても、暮しの手帖社「暮しのなかで考える/浦松佐美太郎」が買えたりしたので、大いに溜飲を下げる。また神保町では名店の譽れ高い「田村書店」がバーゲンセール(一般書50%オフ、揃い&稀覯書は30%オフ)を敢行。その後は名物の店頭安売も規模を小さくして形を変えたりしたので、何かがひとつ消え去った感じとなる。また四月に「三省堂書店神保町店」が建て替えのために一時閉店するので、八階の催事場で定期的に開かれていた古書市も、『最後の古書市』を開催し幕を下ろした。

 二月は東村山にいつの間にか出現していた「古本×古着ゆるや」を訪ね、豪徳寺の「靖文堂書店」の実店舗閉店を目撃。豪徳寺から古本屋さんが一件減ってしまったと思ったら、明大前から「七月堂古書部」が移転して来たので増減なしの結果に胸を撫で下ろす、また久しぶりに対面で古本を販売する機会に恵まれ、谷中の洋服屋さん『蜜とミシン』の二階で、大阪から上京した「古書ますく堂」と和室で古本販売に勤しむ。古本が目の前で売れてゆく喜びと、お客さんと言葉を交わす喜びに打ち震える。

 三月はひばりケ丘の住宅街に実は一月から開店していた「古書きなり堂」を苦心の末に探り当てる。また二年ぶりの再開となった『第61回神田古本まつり 青空掘り出し市』には、客として駆け付けるばかりか、西荻窪「盛林堂書房」の手伝いとしてワゴンの内側に立ち、ひたすら精算作業を続ける地獄のような忙しさを体験する。そして西荻窪では駅近くの「TIMELESS」が閉店し、学芸大学の「流浪堂」も建物老朽化のために店舗を一時閉店。だが必ず同じ学芸大学の地にて店舗営業を再開するとのことだったので、今からその時が楽しみである。

 四月は前述の「三省堂書店神保町店」一時閉店に伴い、四階にあった「三省堂古書館」も閉館となる。今のところ、新・三省堂書店神保町店に再び入居の予定はないとのこと。大変残念である。また千葉・高根公団駅近くにあったミステリにも強い「鷹山堂」が惜しまれながら閉店。だがお店の跡地は、そのまま「はじっこブックス」が受け継ぎ、在庫も一部受け継ぎ六月には実店舗として営業をスタートした。古本屋さんの後を別の古本屋さんが受け継ぐのは時々あることだが、何か心温まるホッとする出来事である。さらに有名な古本イベントである谷根千の「不忍一箱古本市」も開催日を一日限定にして復活。一日故に参加者の競争率が凄まじく跳ね上がったとのこと。皆古本を媒介に対面でコミュニケーションをはかりたくて、ウズウズしまくっていたのである。

 五月には早稲田で早稲田通り沿いから「古書ソオダ水」のあるグランド坂通りに移転した「三幸書房」に早々に来店。新小説社の「傳法ざむらひ/長谷川伸」が二千円で買えたりして、お店のことが一気に好きになる。また、ミステリ評論家・日下三蔵氏が講演で松本を訪れると言うので、訪ねるべきお店を列挙して伝えると、松本城を模した古本屋さん「青翰堂書店」は2020年三月に閉店したと逆に教えられ、ショックを受ける。

 六月には激安だが良書が紛れ込んでいる押上の「イセ屋」が消滅しているのを目の当たりにしてショックを受ける。そして渋谷の老舗「古書サンエー」も75年の歴史に幕を下ろして閉店してしまった。相変わらず昔程フットワークが軽くないのとコロナ禍のせいで、関東近くのお店の話ばかりだが、閉店情報が目立つのが痛いところである。だが、新しいお店がチラホラ生まれ、この先の開店情報もすでに飛び込んで来ているので、新たな巡る楽しみはこれからも無事に続きそうである。

 そんな古本屋探訪活動の目立ったご褒美としては、講談社「兼高かおる世界の旅」&実業之日本社「兼高かおる世界の旅 オセアニア編」がともに百円、青心社「世界はぼくのもの/ヘンリー・カットナー」が百円、天佑社「小さな王國/谷崎潤一郎」が函ナシだが百円、これはヤフオク落札品だがアルス「槐多画集」が4980円、筑摩書房「人間失格/太宰治」の初版が百円、などであろうか。後半もこのような輝ける安値の宝の獲得を目指し、古本屋をギラギラ彷徨うこととなるだろう。

 また昨年秋辺りから再開した、日本屈指のミステリ古本魔窟・日下三蔵氏邸の書庫片付けにも、盛林堂書房の手伝いとして、もはや上半期だけで七回もうかがっている。これまでの地道な活動の成果か、作業効率が段々上がり、各所に整理のためのスペースが生まれ、長い長いトンネルの先に仄かに光が見えて来た思いである。人の家の書庫の片付けを始めて、間に多少のブランクはあるがすでに八年が経過している…まるでサグラダ・ファミリア建設の難事業に関わっているみたいだが、ライフワークの一つとして、どうにかみんなの力を合わせ、美しく使える書庫の完成に漕ぎ着けたいものである。

 気付けばもう2022年も半分が終わってしまった。齢を取るごとに、時間の進みがドンドン早くなっているように感じるのは、決して気のせいではないだろう。もはや若い頃とは違い、この先使える時間は、段々と限られて来ているのだ。だがそれがわかっていても、これからも古本屋と古本に、人生をぶちまけて行くのに変わりはないだろう。まずは酷暑の夏を古本を買いながら乗り切って、コロナの第七波も古本を買って乗り切って、またこの場をお借りして、色々ご報告させてもらえれば幸いである。

 
 
 
 
 

小山力也

2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚で、大阪「梅田蔦屋書店」の古書棚で蔵書古本を販売中。「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。
http://furuhonya-tour.seesaa.net/

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2022年7月11日号 第350号

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 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第114号
      。.☆.:* 通巻350・7月11日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━【シリーズ書庫拝見4】━━━━━━━━━

日本近代文学館 前編 作家たちが託した夢     南陀楼綾繁

 5月18日、井の頭線の駒場東大駅から駒場公園への道を歩く。周
囲は静かな住宅街。この道を通るのは久しぶりだ。

 20代の頃、毎週のようにこの道をたどって、日本近代文学館に通っ
た時期がある。復刻版の出版社の編集者として、資料を探しに来てい
たのだ。公園に入ると、平べったい建物がある。短い階段を上がり、
入館手続きをして中に入ると、カードケースがずらりと並ぶ。奥の
閲覧室には先客が1人か2人いるだけだ。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9684

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

日本近代文学館
https://www.bungakukan.or.jp/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「コショなひと」始めました

東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)

コショなひと ビブリオ
コショなひと 古書 月世界
コショなひと 浅倉屋書店

YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w

━━━━━━━━━━━━【お知らせ】━━━━━━━━━━━━

◆長編版映画『ポラン』PFFアワード2022選出◆

中村洸太さんの自主製作ドキュメンタリー長編版映画『ポラン』が
「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022」の「PFFアワード2022」
に選出されました。

選出に際し中村洸太さんから本メールマガジンにメッセージを
いただきましたのでご紹介します。

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メールマガジン第347号「自著を語る(番外編)」(5月25日配信)では、
2021年2月に実店舗営業を終えた東京都練馬区大泉学園の古書店「ポラ
ン書房」の閉店を追った短編ドキュメンタリー映画『最終頁』を紹介さ
せていただきました。その長編版である『ポラン』が、このたび、「第
44回ぴあフィルムフェスティバル2022」の「PFFアワード2022」に選出
されました。

短編版はポラン書房の閉店までを描きましたが、今回の長編版は、店主
の石田恭介さん・石田智世子さんご夫妻、店員の南由紀さんを軸に、閉
店に至るまでのポランの軌跡、テナントからの撤収、そして閉店後の足
取りを描いています。(南さんは現在、江古田で古書店snowdropを開業
されています。)

映画『ポラン』は9月に東京の国立映画アーカイブで2回、11月に京都文
化博物館で1回、スクリーンで上映されます。DOKUSO映画館とU-NEXTでの
オンライン配信もある予定です。

