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第一回 古本屋稼業十年目の呟き

第一回 古本屋稼業十年目の呟き

山本善行

 仕入れてきた本を、何も考えず、そのまま店の棚に並べておくと、いつの間にか、そのほとんどが売れて無くなっている。するとすぐ、誰かが読み終わった本を、店に持って来てくれる。それを空いた棚に入れると、たちどころにまた売れてしまう。もしこれが本当であったなら、古本屋は最高の職業の一つだろう。実際は、少し大げさに言うと、百円の本を売るのにも、作戦を立て、知恵を絞り、本を大量に動かして、やっと売れるという有様である。皆さん、周りの古本屋を見てください、滅茶苦茶働いていますよ。私も定休日の火曜日に、業者の市場があるので、ほとんど休みなくこの十年、働いてきました。

 でも、そんな古本屋生活でも、楽しみはある。やせ我慢みたいな文章になるとは思うが、そのことを書いてみたい。私の場合、お客さんと話をしながら本を売るスタイルなので、本の内容を知っていた方がいいのだ。本を読むことが仕事につながるわけで、私にとって仕事が苦にならない。古本屋はあまり本を読まない方がいいという人もいるが、またそういう面も実際あると思うが、しかしこれは仕方のないことで、私は読むことを武器とするしかないのである。

 例えば、竹下彦一という作家の話をしよう。詩集や句集、エッセイ集など、著書は多いが、おそらく、その一冊を棚に差しておいても、なかなか売れないと思われる。でも竹下彦一という人物を明らかにしていけば、興味を持つお客さんがきっと現れると思う。

 私は最初、タバコの箱を綴じて本にしたのを見て、竹下彦一に興味を持った。ちょっと調べて見ると、この竹下彦一、なかなか面白い作家であった。日本大学工学部で柔道を教えていたこと(講道館八段)や、カルヴァドスの会会員でもあったことがわかる。

 こうなると調べることが面白く楽しくなってくる。そしてやはり一冊本が欲しくなります。こういうときには「日本の古本屋」が便利で、私が買ったのは「ロココ風な喫茶店」という詩集だった。

 二枚半の紙を折り、段ボールで挟んだ、という簡単なもので、装幀は池田勝之助、印刷は植田秀雄、昭和29年、カルヴァドスの会刊行、限定二百部の本であった。池田勝之助は小川未明の「生きぬく力」という童話の挿絵を書いた画家だったことも知る。

 さてこの『ロココ風な喫茶店』であるが、読んでみるとなかなか面白い。喫茶店と珈琲と詩集が好きな著者の姿がそのままストレートに語られている。あとがきでは、名古屋のカフェー「パウリスター」のことにも触れ、五銭で香高い珈琲を飲ませてくれたとか、詩を書くようになったのは珈琲のためだとか、書いている。「小さい幸福」という詩は、こんな短い詩なのだ。/わたしの膝の上には/新刊の詩集/わたしの卓には/一杯の熱い珈琲/

 心から好きなことを、次から次に並べて、分かりすぎるような詩は、現代詩からみると、物足りないようにも感じるが、新鮮でもあった。その後「喫茶店にて」という詩集も入手することになる。この詩集には、年譜がついていたので竹下彦一のことをさらに知ることになる。

 今は、カルヴァドスの会について調べているが、こうなると、竹下彦一の本もだんだんと光を放つようになってくる。ただ、もっと調べたくなってまだ売らなくてもいいか、などと思うので、結局、本はなかなか売れないということに変わりなく、ただ調べて遊んでいるとも言えるのである。

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『漱石全集を買った日』山本善行 清水裕也 著
夏葉社 刊 本体1300円+税 好評発売中!
http://natsuhasha.com/

山本善行
2009年、銀閣寺近くに「古書善行堂」を開店する。
著書に「古本泣き笑い日記」「関西赤貧古本道」「漱石全集を買った日」など。雑誌「APIED」と関西ジャズ情報誌「WAY OUT WEST」に連載中。

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2019年9月25日 第283号

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☆INDEX☆
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1.『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、
      お店のはじめ方・つづけ方』について 田中佳祐
2.文化記録映画「春画と日本人」について    大墻 敦
3.俳句雑誌『ホトトギス』について     稲畑廣太郎

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━━━━━━━━━━━【自著を語る(231)】━━━━━━━━━

『街灯りとしての本屋 
     11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』について

                        田中佳祐

何年か前に、韓国を旅行した。航空券を取り、美術館をめぐり、
ローカルフードを食べ、目的も無く数日を過ごした。
どこかの街を歩いていた時に、一件の書店を見つける。おそらく
チェーン店ではなく、個人書店だと思う。店内は薄暗く、ドアに
は張り紙があった。書かれている韓国語をスマートフォンで読み
取り翻訳すると、こういうことが書いてあった。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5175

『街灯りとしての本屋 
    11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』
田中佳祐 著  竹田信弥 構成
雷鳥社刊 本体1600+税 好評発売中!
http://www.raichosha.co.jp/bcitylight/index

━━━━━━━【文化記録映画「春画と日本人」】━━━━━

文化記録映画「春画と日本人」について

                       大墻 敦

 私が監督をつとめた文化記録映画「春画と日本人」(87分)は、
数年前に感じたいくつかのWhy? から製作が始まりました。イギリ
スで高い評価を受けた大英博物館春画展の巡回展の実現が滞ってい
る?、書店でなんら修正がほどこされていない春画の本を立ち読み
できるのに、なぜ展覧会での展示に関係者は逡巡するのだろうか?
そして警察も神経質になっていると耳にした。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5169

「世界が、先に驚いた。」 あの春画展から4年
驚きの内幕を描くドキュメンタリー

文化記録映画「春画と日本人」
監督・撮影・編集・製作著作:大墻敦(2018年/87分/カラー/16:9)
2019年9月28日(土) ポレポレ東中野にてロードショー 

2019年秋 大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、
名古屋・シネマスコーレ公開決定 順次全国公開

