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「事件 清水書院」の検索結果
4件

内村鑑三 <センチュリーブックス. 人と思想 ; 25>

ハコワレ古書店
 東京都足立区足立
500 (送料:¥200~)
関根正雄 編著、清水書院、昭43、211p 図版、19cm
新書判 2刷 カバー帯スレ 少ヤケ
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500 (送料:¥200~)
関根正雄 編著 、清水書院 、昭43 、211p 図版 、19cm
新書判 2刷 カバー帯スレ 少ヤケ
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悲劇と福音 : 原始キリスト教における悲劇的なるもの <Century books 人と思想 160>

ブックスマイル
 神奈川県川崎市宮前区神木本町
800
佐藤研 著、清水書院、2001.3、186p、19cm
・本の形態:新書ソフトカバー
・サイズ:19×11.5cm
・ページ数:186p
・発行年:2001.3.21(第1刷)
・ISBN :9784389411602
◆本の状態:非常に良い。
送料について/  ➀クリックポスト(34×25cm 厚さ3cm、重さ1kgまで)185円②ゆうパケット(3辺の長さ合計が60cm以内、厚さ3cmまで250~360円)③レターパック(A4・厚さ3cm・重さ4kg)430円/(A4・厚さ3cm以上、重さ4kgまで)600円、但しこの専用資材の中に入るものに限る。④ゆうパック(発送先・サイズにより料金が異なります。) ※海外発送は実費 ※送料無料の記載があるものは該当しません※代引きはゆうメールまたはゆうパックの送料+代引き手数料498円。 追記事項は詳細画面に
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800
佐藤研 著 、清水書院 、2001.3 、186p 、19cm
・本の形態:新書ソフトカバー ・サイズ:19×11.5cm ・ページ数:186p ・発行年:2001.3.21(第1刷) ・ISBN :9784389411602 ◆本の状態:非常に良い。

『捕獲法論』初版 1868年 ハーグ刊 / Grotii, Hugonis, De Jure Praedae Commentarius. Ex Auctoris Codice Descripsit et Vulgavit H.G. Hamaker. Den Haag, Martinus Nijhoff

極東書店
 東京都千代田区神田三崎町
275,000
フーゴ―・グロティウス、Martinus Nijhoff、1868
First edition, 8vo, xvi, 359p., original printed wrappers, unopened copy, paper of upper & lower spine sl. Damaged, bit frayed on. Meulen 684
新興の海洋進出国であったオランダが、アジア地域での交易を巡って先行する海洋帝国であったポルトガルと対立し、同国所属の船であったカタリナ号を捕獲しアムステルダムまで曳航したカタリナ号事件。この事件の当事者であったオランダ東インド会社が、本事件における海上での捕獲権を弁護・正当化する目的で、当時新進の弁護士であったフーゴ―・グロティウスに著作の執筆を依頼し、1604年から1609年に執筆されたのが本書「捕獲法論」です。
しかし、本書は原稿が完成した後も理由が不明のままグロティウス存命中に刊行されることはありませんでした。1864年にグロティウスの末裔の家より本書の原稿が発見され、ハーグの出版社ナイホフ(現在のDe Gruyter Brillのインプリント)より競売に付され、ライデン大学法学部が落札し、同大学編集の下で1868年にようやく刊行されることとなりました。なお、このグロティウスの原稿落札に尽力した人物のうちの一人であるシモン・フィッセリングはオランダに留学していた西周と津田実道に法学と経済学を教えた人物として知られています。
本書の原稿発見で明らかになった有名なエピソードは、17世紀に海洋の自由を巡ってヨーロッパで大論争を引き起こしたグロティウスの主要著作「自由海論」は単独の著書として刊行されたものではなく、「捕獲法論」の第12章を手直ししたものであったことが判明したことでした。また「捕獲法論」はグロティウスのもう一つの主要著作である「戦争と平和の法」を執筆するにあたっても参考にしたと言われており、時を越えて刊行された本書は、グロティウスの国際法思想研究にとって不可欠なものと言えます。

