個展開催報告と古書組合について

個展開催報告と古書組合について

高橋秀行 (前 東京古書組合事務局長)

 「日本の古本屋」メールマガジン291号で、私の個展案内を掲載させていただきましたが、その結果報告と今回の原稿についてお話ししたいと思います。
まず個展についてです。本年1月末の銀座界隈は、まだ新型コロナウイルスの影響はさほどではなく、海外から日本に観光に来たと思われる大勢の中国の人や諸外国の人が中央通りを闊歩していました。個展は、その影響が多少感じられる中での開催でしたが、お陰様で多くの知人、友人、絵画関係、古書業界の方々がご来場くださり、大盛況のうちに終了致しました。誌上をお借りして厚く御礼を申し上げます。

 来場者の中では、特に古書業界の方々が多く見えてくださり、私が古書組合を退職してから十年余経ちますが、その間お会いする機会が無かった方もいらして、とても懐かしく、また、元気なお姿を拝見して本当に嬉しく思い、個展を開催して本当に良かったと心底思いました。また、古書組合の百年史編纂委員会様からは会期に合わせ立派な生花を頂戴し、会場に華を添えていただきました。そのうえ、メルマガ誌上に執筆させていただく機会まで設けてくださり、古書組合のご厚意には感謝に堪えません。

 では実際に個展自体はどうだったのかということですが、銀座というのはやはり特別な場所だということでした。美術評論家の瀧悌三氏や清水康友氏、「美術の窓」の磯部靖氏もご来場くださり、特に瀧先生は「美じょん新報」に私の絵の批評を掲載してくれました。また、清水先生とは古書即売展の話で盛り上がり、画廊の社長さんからは幾人かの画家を紹介していただき、その方から恩師の近況も知ることができました。ある高名な画家からは私の絵の批評も直接いただきました。このように、画壇という存在があるのかどうか、私にはよく分かりませんが、美術の世界も銀座という場所を中心に動いているという実感が致しました。

 画家という職業は、社会的には芸術家として一目置かれたりしますが、とても生活ができる職業ではありません。実際に年収500万円を得るためには、月間コンスタントに40万円売らねばなりませんが、そのためには材料費、取材費、額縁代、画廊の手数料、運送費等々の必要経費も必要ですので、自分の手間賃はほとんど度外視しても月に100万円位売り上げないと並の生活ができないということになります。売れるような完成度の高い絵を仕上げるためには何か月もかかりますので、この日本の不況下で専業画家として生計を立てている方は、ほんの十数人に過ぎないと思います。
西洋でも昔から画家は、言葉は悪いですがパトロンを必要としていて、宮廷や教会、ブルジョアジーに寄生して生きてきたのが事実ですし、もしくは画家自身がお金持ちの子息である場合が多いのです。したがって、絵描きは髪結いの亭主が理想と自虐的に言われるゆえんです。そのうえ、わが国では日本画という独特の分野があります。この国名を付けた絵画世界はおそらく日本のみだと思いますが、日本では油絵よりも日本画の人気が高く、専業画家も多いのが実状です。

 話は変わりますが、せっかくメルマガの執筆を許されたので、古書組合という組織について、少しお話したいと思います。
 東京古書組合は正式には、東京都古書籍商業協同組合という名称で、協同組合法という法律の下、東京都知事から認可され、法人格をもった事業協同組合です。全国には53の古書組合という組織がありますが、事業協同組合として知事から認可を受けているのは、東京、大阪、京都、名古屋、神奈川、兵庫の6都府県です。その他の組合は、任意組合という組織になります。また、事業協同組合という法人組織になりますと、毎年、総会ごとに知事あてに組合の事業報告書、決算書、事業計画、予算案、役員変更届等の書類提出が義務付けられ、変更があればその都度、法務局に定款や役員の登記が必要になります。そのため組合に専属の職員がいない場合は、役員にかなりの事務負担がかかることになり、小規模な組合においては、そのような事務負担に耐えられないので、事業協同組合という法人組織にはしないわけです。しかし、全国の古書組合のネットワークの中では、各都道府県の組合は平等です。

 全国の古書組合は、全国古書籍商組合連合会という組織でまとまっています。この全国組織は任意の団体ですが、長い歴史があり、会員は各府県の組合単位です。個人の組合員が加盟する会ではなく、組織としての組合が加盟しますが、現在、本部は東京組合が担当しており、理事長は東京組合の理事長が就任しています。……続きは次回に、では。

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新型コロナウイルス感染症拡大に伴い 「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」 無償公開を始めました

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」
無償公開を始めました

株式会社皓星社 代表取締役 晴山生菜

 「日本の古本屋メールマガジン」読者の皆様、はじめまして。株式会社皓星社の晴山生菜です。当社は、神田神保町の出版社です。
最近の出版物には、カラサキ・アユミ『古本乙女の日々是口実』、南陀楼綾繁『蒐める人』、稲岡勝『明治出版史上の金港堂』などがあり、いずれも、「日本の古本屋メールマガジン」の「自著を語る」で取り上げていただきました。 当社はこうした出版事業と同時に、「雑誌記事索引データベース ざっさくプラス」を運営しています。明治初期から現在までに刊行された雑誌の目次を、「論題」「人物」「雑誌名」「年代」「巻号」をキーワードに、時代の切れ目なく検索できるデータベースです。
たとえば、調査・収集対象にしている人物が、「いつ」「どんな記事を」「何の雑誌に」書いたのかを、明治初期から現在までの150年近い時間の中から一度に検索できるのです。未知の文献を、思わぬ雑誌から発見できることもあります。4月1日より期間限定で、このざっさくプラスを無償公開しています。
通常は契約図書館様を通じて利用するもので、個人販売はしていません。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、今や多くの図書館が休館しています。そこで、このような状況下においては、契約図書館の利用者に限らず、雑誌を読むことが好きな方、雑誌を使った研究をしている方、そして雑誌を蒐集している方など、あらゆる目的で「雑誌」を求めている方々を支援したいと考え、無償公開をはじめました。
ざっさくプラスと連携する「20世紀メディア情報データベース」(GHQによる検閲資料のデータベース)も、運営のNPOインテリジェンス研究所・山本武利代表のご厚意を賜り連携機能を開放しています。
さらに、今月より「日本の古本屋」サイトとも連携を開始し、ますます便利になりました。

