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研究という怪獣造形――『怪異をつくる』をつくる

研究という怪獣造形――『怪異をつくる』をつくる

木場 貴俊

 テレビアニメ『SSSS.GRIDMAN』(2018年)は、女子高生の新条アカネが負の感情を反映させて造形した怪獣フィギュアが実体化し、街を破壊し人を襲う展開になっています。
 これを自分の研究に引きつけてみると、さながら研究論文は怪獣フィギュアで、そしてこのたび刊行した『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』は、そのフィギュアを使ったジオラマになぞらえることができます。
 『怪異をつくる』は、江戸時代を生きた人びとや社会のいとなみを「怪異」との関わりから考えたものです。本書では、怪異を「あやしい物事を指し、化物・妖怪・不思議などと表現する対象を包括する概念」として用いました。あやしいと感じることは、日常や常識が前提にあって喚起されるものなので、この本は逆説的に、当時の日常や常識を考えるものだと言い換えることもできます。

 本書で取り上げた物事は多岐にわたります。人物については、林羅山や貝原益軒、荻生徂徠、井原西鶴といった歴史や古典の教科書に必ず登場する有名人から、政治思想史で近年注目されている古賀侗庵(とうあん)、そして多数の民衆にまで視野を広げました。他に、政治や学問、言葉など、これまで怪異との関係があまり注意されてこなかった対象へも目を向けています。ここまで多くの物事を取り上げざるを得なかったのは、人のいとなみのさまざまな面が怪異と切り離せない関係を持っているからです。当時の人びとが怪異をどのように考え、対応し、あるいは表現したのか。具体例とともに考察を行いました。

 さきほど研究論文を怪獣フィギュアに例えましたが、フィギュアの骨組みに当たるのが論理構成です。『怪異をつくる』でもそうですが、古文書や書物、絵画などさまざま資料を駆使して、研究者は課題に答えるべく実証を行っていきます。そうした作業に基づいて組み上げた論理構成を骨組みとして、それに肉付け=論文化していきます。文章にしていくなかで、改めて構成を変えたり、新しい資料を追加したり、注を入れたりと色々手が入ります。フィギュアに置き換えれば、二足歩行を四足歩行にしたり、角や翼を生やしたりということで、執筆も造形も自分が納得する=面白いかたちを目指します。そして試行錯誤の末、論文というオリジナルの「作品」が生まれます。

 今まで、いろんな論文を書いてきましたが、それらを一書にまとめるのは今回が初めてでした。基本的にその時々の問題関心から研究をしている自分にとって、節操がない個々の論文をどのようにまとめるのか――怪獣をどのような舞台にどう配置するのか――は悩みどころでした。苦心の末、思いついたのが「つくる」という括りでした。怪異について、創作だけでなく、ある物事を怪異だと認識することやその対処方法なども含めて、「つくる」という言葉で括ってみました。

全体を構成する際、論文を改めて読み直し、文章や論法など全体的に加筆修正を行って調整をしただけでなく、資料も原文だけでなく読み下しや訓点、振り仮名を多く施して、研究者だけでなく広く一般の方にも読んでいただけるように努めました。

こうして完成したのが、『怪異をつくる』です。怪獣が上手く暴れ回ったかどうか、完成品を前にして、読者のみなさんがどのように受け取るかは非常に気になるところですが、個人的には既に新しくやりたいことが湧き上がっています。これからも研究という怪獣造形を続けていく所存です。

kaii
『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』 木場貴俊 著
文学通信刊 定価:本体2,800円(税別) 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-22-7.html

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『古書に生きた人生曼陀羅図』

『古書に生きた人生曼陀羅図』

青木書店 青木正美

 著者は昭和8年葛飾区生まれ。高校中退後20歳で古本屋を開業。以来67年、今も気持ちは古本屋です。同年生まれを人で示せば他界された永六輔、藤田まことがいます。渡辺貞夫、森村誠一などが健在だし、昨年御退位された上皇も8年生まれです。女性は若尾文子、黒柳徹子、草笛光子などが今もテレビで見かけます。
 著者は売買が当たり前の職業では、傍ら本など書き始めた変人的存在でした。中学入学時、先生から義務的に書かされた日記が病みつきになり、書く前の思い出を『昭和少年懐古』(昭52)に、業歴30年時には『古本屋三十年』(昭52)を自費出版。以後出版社もつき、古書業界の出自を探索したものや日本の日記の由来を辿った本など40冊を出しました。―以上自己紹介です。

 平成20年、私はもっとも評判のよかった本に恵まれる。本書『古書に生きた人間曼陀羅図』の主な部分となる”ちくま文庫”『古本屋群友伝』(平20)で文章は平成13~20年に「彷書月刊」に連載した。当時は生き証人も健在、どこへでも歩き話も聞けた。古書界人が終えると集めてあった文献に移った。江戸川乱歩の三人書房を調べた時には弟の”通“(みち)が老いて同業になっていたのまで分かった。古本屋小説を書いて三回も芥川賞候補になった埴原一亟(うえはらいちじょう)、すぐ終戦になって作家に戻れたが、間際まで貸本屋に熱中した川端康成、高見順、中山義秀たち。食うために古本屋になった画人、俳人、歌人たちも多かった。
 100回(原則1回、対象が4回になることも)が終わってみると、もうこの書なしには業界史を語ることは出来まいと思った。文庫には沢山の図や写真も入った。