参考文献:
伊藤不二男『グロティウスの自由海論』、有斐閣、1984年
柳原正治『グロティウス』 清水書院 2000年
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275,000
フーゴ―・グロティウス 、Martinus Nijhoff 、1868
First edition, 8vo, xvi, 359p., original printed wrappers, unopened copy, paper of upper & lower spine sl. Damaged, bit frayed on. Meulen 684 新興の海洋進出国であったオランダが、アジア地域での交易を巡って先行する海洋帝国であったポルトガルと対立し、同国所属の船であったカタリナ号を捕獲しアムステルダムまで曳航したカタリナ号事件。この事件の当事者であったオランダ東インド会社が、本事件における海上での捕獲権を弁護・正当化する目的で、当時新進の弁護士であったフーゴ―・グロティウスに著作の執筆を依頼し、1604年から1609年に執筆されたのが本書「捕獲法論」です。 しかし、本書は原稿が完成した後も理由が不明のままグロティウス存命中に刊行されることはありませんでした。1864年にグロティウスの末裔の家より本書の原稿が発見され、ハーグの出版社ナイホフ(現在のDe Gruyter Brillのインプリント)より競売に付され、ライデン大学法学部が落札し、同大学編集の下で1868年にようやく刊行されることとなりました。なお、このグロティウスの原稿落札に尽力した人物のうちの一人であるシモン・フィッセリングはオランダに留学していた西周と津田実道に法学と経済学を教えた人物として知られています。 本書の原稿発見で明らかになった有名なエピソードは、17世紀に海洋の自由を巡ってヨーロッパで大論争を引き起こしたグロティウスの主要著作「自由海論」は単独の著書として刊行されたものではなく、「捕獲法論」の第12章を手直ししたものであったことが判明したことでした。また「捕獲法論」はグロティウスのもう一つの主要著作である「戦争と平和の法」を執筆するにあたっても参考にしたと言われており、時を越えて刊行された本書は、グロティウスの国際法思想研究にとって不可欠なものと言えます。 参考文献: 伊藤不二男『グロティウスの自由海論』、有斐閣、1984年 柳原正治『グロティウス』 清水書院 2000年

『ザクセン侯国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え』 1799年 イエナ、ライプチヒ、テュービンゲン刊 / Fichte, Johann Gottlieb, Appellation an das Publikum ueber die durch ein Kurf. Saechs. Confiscationsrescript ihm beigemessenen atheistischen Aeusserungen. Eine Schrift, die man erst zu lesen bittet, ehe man sie confiscirt. Jena und Leipzig, bei Christian Ernst Gabler, Tuebingen: J. G. Cottaische Buchhandlung. 1799

極東書店
 東京都千代田区神田三崎町
94,600
フィヒテ、1799
First edition, 8vo, 116pp, modern marbled board, red morocco label, gilt in letter, library stamp on title page

「無神論論争」とは、1799年4月にドイツ観念論の哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテが最終的にイェナ大学を去ることになった事件のことです。この論争は、フィヒテが共同編集していた「哲学雑誌」上にて、彼の弟子の寄稿論文「宗教の概念の発展」とともに発表された論稿「神的世界統治に対する我々の信仰の根拠について」が無神論と見なされたことをきっかけにとして発生しました。
事態を重く見たザクセン邦とヴァイマル邦の政府が同雑誌の没収命令を発し、責任追及を始めました。これに対してフィヒテが反論書を書くことになりました。まずは、一般公衆向けに書かれたのが1799年1月に発行された本書「ザクセン候国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え」で、大学当局向けには1799年3月に「無神論という告発に対する法的な弁明書」が発行されました。
両方の著書にて、自らの主張が無神論を信奉するものではないことと、当局の対応が学問の自由を脅かすものと訴え、自らの主張に賛同する同僚の支援も期待しましたが、賛同が得られず、フィヒテはイェナ大学より解雇されることとなりました。以後フィヒテは、1814年に死去するまで、プロイセン王国のベルリンを拠点に活躍することになります。

参考文献:福吉勝男『フィヒテ』清水書院、1990年、55-57頁
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94,600
フィヒテ 、1799
First edition, 8vo, 116pp, modern marbled board, red morocco label, gilt in letter, library stamp on title page 「無神論論争」とは、1799年4月にドイツ観念論の哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテが最終的にイェナ大学を去ることになった事件のことです。この論争は、フィヒテが共同編集していた「哲学雑誌」上にて、彼の弟子の寄稿論文「宗教の概念の発展」とともに発表された論稿「神的世界統治に対する我々の信仰の根拠について」が無神論と見なされたことをきっかけにとして発生しました。 事態を重く見たザクセン邦とヴァイマル邦の政府が同雑誌の没収命令を発し、責任追及を始めました。これに対してフィヒテが反論書を書くことになりました。まずは、一般公衆向けに書かれたのが1799年1月に発行された本書「ザクセン候国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え」で、大学当局向けには1799年3月に「無神論という告発に対する法的な弁明書」が発行されました。 両方の著書にて、自らの主張が無神論を信奉するものではないことと、当局の対応が学問の自由を脅かすものと訴え、自らの主張に賛同する同僚の支援も期待しましたが、賛同が得られず、フィヒテはイェナ大学より解雇されることとなりました。以後フィヒテは、1814年に死去するまで、プロイセン王国のベルリンを拠点に活躍することになります。 参考文献:福吉勝男『フィヒテ』清水書院、1990年、55-57頁

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