ぴあフィルムフェスティバルの詳細は8月上旬に発表とのことです。

古書店をテーマとするこの映画を、大きなスクリーンで観ていただける
ことになり、とても嬉しく思います。本作を通して、多くの方々に古書
店の魅力を発見/再発見していただけることを願っています。
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「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022 PFFアワード2022」入選作品
https://pff.jp/jp/news/2022/07/pffAward2022_0701.html

メールマガジン第347号「自著を語る(番外編)」はこちらから
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9425

━━━━━【7月11日~8月15日までの全国即売展情報】━━━━━

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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TOKYO BOOK PARK 吉祥寺

期間:2022/05/20~2022/10/30
場所:吉祥寺パルコ2階 武蔵野市吉祥寺本町1-5-1

https://twitter.com/TOKYOBOOKPARK

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第16回 カジル横川古本市(広島県)

期間:2022/07/04~2022/07/11
場所:JR横川駅前フレスタモール  カジル横川1階通路
   広島市西区横川町3-2-36 JR横川駅隣接

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港北古書フェア(神奈川県)

期間:2022/07/06~2022/07/19
場所:有隣堂センター南駅店店頭ワゴン販売
最寄駅:横浜市営地下鉄 センター南駅
    市営地下鉄センター南駅の改札を出て直進、右前方。※駅構内 

http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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神戸阪急古書ノ市(兵庫県)

期間:2022/07/13~2022/07/18
場所:神戸阪急本館 9階催場 神戸市中央区小野柄通8丁目1番8号

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趣味の古書展

期間:2022/07/15~2022/07/16
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

https://www.kosho.tokyo

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第141回 倉庫会 古書即売会(愛知県)

期間:2022/07/15~2022/07/17
場所:名古屋古書会館 名古屋市中区千代田5-1-12

https://hon-ya.net/

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第2回八王子オクトーレ古本まつり

期間:2022/07/16~2022/07/24
場所:JR八王子駅北口デッキ直結 八王子オクトーレ2階特設会場

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和洋会古書展

期間:2022/07/22~2022/07/23
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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五反田遊古会

期間:2022/07/22~2022/07/23
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4
   JR山手線、東急池上線、都営浅草線五反田駅より徒歩5分

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中央線古書展

期間:2022/07/23~2022/07/24
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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フィールズ南柏 古本市(千葉県)

期間:2022/07/28~2022/08/17
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場  柏市南柏中央6-7

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我楽多市(がらくたいち)

期間:2022/07/29~2022/07/30
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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杉並書友会

期間:2022/07/30~2022/07/31
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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夏の阪神古書ノ市(大阪府)

期間:2022/08/03~2022/08/08
場所:阪神百貨店梅田本店 8階催事場 大阪市北区梅田1丁目13番13号

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城北古書展

期間:2022/08/05~2022/08/06
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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Vintage Book Lab(ヴィンテージ・ブック・ラボ)

期間:2022/08/06~2022/08/06
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

https://www.vintagebooklab.com/

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オールデイズクラブ古書即売会(愛知県)

期間:2022/08/12~2022/08/14
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12

https://hon-ya.net/

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好書会

期間:2022/08/13~2022/08/14
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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日本の古本屋メールマガジンその350 2022.7.11

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

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日本近代文学館 前編 作家たちが託した夢  【書庫拝見4】

日本近代文学館 前編 作家たちが託した夢    【書庫拝見4】

南陀楼綾繁

 5月18日、井の頭線の駒場東大駅から駒場公園への道を歩く。周囲は静かな住宅街。この道を通るのは久しぶりだ。

 20代の頃、毎週のようにこの道をたどって、日本近代文学館に通った時期がある。復刻版の出版社の編集者として、資料を探しに来ていたのだ。公園に入ると、平べったい建物がある。短い階段を上がり、入館手続きをして中に入ると、カードケースがずらりと並ぶ。奥の閲覧室には先客が1人か2人いるだけだ。

 請求した本や雑誌を受け取って、席に座る。同館では資料を製本や合本せずに、原形のまま所蔵している。グラシン紙の掛かった雑誌の表紙を眺め、薄いページを慎重にめくると、「ペラリ」という音さえ聴こえる気がする。それほど静かなのだ。ここで過ごすと、時間が経つのを忘れてしまう。腹が減ると、隣の喫茶室でサンドイッチなどを食べて、また戻ってきた。

 それから30年経っても、そうした風景は以前と同じだ。変わったのは、喫茶室が〈BUNDAN COFFEE&BEER〉というブックカフェになったことぐらいか。

日本近代文学館 外観

方針は「原型保存」

 そんなことを思いながら受付で待っていると、事務局の宮西郁実さんが迎えに来てくれた。さっそく書庫に案内してくれるというので、持参した上靴に履き替えて、中に入る。

 まずは1階を見学する。ここには主に雑誌が収蔵されている。配列はタイトルの50音順。『日本〇〇』『文学〇〇』という誌名は多いので、延々とその棚が続くことになる。

 前述したように、同館では基本的に原型保存を旨としており、雑誌の1冊ごとにグラシン紙が掛けられている。表紙や裏表紙をコピーしたい人のために、取り外せるようになっている。

 2012年に同館に入館した宮西さんは、研修期間中にグラシン紙の掛け方を習ったそうだ。何冊もやっているうちに慣れてくるというが、人によって上手い下手はあるのではないか。絶望的に不器用な私には、こんなのはムリだ。

 同館には「高見順文庫」などの文庫・コレクションがあるが、その中に入っている雑誌も、バックナンバーを揃える目的からここに「混配」(一緒に配架)している。その雑誌には文庫の印が押されている。また、中には寄贈の段階で合本された雑誌も混じっている。

 あまりに膨大でどこから見たらいいか、判らなくなる。それで以前、ここで閲覧した『文明』を手に取る。終戦の翌年に田宮虎彦が発行した雑誌で、花森安治が表紙とカットを手がけている。すっきりと印象的なデザインだ。田宮と花森は神戸の雲中小学校の同級生で、東京帝大の『帝国大学新聞』編集部でも一緒だった。その縁で花森は、文明社のほとんどの単行本や雑誌の「装釘」(花森の用法)を担当した。

花森安治装釘の『文明』。近代文学館には創刊号から3巻3号までが揃う

 なんとなく上を見あげると、棚の上に本の函が並べられている。アレはなんですか? と訊くと、宮西さんは「単行本の函は場所を取るので、あそこに並べているんです」と答える。中には戦前のものもあり、閲覧者が希望すれば出してもらえる。ここでも原型保存の方針が貫かれている。

 同館の資料総数は、現在約130万点。そのうち図書が50万点、雑誌が71万点、残りは原稿類などの特別資料だ。同館が設計された時点では「とりあえず50万冊の図書・雑誌類、10万点の特殊資料を収蔵できるスペースを前提」としていたらしい(大久保乙彦「私たちの新しい図書館 日本近代文学館」、『図書館雑誌』1968年2月号)が、その倍にまで増えている。2007年には成田市で成田分館を開館し、新たな収蔵庫が確保されたとはいえ、慢性的なスペース不足に悩まされている。これは書庫、収蔵庫を持つ資料館に共通する悩みだろう。
「同人雑誌だけで毎月200冊が届くんです」と、宮西さんは云う。棚が埋まってくると、一部を他に移して空きをつくる。そのたびに、棚の表示ラベルもつくり変えるという。
『改造』『キング』『講談倶楽部』など著名で発行時期の長い雑誌は、壁際に配架されている。コミケの壁際サークルみたいで面白い。また、大判の雑誌は別の棚に平置きされている。50音順配列が基本であるが、例外も多く、どこに何があるかを把握できるまでには経験が必要だろう。

 中央に、閲覧から戻ってきた雑誌を置いておくブックトラックがある。開館当時から使われているもので、「車輪の片側のみが動くので、使いこなすまでに時間がかかるんです」と、宮西さんは云う。

1階書庫。

ブックトラックは、
開館当時から働き続ける50年選手だ

目眩く本の数々

 地下1階に移る。ここには図書と文庫・コレクションが所蔵されている。

 この階には電動棚が多い。それ自体は珍しくないが、この棚は間に人がいるのを感知して、ボタンが点灯するのだ。こういうのは初めて見た。書架と書架のすき間は少しだけ開いていて、空気を通すようになっている。