 ではどうしてこんな700頁もの厚冊になったのか? 気がつくと86歳。会いたい人が文庫の中にしかいなくなっていた。眼も文字が小さく遠くなるばかり。一人ふたりは拡大コピーに行ったが、ある日「いっそ全頁拡大しちゃえ」と思ったのが直接の動機だったが裏では打算もあった。同じ本造りするなら、昔出した『古本屋奇人伝』(平20)からより詳しい三人分を加えちゃおう。―モデル本にしたのは島崎藤村の『夜明け前・第一部』(昭7)の初版本。ページ、字数、重さまで、まるでそっくりだ。生涯自分が私淑した作家だけに、本の形だけでもこの偶然は嬉しかった。

 こうしてこのバカ厚い本が二月末に誕生し、本を贈り始める。

 三日後、「原本は読んでますが、このようにまとめて下さり、古書業界の歴史と人脈が容易に辿れるようになり、基本書として残るでしょう」との葉書を紀田順一郎氏が下さる。また1週間後、「自分史であると同時に、古書業裏面史でもある貴重な資料・・・」と書いた葉書を下さったのは直木賞作家の逢坂剛氏だった。
 そしてまたお送りして一か月、思ってもみなかった西村賢太氏の書簡と著書二冊がポストに!

 西村氏に対して、私には複雑な心の葛藤があった。昔『煉瓦』という同人雑誌があった。すれ違ってお会い出来なかったが、西村氏も同人に加入、『煉瓦』に発表した氏の作品はすぐ評判になり、引き抜かれる形で独立、数年後には芥川賞を取る。私にはすっかり敷居が高くなり、いつも贈本が躊躇された。「ただ今度の本だけは絶対に読んで貰いたい。感想などくれないだろう」。それが、手紙には「同人誌の頃はお会いさせて頂く機会もなく御挨拶の非礼を」・・・に始まり、「貴重な記録」「スリリングなスタイル」そして「余人には真似の及ばぬ手練の作品」・・・と、まるで夢のような言葉までがあった。

 すると発行から2か月、予想も出来なかった奇蹟が起きる。古書通信社からのファックスが届き、3月29日の毎日新聞・「今週の本棚」に鹿島茂氏の書評が出ていたのだ。それも1500字もの字数が使われて。―紀田さん、逢坂さん、西村さん、そして鹿島茂さんありがとうございました。

mandara

『古書と生きた人生曼陀羅図』 青木正美 著
日本古書通信社刊 価格 2,600円+税 好評発売中!

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2020年4月10日 第296号

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 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第87号
      。.☆.:* 通巻296・4月10日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

初旬に(10日前後)全国で開催されている古本展示即売会など、
イベント情報をお送りします。お近くで開催される際は、ぜひ
お出掛け下さい。

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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

個展開催報告と古書組合について

            高橋 秀行 (前 東京古書組合事務局長)

 「日本の古本屋」メールマガジン291号で、私の個展案内を掲載
させていただきましたが、その結果報告と今回の原稿についてお話
ししたいと思います。
まず個展についてです。本年1月末の銀座界隈は、まだ新型コロナ
ウイルスの影響はさほどではなく、海外から日本に観光に来たと思
われる大勢の中国の人や諸外国の人が中央通りを闊歩していました。

続きはこちら
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━━━━━━━━━【シリーズ 古本マニア採集帖】━━━━━━

第15回 矢部登さん 静かに書誌をつくりつづけるひと

                       南陀楼綾繁

 5年前に田端に引っ越してきて驚いたのは、矢部登さんのご自宅
がすぐ近くにあったことだ。
 矢部さんとは文学同人誌『サンパン』の集まりでお目にかかり、
温厚な人柄に接した。好きな文学者の書誌をこつこつとつくってい
るという。私たちが不忍ブックストリートの活動をしている谷中・
根津・千駄木とは歩いていける距離ということもあり、一箱古本市
などのイベントに顔を出してくれた。

続きはこちら
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南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ
・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人を
つなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市
の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社刊 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

━━━━━━━【ざっさくプラス」無償公開について】━━━━━

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い
「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」無償公開を始めました

            株式会社皓星社 代表取締役 晴山生菜

「日本の古本屋メールマガジン」読者の皆様、はじめまして。
株式会社皓星社の晴山生菜です。当社は、神田神保町の出版社です。
最近の出版物には、カラサキ・アユミ『古本乙女の日々是口実』、
南陀楼綾繁『蒐める人』、稲岡勝『明治出版史上の金港堂』などが
あり、いずれも、「日本の古本屋メールマガジン」の「自著を語る」
で取り上げていただきました。 当社はこうした出版事業と同時に、
「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」を運営しています。

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ざっさくプラス
https://zassaku-plus.com/

《お問合わせ》
株式会社 皓星社
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-10
TEL 03-6272-9330 FAX 03-6272-9921
http://www.libro-koseisha.co.jp/

━━━━━【4月10日~5月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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♭立川フロム古書市ご案内♭ ※中止となりました

期間:2020/04/10~2020/04/24
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武(ビッグカメラ隣)
3階バッシュルーム(北階段際)

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書窓展(マド展) ※新型肺炎の影響により中止となりました

期間:2020/04/10~2020/04/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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大均一祭 ※中止となりました

期間:2020/04/11~2020/04/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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第39回 古本浪漫洲 Part4 ※中止となりました

期間:2020/04/13~2020/04/14
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
新宿区歌舞伎町1-2-2