「春画と日本人」上映情報
https://www.shungamovie.com/showtimes

━━━━━━━━━━【編集長登場シリーズ】━━━━━━━━━

  ホトトギス

                   稲畑廣太郎

 中学か高校の教科書で「ホトトギス」という俳句雑誌が嘗て発行
されていた、ということを御存知の方は多いだろう。しかしその雑
誌が途切れることなく、現在令和の世になっても発行し続けられて
いる、ということを御存知の方は少ないのではないだろうか。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5182

俳句雑誌『ホトトギス』
合資会社 ホトトギス刊 定価:1,750円 好評発売中!
http://www.hototogisu.co.jp/

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『戦時下の映画──日本・東アジア・ドイツ』岩本憲児・アン ニ編
森話社刊 本体:4500円+税 好評発売中!
http://www.shinwasha.com/

『ネット文化資源の読み方・作り方 図書館・自治体・研究者必携ガイド』
岡田一祐 著 文学通信 刊 定価:本体2,400円(税別) 好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-14-2.html

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

9月~10月の即売展情報

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジンその283 2019.9.25

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
編集長:藤原栄志郎

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shunga

文化記録映画「春画と日本人」

文化記録映画「春画と日本人」

大墻 敦

 私が監督をつとめた文化記録映画「春画と日本人」(87分)は、数年前に感じたいくつかのWhy? から製作が始まりました。イギリスで高い評価を受けた大英博物館春画展の巡回展の実現が滞っている?、書店でなんら修正がほどこされていない春画の本を立ち読みできるのに、なぜ展覧会での展示に関係者は逡巡するのだろうか? そして警察も神経質になっていると耳にした。コンビニでも普通に春画に関するムック本が販売されている、もちろん無修正です。さらに、かつては学会でも春画を研究することは御法度だったと聞きました。20年ほど前までは「春画ありますか?」と尋ねる客に、古書店店主のなかには「うちではそんなものは扱わない!」と怒る方もいらっしゃったとか。Why? 日本人と日本の社会は、春画とどのように向き合ってきたのだろうかという謎を突き詰めて考えてみたいと思いました。

日本初の大規模な春画展が東京の小さな私立博物館「永青文庫」で開幕したのは2015年9月のことでした。国内外で秘蔵されてきた貴重な春画約120点を一堂に集めて展示する画期的な試みに、来場者の方々の顔はほころんでいるように感じました。それまで年間2万人の来館者だった永青文庫に、3ヶ月の会期中に21万人が押し寄せました。そして、女性来館者55%、5人に1人が図録を購入するという異例の記録を打ち立て、美術界の話題をさらったのです。

 私は浮世絵の愛好家であって専門家ではありません。しかし、研究者たちが評価する芸術性に優れた春画には、肉体を立体的に描写する線の力、人肌や着物などの鮮やかな色彩と光沢を表現する技術、そして江戸の浮世絵師たちの卓越した世界観や構図感覚があり、今も私たちを感動させる力をもっていると感じています。それは、展覧会で本物を見ることによって心に響いてきます。
葛飾北斎、喜多川歌麿、菱川師宣ら当代きっての浮世絵師のほとんどが絵筆をとり、当時最高水準の彫りと摺りの技術を用いた傑作がたくさん生まれたのですが、明治時代になると近代化を急ぐ政府は春画を徹底的に弾圧しました。そして、たいへん残念なことに、何万の春画、数千の版木が燃やされ、名品の数々が海外に流出しました。日本人の春画との向き合い方を、急激に変化させた近代化とは何だったのだろうか。これも、映画のテーマのひとつになりました。

太平洋戦争が日本の敗北に終わり、新憲法が誕生し、民主主義の世の中が訪れると、表現の自由が広く認められるようになりました。しかし、春画は猥褻物として扱われ、その真価が認められるようになるには長い時間がかかりました。映画製作の過程で、表現の自由の中でも「展覧会の自由」「売買の自由」「研究の自由」「出版の自由」の4つの自由について、私自身は深く考えさせられました。4つのうちひとつでも欠けている状態は、社会にとっても、研究を進める上でも不健康な状態だと思います。

研究者の方々に伺った話の中で印象的だったことがあります。江戸の絵師たちは、役者絵、美人画、風景画も春画も同時に製作していたし、同時に考えていたというのです。そうした日常的な連続性があったのに、現在は○○展などと絵師の名前を冠した展覧会でも、春画だけ切り離して隠すようにして、まるで春画と描かなかった絵師であるかのように、その絵師の人生を語るのが普通になっているというのです。素人の私ですら、そうした展覧会は、江戸の絵師たちの真の姿を描き出すことにならないのではないかと感じてしまいます。歴史を考えるときの常ですが、現在の常識に基づいて過去を考えると真実に近づくことができません。春画と日本人について考えることは、日本社会が明治政府のもと始めた近代化、太平洋戦争後の価値観の激変の中で、私たちが「展覧会の自由」「売買の自由」「研究の自由」「出版の自由」の4つの自由とどのように向き合ってきたのか、と写し鏡になっています。インタビューに応じてくださった研究者、関係者の言葉の中に、いくつも今の時代を象徴する言葉がありました。そのひとつが「見えない何かに脅えている社会がある」でした。私たちは何に脅えているのでしょうか?こうして映画のタイトルは、やや大仰で気恥ずかしいのですが「春画と日本人」になりました。

もともと研究・教育目的の自主上映会向けに製作した本作が、劇場公開されることとなり、とてもうれしく思います。映画製作にご協力いただいた方々、長時間のインタビューに答えてくださった研究者の方々、関係者に心より感謝しています。春画の価値をいち早く発見して、守り育てた人たち、過去にさかのぼり、そして永青文庫春画展の実現に力を尽くした人たちの姿を、十分かどうか定かではありませんが描けたのではないかと感じています。是非とも、劇場に足をお運びいただき、ご覧いただき、古書店を経営するみなさまのお立場からのご意見を承ることができれば幸いです。

