2025年6月10日 第420号

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          古書市&古本まつり 第149号
      。.☆.:* 通巻420・6月10日号 *:.☆. 。
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━━━━━━━━━━【シリーズ古書の世界】━━━━━━━━━━

破棄する前に5 山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(上)
                       三昧堂(古本愛好家)

もう二、三年前になるが、沖縄関連の本を読んでいて、もし沖縄に独自の
文字、琉球文字があったら、沖縄の文化や文学はどうなっていたろうかと
想像したことがあった。古書展で求めた『山之口貘詩集 鮪に鰯』(昭和
39年・原書房)に「弾を浴びた島」という短い詩がある。

 島の土を踏んだとたんに
 ガンジューイとあいさつしたところ
 はいおかげさまで元気ですとか言って
 島の人は日本語で来たのだ
 郷愁はいささか戸惑ってしまって
 ウチナーグチマディン ムル
 イクサニ サッタルバスイと言うと
 島の人は苦笑したのだが
 沖縄語は上手ですねと来たのだ
 
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https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=21869
 
 
━━━━━━━━━━━━━━【本とエハガキ】━━━━━━━━━━━━━

本とエハガキ(5) 製紙と製本
                             小林昌樹

■本とエハガキ、本のエハガキ
 本連載タイトル「本とエハガキ」には、本に関連するエハガキを広く扱い
たい、という含意がある。今回紹介するエハガキは、そんな本の周辺の
エハガキだ。本が書かれて作られて運ばれ、買われてみんなの手元に来る。
その過程のどこかで、実は意外なエハガキが作られている。

 前回は、わりと普通に想定される出版社エハガキを紹介した。大きめの
新築に付随してほぼ必ず発行されたのが戦前のエハガキだと言っても過言で
ないが、一方で、今回紹介するものは、エハガキ交換会などに出席して
大量のエハガキを縦覧した際に気づいた周辺的な「本のエハガキ」である。
 
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━━━━━━━━━━【シリーズ書庫拝見35】━━━━━━━━━━

香川大学図書館神原文庫
本と記録への情熱が成した一大コレクション
                            南陀楼綾繁

 20代の頃、大学院に通いながら、小さな出版社で働いていた。週に何日か
国会図書館に通い、仕事の調べ物をする合間に、興味のあるテーマを調べて
いた。
 全国の図書館の文庫・コレクションが並ぶ棚で、ふと手に取った一冊が
『神原文庫分類目録』だった。香川大学の初代学長だった神原甚造の蔵書を
もとにした文庫で、和洋の刊本、古典籍、古文書、古地図などがずらりと並ぶ。
 もう一冊、『神原文庫分類目録(続)』をめくると、こちらも同様の分類
だが、後ろの方に「収集物・器物等」という項目があった。そこには「[外国
乗車券・小切手集]」「[汽車・電車乗車券集]」「[マッチレッテル集]」
などとあった。

 大学図書館のお堅いイメージをくつがえす資料が並ぶこの目録に、当時
からこの種の資料に目がなかった私は大いに関心を持った。
 
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南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。
 
 
X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu
 
 
━━━━━━━━━\ご好評につき増刷決定!/━━━━━━━━━
            南陀楼綾繁 著
     「書庫をあるく アーカイブの隠れた魅力」】

本連載の1〜19回までを単行本化した『書庫をあるく』は、
おかげさまでご好評をいただき、このたび増刷が決定しました!
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━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964
 
 
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━━━━━【6月10日~7月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

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TSUTAYA首里店 古書フェア

期間:2025/04/12~2025/06/15
場所:首里りうぼう(1F) TSUTAYA首里店内にて

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第4回 戸田書店やまがた古本まつり

期間:2025/04/26~2025/06/29
場所:戸田書店山形店 特設会場 山形市嶋北4丁目2-17 

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2025香林坊 夏の古書市

期間:2025/05/31~2025/07/21
場所:うつのみや香林坊店 金沢市香林坊2-1-1 クラソ・プレイス香林坊 BF

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フィールズ南柏 古本市

期間:2025/06/05~2025/06/27
場所:フィールズ南柏モール2 2階催事場 柏市南柏中央6-7(JR南柏駅東口すぐ)

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古書目利き市

期間:2025/06/06~2025/06/15
場所:マルヤガーデンズ2階特設会場  鹿児島市呉服町6-5
URL:https://www.maruya-gardens.com/event/kosyoichi/

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書窓展(マド展)

期間:2025/06/13~2025/06/14
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=571

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好書会

期間:2025/06/14~2025/06/15
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=620

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BOOK DAY とやま駅

期間:2025/06/14
場所:富山駅南北自由通路(あいの風とやま鉄道中央口改札前)
URL:https://bookdaytoyama.net/

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神戸阪急 こうべの古書ノ市

期間:2025/06/18~2025/06/23
場所:神戸阪急 本館9階 催場

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第4回 古本通り@アルデ新大阪

期間:2025/06/19~2025/06/30
場所:アルデ新大阪 アルデひろば(新大阪駅2階)