今回の無償公開は、あくまで期間限定の例外的措置ですが、外出を控えながらも、自宅で雑誌探しを楽しむツールとして、ご自宅のパソコン、スマートフォン等でご活用ください。
詳細、使い方などは、以下の通りです。

《対象サービス》雑誌記事索引データベース ざっさくプラス 全機能
※「20世紀メディア情報データベース」(NPO法人インテリジェンス研究所)の連携機能を含みます。
《対象となる方》個人、法人、国内外を問いません。対象の定めなく、どなたでもお使い頂けます。
《無償公開期間》2020年4月1日〜5月31日 ※状況により早期終了や延長の可能性がございます。
《申込手続》不要です。どなた様もご自由にお使いいただけます。
《ざっさくプラスにつきまして》
ざっさくプラス https://zassaku-plus.com
商品カタログ http://kw.maruzen.co.jp/ln/ec/ec_doc/kousei_zassaku_catalog.pdf


《たとえばこんな使い方!〜「日本の古本屋」と組み合わせて雑誌を入手する方法〜》
①「斎藤昌三」と入力し、検索。簡易検索の場合、「斎藤昌三」自身が書いたもの/について書かれたもの、の両方を同時に検索します。
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②検索結果一覧が表示されます。グラフが表示され、斎藤昌三の執筆量が多かった年、注目された年などを、直感的に把握できます(あくまで参考。厳密な統計にはならないので注意が必要です)。
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続いて、記事の一覧が表示されます。独自に構築した辞書により別名の「少雨荘」もヒットします。読みたい記事の、タイトルをクリックします。ここでは、「「文藝市場」3巻7号(1927年7月)に掲載された「明治文藝雑談(一)硯友社そその一派の雑誌」を探します。
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③詳細画面が表示されます。
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図書館の所蔵を調べたい場合は「書誌所蔵情報」欄の「CiNii Booksで検索」をクリックして、CiNii Booksの検索結果から、図書館の所蔵情報をお調べください。
雑誌現物を入手したい場合は、「購入」欄の「日本の古本屋で買う」をクリックしてください。「日本の古本屋」の検索結果へ移動します。
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④日本の古本屋サイトでは、在庫が見つかりませんでした。ざっさくプラスと日本の古本屋サイトでは、それぞれデータの持ち方が異なるため、1クリックで目指す記事に到達できる可能性は高くありません。ページ移動後に、次のような検索条件の変更と検索を行ってみてください。
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・「書名」の下のチェックボックスを「完全」から「含む」に変更
・「刊行年」を空欄にする。(揃いの出品が見つかる場合があります)
・検索結果が出すぎる場合は、出版社や在庫有無で絞り込む



⑤今回は、「書名」の下のチェックボックスを「完全」から「含む」に変更して、検索するとすぐに見つかりました。
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このあとは、ページの指示に従って購入が可能です。

気の滅入るニュースが続くこのごろですが、ざっさくプラスを使って、少しでも古本ライフを楽しんでいただけたら幸いです。

《お問合わせ》
株式会社 皓星社
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-10
TEL 03-6272-9330 FAX 03-6272-9921
担当:池田拓矢(zassaku-plus(a)libro-koseisha.co.jp ) (a)は@マークです

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2020年3月25日 第295号

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     。.☆.:* その295・3月25日号 *:.☆. 。
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を希望された方にお送りしています。
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━━━━━━━━━━━━【お知らせ】━━━━━━━━━━━━

刻々と変わる古書店の新入荷情報は、日本の古本屋トップページに
ある「新着書籍」にて常に更新! ぜひご覧ください。

☆INDEX☆
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1.『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり
2.『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織
3.古本愛によって生み出されし咄嗟の判断 カラサキ・アユミ

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━━━━━━━━━━━【自著を語る(236)】━━━━━━━━━

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』
                       黒川みどり

 魯迅の研究や翻訳で知られる中国文学者で、戦後の評論活動でも
知られる竹内好は、その知名度とは裏腹に、その思想や活動の全体
像をとらえた本格的評伝や研究がありませんでした。数多ある竹内
論はアジア主義者として描くものが際立って多く、それらの少なか
らずは、自己の関心に照らして竹内の一部分のみを論じたものであ
り、そのことがしばしば、右翼だか左翼だかわからないナショナリ
ストといった竹内への評価を生み、竹内の本質をとらえ損なってき
たのではないかというのが我々の観測です。

続きはこちら
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『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