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第39回 古本浪漫洲 Part5 ※中止となりました

期間:2020/04/15~2020/04/17
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
新宿区歌舞伎町1-2-2

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MM駅ナカ&ワインフェスタ
※新型肺炎の影響により中止となりました(神奈川県)

期間:2020/04/16~2020/04/22
場所:横浜みなとみらい線みなとみらい駅構内
みらいチューブ(イベントホール)

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本の散歩展 ※中止となりました

期間:2020/04/17~2020/04/18
場所:南部古書会館  品川区東五反田1-4-4

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第39回 古本浪漫洲 Part6 (300円均一)※中止となりました

期間:2020/04/18~2020/04/20
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2

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浦和宿古本いち ※中止となりました(埼玉県)

期間:2020/04/23~2020/04/26
場所:JR浦和駅西口下車 さくら草通り徒歩5分 マツモトキヨシ前

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ぐろりや会 ※中止となりました

期間:2020/04/24~2020/04/25
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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好書会 ※中止の可能性があります(4/8)

期間:2020/04/25~2020/04/26
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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第29回 池袋西口公園古本まつり
※新型肺炎の影響により中止となりました

期間:2020/04/25~2020/04/28
場所:池袋西口公園グローバルリング
   豊島区西池袋1-8-26(東京芸術劇場前)

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阪神ゴールデンウィーク古書ノ市 ※中止になりました(大阪府)

期間:2020/04/29~2020/05/04
場所:梅田阪神百貨店8F 大阪市北区梅田1-13-13

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フリーダム展

期間:2020/05/01~2020/05/02
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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西部展

期間:2020/05/01~2020/05/03
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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5月反町古書会館展(神奈川県)

期間:2020/05/02~2020/05/03
場所:神奈川古書会館1階特設会場

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第16回 上野広小路古本まつり ※会期が変更される可能性があります

期間:2020/05/04~2020/05/10
場所:永谷お江戸上野広小路 ギャラリー+スペース36
   台東区上野1-20-10 お江戸上野広小路亭1階

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センター南駅店・港北古書フェア(神奈川県)

期間:2020/05/06~2020/05/15
場所:有隣堂センター南駅店店頭ワゴン20台での古書販売

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城北展

期間:2020/05/08~2020/05/09
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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杉並書友会

期間:2020/05/09~2020/05/10
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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東京愛書会

期間:2020/05/15~2020/05/16
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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五反田遊古会

期間:2020/05/15~2020/05/16
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4

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次回メールマガジンは4月下旬に発行です。

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 次回は2020年4月下旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

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全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

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日本の古本屋メールマガジンその296 2020.4.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
 編集長:藤原栄志郎

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第15回 矢部登さん 静かに書誌をつくりつづけるひと

第15回 矢部登さん 静かに書誌をつくりつづけるひと

南陀楼綾繁

 5年前に田端に引っ越してきて驚いたのは、矢部登さんのご自宅がすぐ近くにあったことだ。
 矢部さんとは文学同人誌『サンパン』の集まりでお目にかかり、温厚な人柄に接した。好きな文学者の書誌をこつこつとつくっているという。私たちが不忍ブックストリートの活動をしている谷中・根津・千駄木とは歩いていける距離ということもあり、一箱古本市などのイベントに顔を出してくれた。
 マンションが立ち並ぶ通りに、矢部さんの家はひっそりと静かにある。その前を通るたびに、矢部さんにふさわしい住まいだと感じていた。
 そして今回、この家を訪れて、矢部さんにお話を聞くことになった。

「うちは戦前からこの場所にありました。過去帳によると、父で7代目です。私は戦後に建てた家で、1950年に生まれています」
 父は公務員。兄弟は4人の姉と、矢部さんの下に弟の6人。一番上の姉は矢部さんより一回り以上うえで、その姉たちが買った日本文学全集が家にあった。赤い函が新潮社で、グリーンの函は河出書房だった。幼少時に読んだ絵本や童話はよく覚えていないという。
 小学生のとき電気に興味を持ち、都バスで神田錦町にあった誠文堂新光社の分室(いまでいうアンテナショップか)で『子供の科学』を買ったり、都電で秋葉原に行って部品を買い、ラジオを組み立てたりした。高校1年生でアマチュア無線の免許を取ったが、開局するまでには至らなかった。

 中学校のとき、学校帰りに田端の高台通りにあった〈石川書店〉の表にマンガ雑誌が積まれていたが、このときは買わなかったという。のちに通うようになったが、いい本が見つかる店だった。
「20代のころ、ここでよく買ったし、また買ってもらいました。大きな紙袋に本を詰めて、坂を上っていったことを覚えています」
一間ほどの間口の昔ながらの構えで、私も好きな店だったが、数年前に閉店した。 
高校は護国寺の日大豊山高校で、卒業生には坂口安吾がいた。卒業後は日大法学部に進む。当時は大学闘争の名残りで休講が多く、ヒマな時間は白山通りや靖国通りの古本街を回った。無頼派の文学に興味を持ち、冬樹社から出た『坂口安吾全集』を端本で集めたり、織田作之助や石川淳の本を買った。
「一方で、幻想的な世界へのあこがれがありました。澁澤龍彦の単行本や『稲垣足穂大全』(現代思潮社)は造本が凝っていて欲しかったけれど、新刊では高いので古本屋で探しました。神保町よりも安いだろうと、池袋や本郷の古本屋に行きましたね」
 大学卒業後は、電気関係の業界誌を経て、加除式法令集などを出していた大成出版社に入り、そこで定年まで35年間つとめた。
「会社は世田谷区羽根木にあったんですが、近くに中井英夫の家がありました。中井は田端生まれで、与楽寺の辺りに家があったことを知っていたので、縁を感じました」

