古本屋ツアー・イン・ジャパン2025年上半期報告

古本屋ツーリスト 小山力也

 私は今年も、非常にてんてこ舞いなのである……その訳は、去年同様に開催されることが決まってしまった、大阪「梅田蔦屋書店」での独り古本フェアのために、またも古本五百冊以上を用意しなければならなくなったのである。一度やってみて大変なことは重々承知していたのだが、「去年のフェアはお客さんにも店長にも好評でした。今年も是非!」などと言われたら、断れるわけがない。おかげで、様々なお店に不要古本を持ち込み、買い取ってもらい、家を圧迫する本を減らしつつあったのだが、いつの間にやら売る以上に、古本を買い込むモードに入ってしまったのである……もはや私の人生は、どうにも古本から離れられぬようだ。

だが幸いなのは、今年のフェアは十月開催予定なので、少しだけ去年より余裕があるのだ。
今現在大阪に送ることが出来たのは二百冊強。つまり後三百冊プラス、フェア補充用の古本を用意しておかねばならぬのである……ふ、古本を買って買って買いまくるしか、道はない! しかも安く良い本を見つけなければ意味はない! そんな訳で、今日も馴染みの古本的相性の良いお店に、良質な古本を求めて通い続けているのである。  

 その仕入れの場所は、去年同様やはり主に近所である。遠くまで買いに行くと、交通費という足枷が重くなるので、仕入れはやはり交通費のかからぬ近所でということになる。その主なルートを去年より詳しく挙げてみると、まずは阿佐ヶ谷&荻窪コース。「古書ワルツ荻窪店」「竹中書店」「岩森書店」を回って徒歩で阿佐ヶ谷に戻り、帰り道がてらの「千章堂書店」と「古書コンコ堂」と「銀星舍」を覗いて行く。もっとも、阿佐ヶ谷の三店は、何処に出かけても最後に必ず立ち寄るお店である。

西荻窪コースは、「盛林堂書房」と「古書音羽館」で、ここに時々かなり離れた「古書西荻モンガ堂」が加わる。吉祥寺は「バサラブックス」から「古本センター」へ。そして最後に「よみた屋」というパターンが多いが、ここに最近「藤井書店」が加わってしまった。連続して署名本や良書を安く買えたので、ルートに加えざるを得なくなったのである。通うお店は、どのお店でも毎回買えるという訳ではない。無駄足になることも多いし、また潮目が変わり、今まで足を運ばなかったお店がルートに加わったりすることもある。色々組み合わせを替えることにより、古本屋さんを巡る楽しさもまた変化することに、今さら気付いたりもしている。

三鷹では「りんてん舎」と「水中書店」。武蔵境近辺では新小金井の「尾花屋」を合わせ、「プリシアター・ポストシアター」と「おへそ書房」。高円寺では「西部古書会館」の催事と「古書サンカクヤマ」を組み合わせることが多い。さらに中村橋の「古書クマゴロウ」と保谷の「アカシヤ書店」を繋ぐルートもある。さらに下北沢の「ほん吉」→「古書ビビビ」→「古書明日」のルートは高確率で“黄金のルート”となるので、いつも行くのを楽しみにしている(ちなみにここには、代々木上原「Los Papelotes」経堂「ゆうらん古書店」東松原「古書瀧堂」が頻繁に加わる)。もちろん各店で狙うのは均一本であるが、均一本に良書の混ざるお店は、店内もまた魅力的な可能性大なので、掘出し物や欲しかった本や読みたかった本を見つけてしまい、ついつい散財してしまうことが多いのも事実である。

 以上のようにご近所の古本屋さんにお世話になりまくり、古本を買い集める日々を送っているのだが、当然こればかりではなく、少しは他の活動もしている。ひばりケ丘の新店「ひばりが丘書房」でようやく古本を買えたり、柴崎の「古書柴崎」で中井英夫「虚無への供物」の元本を薦められたり、西新井の「高田書店」の閉店に駆け付けたり、関内の「博文堂書店」や
学芸大学の「SUNNY BOY BOOKS」が店舗閉店したのを教えてもらったり、若林の「十二月津文庫」がすでに昨年三月に閉店していたことを今さら知ったり、「小川書店平塚店」が本店に統合されたのをタレ込まれたりしたが、上半期のトピックは、何と言っても蕨の「古書なごみ堂」の閉店を、宣伝的にお手伝いしたことであろうか。一ヶ月以上に渡って行われた閉店セール(三割引→五割引→七割引と推移)を宣伝するとともに、己もそれに完全に巻込まれ、
ついついたくさんの古本を買ってしまい、悲しくも嬉しいお別れとなってしまった。

 そう言えば「古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸」を出したことにより、入手出来た新店古本屋さん情報もあった。京都の画家で古書研究家の林哲夫氏から献本のお礼に届いた、何枚かのカードである。京都の「共同書庫」「NAGORO BOOKS」「暮霞書房」、兵庫豊岡の「だいかい文庫」などである。今現在、京都はもしかしたら東京より新しい実店舗が出来ているかもしれない……。  

 古本屋さんを巡る以外にも、相変わらず古本屋さんでお仕事もさせてもらっている。西荻窪「盛林堂書房」の買取手伝いは大体月に一〜二回のお仕事で、いつも力の限り古本を運んでいる。そんな風にこの仕事もちょっとは慣れたものだったが、つい先日、本のギッシリ詰まった重過ぎるダンボール三十箱を、時間制限のある中で、三階から一階まで薄暗い螺旋階段を伝って単独で下ろし続けたら、見事にエネルギー切れになってしまい、改めて古本屋さんのハードさを思い知ったりしたことも。また買取以外にも『神保町さくらみちフェスティバル 春の古本まつり』のワゴン販売を手伝ったり(年を経るごとにどんどん勤務日数が増えている)、これを書いている時点の七月現在、東京古書会館で行われている盛林堂主催の『探偵作家・大阪圭吉展』の受付を務めたりと、お店での活動の幅を微妙に広げている。  

 とこのように、上半期も古本屋さんに通い、古本を買い、古本屋さんで働き、古本屋さんに関する文章を書き、究極の古本片付けの本を出し、古本フェアの準備をしたりと、もはや自分が何者なのかわからぬ毎日を送っている。恐らく下半期もより一層、上記のような行動にさらなる拍車を掛け、暮らして行くに違いない。  それでは最後に、こんな活動の末に入手した掘出し物を列記しておこう。博文館「空襲警報/海野十三」(函ナシ)が200円。覆面探偵作家・物集高音の署名本が660円。筑摩書房「犬の生活/小山清」が300円。博文館「猟奇の果/江戸川乱歩」(函ナシ)が1500円。筑摩書房「YASUJI東京/杉浦日向子」献呈署名入りが220円……こういうことを書いていると、今直ぐ古本屋さんに行きたくなって来てしまいます。
 
 
小山力也 (こやま・りきや)

2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を
目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の
『フォニャルフ』棚と大阪「梅田蔦屋書店」で古本を販売中。「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。最新刊は「古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸」(本の雑誌社

http://furuhonya-tour.seesaa.net/

 
 

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刺青絵師 毛利清二:刺青部屋から覗いた日本映画秘史

刺青絵師 毛利清二:刺青部屋から覗いた日本映画秘史

山本芳美

 2025年3月末に、『刺青絵師 毛利清二:刺青部屋から覗いた日本映画秘史』を青土社より刊行した。沖縄や台湾で研究してきた文化人類学者が、映画学専攻の若手研究者である原田麻衣さんや青土社の編集者である山口岳大さんの力を借りて書き上げた本である。本書は、東映京都撮影所の映像づくりと日本映画が大不振期にあった70年代までを、毛利さんのライフヒストリーを含めて掘り起こした。世代も専門も異なる女性研究者がバディを組んだこともあって、「奇書」と評されている。

 確かに本書は珍しい。現代日本を含めた刺青事情を解説した一般向けの本はほとんどない。筆者が以前に刊行した『イレズミの世界』(2005年、河出書房新社)、イレズミ映画ガイドでもある『イレズミと日本人』(2016年、平凡社新書)。そして、皮膚科の医師である小野友道の『いれずみの文化誌』(2010年、河出書房新社)ぐらいである。

 もともと映画のインタビュー本は、監督やスター俳優が多く、スタッフ関連は少ない。映画やドラマに出演する俳優に刺青を描く「刺青絵師」の仕事を主題にすえた書籍は、ほぼ3冊に集約できる。東映京都撮影所の俳優会館3階にあった刺青部屋を拠点として仕事をした毛利さんが自身の刺青絵師40周年を記念して刊行した『刺青絵師:毛利清二自伝』(1998年、古川書房)がある。ほかには、松竹ほかで俳優として活躍した父親である三井一也の刺青絵師としての仕事を紹介する三井一郎『刺青絵師:銀幕を彩った男の記録』(1998年、日本図書刊行会)、日活調布撮影所を拠点とした河野弘の『映画の刺青百姿』(2006年、私家本)となる。

 刺青絵師として、テレビドラマでは「遠山の金さん」、映画では「緋牡丹博徒」、「仁義なき戦い」、「極道の妻たち」シリーズなどを手がけた毛利さんは、単発インタビューや仕事場紹介の雑誌記事が多い。詩人の嶋岡晨が毛利さんにインタビューした『日本のアルチザン:生き甲斐の創造』(1972年、芸術生活社。1981年、中公文庫)では初期の仕事が読める。NHK報道番組班 編『NHK新日本紀行 第5巻 (伝説と旅)』(1978年、新人物往来社)は、東映太秦映画村開村直後のルポだ。

 同じ東映で東京撮影所を拠点に活動した霞涼二さんについては、阿奈井文彦『アホウドリの仕事大全』(1985年、現代書館。1992年、徳間文庫)にインタビューが収録されている。雑誌記事では、1979年9月の『婦人公論』に掲載された「入れ墨の描き方」や『週刊サンケイ』1983年8月25日号の「山本晋也の艶笑対談」ほかがある。

 刺青絵師の仕事を紹介する書籍や記事は、男性週刊誌、写真週刊誌全盛の時代に集中している。70年代から90年代にかけてのスポーツ新聞を含めた各紙や、『Friday』、『Flash』などに毛利さんや霞さんの作品が確認できる。この時期、まだタトゥーは流行していなかったため、女優やモデルに刺青を描いたグラビアに需要があったのである。

 毛利さんへの初回インタビューでは、集英社から『プレイボーイ』別冊編集部から出された『松坂慶子写真集』(1984年)の仕事をしたと自慢された。松坂さんの背中の牡丹は、黒いレオタードに黒い網タイツ姿で歌った「愛の水中花」(1979年)の時より艶やかだ。毛利さんは仕事の詳細を明かしたくなかったためか、「女優さん相手なんで、昼も夜も忙しいんですよ」と吹聴した時期もあったようだ。だから、今回取材した人のなかには、「役得」を信じ切っていた人もいた。『刺青絵師』でも、スターと毛利さんが一対一で仕事していたように語られていた。

