文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

「須原屋市兵衛」の検索結果
61件

最上流 算法天生法指南 全五巻

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
55,000
■商品詳細

【書名】 最上流 算法天生法指南 全五巻
【巻冊】 大本五册
【著者】 最上流元祖/會田算左衛門安明編集
【成立】 文化七年十一月刋

★ 東都書林/賣弘所/須原屋茂兵衛・西村源六・須原屋市兵衛
★ 門生/市野金助茂喬・丸田源五右衛門正通校訂
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可
55,000
■商品詳細 【書名】 最上流 算法天生法指南 全五巻 【巻冊】 大本五册 【著者】 最上流元祖/會田算左衛門安明編集 【成立】 文化七年十一月刋 ★ 東都書林/賣弘所/須原屋茂兵衛・西村源六・須原屋市兵衛 ★ 門生/市野金助茂喬・丸田源五右衛門正通校訂

最上流 算法天生法指南

書砦・梁山泊
 大阪府大阪市北区芝田
27,500
會田安明編 ; 市野茂喬, 丸太正通校訂、須原屋市兵衞他板、文化七年刊、5冊、25.4×17.8cm・・・
原装 僅少虫喰
■在庫を確保次第迅速に発送いたします。 ◾️30,000円以上のご購入で送料無料サービスいたします。 (※公費でのご購入の場合は例外とさせていただきます) ■クリックポスト・レターパックライト・レターパックプラス・クロネコヤマトのいずれかでお送りいたします。(一般書の場合は基本的に厚みが3cm以下のものはクリックポスト、3cm以上のものはレターパックプラスで発送いたします。) ※原則一番安い方法で発送いたします。 ■公費でのご購入の際は必要書類をご指示下さい。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送可 適格請求
27,500
會田安明編 ; 市野茂喬, 丸太正通校訂 、須原屋市兵衞他板 、文化七年刊 、5冊 、25.4×17.8cm 、5巻5冊
原装 僅少虫喰

新撰趣向帳

高山本店
 東京都千代田区神田神保町2-3-3 神田古書センタービル1F
27,500
岡田正造 蔵書、大阪書林 播磨屋九兵衛 ほか、文化元、1冊、18cm×25.5cm、1冊
和本 スレ
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
27,500
岡田正造 蔵書 、大阪書林 播磨屋九兵衛 ほか 、文化元 、1冊 、18cm×25.5cm 、1冊
和本 スレ

大疑録  上巻・下巻 合本1冊(揃2冊)

ぼおぶら屋古書店
 宮城県仙台市青葉区上愛子字北原道上11-33
55,500
筑前 貝原篤信 ( 貝原益軒 ) 著、仙台 大野通明 校、日本橋北室町二丁目 江都書林 須原屋市兵・・・
大野通明の「題大疑録後」(後記)と「春臺先生讀損軒先生大疑録」含む。和本、57丁、26.8×18×2cm、題簽が僅かに残存、2丁裂け(欠字は無し)、冒頭5丁に汚れ、小虫損(判読には支障無し)、綴じ糸替え、蔵書印。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可

大疑録  上巻・下巻 合本1冊(揃2冊)

55,500
筑前 貝原篤信 ( 貝原益軒 ) 著、仙台 大野通明 校 、日本橋北室町二丁目 江都書林 須原屋市兵衛 、明和四年丁亥中春 (1767年) 、合本1冊(揃2冊)
大野通明の「題大疑録後」(後記)と「春臺先生讀損軒先生大疑録」含む。和本、57丁、26.8×18×2cm、題簽が僅かに残存、2丁裂け(欠字は無し)、冒頭5丁に汚れ、小虫損(判読には支障無し)、綴じ糸替え、蔵書印。

山水略画式 全 再版

赤尾照文堂
 京都府京都市中京区二条通寺町東入榎木町97
13,200
鍬形蕙齋(北尾政美)、芸艸堂、昭和42年(1967) 重版発行、25×18
再版 彩色木版59図 奥付に蔵印
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
13,200
鍬形蕙齋(北尾政美) 、芸艸堂 、昭和42年(1967) 重版発行 、25×18
再版 彩色木版59図 奥付に蔵印

山水略画式 全 再版

赤尾照文堂
 京都府京都市中京区二条通寺町東入榎木町97
13,200
鍬形蕙齋(北尾政美)、株式会社芸艸堂、昭和42年(1967) 重版発行、25×18cm
再版 彩色木版59図
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

山水略画式 全 再版

13,200
鍬形蕙齋(北尾政美) 、株式会社芸艸堂 、昭和42年(1967) 重版発行 、25×18cm
再版 彩色木版59図

鳥獣略画式 昭和再販

赤尾照文堂
 京都府京都市中京区二条通寺町東入榎木町97
19,800
鍬形蕙齋(北尾政美)画 (寛政9年)、株式会社芸艸堂、昭和41年(1966) 重版発行、25×18c・・・
彩色木版刷 昭和再販 綺麗です
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
19,800
鍬形蕙齋(北尾政美)画 (寛政9年) 、株式会社芸艸堂 、昭和41年(1966) 重版発行 、25×18cm
彩色木版刷 昭和再販 綺麗です

鳥獣略画式 再販

赤尾照文堂
 京都府京都市中京区二条通寺町東入榎木町97
16,500
鍬形蕙齋(北尾政美) 画、合名会社芸艸堂、昭和41年(1966)?、25×18cm
彩色木版刷 再販 裏見返しにシミ有
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