 26歳のとき、渋谷の〈旭屋書店〉のレジ横に、結城信一の『文化祭』(青娥書房)の署名本を見つけた。
「知らない著者でしたが、その本と目が合ったので買いました。読んでみると文章がよく、私の心臓の鼓動に合いました。その頃、これからどう生きるのかと焦っていたのですが、この本を読むことで心が静まりました」
 結城に手紙を出すと、自分の著作を贈ってくれた。その中には『文化祭』の私家版もあった。それがきっかけで、結城信一の本を集めるようになった。
 当時、神保町の古本屋で「結城信一の本はないか」と訊くと、「あるわけないじゃないか」と怒鳴られた。それぐらい珍しかった。それでも、こつこつと集めた。
日暮里の〈鶉屋書店〉では、主人に結城が寄稿した『風報随筆』を教えてもらい、買った。
目録専門の〈青猫書房〉では、結城が個人的につくった『鶴の書』の特装版を買った。
「青猫書房の目録は、手書きで10枚ぐらいのものでしたが、説明文がすごく詳しくていろんなことを教えてもらいました」
 池袋西口の〈芳林堂書店〉の上にあった〈高野書店〉の番頭とは、本を買ってもらったから親しくなり、結城信一が亡くなったあと、蔵書を買い取ったことを教えてもらった。その中から、結城が寄稿した雑誌を一山買っている。

「1984年に結城さんが亡くなったとき、自分なりに記録を残しておこうと思って、ある同人誌に追悼文を書きました。それを荒川洋治さんにお送りしたら、『本にしよう』と言ってくれて、荒川さんの出版社である紫陽社から『結城信一抄』を出しました。このときはじめて、結城さんの書誌をつくりました」
 本書が出たことで、近代文学研究者の保昌正夫さんと知り合い、矢部さんは書誌づくりの面白さに目覚めていく。
「これまでに島村利正、中戸川吉二、清宮質文や、出版社の帖面舎、津軽一間舎の書誌をつくりました。書誌学の知識はないので自己流です。自分の好きな作家で、知りたいことを調べて書いていくという感じです。結城さんの掲載誌でひとつだけ分からないものがあるのが、長らく気になっています。書誌は現物が手に入らないと書けないですね」
 書誌をつくるほどだから、本はきちんと整理されているだろうが、それでも「あるはずのものが見つからず、家じゅう探し回ることがよくあります」と笑う。スペースが限られているので、毎年1000冊ほどは古本屋に処分するという。

 矢部さんの場合、書誌づくりは小冊子を出すこととつながっている。
 1988年に『結城信一「鎮魂曲」の前後』という68ページの冊子を100部ほど、軽印刷で発行したのが最初で、現在までに15冊ほど出している。
「文学が好きな人に送って読んでもらっています。やっているうちに、次第に癖になりました。2009年からは『書肆なたや』を名乗っていますが、これは先祖が紺屋を営んでいたときの屋号です」
 2012年からは『田端抄』を発行。区画整理によって、子どもの頃から住む田端の風景がなくなったことから書いておこうと考えた。芥川龍之介、室生犀星ら田端文士村の作家をはじめ、田端にゆかりのある人々が、その著書や関連本とともに登場する。矢部さんの長年の蓄積が、存分に生かされているようだ。7冊で完結したのち、龜鳴屋から書籍として刊行された。ちなみに、私がいま住んでいる部屋の辺りに村山槐多が下宿していたことも、本書で知った。
「いまは続編として、『田端人』を出しています。その別冊をつくっているところで、春には出したいと思っています」

 神保町や早稲田でよく行っていた古本屋が姿を消したのは寂しいが、東京古書会館の即売会にはいまでも足を運ぶ。
「先日は『アサヒグラフ』の明治大正名作展号に、田端に住んでいた池田蕉園という日本画家の作品が入っているのを見つけました。眺めていると、向うからふっと現れることがあるんですね。何気なく手に取った本が、いま知りたいことにつながっているというのは不思議です。そのためには、いつも自分なりのテーマを持っていたいです」と、矢部さんは言う。
 好きな作家や愛する故郷に関する本を集め、調べて、書誌をつくったり、文章を書く。それを長年マイペースでつづけている矢部さんに、畏敬の念を抱く。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
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個展開催報告と古書組合について

個展開催報告と古書組合について

高橋秀行 (前 東京古書組合事務局長)

 「日本の古本屋」メールマガジン291号で、私の個展案内を掲載させていただきましたが、その結果報告と今回の原稿についてお話ししたいと思います。
まず個展についてです。本年1月末の銀座界隈は、まだ新型コロナウイルスの影響はさほどではなく、海外から日本に観光に来たと思われる大勢の中国の人や諸外国の人が中央通りを闊歩していました。個展は、その影響が多少感じられる中での開催でしたが、お陰様で多くの知人、友人、絵画関係、古書業界の方々がご来場くださり、大盛況のうちに終了致しました。誌上をお借りして厚く御礼を申し上げます。