 しかし、今回のインタビューで毛利さんが回想した撮影所での仕事風景は、ゴシップを期待する向きには肩透かしだろう。俳優会館にあった刺青部屋は、人前で長時間肌をさらす俳優たちに室温などを含めて細かく神経を使うために必須の空間であった。部屋には当時高価だったテレビと冷蔵庫を置き、俳優を飽きさせないように話術を駆使した。刺青の輪郭線は毛利さんが担当し、壁に貼られた下絵に色指定して助手に指示する。俳優仲間や助手たち、時にはご家族が手分けして肌に色をぼかした。早朝から仕事をはじめ、昼前には刺青を完成させた。毛利さんは、撮影現場にかならずついて照明やカメラワークに目を光らせていた。その周囲には、スタッフや俳優などが大勢いる。松阪さんの仕事も、旅館の一室を借り切っての二人っきりの仕事のように語られたが、後で奥さんを助手にしていたことがわかった。

 「毛利さんが色の秘密を明かさなかった」と書いただけで、聞き取りが失敗したように評した人もいるが、筆者たちが企図したのは秘密の暴露ではない。「撮影所の中でいきいきと働いた」毛利さんを描きだすことにあった。映画は総合芸術であり、毛利さんの仕事もキャンパスたる俳優だけでなく、衣裳や照明などさまざまなプロフェッショナルとの協力で輝いてきた。下絵の準備、本番当日の撮影から刺青を落とすまでの過程の紹介に重きをおいたのは、映画研究や文化人類学ならではの視点だろう。

 2023年3月のインタビュー開始から2年で刊行できたのは、毎回4、5時間にわたるインタビューを9回受けてくれた毛利さんの心意気や東映太秦映画村・映画図書室をはじめとする東映京都撮影所の皆様のご協力にある。毛利さんが2025年4月に95歳になる前に刊行できたことに、肩の荷を下ろした気持ちである。
 
 
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書名:『刺青絵師 毛利清二
―刺青部屋から覗いた日本映画秘史」
著者:山本芳美・原田麻衣
発行元:青土社
判型/ページ数:四六判・256頁
価格:3,080円(税込) 
ISBN:978-4-7917-7691-7
Cコード:0074

好評発売中!
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姫路文学館
「二度目」を実現させる蔵書と資料【書庫拝見36】

姫路文学館
「二度目」を実現させる蔵書と資料【書庫拝見36】

南陀楼綾繁

 昨年2月、姫路文学館をはじめて訪れた。目的は開催中の「生誕120年 木山捷平展」を観ることだった。
 そのときの印象を私はこう書いている。
「木山捷平は人間のダメさを明るく肯定する私小説作家。今回の展示は、木山の生涯をたどりつつ、姫路で過ごした日々にスポットを当てる。また、戦時中に紛失した詩稿を古書店から入手し、展示したのが凄い。キャプションの文章からも担当学芸員がこの展示に込めた情熱が伝わる。期間中、木山を愛読する世田谷ピンポンズさんのライブや、古本屋〈おひさまゆうびん舎〉の勝手にコラボ企画もあり、姫路の町が木山捷平で盛り上がっているのがステキだった」(『フリースタイル』第60号、2024年6月)

 私は木山の大ファンとは云えないが、小説や随筆を少しずつ読んできた。木山についての
展示を観るのは今回がはじめてだ。
 岡山からこの展示を観るためにやって来た「倉敷から遠いで」さんと展示を観はじめていると、学芸員の竹廣裕子さんが現れて、展示の解説をしてくれた。

 木山に関する資料は、岡山市の吉備路文学館に多く所蔵されている。今回の展示は同館の
資料を中心に構成しながら、木山が姫路師範学校に在学し、その後、姫路の小学校で教えていた時期について大きく取り上げている。
 また、木山は戦時中に詩集の原稿を友人に預けたままなくしているが、それが東京の古書店に出た際、姫路文学館がそれを購入した。木山が第三詩集として刊行するつもりだった54篇の詩稿が並ぶ様子は圧巻だった。

 他にも、戦後、故郷にいる木山を励ますために井伏鱒二、上林曉らが贈った寄せ書きなど
貴重な資料が、広いとは云えない会場を埋め尽くすように展示されていた。会場を出ると、
充実感からか疲れを覚えるほどだった。

 同展の図録がまた素晴らしく、余白を憎むかのように、文章と図版が詰め込まれている。
竹廣さんは「予算がないのでやむを得ず……」と笑うが、あの展示を観た者としては、この
詰め込み具合をかえって嬉しく感じた。あとで何冊か入手して、知り合いの編集者やライターに差し上げるほど、いい出来だった。

 その日泊まったホテルの部屋で、持参した木山捷平の『酔いざめ日記』(講談社文芸文庫)のページをめくった。
 20代から亡くなる直前まで書いた日記。飄々とした作品を生み出した木山だが、家庭では
神経質だったと妻のみさをが証言するように、日記には生活への不安や苦悩が刻まれている。木山は、井伏鱒二ら周りの作家が世に出ていくなかで、ブレずに自分の文学を追求した。

それだけに、59歳で芸術選奨文部大臣賞を受けてからの売れっ子ぶりには、思わず拍手を送りたくなる。しかしその5年後、木山は亡くなる。まだ書きたいことが多くあっただろう。
残した作品の数は多くはないが、少数でも熱心な読者がいる限り、今後も読まれていくはずだ。

播磨文芸祭からつながる

 それから1年。3月14日、こんどは書庫の取材のために姫路文学館を訪れた。
 姫路駅からバスに乗り、姫路城を眺めながら10分ほどで同館の前に着く。ゆるいスロープを上がると、左手に水をたたえた人工池があり、その隣が南館、奥に北館がある。設計者は安藤忠雄。

★姫路文学館の入り口
★姫路文学館の入り口
 
★南館(左)と北館
★南館(左)と北館

 南館の1階から入ると、右側がカフェ、左手が司馬遼太郎記念室になっている。司馬の家系は、祖父の代まで播州(姫路)だったという。
 出迎えてくれた竹廣裕子さんと2階へ。ここには姫路の文学に関する本が並ぶ図書室が
あり、その奥にある部屋で話を伺う。

★南館2階の図書室
★南館2階の図書室

 
 姫路文学館の構想は、1983年に遡る。
 当時の市長が文化都市をめざしていたことから、「姫路文学資料館」の設立を検討する。
「明石から赤穂までの播州地方の文学を扱う文学館ということでスタートしました。神戸文学館の開館は2006年なので、兵庫県内で最初の総合文学館でした。今でも近畿地方では最大の文学館です」と、竹廣さんが解説する。

 1988年には、姫路生まれの哲学者・和辻哲郎の生誕100年と市制100年を記念して、
「和辻哲郎文化賞」を創設。文化一般および学術研究におけるすぐれた著作に賞を授与した。創設時の一般部門選考委員は司馬遼太郎、陳舜臣、梅原猛と豪華だ。この賞は現在も継続している。
 それに並行して館の準備は進められ、1989年には正式名称が「姫路文学館」と決定。1991年4月1日に開館した。初代の館長は『万葉集』の研究で知られる中西進だった。
 竹廣さんは姫路生まれで、隣のたつの市育ち。大学で日本文学を学び、卒業した年に姫路文学館の職員となった。開館の1年前のことだ。「その頃からの職員は、私も含めて2人しか残っていませんね」と笑う。

 常設展示は最初、三上参次(歴史学者)、辻善之助(歴史学者)、和辻哲郎(哲学者)、
井上通泰(歌人・国学者)、有本芳水(詩人・編集者)、椎名麟三(作家)、阿部知二(作家)、初井しづ枝(歌人)、岸上大作(歌人)の9人の紹介からはじめた。その数は2016年のリニューアルで大幅に増え、現在では「ことばの森展示室」として37人を紹介している。
 最初の特別展は「和辻哲郎の世界」。以降、年に約4回のペースで特別展・企画展を開催している。

 竹廣さんがはじめて担当した展示は、1991年11月からの「‘91播磨文芸祭」だった。戦後播磨地方の文学活動を検証・記録するもの。この年は「焼け跡の文芸復興(ルネッサンス)」というサブタイトルで、ガリ版刷りの文芸同人誌などを展示した。これにあわせて、中西進館長らの講演会、俳句、川柳、詩画などの公募展などのイベントも数多く開催した。

 播磨文芸祭は翌年以降も続き、昭和40年代にスポットを当てた1994年の「繚乱の季節」で完結する。
「この播磨文芸祭をきっかけに、俳人の永田耕衣さんとの縁が生まれ、1996年の『虚空に
遊ぶ 俳人永田耕衣の世界』展を開催することができました。その後も、小規模の耕衣展を手がけ、そして2020年には二度目の大規模展である『生誕120年記念 俳人永田耕衣展』を開催しました」
 文学館でいちど手がけた作家の展示をふたたび開催することには、さまざまなハードルがある気がするが、竹廣さんは「いちど担当すると、その作家への気持ちが深まるんです」と
こともなげに云う。

 20歳で自殺した歌人・岸上大作についても、1999年に最初の展示を開催し、2010年には
没後50年、さらに没後60年にあたる2020年に三度目の展示を行なった。ちなみに、竹廣さんは歌人への親近感から、「岸上くん」と呼んでいた。
 取材時に開催されていた「生誕120年記念 詩人 坂本遼展」は、別の学芸員の担当だが、
木山捷平との交流を伝えるコーナーを設けている。
 竹廣さんの話を聞いていると、同館では、ひとつの展示からしばしば、新たな展開が生まれているようだ。文学館という場所、施設が存在するからこそ、そのような現象が起こるのだろう。

金井寅之助文庫と漱石の手紙

 そろそろ書庫に入る時間だ。
 開館時の姫路文学館は、現在の北館(本館)のみだった。収蔵庫も本館の地下にあった。
それが1996年春には南館(別館)がオープンした。南館の地下1階は当初、映像展示室だったが、2016年のリニューアルで収蔵庫となり、全体の収容スペースが拡張した。

 館報の『手帖 姫路文学館』では、第96号から101号まで「ドキュメント リニューアルへの道」を掲載。収蔵庫に関する記述を引く。
「(2015年)5月19日 収蔵庫内に美術梱包輸送業者(略)の作業員4名が入り、資料の梱包が始まりました(略)行き先の倉庫では、資料保全の重要度に合わせて三段階のパターンで収蔵されるため、全ての荷に青・黄・赤のいずれかの色テープを貼って、収納先を分類し通し番号をつけました」

「(2016年)7月12日~16日 5日間かけて、大阪市内の倉庫に預けていた資料の輸送を行いました。(略)二つの収蔵庫への分類、搬入を行いました。事前準備が功を奏して、驚異的なピッチで予定より1日早く完了しました。文学館の核である資料が戻ってきたことでまずはひと安心しました」

 改修による休館中に、いかに館員が汗水流して働いていたかを訴えるリアルな文章だ。収蔵庫にすべての資料が収まったときには、本当に安心したのだろう。
 資料はその後も増えつづけ、2025年現在約18万点に達している。
 まずは南館地下の収蔵庫へ。「金井寅之助文庫」という表示が目に入る。

★金井寅之助文庫
★金井寅之助文庫


 金井寅之助は、姫路文学館の生みの親の一人とも云える存在だ。1911年(明治44)、兵庫県加古郡八幡村(現・加古川市)生まれ。日本近世文学研究者で、同館の準備段階での資料収集調査委員会の委員として尽力した。1988年に亡くなったので、残念ながら開館に立ち会うことはできなかったが、その蔵書は本人の遺志により同館に寄贈された。