大墻 敦(おおがき・あつし)
1963年生まれ。自主製作映画『録音芸術の現場 Duo Concertante: Rainer Küchlと福田進一』、ショートドキュメンタリー『日本画家・竹内浩一 芳春院の襖絵を描く』『青柳いづみこ+高橋悠治 4手連弾による「春の祭典」』などがあるほか、2018年より「ル・ポン国際音楽祭 赤穂・姫路」で記録映像の製作アドバイザーを務め、クラシック音楽、文楽、女流義太夫など、文化、芸術の分野で映像製作活動を積極的に展開。現在、築地市場に関するドキュメンタリー映画の製作が進行中。

shunga
文化記録映画「春画と日本人」

監督・撮影・編集・製作著作:大墻敦(2018年/87分/カラー/16:9)
9/28(土)〜 東京・ポレポレ東中野
10/19(土)〜 名古屋シネマスコーレ
10/26(土)〜 大阪・第七藝術劇場
10/26(土)〜 京都シネマ
11/2(土)〜 横浜シネマリン
11月中 長野・上田映劇
12/7(土)〜20(金)神戸アートビレッジセンター
19年中 苫小牧・シネマトーラス

ホームページ
http://shungamovie.com

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matinoakari

『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』について

『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』について

田中佳祐

 何年か前に、韓国を旅行した。航空券を取り、美術館をめぐり、ローカルフードを食べ、目的も無く数日を過ごした。
どこかの街を歩いていた時に、一件の書店を見つける。おそらくチェーン店ではなく、個人書店だと思う。店内は薄暗く、ドアには張り紙があった。書かれている韓国語をスマートフォンで読み取り翻訳すると、こういうことが書いてあった。

「出かけてきます。ご用の方は、少しだけ待っていてください」
 
僕は少しだけ待つことにした。
近所のカフェで少し割高なコーヒーを頼み、店内のロッキングチェアに座り読書をした。しばらくしてからお店に行っても、まだ閉店中。街を散歩することにして、パン屋や骨董品屋、よくわからない韓国料理の店をのぞいた。

 再び書店に行くと“open”の看板がかけられている。扉を開けて店内に入ると、眼鏡をかけた女性がレジに立っていた。胸の高さほどの低めの本棚に、韓国語の本や雑誌が並べられている。本棚の上には、小さな雑貨やかわいらしい文房具があった。
 読めそうなものはないか探してみると英語やドイツ語、ロシア語のタイトルの本がいくつか並んでいた。その棚には“classics”と書かれたプレートがかかっており、ドストエフスキーやカフカ、ゲーテなどがあったと思う。

 僕はPOPでオススメされている、シェイクスピアの『テンペスト』を買うことにした。タイトルは英語だが、中身は韓国語である。もう内容は忘れてしまったけれどPOPに素敵なことが書いてあって、それが欲しくてレジでお願いをした。僕の英語がマズかったのか、そうじゃない理由があったのか、上手く伝わらずに貰うことができなかった。店を後にして、その街の酒屋でマッコリを買いホテルに帰った。

 珍しい本を買ったわけではないし、店員さんとちゃんと会話したわけでもないのにその時に訪れた本屋と街の事は鮮明に覚えている。

『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』は、新しい試みに挑戦している11の本屋をインタビューして作った一冊だ。老舗の本屋が次々に閉店し、出版不況と言われる現代において、生成しつつある新しい本屋を作り上げている“人”を紹介している。
この本に載っている書店に、共通点はあまり無い。地域もバラバラで、新刊書店も古本屋も、ここ数年で始めた店も長い歴史をもつ店も取材している。

11書店について少々無理をして一言で説明するならば、忙しい今の世の中で「少しだけ待つ」ことのできる空間を作っている店と言えるかもしれない。誰かに見つけてもらうことを待っているような、誰かと出会うことを待っているような本屋だ。そこを訪れると特別なエンターテインメントはないけれど、人生を休憩するのにぴったりな温かい灯りがともっているような気がする。店の作りや本棚、そして店主の表情からその独特な温かさが滲み出ている。

 この灯りを絶やさないようにするために、それぞれの書店は様々な工夫をしている。多くの店主は自分の身の丈に合った、生活によりそった働き方をしながら、無理なく本屋を続ける方法を探していた。
 
『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』は、本屋を始めたい人や読書が好きな人のために書いた。そういった方だけでなく、自分の働き方や生き方に悩んでいる人にも読んでほしい。
本が売れない時代に苦労しながらも、自分のやりたい仕事を素直に選んだ書店主たちの言葉は、きっと人生の楽しみを見つけるヒントを与えてくれるはずだ。

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『街灯りとしての本屋 11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』
田中佳祐 著  竹田信弥 構成
雷鳥社刊 本体1600+税 好評発売中!
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hototogisu

ホトトギス

ホトトギス

稲畑廣太郎

 中学か高校の教科書で「ホトトギス」という俳句雑誌が嘗て発行されていた、ということを御存知の方は多いだろう。しかしその雑誌が途切れることなく、現在令和の世になっても発行し続けられている、ということを御存知の方は少ないのではないだろうか。

 明治三十年一月、愛媛県松山市で「ホトトギス」は、かの俳人正岡子規を中心として、子規の盟友柳原極堂によって創刊された。当時は俳句雑誌はおろか、月刊誌という形態で発行される書物は珍しく、どのようにしたらこのように伝わるのかが不思議でもあるが、あるお婆さんが発行所を訪れ「『ホトトギス』なる脚気の薬が出たということだそうだが、ひとつ私に売ってくれんかね」と言って来た、という笑うに笑えない話も現在に伝わっている。そんなこともあったが、取り敢えずは松山を中心に発行されていた俳句雑誌であったが、やはり現代のようなネットワークが当時あるわけもなく、ローカルの雑誌として、結局第一号から第二十号まで発刊したところで経営破綻の危機を迎えたのである。当然柳原極堂は子規に相談するのだが、子規は当時東京に居た高濱虚子にこの雑誌を任せる、という案を考えた。実は当時虚子はこの時タイミング良く何がしかの雑誌を発行したかったという希望を持っていたのである。