 来場者の中では、特に古書業界の方々が多く見えてくださり、私が古書組合を退職してから十年余経ちますが、その間お会いする機会が無かった方もいらして、とても懐かしく、また、元気なお姿を拝見して本当に嬉しく思い、個展を開催して本当に良かったと心底思いました。また、古書組合の百年史編纂委員会様からは会期に合わせ立派な生花を頂戴し、会場に華を添えていただきました。そのうえ、メルマガ誌上に執筆させていただく機会まで設けてくださり、古書組合のご厚意には感謝に堪えません。

 では実際に個展自体はどうだったのかということですが、銀座というのはやはり特別な場所だということでした。美術評論家の瀧悌三氏や清水康友氏、「美術の窓」の磯部靖氏もご来場くださり、特に瀧先生は「美じょん新報」に私の絵の批評を掲載してくれました。また、清水先生とは古書即売展の話で盛り上がり、画廊の社長さんからは幾人かの画家を紹介していただき、その方から恩師の近況も知ることができました。ある高名な画家からは私の絵の批評も直接いただきました。このように、画壇という存在があるのかどうか、私にはよく分かりませんが、美術の世界も銀座という場所を中心に動いているという実感が致しました。

 画家という職業は、社会的には芸術家として一目置かれたりしますが、とても生活ができる職業ではありません。実際に年収500万円を得るためには、月間コンスタントに40万円売らねばなりませんが、そのためには材料費、取材費、額縁代、画廊の手数料、運送費等々の必要経費も必要ですので、自分の手間賃はほとんど度外視しても月に100万円位売り上げないと並の生活ができないということになります。売れるような完成度の高い絵を仕上げるためには何か月もかかりますので、この日本の不況下で専業画家として生計を立てている方は、ほんの十数人に過ぎないと思います。
西洋でも昔から画家は、言葉は悪いですがパトロンを必要としていて、宮廷や教会、ブルジョアジーに寄生して生きてきたのが事実ですし、もしくは画家自身がお金持ちの子息である場合が多いのです。したがって、絵描きは髪結いの亭主が理想と自虐的に言われるゆえんです。そのうえ、わが国では日本画という独特の分野があります。この国名を付けた絵画世界はおそらく日本のみだと思いますが、日本では油絵よりも日本画の人気が高く、専業画家も多いのが実状です。

 話は変わりますが、せっかくメルマガの執筆を許されたので、古書組合という組織について、少しお話したいと思います。
 東京古書組合は正式には、東京都古書籍商業協同組合という名称で、協同組合法という法律の下、東京都知事から認可され、法人格をもった事業協同組合です。全国には53の古書組合という組織がありますが、事業協同組合として知事から認可を受けているのは、東京、大阪、京都、名古屋、神奈川、兵庫の6都府県です。その他の組合は、任意組合という組織になります。また、事業協同組合という法人組織になりますと、毎年、総会ごとに知事あてに組合の事業報告書、決算書、事業計画、予算案、役員変更届等の書類提出が義務付けられ、変更があればその都度、法務局に定款や役員の登記が必要になります。そのため組合に専属の職員がいない場合は、役員にかなりの事務負担がかかることになり、小規模な組合においては、そのような事務負担に耐えられないので、事業協同組合という法人組織にはしないわけです。しかし、全国の古書組合のネットワークの中では、各都道府県の組合は平等です。

 全国の古書組合は、全国古書籍商組合連合会という組織でまとまっています。この全国組織は任意の団体ですが、長い歴史があり、会員は各府県の組合単位です。個人の組合員が加盟する会ではなく、組織としての組合が加盟しますが、現在、本部は東京組合が担当しており、理事長は東京組合の理事長が就任しています。……続きは次回に、では。

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新型コロナウイルス感染症拡大に伴い 「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」 無償公開を始めました

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」
無償公開を始めました

株式会社皓星社 代表取締役 晴山生菜

 「日本の古本屋メールマガジン」読者の皆様、はじめまして。株式会社皓星社の晴山生菜です。当社は、神田神保町の出版社です。
最近の出版物には、カラサキ・アユミ『古本乙女の日々是口実』、南陀楼綾繁『蒐める人』、稲岡勝『明治出版史上の金港堂』などがあり、いずれも、「日本の古本屋メールマガジン」の「自著を語る」で取り上げていただきました。 当社はこうした出版事業と同時に、「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」を運営しています。明治初期から現在までに刊行された雑誌の目次を、「論題」「人物」「雑誌名」「年代」「巻号」をキーワードに、時代の切れ目なく検索できるデータベースです。
たとえば、調査・収集対象にしている人物が、「いつ」「どんな記事を」「何の雑誌に」書いたのかを、明治初期から現在までの150年近い時間の中から一度に検索できるのです。未知の文献を、思わぬ雑誌から発見できることもあります。4月1日より期間限定で、このざっさくプラスを無償公開しています。
通常は契約図書館様を通じて利用するもので、個人販売はしていません。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、今や多くの図書館が休館しています。そこで、このような状況下においては、契約図書館の利用者に限らず、雑誌を読むことが好きな方、雑誌を使った研究をしている方、そして雑誌を蒐集している方など、あらゆる目的で「雑誌」を求めている方々を支援したいと考え、無償公開をはじめました。
ざっさくプラスと連携する「20世紀メディア情報データベース」(GHQによる検閲資料のデータベース)も、運営のNPOインテリジェンス研究所・山本武利代表のご厚意を賜り連携機能を開放しています。
さらに、今月より「日本の古本屋」サイトとも連携を開始し、ますます便利になりました。