「その旧蔵書は、江戸明治期の刊本・写本から日本文学研究書・雑誌に至る、金井氏の書斎にあった書物のおよそ全て、総計約3万3千点にのぼるものである」(山本秀樹「姫路文学館蔵金井寅之助文庫について」、「文学館とっておきコレクション 1991~2002」展図録)  
 なかでも、江戸時代前期から明治にかけての和本は数多い。これらは帙に入った状態で整然と積まれている。これらのうち、1051件を国文学研究資料館の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」に提供し、現在703件が国書データベースで公開されている。

★金井寅之助文庫の和本
★金井寅之助文庫の和本

 また、播磨に関わる書物も多い。その中には、三木露風や有本芳水らが投稿した地元紙
『鷺城新聞』も含まれる。

★『鷺城新聞』
★『鷺城新聞』

 
 次に見たのは、「南天荘文庫」だ。
 南天荘は歌人・国文学者の井上通泰(みちやす)の号である。1866年(慶応2)に姫路元塩町に生まれる。12歳で医師の井上碩平の養子となり、帝国大学医科大学に進学。卒業後は眼科医を営みながら、短歌を詠み、森鷗外らと交流した。
 通泰の生家は松岡家で、兄は医師の松岡鼎、弟には民俗学を創始した柳田國男、言語学者の松岡静雄、日本画家の松岡映丘がおり、「松岡五兄弟」と称する。姫路文学館では1992年に「松岡五兄弟」展を開催した。

 ちなみに、通泰を母方の曽祖父としてもつのが、亡くなった評論家の坪内祐三さんだ。
 南天荘文庫には、『桂園叢書』など通泰の著作のほか、『播磨国風土記新考』の原稿、森鷗外、与謝野鉄幹らの書簡など、約4400点を所蔵。
 

★南天荘文庫
★南天荘文庫

 先に見ておくと、北館の収蔵庫には松岡五兄弟の著作や関連書が並ぶ棚がある。そのうち、柳田國男の美本が並ぶ一角は、書誌学者で関西大学の教授だった山野博史さんが寄贈したものだ。
 

★松岡五兄弟
★松岡五兄弟

 
★山野博史寄贈の柳田國男著作
★山野博史寄贈の柳田國男著作

 五兄弟関係の棚には、松岡静雄『チャモロ語の研究』(郷土研究社)があった。柳田國男がはじめた「爐邊叢書」の一冊で、この本も柳田が編集したものではないか。
 

★松岡静雄『チャモロ語の研究』
★松岡静雄『チャモロ語の研究』

 南館の収蔵庫には、軸や額に入った書や絵などが多いのだが、特に貴重なのは、夏目漱石の書簡だ。
「漱石が東京と大阪の朝日新聞に『こゝろ』の連載をはじめてから4日目に、現在の加古川市に住む松尾寛一という小学生の少年に宛てた手紙で、同作の『先生』についての質問に答えたものです。自分の住所を誰から聞いたのかとも、質問しています」

 作家の出久根達郎はこの手紙について、「『こゝろ』にまつわるエピソードで、何と言ってもピカイチで感動的なのは、小学生のファンレターに、文豪が律義に返事を認めていることであろう。漱石全集の『書簡』編中、小学生に宛てた手紙は、自分の子どもたちに宛てたものをのぞいて、たった二通しか無い」と絶賛している(「夏目漱石 漱石山房の日々」展図録)。

 松尾少年は病気のため20歳で亡くなるが、この手紙は遺族が大切に保管し、「漱石尺牘(手紙の意味)」と記された箱に収められていた。それが同館に寄贈され、2014年、『こゝろ』から100年を記念しての漱石展の目玉として出品され、大きな話題を呼んだ。
 この手紙は、同館の最大のお宝と云えるだろう。

★「漱石尺牘」と記された  書簡の保管箱
★「漱石尺牘」と記された
 書簡の保管箱

★漱石書簡の封筒(表)
★漱石書簡の封筒(表)

 
★漱石書簡の封筒(裏)
★漱石書簡の封筒(裏)

 

資料を活かすために

 次に、北館地下1階の収蔵庫へ向かう。
 北館と南館は地下の通路でつながっているが、照明は薄暗い。思わず、「夜中にここは
通りたくないなあ」と口に出して、竹廣さんに苦笑される。
 収蔵庫の扉の前にあるブックトラック2台には、横溝正史の著作がずらりと並ぶ。古い単行本もあれば、近年の復刊や文庫もある。あるコレクターの方からまとめて寄贈されたものだという。

★横溝正史の著作
★横溝正史の著作

 
 収蔵庫の中に入ると、参考資料、郷土資料、同人誌などと分類され、作家別の棚も設けられている。

 ★郷土資料の棚
★郷土資料の棚

 
 播磨関係者の棚には、「宮本武蔵」の項も。武蔵は美作国(岡山)の生まれだと思い込んでいたが、『五輪書』には「生国播磨」と書かれているそうだ。棚には井上雄彦のマンガ『バガボンド』もしっかり並んでいる。

★宮本武蔵の棚
★宮本武蔵の棚

 
 椎名麟三の著作・旧蔵書が並ぶ棚もある。1911年(明治44)、飾磨郡曾左村之内書写村(現・姫路市書写)に生まれる。戦後、『深夜の酒宴』で脚光を浴びた。旧蔵書には交流の
あった作家からの献呈署名本も多い。
 収蔵庫の別の場所には、遺族から寄贈された演劇・放送関係の台本、書簡、原稿、創作ノート、写真帖などが収められている。

 同館学芸員の玉田克宏さんは、「資料はそれが何であるかという情報が伴ってこそ価値をもつ。だから、きちんと整理されているならば将来にわたって散逸するような災厄は起こりえないはずだ」(「遺稿を生かすも殺すも…… 椎名麟三自筆資料 画像ファイル 一覧表・内容索引表について」、『手帖 姫路文学館』第120号、2021年7月)という信念のもと、資料整理の過程で、あるメモがどの作品についてのものなのかという情報をまとめ、「椎名麟三自筆資料 画像ファイル 一覧表・内容索引表」を作成して『姫路文学館紀要』第24号(2021)に発表。サイトではそのPDF版がダウンロードできる。この作家を研究するためには必須のツールだろう。

 椎名と同じく姫路出身の作家が阿部知二だ。岡山県で生まれ、1913年(大正2)に9歳で
姫路に引っ越した。昭和初期にモダニズム文学の旗手として注目された。著作が並ぶ棚から、『モダンTOKIO円舞曲』(春陽堂)を引っ張り出す。「新興芸術派十二人」によるアンソロジーで、阿部の「スポーツの都市風景」が収録されている。このカッコいい表紙は、誰が装丁したものだろうか?
 一方、昭和10年代に刊行された『街』『道』(ともに新潮社)の装丁は落ち着いてシックなものだ(『街』の装丁は脇田和らしい)。

★阿部知二『モダンTOKIO円舞曲』
★阿部知二『モダンTOKIO円舞曲』

 
★阿部知二『街』『道』
★阿部知二『街』『道』

 
 有本芳水の棚もある。1886年(明治19)、飾西郡津田村(現・姫路市飾磨区)生まれ。実業之日本社で『日本少年』の編集にあたるとともに、自ら詩や小説を発表。少年少女の人気を博した。同館では2000年に「大正少年詩ロマン 有本芳水展」を開催したが、竹廣さんは「生誕140年に合わせて来年、二度目の芳水展を開催できればと思っています」と話す。

★『日本少年』
★『日本少年』

 
 文学関係ではほかにも、作家・編集者の水守亀之助、太宰治や尾崎一雄の出世作を刊行した砂子屋書房の社主で歌人でもあった山崎剛平などの棚がある。出版人としては、1911年(明治44)創刊の「立川文庫」を刊行した立川熊次郎もこの地の出身で、2004年に展示を開催している。

★水守亀之助の棚
★水守亀之助の棚

 
★砂子屋書房の刊行物
★砂子屋書房の刊行物

 
 学術関係では、歴史学者の辻善之助のコレクションも見逃せない。東大史料編纂所時代の
ノートや欧米旅行の手記『欧米巡歴録』など1万点以上。辻が帝大で学んだ歴史学者の三上
参次もまた姫路の出身である。

忘れられた作家の資料

 俳人の永田耕衣と同館の縁については、前に触れた。永田は95歳の時、神戸市須磨区の自宅で阪神淡路大震災(1995年)に遭遇し、奇跡的に無傷で救出される。倒壊した家屋から門人たちが救出した資料は、「永田耕衣文庫」として姫路文学館に寄贈された。その数、約7,400点。

★永田耕衣文庫。耕衣の著作
★永田耕衣文庫。耕衣の著作

 
★永田耕衣文庫。ノートなどの自筆資料
★永田耕衣文庫。ノートなどの自筆資料

 
 書棚から離れて、資料が収納されているケースを眺めていると「渡辺均」という名前に目が留まった。

★渡辺均資料のケース
★渡辺均資料のケース

 
 なんか見覚えがあるなあ、と思ったら、昔、古本屋で接木幹『或る情痴作家の〝遺書” 渡辺均の生涯』(幻想社)という本を買っていた。それだけでなく、最近出た川口則弘さんの『文芸記者がいた!』(本の雑誌社)に渡辺均の項があったのだ。
 同書によれば、渡辺は揖保川町に生まれ、幼少期に龍野に移る。京都帝大を出て、大阪毎日新聞に入社。文芸記者として記事を書く一方で、花柳界や落語についての著書を出した。
晩年は寂しい生活を送り、56歳で自殺したという。

★渡辺均『祇園風景』『鴨川夜話』
★渡辺均『祇園風景』『鴨川夜話』

 
「渡辺均資料」とラベルの貼られたケースを、竹廣さんに開けてもらうと、中にはたくさんの貼り込み帖やアルバムが入っている。
『書簡断簡切抜帖』と題された1冊を手に取ると、徳田秋声、甲賀三郎、佐々木味津三、谷崎精二らの手紙から「渡辺均様」と署名の部分だけ切り取って、スクラップしているものだった。川端康成、吉川英治のような著名作家よりも、一時活躍したが、その後忘れられてしまった書き手(松本泰、酒井真人、井東憲……)の筆跡の方がいまとなっては貴重ではないか。姫路出身の水守亀之助の名前も見える。

★『書簡断簡切抜帖』
★渡辺均資料『書簡断簡切抜帖』

 
★『書簡断簡切抜帖』
★渡辺均資料『書簡断簡切抜帖』

 
★『書簡断簡切抜帖』
★渡辺均資料『書簡断簡切抜帖』

 
 そういえば、これと同じような貼り込み帖を見たなと、思い出してみると、2か月前に訪れた徳島文学書道館の「久米惣七・寄贈資料」だった。久米も徳島日日新聞社の記者だった。
新聞記者の間でこういう手法のコレクションが流行っていたのだろうか?