 こうして明治三十一年十月から「ホトトギス」は、高濱虚子を発行人として東京で発行されることになった。そして当時としては斬新な俳句雑誌として多くの読者を得たが、ある転機が訪れることとなる。そう、夏目漱石の登場である。勿論明治三十年代の漱石は未だ無名であるが、虚子に勧められて書いたある小説が大ヒットする。これがかの「吾輩は猫である」である。漱石はこの小説を最初「猫伝」として書き始めたが、虚子が「ホトトギス」に掲載するにあたってどうも題名が気に入らなく、結局最初の始まりの一文をそのまま題名としたこともこの小説の面白さの一つであろう。

 ここで又転機があり、「吾輩は猫である」によって一層売行きを伸ばした「ホトトギス」であるが、虚子は俳句よりも小説に興味を持つようになり、この雑誌を俳句雑誌から文芸雑誌へと変貌させてしまうのである。最初は文芸雑誌としての評価は高かったが、俳句を志す人の多くは虚子の許を離れて行ってしまい、漱石も売れっ子になり「ホトトギス」にあまり寄稿しなくなったりしてだんだん経営も悪化してきた。これは明治四十年頃から大正二年までであったが、大正二年になると、又虚子は一念発起して俳句雑誌として立て直す決意をした。その後は俳句雑誌として、昭和十三年四月に五百号、昭和五十五年四月には一千号、平成八年十二月は創刊百年を迎えた。そして現在最新号の令和元年十月号の時点で千四百七十四号である。

 これは俳句雑誌全体にも言えることであるが、「ホトトギス」でも、読者によって誌面が作られている、ということに尽きるだろう。本を購入された方なら何方でも巻末の投句用紙で自分の俳句作品を投句出来、そして選者が選をする。毎月どのような句を選者に投句して、その中から選者がどの句を選ぶか。その選者とのコミュニケーションによって、俳句作家として、読者一人一人が研鑽を積んで行く。俳句は五・七・五の十七音で季題を詠む詩、と言うと少し難しく思われる方がおられるかも知れないが、日本人なら、誰でも俳句作家という詩人として文學の世界に遊ぶことが出来るのである。

hototogisu

俳句雑誌『ホトトギス』
合資会社 ホトトギス刊 定価:1,750円 好評発売中!
http://www.hototogisu.co.jp/

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2019年9月10日 第282号

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 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第80号
      。.☆.:* 通巻282・9月10日号 *:.☆. 。
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メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

初旬に(10日前後)全国で開催されている古本展示即売会など、
イベント情報をお送りします。お近くで開催される際は、ぜひ
お出掛け下さい。

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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

連載(三) 古書目録第15号『越境特集』発行予告記

                     風船舎 赤見悟

 何とか連載の最終回を迎えることができ安堵している。今回は目
下作成中の古書目録第15号『越境特集』について書く。特集タイト
ルは今のところ『混ざりあう世界-移民・植民・留学・旅行・冒険
・戦争・外交 etc.』でいく予定だ。他の候補としては『越境する人
々』『他を知り、我を知る-越境するということ』『異郷をめぐりて』
『越境者群像』等がある。

続きはこちら
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赤見 悟(あかみ さとる)
1978年、埼玉県児玉郡上里町生まれ
2005年11月、杉並区阿佐ヶ谷にて「風船舎」実店舗開業
2007年夏、実店舗を閉め、通販専門に
2009年1月、古書目録第1号発行
2019年秋、古書目録第15号「越境特集」発行予定

━━━━━━━━━【シリーズ 古本マニア採集帖】━━━━━━

第9回 七面堂さん 奥付のない本を探すひと

                        南陀楼綾繁

 1997年から8年間、私は『季刊・本とコンピュータ』という雑誌
の編集室にいた。それまでネットと云えば、パソコン通信しかやっ
たことのない私にとって、インターネットは深い海のようなもので、
ヒマさえあれば検索エンジンやリンク集をたどってその海にダイブ
していた。いまスマホを操作していても得られないあの頃のワクワ
クした感覚を、ときどき懐かしく思い出す。古本好きの人が開設し
たサイトもずいぶん見て、ブックマークに入れたものだ。「閑話究
題 XX文学の館」もそのひとつだった。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5149

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ
・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人を
つなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市
の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社刊 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

━━━━━━【横田順彌追悼展 開催のお知らせ】━━━━━━━

 SF作家・横田順彌(1945-2019)。その業績は、ひとことでは
言い表せぬほど広範かつ深いものでした。
 抱腹絶倒の「ハチャハチャSF」。実在の人物や当時の風俗を描
き抜いた「明治SF」。独自の語り口で現物より面白いと言われた
「古典SF研究」。日本SFの祖とも言われる人物の生涯を明らか
にした「押川春浪研究」。

続きはこちら
http://www.kosho.ne.jp/?p=295

【横田順彌追悼展 横田順彌・ヨコジュンのびっくりハウス】

期間 2019年10月11日(金)~19日(土)※日曜・祝日休館
時間 10時~17時
会場 東京古書会館 2階情報コーナー
   千代田区神田小川町3-22 
料金 無料

━━━━━【9月10日~10月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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吉祥寺パルコの古本市

期間:2019/08/24~2019/09/16
場所:吉祥寺パルコ 地下1階 
武蔵野市吉祥寺本町1-5-1
URL:https://twitter.com/TOKYOBOOKPARK

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第91回 彩の国 所沢古本まつり(埼玉県)

期間:2019/09/04~2019/09/10
場所:くすのきホール
西武線所沢駅東口前 西武第二ビル8階 総合大会場
URL:https://tokorozawahuruhon.wixsite.com/tokorozawahuruhon