 文学作品については、著者名の50音順に表示されている。赤瀬川原平は尾辻克彦としても活動しているが、尾辻のところにまとめられている。

 ここでもやはり、どこから見ればいいか悩み、自分の好きな作家を求めてウロウロする。尾崎一雄の本は私も以前、集めていたが、さすがに美本揃いでうっとりする。棟方志功が装丁した『玄關風呂』(春陽堂書店、1942)を手に取って奥付を開くと、「関口良雄氏寄贈」の印がある。大森の古書店〈山王書房〉の店主が寄贈したものだ。関口良雄と同館のかかわりについては、次回詳しく書くつもりだ。

 作者別とは別の棚には、「複刻版」(同館では元のかたちの精密な複製という意味でこう表記する)の原本が並ぶ棚がある。同館では開館時から雑誌と初版本の複刻事業を手掛けてきた。なかでも大事業だったのが、1968年に開始された「名著複刻全集近代文学館」だ。明治前期、明治後期、大正期、昭和期の4期で合計120点、159冊を、刊行当時の原本に限りなく近いかたちで複刻し、ほるぷ出版から刊行された。このシリーズは大いに売れ、館の運営を支える基盤となった。いまでも古本屋でよく見かけるが、一瞬、原本じゃないかと罪な期待をさせてしまうほど出来がいい。
「可能な限り状態のいい原本を集めたので、同じ本が複数冊あります」と、宮西さん。たしかに、夏目漱石の『三四郎』(春陽堂書店、1909)だけで4冊もあった。

 川端康成『感情装飾』(金星堂、1926)を見せてもらう。この棚では函が付いたままにしてある。函、本体とも吉田謙吉の装丁が美しい。取材時には展示室で「川端康成展」が開催中だったので、ひときわ興味深い。

 そういえば、貴重な資料を手にするときにも、宮西さんは素手のままだ。「本館では指の感覚を保ち資料に負荷をかけないように、手袋は使用しないんです。その代わり、手は事前に洗って清潔に保ちます」。なるほど。

 このほか、研究書や評論、全集、文庫本などの棚がある。

川端康成『感情装飾』

近代文学館の生みの親「高見順文庫」

 次に文庫・コレクションの棚を見学する。同館の肝とも云える一角だ。

 現在約165種があり、文庫は所蔵者の旧蔵書、コレクションは所蔵者と対象作家が別人である場合を指す。たとえば、「原民喜コレクション」は義弟の評論家・佐々木基一が寄贈したものであり、「瀬戸内寂聴コレクション」は与儀実忠が収集した瀬戸内の著書などである。

 文庫には、芥川龍之介、川端康成、谷崎潤一郎、太宰治ら文学史に名を残す作家のものが多いが、私がまず見たかったのは「高見順文庫」だった。なぜなら、彼は日本近代文学館の生みの親の一人だからだ。

 1962年、日本近代文学館の設立準備会が発足。翌年4月に財団法人が発足し、高見は理事長となった。本好き、雑誌好きとして知られ、蔵書をもとに長大な『昭和文学盛衰史』を執筆した。それだけに「今のうちにかういふ雑誌や本を集めて保存しておかないと、みんななくなつてしまふ。有名な作家の本や有名な雑誌は保存されてゐるが、名もない同人雑誌のやうなもので今となると実は大切な文献だといふのが、ほとんど失はれて行く」(『貴重な屑雑誌』、『高見順全集』第17巻、勁草書房)という思いは人一倍強かった。同年10月に「近代文学史展」を開催し、開館前から寄贈が続いた。

 この頃の高見について、開館当時の理事であった小田切進(のちに理事長となる)はこう書く。
「高見さんはどこへ出かけ、どこを歩いても、旅先でも、古書店のある場所をよく知っていた。さっさと入った。池袋へ現れても、必ず幾つもの店をのぞくという風だった。そのため歩く時が滅法早くなり、追いつけない。ひとたび古書店へ入ると、もう愉しくて仕様がない、という感じだった。収集趣味というより、古い本や雑誌がとにかく無類に好きだった」(『続文庫へのみち 郷土の文学記念館』東京新聞出版局)

 この運動の最中、高見は癌を宣告されるが、1964年5月に開催された「近代文学館を励ます会」には病を押して出席した。この時期の『続・高見順日記』の記述は鬼気迫る。そして翌65年8月17日に死去。前日には、駒場公園に決まった建設地の起工式が行なわれていた。高見の遺志を継いで、伊藤整が理事長に就任する。

 高見文庫の図書は没後、2回にわたって妻・秋子から寄贈されたもので、蔵書のほぼ全部が収まった。自身の著作をはじめ、文学関係書が約9000冊あり、そのほか、太平洋戦争や満州・上海関係、戦時中に陸軍報道班員として滞在したビルマに関する本などがある。

 同館に所蔵されている『日本近代文学館図書台帳』には、受け入れ番号順に受贈・購入した本が記入されている。そのうち、かなりの部分を高見順からの寄贈が占めている。

 高見文庫の雑誌は1700種、2万5000冊ほどが寄贈されたが、前述したように雑誌の棚に混配されている。

 また、原稿や書簡などは「特別資料」に分類されている。そのなかの「鎌倉文庫関係書類」を閲覧する。鎌倉文庫は1945年に鎌倉在住の文学関係者で開店した貸本屋(戦後は同名の出版社)で、この書類には鎌倉文庫の社則や、高見の名前が入った身分証明書が含まれていた。高見は鎌倉文庫のために貴重な本を提供しているが、そのとき提供した中戸川吉二の5冊のうち、『反射する心』(新潮社、1920)など4冊が同館に寄贈されている。

高見文庫の中戸川吉二の著書。

夢を託される場所――受贈と公開

 文庫やコレクションは、どのような段階を経て公開に至るのだろうか?
「まず所蔵者からご連絡をいただいて、受け入れるかどうかを判断します。ご自宅に収書に伺う場合と、送っていただく場合があります。分量が多いと、何回にも分けて通い、箱詰めをします」と、宮西さんは話す。

 文学館に到着すると、リストをつくって寄贈者に報告し、データベースに登録する。また、館報の「図書・資料受入れ報告」欄に掲載する。「資料整理が終わったら、すみやかに公開するように心がけています」。受け入れたまま何年も放置するようなことは、同館に関してはあり得ないのだ。

 主要な文庫・コレクションについては、目録を刊行する。いずれも販売されており、在庫がないものもコピー版を同価格で購入できる。また、隔月で発行されている館報にも、文庫・コレクションの紹介が掲載されている。これも一部100円で販売しており、オンラインショップからも購入できるので便利だ。

 整理中の文庫・コレクションは、書庫内に仮置きされている。整理が終わると、書庫内の「住所」が決まる。安住の地を得るわけだ。

 2017年に受け入れた「曾根博義文庫」は、その前年に死去した日本文学研究者の蔵書のうち、図書・雑誌約9000点を収めるものだ。曾根さんは古書展通いを続けて、膨大な蔵書をお持ちだった方で、本の収納のために建てられた自宅を私も訪れたことがある。

 懐かしいなあと棚を眺めていると、私が最初に出した『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)が並んでいた。手に取ると、何やら挟まっている。献本したときの私の手紙じゃないか! 汚い字が恥ずかしい。それに対して、曾根さんが私に送った葉書のコピーも挟んである。こういった片々とした紙ものも、資料として保存されていたことに感動を覚えた。

 同館では、個人情報に関するものは閲覧できないので、これは書庫だからこその出会いなのだ。

 作家や研究者の蔵書からは、彼らが文学館に託した夢のようなものを感じる。

 
 次回は、蔵書の収集に尽力した同館の人たちと、それを支えた3人の古本屋について書きたい。

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

 
日本近代文学館
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2022年6月24日号 第349号

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☆INDEX☆
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1.クラシック音楽と日本の歴史
  「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

                李めぐみ(Alacrity Inc. CEO)

2.最後の著書『昭和の古本屋を生きる』について
                    青木書店  青木正美

3.鶴見俊輔『日本の地下水 ちいさなメディアから』
 (編集グループSURE刊)のこと
                           黒川創

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━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━━

クラシック音楽と日本の歴史
「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

                  李めぐみ(Alacrity CEO)

「新発掘100年!」
~埋もれていた歴史のStoryが今よみがえる~
クラシック音楽と日本の歴史「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