 今度はアルバムを開いてみると、人物や風景を撮ったものが貼られている。写真の脇に細かく説明が入れられているのがありがたい。たとえば、秋田実、食満南北、岸本水府らと一緒に写っている写真は、1939年(昭和14)6月17日にBK(大阪NHK)の「漫才の今昔を語る座談会」のものだ。ほかのページには、カメラを構える自画像もある。

★渡辺均の写真アルバム
★渡辺均の写真アルバム

 
★渡辺均の写真アルバム
★渡辺均の写真アルバム

 
 全部見たい! と思うのだが、とてもそんな時間はない。これらの資料は1993年に購入したものだが、開館30年を記念した企画展「姫路文学館の30年 ブンガクカンってなんだろう?」(2021年)で一部を展観したのみだ。渡辺均だけの展示は難しくても、文学や大衆文化の観点からこれらの資料が展示されることを期待したい。

あるSFファンのコレクション

 同館には、映画関係者の資料もあり、2005年に「はりま・シネマの夢 銀幕を彩る映画人たち」という展示も開催された。
 姫路近隣の町からは浦山桐郎と前田陽一という、二人の映画監督が生まれている。吉永小百合主演の『キューポラのある街』でデビューした浦山は、1930年(昭和5)、相生町(現・相生市)生まれ。父の浦山貢は相生造船所で働きながら、短歌を発表していたが、飛び降り自殺する。その唯一の歌集『飛沫』(水甕社)も所蔵されている。

★浦山貢『飛沫』
★浦山貢『飛沫』

 
 詩村映二は、活動弁士をしながら詩を書いたという変わり種だ。同館には彼が発行した
『詩文誌 驢馬』の創刊号が所蔵されている。詩村の作品集として、詩人の季村敏夫さんが
編んだ『カツベン』(みずのわ出版)がある。

★『詩文誌 驢馬』
★『詩文誌 驢馬』

 
 最後に紹介したいのは、「東海洋士文庫」だ。
 このコレクションが同館にあることは、編集者の東海晴美さんから伺っていた。東海さんは評論家の草森紳一のパートナーであり、草森さんが亡くなったあと蔵書の整理を行なった人だ。その経緯はこの連載の第17回(『書庫をあるく』皓星社 に収録)に詳しく書いた。

 東海洋士は、その晴美さんの弟である。1954年、姫路市に生まれる。小学生の頃からSF、演劇、映画などに没頭する。高校時代の友人にミステリ作家の竹本健治がいる(その縁で、
竹本さんは草森さんの蔵書整理に協力している)。
 上智大学卒業後、松竹に入社。その一方で小説を書き、SF雑誌『奇想天外』に掲載された。2001年、幻想小説『刻丫卵』(講談社ノベルス)を発表するが、翌年に肝臓がんで死去。享年47歳。
 2004年、晴美さんは『やさしい吸血鬼 東海洋士追悼集』を刊行。そこには友人に交じって、新井素子、筒井康隆、綾辻行人、萩尾望都といった名前が並ぶ。草森紳一も「永代橋の桜」という30ページに及ぶ追悼文を寄せている。

 同書の最後には「蔵書寄贈先」として姫路文学館の情報が載っている。寄贈されたのは、
書籍約1500冊、雑誌800冊、映画・演劇関係のパンフレット約800冊など。自身が携わった
映画、放送などの台本もある。
 棚を眺めると、私が中高生の頃に熱中したSFやミステリの単行本、雑誌、映画パンフレットがずらりと並び、壮観だ。私の一回り上の人だが、こんなお兄さんが近くにいたら強烈な影響を受けていたに違いない。

★東海洋士文庫。SF雑誌
★東海洋士文庫。SF雑誌

 
★東海洋士文庫。  筒井康隆の同人誌
★東海洋士文庫。
 筒井康隆の同人誌

 
★東海洋士文庫。  映画や演劇のパンフレット
★東海洋士文庫。
 映画や演劇のパンフレット

 
 案内してくれた竹廣さんは、「東海洋士展はいつかやらないと……」とつぶやいた。
 
 収蔵庫を全部見終わるのに2時間近くかかり、そのあと、館報などの資料を閲覧していたらさらに2時間かかった。
 いちどホテルに荷物を置き、夕方から姫路駅前の古本屋〈あまかわ文庫〉で、わたしと竹廣さんのトークイベント「文学と人が出会う場所」を開催した。
 そこでは、準備中の「没後10年 作家 車谷長吉展」の話を聞いた。竹廣さんにとっては、車谷もまた「二度目の人」だ。2007年、作家が健在の時に「作家車谷長吉。 魂の記録――書くことが、ただ一つの救いだった。」展を開催した。今回はこのほど、妻の高橋順子氏から寄贈された膨大なノート類を読み込んで、決定版的な展示にしたいと意気込んでいた。

 そして、4月から展示がスタート。私は行けなかったが、送られてきた図録には例によって文章と図版が満載だった。
 蔵書(収蔵品)をもとに展示を行なうのが文学館の役割だ。しかし、蔵書は年月を経て増えていくものだし、研究も進んでいく。その成果を「二度目」として問う姫路文学館の姿勢は
素晴らしい。今後も二度目、三度目と掘り起こしつつ、一方で、渡辺均、東海洋士らの「一度目」を実現してほしいと願う。
 
 
姫路文学館
〒670-0021 姫路市山野井町84番地
http://www.himejibungakukan.jp/
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
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破棄する前に6
山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(中)

廃棄する前に6
山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(中)

三昧堂(古本愛好家)

昭和15年5月に山雅房から『現代詩人集Ⅰ』が刊行された。上製本カバー付きの当時としては豪華な装幀である。小野十三郎・吉田一穂・高橋新吉・中野重治・金子光晴・山之口貘の作品が収められている。全五巻で30人の詩人を集めており、上記の他に竹中郁、丸山薫、北園克衛、瀧口武士なども収録された古本好きには魅力ある全集である。貘の詩は「結婚」と題された20篇、中に「思ひ出」という詩がある。

貘はこの全集の編纂にもタッチしている。
「思ひ出」は前回、写真を掲載したように『中央公論』昭和15年新年特大号に見開き2頁と
次頁3頁で収められている。

  枯芝みたいなそのあごひげよ
  まがりくねつたその生き方よ
  おもへば僕によく似た詩だ
  るんぺんしては
  本屋の荷造り人
  るんぺんしては
  暖炉屋
  るんぺんしては
  お灸屋
  るんぺんしては
  おわい屋と
  この世の鼻を小馬鹿にしたりこの世のこころを泥んこにしたりして
  詩は、
  その日その日を生きながらへて来た
  おもへば僕によく似た詩だ
  やがてどこから見つけて来たものか
  詩は結婚生活をくわへて来た
  あゝ
  おもへばなにからなにまでも僕によく似た詩があるもんだ
  ひとくちごとに光つては消えるせつないごはんの粒々のやうに
  詩の唇に光つては消える
  茨城うまれの女房よ
  沖縄うまれの良人よ

 この『現代詩人集』に収められた背広姿の貘とはイメージの違う職業遍歴、前回紹介した高田豊と共通している。高田渡はこの詩には曲を付けていないが、アルバム『石』に木山捷平の詩「長屋の路地に」が収録されている。哀しい内容の詩だが、ギターにバンジョーとブルースハープ(ハモニカ)、ホンキートンクピアノ(細野晴臣が担当)が絡みカントリーウエスタン風の明るい曲調で歌われる。

  長屋の路地に
  長屋の路地に
  長屋の路地裏に
  今日も アメ売りがやってきた

  赤い着物をきた
  おやらしいのと
  子供らしいのと
  赤い着物をきた
  今日も アメ売りがやってくる

  親じが タイコたたきゃ
  親じが タイコたたきゃ
  子供が踊るよ
  だけど アメは ひとつも売れなんだ

  それで又
  それで又
  それで又 ふたりは
  向こうの路地裏に入っていった

これは木山捷平の詩集『メクラとチンバ』(昭和6年・天平書院)に収録された「赤い着物を着た親子」をアレンジしたものだ。リフレインを多用している。貘の「思ひ出」もこの曲と同じような明るい感じの曲調が合う気がする。悲惨な内容の詩は暗く沈んで歌うより却って心に響く。

 貘は「思ひ出」を発表した同じ昭和15年5月、やはり『中央公論』に「小説 詩人、国民登録所にあらわる」を発表している。『山之口貘全集』第三巻(思潮社・1975)が小説篇で27篇が収められているが、「小説 詩人 国民登録所にあらわる」は、創作順に収められたこの全集では「ダルマ船日記」「詩人便所を洗ふ」「天国ビルの斎藤さん」に続く四作目で因みに五作目は「詩人の結婚」(1943年6月)である。全て『中央公論』掲載である。

全集小説篇の解説は仲程昌徳氏で「山之口貘の小説は、そのすべてが自伝である」「詩人としての貘の詩も、まさに自己の生活そのものを飽くことなくうたっているわけであるが、それらの詩に残せなかった多くのものを、小説は書き残している」と書かれている。事実、先に紹介した詩「思ひ出」の職業遍歴が、この5篇の小説で描かれている。以下は戦後の作品で、「るんぺん」状態になる経緯を描いた「野宿」は『群像』昭和25年9月号掲載である。ただ仲程氏の解説は貘の小説の背景を分析した要を得たものであるが、発表誌の問題に触れていないのが不思議である。

手元に「ダルマ船日記」掲載の『中央公論』昭和12年12月号と、「詩人便所を洗ふ」掲載の昭和13年9月号がある。共に584、588頁もあり、同誌は最盛期を迎えていた。それぞれの冒頭見開き2頁の写真を掲載するが、「詩人便所を洗ふ」を見て頂きたい。二重子持ち罫で囲まれており、謂わば特別扱いである。「おわい屋」と言っても、この小説で描かれるのはビルの大型の浄化槽の洗浄。作業上実際の「おわい屋」も出てくるが貘の仕事は作業の監督である。

◆「ダルマ船日記」  中央公論 昭和12年12月号
◆「ダルマ船日記」
 中央公論 昭和12年12月号
 
◆「詩人便所を洗ふ」  中央公論 昭和13年9月号
◆「詩人便所を洗ふ」
 中央公論 昭和13年9月号
 
◆浄化槽断面図
◆浄化槽断面図

しかし自らも洗浄作業に携わっている。浄化槽の構造を図示(貘が描いたのだろう)までして、実に精密に作業の様を描いている。こういう小説は他にないだろうと思うが、読んでも悲壮感や嫌悪感は生ぜず、その点は貘の詩と同じである。この1937年から1943年の同誌編集長は雨宮庸蔵、小森田一記、松下英磨、畑中繁雄、再び松下と短期間で変わっているが、貘を起用した文芸欄の編集部には敬意を表したい。貘はまだ30代であった。貘の小説は「創作」欄ではなく「本欄」掲載である。それにしても無数にいる詩人小説家で、『中央公論』に作品を発表できるのはごく一部に過ぎない。その中で貘の詩や小説が採用された意味は小さくない。

