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互敬の光 (第1巻)第6号~5巻4号(大正11年6月9日~15年4月9日)のうち計21冊―外来思想と我が国民(2)(山鹿重憲)、社会善化運動(2)、我が国の物価はどんなに高くなつたか(岡水生)、互恵会を設立せよ、酒の害(泉原玄月)、我等の互敬舎、孔子の致富観(1)(大貝岡水)、互恵会の歌、大人教育と英国労働教育協会の活動(大貝岡水)、勤労の味を解せよ(黙々庵道人)、賭博予防章(黙々庵道人)、灰燼の帝都より、震災から生れた太陽の如き人類愛の同情の光とほのめき(原田壽穂) ほか
高等数学研究 第9巻第2号 昭和15年2月
工藝ニュース Vol.6 No.12 1937年12月 <本所研究・新試作の解體式家具 / 劍持勇>
日本考古学 第44号
部落解放史・ふくおか 第9号~第41号
豊日史学 : 復刊宇佐文化 55(1)(197)
豊日史学 : 宇佐文化 第48巻 2・3合 通巻177・178号 48(2/3)(177/178)
首羅山遺跡:福岡平野周縁の山岳寺院
『三生録』 (梅林寺蔵版)
豊日史学 : 復刊宇佐文化 52(2/3)(189/190)
九州歴史資料館研究論集 = Study of Kyushu Historical Museum (8)
豊日史学 : 復刊宇佐文化 55(3)(199)
九州神社・仏閣・霊場をめぐる聖地巡礼ガイド
特別保護建造物并国宝目録
大航海時代の日本美術 : 特別展 新・桃山展
発掘が語る遠の朝廷 (みかど) 大宰府
日本考古学年報 61(2008年度版)
マリー・アントワネット物語展 = La vie de Marie-Antoinette
豊日史学 : 宇佐文化 第54巻2・3号 通巻195・196号 54(2/3)(195/196)
豊日史学 : 宇佐文化 第53巻1号 通巻191号 53(1)(191)
威風凛々 烈士鍾崎三郎
名城をたずねて
九州歴史資料館研究論集 43
月刊文化財発掘出土情報 1993年9月 巻頭グラビア 福岡県小郡市小郡若山遺跡:埋納状況も鮮明に多鈕文鏡二面同時検出 通巻129号
日本めん百景
【図録】江戸の粋、印籠 :フィンランド・クレスコレクション
佐藤忠良のすべて 「佐藤忠良のすべて」展カタログ編集委員会 編
ふるさとの食 <アクロス福岡文化誌 2>
安場保和伝 : 1835-99 : 豪傑・無私の政治家
古寺名刹みどころ事典
豊日史学 : 復刊宇佐文化 54(1)(194)
人づくり風土記 : 全国の伝承・江戸時代 40 (ふるさとの人と知恵・福岡) <聞き書きによる知恵シリーズ>
『九十年史 : 1900-1990』 函付き
日本取入堰堤誌 拾周年記念
キジバトの記 22
俚謡集拾遺
西南地域史研究 第八輯 特集福岡藩の研究1
豊日史学 :宇佐文化 第51巻 1・2号 通巻185・186号 51(1/2)(185/186)
豊日史学 : 宇佐文化 第49巻1号 通巻 179号 49(1)(179)
クマソは何語を話したか : ソンダル博士の方言講座九州・沖縄編 <ミューブックス>
『明道館史 : 創立八十八周年記念』 函付き
荒廃地復旧事業工種仕様書 附図とも 全2冊
九州四十九院薬師巡礼
桜桃の記著者 伊馬春部 出版社 筑摩書房 刊行年 昭和42年初版カバー ページ数 259頁 伊馬 春部(1908年(明治41年)5月30日 - 1984年(昭和59年)3月17日)日本の作家、劇作家。本名は高崎英雄。旧筆名は伊馬鵜平。戦前から戦後にかけてユーモア小説やラジオドラマなどの分野で活躍。釈迢空(折口信夫)門下の歌人としても知られる。 福岡県鞍手郡木屋瀬村(現:北九州市八幡西区木屋瀬)に生まれる。旧制鞍手中学校(現:福岡県立鞍手高等学校)から國學院大學に進み、ここで釈迢空に師事。1932年(昭和7年)創立のムーランルージュに参加、伊馬鵜平の筆名で新喜劇の脚本を執筆。この頃(昭和6、7年)に井伏鱒二宅で、デビュー前の太宰治と知り合い親友となる。のちP.C.L.の脚本部に入る。1934年、太宰治、森敦、中原中也、檀一雄、今官一、山岸外史、中村地平、小山祐士、木山捷平、北村謙次郎らと文藝同人誌『青い花』を創刊。1939年(昭和14年)、友人の太宰治から短篇『畜犬談』を捧げられた。1940年(昭和15年)、NHKのテレビ実験放送における、国内初のテレビドラマである『夕餉前』の脚本を担当した。戦後は伊馬春部に筆名を改め(釈迢空、折口信夫が名付けた。「今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎」「今更に 雪降りめやも 陽炎の 燃ゆる春へと 成りにし物を」萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 1835【承前,廿四十七。】)、1947年(昭和22年)には、他の執筆陣とともに交代で書き上げたNHKの連続ラジオドラマ『向う三軒両隣』が人気を博し、1948年(同23年)には東宝から映画化された。1956年(昭和31年)、第7回NHK放送文化賞受賞。1961年(昭和36年)、『国の東』で芸術祭奨励賞受賞。1965年(昭和40年)、『鉄砲祭前夜』にて毎日芸術賞を受賞。1976年(昭和51年)、歌会始召人となる。詠進歌 ふりかへりふりかへり見る坂のうへ吾子はしきりに手をふりてをり1984年(昭和59年)、3月17日、かねてより病気療養で入院中だった都立広尾病院にて死去。墓所は築地本願寺和田堀廟所。
金田町史
九州歴史資料館研究論集 11
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