Classical Musicと
Human Storyから
日本の歴史が見えてくる

本コンサートは、1920年にロシアから日本へ亡命し、西洋音楽が縁で
日本人女性と結ばれたロシア人「ミハイル・グリゴーリエフの物語」
をこの時代からラジオの普及により日本でポピュラーミュージックと
なっていったクラシック音楽とともに演奏家が「語り、奏でる。」

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9585

YouTube/アーカイブ動画(2021/07/22)
https://youtu.be/z1UzBeVpJ18

YouTube/告知動画#3
https://youtu.be/O1RXEStREWU

Alacrity 株式会社
https://alacrity.jp/

━━━━━━━━━━【プレゼント企画】━━━━━━━━━━━

以下の公演へ抽選で5組10名様をご招待いたします。

日時: 2022/07/30(土) 19:00(18:30開場)
会場: MUSICASA 東京/代々木上原

応募申込は下記ページにてお願い致します。
 締切日 6月27日(月)午前10時

https://www.kosho.ne.jp/entry2022/0624.html

━━━━━━━━━【自著を語る(293)】━━━━━━━━━━━

最後の著書『昭和の古本屋を生きる』について
                    青木書店  青木正美

 今度の『昭和の古本屋を生きる』について書けというのらしい。

 本書のサブタイトルに「発見又発見の七十年だった」とある通りで、
開業は葛飾の下町、父の自転車店の一部間口6尺、つまり一間分を借
りて始めた。その寸前工場勤めで貰っていた給金は150円だったが、
初日に1700円売れた。支部市場で買ってきて売るだけで、日記と売上
げ記録が残っただけの23年間だった。

 たまに行く神田の市場も一般書の市だけだった。そんな私が変るの
は、改組された「明治古典会」へ、経営主任として招かれた日暮里の
鶉屋書店主に経営員(のち会員)として引かれたことで、もう33歳に
なっていた。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9493

『戦時下の少年読物』青木正美著
日本古書通信社刊 
定価1980円(税込み)好評発売中!
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

『昭和の古本屋を生きる』青木正美著
日本古書通信社刊 
定価2860円(税込み)好評発売中!
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━━

鶴見俊輔『日本の地下水 ちいさなメディアから』
(編集グループSURE刊)のこと
                         黒川 創

 哲学者の鶴見俊輔(一九二二〜二〇一五)は、生前、

 「わたしにとって、自分の単著を書いたりすることは、副次的な
仕事にすぎない」

 と語ることがあった。

 では、鶴見の「中心となる仕事」とは何なのか?

 他者との「共同の仕事」が、それにあたるということだった。

 たしかに、鶴見は、『共同研究 転向』(思想の科学研究会編)を
はじめとして、実に多くの共同研究に、みずから先頭に立って携わっ
た。加えて、さらに大きな「共同の仕事」は、雑誌「思想の科学」の
刊行だろう。敗戦の翌年、一九四六年に二三歳で創刊して以来、五〇
年間、自身が七三歳になるまで、編集の中心を担って刊行を続けた。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9573

定価2,860円(本体2,600円+税)
四六判・並製、352ページ
発行・発売 編集グループSURE
好評発売中!

【この書籍は書店での販売をしておりません。】
【編集グループSUREへの直接注文にてお求めください。】
https://www.groupsure.net/
https://www.groupsure.net/post_item.php?type=books&page=220507chikasui

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

「2022年上半期の古ツアをふり返る」(仮題) 
古本屋ツアーインジャパン 小山力也
http://furuhonya-tour.seesaa.net/

『左川ちか全集』 島田龍 編
四六判、上製、416ページ
書肆侃侃房 定価:本体2,800円+税 好評発売中!
https://ajirobooks.stores.jp/items/625000c23463e711bb1550ba

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

6月~7月の即売展情報

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジン その349・6月24日

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
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【発行者】
 広報部:志賀浩二
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クラシック音楽と日本の歴史「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

クラシック音楽と日本の歴史「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

李めぐみ(Alacrity Inc. CEO)

 

「新発掘100年!」
~埋もれていた歴史のStoryが今よみがえる~
クラシック音楽と日本の歴史「ミハイル・グリゴーリエフの物語」2022夏公演

Classical Musicと
Human Storyから
日本の歴史が見えてくる

本コンサートは、1920年にロシアから日本へ亡命し、西洋音楽が縁で日本人女性と結ばれたロシア人「ミハイル・グリゴーリエフの物語」をこの時代からラジオの普及により日本でポピュラーミュージックとなっていったクラシック音楽とともに演奏家が「語り、奏でる。」

コンサート概要

新たなグローバル文化の波 —「大正モダン」(大正~昭和初期)
 西洋化が急速に推し進められた明治の日本において、西洋クラシック音楽の役割は極めて大きかった。近代音楽教育が始まり、日本の音楽家養成を担う「外国人教師」たちが、ドイツ、オーストリアを中心とした欧米諸国から次々に招かれ、一気に西洋音楽への門戸は開かれた。とはいえ、初めは一般の日本の人々にとって、それは縁遠いもので、時折行われるようになった演奏会も、外国人教師ら一部の専門家のみを対象としていた。ところが、徐々に日本人演奏家が増えるとともに、西洋音楽は観客の裾野を広げ、やがて人々の生活の一部として定着していく。それにともない、もっぱらドイツ音楽が中心となっていた日本の音楽文化にも、新たな「グローバル文化の波」がやってくる。・・・

 明治末期から大正にかけての日本では、ドイツ、オーストリアだけでなく、フランスやロシアなど、ヨーロッパ各国の音楽が広く聴かれるようになっていった。それは、大正に入ると日本でもレコード制作が始まり、ラジオ放送もスタートしたことで、より多くの人々が、より手軽に幅広い音楽に触れることができるようになったからである。これにともない、ハイフェッツ、クライスラー、エルマン、ルービンシュタインといった、欧米のトップレベルの演奏家たちがわざわざ来日し演奏会を行った。やがて時代が進むにつれ、日本からもより多くの学生たちが、西洋音楽を学ぶべくヨーロッパやアメリカへと渡るようになったが、この時期に数多く育った日本を代表する作曲家たちは、西洋的なものを積極的に取り入れ、和洋折衷文化が花開いた大正モダン・昭和モダンの時代を象徴する存在となっていった。

 本コンサートシリーズ「クラシック音楽と日本の歴史」第1回目の公演では、このような大正から昭和初期の「新たなグローバル文化の波」の中で、当時の人々が日々のくらしの中で親しんだ作品、欧米から来日した演奏家たちがレコード制作や演奏会で披露した作品、そしてこの時代の日本を代表するバイオリニストであり女性作曲家である幸田 延の作品の演奏と共に、同時代にロシアから日本へ亡命し、西洋音楽が縁で日本人女性と結ばれたロシア人「ミハイル・グリゴーリエフの物語」を語る。 李めぐみ

歴史概要

 100年前革命期のロシアで、⽇本陸軍のための通訳として活躍した若き将校ミハイル・グリゴーリエフは、その任務の特殊性ゆえに国を追われ日本へと渡った。時は1920年。かつて学んだ「音楽」を生活の糧とし、懸命に毎日を生きた彼は、その音楽が縁で、日本人女性・荒川綾と出会い結ばれる。華やかな西洋文化があふれ始めた東京で不自由なく青春を謳歌し、初めて触れる西洋音楽に胸をときめかせていた綾との結婚は、グリゴーリエフの人生を大きく動かすこととなった。裕福な実力者であった綾の父親の芸術への深い理解と支援を得て、グリゴーリエフは、自らの文学への情熱と学問の喜びを臆することなく深めた。さらに、綾の義兄で詩人の川路柳虹との出会いは、やがてグリゴーリエフを東京の文化芸術人サークルの中心へと導いたのである。そのなかにあって、彼にとっての音楽は、やがて生活の糧から、故郷ロシアへの強い思いを癒す薬のような存在となったが、その活動は、日本の人々の生活に小さいながらも着実な足跡を残していった—たとえば、政治思想家丸⼭眞男が、少年時代に通った映画館「新宿武蔵野館」で、グリゴーリエフ指揮による生オーケストラ演奏に親しんだのがきっかけで、⽣涯クラシック⾳楽を愛好するようになったように・・・

