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早稲田学報 通巻第609號復刊第5巻第3號 朝鮮戦争の不安(4頁掲載・橘善守)・思い出の断片(4頁・石橋湛山)・私の歩んだ道(3頁・相馬愛藏)ほか
相馬・双葉の原風景 : 福島県浜通りの歴史と民俗
明治大正露文化受容史: 二葉亭四迷・相馬黒光を中心に
復活
早稲田文学 明治42年8月(45号)昇曙夢、小山内薫、高村砕雨、荻原碌山、松浦和平、小山温、加藤増雄、相馬御風、服部嘉香、石橋湛山、水谷竹紫、中村星湖、高浜虚子、小島烏水、山崎紫紅、平木白星、片上天弦、前田木城、吉江孤雁、河野桐谷、相馬御風、生方敏郎 他
増補 現代俳句大系 第11巻―塩田(沢木欣一)、ロダンの首(角川源義)、鳴海抄(内藤吐天)、雪無限(目迫秩父)、遠い橋(柴田白葉女)、山国(相馬遷子)ほか
大衆文藝 昭和36年2月(第21巻第2号)―四十六年後の再会―印度洋の常陸丸(終回)(長谷川伸)、O型(相馬繁美)、お陣屋のある村(杜山悠)ほか
報徳記 全正七位富田高慶述 495頁農商務省蔵版 刊行年 明治19年刻成 経世家である二宮尊徳翁の生涯の伝記。著者は翁の門下にあること18年、翁を理解すること最も深き富田高慶(1814‐1890)富田高慶(1814年7月17日(文化11年6月1日) - 1890年(明治23年)1月5日)は、相馬中村藩士である。陸奥相馬中村藩士・齋藤(富田)嘉隆の次男。通称は久助。字は弘道。任斎と号する。二宮尊徳の娘婿。藩世継の相馬充胤の近侍となるが、藩復興の志のもと江戸に出る。1839年(天保10年)6月1日、入門。4大門人の1人で、報徳仕法を支えた。尊徳の片腕として活躍し、1852年(嘉永5年)に尊徳の娘・文子と結婚するが、翌年出産で帰った実家にて母子ともに亡くなった。日光仕法、相馬仕法に従事した。相馬仕法は尊徳の代理として、1845年(弘化2年)から廃藩置県まで領内226村のうち101村を対象に行い成果を得た。維新時、尊徳の嫡男(次子)二宮尊行一家とともに相馬に移住した。1869年(明治2年)、相馬中村藩家老上席および政治総裁となった。廃藩置県後は、1877年(明治10年)に興復社を設立し社長となった。また、尊徳没後「報徳記」「報徳論」を著した。1890年(明治23年)、77歳で没する。二宮尊行の次男の高英を婿養子とした。
写真 花 源氏物語
復活(全訳)
一茶素描
『大風』1968年9月号(8号)〔発行地・高岡市〕(雑誌)
維新史話 快傑大西郷
露国の心臓を衝く
花の文化史
支那人
稗田菫平(富山・石動)宛相馬大(京都)書簡1枚「『琅?』『一茎』創刊おめでとう…」
相馬大原稿7種13枚(「挽歌」「祭典」「白い雪」「N島漂流死記」「枕の下では」「重量」「霞の男」)
うそ倶楽部 第1、2輯 2冊
新潮古代美術館 2 栄光の大ペルシア帝国
近代文学研究叢書71 高田保 久米正雄 相馬泰三 福田正夫
文明起源物語
花のこころ京都(署名・落款)
(写本)陸奥国仙台領之図
相馬大作 実録巷談新書
四季京都
躍進日本大観
訓訳良寛詩集
弁証的自然科学概論
夜叉神峠死の起点 <カッパ・ノベルス>
架橋の試み 1962-2003年
一関市博物館研究報告 第6号
わらべうた 子どもの遊びと文化
平家物語の風土
新生
喜寿小記
我苦鳥の歌
相馬御風自筆書幅
象牙彫刻法 乾坤 全2冊揃
最新国防画報 : 東京日日新聞附録
最新大森区明細図 1/1万4千 54×78㎝
花のこころ 京都 〈カラー〉フルール双書22
昭和三年十一月 改築紀念 大野尋常高等小学校
ヤン・パトチカのコメニウス研究
野菜学入門
冬林抄 「大場白水郎」「横山白虹」「川端茅舎」「相馬選子」他
現代保険学の諸問題 相馬勝夫博士古稀祝賀記念論文集
大愚良寛 校註第2版
花 万葉集
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