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フジサワ古書フェア(神奈川県)

期間:2019/09/05~2019/09/18
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場
   藤沢市南藤沢2-1-1 フジサワ名店ビル7F
URL:http://www.yurindo.co.jp/store/fujisawa/

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第37回古本浪漫洲 Part3

期間:2019/09/10~2019/09/12
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
新宿区歌舞伎町1-2-2
URL:http://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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第6回 小倉駅ナカ本の市(福岡県)

期間:2019/09/10~2019/09/16
場所:小倉駅ビル内・JAM広場 (JR小倉駅 3階 改札前)

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BOOK & A(ブック&エー)

期間:2019/09/12~2019/09/15
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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書窓展(マド展)

期間:2019/09/13~2019/09/14
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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吉祥寺パルコの古本市

期間:2019/08/24~2019/09/16
場所:吉祥寺パルコ 地下1階 
武蔵野市吉祥寺本町1-5-1

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第37回古本浪漫洲 Part4

期間:2019/09/13~2019/09/15
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
新宿区歌舞伎町1-2-2
URL:http://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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第48回 鬼子母神通りみちくさ市

期間:2019/09/15
場所:雑司が谷 鬼子母神通り
URL:https://kmstreet.exblog.jp/

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第4回 御茶ノ水ソラシティ古本市

期間:2019/09/15~2019/09/21
場所:御茶ノ水ソラシティプラザ
千代田区神田駿河台4-6(JR御茶ノ水駅 徒歩1分、
東京メトロ新御茶ノ水駅聖橋方面改札直通)
URL:https://twitter.com/koshoichi

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第37回古本浪漫洲 Part5(300円均一)

期間:2019/09/16~2019/09/18
場所:新宿サブナード2丁目広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
URL:http://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

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趣味の古書展

期間:2019/09/20~2019/09/21
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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新橋古本まつり

期間:2019/09/23~2019/09/28
場所:新橋駅前SL広場

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浦和宿古本いち(埼玉県)

期間:2019/09/26~2019/09/29
場所:JR浦和駅西口さくら草通り徒歩5分 マツモトキヨシ前
URL:https://twitter.com/urawajuku

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和洋会古書展

期間:2019/09/27~2019/09/28
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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五反田遊古会

期間:2019/09/27~2019/09/28
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4

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京都まちなか古本市(京都府)

期間:2019/09/27~2019/09/29
場所:京都古書会館 1F 
京都市中京区高倉通夷川上る福屋町723
URL:https://twitter.com/koshomachinaka

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中央線古書展

期間:2019/09/28~2019/09/29
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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第9回 上野広小路亭古本祭り

期間:2019/09/30~2019/10/06
場所:永谷お江戸上野広小路 ギャラリー+スペース36  
台東区上野1-20-10 お江戸上野広小路亭1階
(「上野御徒町」・「上野広小路」駅駅 A4出口前/
 「御徒町」駅北口 徒歩3分)

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西部展

期間:2019/10/04~2019/10/06
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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四天王寺 秋の大古本祭り(大阪府)

期間:2019/10/04~2019/10/09
場所:四天王寺
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
URL:http://kankoken.main.jp/

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港北古書フェア(神奈川県)

期間:2019/10/07~2019/10/16
場所:有隣堂 センター南駅店
   横浜市営地下鉄 センター南駅
URL:http://www.yurindo.co.jp/store/center/

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BOOK & A(ブック&エー)

期間:2019/10/10~2019/10/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9

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城南古書展

期間:2019/10/11~2019/10/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

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第21回 八王子古本まつり

期間:2019/10/11~2019/10/15
場所:八王子駅北口ユーロード
URL:http://hachiojiusedbookfestival.com/

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第11回横浜めっけもん古書展(神奈川県)

期間:2019/10/12~2019/10/13
場所:神奈川古書会館1階特設会場
   横浜市神奈川区反町2-16-10

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日本の古本屋メールマガジンその282 2019.9.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:二見彰
 編集長:藤原栄志郎

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第9回 七面堂さん 奥付のない本を探すひと

第9回 七面堂さん 奥付のない本を探すひと

南陀楼綾繁

 1997年から8年間、私は『季刊・本とコンピュータ』という雑誌の編集室にいた。それまでネットと云えば、パソコン通信しかやったことのない私にとって、インターネットは深い海のようなもので、ヒマさえあれば検索エンジンやリンク集をたどってその海にダイブしていた。いまスマホを操作していても得られないあの頃のワクワクした感覚を、ときどき懐かしく思い出す。古本好きの人が開設したサイトもずいぶん見て、ブックマークに入れたものだ。「閑話究題 XX文学の館」もそのひとつだった。

 このサイトは「地下本」の書誌を載せたものだ。この場合の地下本の定義は、「公刊する事を前提としていない出版物の内、性を主題として扱っているもの」となるらしい。艶本、 好色本、春本などとも呼ばれるものだ。
私も地下本らしきものは即売展で見かけていたが、あまり手に取ることはなかった。しかし、このサイトでは梅原北明、酒井潔、伊藤竹酔ら戦前のコレクター文化とも関係の深い人々や、彼らが発行した雑誌について詳しく記されていた。

 その後もときどき覗いていたが、SNSが主流になってからはあまり見なくなった。最近見に行くと、しばらく更新が止まっているようだ。七面堂究斎と名乗る主は最近どうされているのだろう? と思って、取材を申し込んだ。
「仕事をしていたときは、サイトを更新するのが息抜きになっていたんですが、定年で退職すると、いつでも作業ができると思うとかえってやる気が落ちるんですよね(笑)。地下本について前に書いた原稿もアップしなければと思っているんですが……。ツイッターなどはやってないですね」と、七面堂こと佐々木宏明さんは云う。