 時代はやがて大きくうねり、穏やかだった二人の生活もまた一変する。日本社会に根ざしてきたグリゴーリエフの心は、より故郷ロシアを追い求める一方、急激に進む国際化の波にのまれた綾は、生まれて初めて、日本人としての自分を深く意識せざるを得ない状況に直面する。すれ違いながらも、離れることができなかった彼らの“かすがい“は、西洋と東洋両方の文化を背負った二人の娘たちだったが、今にも崩れそうな夫婦の関係が、かろうじて娘たちに気取られることがなかったのは、グリゴーリエフが娘たちとともに、音楽を日々の生活にあふれさせていたからかもしれない。

 異国人同士の結婚はまだそれほど多くはなかった時代に、それでも“ごく普通の”夫婦として生きたロシア人青年と日本人女性。そんな二人の生活に寄り添い続けた「西洋クラシック音楽」と、日本のグローバル文化の発展に影響を与えた文化人たちの物語から、日本に西洋文化が取り入れられてきた歴史をたどる。 歴史研究家 榊原小葉子

 
 
 
新たな「体験」と「体感」を創造する
ニューヨーク、ベルリン、サンフランシスコ、東京を拠点に活躍する「音楽家」と「歴史家」、「脚本家」がコラボレーション!クラシック音楽と日本の歴史を新たなアプローチとコンセプトでお届けします。

GLOBAL COLLABORATORS
芸術監督: マリ・リー (New York)
音楽アドバイザー: 薗田奈緒子(Berlin)
歴史家: 榊原小葉子 (San Francisco)
脚本家: 神里雄大(Tokyo)
語り指導: 葉月のりこ(Tokyo)
企画/制作/構成: Alacrity Inc.

出演
Violin: マリ・リー
Piano: 薗田奈緒子
Narration: マリ・リー(綾) / 薗田奈緒子(グリゴーリエフ)

【公演情報】
「クラシック音楽と日本の歴史」Vol. 1 – The Russians
Violin & Piano Duo ~ 歴史‟Story”
「ミハイル・グリゴーリエフの物語」
ロシア人‟グリゴーリエフ”と日本人‟綾”
───異国の地で気づいた互いの「Identity」と「愛」との葛藤

YouTube/アーカイブ動画(2021/07/22)
https://youtu.be/z1UzBeVpJ18

YouTube/告知動画#3
https://youtu.be/O1RXEStREWU

 

日時: 2022/07/30(土) 19:00(18:30開場)
会場: MUSICASA 東京/代々木上原

日時: 2022/07/31(日) 15:30(15:00開場)
会場: やなか音楽ホール 東京/西日暮里

日時: 2022/08/03(水) 19:00(18:30開場)
会場: あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール 大阪/梅田

一般販売(全席自由)
一般:/¥4,800 学生/¥2,400

【お問合せ先】Alacrity Inc.
WEB: https://alacrity.jp/
E-mail: music@alacrity.jp
TEL: 03 5408 9755

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鶴見俊輔『日本の地下水 ちいさなメディアから』(編集グループSURE刊)のこと

鶴見俊輔『日本の地下水 ちいさなメディアから』(編集グループSURE刊)のこと

黒川 創

 

 哲学者の鶴見俊輔(一九二二〜二〇一五)は、生前、

 「わたしにとって、自分の単著を書いたりすることは、副次的な仕事にすぎない」

 と語ることがあった。

 では、鶴見の「中心となる仕事」とは何なのか?

 他者との「共同の仕事」が、それにあたるということだった。

 たしかに、鶴見は、『共同研究 転向』(思想の科学研究会編)をはじめとして、実に多くの共同研究に、みずから先頭に立って携わった。加えて、さらに大きな「共同の仕事」は、雑誌「思想の科学」の刊行だろう。敗戦の翌年、一九四六年に二三歳で創刊して以来、五〇年間、自身が七三歳になるまで、編集の中心を担って刊行を続けた。

 また、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)など反戦の社会行動も、世代や国境をまたぐ「共同の仕事」だった。これらの行動の合間に、自身の単著を書いていた。どれだけ多忙になっても、自分の著作のために「共同の仕事」を中断しようとはしなかった。それほど強く「共同の仕事」に自負と希望を抱いていたということだろう。

 雑誌「思想の科学」で一九六〇年から八一年という長期にわたり、「日本の地下水」という連載批評欄が続けられた(その前の一九五六年からの三年半は、「思想の科学」の刊行中断期にあたり、この欄は、思想の科学研究会の名で、雑誌「中央公論」に掲載されていた)。一九五〇年代に入るころから、日本の各地で、サークル活動が盛んになった。職場、学校、地域などで、自主的な集まりを定期的に開き、趣味、職能、生活・医療など、共有する関心についての交流をはかる。敗戦からの「復興」が進んで、各自の暮らしに、その程度には余裕が生じたということでもあるだろう。これは、戦前の家父長中心の日本にはなく、戦後の男女の暮らしに新しく生じた動向である。そこでは、自分たちの小雑誌の発行も盛んだった。「日本の地下水」は、これらの小雑誌について、紹介と批評を行なう欄だった。

 この欄は、時期ごとに、雑誌の母体である思想の科学研究会から選抜される三人の筆者によって執筆された。思想史家・武田清子、詩人・関根弘、メディア研究者・田村紀雄、社会学者・天野正子……と、いろんな筆者が入れ替わって、執筆を担当した。一方、鶴見俊輔だけは、「日本の地下水」連載のほぼ全期間、執筆を続けている。彼がどれほどこの企画に力を入れていたかの表れでもあるだろう。

 ただし、この種の「共同の仕事」は、後年、忘却にさらされがちである。たとえば、「日本の地下水」は、毎回、そのときどきの共同執筆者三人の名前が連記されるかたちで発表されていた。どの文章も、直接に執筆を受け持つ者の一人称で書かれているのだが、その筆者当人の名前は明記されていない。

 私は、これらの筆者たちとともに「思想の科学」の編集に携わっていた時期がある。当時は、それぞれの書きぶりで、誰が筆者であるかは、自明のことだった。だが、歳月を隔てると、第三者の目には判定がつかなくなる。こうした状態での放置が続くと、筆者不明の扱いで、そのまま埋没しかねない。

 だから、このたび刊行する鶴見俊輔『日本の地下水 ちいさなメディアから』では、「思想の科学」に記事が掲載された時期を通して、鶴見が執筆した全部で六四編の記事を特定し、すべてを収めることにした。

 「共同の仕事」を、あえてこういう「一個人」の著作に編みなおすことには、一抹の躊躇を覚えないわけではない。だが、いま、私のような「思想の科学」の編集に加わった最後の世代の者が、これを果たしておく責もあるだろうと考えた。鶴見俊輔生誕百年、編集グループSURE創業二〇年という機会をとらえて、ご家族の承諾を得て、刊行に至った次第である。こうやって一冊として通読できる状態にすることで、鶴見による問題のとらえかたの多元性、踏み込みの鋭さ、視野の広さが、読者の目にも届くようにできたかと思う。

 編集グループSUREでこれまで刊行した鶴見俊輔の多くの著作、また、関係者による証言集『鶴見俊輔さんの仕事』①〜⑤などは、それぞれに、彼の「共同の仕事」に目を向けたものである。創業から一三年間をこの人と歩み、その後の七年間は亡き面影を道しるべとしてきた。これに感謝しつつ、未来の本づくりについても考えていきたい。

 
 
 


定価2,860円(本体2,600円+税)
四六判・並製、352ページ
発行・発売 編集グループSURE
好評発売中!