━━━━━━━━━━━【自著を語る(237)】━━━━━━━━━━

論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

                        速水 香織

 大学三年時、はじめて井原西鶴の浮世草子を真剣に読んだ。正直
に白状するが、面白さどころか内容からほとんど理解できず、専ら
『対訳西鶴全集』の口語訳を頼りに必死に読解に取り組んだ。そし
て命からがら読み終えたとき、唐突に出てくる謎の人名は何なのか
と不思議に思ったものだ。それが刊記(現在の奥付)に刻まれる板
元名であると知ったのは、しばらく後のことだった。

続きはこちら
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『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織 著
文学通信刊 価格 8,800円+税 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-24-1.html

━━━━━━━━━━━【古本乙女の独り言⑧】━━━━━━━━━

古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

                      カラサキ・アユミ

 その古本屋店主は「え・・・入るの・・・?」と言わんばかりの
表情で私を見つめた。
 ある日、いつも開店している気配の無い草臥れた雰囲気の古本屋
の扉に『営業中』の張り紙を見つけた私は嬉々として初めてドアを
押した。

続きはこちら
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古本乙女の独り言⑦ はこちら
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━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『古書と生きた人生曼陀羅図』 青木正美 著
日本古書通信社刊 価格 2,600円+税 好評発売中!
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』 木場貴俊 著
文学通信刊 定価:本体2,800円(税別) 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-22-7.html

『甲賀忍者の真実 末裔が明かすその姿とは』 渡辺 俊経 著
サンライズ出版刊 2400円+税 好評発売中
http://www.sunrise-pub.co.jp/isbn978-4-88325-675-4/

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━
3月~4月の即売展情報
https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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 次回は2020年4月中旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の全国の古書店に ☆*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

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日本の古本屋メールマガジンその295 2020.3.25

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
編集長:藤原栄志郎

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takeuchi

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

黒川みどり

 魯迅の研究や翻訳で知られる中国文学者で、戦後の評論活動でも知られる竹内好は、その知名度とは裏腹に、その思想や活動の全体像をとらえた本格的評伝や研究がありませんでした。数多ある竹内論はアジア主義者として描くものが際立って多く、それらの少なからずは、自己の関心に照らして竹内の一部分のみを論じたものであり、そのことがしばしば、右翼だか左翼だかわからないナショナリストといった竹内への評価を生み、竹内の本質をとらえ損なってきたのではないかというのが我々の観測です。

 自らが「絶対的他者」であるという自覚を失うことなく、〝日本人〟として中国をこよなく愛し続けた竹内は、中国で日本の敗戦を迎えました。しかし竹内は、中国に対する侵略戦争が真には終結していないという認識に立ちながら、戦後の日本社会の変革に向き合う道をあゆみました。

 中国との戦争を「弱い者いじめ」ととらえた竹内は、同じ構図を日本国内の問題―沖縄と被差別部落に見いだし、それらの問題にも真摯にとり組んでゆきました。それは、付け足り的にマイノリティに言及するような態度とは異なり、中国との向き合いにはじまる日本社会の変革のための格闘の一連のものとしてありました。古い共同体を温存し同調を強いる日本社会の「弱い者いじめ」と闘うために、「我は我だという主体の論理」を提唱した竹内は、永久革命としての闘いを続けてきたのです。竹内が提唱した「国民文学論」や「明治維新百年祭」も、そのために底辺のナショナリズムを救い上げようとしたものでした。

 従来の竹内像は、彼のそうしたあり方が十分に理解されることなく、竹内の思想を、中国に範をとった西洋型「近代主義」の対極にあるものと見なすことが多かったと思います。しかし、世に問われた竹内の「アジア主義」や「方法としてのアジア」も、実は、西洋が生み出した普遍的な近代を否定するのではなく、それを東洋の側から問い続け、よりよき〝近代〟を実現するための永久革命なのでした。それゆえ、同時代を生きた知識人の丸山眞男が、ハオ好さんは親友だとし、またコスモポリタンである彼とは思想が「地下水で通じている」と述べたように、一見対極にあるかのような両者の一致点は多く、この丸山との交流も、竹内が思想を紡ぎ出していくなかで重要な役割を占めていました。

 本書は、このように壮大な広がりをもつ竹内の思想の全体像を描きだすべく、日本近代史研究者と中国史研究者が共同してそれに挑んだものです。我々はまず竹内の全集を読み込む一方で、その生い立ち・思想形成から筆を起こして、できるかぎり丁寧に竹内の全生涯を描くことに努めました。なかでもこれまで詳しく論じられてこなかった中国での留学や戦場の体験に紙幅を割いて明らかにしたことは、本書の特徴の一つです。また、部落問題研究では忘れ去られてきた感すらある竹内が、部落解放運動に積極的に関わり、身銭を切って集会にも参加してきたことや、中国だけではなく朝鮮をも見つめ「朝鮮語のすすめ」も書いていたことなどを提示しました。

 ひとまず今、我々の最大限の力を出し切って竹内を書き切ったという満足感はあります。書き終わってあらためて、竹内は、日本と近隣アジア諸国との向き合い方のみならず、日本社会の内側への向き合い方が問われている今こそ、広く読まれてしかるべき思想家だとの思いを強くしました。本書がその入り口になることを、願ってやみません。

takeuchi

『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

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☆古本乙女の独りごと⑧ 古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

☆古本乙女の独りごと⑧ 古本愛によって生み出されし咄嗟の判断

カラサキ・アユミ

 その古本屋店主は「え・・・入るの・・・?」と言わんばかりの表情で私を見つめた。
 ある日、いつも開店している気配の無い草臥れた雰囲気の古本屋の扉に『営業中』の張り紙を見つけた私は嬉々として初めてドアを押した。入店するなり出迎えたのはあからさまに困惑したような店主の顔だった。一瞬怯んだ私だったが、目の前には狭い店内の至る所に古本が積み上げ並べられた魅惑的な風景、すぐに店主の存在を忘れて漁書に没頭した。