昭和15年には既にプロレタリア文学は表舞台から退場させられていた。貘は社会主義者ではないが、仲程氏は解説で「上京、帰郷、再度の上京、放浪の生活、結婚、出産」「そういう生活の歩みのなかで、貘の眼を引きつけたものは、底辺の人間の生活であり、在日朝鮮人の姿であり、沖縄の不安定な位置であり、暗澹たる不穏な社会の様相であるというように、それらのどの一つをとってみても、大きな社会的問題であり」「山之口貘は、そのような大きな社会的問題を、必ずしも意図的にまっこうから取り上げたわけではないが、一人の貧しい詩人として生きているうちに、それらは、どうしようもなく背後から重くのしかかかって」きたのであると書かれている。

貘の小説は、その詩と同様に声高に叫ぶのではなく、悲嘆にくれるのではなく、どこかユーモアが滲じむ洗練された表現で描かれている。生活はまことに苦しいのだけれど、楽しんでいるようにも見える。生活の苦しさに心が荒んでしまったら詩や小説は生まれない。当時の日本は、沖縄の人々に対し朝鮮人への差別同様の感情があった。貘が安定した職にありつけないのも、そうした差別があったのかもしれないが、その作品は『中央公論』に何度も掲載され続けた。編集者の慧眼である。しかし、その程度では食ってはいけなかったのだろう。

おそらく詩の原稿料は一編いくらという形である。その点小説は原稿枚数による。しかし短編では高が知れている。芥川龍之介ほどの人気文学者でも長編作家でない故に、生活はけして豊かではなかった。生活に余裕があるのは、大衆が喜ぶ長編小説を量産できる作家のみである。

前回紹介した月の輪書林の古書目録12『特集・寺島珠雄私記』(2001)は当初山之口貘特集を目指したものであったが、資料収集中に寺島さんが亡くなり、その旧蔵書の一部を入手したことから特集を変更したと巻頭の「前口上」に書かれている。寺島さんも貘に通じたところのある詩人であった。その貘特集の名残として小沢信男さんのエッセイ「山之口貘」が収録されている。1999年5月26日の日付のある9000字ほどのものだ。小沢さんには『通り過ぎた人々』(2007・みすず書房)や『本の立ち話』(2011・西田書店)など思い出の人たちを回想した本があるけれども、この「山之口貘」は未収録である。

昭和15年中学生の小沢さんは新聞の書評を見て、山雅房刊行の『山之口貘詩集』を神保町の三省堂で求めた。生まれて初めて買った詩集で、その時の書店のどこにどう置かれてあったかまで覚えていた。「僕らが僕々言つてゐる/その僕とは 僕なのか/僕が その僕なのか」と始まる詩「存在」に惹かれ、暗誦しようとした。戦後、貘のところに出入りしていた知人から、その『山之口貘詩集』を詩人は持っていないから進呈すべきだと言われた。悩んだ末「この世の物は、それを最も必要とする者のところへ行くのが本来なのだろう」と思い、貘行きつけの池袋の喫茶店「コヤマ」で初対面の貘に進呈した。詩人は喜び「つぎに詩集をだしたらさしあげますから」と言ったがその後も何度かあったが詩人から進呈される機会は訪れなかった。

小沢さんは月の輪書林が貸してくれた『山之口貘全集』第一巻全詩集を読み、改めて貘が本物の詩人であることを再確認する。「貧窮は、ときに恋愛や病死をもしのぐ人生的社会的な大主題であろう。ということは文学の大主題でもあるはずだけど。恋愛には歓喜と悲痛の両面があり、病死にろくなことはないが生命への執着力の闘いではある。その点、貧窮にはべつだん歓喜の側面もなし、富貴への執着ゆえの闘いでもなし、一方的に拘束力がつよくてあじきない。

世にもつまらぬ貧窮を、文学的営為の中心に据えてゆるがなかったのが山之口貘の偉大さではあるまいか」昭和前期「農村は疲弊し、貧窮は全国的規模だった」「貧窮から戦争への滔々たる時流のなかで、だんぜん貧窮に沈みっぱなしの詩人がいた。貧窮の底から、戦争へではなく、いっそ天空へと彼は往来する」「普遍性という神の座への接近度。その選ばれたる者を詩人というのだろう」「表現とは(略)いのちをかける、その野暮の極みを、とことん平易に、率直に、削ぎ落す。そしておもいきり粋に蹴り飛ばす」。貘の詩や小説はまさにそのようなものだったと私も思う。

小沢さんが中学生時代に買った二冊目の詩集は丸山薫の『物象詩集』(昭和16年・河出書房)で、『山之口貘詩集』とともに宝物だった。戦後創元選書『十年』(昭和23年)が出た頃から小沢さんは自称丸山門下となった。

私が最初に買った詩集は小型箱入りの『八木重吉詩集』である。やはり買った本屋を覚えている。高校一年の時で、この詩集は今も捨てずに持っている。60代半ばを過ぎてから八木重吉や、千家元麿、丸山薫などの詩に惹かれるようになった。大分本も買った。原書房版『定本山之口貘詩集』は箱がない本を大分前に買ってあったが、前回書いたよう沖縄のことを調べ始めた時に、意識して読み始め、その他の本も買い集め、手持ちの雑誌に掲載された作品を探した。若い頃に、少ない小遣いから買った本は捨てがたいし、年齢を重ね不思議とまたそこに戻っていくようなのだ。

 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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本とエハガキ⑥ 読書エハガキ①

本とエハガキ⑥ 読書エハガキ①

小林昌樹

読書シーンのエハガキ

 今回は読書場面を写した写真エハガキを紹介する。図書館史への興味から図書館エハガキを集め始めた際に、閲覧者も写っていることに気づいた。そしてさらに本の関連までエハガキ集めを広げると、読書行為そのものを写しているエハガキもあることにも気づいた。

 最初、読書エハガキを読書史料として使えるのではないかと考えて集めたが、図書館系は
ともかく、それ以外の単体の読書エハガキは、あまりに「構えて」撮られているようなので(いわゆる「やらせ」に近い)、読書行為の史料としてはやや使いづらいと感じている。
 それでもなお、「本とエハガキ」という枠内ではあり、眺めていると楽しいので、今回、
読書行為が写っているエハガキ(読書エハガキ)を紹介する。

絵画のエハガキ

 この連載では写真のエハガキを取り上げ、絵のエハガキは取り上げてこなかったのだが、
絵画エハガキのほうだと読書シーンというは比較的ありふれた形で目にする。というのも、
単体の作品としての絵画で、人物画の題材とし読書風景がよく取り上げられる一方で、大規模な絵画などの美術展覧会が開催されると、それにあわせて絵画のエハガキが発行されることが多いからだ。

6-1
【図6-1】「芝居の噂(博多言葉)」
 罫線パターンc 大正期か
 
 これは絵画でも、観光みやげで発行されていたお国言葉セットものの一種だろう。ただし
発行は東京芝区の「TORII」書店と表面にある。画中では女性3人が『演芸画報』を2冊開いて見て、芝居の予定表が掲載されているのであろう、来月は菊五郎が来ると噂しあっている。
博多言葉に標準語が併記されている。足袋を履いていないのが打ち解けたプライベート空間を表しているようだ。

6-2
【図6-2】「ポーズ(帝国美術院第十一回美術展覧会出品)永地秀太氏筆」
 罫線パターンc 1930年

 この絵を描いた永地秀太(ながとちひでた)は明治〜昭和前期の洋画家。第11回「帝展」に出品されたものらしい。洋画家自身のアトリエか書斎だろう。洋書ばかりが大型の作り付け本棚に縦置きされているのがカラーでよく分かる。一部は「THOMA」「PICASSO」などと背文字が読めるように描かれている。

 出品された絵画が、写真に取られ、色彩分析されたうえで、三色網版でカラー印刷され、(おそらく展覧会場で)販売・頒布されたものだろう。この手の読書絵画エハガキが手元に数十枚ある。これは戦前ポスターのエハガキも同様なのだが、銀塩写真や印刷写真はモノクロ(白黒)なので、現物が戦災などで失われると実際の色味が現在の我々にわからないことがある。そんな場合、絵画エハガキやポスターエハガキが色味を知る手がかりになる。

子どもと老人

 日本国内だとお国言葉のエハガキがよく発行されていたらしいのだが、戦前日本の場合、
台湾や朝鮮がそれに準じる地方として存在していた。当時の用語でいう「外地」(植民地と友邦を合わせた言葉)である。その現地人の風俗習慣を写真エハガキに仕立てられていた。その中に読書エハガキがある。

6-3
【図6-3】「児童の読書(朝鮮風俗)」
 罫線パターンb 明治末〜大正

 【図6-3】は表面の切手貼付欄に「京城日ノ出発行」とあるので、朝鮮京城にあったエハガキ屋が作ったもの。「朝鮮風俗」シリーズの1枚。児童が対座して本(唐本か?)を広げているが、本当にこのような読書風景があったのかちょっと疑わしい。
 いまネットを見ると、朝鮮写真絵はがきデータベース(国際日本文化研究センター)が稼働しており、キーワード「読書」でそれを検索すると同じ写真のエハガキが数枚出てくる。ヤフオクでもよく見る絵柄なので多く刷られたものだろう。

6-4
【図6-4】「児童ト読書」
 罫線パターンb 1910年

 【図6-4】は表面消印によれば1910(明治43)年のもの。「京城八弘堂発行」とある。
咸興で投函されたもの。朝鮮の子どもが読書をしている写真だが、先生役とおぼしき老人が設定されている。同じ図柄の写真エハガキが朝鮮写真えはがきデータベースにあり、そちらは「韓人読書教授」と題されて、より具体的な記述になっている。朝鮮の「書堂」(日本でいう寺子屋)を模した撮影だろう。同データベースを「書堂」で再検索すると、よりリアルな写真エハガキが出てくる。

6-5
【図6-5】「老儒」
 罫線パターンd 1935年前後か

 【図6-5】も外地もの。満洲で漢人の家を訪問したら老人が書見をしていた、という設定である。キャプションに「老儒」とあるが、本当に儒者だったか怪しい。本はテーブル上の1冊だけで他に書物が写されていないのが残念。

本の置き方に変遷あり――本箱から本棚へ

 次も子どもの読書エハガキだが、分析的に見るととても面白いことがわかる。

6-6
【図6-6】「読書する子ども(仮題)」
 罫線パターンb 1910年前後か

 最後の【図6-6】はキャプションがないので仮題をつけた。横浜伊勢崎町の「TONBOYA」発行と表紙にある。子どもが洋書か洋装本の図版を見ている図柄で、いかにもポーズをつけさせているように思われるのだが、読書史として興味深いのは右側の本箱。

6-6a
【図6-6a】図6-6部分、本箱

 正確には本箱そのものではなく、その運用法が読書史上の過渡期を示していて面白い。
ラーメンの岡持ちのごとく差し込み(倹飩/慳貪)式のフタがついた「慳貪(けんどん)箱」が江戸時代の本箱だったが、これは本来、和本や唐本をヒラに入れるもの。明治期に洋装本が
日本でも出るようになり、新刊書の過半数が洋装本になったのが明治19年ごろ。そして明治30年代に背文字が背表紙に刷り込まれるようになり、本はタテ置きされるようになったようなのだが、なんと和本用の本箱にけっこうタテに置かれていたようなのである。