【この書籍は書店での販売をしておりません。】
【編集グループSUREへの直接注文にてお求めください。】
https://www.groupsure.net/
https://www.groupsure.net/post_item.php?type=books&page=220507chikasui

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2022年6月10日号 第348号

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 古書市&古本まつり 第113号
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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

「東京古書組合百年史」第43回日本出版学会特別賞受賞について

                   けやき書店 佐古田亮介

 この受賞のことをすでに知っている人もいるでしょう。私が知っ
たのは確かな記憶はないのだが、たぶん4月の下旬頃に、広報理事
から知らされた。資料会の時だったので相澤理事だったはずだ。出
版学会から組合に、受賞が決まりましたがお受けいただけますか。
と問い合わせが来たそうで、すぐにお受けいたします。と答えて受
賞決定となったようです。その時に相澤理事から、授賞式に出て下
さいね。言われたのだと思います。何しろ私は、この賞の存在すら
知らずにいたので、慌ててネット検索をしてみて、大変名誉ある賞
であることを知りました。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9468

日本出版学会
https://www.shuppan.jp/

日本出版学会 第43回 日本出版学会賞(2021年度)
https://www.shuppan.jp/materials/jyusho/2022/04/19/1999/

━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━━

古本が繋がる時3
                   樽見博(日本古書通信社)

 古泉千樫が長塚節遺品の中から、遺族に懇願して持ち帰った、書
き入れのある茂吉歌集『赤光』はその後どうなったのだろうか。千
樫の『随縁抄』に、「土岐哀果編『萬葉短歌全集』に就て」という、
「アララギ」大正5年2月から4月号に掲載された評論が収録され
ている。大正4年に東雲堂書店から刊行された善麿(哀果)編纂
『萬葉短歌全集』を、千樫が詳しく批評したものだ。千樫は「僕も
萬葉集尊重者の一人であり又折角土岐君がいゝ仕事をして呉れたの
に対して、自分の気づいたところは遠慮なくいうた方がよいと思ふ
ので、読過の際標をつけておいたものを書き抜いて見ようと思ふ」
と書いている。つまり長塚節が『赤光』に注記していったのと同じ
ことをしたのである。千樫が節の書き入れ『赤光』を詳しく紹介し
たのは大正9年だが、その本は大正4年2月から千樫の手元にあった。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9369

━━━━━━━━━【シリーズ書庫拝見3】━━━━━━━━━

伊那市創造館 時代の風を受けながら        南陀楼綾繁

 2021年12月5日、長野県伊那市の伊那市創造館を訪れる。JR飯田線
の伊那市から歩いてすぐのところにあり、通り町商店街も近い。

 じつはその2か月ほど前、茅野市でのトークイベントのあとで平賀
研也さんに案内されて、いちどここを訪れている。平賀さんは県立
長野図書館の館長になる前、2007年から8年間、伊那市立伊那図書
館の館長だった。現在もこの地に住んでいる。

 芝生が広がる敷地に入ると、モダンな建物が目に飛び込んでくる。
1930年(昭和5)に「上伊那図書館」として建設されたもので、2004
年に閉館。2010年には体験型生涯学習施設である伊那市創造館(以
下、創造館)としてリニューアルオープンしている。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9510

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

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「コショなひと」始めました

東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)

コショなひと 虹書店
コショなひと 古書りぶる・りべろ 前編
コショなひと 古書りぶる・りべろ 後編
コショなひと 相澤書店
コショ怪談  古書りぶる・りべろ

YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w

━━━━━━━━━━━━【お知らせ】━━━━━━━━━━━━

◆『木村晃子原画展』開催中◆

会期 2022年6月10日(金)~23日(木) 10時~17時(日曜休館)
会場 東京古書会館 2階情報コーナー
時間 10時~18時
主催 くだん書房 電話:03-3233-2020 Mail:boss@kudan.jp
         営業時間:13:00〜18:00(日曜定休)
入場無料

詳細は
https://www.kosho.ne.jp/?p=514

━━━━━【6月10日~7月15日までの全国即売展情報】━━━━━

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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仙台古本まつり(宮城県)

期間:2022/04/22~2022/07/06
場所:イービーンズ9階 杜のイベントホール 宮城県仙台市青葉区中央4-1-1

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TOKYO BOOK PARK 吉祥寺

期間:2022/05/20~2022/10/30
場所:吉祥寺パルコ2階 武蔵野市吉祥寺本町1-5-1

https://twitter.com/TOKYOBOOKPARK

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第四回 リブロ古書フェス2022(沖縄県)

期間:2022/06/01~2022/06/30
場所:リブロ リウボウブックセンター(パレットくもじ7F) 那覇市久茂地1丁目1-1

https://okinawa-kosyo.jimdofree.com/

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大田原東武古書の市(栃木県)

期間:2022/06/03~2022/06/12
場所:東武百貨店大田原店 3階催事場(栃木県大田原市美原1丁目3537-2)
   ■JR那須塩原駅(新幹線)よりタクシーで約30分
   ■JR西那須野駅(宇都宮線)よりタクシーで約10分 大田原市営バスで約8分
    「西那須野駅(東口)」~「東武百貨店前」下車
   ■西那須野塩原I.C.より約15分
   ■矢板I.C.より約30分

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フジサワ古書フェア(神奈川県)

期間:2022/06/09~2022/06/22
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場

http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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フィールズ南柏 古本市(千葉県)

期間:2022/06/10~2022/06/28
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場  柏市南柏中央6-7

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書窓展(マド展)

期間:2022/06/10~2022/06/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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好書会

期間:2022/06/11~2022/06/12
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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御茶ノ水ソラシティ古本市

期間:2022/06/12~2022/06/19
場所:御茶ノ水ソラシティプラザ 千代田区神田駿河台4-6 地下1階
   JR御茶ノ水駅 徒歩1分、東京メトロ新御茶ノ水駅聖橋方面改札直通

https://twitter.com/koshoichi

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新興古書大即売展

期間:2022/06/17~2022/06/18
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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第21回 つちうら古書俱楽部 梅雨どきの古本市(茨城県)

期間:2022/06/18~2022/06/26
場所:つちうら古書俱楽部内

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第100回シンフォニー古本まつり(岡山県)

期間:2022/06/22~2022/06/27
場所:岡山シンフォニービル1F  自由空間ガレリア

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和洋会古書展

期間:2022/06/22~2022/06/23
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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浦和宿古本いち(埼玉県)

期間:2022/06/23~2022/06/26
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)

https://twitter.com/urawajuku

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第24回 フジサワ湘南古書まつり(神奈川県)

期間:2022/06/23~2022/06/26
場所:有隣堂藤沢店イベントホール (フジサワ名店ビル6階)

http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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オールデイズクラブ古書即売会(愛知県)

期間:2022/06/24~2022/06/26
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12

https://hon-ya.net/

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第2回 みんなでつくる古本祭り~平安神宮~(京都府)

期間:2022/06/24~2022/06/28
場所:京都・平安神宮

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ぐろりや会

期間:2022/06/24~2022/06/25
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

http://www.gloriakai.jp/

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古書愛好会

期間:2022/06/25~2022/06/26
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

https://koshoaikoukai.jimdosite.com/

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東京愛書会

期間:2022/07/01~2022/07/02
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

http://aisyokai.blog.fc2.com/

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横浜めっけもん古書展(神奈川県)

期間:2022/07/02~2022/07/03
場所:神奈川古書会館1階 横浜市神奈川区反町2-16-10

http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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大均一祭

期間:2022/07/02~2022/07/04
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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西部古書展書心会

期間:2022/07/08~2022/07/10
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

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趣味の古書展

期間:2022/07/15~2022/07/16
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

https://www.kosho.tokyo

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日本の古本屋メールマガジンその348 2022.6.10

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 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

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伊那市創造館 時代の風を受けながら  【書庫拝見3】

伊那市創造館 時代の風を受けながら  【書庫拝見3】

南陀楼綾繁

 2021年12月5日、長野県伊那市の伊那市創造館を訪れる。JR飯田線の伊那市から歩いてすぐのところにあり、通り町商店街も近い。

 じつはその2か月ほど前、茅野市でのトークイベントのあとで平賀研也さんに案内されて、いちどここを訪れている。平賀さんは県立長野図書館の館長になる前、2007年から8年間、伊那市立伊那図書館の館長だった。現在もこの地に住んでいる。

 芝生が広がる敷地に入ると、モダンな建物が目に飛び込んでくる。1930年(昭和5)に「上伊那図書館」として建設されたもので、2004年に閉館。2010年には体験型生涯学習施設である伊那市創造館(以下、創造館)としてリニューアルオープンしている。

 その向かいに立つ武井覚太郎銅像を指して、「この館の恩人です」と平賀さんが云う。武井は辰野町出身で、父が興した器械製糸業を継ぎ、のちに片倉製糸と合併して経営に当たった。郷土の大実業家であり、政治家でもあった。武井はこの図書館の建設費として14万円(現在の貨幣価値で約7億円)を寄付している。覚太郎はこの館の設計者に、片倉館(諏訪市)や台湾総督府を手がけた森山松之助を指名。のちに県内の鉄筋コンクリート建築を多くつくった黒田好造が引き継ぎ、完成させた。外壁には地元産の高遠焼のタイルが使われている。