 やがて五百円の値段が付いた一冊を店主の座る帳場に持っていった。すると怯える表情の店主。私はなおも「?」。恐る恐る本の見返し部分を開き値段を確認する店主。(その手は年齢のせいなのかフルフルと小刻みに震えていた。)私はこの不穏な空気を一喝したい気分もあって勢いよく千円札を手に「ハイ、これでお願いします。」と店主に差し出した。しかしその札はなぜか受け取られず、自分のポケットから年季の入った革製の小銭入れを取り出した店主は震える指で小銭を漁り始めた。ジャラ・・・ジャラジャラ・・・。店内に小銭が重なり合う音が響き渡る。そして突如チャリチャリチャリーン‼︎と軽快な音を鳴らしながら小銭入れが落下した。「あぁぁぁ・・・」と悲痛な声をあげる店主。私もその様子を見て慌てて散らばった小銭を拾いあげ店主の手に乗せた。広げられた手の平に乗るのは百円玉三枚に十円玉五円玉一円玉が少々・・・。

 どうやら察するにお釣りの準備が無いらしい。これまでの店主の一連の珍妙な動作の謎が解けて少し霧が晴れたような心持ちになった・・・が、あいにくこの日に限って私も小銭を持ち合わせておらず札しか財布に準備がなかった。近くには両替出来る銀行はおろか自販機すらない。尚も続く沈黙の空気。店主は手に乗せた小銭達を一心に見つめたまま微動だにしない。何かを諦めたかのような空虚なその眼差しは、もはや手の平を通り越し更に床をも遥かに通り越しているようだった。

 このままでは事態は変わらない・・・。そう悟った私は五百円の値が付いた本を無理やりもう一冊見つけ、「これも買うんで・・・ハイ、これで丁度ですよね・・・。」と店主に再度千円札を差し出した。小銭を握り締めたまま、その千円札を素直に受け取った店主の眼は微かに輝きを取り戻していた。

 退店後、「古本漁りに必須の小銭を持ってないとは私もまだまだ古本屋素人だな・・・フッ・・・」と切ない表情で何度も己に言い聞かせたのであった。

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『全古書連ニュース』より転載

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東京古書組合発行 『古書月報』より転載

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『古本乙女の日々是口実』皓星社
価格1,000円+税
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/furuhonotome/

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論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

論文には書けないこと――『近世前期江戸出版文化史』の裏側で

速水 香織

 大学三年時、はじめて井原西鶴の浮世草子を真剣に読んだ。正直に白状するが、面白さどころか内容からほとんど理解できず、専ら『対訳西鶴全集』の口語訳を頼りに必死に読解に取り組んだ。そして命からがら読み終えたとき、唐突に出てくる謎の人名は何なのかと不思議に思ったものだ。それが刊記(現在の奥付)に刻まれる板元名であると知ったのは、しばらく後のことだった。

 西鶴浮世草子の主要な板元は、おおまかに言えば、前半の貞享年間(1684-88)では大坂の岡田三郎右衛門・森田庄太郎で、後半の元禄年間(1688-704)になるとその二軒は撤退し、やはり大坂の雁金屋庄兵衛らが登場する。しかし江戸においては、それはほとんど一貫して万屋(よろずや)清兵衛から売り出されている。この本屋は一体何者なのか。その素朴な疑問が、本書の出発点である。

 万屋清兵衛は、江戸の地で八〇年以上、少なくとも三代にわたって出版活動を行い、京・江戸・大坂の三都を中心に、実に多くの同業者と交流していた。ということは、この本屋の活動実態を明らかにするためには、他の多くの本屋にも調査を及ぼし、地域や時代のあり方に考えをめぐらす必要があるということだ。芋づる式というより、蜘蛛の巣状に広がってゆく調査対象に慄きながらも、今は物言えぬ本屋たちの姿を、当時の社会状況を背景に、見誤らないよう描き出そうと努めてきた(ただし本屋たちは、全く想定外の刊記情報を残してくれるなど、思いもよらない主張を突如繰り出してくることがある。しかもそういう事例に限って、あとから見つかったりするのだ…)。

 本書のもととなった論文を執筆するための情報収集にあたっては、「あとがき」に書いたとおり、国文学研究資料館にとてもお世話になった(現在もお世話になっております)。今は東京の立川市にある資料館は、私の大学院生時代は品川の戸越にあった。当時の私には、お金はないが体力はあったので、上京する時はいつも夜行バスを利用していた。遮光カーテンをほんの少し開けて外を覗き、深夜の東名高速を疾走する黒猫や飛脚を眺めては「ああ、日本の速くて正確な物流の一翼は、こうして支えられているのだなあ」と感動を覚えたものだ。本書の校正原稿を、この物流サービスが何度も運んでくれたのだと思うと、あらためて感謝の念が沸き起こってくる。

 夜行バスは、未明に東京駅に到着するので、朝の数時間を持て余す。そこで一度、東京駅から皇居へ出て、そこから万屋が長く本拠地としていた日本橋南詰まで歩いてみたことがある。それほど時間はかからず現地にたどり着いたとき、ふと、万屋にとって、江戸城からほど近い一等地に店を構え、本屋仲間の筆頭行事(組合の責任者的存在)として活動するのは本当に誇らしかっただろう、そして活動途中で通本町三丁目に店舗を移転することになったのは、間違いなく望まざる無念な出来事であったのだろうと感じられた。