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ハンズ町田古本市

期間:2025/06/19~2025/07/15
場所:町田東急ツインズ・イースト館・ハンズ7Fイベントスペース
   小田急線・JR町田駅徒歩1分 
URL:https://machida.hands.net/item/cat70/post-1765.html

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フジサワ古書フェア(6月)

期間:2025/06/19~2025/07/16
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場 
   JR・小田急藤沢駅南口フジサワ名店ビル4階
URL:http://www.yurindo.co.jp/store/fujisawa/

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新興古書大即売展

期間:2025/06/20~2025/06/21
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22 
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=569

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第5回 高円寺優書会

期間:2025/06/21~2025/06/22
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=726

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私へ続く時間 80年と出会うブックフェア

期間:2025/06/21~2025/06/22
場所:沖縄タイムスビル1F 那覇市久茂地2丁目2-2
URL:https://note.com/your_okinawa/n/nec07459ff705

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浦和宿古本いち

期間:2025/06/26~2025/06/29
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)
URL:https://twitter.com/urawajuku

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ぐろりや会

期間:2025/06/27~2025/06/28
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:https://www.gloriakai.jp/

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大均一祭

期間:2025/06/28~2025/06/30  
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=622

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西部古書展書心会

期間:2025/07/04~2025/07/06
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
URL:https://www.kosho.ne.jp/?p=563

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アクロスモール新鎌ヶ谷古本市

期間:2025/07/04~2025/07/17
場所:アクロスモール新鎌ヶ谷 1F中央エレベーター前&中央エスカレーター前  
   千葉県鎌ケ谷市新鎌ヶ谷2-12-1

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東京愛書会

期間:2025/07/11~2025/07/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
URL:http://aisyokai.blog.fc2.com/

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日本の古本屋メールマガジンその420 2025.6.10

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 広報部・編集長:藤原栄志郎

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破棄する前に5
山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(上)

廃棄する前に5
山之口貘・高田渡・高田豊・小沢信男(上)

三昧堂(古本愛好家)

もう二、三年前になるが、沖縄関連の本を読んでいて、もし沖縄に独自の文字、琉球文字があったら、沖縄の文化や文学はどうなっていたろうかと想像したことがあった。古書展で求めた『山之口貘詩集 鮪に鰯』(昭和39年・原書房)に「弾を浴びた島」という短い詩がある。

 島の土を踏んだとたんに
 ガンジューイとあいさつしたところ
 はいおかげさまで元気ですとか言って
 島の人は日本語で来たのだ
 郷愁はいささか戸惑ってしまって
 ウチナーグチマディン ムル
 イクサニ サッタルバスイと言うと
 島の人は苦笑したのだが
 沖縄語は上手ですねと来たのだ

昭和33年に『定本山之口貘詩集』(原書房)が刊行され、大正13年の二度目の上京以後35年ぶりに沖縄に帰郷し、島の変化に衝撃を受けた時の思いを詠んだ作品である。詩人のショックも想像がつくが、私はこの詩を読んで、琉球語をカタカナで表現するしかない「悲劇」を感じた。

調べると「日琉同祖論」とか琉球語は日本語方言の一つであるとか、古い日本語が残っているとか、琉球が日本の亜流であるような考え方はどこか違うのではないか、独自の琉球文化を
築きながら独自の文字を発明できなかったのは如何にも不思議である、そんなことを考えていた時、大学時代の同級生のグループラインに「高田渡のLPアルバムがあります。欲しい方に
譲ります。希望者がいなければ処分します」とあった。私は即名乗りを上げて着払いで送ってくれとラインした。しばらくして届いたのは以下の6枚だった。

 汽車が田舎を通るその時(1969・10)
 ごあいさつ(1971・6)
 系図(1972・4)
 石(1973・6)
 ヴァーボン・ストリート・ブルース(1977・6)

それに「武蔵野タンポポ団の伝説」(1980)というライブ盤があった。

20250610_LP

 高田渡が山之口貘の詩に曲を付けていることは知っていたが、貘の詩に興味を持ったのは
比較的最近なので、これまで聞いたことはなかった。その6枚に入っている高田渡が歌う貘の詩は「鮪に鰯」「結婚」「生活の柄」(ごいあさつ)、「告別式」(系図・武蔵野タンポポ団の伝説)「石」(石)、「座布団」(ヴァーボン・ストリート・ブルース)の6曲である。

その他、フィシング・オン・サンデー(1976)に、「頭を抱える宇宙人」が収録されている。今は便利な時代ゆえユーチューブで聞くことが出来る。これも所持していないが、高田渡が数人のミュージシャンが歌う貘の詩を集めた「貘」というCDアルバム(1997)もあり、
高田自身も上記以外に「歯車」「深夜」「夜景」を収めている。でも古本人間はレコードかCDで欲しいのである。

 因みに書き添えれば、今回、そのレコードを聴くために書斎に持ち込んだレコードプレイヤーは電源を入れてもターンテーブルが回らないので処分しようと思っていたものだが、調べたらゴムのベルトが外れていただけですぐに直った。これも捨てずに良かった。