伊那市創造館外観。気持いい冬晴れだった

テーマは「昭和の図書館」

 館内に入ると、館長の捧(ささげ)剛太さんが出迎えてくれる。東京生まれで、岡谷市にあるカメラメーカーに勤務後、創造館の初代館長公募に応じ、現在まで同職にある。捧さんの案内で二階に上がると、企画展などの展示室、伊那谷を放浪した俳人・井上井月(せいげつ)の展示室などがある。

 お目当ての書庫は、この奥にある。ここには昭和期の書籍を中心に、約1万5000冊が所蔵されているのだ。
「ふだんは鍵をかけていますが、事務室で声をかけてもらえればどなたでも見学できます」と、捧さんは云う。

 中に入ると、木の床に木製の棚が並ぶ。手前には階段があり、上の階にも書庫がある。一見して、戦前の本が多い。
「この書庫は戦前の本の世界が目に見えるものにしたいと考えました。同じ伊那市立でも高遠町図書館は幕末から明治の本を多く所蔵する〔江戸の図書館〕、創造館は〔昭和の図書館〕という位置づけです」と平賀さんは云う。

 書庫内の本はきちんと書架に並び、あとで触れるようなテーマについては解説パネルがつくられている。それらを読みながら書庫を一周すると、昭和の本の世界が体感できるようになっている。ここまで見学者に親切な書庫は珍しいだろう。

 本の整理やパネル制作の中心となったのは、学芸員の濵(はま)慎一さん。富士見町出身で、創造館開館時から勤めている。
「伊那図書館を閉館して、創造館にリニューアルする際、戦前の本は書庫の中で埃まみれになっていました。それを伊那図書館に運んで整理し、OPAC(オンライン蔵書目録)に登録して創造館に戻しました」と、濵さんは話す。

 こういった経緯を経て、この書庫は「昭和の図書館」として生まれ変わったのだ。

武井覚太郎と上伊那図書

 ここで重要なのは、2004年に閉館した上伊那図書館は、伊那市立ではなく、上伊那教育会が運営した図書館だという事実だ。1994年7月、別の場所に伊那市立図書館が開館するまで、伊那には公立の図書館は存在しなかったのだ。
「長野県では明治期から地域の青年団活動が盛んだったこともあり、1929年(昭和4)の『御大禮記念 長野県勢大観』には、私立の図書館が160館と全国で最多だとあります」と、平賀さんが解説する。前回取材した県立長野図書館はこの年に開館。上伊那図書館の開館はその翌年だ。

 当時、上伊那教育会の会長で初代館長となる原才三郎は、1921年(大正10)に『上伊那郡史』を完成させたとき、「この次は、図書館だなあ」と云ったという(『上伊那図書館閉館記念誌』上伊那図書館)。

 図書館の敷地として、伊那実科高等女学校が火災で焼失した跡地を使えることになり、設立資金のために寄付を募った。創造館に残る寄付台帳には、長野県出身の岩波茂雄、上伊那出身で古今書院創業者の橋本福松らの名前が見える。しかし、寄付を約束しながら実際には払わなかった人も多かったらしく、当初の目標の十分の一にも達しない状況だった。そこで、武井に相談したが、最初は取り合ってもらえなかった。

寄附芳名簿(左)と、寄附賃金台帳と寄附依頼者氏名(右)。これも現物を閲覧できる。

 当時を知る者は、武井は欧米を訪れた際、ニューヨークやパリの図書館を見学しており、「折角立派な建物を建てても、それが立ちぐされになってはいけない。また教育の立場に立って使われるかどうかということを心配されたのだと思います」と推測する(座談会「上伊那図書館を語る」、『創立五十周年記念誌』上伊那図書館)。再度の懇請によって寄付を引き受けてからは、工事の様子を毎日のように見に来ていたという。

 武井は建築費とは別に図書購入費として1万円を寄贈。購入した本には「武井文庫」という印が押されている。

 落成した上伊那図書館は、4階建て。平面図を見ると、1階には館長室や印刷室、2階には一般閲覧室と児童閲覧室があり、3階が講堂、4階が参考室となっている。書庫は1階と2階に4層あったようだ。書庫にある書架や椅子は開館当時のものだ。
「書庫を整理した余った書棚は、2014年に伊那図書館で開催した『一棚古本市』で利用したんです」と、平賀さん。

 開館時の蔵書数は、約1万1000冊だった。開館時の蔵書には、『日露戦争実記』など日露戦争に関するものが多かったという。

 同館には開館時からの日誌が残されており、濵さんらはそれを読み込んで、この館の歴史を紐解いてきた。その成果として、2016年1月~5月に「伊那市創造館と秘密の書庫」という企画展が開催された。開館に関わった人物や、戦争と上伊那図書館の関係、主要な蔵書を紹介するとともに、館全体を使ってのお宝探し企画も開催された。

「伊那市創造館と秘密の書庫」のチラシ。子ども達にむけて、人気映画を思わせるタイトルとデザインに。

戦争と図書館

「戦争との関係では、発禁本についての発見がありました。日誌には1933年(昭和8)からマルクス主義関係などの図書が没収された記述があります。発禁になった本は図書原簿からも削除されました」と、濵さんは云う。警察署からの発禁本通知書は、県立図書館への通達の翌日に届いているそうだ。一方、1944年(昭和19)に購入した294冊のうち、50冊が戦争関係の本だった。

 また、都市部への空襲が激しくなると、東京の徳川黎明会が所蔵する「蓬左文庫」や、東京産業大学(現・一橋大学)の「メンガ―文庫」「ギルケ文庫」の疎開を受け入れた。1945年(昭和20)5月には一般閲覧室が海軍の衣料工場に使われ、閲覧が停止された。

 戦争が終わると、今度は進駐軍への対策に追われる。9月1日の「蔵書整理ニ関スル件」という県からの通達には、敵愾心をあおる資料を隠匿せよとあった。10月には上伊那図書館が進駐軍のアメリカ軍70名に接収されることになった。
「それからの館内は正にテンヤワンヤである。書庫の中にある戦争に関する本は全部持ち出すし、講堂にある折畳みの椅子や閲覧室のテーブル椅子も全部伊那小学校へ運ぶ。疎開中の荷物は急遽荷造りして発送する、という具合にまねかざる客を迎えるに大童となった」(中村弥紋太「回想 進駐軍接収のころ」、『創立五十周年記念誌』)

 アメリカ軍は3か月後に同館を去るが、滞在中に一人の米兵が本棚に「Jack」というサインを残している。

 書庫にはほかにも、戦時中の戦争協力を呼びかけるポスターや、終戦直後のいわゆる「墨塗り教科書」が展示されている。『日本地理風俗大系』全30巻は、1944年8月に、日本の国勢が判ってしまうため「防諜上公開禁止」とされ、伊那署に供出させられたのが、戦後に戻されたという。

戦時中の教科書の展示。書棚中段、黒塗りされたページが開かれている。

 図書館のありかたが戦争や国家に左右されてきた歴史を、この書庫は示しているのだ。年表を見ると、1944年4月に名誉館長の武井覚太郎が、1945年11月に初代館長の原才三郎が相次いで亡くなっているのも、なんだか感慨深い。
「書庫の本はすべて手に取ってみることができます。それらに触れて、当時の生活や価値観を感じてほしいです」と、濵さんは話す。

 お話を聞いたあと、書架の間をめぐって本を眺める。倫理学、仏教、歴史、教育……。従軍体験を書いた本が並ぶ一角もある。

 初代の高遠町長を務めた中村家の蔵書は、4列に収まっている。同家の本棚の並びそのままに、この書庫に移されたという。洋書のツアーガイドなど旅行関係が目につく。その中に、サトウハチロー『僕の東京地図』(有恒社)があったりする。『ロビンソン漂流記』『西遊記』『アラビアンナイト』など冨山房発行の児童書シリーズは、天金・イラスト入りの豪華本だ。「1巻につき3円80銭(現在の物価で約2万円)もする高価な本を子どもにたくさん買い与えることができるほど、すごい家だったんですね」と、濵さんはつぶやいた。

鉱物標本、剥製、甲冑、絵本……まだまだ凄い収蔵庫棟へ

 いやー、すごかった、書庫を十分堪能したと思ったが、じつはまだこれで終わりではなかった。同館には収蔵庫棟があり、ここがまた、とんでもない場所だったのだ。

 先に触れたように、上伊那図書館は2004年に閉館する。伊那図書館とは約10年間並立していたが、上伊那図書館の利用者は減少していた。そんなとき、伊那市駅前再開発ビルに上伊那教育会が入ることになる代わりに、上伊那図書館は伊那市に寄託され、伊那市創造館として生まれ変わった。

