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比較宗教学 <放送大学教材>
富田鐵之助毛筆書簡 稲垣満次郎 宛 毛筆十二行
美術史論叢 : 東京大学大学院人文社会系研究科・文学部美術史研究室紀要 (21)
山城国上桂庄史料【上中下揃】
北の異界 : 古代オホーツクと氷民文化 図録
近世社会史論叢 : 吉田伸之先生退職記念
中世政治社会論叢 : 村井章介先生退職記念
近世社会史論叢 : 吉田伸之先生退職記念 <東京大学日本史学研究室紀要別冊>
平家物語八坂系諸本の研究
日本考古学協会第56回総会 於東京大学文学部 研究発表要旨
北の異界 : 古代オホーツクと氷民文化 <東京大学コレクション 13>
漢字の語源研究著者 藤堂明保 出版社 學燈社 刊行年 昭39 函 経年変化 約3200年前の「殷」時代に生まれた甲骨文字や金文を基に、文字の成り立ちや意味の変遷を解明。許慎の『説文解字』から始まり、「上古漢語の単語家族」による分類など、構造・形・音の3面から科学的に分析。 藤堂 明保(1915年9月20日 - 1985年1月2日)、日本の中国語学者・中国文学者。三重県阿山郡生まれ。家系は津藩伊賀上野城代の藤堂家。父の赴任により大連で育つ。1938年東京帝国大学支那哲学科卒業後、外務省研修員として北京へ留学する。そのまま応召し、1941年に現地で除隊、さらに通訳として軍務に従事する。敗戦を南京で迎え、その翌日には軍命でハノイへ飛び、1947年に中国経由で復員する。帰国後は第一高等学校教授を経て、1950年に東京大学文学部専任講師、1954年に同助教授、1963年に同教授。東大紛争で全共闘支持を表明し、1970年、強行排除に抗議して辞職、その直後から『11PM』に出演して「女へんの漢字」を解説したり、1971年からはNHKテレビの『中国語講座』講師を担当するなど、マスコミでも活躍した。1972年より早稲田大学政治経済学部客員教授、1976年から日中学院長。
近世政治史論叢 藤田先生退職記念 <東京大学日本史学研究室紀要別冊>
宗教と現代がわかる本 2015 特集・マンガと宗教 宗教がよくわかるマンガ100
風流談義 女の抵抗 著者 水田文雄 出版社 現代思潮社 刊行年 昭和29 解説 B6、全134P、初版経歴第七高等学校造士館文科卒業。1930年東京大学文学部支那哲学科卒業、文学博士。ドイツ留学ベルリン及びミユンヘン大学留学 - 新聞研究室に在籍。朝日新聞社1930年朝日新聞入社。南京、上海、欧州主にドイツ駐在で、ロシアを含み欧州各国を取材で回る。自由言論弾圧にあい朝日新聞退社。宣伝東宝(株)入社、宣伝部長。後楽園スタヂアム支配人。中国花王石鹸入社、中国駐在となり、上海公司取締役社長、天津支社長兼工場長。1945年天津にて終戦を迎える。家族、妻と子供5人(内4女は引き揚げ船上で発病,日本上陸後死亡)で1946年に日本への最終船で引き揚げ帰国。P.R.戦後に吉田社長にスカウトされ電通入社、以後テレビ部長、PR部長等と勤め民放テレビ局の開設でCM担当、評価、マーケティング等と広範囲に携わる。日本初の英語有線テレビを創設した。 宣伝、広報、P.R.等を指導し日本のP.R.専門家として TV出演等で著名となる。同時に各広報、P.R.、マーケティング、宣伝等の評論家でもあり日本各地にてセミナー、会議、講演等を通して若者を指導した。サラリーマンのかたわら書いたベストセラーを含み著作は多数で、マルチ広報活動エッセイスト、小説家としても活躍した。
DOME ミュージアム・マガジン・ドーム Vol.75
漢文の基礎 昭和42年初版カバー 著者 赤塚忠 全382頁 出版社 旺文社 赤塚 忠(1913年〈大正2年〉4月9日[1] - 1983年〈昭和58年〉11月28日)、日本の中国学者。東京大学名誉教授。古代中国哲学・中国文学・金石学に広く業績がある。角川書店『新字源』編者の一人。 1913年、茨城県取手市に生まれた。東京帝国大学支那哲学科で学び、学生時代は宇野哲人や塩谷温に師事した。1936年に大学を卒業し、1937年から1941年まで同大学大学院で学びつつ、郁文館中学と神戸商業大学(神戸経済大学)予科に勤務。二度応召して中国大陸に赴き、陸軍大尉として敗戦を迎えた。戦後、神戸大学と神戸経済大学に勤務。神戸時代には京都大学人文科学研究所の貝塚茂樹の研究会に参加した。1955年、東京大学文学部助教授となった。1962年に学位論文「周代文化の研究」を東京大学に提出して文学博士の学位を取得。1964年に教授昇進。東京大学では、加藤常賢の後任として、宇野精一と並んで戦後の中国哲学研究室の中心を担う一方で[3]、二松學舍大学をはじめ諸大学の講師も兼任した。1974年、東京大学を定年退官し名誉教授となった。その後は二松學舍大学教授となり、教鞭をとった。二松學舍では学校法人二松學舍評議員や附属図書館長などの要職を務めた。学界では日本中国学会理事長、東方学会評議員などを務め、国際的に知られた。1983年11月28日逝去。
[10点] 言語学演習 '81、言語学演習 '82、言語学演習 '83、東京大学言語学論集 '84、東京大学言語学論集 '85、東京大学言語学論集 '86、東京大学言語学論集 '87、東京大学言語学論集 '88、東京大学言語学論集 '89、東京大学言語学論集 11
ディテール 96号 (1988年4月 春季号) <住宅特集 : URBAN SMALL HOUSES>
政教社の研究
トートの書 新装版
中國歷史研究入門 上下
透視術 予言と占いの歴史 <文庫クセジュ>
人しれず微笑まん : 樺美智子遺稿集
中国思想史
東京大学日本史学研究室紀要 第15号 (論文)室町幕府外様衆の基礎的研究 木下 聡/ 昭和初期プロレタリア文化運動の組織化に伴う運動権威の形成 立本紘之/ 明治初期元老院の議事制度改革 湯川文彦 ほか 保存状態良好の美本です。
中国思想史 12刷
新田地主の研究 信州水内郡水沢平における地主制の展開 <農村史料調査報告 ; 第2輯>
私の選んだ国宝絵画-大和絵・絵巻物・水墨画他(平山郁夫美術館 2)
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