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青島攻略小史
大学出の兵隊さん
女探偵/帯文・江戸川乱歩
ゴビの謎
続 敵国アメリカ通信 続(開戦後の巻)
仏印駐屯軍の記録
最終弁論 : 歴史的裁判の勝訴を決めた説得術
女探偵
続敵国アメリカ通信 開戦後の巻
銀界三十年
紀伊國屋アート・ギャラリー1 ゴッホ アルル、サン・レミ時代
元帥島村速雄伝
太平洋戦争 : 日米関係未来記 5版
秘密手帖 : 独仏間諜の手記
闘魂・ペリリュー島 : ペリリュー・アンガウル両島玉砕記 <原書房・100冊選書 12>
海運千一夜物語
支那事変報国美談 第4輯
輝く忠誠 : 支那事変報国美談 第4輯
最后の関東軍 正・続
太平洋戦線異常なし
悲劇の海戦ミッドウェー
ペンの英雄、カメラの戦士 <少年少女世界のノンフィクション ; 21>
戦記名著集 : 熱血秘史 血烟 剣と筆 第6巻
征露圖會 第五編 (風俗畫報臨時増刊第288號)
政治記者後藤基夫 後藤基夫さんを偲ぶ文集刊行会 1985年 全 314ページ後藤基夫(1918年10月20日 - 1983年4月5日)日本のジャーナリスト、朝日新聞社常務取締役。大分県佐賀関町生まれ。第三高等学校を経て1941年12月東京帝国大学法学部政治学科卒業、1942年1月朝日新聞社入社、翌2月陸軍東部第62部隊入営。主計少尉として中国湖北省で終戦を迎える(ポツダム宣言受諾後に主計中尉)。1946年2月に朝日新聞社に復職。同年6月東京本社政経部員、1950年1月政治部員、1956年10月アメリカ総局員、1958年2月政治部に復帰、1960年1月政治部次長、1963年2月ロンドン支局長、1966年6月論説委員、1967年1月論説副主幹、1969年12月東京本社編集局長、1973年9月取締役・大阪本社代表、1974年6月常務取締役、1978年12月総合企画室担当(東京本社)、1981年4月東京本社代表となり、在職中に脳出血のため死去。享年66(満64歳)。東大在学中に昭和研究会の教育機関「昭和塾」に入り、三木清の影響を受けた。「室町将軍」と呼ばれた同郷の右翼の大物三浦義一(父親が元大分市長、衆議院議員)と親しく、政界の裏情報にも通じて「書かざる大記者」と呼ばれた。宮沢喜一は後藤を「一番親しい友人」と呼んでいる。「書かざる大記者」ゆえに敵対する政治家の双方から相談を持ち込まれることも多く、政治記者として読売新聞社の渡邉恒雄も一目置く存在だった。中ソ対立が社内の派閥抗争に波及していた当時の朝日においては、親中派の重鎮の一人で、東京本社編集局長時代の1971年秋に特派員団長として北朝鮮と中国を訪問し、金日成首相、周恩来首相と会見。総合企画室担当時代の1980年にも北朝鮮を訪れている。「書かざる大記者」のため、書いたものは少ないが、晩年、雑誌『世界』に連載された石川真澄、内田健三との鼎談で、戦後政治についての見聞の一部を語っている。
元帥島村速雄傳
日露戦争思出の記
『疾風部隊 隼隊戦記』
冬岡 : 歌集 献呈サイン <アララギ叢書 ; 第108編>
女子鑑
[仮題] 財団法人日本学生航空連盟関東支部会報 第1号~第16号内 <第9,10,11,15号欠>
冬岡 : 歌集 <アララギ叢書 ; 第108編>
陸軍落下傘部隊
造艦技術の全貌 <わが軍事科学技術の真相と反省 ; 第1>
実録太平洋戦争 全7冊揃
西方人的叙述:義和団運動親歴者的書信日記和照片
ジャングル生活12年 : ミンドロ島の日本兵
太平洋戦争 : 日米関係未来記 再版
証言・ミッドウェー海戦 <光人社NF文庫 はN-954> 新装版
白い血の猟人
回天 [回天作戦の追憶/回天特攻作戦時期一覧表/他]著者 回天顕彰会 刊行年 昭和40.10 ページ数 74p サイズ A5 回天は、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷、日本軍初の特攻兵器である。「回天」という名称は、特攻部長大森仙太郎少将が幕末期の軍艦「回天丸」から取って命名した[3]。開発に携わった黒木博司中尉は「天を回らし戦局を逆転させる(天業を既倒に挽回する)という意味で「回天」という言葉を使っていた。秘密保持のため付けられた〇六(マルロク)、㊅金物(マルロクかなもの)、的(てき)との別称もある。1944年(昭和19年)7月に2機の試作機が完成し、11月20日のウルシー環礁奇襲で初めて実戦に投入された[7]。終戦までに420基が生産された。兵器としての採用は1945年(昭和20年)5月28日のことだった。回天は超大型魚雷「九三式三型魚雷(酸素魚雷)」を改造し、特攻兵器としたものである。九三式三型魚雷は直径61cm、重量2.8t、炸薬量780kg、時速48ノットで疾走する無航跡魚雷で、主に潜水艦に搭載された。回天はこの酸素魚雷を改造した全長14.7m、直径1m、排水量8tの兵器で、魚雷の本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に1人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、襲撃用の潜望鏡を設けた。炸薬量を1.5tとした場合、最高速度は55km/hで23キロメートルの航続力があった。ハッチは内部から開閉可能であったが、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否にかかわらず乗員の命はなかった。回天が実戦に投入された当初は、港に停泊している艦船への攻撃、すなわち泊地攻撃が行われた。最初の攻撃(玄作戦)で給油艦ミシシネワが撃沈されたのをはじめ、発進20基のうち撃沈2隻(ミシシネワ、歩兵揚陸艇LCI-600)、撃破(損傷)3隻の戦果が挙げられている。アメリカ軍はこの攻撃を特殊潜航艇「甲標的」による襲撃と誤認し、艦上の兵士はいつ攻撃に見舞われるかという不安にかられ、泊地にいても連日火薬箱の上に坐っているような戦々恐々たる感じであったという。
夜と霧の人間劇 : バルビイ裁判のなかのフランス パリ通信
日本偉人物語
幻の本土決戦 : 房総半島の防衛 1-8 【8冊】
紀州出身軍人の功績 : 満蒙独立秘史
女子鑑 ※乾坤合本 訂正3版
青城遺薫
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