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【林房雄 色紙 毛筆肉筆】
新大分市発足20年のあゆみ
(絵葉書)国立公園 高崎山自然動物園 袋付6枚(大分県)
(詩誌) 詩郷 第7号(昭和24年9月15日)
大分市教育史─第一部地方教育史の部5(日本教育史文献集成)(復刻版)
大分の林業 新年号 (第14号)
大友宗麟
大分らくのう 昭和24年8月号~~25年12月号
大分市・別府市・臼杵市のI種・上級・大卒程度 2022年度版 (大分県の公務員試験対策シリーズ)
”江戸時代の大分県” 二豊小藩物語展
老残歴程
大分県全図[道路地図]有料道路・フェリーボート・観光地・道路区分・区間距離 1978年
近代文学研究 大分県と文学
大分市誌
昭和12年版大分県商工名鑑
[3点] 大分市史 上巻・中巻・下巻
大分縣地方史 第117号 歴史考古学特集
いま、この声を -私たちの証言・体験「アジア・太平洋戦争」- (県退現教結成・大分市平和都市宣言 20周年記念誌)
善行美績 表彰録 大分県
弘報活動のしおり (一)
鶴賀城戦史
『大分縣主催 第十四回 九州沖縄八県聯合共進會 記念寫眞帖』
民芸手帖 昭和39年9月号 (通巻76号) (アイヌの樹皮工品/文化財を訪ねて・5大分市元町・岩屋寺の石仏/岡山県の民家/大分県の石仏見て歩き・2/民家巡礼・79 練馬の民家・2と江古田の獅子舞/東京民芸協会だより 佐渡旅行記・山陰水害見舞)
大分県被贈位者略伝
農業試験研究最近の主要成果 : 農業研究100年のあゆみ
福田平八郎 作品と素描 全2冊
政治記者後藤基夫 後藤基夫さんを偲ぶ文集刊行会 1985年 全 314ページ後藤基夫(1918年10月20日 - 1983年4月5日)日本のジャーナリスト、朝日新聞社常務取締役。大分県佐賀関町生まれ。第三高等学校を経て1941年12月東京帝国大学法学部政治学科卒業、1942年1月朝日新聞社入社、翌2月陸軍東部第62部隊入営。主計少尉として中国湖北省で終戦を迎える(ポツダム宣言受諾後に主計中尉)。1946年2月に朝日新聞社に復職。同年6月東京本社政経部員、1950年1月政治部員、1956年10月アメリカ総局員、1958年2月政治部に復帰、1960年1月政治部次長、1963年2月ロンドン支局長、1966年6月論説委員、1967年1月論説副主幹、1969年12月東京本社編集局長、1973年9月取締役・大阪本社代表、1974年6月常務取締役、1978年12月総合企画室担当(東京本社)、1981年4月東京本社代表となり、在職中に脳出血のため死去。享年66(満64歳)。東大在学中に昭和研究会の教育機関「昭和塾」に入り、三木清の影響を受けた。「室町将軍」と呼ばれた同郷の右翼の大物三浦義一(父親が元大分市長、衆議院議員)と親しく、政界の裏情報にも通じて「書かざる大記者」と呼ばれた。宮沢喜一は後藤を「一番親しい友人」と呼んでいる。「書かざる大記者」ゆえに敵対する政治家の双方から相談を持ち込まれることも多く、政治記者として読売新聞社の渡邉恒雄も一目置く存在だった。中ソ対立が社内の派閥抗争に波及していた当時の朝日においては、親中派の重鎮の一人で、東京本社編集局長時代の1971年秋に特派員団長として北朝鮮と中国を訪問し、金日成首相、周恩来首相と会見。総合企画室担当時代の1980年にも北朝鮮を訪れている。「書かざる大記者」のため、書いたものは少ないが、晩年、雑誌『世界』に連載された石川真澄、内田健三との鼎談で、戦後政治についての見聞の一部を語っている。
市町村大字讀方名彙
堀之内松十郎翁の遺稿と略伝
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