JavaScript を有効にしてご利用下さい.
文字サイズ
古書を探す
アダルト商品の検索を行う場合、18歳未満の方のご利用は固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?
中世荘園の様相 <塙選書>
イコン icon Design & Architecture 1989年3月 Vol.16 <特集 : 自己表現としての建築>
光のアートギャラリー
皇太子ご結婚記念グラフ 臨時増刊 週刊サンケイ 8(17)(377)
新・別荘建築集 : 秀作34題 <住宅建築別冊>
全国中等学校野球大会史
アサヒグラフ 4005号 (1998年12月11日) <荒木経惟が撮る大駱駝鑑「流婆」>
千葉史学 (36)
宝石8巻10号(昭和28年9月) 特集・ユーモア探偵特集
HEBEL DETAIL SHEET
真継家と近世の鋳物師
また、近いうちに
書祭 天 : 書物展望第百号記念文献資料集 天
国際シンポジウム 東アジア世界と儒教
想像力の変容 イギリス文学の諸相
週刊現代 昭和49年8月15日号(第16巻第32号)
美と真実 : 近代日本の美術とキリスト教
[第2回] 暮らしの中の木の椅子展
新しい治療 第2集 増補3版
『無敵海の荒鷲 支那事變少年軍談』 装幀:恩地孝四郎
學鐙 Vol.68 No.11
韓国・朝鮮の絵画 <別冊太陽>
スクールクラブ 第1号 昭和32年10月 こどもクラブ改題通巻13号 東雲堂発行あおいとり(金子光晴・詩 高畠達四郎・絵)うちのうたちゃん(佐藤春夫・文 渡辺三郎・絵)ぽちのはなし二葉亭四迷原作(野上彰・文 岩崎ちひろ・絵)フランスのこども(田付たつ子・文 伊勢正義・絵)スクールクラブ 第2巻第2号 昭和32年11月 こどもクラブ改題通巻14号ヘンゼルとグレーテル(片山敏彦・詩 木村荘八・絵)くるみの木のふくろう(浜田広介・文 黒崎義介・絵)やまねこけん宮沢賢治原作(北畠八穂・文 藤代清治・かげ絵)ゆうかんなビリー(巽聖歌・文 林義雄・絵)どうぶつの学校 作文講座(今井誉次郎・指導 安泰・絵)さんすう童話(岩上行忠・文 駒宮録郎・絵)スクールクラブ 第2巻第3号 昭和32年12月 こどもクラブ改題通巻15号はだかの王さま(丸山薫・詩 鈴木新太郎・絵)まさおちゃんのエントツ(清水恒子・文 清水崑・絵)くもの糸芥川龍之介(土家由起雄・文 荒谷直之助・絵)うさぎのたいこたたき(桐村郷子・文 稗田一穂・絵)きしゃ(野上彰)スクールクラブ 第2巻第4号 昭和33年1月 こどもクラブ改題通巻16号表紙・鈴木信太郎 しらゆきひめ(藤田圭雄・文 伊原宇三郎・絵)とまったプロペラ(飯沢匡 土方重巳・絵 カラー6ページ)作文のかきかた・おもち(中尾彰・絵)かげえしばい 児童劇・えびのこしはなぜまがった(絵・岩崎ちひろ カラー5ページ)スクールクラブ 第2巻第6号 昭和33年3月 通巻18号 表紙・清水崑ニルスのふしぎなたび(神保光太郎・詩 中沢弘光・絵)生きもの(与田準一・文 須田寿・絵)かしこいドリス鈴木三重吉原作(関英雄・文 武井武雄・絵)げきがすきになったしんちゃん(富田博之・文 市川禎男・絵)おともだちの作文(高橋秀・絵)こどものたび(伊藤海彦・文 稗田一穂・絵)
SD : スペースデザイン. (344号) 特集 建築・都市への7つのベクトル/世界の駅舎建築
季刊銀花 第62号 1985年夏 <特集①大相撲の美=心技体の工芸 ; 特集②散華=大和の花供養>
SD スペースデザイン No.344 1993年5月 <特集 : ①建築・都市への7つのベクトル ; ②世界の駅舎建築>
消えた帝国満州 <アジア問題叢書>
南腔北調論集 中国文化の伝統と現代
週刊明星 1962年9月9日号(No.214)
日本仏教学会年報 佛教における三昧思想 第四十一号 (41)
陰陽道の神々 決定版 (法蔵館文庫)
大和の古墳
医師と患者
日本の伝統パッケージ <初版>
季刊東京人 1巻1号=1号(1986年1月) <特集 : 隅田川 大川いまむかし (創刊号)>
ディテール 93号 (1987年7月 夏季号) <特集 : 階段>
明治音楽物語 青蛙選書10
明治音楽物語 <青蛙選書>
週刊明星 1962年8月26日号(No.212)
子どもを見つめて 稲庭桂子遺稿集
千葉史学 (35)
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
坂茂 <NA建築家シリーズ 07>
<<前へ 76 77 78 79 80 81 次へ>>
在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。 お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。