鳥獣略画式 再販

16,500
鍬形蕙齋(北尾政美) 画 、合名会社芸艸堂 、昭和41年(1966)? 、25×18cm
彩色木版刷 再販 裏見返しにシミ有

東北大学附属図書館蔵 貴重図書公開展示会 目録

ぼおぶら屋古書店
 宮城県仙台市青葉区上愛子字北原道上11-33
1,980
東北大学附属図書館、平成6年(1994年)、B5判、12頁、1冊
2頁の余白にペン書き込み。貴重図書公開展示会 平成6年11月11日(金)〜15日(火)。表紙写真 チベット大蔵経。『国宝』 「類聚國史」菅原道眞撰 平安末期寫 巻子、「史記」孝文本紀 第十 (漢)司馬遷 撰 (劉宋)裴駰 解 延久五(1073年)瀉 康和三(1101年) 建久七(1196年) 建仁二(1202年)校 巻子 江家による朱墨の注および乎古止点が施されている(挿図)。『総記』、『哲学・宗教・教育、歴史・地理』 「三國通覧圖説」附圖五舖 林子平 撰 六冊 天明六(1786年) 東都須原屋市兵衛板 写本(付図 彩色)、「海國兵談」林子平 撰 一六巻 寛政三(1791年) 林子平板、『語学・文学』、『美術・工芸・技芸』、『法律・政治・経済』、『数学』、『理学、医学、工学・兵学』、『漱石文庫』、『西藏大蔵経』、『洋書』。37296-aya(保管先 廻廊 東北大学 棚)
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可

東北大学附属図書館蔵 貴重図書公開展示会 目録

1,980
、東北大学附属図書館 、平成6年(1994年) 、B5判、12頁 、1冊
2頁の余白にペン書き込み。貴重図書公開展示会 平成6年11月11日(金)〜15日(火)。表紙写真 チベット大蔵経。『国宝』 「類聚國史」菅原道眞撰 平安末期寫 巻子、「史記」孝文本紀 第十 (漢)司馬遷 撰 (劉宋)裴駰 解 延久五(1073年)瀉 康和三(1101年) 建久七(1196年) 建仁二(1202年)校 巻子 江家による朱墨の注および乎古止点が施されている(挿図)。『総記』、『哲学・宗教・教育、歴史・地理』 「三國通覧圖説」附圖五舖 林子平 撰 六冊 天明六(1786年) 東都須原屋市兵衛板 写本(付図 彩色)、「海國兵談」林子平 撰 一六巻 寛政三(1791年) 林子平板、『語学・文学』、『美術・工芸・技芸』、『法律・政治・経済』、『数学』、『理学、医学、工学・兵学』、『漱石文庫』、『西藏大蔵経』、『洋書』。37296-aya(保管先 廻廊 東北大学 棚)

江戸の本屋さん : 近世文化史の側面 <平凡社ライブラリー 685>

東光書店
 岩手県盛岡市上ノ橋町
1,500
今田洋三 著、平凡社、2009年、268p、16cm
概ね良好です。 カバー 帯
◉在庫確認後に当店より送料や振込先等のご案内をいたします。 クレジット決済、振込入金の確認ができましたら ◆日本郵便(ゆうメール・ゆうパケット・レターパックプラス・ゆうパック)にて発送しております。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可
1,500
今田洋三 著 、平凡社 、2009年 、268p 、16cm
概ね良好です。 カバー 帯

林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。

暢気堂書房
 東京都東久留米市滝山
1,500
S棚58箱
『海国兵談』は海防の必要性を説く軍事書であったため、出版に協力してくれる版元を見つけることができなかった。そこで子平は、16巻・3分冊もの大著の版木を自ら彫り、自費出版で須原屋市兵衛から刊行した。『海国兵談』は寛政3年(1791年)、仙台で上梓された。しかし幕閣以外の者が幕政に容喙するのはご法度であり、両著はともに発禁処分が下され、『海国兵談』は版木没収の処分を受けることとなった。しかしその後も自ら書写本を作り、それがさらに書写本を生むなどして後に伝えられた。最終的に、仙台の兄友諒の許へと強制的に帰郷させられた上、蟄居に処される。蟄居中、その心境を「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、自ら六無斎(ろくむさい)と号した。寛政5年6月21日(1793年7月28日)死去。享年56。林子平の墓は仙台市青葉区の龍雲院にあるが、その龍雲院の所在地は1967年(昭和42年)の住居表示の際にそれまでの半子町から、墓があることにちなみ子平町と改称されている。明治15年(1882年)、正五位を追贈された。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可

林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。

1,500
S棚58箱 『海国兵談』は海防の必要性を説く軍事書であったため、出版に協力してくれる版元を見つけることができなかった。そこで子平は、16巻・3分冊もの大著の版木を自ら彫り、自費出版で須原屋市兵衛から刊行した。『海国兵談』は寛政3年(1791年)、仙台で上梓された。しかし幕閣以外の者が幕政に容喙するのはご法度であり、両著はともに発禁処分が下され、『海国兵談』は版木没収の処分を受けることとなった。しかしその後も自ら書写本を作り、それがさらに書写本を生むなどして後に伝えられた。最終的に、仙台の兄友諒の許へと強制的に帰郷させられた上、蟄居に処される。蟄居中、その心境を「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、自ら六無斎(ろくむさい)と号した。寛政5年6月21日(1793年7月28日)死去。享年56。林子平の墓は仙台市青葉区の龍雲院にあるが、その龍雲院の所在地は1967年(昭和42年)の住居表示の際にそれまでの半子町から、墓があることにちなみ子平町と改称されている。明治15年(1882年)、正五位を追贈された。

<<前へ 1 2

お探しの古書は見つかりましたか?

在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。
お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。
書誌(カタログ)から探す

2·26事件90年 - 歴史、事件の記憶

三宅坂
三宅坂
¥5,500
二・二六
二・二六
¥8,800

ポケモン30年 - ゲーム、ポップカルチャー