 万屋の営業地と所付(ところづけ。名前に冠している住所)の問題、また店舗を移転した事情については、調査が及んだ限りのことを本書にまとめた。万屋の歴代当主が、その時何を思っていたかなどという私の妄想はそこには書いていないが、しかし、木版本の背後にそれを生み出した、血の通った人々の存在があるのだということは、いつも念頭に置いている。時代、文化とは、個々の人間の情熱や思念に支えられた営みの集積の上に形成されていくのだろうと思うのだ。

 本屋たちが生み出し、先人が遺してくれた木版本の中から、調査対象とした板元の名を刻むものを、落穂を拾うような心持で見つけては年表化してきた。ようやく一冊にはまとめられたものの、まだ数えきれないほどの課題が残っている。多くの人に支えていただきながら、これからも、私のチリツモ調査は続いてゆくだろう。

edo

『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織 著
文学通信刊 価格 8,800円+税 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-24-1.html

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2020年3月10日 第294号

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 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第86号
      。.☆.:* 通巻294・3月10日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

初旬に(10日前後)全国で開催されている古本展示即売会など、
イベント情報をお送りします。お近くで開催される際は、ぜひ
お出掛け下さい。

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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

北陸古本案内 その3
                          オヨヨ書林 山崎 有邦

 前々回の石川県、前回の富山県に続き、今回は福井の古本屋を紹
介させていただきます。

福井駅前の好文堂。街の本屋としては広めの店内に、文庫・漫画・
文芸書・趣味本・郷土史・全集・美術書・アダルトとないジャンル
はないくらいまんべんなく網羅された品揃えです。古い雑誌や戦前
の本もしっかりと置かれています。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5619

オヨヨ書林
https://oyoyoshorin.jp/

━━━━━━━━━【シリーズ 古本マニア採集帖】━━━━━━

第14回 倉敷から遠いでさん ぼやきながら集めるひと

                               南陀楼綾繁

 昨年の3月、岡山大学のキャンパス内のスペースで「小さな春の
本めぐり」というイベントが開催された。「瀬戸内ブッククルーズ」
というグループの主催で、中四国の個性的な本屋が出店した(この
イベントは今年も開催予定だったが、新型コロナウィルスの影響で
中止となったのは残念だった)。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5617

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ
・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人を
つなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市
の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社刊 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

━━━━━【3月10日~4月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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第10回 戸田書店 古本・古書フェア(群馬県)

期間:2020/01/27~2020/03/15
場所:戸田書店 高崎店 高崎市下小鳥町438-1

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イービーンズ古本まつり(レコード・CD市 併催/宮城県)

期間:2020/01/30~2020/03/14
場所:宮城県仙台市青葉区中央4-1-1 9階 杜のイベントホール

http://www.e-bf.jp/e_beans/news/index.html

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フジサワ古書フェア(神奈川県)

期間:2020/02/27~2020/03/11
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場
   神奈川県藤沢市南藤沢2-1-1フジサワ名店ビル

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第14回 カジル横川古本市(広島県)

期間:2020/03/01~2020/03/15
場所:JR横川駅前フレスタモール カジル横川 1階通路 
   広島市西区横川町3-2-36 JR横川駅隣接

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第93回 彩の国 所沢古本まつり(埼玉県)

期間:2020/03/04~2020/03/10
場所:くすのきホール 
   (西武線所沢駅東口前 西武第二ビル8階 総合大会場)
https://tokorozawahuruhon.com/

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第22回フジサワ湘南古書まつり(神奈川県)

期間:2020/03/12~2020/03/15
場所:有隣堂藤沢店イベントホール (フジサワ名店ビル6階)
   神奈川県藤沢市南藤沢2-1-1 フジサワ名店ビル

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BOOK & A(ブック&エー)

期間:2020/03/12~2020/03/15
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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紙魚之會

期間:2020/03/13~2020/03/14
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22 

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第178回神戸古書即売会(兵庫県)

期間:2020/03/13~2020/03/15
場所:兵庫古書会館 神戸市中央区北長狭通6-4-5

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たにまち月一古書即売会(大阪府)

期間:2020/03/20~2020/03/22
場所:大阪古書会館 大阪府大阪市中央区粉川町4-1
http://www.osaka-kosho.net/

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趣味の古書展

期間:2020/03/20~2020/03/21
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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国際稀覯本フェア-日本の古書 世界の古書-

期間:2020/03/20~2020/03/22
場所:東京交通会館 展示会場12F カトレアサロン A・B  
   千代田区有楽町2-10-1  
http://abaj.gr.jp/

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浦和宿古本いち

期間:2020/03/26~2020/03/29
場所:JR浦和駅西口下車 さくら草通り徒歩5分 マツモトキヨシ前
https://twitter.com/urawajuku

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和洋会古書展

期間:2020/03/27~2020/03/28
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22 

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五反田遊古会

期間:2020/03/27~2020/03/28
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4

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中央線古書展

期間:2020/03/28~2020/03/29
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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第7回 小倉駅ナカ本の市(福岡県)

期間:2020/03/28~2020/04/05
場所:小倉駅ビル内・JAM広場 (JR小倉駅 3階 改札前)

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第39回 古本浪漫洲 Part1~Part5

期間:2020/04/01~2020/04/17
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場) 新宿区歌舞伎町1-2-2

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青札古本市

期間:2020/04/02~2020/04/05
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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下町書友会

