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最新百科大辞典 9版
版画藝術 4号 1974年1月 <石版画コレクション特集 ; 原健オリジナル版画「Strokes」綴込みあり>
南スマトラ堆積盆地における集油褶曲の総括的研究 (1961)
應縣木塔大木作研究‧榫卯篇(全三冊)
青年魂
化学兵器学(千葉大学医学部?安達講師ノート一冊、戦前)このノートは20年以上前に入手した戦前の千葉大学医学部の毒ガス関係の資料に含まれていたものの一つです。大学ノート一冊に細い小さな万年筆の美しい文字で各種データなど書き込まれ、関連の貼りこみ資料も若干あります(詳細不明)
有元史郎伝記
ソヴェトの科学と技術 : 千万人の科学
現代の眼 1978年5月号 特集;<新体制>の逆流と共産主義の岐路 19(5)
従長安到高昌:敦煌吐魯番文献所見信息伝播与唐代地方社会(新時代敦煌学研究叢書)
ルネサンス文学 遍歴とパノラマ <講談社学術文庫> <講談社学術文庫>
100問100答・日本の歴史・世界の歴史・世界の歴史(ヨーロッパ)
洋学史研究序説 : 洋学と封建権力
五篇の物語書(ぱんちゃたんとら) 梵語直訳・印度古譚 前篇
女性の力から歴史をみる 柳田国男「妹の力」論の射程(アジア遊学290)
キリスト教と文学
興民報徳夜話 : 二宮尊徳先生言行録
史料が語る東インド航路ー移動がうみだす接触領域(アジア遊学258)
毛沢東大躍進秘録
直江山城守
有機農業の事典 新装版
中国詩人選集二集 第2巻
山麓 : 歌集 <アララギ叢書 ; 第38篇>
平林初之輔遺稿集
ドイツ詩集
日本憲政史を語る 上下巻2冊揃
Front 水の情報文化誌 1999年10月 特集:水の記憶をめぐる旅 12巻1号 通巻133号
世界史問題200選 <大学受験標準問題選 ; 第11>
原村史 上下2冊揃 (広島県)
大正外交十五年史
八紘一宇 東亜新秩序と日本国体・日本國體學會綱領・小冊子 3点
大野誌
現代生物学大系 第11巻 a 発生・分化 A
元明詩概説 中国詩人選集二集2
月刊タウン 第1巻第7号 (昭和42年7月) <新連載 日本の断面①佐賀潜 60億円の恐喝を摘発する>
並軌:中國國民黨的政黨外交1937-1945(民國論叢)
ホップとビールの出会いを探る : 「ホップ入りビール」発祥の軌跡
大東亜戦争と経済建設 国防文化撰書 ; 3
絵本ヨーロッパ 舞台装置家の眼
鎌倉みほとけ紀行 (PHPグラフィックス 3)
芸術生活 20巻1号 = 210号 (昭和42年1月号) <特集 : 凝視>
社史20年の歩み <エキスポランド (万国博覧会関連資料)>
明治維新 : 共同研究 5刷
ドイツ詩集 署名本
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
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【新潟県】西山町誌
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