今回の無償公開は、あくまで期間限定の例外的措置ですが、外出を控えながらも、自宅で雑誌探しを楽しむツールとして、ご自宅のパソコン、スマートフォン等でご活用ください。
詳細、使い方などは、以下の通りです。

《対象サービス》雑誌記事索引データベース ざっさくプラス 全機能
※「20世紀メディア情報データベース」(NPO法人インテリジェンス研究所)の連携機能を含みます。
《対象となる方》個人、法人、国内外を問いません。対象の定めなく、どなたでもお使い頂けます。
《無償公開期間》2020年4月1日〜5月31日 ※状況により早期終了や延長の可能性がございます。
《申込手続》不要です。どなた様もご自由にお使いいただけます。
《ざっさくプラスにつきまして》
ざっさくプラス https://zassaku-plus.com
商品カタログ http://kw.maruzen.co.jp/ln/ec/ec_doc/kousei_zassaku_catalog.pdf


《たとえばこんな使い方!〜「日本の古本屋」と組み合わせて雑誌を入手する方法〜》
①「斎藤昌三」と入力し、検索。簡易検索の場合、「斎藤昌三」自身が書いたもの/について書かれたもの、の両方を同時に検索します。
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②検索結果一覧が表示されます。グラフが表示され、斎藤昌三の執筆量が多かった年、注目された年などを、直感的に把握できます(あくまで参考。厳密な統計にはならないので注意が必要です)。
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続いて、記事の一覧が表示されます。独自に構築した辞書により別名の「少雨荘」もヒットします。読みたい記事の、タイトルをクリックします。ここでは、「「文藝市場」3巻7号(1927年7月)に掲載された「明治文藝雑談(一)硯友社そその一派の雑誌」を探します。
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③詳細画面が表示されます。
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図書館の所蔵を調べたい場合は「書誌所蔵情報」欄の「CiNii Booksで検索」をクリックして、CiNii Booksの検索結果から、図書館の所蔵情報をお調べください。
雑誌現物を入手したい場合は、「購入」欄の「日本の古本屋で買う」をクリックしてください。「日本の古本屋」の検索結果へ移動します。
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④日本の古本屋サイトでは、在庫が見つかりませんでした。ざっさくプラスと日本の古本屋サイトでは、それぞれデータの持ち方が異なるため、1クリックで目指す記事に到達できる可能性は高くありません。ページ移動後に、次のような検索条件の変更と検索を行ってみてください。
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・「書名」の下のチェックボックスを「完全」から「含む」に変更
・「刊行年」を空欄にする。(揃いの出品が見つかる場合があります)
・検索結果が出すぎる場合は、出版社や在庫有無で絞り込む



⑤今回は、「書名」の下のチェックボックスを「完全」から「含む」に変更して、検索するとすぐに見つかりました。
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このあとは、ページの指示に従って購入が可能です。

気の滅入るニュースが続くこのごろですが、ざっさくプラスを使って、少しでも古本ライフを楽しんでいただけたら幸いです。

《お問合わせ》
株式会社 皓星社
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-10
TEL 03-6272-9330 FAX 03-6272-9921
担当:池田拓矢(zassaku-plus(a)libro-koseisha.co.jp ) (a)は@マークです

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2020年3月25日 第295号

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☆INDEX☆
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1.『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり
2.『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織
3.古本愛によって生み出されし咄嗟の判断 カラサキ・アユミ

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━━━━━━━━━━━【自著を語る(236)】━━━━━━━━━

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』
                       黒川みどり

 魯迅の研究や翻訳で知られる中国文学者で、戦後の評論活動でも
知られる竹内好は、その知名度とは裏腹に、その思想や活動の全体
像をとらえた本格的評伝や研究がありませんでした。数多ある竹内
論はアジア主義者として描くものが際立って多く、それらの少なか
らずは、自己の関心に照らして竹内の一部分のみを論じたものであ
り、そのことがしばしば、右翼だか左翼だかわからないナショナリ
ストといった竹内への評価を生み、竹内の本質をとらえ損なってき
たのではないかというのが我々の観測です。

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『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

━━━━━━━━━━━【自著を語る(237)】━━━━━━━━━━

論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

                        速水 香織

 大学三年時、はじめて井原西鶴の浮世草子を真剣に読んだ。正直
に白状するが、面白さどころか内容からほとんど理解できず、専ら
『対訳西鶴全集』の口語訳を頼りに必死に読解に取り組んだ。そし
て命からがら読み終えたとき、唐突に出てくる謎の人名は何なのか
と不思議に思ったものだ。それが刊記(現在の奥付)に刻まれる板
元名であると知ったのは、しばらく後のことだった。

続きはこちら
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『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織 著
文学通信刊 価格 8,800円+税 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-24-1.html

━━━━━━━━━━━【古本乙女の独り言⑧】━━━━━━━━━

古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

                      カラサキ・アユミ

 その古本屋店主は「え・・・入るの・・・?」と言わんばかりの
表情で私を見つめた。
 ある日、いつも開店している気配の無い草臥れた雰囲気の古本屋
の扉に『営業中』の張り紙を見つけた私は嬉々として初めてドアを
押した。

続きはこちら
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古本乙女の独り言⑦ はこちら
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━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『古書と生きた人生曼陀羅図』 青木正美 著
日本古書通信社刊 価格 2,600円+税 好評発売中!
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』 木場貴俊 著
文学通信刊 定価:本体2,800円(税別) 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-22-7.html

