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大海辺 : 小野十三郎詩集 初版
書院建築詳細図譜
板垣退助君傳記 全4冊 <明治百年史叢書 第459巻>
水と世界遺産 : 景観・環境・暮らしをめぐって
月刊漫画 ガロ 1972年11月号(111号) 箱入娘/よっぱらいも楽しルンペンさんも又楽し/悪い奴ほどよく走る/静かなピンク/詩人の部屋/勝又進作品集・64/闇小路家の密室/あじさいの花をチョッキン/傾斜のあとに/ナンセンスの缶詰/風のうめき
季刊みづゑ No.929 1983年冬 <特集 : ロマン的象徴幻想の画家たち ; 脇田和の油彩とデッサン>
日本の神 : 神道史学のために
季刊みづゑ No.926 1983年春 <特集 : ヒエロニム・ボッスと音楽 ; クロード・ロラン 魅惑の風景の画家>
弘前大学文理学部 ●●金男 毛筆書簡 毛筆五十九行完 東京都文京区大塚町 お茶の水大学々長 野口明 様
俳人山頭火の生涯
藤井種太郎 封書 ペン書き十八行 完 東京都千代田区六番地九 野口明 様
昭和廿九年度版 仙䑓開府暦(仙台開府暦) 附 伊達政宗公御歌短冊
ハチの博物誌
日本人 馬賊王
消失物誌(二版)
カバヤ文庫の時代 <坪内稔典コレクション 第1巻>
坪内稔典コレクション 全3冊揃 カバヤ文庫の時代・子規とその時代・芭蕉とその時代 <坪内稔典コレクション 第1巻>
古地圖台北散歩 : 1895清代台北古城
大阪の歴史 (45) 中世四天王寺周辺の村と庄
北海道とっておきの旅
神社の建築 日本の美と教養
田園の霧
星の美と神秘
完全保存版 世界「夢の旅」BEST50
遠天 : 歌集
雪中佳日 相馬御風著 装丁 郷倉千靱 出版社 櫻井書店 刊行年 昭和18年初版函付き 昭和18年2月発行 カバー 206頁 A5判相馬御風(1883年(明治16年)7月10日 - 1950年(昭和25年)5月8日)は、明治期から昭和期にかけての日本の文学者、詩人、歌人、評論家。本名は昌治。新潟県西頸城郡糸魚川町(現糸魚川市)出身。早稲田大学大学部文学科英文学科卒業。詩歌や評論のほか、早稲田大学校歌「都の西北」をはじめとした多くの校歌や、「春よ来い」などの童謡の作詞者としても知られる。 1906年に早稲田大学英文科を卒業。島村抱月のもとで、当時復刊された雑誌「早稲田文学」の編集に参加。また野口雨情・三木露風らとともに「早稲田詩社」を設立し、口語自由詩運動を進めた。1911年には早稲田大学講師となる。25歳の時に母校校歌「都の西北」を作った。その後1916年に内面を告白した『還元録』を刊行し、故郷糸魚川に隠棲する。帰郷後は主として良寛の研究に携わったほか、童話・童謡も発表した。地元に伝わる奴奈川姫伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、1935年(昭和10年)に同地でのヒスイの発見につながった。1950年5月7日に脳溢血で倒れ、翌8日に糸魚川市の自宅で死去。享年68(満66歳)。戒名は大空院文誉白雲御風居士。没後の1952年12月10日、居宅が新潟県の史跡となった。
蜘蛛男 : 評判小説
「坪内稔典コレクション 全3冊揃」 カバヤ文庫の時代 子規とその時代 芭蕉とその時代
怒るな働け
医傑大森先生の生涯 (大森治豊先生の生涯)
晴れた日にはGMが見える : 世界最大企業の内幕 <新潮文庫>
樋口一葉論 <国文学研究叢書 ; 第6編> 3版
矢野貫城 毛筆書簡 毛筆二十七行 完 文京区大塚町五六 野口明 様
牧野富太郎と植物画展 : ボタニカルワールドへのいざない 展覧会チラシ付 小田急美術館 大阪市立自然史博物館 展覧The World of Makino's Botanical Illustrations 「牧野富太郎と植物画展」図録 : ボタニカルワールドへのいざない 高知県立牧野植物園,毎日新聞大阪本社文化事業部編 出版社 毎日新聞社 刊行年 2001 ページ数 213p サイズ 30cm 日本が世界に誇る植物学者・牧野富太郎博士は,95年の生涯のすべてを植物研究に捧げました.全国の山野でフィールドワークを行い,2500もの新植物に名前をつけました.日本の「植物学の父」と呼ぶにふさわしい人です. 牧野博士は,また,植物画の名手でもありました.精密かつ力強い筆使いで,植物の「種」としての典型の表現をめざした図で,その画法は「牧野式」と呼ばれました.植物を最もよく知る植物学者によって描かれた図には,みずみずしい生気が宿り,学術的価値に加えて,美術的にも高く評価されています. 本展は,高知県立牧野植物園が所蔵する牧野博士の植物画をはじめ,博士の植物画コレクションの他,博士の遺品やエピソードを通じて,牧野富太郎の人間的魅力を紹介。【主な展示品】1.牧野富太郎の植物図 約150点2.関根雲停,山田壽雄,服部雪斎,渡邊鍬太郎など幕末から明治の画工たちの作品 約50点3.牧野富太郎の遺品や生涯を物語る資料 「臍の緒袋」から「愛用の採集用具,観察用具」,「競売通知書」,「妻,壽衛との手紙のやりとり」など,約100点
安西啓明直筆絵入り年賀葉書 昭和28年 橋本亀次郎宛日本画家の安西啓明は1月11日、老衰のため東京都大田区の病院で死去した。享年93。1905 (明治38)年4月15日、東京府八王子に生まれる。本名正男。1920(大正9)年荒木寛畝門下の広瀬東畝に師事したのち、21年川端龍子に入門。26年第13回再興院展に「学校」が初入選するが、29(昭和4)年龍子が青龍社を結成するに及んでこれに参加、同年の第1回展に「アパート」「本門寺風景」を出品した。以後同展で36年第8回「集鹿」がY氏賞、39年第11回「埴輪」が奨励賞、40年第12回「游亀」が蒼穹賞を受賞し、30年青龍社社子、翌年社友、42年社人となる。また龍子の画塾御形塾の塾頭もつとめた。45年6月満州(中国東北部)に開校した新京芸術院の教授として同地に渡るが、終戦とともに帰国。48年より全国の建築をテーマにした風景連作を青龍展に発表、60年からは急速な勢いで変貌していく東京の街や建物に思いを寄せ、連作「東京シリーズ」に着手する。またその一方で坂口安吾「信長」(52年)、室生犀星「杏っ子」(56年)、庄野潤三「夕べの雲」(64年)といった新関連載小説の挿絵を描く。57年以後毎年個展を開き、61年には自ら主宰する青明会の第一回展を開催。同66年龍子死去に伴い青龍社は解散、以後、無所属で活動する。日本美術家連盟理事もつとめる。98(平成10)年3月大田区ほかの主催で「安西啓明日本画展」(於太聞区民プラザ)を開催。
気象集誌 第44年 第2輯 第3巻第1号-第3号 1組(3冊)
江戸川乱歩選集 第8巻 蜘蛛男
文化遺産と生きる
ディテール 87号 (1986年1月 冬季号) <特集 : 和紙のディテール>
樋口一葉論 <国文学研究叢書 ; 第6編>
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