6-7
【図6-7】和本用本箱に洋装本をタテ置きした事例 1898(明治31)年

 【図6-7】は、和本用本箱に洋装本をタテ置きした図で、本箱から本棚へ本の個人収蔵法が変化していく過渡期を示すちょうどよい絵だったので拙著『立ち読みの歴史』などにも引用しておいた。それが【図6-6】のエハガキで、実際にこの目で見ることができたわけである。
ちなみに【図6-6a】の慳貪蓋の高さが箱の高さに比べ、やや足りないように見えるのは、本箱の最下部は引き出しになっているからだろう。そのような様式の本箱が明治期に多いと何かで読んだ。

 人物写真のエハガキは全体としてはポーズ、やらせが多いのだが、こうやって部分(私は「映り込み」と呼んでいる)に注目すると、ある種の真実が出てくる。

次回も読書エハガキ

 久しぶりに手元のエハガキコレクションの箱を開けたら、思ったより読書エハガキがあったので、次回もこれを紹介したい。どうやら郷里の実家に送るためのものらしいのだが、学校の寄宿舎ものといえるエハガキが発行されており、それに読書風景がかなりある。

エハガキの罫線パターン(連載1回にも掲載)

【表1-1】様式による年代推定表(あくまで目安)
【表1-1】様式による年代推定表(あくまで目安)

お知らせ

 拙著『立ち読みの歴史』でも少し本のエハガキを使っています。『朝日新聞』書評欄(2025年6月28日〔土〕)、『週間プレイボーイ』(6月28日号、深田恭子さんが表紙)でも特大で紹介され好評なので、ぜひ書店にて立ち読みしてみてください。
 
『立ち読みの歴史』
 
書名:『立ち読みの歴史』
著者:小林 昌樹
発行元:早川書房
判型/ページ数:新書/200頁
価格:1,320円(税込)
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221
 
好評発売中!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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2025年7月10日 第422号

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          古書市&古本まつり 第150号
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━━━━━━━━━━【シリーズ古書の世界】━━━━━━━━━━

破棄する前に6 山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(中)
                       三昧堂(古本愛好家)

昭和15年5月に山雅房から『現代詩人集Ⅰ』が刊行された。上製本カバー
付きの当時としては豪華な装幀である。小野十三郎・吉田一穂・高橋新吉・
中野重治・金子光晴・山之口貘の作品が収められている。全五巻で30人の
詩人を集めており、上記の他に竹中郁、丸山薫、北園克衛、瀧口武士なども
収録された古本好きには魅力ある全集である。貘の詩は「結婚」と題された
20篇、中に「思ひ出」という詩がある。

  枯芝みたいなそのあごひげよ
  まがりくねつたその生き方よ
  おもへば僕によく似た詩だ
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=22853
 
 
━━━━━━━━━━━━━━【本とエハガキ】━━━━━━━━━━━━━

本とエハガキ(6) 読書エハガキ①
                             小林昌樹

■読書シーンのエハガキ
 今回は読書場面を写した写真エハガキを紹介する。図書館史への興味から
図書館エハガキを集め始めた際に、閲覧者も写っていることに気づいた。
そしてさらに本の関連までエハガキ集めを広げると、読書行為そのものを
写しているエハガキもあることにも気づいた。

 最初、読書エハガキを読書史料として使えるのではないかと考えて集めたが、
図書館系はともかく、それ以外の単体の読書エハガキは、あまりに「構えて」
撮られているようなので(いわゆる「やらせ」に近い)、読書行為の史料と
してはやや使いづらいと感じている。
 それでもなお、「本とエハガキ」という枠内ではあり、眺めていると楽しい
ので、今回、読書行為が写っているエハガキ(読書エハガキ)を紹介する。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=22658
 
 
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━━━━━━━━━━【シリーズ書庫拝見36】━━━━━━━━━━

姫路文学館 「二度目」を実現させる蔵書と資料
                            南陀楼綾繁

 昨年2月、姫路文学館をはじめて訪れた。目的は開催中の「生誕120年 
木山捷平展」を観ることだった。
 そのときの印象を私はこう書いている。
「木山捷平は人間のダメさを明るく肯定する私小説作家。今回の展示は、
木山の生涯をたどりつつ、姫路で過ごした日々にスポットを当てる。また、
戦時中に紛失した詩稿を古書店から入手し、展示したのが凄い。キャプショ
ンの文章からも担当学芸員がこの展示に込めた情熱が伝わる。期間中、木山を
愛読する世田谷ピンポンズさんのライブや、古本屋〈おひさまゆうびん舎〉の
勝手にコラボ企画もあり、姫路の町が木山捷平で盛り上がっているのがステキ
だった」(『フリースタイル』第60号、2024年6月)
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=22721
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。
 
 
X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu
 
 
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        南陀楼綾繁 著
   
 「書庫をあるく アーカイブの隠れた魅力」

ご好評をいただいている『書庫をあるく』(連載1〜19回収録)は、
今も幅広い読者の皆さまにご支持いただいています。今後の連載と
あわせて、ぜひこの1冊からお楽しみください。

大好評発売中!
https://libro-koseisha.co.jp/history_culture/978-4-7744-0840-8/
 
 
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━━【「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」開催のお知らせ】━━

「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」を東京古書会館2階
情報コーナーで開催いたします。旧家に保存されている原稿・執筆メモ、
交友関係者からの手紙・書簡、全著書を中心に展示を行います。この
機会に大阪圭吉の魅力を再認識、仕事・交友関係を広く知って頂けますと
幸いです。

【「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」】
会期:2025年7月11日(金)~7月26日(土)
時間:10時~18時(土曜日は17時終了)
   ※7月13日(日)、20日(日)、21日(月・祝)は休館
時間:10時~18時(最終日のみ17時終了)
会場:東京古書会館2階展示室(千代田区神田小川町3-22)
料金:入場無料
   https://www.kosho.ne.jp/?p=1562
 
 
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━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964
 
 
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━━━━━【7月10日~8月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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2025香林坊 夏の古書市

期間:2025/05/31~2025/07/21
場所:うつのみや香林坊店 金沢市香林坊2-1-1 クラソ・プレイス香林坊 BF

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ハンズ町田古本市

期間:2025/06/19~2025/07/15
場所:町田東急ツインズ・イースト館・ハンズ7Fイベントスペース
   小田急線・JR町田駅徒歩1分 
URL:https://machida.hands.net/item/cat70/post-1765.html

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フジサワ古書フェア(6月)

期間:2025/06/19~2025/07/16
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場 
   JR・小田急藤沢駅南口フジサワ名店ビル4階
URL:http://www.yurindo.co.jp/store/fujisawa/

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イオンタウン仙台泉大沢蚤の市

期間:2025/06/28~2025/07/27
場所:オンタウン仙台泉大沢1F 南側特設会場 仙台市泉区大沢1-5-1 
URL:https://www.instagram.com/touhoku_book_antique/

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アクロスモール新鎌ヶ谷古本市

期間:2025/07/04~2025/07/17
場所:アクロスモール新鎌ヶ谷 1F中央エレベーター前&中央エスカレーター前  
   千葉県鎌ケ谷市新鎌ヶ谷2-12-1

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第194回 神戸古書即売会

期間:2025/07/11~2025/07/13
場所:兵庫県古書会館 神戸市中央区北長狭通6-4-5
URL:https://hyogo-kosho.com/

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東京愛書会

期間:2025/07/11~2025/07/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:http://aisyokai.blog.fc2.com/

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趣味の古書展

期間:2025/07/18~2025/07/19
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.tokyo

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第155回 倉庫会 古書即売会

期間:2025/07/18~2025/07/20
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12
URL:https://hon-ya.net/

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杉並書友会

期間:2025/07/19~2025/07/20
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=619

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横浜めっけもん古書展(7月)

期間:2025/07/19~2025/07/20
場所:神奈川古書会館1階 横浜市神奈川区反町2-16-10
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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♭立川フロム古書市ご案内♭

期間:2025/07/25~2025/08/05
場所:フロム中武 3階バッシュルーム(北階段際)
   立川駅北口徒歩5分 ビッグカメラ隣
URL:http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm

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ハンズ横浜古本市

期間:2025/07/25~2025/08/28
場所:ハンズ横浜店 7階イベントスペース 
   横浜駅西口 横浜モアーズ7階
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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港北古書フェア(7月)

期間:2025/07/25~2025/08/05
場所:有隣堂センター南駅店店頭ワゴン販売 
   (センター南駅の改札を出て直進、右前方の駅構内)
URL:https://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

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和洋会古書展

期間:2025/07/25~2025/07/26
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=562

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中央線古書展

期間:2025/07/26~2025/07/27
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=574

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さんちか古書大即売会

期間:2025/07/31~2025/08/05
場所:神戸・三宮 さんちか3番街 さんちかホール
URL:https://hyogo-kosho.com/

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第2回 中央線はしからはしまで古本フェスタ

期間:2025/08/01~2025/08/02
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=783

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好書会

期間:2025/08/02~2025/08/03
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=620

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フィールズ南柏 古本市

期間:2025/08/06~2025/08/27
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場  
   柏市南柏中央6-7(JR南柏駅東口すぐ)

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第2回 夏の古本市・名古屋

期間:2025/08/08~2025/08/10
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12 
URL:https://hon-ya.net/

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第9回 Vintage Book Lab(ヴィンテージ・ブック・ラボ)

期間:2025/08/09~2025/08/10
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=830

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BOOK DAY とやま駅

期間:2025/08/14
場所:富山駅南北自由通路(あいの風とやま鉄道中央口改札前)
URL:https://bookdaytoyama.net/

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日本の古本屋メールマガジンその422 2025.7.10

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 URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
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☆INDEX☆
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1.高所綱渡り師たち 残酷のユートピアを生きる
                            石井達朗

2.十年間他人の書庫を片付け続けた『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』
                            小山力也

3.幻の探偵作家を求めた果てに ――
〔没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展〕開催に際して
                      小野純一(盛林堂書房)

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━━━━━━━━━━【自著を語る(341)】━━━━━━━━━━

高所綱渡り師たち 残酷のユートピアを生きる

                            石井達朗

 ニューヨークの世界貿易センター(World Trade Center)は計7棟の
ビルで構成されていたが、そのなかのツインタワーは110階建て、416
メートルの高さがあった。1973年にオープンしたときには世界一の
高さだった。

 ツインタワーがオープンした翌年の1974年の8月、フィリップ・
プティというフランス人の綱渡り師が、2棟のビルの屋上と屋上のあいだ
42メートルにワイヤーをわたし、綱渡りを決行したのだ。命綱などはなし。
眼下の道路の通行人がアリのように見える高所で、一本のワイヤーの上を歩く。
彼のやったことはすべて違法である。この行為、どう見ても正気の沙汰とは
思えないかもしれないが、彼は数年のあいだ心に秘めてきたことを、周到な
計画のもとにやり遂げたのである。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=22288
 
 
書名:高所綱渡り師たち 残酷のユートピアを生きる
著者:石井達朗
発行元:青弓社
判型/ページ数:A5/256頁
価格:3,740円(税込) 
ISBN:978-4-7872-7473-1
Cコード:0076

好評発売中!
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787274731/
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(342)】━━━━━━━━━━

十年間他人の書庫を片付け続けた『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』
                             小山力也