『甲賀忍者の真実 末裔が明かすその姿とは』 渡辺 俊経 著
サンライズ出版刊 2400円+税 好評発売中
http://www.sunrise-pub.co.jp/isbn978-4-88325-675-4/

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━
3月~4月の即売展情報
https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init
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 次回は2020年4月中旬頃発行です。お楽しみに!
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*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の全国の古書店に ☆*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

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日本の古本屋メールマガジンその295 2020.3.25

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
編集長:藤原栄志郎

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takeuchi

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

黒川みどり

 魯迅の研究や翻訳で知られる中国文学者で、戦後の評論活動でも知られる竹内好は、その知名度とは裏腹に、その思想や活動の全体像をとらえた本格的評伝や研究がありませんでした。数多ある竹内論はアジア主義者として描くものが際立って多く、それらの少なからずは、自己の関心に照らして竹内の一部分のみを論じたものであり、そのことがしばしば、右翼だか左翼だかわからないナショナリストといった竹内への評価を生み、竹内の本質をとらえ損なってきたのではないかというのが我々の観測です。

 自らが「絶対的他者」であるという自覚を失うことなく、〝日本人〟として中国をこよなく愛し続けた竹内は、中国で日本の敗戦を迎えました。しかし竹内は、中国に対する侵略戦争が真には終結していないという認識に立ちながら、戦後の日本社会の変革に向き合う道をあゆみました。

 中国との戦争を「弱い者いじめ」ととらえた竹内は、同じ構図を日本国内の問題―沖縄と被差別部落に見いだし、それらの問題にも真摯にとり組んでゆきました。それは、付け足り的にマイノリティに言及するような態度とは異なり、中国との向き合いにはじまる日本社会の変革のための格闘の一連のものとしてありました。古い共同体を温存し同調を強いる日本社会の「弱い者いじめ」と闘うために、「我は我だという主体の論理」を提唱した竹内は、永久革命としての闘いを続けてきたのです。竹内が提唱した「国民文学論」や「明治維新百年祭」も、そのために底辺のナショナリズムを救い上げようとしたものでした。

 従来の竹内像は、彼のそうしたあり方が十分に理解されることなく、竹内の思想を、中国に範をとった西洋型「近代主義」の対極にあるものと見なすことが多かったと思います。しかし、世に問われた竹内の「アジア主義」や「方法としてのアジア」も、実は、西洋が生み出した普遍的な近代を否定するのではなく、それを東洋の側から問い続け、よりよき〝近代〟を実現するための永久革命なのでした。それゆえ、同時代を生きた知識人の丸山眞男が、ハオ好さんは親友だとし、またコスモポリタンである彼とは思想が「地下水で通じている」と述べたように、一見対極にあるかのような両者の一致点は多く、この丸山との交流も、竹内が思想を紡ぎ出していくなかで重要な役割を占めていました。

 本書は、このように壮大な広がりをもつ竹内の思想の全体像を描きだすべく、日本近代史研究者と中国史研究者が共同してそれに挑んだものです。我々はまず竹内の全集を読み込む一方で、その生い立ち・思想形成から筆を起こして、できるかぎり丁寧に竹内の全生涯を描くことに努めました。なかでもこれまで詳しく論じられてこなかった中国での留学や戦場の体験に紙幅を割いて明らかにしたことは、本書の特徴の一つです。また、部落問題研究では忘れ去られてきた感すらある竹内が、部落解放運動に積極的に関わり、身銭を切って集会にも参加してきたことや、中国だけではなく朝鮮をも見つめ「朝鮮語のすすめ」も書いていたことなどを提示しました。

 ひとまず今、我々の最大限の力を出し切って竹内を書き切ったという満足感はあります。書き終わってあらためて、竹内は、日本と近隣アジア諸国との向き合い方のみならず、日本社会の内側への向き合い方が問われている今こそ、広く読まれてしかるべき思想家だとの思いを強くしました。本書がその入り口になることを、願ってやみません。

takeuchi

『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

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☆古本乙女の独りごと⑧ 古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

☆古本乙女の独りごと⑧ 古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

カラサキ・アユミ

 その古本屋店主は「え・・・入るの・・・?」と言わんばかりの表情で私を見つめた。
 ある日、いつも開店している気配の無い草臥れた雰囲気の古本屋の扉に『営業中』の張り紙を見つけた私は嬉々として初めてドアを押した。入店するなり出迎えたのはあからさまに困惑したような店主の顔だった。一瞬怯んだ私だったが、目の前には狭い店内の至る所に古本が積み上げ並べられた魅惑的な風景、すぐに店主の存在を忘れて漁書に没頭した。

 やがて五百円の値段が付いた一冊を店主の座る帳場に持っていった。すると怯える表情の店主。私はなおも「?」。恐る恐る本の見返し部分を開き値段を確認する店主。(その手は年齢のせいなのかフルフルと小刻みに震えていた。)私はこの不穏な空気を一喝したい気分もあって勢いよく千円札を手に「ハイ、これでお願いします。」と店主に差し出した。しかしその札はなぜか受け取られず、自分のポケットから年季の入った革製の小銭入れを取り出した店主は震える指で小銭を漁り始めた。ジャラ・・・ジャラジャラ・・・。店内に小銭が重なり合う音が響き渡る。そして突如チャリチャリチャリーン‼︎と軽快な音を鳴らしながら小銭入れが落下した。「あぁぁぁ・・・」と悲痛な声をあげる店主。私もその様子を見て慌てて散らばった小銭を拾いあげ店主の手に乗せた。広げられた手の平に乗るのは百円玉三枚に十円玉五円玉一円玉が少々・・・。