 佐々木さんは1953年、足立区生まれ。父は帽子職人だった。小学生の頃から本好きで、周囲もそれを知っていたという。
「小学校の担任が辞めるときに、他の級友には小説の本を上げていましたが、私だけ『社会科年鑑』をもらいました。そういう本が好きだと思われたのでしょうか」
 マンガ雑誌も好きだった。読んだら近所の古本屋で売って、週100円のこづかいの足しにしていた。立ち読みして、「出てけ!」と叱られたこともあるという。

 中学になると、小説ではなく雑学系の本にハマり、宇宙人や古代史、奇術、占いなどあれこれ読む。占いについては、易経について調べたり文化祭で占いをしたりした。また、奇術については、大人になってから日本奇術連盟に入り、カードマジックを研究した。「興味を持つと、つい深いところまで行ってしまうんです」と笑う。
 その頃、新刊書店で『千一夜物語』を見つける。河出書房から出たリチャード・バートン訳の全7巻本だが、高くて手が出なかったので、古本屋でバラで集めた。これがエロスの世界への入り口となる。

 工業高校を卒業し、汎用コンピュータの会社に入って保守部門に配属される。のちに別の会社に移るが、そこもコンピュータ系だった。この経験が書誌やサイトづくりに生かされる。
 就職してしばらくは本を読む時間もなかったが、28歳ごろに『地下解禁本』を読み、地下本に興味を持つ。
「編者の小野常徳は警察のOBだった人で、この前に『発禁図書館』も出しています。『地下解禁本』には芥川龍之介が書いたと云われる『赤い帽子の女』や、『О嬢の物語』などが入っていました。それで、ここで紹介されているような地下本が実際に手に入らないかと思って、神保町の古書店の棚をじっくり見て、戦後の発禁本である『蚤の浮かれ噺』と『バルカン戦車』を見つけて買ったんです」

 ちなみに、「地下本」と「発禁本」の違いは、摘発されたかどうか。法律を無視して出版した段階では前者だが、摘発されると後者になる。
「地下本の全体像を把握するのは、とても難しいです。活字版はまだ見当がつきますが、ガリ版で発行されたものとなると判りません。奥付がないので、発行年代を確定しにくいです。刊行案内や会員通信のチラシが一番確かです。『袖と袖』という題で知られているテキストは、最も多く発行されていますが、『痴狂題』というタイトルになっていたりする」

 その後、古書展や古書目録でも地下本を探しはじめる。一回の目録でまとめて買うことにより、七面堂さんが地下本を集めていることが認知されるようになった。
「山の本に強い文京区のある古書店は、私が地下本を注文するようになると、その方面だけで自家目録を出した。配布する前に私に見せてくれたので、60万円ほどまとめて買いました。もっとたくさん買いたかったが、予算が足りませんでした(笑)」

 この中で買ったのが、伊藤晴雨が石版刷りで刊行した『論語通解』だった。五十部限定の私家版だが、性文化研究家の高橋鐵が所蔵する本のみの天下一本とされていた。七面堂さんは目録の中にこの本が違う題名で載っているのを見つけたのだ。

 この調子で買いまくった結果、木造の家の床が本棚ごと抜けたという。
最初は集めた地下本を読んでいたが、タイトルが異なっていても同じテキストであることを確認することが主になっていく。もはや、エロスが動機ではなくなっている。パソコンのカード型データベースで、一冊ごとの書誌項目を入力して管理した。
1987年からは〈進和文庫〉という古本屋が出していた『IGNORANCE SIMPLE REPORT』で、「高資料」と呼ばれる性記録文献についての研究を発表する。作家の龍胆寺雄がこの資料にどういう関わりがあったかなどを検証した。

 そして、これまでの地下本データをもとにHTMLの勉強を兼ねて2000年につくったのが、「閑話究題 XX文学の館」というサイトだった。
「コレクションが溜まってくると人に見せたくなるという、コレクター心理からですね(笑)。本当は雑誌を発行したかったのですが、やり方も判らないし、サイトなら広く公開できるので。それと前年に別冊太陽の『発禁本』が刊行されたこともありました。発禁本研究家の城市郎さんのコレクションをもとにして、図版も多く収録していました。でも、地下本の現物にあたってみると、少し違うところがあると知らせたかったという理由もありました」

 七面堂という名前にしたのは、「しちめんどうくさい、という意味もありますが、当初、古川柳、奇術、古代史、占いなど自分が好きなテーマごとに七種類のサイトをつくりたかったんです。でも、地下本だけで手いっぱいになってしまった」

 最初のコンテンツは少なかったが、手に入れた地下本について判ったことを書いていくうちに、どんどん詳細になっていった。
「地下本はどの版が正統なのかを確定しにくく、Aという版とBという版の現物を比べてみるしかありません。その難しさが集めて、調べるようとする原動力になっているのかもしれません。サイトでは同好の士からの反応があるのが嬉しかったですね。アクセス数は一番多かった時期で月に1000件ぐらいでした」

 これまで集めた地下本は単行本が3000冊くらい、雑誌は20~30種。それ以外の本も2000冊以上所蔵している。
「すべての地下本をコンプリートするのは不可能ですが、見たことがないものがあとから出てくるから、なかなか蒐集をやめられません(笑)。いつかはそれらをまとめて書誌として刊行したいと思っているので、全部取っています。ただ、必要なときに出てこなくて困ることも多いです」

 コレクションを継ぐ人もいないため、いずれは国立国会図書館などに寄贈し、研究の材料にしてほしいと考えている。
「地下本を集めるようになったのは、誰もそれが『本』だと認めていなかったから。だったら、自分で集めてやろうと決意したんです。でも、自分ひとりではやりきれなかったので、後世に託したいんです」

インタビューの際に、七面堂さんは持参した地下本の一冊ずつについて、丁寧に説明してくださった。私のような門外漢がそれを引き写すよりも、「XX文学の館」には詳しく解説されているので、ぜひそちらを読んでいただきたい。
そして、いつかは地下本の書誌が刊行されることを願う。「奥付のない本」を網羅したその書誌には、七面堂さんの名前と発行日を記した奥付がつくはずだ。