 ミステリ&SF評論家でアンソロジストの日下三蔵氏は、書庫に四十年以上、
本を溜めまくって生きて来た。

その書庫が、書庫と言っても一般的な一部屋ではないのだ。自宅の本来の
書庫+仕事部屋+和室+納戸+一階玄関&廊下+戸外の物置三棟、それに
加え自宅近所の中古3LDKマンションをすべて書庫として使用……と言うか、
いつしか本が溢れに溢れ、その領域を拡大し、書庫化してしまったという
のが正解であろう。

そしてその侵食書庫は、いつしか本が通路を埋め尽くし、あらゆる隙間に
本を詰め込まれ、独自のバランスを保つ本タワーがあちこちに出現し、右を
見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、下を見ても上を見ても、
どこもかしこも本ばかりという“魔窟”に進化していったのである。

 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=22343
 
 
書名:古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸
著者:小山力也
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判変型並製/256頁
価格:1,980円(税込) 
ISBN:978-4-86011-601-9
Cコード:0395

好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860116019.html
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

幻の探偵作家を求めた果てに ――
〔没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展〕開催に際して
                      小野純一(盛林堂書房)

 大阪圭吉は、愛知県南設楽郡新城町(現・愛知県新城市)出身の探偵
作家です。本名は鈴木福太郎。1912(明治45)年3月20日に新城町の
旅館「鈴木屋」の息子として生まれました。

1932(昭和7)年に探偵作家・甲賀三郎の推薦で『新青年』に「デパートの
絞刑吏」を発表してデビュー。以後、『新青年』『ぷろふいる』などの当時
多くの探偵小説を掲載した雑誌を中心に短篇探偵小説を発表。1936(昭和
11)年には、初の単行本『死の快走船』(ぷろふいる社)を刊行しました。

1942(昭和17)年に上京して日本文学報国会に勤務。翌年、応召。満洲
からフィリピンへと転戦し、1945(昭和20)年7月20日、ルソン島で病死。
江戸川乱歩や水谷準・甲賀三郎らから今後の期待を多くされつつも戦地で
命を落とした作家でした。

 
続きはこちら
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━━【「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」開催のお知らせ】━━

「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」を東京古書会館2階
情報コーナーで開催いたします。旧家に保存されている原稿・執筆メモ、
交友関係者からの手紙・書簡、全著書を中心に展示を行います。この
機会に大阪圭吉の魅力を再認識、仕事・交友関係を広く知って頂けますと
幸いです。

【「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」】
会期:2025年7月11日(金)~7月26日(土)
時間:10時~18時(土曜日は17時終了)
   ※7月13日(日)、20日(日)、21日(月・祝)は休館
時間:10時~18時(最終日のみ17時終了)
会場:東京古書会館2階展示室(千代田区神田小川町3-22)
料金:入場無料
   https://www.kosho.ne.jp/?p=1562
 
 
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━━━━【「第60回 七夕古書大入札会」開催のお知らせ】━━━━━

毎年恒例、明治古典会主催「七夕古書大入札会」が開催されます。明治期
以降の文学書、文人の草稿・書簡・色紙などの肉筆もの、近代文献資料、
浮世絵、すりもの、近代美術、現代アート、古典籍、古文書、古書画、
唐本などが幅広く出品されます。入札会の前に東京古書会館で行われる下見
展観(プレビュー)は一般のお客様もご入場いただき、出品される貴重な
文化資料や美術品をお手に取ってご覧いただけます。皆さまのご来会を
お待ちしております。

〔一般公開(下見展観)〕
 2025年7月4日(金)10時ー18時
 2025年7月5日(日)10時ー16時

 会場:東京古書会館(千代田区神田小川町3-22)
 料金:入場無料
 主催:明治古典会
 https://www.meijikotenkai.com/2025/
 ※本年度の出品商品は6月25日(水)公開予定です
 
 
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━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

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探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
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「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
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━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:「刺青絵師 毛利清二-刺青部屋から覗いた日本映画秘史-」
著者:山本芳美・原田麻衣
発行元:青土社
判型/ページ数:四六判・256頁
価格:3,080円(税込) 
ISBN:978-4-7917-7691-7
Cコード:0074

好評発売中!
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=4011

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(仮題)「古本屋ツアー・イン・ジャパン2025年上半期報告」
著者:古本屋ツアー・イン・ジャパン 小山力也

http://furuhonya-tour.seesaa.net/

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━━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━━

2025年6月~2025年7月の即売展情報

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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日本の古本屋メールマガジン その421 6月25日

【発行】
東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋」事業部
東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
広報部・編集長:藤原栄志郎

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20250625_cover_古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸

十年間他人の書庫を片付け続けた
『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』

十年間他人の書庫を片付け続けた『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』

古本屋ツーリスト 小山力也

 十年間、ひとつの同じ仕事を続けるというのは、誇るべき事柄である。そしてそれだけ続ければ、もはや“アマチュア”ではなく“プロフェッショナル”と言えるのかもしれない。つまり私は、日下三蔵邸書庫片付けの、数少ないプロフェッショナルなのである……。

 ミステリ&SF評論家でアンソロジストの日下三蔵氏は、書庫に四十年以上、本を溜めまくって生きて来た。その書庫が、書庫と言っても一般的な一部屋ではないのだ。自宅の本来の書庫+仕事部屋+和室+納戸+一階玄関&廊下+戸外の物置三棟、それに加え自宅近所の中古3LDKマンションをすべて書庫として使用……と言うか、いつしか本が溢れに溢れ、その領域を拡大し、書庫化してしまったというのが正解であろう。そしてその侵食書庫は、いつしか本が通路を埋め尽くし、あらゆる隙間に本を詰め込まれ、独自のバランスを保つ本タワーがあちこちに出現し、右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、下を見ても上を見ても、どこもかしこも本ばかりという“魔窟”に進化していったのである。

本が十万冊以上一所に集まると、美しく整理整頓されているならいざ知らず、魔窟状態では
もはや個人の手に負えるわけがない。さらにそこに毎日、本が増え続けて行くのである。こんな状態では、仕事に使いたい本が何処にあるかわかっていても、そこにたどり着くことは不可能である。結果、同じ本を購入して資料として使う。そしてその本もいずれ魔窟内に飲み込まれて行くのである……本増殖の恐怖の無限ループ……。

 だがこの魔窟無限ループ脱出からのきっかけになった、ひとつの雑誌取材が二〇一四年に
あった。「本の雑誌」の特集企画『日下三蔵氏が生まれて初めて古本屋さんにまとめて本を売る』というもので、この時に西荻窪のミステリに強い古本屋さん「盛林堂書房」に声がかかったのである。常日頃から盛林堂と交流していた私は手伝いとして参加。その結果は、本の一時運び出しと選定に一日を費やし、古本屋さんに回って来たのは百冊ほどであった。

つまり書庫内にほぼ変化は生まれなかったのである。だが、我々の本の移動やスペース作り、動線の確保、新たな強固な本の積み上げ、そのスピードなどが日下氏の心に残ったらしく、
三年後に雑誌取材とは関係なく再び声がかかり、ついに魔窟の片付けに着手し始めたのである。

 だがその作業は、想像を絶する過酷さであった。座るスペースもなく、ひたすら本の隙間で本を移動させ整理して行く、作業の終りが決して見えることのない本地獄……だからこそ、
この仕事は面白かった。古本屋のバイトとしてではなく、古本屋ツーリストとしての眼から見た片付け作業は、興味深いことの連続!常識外の連続!レア本の連続!ダブり本の連続!と、楽し過ぎるネタの宝庫だったのである。

 そこで日下氏に「この片付けのことを書いていいですか?」と許可をいただき、管理する
ブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』に『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』として、
片付けのあるごとに発表していったのである。この記事の反響は意外に大きく、『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』をアップすると、その日のアクセス数が格段に跳ね上がったものである。なので、何時の頃からか、この記事をまとめて一冊の本に出来れば……という野望が、
心の隅に芽生え始めてしまったのである。

 そして二〇二一年、日下氏が「本の雑誌」で『断捨離血風録』という連載がスタート。
きっかけは、家族の懇願により本邸の和室を客室として空けなければならなくなり、一念発起し近所に本を逃がすためのアパートを借りたことに端を発する。ここから我々盛林堂チームも、今まで年一〜二回の出動だったのが、月一〜二回と激しくなり、作業は格段に進むことになったのである。

連載はそんな急ピッチ片付け模様を伝えつつ、蔵書を減らして行く過程が克明に描かれているのだが、当初、半年ほどの作業でアパート撤収に漕ぎ着け、連載も一年ほどの予定だったのが、なんやかんやと色々あって延び続け、結局アパートを解約するまでの、三年間続いたのである……とこの時、悪魔の閃きが頭を掠めた。

そうだ、この『断捨離血風録』と『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』の記事を一緒にして、一冊の本にすると、片付けられる側と片付ける側の視点が交錯し合って化学反応を起こし、
楽しい本になるのではないかと。だがこのアイデアは、編集者さんには好評を博したものの、日下氏に却下されてしまった、理由は一冊にしたらこちらの方が文章量が多くなるから、ということであった。  

 書籍化への道は閉ざされた……そう落胆したのであるが、連載終了後『断捨離血風収録』
書籍化に伴う座談会収録時に、奇跡は起こった。何と『断捨血風録』とは別に、『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』も書籍化してくれるというのである! なんという素晴らしい本の雑誌社の英断! つまり二冊を手にすれば、余すところなく魔窟を書庫化する過酷で異常な過程が、よりよくわかるようになったのである。

ちなみに『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』は副読本的位置づけにするため、同パターン装幀だが、ちょっとサイズを少し小さくしてもらった。九年ぶりの『古本屋ツアー』シリーズの最新刊は、古本屋さんが一軒も出て来ない異色の単行本となったが、いつでも『断捨離血風録』の傍らに置き、十年間の本の移動と発掘とおかしな事件の連続を、楽しんでいただければ幸いである。
 
 
小山力也
2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を
目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚と大阪「梅田蔦屋書店」で古本を販売中。
「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。http://furuhonya-tour.seesaa.net/
 
 
20250625_cover_古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸
 
書名:『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』
著者:小山力也
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判変型並製 256ページ
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-86011-601-9
Cコード:0395
 
好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860116019.html
 
 
20250625_cover_断捨離血風録
 
書名:『断捨離血風録 3年で蔵書2万5千冊を減らす方法』
著者:日下三蔵
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判/360頁
価格:2,420円(税込)
ISBN:978-4-86011-600-2
Cコード:0095
 
好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860116002.html
 
 

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20250625_cover_高所綱渡り師たち

高所綱渡り師たちーー残酷のユートピアを生きる

高所綱渡り師たちーー残酷のユートピアを生きる

石井達朗

 ニューヨークの世界貿易センター(World Trade Center)は計7棟のビルで構成されていたが、そのなかのツインタワーは110階建て、416メートルの高さがあった。1973年にオープンしたときには世界一の高さだった。このツインタワーは2001年9月に発生した同時多発テロにより、すっかり失われてしまった。前代未聞のテロのニュースが世界を駆け巡ったのは記憶に新しい。2棟のビルの崩壊は、同時にここに刻まれたある歴史的な行為も消し去ってしまった。同時多発テロのことは知っていても、この特異な事実を知る人は少ない。