 どうやら察するにお釣りの準備が無いらしい。これまでの店主の一連の珍妙な動作の謎が解けて少し霧が晴れたような心持ちになった・・・が、あいにくこの日に限って私も小銭を持ち合わせておらず札しか財布に準備がなかった。近くには両替出来る銀行はおろか自販機すらない。尚も続く沈黙の空気。店主は手に乗せた小銭達を一心に見つめたまま微動だにしない。何かを諦めたかのような空虚なその眼差しは、もはや手の平を通り越し更に床をも遥かに通り越しているようだった。

 このままでは事態は変わらない・・・。そう悟った私は五百円の値が付いた本を無理やりもう一冊見つけ、「これも買うんで・・・ハイ、これで丁度ですよね・・・。」と店主に再度千円札を差し出した。小銭を握り締めたまま、その千円札を素直に受け取った店主の眼は微かに輝きを取り戻していた。

 退店後、「古本漁りに必須の小銭を持ってないとは私もまだまだ古本屋素人だな・・・フッ・・・」と切ない表情で何度も己に言い聞かせたのであった。

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『全古書連ニュース』より転載

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東京古書組合発行 『古書月報』より転載

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『古本乙女の日々是口実』皓星社
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論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

速水 香織

 大学三年時、はじめて井原西鶴の浮世草子を真剣に読んだ。正直に白状するが、面白さどころか内容からほとんど理解できず、専ら『対訳西鶴全集』の口語訳を頼りに必死に読解に取り組んだ。そして命からがら読み終えたとき、唐突に出てくる謎の人名は何なのかと不思議に思ったものだ。それが刊記(現在の奥付)に刻まれる板元名であると知ったのは、しばらく後のことだった。

 西鶴浮世草子の主要な板元は、おおまかに言えば、前半の貞享年間(1684-88)では大坂の岡田三郎右衛門・森田庄太郎で、後半の元禄年間(1688-704)になるとその二軒は撤退し、やはり大坂の雁金屋庄兵衛らが登場する。しかし江戸においては、それはほとんど一貫して万屋(よろずや)清兵衛から売り出されている。この本屋は一体何者なのか。その素朴な疑問が、本書の出発点である。

 万屋清兵衛は、江戸の地で八〇年以上、少なくとも三代にわたって出版活動を行い、京・江戸・大坂の三都を中心に、実に多くの同業者と交流していた。ということは、この本屋の活動実態を明らかにするためには、他の多くの本屋にも調査を及ぼし、地域や時代のあり方に考えをめぐらす必要があるということだ。芋づる式というより、蜘蛛の巣状に広がってゆく調査対象に慄きながらも、今は物言えぬ本屋たちの姿を、当時の社会状況を背景に、見誤らないよう描き出そうと努めてきた(ただし本屋たちは、全く想定外の刊記情報を残してくれるなど、思いもよらない主張を突如繰り出してくることがある。しかもそういう事例に限って、あとから見つかったりするのだ…)。

 本書のもととなった論文を執筆するための情報収集にあたっては、「あとがき」に書いたとおり、国文学研究資料館にとてもお世話になった(現在もお世話になっております)。今は東京の立川市にある資料館は、私の大学院生時代は品川の戸越にあった。当時の私には、お金はないが体力はあったので、上京する時はいつも夜行バスを利用していた。遮光カーテンをほんの少し開けて外を覗き、深夜の東名高速を疾走する黒猫や飛脚を眺めては「ああ、日本の速くて正確な物流の一翼は、こうして支えられているのだなあ」と感動を覚えたものだ。本書の校正原稿を、この物流サービスが何度も運んでくれたのだと思うと、あらためて感謝の念が沸き起こってくる。

 夜行バスは、未明に東京駅に到着するので、朝の数時間を持て余す。そこで一度、東京駅から皇居へ出て、そこから万屋が長く本拠地としていた日本橋南詰まで歩いてみたことがある。それほど時間はかからず現地にたどり着いたとき、ふと、万屋にとって、江戸城からほど近い一等地に店を構え、本屋仲間の筆頭行事(組合の責任者的存在)として活動するのは本当に誇らしかっただろう、そして活動途中で通本町三丁目に店舗を移転することになったのは、間違いなく望まざる無念な出来事であったのだろうと感じられた。

 万屋の営業地と所付(ところづけ。名前に冠している住所)の問題、また店舗を移転した事情については、調査が及んだ限りのことを本書にまとめた。万屋の歴代当主が、その時何を思っていたかなどという私の妄想はそこには書いていないが、しかし、木版本の背後にそれを生み出した、血の通った人々の存在があるのだということは、いつも念頭に置いている。時代、文化とは、個々の人間の情熱や思念に支えられた営みの集積の上に形成されていくのだろうと思うのだ。

 本屋たちが生み出し、先人が遺してくれた木版本の中から、調査対象とした板元の名を刻むものを、落穂を拾うような心持で見つけては年表化してきた。ようやく一冊にはまとめられたものの、まだ数えきれないほどの課題が残っている。多くの人に支えていただきながら、これからも、私のチリツモ調査は続いてゆくだろう。

edo

『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織 著
文学通信刊 価格 8,800円+税 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-24-1.html

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