「閑話究題 XX文学の館」
http://kanwa.jp/xxbungaku/index.htm

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

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『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
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連載(三) 古書目録第15号『越境特集』発行予告記

連載(三) 古書目録第15号『越境特集』発行予告記

風船舎 赤見悟

 何とか連載の最終回を迎えることができ安堵している。今回は目下作成中の古書目録第15号『越境特集』について書く。特集タイトルは今のところ『混ざりあう世界-移民・植民・留学・旅行・冒険・戦争・外交 etc.』でいく予定だ。他の候補としては『越境する人々』『他を知り、我を知る-越境するということ』『異郷をめぐりて』『越境者群像』等がある。

 今回もあるお客さんからお売り頂いたいくつかの品々をきっかけに特集を決意した。昨今の世界状勢から鑑みてなかなかタイムリーな特集かもしれないが、あくまでも自分が楽しめ、そして商略ありきの特集であり、大それた事は考えていない。しかし、作成中の目録の事について書くのは非常に難しい。何せまだ完成していないのだから下手なことは書けない。基本的に「単に商売としてやっているだけ」なので、知的な事は書けないし、ここで披露するような作成中の面白いエピソードも特に無い。

 そこで、目録の宣伝を兼ね、掲載予定の極一部の品を勝手ながら紹介したい。本来営利目的のような原稿はご法度なのかもしれないが、今回この原稿はやむを得ず引受けているので、そのくらいの我がままは許して頂きたい。

 まず、今号は「日本から海外へ」「海外から日本へ」という全二部構成から成っている。前者は「ブラジル」「アメリカ」「ハワイ」「ドイツ」「イギリス」「満州」「朝鮮」「台湾」「南洋」等々の項目を立て、商品およそ1500~2000点を掲載予定。以下、そのほんの一部。

・在ブラジル日本人移民「S.T氏」の自筆書簡一括 1933~1939年
・「在米邦人」自筆葉書1100余通 1900年頃~1940年頃
・日系人収容所「ハートマウンテン移住センター」内発行週刊新聞40部
・在仏国リヨン日本領事・小西孝太郎氏宛自筆葉書221通 1899年・1900年
・軍艦「鬼怒」乗組員旧蔵アルバム六冊 昭和3~5年頃
・SPレコード「現地録音南方攻略戦記」全十枚一組 台湾放送協会編 戦中
・花蓮港方面に於ける「生蕃征伐」関連私製写真帖 明治末
・満洲国興安南省王爺廟「国立興安学院」関連資料一括
・「川上音次郎君帰朝土産 戦地実況写真」五枚 明治27年
・陸軍軍医・宇木碩太郎、清国駐留時代アルバム三冊 明治36~38年

 後者は「在日外国人」「内地へ」「来日音楽家」「基督教がやってきた」「米軍/進駐軍」「引揚者」「帰国者群像」等の項目を立て、商品およそ1000点を掲載予定。以下、そのほんの一部。

・音楽家「Jachimek,Franz Karl」1869年来日時に横浜より送った独語書簡
・フレデリック・スタール関連「納札」他貼込帖三冊 大正期~昭和後期
・板東俘虜収容所内「徳島オーケストラコンサート」プログラム 1917年6月10日
・箱根松坂ホテル「外国人宿泊者名簿」二冊 明治32年~昭和20年
・東京都中野区々政係旧蔵「進駐軍事故」に関する内部資料綴一括 昭和21~28年
・朝鮮火薬製造株式会社海州工場終戦後の工場並に従業員引揚脱出詳記 戦後
・江文也作曲「台湾の舞曲」スコア 昭和11年
・崔承喜舞踊作品第一回発表会プログラム+チラシ 昭和9年
・興亜讃美歌 昭和18年
・矢田一嘯肉筆水彩画入『香椎宮幻燈原図並図解』+『香椎宮幻燈解説畧』 明治36年

 巻末に「付録」として、特集には入らない以下の品々も掲載予定。

・添田唖蝉坊作「新流行歌集」第一編/第二編揃 大正12年10月
・松竹キネマ蒲田撮影所『蒲田週報』全262号揃(合本2分冊) 大正14~昭和6年
・通俗教育『活動画報』第一号 明治45年 ※映画雑誌です
・幼児教育家・内山憲尚自筆日記五冊 昭和2~6年
・株式会社大日本東京野球倶楽部定款 昭和9年

 むむむ…、これは頗る面白そうな目録ではないか(笑)。発行は11月中を予定しているので、ご興味をお持ちの方は800円分の切手を同封の上弊舎宛(〒158-0081東京都世田谷区深沢4-17-2-101)に郵送でお申込みください。尚、現金でのご購入はお断りさせて頂いておりますので予めご了承ください。
 目録の完成はまだまだ見えてこないが、とにかく私は今この連載が終えられる事に大きな喜びを感じている。さあ、仕事に戻ろう。

風船舎古書目録第15号『越境特集』イメージ画像
fusen3

赤見 悟(あかみ さとる)
1978年、埼玉県児玉郡上里町生まれ
2005年11月、杉並区阿佐ヶ谷にて「風船舎」実店舗開業
2007年夏、実店舗を閉め、通販専門に
2009年1月、古書目録第1号発行
2019年秋、古書目録第15号「越境特集」発行予定

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

2019年8月23日 第281号

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     。.☆.:* その281・8月23日号 *:.☆. 。
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☆INDEX☆
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1.古書市場が私の大学だった      青木正美
2.『日本国民のための愛国の教科書』の“トリセツ”
                       将基面 貴巳
3.『本屋がアジアをつなぐ』について     石橋毅史

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━━━━━━━━━━━【自著を語る(228)】━━━━━━━━━