期間:2020/04/03~2020/04/04
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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第12回横浜めっけもん古書展(神奈川県)

期間:2020/04/04~2020/04/05
場所:神奈川古書会館1階特設会場

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第15回 上野広小路古本まつり

期間:2020/04/06~2020/04/12
場所:永谷お江戸上野広小路 ギャラリー+スペース36  
台東区上野1-20-10 お江戸上野広小路亭1階

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立川フロム古書市

期間:2020/04/10~2020/04/24
場所:フロム中武(ビッグカメラ隣) 3階バッシュルーム(北階段際)
   立川駅北口徒歩5分

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書窓展(マド展)

期間:2020/04/10~2020/04/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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大均一祭

期間:2020/04/11~2020/04/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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日本の古本屋メールマガジンその294 2020.3.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
 編集長:藤原栄志郎

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第14回 倉敷から遠いでさん ぼやきながら集めるひと

第14回 倉敷から遠いでさん ぼやきながら集めるひと

南陀楼綾繁

 昨年の3月、岡山大学のキャンパス内のスペースで「小さな春の本めぐり」というイベントが開催された。「瀬戸内ブッククルーズ」というグループの主催で、中四国の個性的な本屋が出店した(このイベントは今年も開催予定だったが、新型コロナウィルスの影響で中止となったのは残念だった)。私は一箱古本市に箱を出し、トークもしたのだが、このとき温厚そうな男性に声を掛けられた。それが「倉敷から遠いで」さんだった。その半年後、倉敷でお会いして話を聞いた。

「ホントは〈蟲文庫〉で会いたかったんですけど、休みで……」。「倉敷から遠いで」さん(以下、遠いでさん)は、駅前のカフェで会うなり、残念そうに云った。蟲文庫には頻繫に通っているそうで、その空間に居るのがいちばん落ち着くようだ。
 遠いでさんは、1960年に倉敷で生まれ、育つ。実家は神社で、祖父の代まで11代続く神主だった。昔は寺子屋も兼ねており、家には和本や習字の道具があったという。父は神社を継がず、会社員となった。遠いでさんは3人兄弟の真ん中で、上は兄、下は妹だった。
 家には『少年少女世界の名作全集』があり、小学生の頃に全部読んだという。『少年サンデー』『少年ジャンプ』などのマンガ雑誌を買ってもらい、テレビのアニメや特撮にも熱中した。
「母に連れられて、玉島の商店街の本屋によく行きました。保育園のときに『絵本を買ってほしい』と頼んだ記憶がぼっけえ(すごく)残っていますね」

 1973年小学6年の冬、岡山市民会館で兄と一緒に吉田拓郎のコンサートを観て衝撃を受ける。本屋で拓郎の『気ままな絵日記』(立風書房)を買い、熟読した。
「この本の最後に『ここからあなたの絵日記です』と書き込めるスペースがあるのですが、のちに岡山の古本屋で買った本には、当時の持ち主がその岡山でのコンサートのことを書いてあって驚きました」

 中学校に入ると、吉田拓郎らがDJの深夜放送を聴き、レコード屋と映画館に通った。高校ではパンクロックとレゲエにハマり、本屋で『ロッキング・オン』などの音楽雑誌や音楽に関する本を買った。遠い出さんが通ったという、78年に岡山市に開店した中古レコード屋〈LPコーナー〉は、私も大学生の頃に帰省のたびに寄った店で懐かしい。
 この頃好きだった作家は、星新一、筒井康隆、北杜夫、遠藤周作などで当時の定番と云えるだろう。この時期は古本屋に入ったことはないそうだ。
 高校を卒業し、岡山市内の会社に就職すると、自分で使える金ができたことから、レコード集めに熱中した。この時期には村上春樹、村上龍、橋本治、金井美恵子などを読む。しかし、1980年代後半になると仕事が忙しくなり、好きなバンドが解散したことなどで、音楽や本から離れていった。

 35歳で結婚し子どもが生まれると、空いた時間に本を読もうという気持ちになった。「いままでと同じような本だと飽きるじゃろうから」と、吉本隆明を読んでみることにした。「生きかたへの答えが欲しかったんですかね」。倉敷や岡山市の古本屋をめぐって、吉本の著作の7、8割を集めた。
「当時は何店かあった〈万歩書店〉にもよく行きました。荷物を持たずに古本屋にいると、なぜか店員に間違えられることが多かったです。客に訊かれた本を一緒に探してあげたこともあります(笑)」
 倉敷の蟲文庫は、別の場所で開店したときには何となく入りにくく、現在の美観地区に移転してから行くようになった。最初は吉本の本しか目に入らなかったが、次第に通うようになる。

 そのうち、吉本隆明が評論で取り上げた詩人や、書肆ユリイカの本などの詩の出版社に興味が移った。また、書物同人誌『sumus』の存在を知り山本善行、岡崎武志、林哲夫らの本を読んだ。
「『sumus』で取り上げていた尾崎一雄、木山捷平、上林暁らの私小説や、洲之内徹、渡邊一夫らの随筆を集めるようになりました」
 私小説のどんなところに惹かれるのかと訊いてみると、「なんじゃろう、なにか惹きつけられるんですよね。木山や上林の文章には、死を感じます」と、遠いでさんは云う。梅崎春生の『幻化』や佐藤泰志の『海炭市叙景』のように、緊張感のある小説が好きだそうだ。 
 木山捷平は岡山の地元作家ということもあり、とくに好きだという。笠岡市にある生家も訪ねた。その場所を知っていると、読むときに情景が目に浮かぶからだ。ほかにも、内田百閒、正宗白鳥、永瀬清子、高祖保らの地元作家の本を集めている。
『sumus』同人でもある山本さんが、2009年に京都で古本屋〈善行堂〉を開店したときには、「下鴨納涼古本まつり」に合わせて訪れた。そのときに山本さんに、「来週にでもまたこの店に来たいけど、倉敷は遠いでー」と話したことから、その後、ネットで「倉敷から遠いで」と名乗るようになったという。

