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人間美学 第2~5、7号(昭和23年5~10月) 計5冊―自然美と人間美(湯川秀樹)、暗い三角形(荒正人)、古譚(藤原審爾)、風狂世界(小高根二郎)、哲人法官ホウムズ(鶴見俊輔)、ジョイスの思想と象徴的技巧(西脇順三郎)、面影(澁川驍)、現代都市の人間性(板垣鷹穂)、養子譚(梅崎春生)、文章美とその研究法(コバヤシヒデオ)ほか
夢の系列 初函
宮崎県 新日本風物誌 角川写真文庫 初カバー
知性2巻3号 河上徹太郎 山之口獏 豊島與志雄 伊藤整 高見 中村地平 渡辺一夫(訳)今日出海
文芸 11巻1号、2号帰還作家特輯、4号、6号~8号、10号 7冊
文芸 8巻3号 扉絵・ブブノワ
新潮 38年2号~7号、10号、11号 8冊
文學界5巻4号 日焼少痛 厚物咲/中山義秀 井伏 葦平 中村地平 円地 大谷藤子 浅野晃 表紙/青山二郎
新潮 36年1号~4号、6号、7号、9号~12号 10冊 「谷崎潤一郎研究」「立原道造を哭す」他
文士の風貌 福武文庫
むらさき 8巻1号~12号 12冊
日向の風土と観光 <みやざき21世紀文庫 15>
書物展望 8巻1号~13巻12号(通巻79号~150号)の内65冊
井伏鱒二全集 第12巻 増補版 猫,七浦の漁師原,昨日の会,机上風景,一別以来,葦平さんの河童図,博多で逢った葦平さん,琴の記,四月二日記,おふくろ,螢の季節,七月二十三日記,御高評,金谷完治,艶書,大三島,コンプラ醤油瓶,かみなり,ハイカラ釣のこと,湯西川,病中雑記,にほひ,取材旅行,現代の埴輪つくり,十月の日記,大山・升田三番勝負観戦記,失念事,岡,石臼の話,正宗さんのこと,ふるさとの音,亡友中村地平,南方ぼけの頃,中込君の釣,日記,イタドリの絵皿,尾崎士郎の諧謔,弘光寺の杉戸,野村万蔵邸の能舞台,廉塾,壷井邸の籐の間,サクランボ,備前焼,伊豆松崎,週間日記,築山
新潮 35年5号~7号、9号、11号 5冊 「林芙美子女史におくる(犀星)」「尾崎一雄氏への手紙」「小説島崎藤村(450枚)」他
文芸 7巻8号~12号 5冊
セルパン 86号、87号、89号、91号、92号、95号、97号。100号、101号、104号、106号~116号迄 21冊
現代日本文学大系 91 現代名作集(1) (宮崎湖処子 帰省/高山樗牛 滝口入道/三島霜川 解剖室/加能作次郎 恭三の父/岡本綺堂 修禅寺物語/長田幹彦 零落/中村星湖 女のなか/中村吉蔵 剃刀/中戸川吉二 イボタの虫/他)
「日本浪曼派」集 <新学社近代浪漫派文庫 33>
作品論 特輯・『チヤンス』から『トカトントン』まで : 太宰治研究 14
芥川賞候補傑作選 戦前・戦中編 1935 - 1944 戦前・戦中編 1935 - 1944
井伏鱒二 : 群像日本の作家16
河童曼陀羅
桜桃の記著者 伊馬春部 出版社 筑摩書房 刊行年 昭和42年初版カバー ページ数 259頁 伊馬 春部(1908年(明治41年)5月30日 - 1984年(昭和59年)3月17日)日本の作家、劇作家。本名は高崎英雄。旧筆名は伊馬鵜平。戦前から戦後にかけてユーモア小説やラジオドラマなどの分野で活躍。釈迢空(折口信夫)門下の歌人としても知られる。 福岡県鞍手郡木屋瀬村(現:北九州市八幡西区木屋瀬)に生まれる。旧制鞍手中学校(現:福岡県立鞍手高等学校)から國學院大學に進み、ここで釈迢空に師事。1932年(昭和7年)創立のムーランルージュに参加、伊馬鵜平の筆名で新喜劇の脚本を執筆。この頃(昭和6、7年)に井伏鱒二宅で、デビュー前の太宰治と知り合い親友となる。のちP.C.L.の脚本部に入る。1934年、太宰治、森敦、中原中也、檀一雄、今官一、山岸外史、中村地平、小山祐士、木山捷平、北村謙次郎らと文藝同人誌『青い花』を創刊。1939年(昭和14年)、友人の太宰治から短篇『畜犬談』を捧げられた。1940年(昭和15年)、NHKのテレビ実験放送における、国内初のテレビドラマである『夕餉前』の脚本を担当した。戦後は伊馬春部に筆名を改め(釈迢空、折口信夫が名付けた。「今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎」「今更に 雪降りめやも 陽炎の 燃ゆる春へと 成りにし物を」萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 1835【承前,廿四十七。】)、1947年(昭和22年)には、他の執筆陣とともに交代で書き上げたNHKの連続ラジオドラマ『向う三軒両隣』が人気を博し、1948年(同23年)には東宝から映画化された。1956年(昭和31年)、第7回NHK放送文化賞受賞。1961年(昭和36年)、『国の東』で芸術祭奨励賞受賞。1965年(昭和40年)、『鉄砲祭前夜』にて毎日芸術賞を受賞。1976年(昭和51年)、歌会始召人となる。詠進歌 ふりかへりふりかへり見る坂のうへ吾子はしきりに手をふりてをり1984年(昭和59年)、3月17日、かねてより病気療養で入院中だった都立広尾病院にて死去。墓所は築地本願寺和田堀廟所。
【限定本】河童曼陀羅 毛筆署名 落款入り
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