 ツインタワーがオープンした翌年の1974年の8月、フィリップ・プティというフランス人の綱渡り師が、2棟のビルの屋上と屋上のあいだ42メートルにワイヤーをわたし、綱渡りを決行したのだ。命綱などはなし。眼下の道路の通行人がアリのように見える高所で、一本のワイヤーの上を歩く。彼のやったことはすべて違法である。この行為、どう見ても正気の沙汰とは思えないかもしれないが、彼は数年のあいだ心に秘めてきたことを、周到な計画のもとにやり遂げたのである。

 プティの行為は、サーカスのテントのなかで行われる綱渡りとは別種のものだ。高層ビルのてっぺんからもう一棟のてっぺんにワイヤーをわたす作業は、綱渡りに劣らぬ至難のわざ。
彼は一睡もしないでその作業をし、朝、綱渡りをしたのである。私はこれを見てないが、1980年代の終わりごろ、ニューヨークで生活しているときに、一度だけプティが高所で綱渡りをやるのを見たことがある。このときも安全対策などはしていなかった。

 そんなふうにしてビルや山や峡谷などの高所で綱渡りをする人間に対する関心が、急速にふくらんでいった。彼らはどんなふうにして恐怖や不安や緊張を克服するのだろうか? そもそも「恐怖」や「不安」などという言葉が色褪せて聞こえるほど類がない行為である。彼らは
ふつうの人たちとはちがう「エイリアン」のような存在なのか。それともわれわれとあまり違わぬ人たちか。本書を書いているあいだ、ずっとそんな好奇心に突き動かされていた。

 高所綱渡り師について歴史を紐解いてゆくと、驚いたことにフィリップ・プティのような人は少なからずいる。男たちばかりではない。女たちも・・・。意外に知られてはいないが、現在よりもずっと女性に対する束縛が強い19世紀から20世紀前半にかけて、空中でアクロバットを見せることを生業にしていた女たちは、世間一般の女たちよりもずっと自由を獲得していた。彼女らは高所で芸をし、自分の力で稼ぎ、自由に恋愛や結婚をし、男と別れることがあればまた別の出会いもあった。わたしの高所綱渡り師たちに対する視点に、ジェンダー論的な見方もふくらんでいった。

 高所綱渡り師たちの元祖ともいうべき人は、マダム・サキという女性である。男たちがやる難度の高い綱渡りを、彼ら以上の華々しい技で何でもやって見せ、80歳で亡くなるまでロープの上を歩き続けた。高齢になってからの演技は若い頃のように体がいうことをきかず、何度も失敗。その姿は壮絶だが、女であり綱渡り師であることの可能性を誰よりも早く開示したのである。

 そのあと、歴史上最大の高所綱渡り師といわれ、綱渡りの代名詞にもなったブロンディン(フランスではブロンダン)がいる。彼は1859年6月、それまで誰もやらなかったことーーというより誰も想像だにしなかったことーーをやり遂げる。ナイアガラ川の峡谷に396メートルのロープを張り、渡ったのである。しかも彼はその後、これを難度を上げて繰り返した。ブロンディンの偉業に挑もうとする者たちが次々に出現し、なかには命を落とす者も・・・。ナイアガラに挑戦し、成功したただひとりの女性がいる。イタリア人の若いアクロバット芸人スペルテリーニである。

 後にも先にも例のない壮大な綱渡り一族の血筋がある。19世紀末から21世紀の現在まで続くワレンダ一族は、これまで多くの突出した綱渡り師たちを輩出してきた。しかもその挑戦は、いつも限界に挑んでいる。代表的なものは4人→2人→1人と上乗りになり、ピラミッド状のかたちをつくり、互いにバランスをとりつつワイヤーを渡るのである。これは死傷者を出す落下事故を二度も引き起こしている。

 なぜ彼ら/彼女らはそこまで挑戦するのだろうか。高所綱渡りとは、ITが万能であるかのように地球全体に浸透するデジタルテクノロジーの時代において、身ひとつで危険と隣り合わせのロープに立つ行為である。そのシンプルさ加減はITとは対極にある。ナマの身体行為の原点なのだ。人はもともと限界を超える挑戦心と、それを実現できる能力を内包しているのに、多くの人はそれを閉ざしているように思える。高所綱渡り師たちの静かで果敢な姿は、昔も今もそんなことを考えさせられるのだ。

 
 
20250625_cover_高所綱渡り師たち
 
書名:『高所綱渡り師たち 残酷のユートピアを生きる』
著者:石井達朗
発行元:青弓社
判型/ページ数:A5/256頁
価格:3,740円(税込)
ISBN:978-4-7872-7473-1
Cコード:0076
 
好評発売中!
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787274731/

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〇図録書影

幻の探偵作家を求めた果てに ――
〔没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展〕開催に際して

幻の探偵作家を求めた果てに ――
〔没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展〕開催に際して

小野純一(盛林堂書房)

 大阪圭吉は、愛知県南設楽郡新城町(現・愛知県新城市)出身の探偵作家です。本名は鈴木福太郎。1912(明治45)年3月20日に新城町の旅館「鈴木屋」の息子として生まれました。

1932(昭和7)年に探偵作家・甲賀三郎の推薦で『新青年』に「デパートの絞刑吏」を発表してデビュー。以後、『新青年』『ぷろふいる』などの当時多くの探偵小説を掲載した雑誌を中心に短篇探偵小説を発表。1936(昭和11)年には、初の単行本『死の快走船』(ぷろふいる社)を刊行しました。1942(昭和17)年に上京して日本文学報国会に勤務。翌年、応召。
満洲からフィリピンへと転戦し、1945(昭和20)年7月20日、ルソン島で病死。江戸川乱歩や水谷準・甲賀三郎らから今後の期待を多くされつつも戦地で命を落とした作家でした。

 私が、探偵作家・大阪圭吉に初めて触れたのは、創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』だったかと思います。どの作品も面白く一気読みしてしまった記憶が残っています。そして、たまたまお客様から買い取った本が、自分の中で「大阪圭吉」に一気にのめり込むきっかけになりました。鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて』(晶文社・1985年)という本です。

推理小説雑誌『幻影城』に鮎川氏が連載した当時、すでに表舞台から姿を消し、誰も知らないであろう探偵作家たちを取り上げた尋訪エッセイ集。この本で、マイナー探偵作家により興味を持ってしまい、ミステリの仙花紙本を含め、今まで以上に取扱うようになったのですから、鮎川哲也氏に今の古本屋人生の方向を決められてしまったと言っても良いかもしれません。

そして、大阪圭吉もこの本で「幻の探偵作家」の仲間入りをしてしまっていました。確かに、江戸川乱歩や横溝正史のような巨匠と同じように知名度があり、誰もが知っている作家ではありません。しかし、もっと読まれても良いのにという切なさはありました。

 鮎川氏の『幻の探偵作家を求めて』と出会ってから、それなりの年月が経った、2013年。いろいろな切っ掛けから小規模の出版を始めていた時に、2冊目の本として取り上げたのが大阪圭吉でした。大阪圭吉には単行本に収録されていない作品が多く残っており、大阪圭吉研究家・小林眞氏の助力の下、4篇を収録した薄い文庫を刊行しました。この文庫の巻末には小林氏が作成した探求作品リストを収録し、大阪圭吉の作品が掲載されている雑誌で、小林氏が
長年かけても入手できていなかった雑誌の情報を募ることにしました。

それにいち早く反応頂いた方が、大阪圭吉の郷里・愛知県新城市で、今も地元の郷土史研究や大阪圭吉研究・普及に努めている髙田孝典氏でした。髙田氏からも大変多くの資料の提供を頂き、5年後の2018年に、大阪圭吉の単行本未収録となっている作品を蒐集し、本としてまとめるプロジェクトを開始しました。その1冊目『大阪圭吉単行本未収録作品集1 花嫁と仮髪』の刊行後、髙田氏のお力添えで、新城市へ赴き、大阪圭吉のご長男である故・鈴木壮太郎氏と面会を果たすことになります。

はじめて鈴木家を訪問し、壮太郎氏と対面した際は、大変大きな体で、私が何度も写真で見ていた大阪圭吉の顔の雰囲気とそっくりで大変驚いたことを覚えています。そして、壮太郎氏が大事に保管していた大阪圭吉の直筆原稿や創作ノート、江戸川乱歩・横溝正史・水谷準ら関係者からの手紙などの資料を何度も拝見させて頂く機会を得ました。壮太郎氏の話を聞きながらのいろいろな自筆資料を手に取り整理をさせて頂いたのは、至福の時間でありましたが、同時になんとか多くの方にこの資料をご覧頂けないかと考えてきました。

 そして、2025年。戦後80年、大阪圭吉没後80年の節目として、〔没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展〕を愛知県新城市も公共機関の後援と多くの方々のご協力の下、東京古書会館で開催させて頂ける運びとなりました。

本展示では、大阪圭吉の旧家に保存されている原稿・執筆メモ、交友関係者からの手紙・書簡を中心に、大阪圭吉の全著書・収録書籍・関係書籍の展示を行います。大阪圭吉の全著書が
一堂に展示されるのは初かもしれません。また、海野十三・江戸川乱歩・大下宇陀児・小栗虫太郎・木々高太郎・甲賀三郎・久生十蘭・水谷準・森下雨村・横溝正史・蘭郁二郎……と、探偵小説・ミステリ好きなら一度は名前を目にしたことのある作家たちから大阪圭吉に宛てた書簡・手紙も場所が許す限り展示する予定です。

 本展示で大阪圭吉の仕事・交遊関係を広く知って頂き、魅力を再認識して頂けますと幸いです。ぜひ、東京古書会館まで足をお運びください。

 また、本展示に合わせて、全200ページの図録も刊行します。大阪圭吉自筆資料・単行本・関係者からの書簡類をはじめ、今回の展示にて展示予定の全ての資料をカラーにて掲載いたします。巻末には資料編として、著作・単行本・作品収録書籍一覧、収録作家プロフィールを
収録。収録作家プロフィールは、ミステリ評論家・日下三蔵氏にご執筆頂きました。スペースの関係上、展示できない資料等もございますが、本図録で補完できる構成となっています。

 展示と合わせて、ぜひ手に取って頂けますと幸いです。
 

〇フライヤー(表)
〇フライヤー(表)

 
〇図録書影
〇図録書影

 
没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展
【会期】
2025年7月11日(金)ー26日(土)
10時ー18時(最終日は17時まで)
※7月13日(日)、20日(日)、21日(日・祝)は休館日
【会場】
 東京古書会館2階情報コーナー 
 千代田区神田小川町3-22
 https://www.kosho.ne.jp/?p=1562
【料金】
 無料
【図録】
 全200ページ(本編カラー168ページ、資料編32ページ)
 会場特別頒価:2,500円(通常頒価:2,750円)
 大阪圭吉自筆資料・単行本・関係者からの書簡類をはじめ、本展示にて展示予定の全ての
 資料をカラーにて掲載。巻末には資料編として、著作・単行本・作品収録書籍一覧等も掲載します。

 スペースの関係上、展示できない資料等もございますが、本図録で補完できる構成となっています。

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