 古本ブログが主流だったころは、更新されるのを楽しみにしていたが、ツイッターが盛んになるとそちらを見るように。そこで知った古本イベントやトーク、ライブなどに足を運ぶ。「倉敷から遠いで」とぼやきつつも、関西にもしばしば遠征している。
「イベントには古本屋をめぐるのとは別の面白さがありますね。これがあるから、飽きずに20年近く古本ライフが続いているのかもしれません」
 古本屋や古本好きの知り合いも増え、本の話ができるようになったのも嬉しいという。
「ブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』の小山力也さんが、倉敷の古本屋で買った本を忘れたと書いたのを見て、その店まで探しに行って見つけ、送ってあげたこともあります」

「自宅の2階に本を置いていたら壁に割れ目ができてしまったので、定期的に本を処分している」「〈万歩書店〉でいい本が並んでいる棚だなと思ったら、自分が売った本が並んでいました(笑)」「買ったはずの本がどこにあるか判らなくなることはしょっちゅう」
 2人いる娘はどちらも本好きで、小学生のときは読書感想文のための本を「遠いで」さんがブックオフで探して揃えていた。
「いまもLINEで欲しい本を連絡してきます。ふだんは小遣い制で、本を買う金を捻出するのに苦労していますが、こういうときは妻に隠さず正々堂々と古本屋に行けるんです」と云うのが、なんだか笑える。

 遠いでさんの話は、古本好きなら共感することばかり。のんびりした岡山弁でぼやきながら古本の話を聞いていると、たちまち時間が過ぎていく。
「漠然といずれは古本屋をやりたいと思っていて、不動産屋の物件をつい見てしまいます」とおっしゃる。プロの古本屋になったとしたら、善行堂の山本さんがそうであるように、古本好きの気持ちをくすぐる店主になるのだと思う。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

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北陸古本案内 その3

北陸古本案内 その3

オヨヨ書林 山崎 有邦

 前々回の石川県、前回の富山県に続き、今回は福井の古本屋を紹介させていただきます。

福井駅前の好文堂。街の本屋としては広めの店内に、文庫・漫画・文芸書・趣味本・郷土史・全集・美術書・アダルトとないジャンルはないくらいまんべんなく網羅された品揃えです。古い雑誌や戦前の本もしっかりと置かれています。集めたというよりは集まって来るというべきかもしれませんが、あらゆる種類の本が密度高く積まれ、全部見るのに2~3時間はかかりそうなボリュームです。駅前ロータリーすぐ向かい。途中下車の価値ありです。

HOSHIDOは、福井駅近くのスナックやバーの入る雑居ビルの一室に、週一日(水曜日)オープンする小さな店です。前のお店のカンターをそのまま利用し、ボトルの並んでいたであろう棚に古本、新刊、CDなどが並んでいます。店主は編集や出版も手がけられています。

現在、福井で店舗営業をしているのはこの二軒くらいとのことで、少し寂しい現状となっています。
福井や石川に限らず、地方の個人商店はどこでも同じかもしれませんが、高齢化や人手不足、売り上げ不振などで廃業したり、店舗営業から日本の古本屋サイト等での通信販売に移行するお店もあります。

Mさんのお店は数年前に高齢のため閉店されました。いわゆる街の本屋で、歴史、小説、マンガ、文庫などど大まかに分類されていました。それを棚ごとに区切り(一番上の段から下の段まで一括)、入札封筒がつけられ、近県の業者を店に集めて、売立て市が行われました。本棚も一緒に持って行っていいよと言われ、当店も含め北陸の各地に貰われていきました。本人はいまでもお元気で、地元のスポーツ大会などで活躍されているそうです。

Iさんも高齢のため店舗を閉店されました。自宅を事務所にしてネット販売は続けられるとのことで、店を、棚や在庫と帳場にあったコタツごと、引き継ぎました(現在の富山の2号店になります)。こちらにお金がないのを知って分割にしていただいたり、ネットですぐにも売れそうな本を「うっかり忘れていったり」と大変お世話になりました。その後も年に一度、忘年会をさせていただいています(Iさんの奢りですが)。

Yさんも、高齢のため店を閉めて、通信販売に移行されました。近県の業者を集めての入札会が開催され、一階の店舗部分で一括、二階の倉庫部分で一括の、二口にわけての大入札会でした。しっかりとした郷土史料の多い一階、ウブ口の未整理品の多い二階ともに、かなりの落札価格となり、当店も入札しましたが下札にも届きませんでした。

Nさんは、老衰でお亡くなりになられました。建物ごと片付けて貸し出すとのご遺族の要請で、石川古書組合の有志で本を整理しました。戦前から続くお店で、かなり古いものも多い店でした。仕分けして、東京と地元の市場に出品しました。