古書市場が私の大学だった

                               青木正美

 四月で八十六歳、二十(はたち)で始めた古本屋も六十五年にな
る。「よく生きにけり」だ。
 かたわら『古本屋五十年』他の自叙伝、調べた限りの明治以後の
業界史、個性ある先輩たちの伝記、日記関連本など四十冊余りの本
を書いた。今度の『古書市場が大学だった』では、生涯を通じての
私の思いを、末尾に書下しているが私の本音である。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5090

『古書市場が私の大学だった―古本屋控え帳自選集』青木正美 著
日本古書通信社刊 定価:2160円 好評発売中!
https://company.books-yagi.co.jp/archives/news/5573

━━━━━━━【自著を語る(229)×版元ドットコム】━━━━━

『日本国民のための愛国の教科書』の“トリセツ”

                     将基面 貴巳

 この小文をお読みになる方々には「日本人が日本を愛するのは自
然で当然のことだ」とお考えになる方が少なくないのではないでし
ょうか。あるいは、そのような意見をメディアで見かけたことがあ
ると思います。私の最新刊『日本国民のための愛国の教科書』(百
万年書房)は、「自分の国を愛することは当然だ」という一般通念
が、実は、歴史的にも哲学的に成り立たないことを論じるものです。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5054

『日本国民のための愛国の教科書』 将基面 貴巳 著
百万年書房刊 価格 1,680円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784991022197

━━━━━━━━【自著を語る(230)×版元ドットコム】━━━━

『本屋がアジアをつなぐ』について

                      石橋毅史

 言論・表現の自由が脅かされつつある、といわれることが多くな
りました。
いまの僕には、なんともいえません。すくなくとも書店空間におい
ては、まだ言論の自由は生きているように思えます。
 ある書店を例に挙げます。新刊書を売る、小さな書店です。
その店は、ナショナリズムを押しだした月刊誌2誌を平積みしてい
ます。店長によれば、この類の雑誌の客は、毎号、きちんと買いに
来るそうです。しかも、老後の生き方についてのエッセイだとか、
書籍も一緒に買ってくれる人が多い。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5101

『本屋がアジアをつなぐ』石橋毅史 著
ころから刊 価格:1,700円+税 好評発売中!
http://korocolor.com/book/bookstoreuniteasia.html

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『街灯りとしての本屋 
    11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』
田中佳祐 著  竹田信弥 構成
雷鳥社刊 本体1600+税 好評発売中!
http://www.raichosha.co.jp/bcitylight/index

「世界が、先に驚いた。」 あの春画展から4年
驚きの内幕を描くドキュメンタリー

文化記録映画「春画と日本人」
監督・撮影・編集・製作著作:大墻敦(2018年/87分/カラー/16:9)
2019年9月28日(土) ポレポレ東中野にてロードショー 

2019年秋 大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、
名古屋・シネマスコーレ公開決定 順次全国公開

「春画と日本人」上映情報
https://www.shungamovie.com/showtimes

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

8月~9月の即売展情報

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジンその281 2019.8.23

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編集長:藤原栄志郎

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『日本国民のための愛国の教科書』の“トリセツ”

『日本国民のための愛国の教科書』の“トリセツ”

将基面 貴巳

この小文をお読みになる方々には「日本人が日本を愛するのは自然で当然のことだ」とお考えになる方が少なくないのではないでしょうか。あるいは、そのような意見をメディアで見かけたことがあると思います。私の最新刊『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房)は、「自分の国を愛することは当然だ」という一般通念が、実は、歴史的にも哲学的に成り立たないことを論じるものです。

この本は、もう一冊、別の書物を執筆した副産物です。『愛国の教科書』と同時発売となる『愛国の構造』(岩波書店)は、現代パトリオティズム(愛国主義)論を歴史的・哲学的に分析する学術書ですが、この本を仕上げる段階に入った頃、愛国心の問題は、政治思想の専門家だけでなく、広く一般読者にも考えてもらう必要があると痛切に思うようになりました。実際、現代日本では、道徳教育の一環として「国を愛する心」が教えられています。しかし、愛国心教育の結果、「国を愛すること」が「自然だ」「当然だ」「単純だ」と思うだけに終わっているならば、愛国心について考えを深めたことになりません。中学生でも理解できる平易な「教科書」が必要だと考えたゆえんです。

歴史を遡ってみると、日本人が愛国心を持つようになったのは、明治時代、それも1890年代以降のことにすぎません。つまり、1880年代以前の日本人にとっては、愛国心を持つことは「自然」どころか、愛国心とはどのようなことか全くわからなかったのです。また、愛国心を哲学的に考え直してみると、それほど「単純」でも「当然」でもないことが浮かび上がってきます。たとえば、愛国心とは、文字通り、国を愛することですが、その愛とは無条件に溺愛することだとはかぎりません。また、国に忠誠心を抱くといっても、不正や腐敗が横行する国に忠実であることは道徳的に正当だと言い難いでしょう。さらに、国を誇りに思うといっても、国に関するありとあらゆることを常に誇りに思うことであるわけがありません。そんな完全無欠な国はどこにも存在しないし、自分の国を誇りに思うならば、国の欠点や過失に関して羞恥心や怒りの感情を抱くことになるはずです。このように、愛国心とは決して「単純」なことではないのです。

しかも問題はそれにとどまりません。そもそも、「自分の国を愛するのは当然で自然なことだ」というような物言いは、一見したところ素朴で無垢な感情の表れのように見えます。しかし、このような言葉づかいは、実のところ、民衆扇動(デマゴギー)のレトリックなのです。「当然だ」「自然だ」「単純だ」と断言するなら、その意見は異論を許しません。こうして反対論を封じ込めてゆく結果、異なる意見を持つ人々を排斥することとなります。「愛国心“当然”論」の正体は極めて危険なのです。

『国民のための愛国の教科書』は、過去十数年にわたって国の道徳教育の一環として行われている愛国心教育や通俗的な愛国心に関する言説への「解毒剤」として読んでいただきたいと願っています。



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『日本国民のための愛国の教科書』将基面 貴巳
発行 百万年書房 価格 1,680円+税 好評発売中!
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