 上伊那図書館の隣には、1967年に「上伊那郷土館」という施設が開館し、明治以降に収集された郷土の文化財を収集・公開していた。しかし、同館の老朽化が進んだことから、上伊那図書館が伊那市に寄託されるのに際して、同館は取り壊され、跡地に現在の収蔵庫が建設されたのだ。

 この収蔵庫は地上1階、地下1階で、作業室を除けばすべてが収蔵室になっている。この中を見せていただいたが、あまりに膨大なモノがありすぎて、とても把握しきれない。
『上伊那教育会所蔵文化財 目録と考察』(上伊那教育会)によれば、その内容は、人文(美術・考古・歴史・人物・民俗)、自然(植物・昆虫類・鳥類・哺乳類・地質・気象)に分かれている。
「人物」の中には、高遠出身で音楽教育に寄与した伊沢修二に関するコレクションがあって、伊沢がハーバード大学に留学中に聴講したグラハム・ベルの講義録なども所蔵されている。

 また、上伊那図書館の恩人である武井覚太郎の孫が、ニューヨークで購入した仕掛け絵本のコレクションなどというものもある。

 自然関係の収蔵室には「長野県内岩石鑛物標本」と蓋に書かれた箱があった。これは前回、県立長野図書館で触れた保科百助(五無斎)が収集し、県内の各学校に寄贈したものだ。上伊那教育会に招かれた保科は、郡下の教員とともに1週間かけて岩石を採集したという。こんなところで、この人に再会するとは思わなかった。


保科百助が寄贈した鉱物標本の箱とその中身

創造館の書庫が一般公開されているのに対し、こちらの収蔵庫には基本的に関係者以外は入ることができない。自然科学の地質の部屋は、事務室で声をかけてくれれば、展示物を見られるという。また、考古・民俗や自然科学の動植物の部屋も見学できるよう準備中だそうだ。ぜひ収蔵庫ツアーを企画してほしい。

 公立図書館ができる前から、地域の教育関係者と篤志家によって設立され、時代の風を受けながら運営されてきた上伊那図書館。その資料をもとに、開かれた「昭和の図書館」として生まれ変わった伊那創造館。書庫を見ることで、二つの館の継承のかたちを知ることができたと思う。

 充実した取材だったが、心残りがひとつ。館の近くにある、レトロな看板が魅力的な〈餃子の店 山楽〉が、前回も今回も営業していなかったのだ。次に伊那を訪れるときにはぜひ入りたいものです。

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

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最後の著書『昭和の古本屋を生きる』について

最後の著書『昭和の古本屋を生きる』について

青木書店 青木 正美

 

 今度の『昭和の古本屋を生きる』について書けというのらしい。

 本書のサブタイトルに「発見又発見の七十年だった」とある通りで、開業は葛飾の下町、父の自転車店の一部間口6尺、つまり一間分を借りて始めた。その寸前工場勤めで貰っていた給金は150円だったが、初日に1700円売れた。支部市場で買ってきて売るだけで、日記と売上げ記録が残っただけの23年間だった。

 たまに行く神田の市場も一般書の市だけだった。そんな私が変るのは、改組された「明治古典会」へ、経営主任として招かれた日暮里の鶉屋書店主に経営員(のち会員)として引かれたことで、もう33歳になっていた。

 ……私はこんな文学書ばかりの古書市場があるのを知らなかった。まるで水を得た魚が私だった。好きだった作家原稿・手紙などをじかに手にすることが出来る!その時の同じ仲間だった一人が言った。「まるで何かを狙う虎狼の眼だったぜ!」

 さて今回の本の紹介の方だ。一応まとめたので出版をたのんだ日本古書通信社の編集長に目次を送ったのである。すると中の一篇「戦時下の少年読物」を見せろと言う。「まずこれだけで一冊作っちゃうよ」ということになる。小形本ながら、なかなかの本に仕上ってしまう。

 ただ困ったのは、残された文章たちだ。と言ってもう時間はないし根気もなかった。頼るとすれば、古通に連載した古い「古本屋控え帳」の文章群しかない。早速読み直してみたが、これがけっこう面白いのである。「控え帳」は昭和61年5月号からの連載で、以来今年で36年間を超えて424回にもなった。おかげでこの欄から生まれた本は多く、東京堂出版の『古本屋奇人伝』『古本屋控え帳』、博文館新社からの『自己中心の文学—日記が語る明治・大正・昭和』、本の雑誌社の『文藝春秋作家原稿流出始末記』などの本になった。

 そして最後の本となる本書の構成である。

  1「田村泰次郎の戦線手記」
 から始まる。明治古典会に入ったすぐの頃買ったもので、この全資料一箱には私以外の誰も入札しなかった。最低価で買ったもので、まさかそこに7年間に及ぶ実戦下の作家の手記が入っていようとは買った本人も思わなかった。当時業界では見るのさえいやな戦争記録だったのだろう。この章で私は、限られたものであるにしろ日本の軍隊を象徴させてみたつもりだ。(令和元・9月〜同3年8月連載)

  2「永六輔の時代」
 これは私と同年同月生れ、6年前に物故されたこの人に、昭和ヒトケタ世代の代表として登場して貰い書いたものだ。(平29・2月〜9月に連載)

  3「若き古本屋の恋」
 当時すでに石原慎太郎の『太陽の季節』が出ていたが、あれはいわば当時の「上流社会の青春」だ。私のは片思いの道しかのぞめない階層、家庭環境だったことを自らの日記で示したかったのだ。

  4「カストリ雑誌は生きている——街の古本屋の棚に見る性風俗40年の興亡」
 このタイトルは、「新潮45」の編集者がつけた。注文で書いたもので、「ある有名作家の穴埋めに何か書け」と言うことだった。多分ここで紹介した事情が当時の一般庶民の性欲の吐け口の一面。それに乗った出版界、果ては古本屋の実態だった。いつか書いておきたいと、集めたままの資料が生きることになった。昭和50年、まだ50歳の時の文章だ。世の中、流行歌「矢切の渡し」がはやっていた。

  5「下町業界の生活と盛衰」
 弘文荘反町茂雄とは晩年10年間沢山の手紙を交換までするようになった。これは主催されていた「訪書会」に招かれ語ったもので、『紙魚の昔がたり。昭和篇』(八木書店刊)に収載のもの。ちなみに鹿島茂著『神田神保町書肆街考』中には反町茂雄の著書とこの談話が多く引用されていることに何とも言えない矜持を感じる。

  6「古本屋の船旅世界一周記」
 100日間の世界一周の記録だが、古書会館の古本市ばかりが気になる日々で、私は50日で帰りたくなった。ただ、あれほど妻がよろこぶとはね。生涯の罪ほろぼしになった。

  7「私の徒然草」
 読み始めると面白くてやめられなくなった。調べて書いたとは言え、戦時下の古書業界をこれほど詳細に文章化したものはないと思う。またキャサリーン台風時の下町業界も。

 結局、松井須磨子、阿部定や下って豊田正子などの文献を紹介した「文献の章」や、まだ何とか間に合ってお会い出来た人などの「人物像の章」など4章に分けて並べた。一例を挙げよう。

 佐藤慶太郎という人がいた。上野公園に建つ東京都美術館(今のは三代目の建築)の初代寄贈者だったことは行けば別室があるので分かる。石炭王と言われた方で、実は駿河台の山の上ホテルの建設者でもあった。「山の上ホテル」、戦前はその名を冠した「佐藤新興館」という教育施設でもあった。昭和16年には海軍省が使用、敗戦後はGHQが占拠。現在の「山の上ホテル」になるのは昭和29年からだった。私はここまでの調査でやめたが、これだけでも当時「古本探偵」を自称していた自分を思い出させてくれる。

 もうやめよう。こんなことが書かれた本だったのである。

 あと1年生きていればの 青木正美

B6判 576頁 定価2600円+税
日本古書通信社刊行
 
 
 


『昭和の古本屋を生きる』 青木正美 著
日本古書通信社刊 
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『戦時下の少年読物』 青木正美著
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