Eさんが入院したと、ご家族の方から組合に連絡があり、倉庫の本を整理することになりました。郷土史を中心に、貴重なものが多く、有志で仕分けし、業者の交換会に出品しました。本も良いものが多かったのですが、書画骨董もかなりあり、そちらは古美術の業者が整理されたそうです。数ヶ月かけて倉庫の本を片付け終えた頃(ハイエース10台分)、自宅事務所の方もとお願いされました。Eさんは、しばらくしてお亡くなりになられたと聞きました。

Sさんは、通信販売専門の店でしたが、親の遺産が入り、数年前、念願のお店を開店されました。スーパーの前で立地はいいけれど、思うように売り上げが伸びず(ただ話しに来るひとは何人もいたそうですが)、しばらくして廃業することに決めたとのことで、片付けを手伝いました。何もなくなってガランとした物件の前を通ることがありますが、次の借り手は現れていないようで、Sさんの字の「金貨買います」の張り紙がそのまま日に焼けています。現在は悠々自適な生活のようで、先日も「大きい買取があって売り先を探している」という頼もしい電話がかかってきました。

Tさんのお店は、2007年3月に起こった能登半島地震の日から開いていません。
揺れが収まった後に恐る恐る店に向かうと、本棚が倒れ、床に本が散乱していたそうです。なんとか人ひとり通れる道を確保したのが限界で、店を続ける気力は残っていなかったとのことでした。隣の倉庫側から出入りし、催事やネット販売は続けているものの、店側のシャッターはずっと開けていないそうです。

本の広場は北陸の古書店が集まって営業していた古本即売所でした。
金沢駅の駅ビルの奥まった場所の、いつ行っても人のいないファーストフード店のさらに奥の迷路のような場所での営業でしたが、それでも一定数の古書ファンに、電車の時間の前後にお寄りいただいていました。北陸新幹線の開通に伴う駅ビル自体の全面リニューアルとともに閉店。地味に好評だっただけに残念です。次の場所を探していますが、手頃な物件がなかなか見つかりません。

店がなくなってしまう話は淋しいものですし、いずれ自分の店もそうなる日が来ると思うとやるせないですが、こんな風に、本自体は業者交換会等で再び次の業者へと循環していくと思うと、少しは安心して、また新しい本を仕入れられそうです。いつの日か片付けをしてくれるであろう古本屋に「こんな売れそうもない本ばっかり溜め込んで」と呆れられないように、ちゃんとした本を仕入れなければいけません。

オヨヨ書林
https://oyoyoshorin.jp/

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2020年2月25日 第293号

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☆INDEX☆
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1.虎屋文庫『ようかん』    虎屋文庫
2.『本を売る技術』について         矢部潤子
3.企画展「作家・大西巨人――「全力的な精進」の軌跡」のご案内
                山口直孝(二松学舎大学 教授)

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━━━━━━━━━━━【自著を語る番外編】━━━━━━━━━

虎屋文庫『ようかん』

                  虎屋文庫

 羊羹はお好きですか? ちょっと地味なお菓子だと思われていま
せんか?
 いえいえ、とんでもない。羊羹は実に多彩な顔を持った、また謎
に満ちた、魅力的な食べ物なのです。しかし、餅や饅頭や鯛焼きの
本はあるのに、羊羹の魅力を伝える一般書籍はありませんでした。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5554

『ようかん』 虎屋文庫 著 
新潮社 定価:2,420円(税込) 好評発売中!
https://www.shinchosha.co.jp/book/352951/

━━━━━━━━━━━【自著を語る(235)】━━━━━━━━━━

『本を売る技術』について

                      矢部潤子

 このたび、本の雑誌社から「本を売る技術」という本を出しました。
長い間書店の店頭で働いてきたなかで、試行錯誤しながら積み重ね
てきた、本屋の基本的な仕事のしかたや考えかた、さらに一冊を買
っていただくために、今するべきことの具体的ないろいろをまとめた
つもりです。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5537

『本を売る技術』 矢部潤子 著
本の雑誌社 定価:1760円(税込)好評発売中!
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114388.html

━━【企画展「作家・大西巨人――「全力的な精進」の軌跡」】━━

企画展「作家・大西巨人――「全力的な精進」の軌跡」のご案内

                山口直孝(二松学舎大学 教授)

「日本文学史上の最高傑作の一つ」(阿部和重)、「日本語で書か
れた小説」の「ベスト・ワン」(奥泉光)と称される『神聖喜劇』
で知られる大西巨人(1916年~2014年)の歩みを直筆原稿や関連資
料でたどる企画展「作家・大西巨人――「全力的な精進」の軌跡」
を東京古書会館、二松学舎大学の二つの会場で開催します。詳細は、
下記の案内をご覧ください。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5534

企画展 作家・大西巨人―「全力的な精進」の軌跡 開催

二松学舎大学会場
開催期間:2月4日(火)~3月14日(土) (日・祝 3月9日(月)休館) 
時間:10時~16時
場所:九段1号館地下3階 大学資料展示室
https://www.nishogakusha-u.ac.jp/library/index.html#tokusetsu01

東京古書会館会場
開催期間:2月21日(金)~3月14日(土) (日・祝 3月9日(月)休館) 
時間:10時~17時 最終日15時まで
場所:2階情報コーナー
https://www.kosho.ne.jp/?p=358

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

『近世前期江戸出版文化史』 速水 香織 著
文学通信刊 価格 8,800円+税 2月下旬 発売予定
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-24-1.html

古本乙女の独り言⑧
古本愛によって生み出されし咄嗟の判断
カラサキ・アユミ

古本乙女の独り言⑦ はこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5399

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

2月~3月の即売展情報

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジンその293 2020.2.25

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
編集長:藤原栄志郎
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