 7曲を聞いて「石」が、メロディ―も含め一番心に残った。次のような詩である。

 季節季節が素通りする
 来るかとおもつて見てゐると
 来るかのやうにみせかけながら

 僕がゐるかはりにといふやうに
 街角には誰もゐない
 
 徒労にまみれて坐つてゐると
 これでも生きてゐるのかとおもふんだが
 季節季節が素通りする
 まるで生きすぎるんだといふかのやうに

 いつみてもここにゐるのは僕なのか
 着てゐる現実
 見返れば
 僕はあの頃からの浮浪人

 処女詩集『思弁の苑』(1938・むらさき出版部)に収録されているから戦前の作品である。高田渡は微妙に詩を変えていて「徒労」は「むだぼねおり」、「現実」は「まいにち」、「浮浪人」は「ふろうしゃ」と読んでいて、第三聯の「まるで生きすぎるんだといふやうに」と、四聯の「いつみてもここにゐるのは僕なのか」を削除して、「着てゐる現実」につなげている。他の詩もアレンジしたものがあるだろう。

 高田渡自身にも『個人的理由 高田渡詩集』(昭和47・ブロンズ社)がある。彼は貘の他、金子光晴、高木護、木山捷平、添田亜蝉坊などの詩を歌っているが、それぞれ個性を持ちながらも共通したものがあるようだ。

 高田は『個人的理由』の「あとがき1」の冒頭に次のように書いている、
 これらの詩は十八~二十までの二年間の記録である。父も十九~二十の時に詩を書いていた。そして、それらの作品は四十年以上も過ぎて初めてうすっぺらな一冊の詩集となったのである。「詭妄性詩集―高田豊」 今、わが家にはこの一冊のカビ臭い詩集だけが残っている。

20250610_takadayutaka

 高田渡の父へのリスペクトには強いものがあるのだろう。アルバム「系図」のジャケットには恐らく豊の晩年と思われる写真と「田舎の電車」という詩が印刷されている。因みに収録曲ではない。豊の詩では「火吹竹」が「石」に収録されている。

「田舎の電車」

電車は走っている
車輪の音響に促されて
無意識に走っている
私は後に凭り掛って瞑目している
私は行先を考えてはいない
運転手の目は
慣れ切っている前の
レエールなんか見てはいない
唯った4,5人の客は
てんでに人の足を眺めていた
車掌は
出口にもたれて
客の風体を全部見てしまっていた
桑畑の中を電車は真直に走っていた
夕陽の影に追駈られて電車はいつまでも
走っていた

 大正13年の作品である。高田渡に「汽車が走る 十年ぶりに/田舎という駅に向かって/もうずい分昔のこと/汽車が走ったのは」という「汽車が田舎を通るそのとき」という作品があるが父の詩からの連想だろうか。

 高田渡の父が詩人であったことを知る人でも、どんな経歴の詩人、人物であったか知る人は稀だろう。大和郡山市の海坊主社が「大和通信」というB4判裏表だけの新聞(?)を出している。池田市の中尾務さんが主に編集し自らも執筆しているが、その115号(2020年8月)に「弛みのダダイスト詩人高田豊―富士正晴調査余滴」(中尾)が掲載され、また同人誌
「VIKING」839号(2020年11月)では「〈「三人」の葬式〉、その後―冨士正晴余滴」でさらに詳しく、戦時中、富士と同じ弘文堂書店で編集者として働いていた豊のことを、富士の日記などから詳しく紹介している。

富士が師と仰いだ竹内勝太郎の詩集『春の犠牲』(1941)を刊行した弘文堂書店に入社したのは1942年2月で翌年2月まで在社するが、先輩で後に未来社社長となる西谷能雄がいたがその従兄が京大の哲学者西谷啓治である。『春の犠牲』の刊行はその西谷啓治と鈴木成高、下村寅太郎の好意によるものと富士は後に語っている。弘文堂への入社斡旋も彼らに依頼したもののようだ。僅か一年ほどの期間だが、富士はそこで中国文学の狩野直喜やドイツ文学の大山定一、高安国世、谷友幸などと出会うことになる。そして弘文堂の中で富士が一番親しくなったのが少し前に入社していた高田豊だった。

富士は豊を「乱暴な生活者」と評しているが、二人を結び付けたのは酒だけでなく、型にはまらない奔放自由な生き方にあるだろう。戦時の重圧は時流に流されない者に最も重くのしかかる。豊は佐藤春夫から「彼は燃えながら燻っている炎だ」と評されたダダイスト詩人であった。弘文堂は富士よりも先に退職、故郷岐阜に帰り、ヤギの飼育、保育園設立、町会議員、
牛乳の自動販売、芸者屋の親分などをした後、妻に先立たれ、四人の子供を連れて夜逃げ、
東京深川の援護施設へ入り、日雇い労働者となり、その組合・全日自労の役員も務めた。その四人の男兄弟の一番下が高田渡である。

 豊は1964年12月、二十代の詩を集めた『詭妄性詩集』を刊行して、富士にも送った。
B5判、43頁、66篇の詩を収録している。「あとがき」に「この本ご覧のとおりの見窄らしいものだが、百五十円づつで買ってもらえると有難いと思う。出版費用の一分を援助して下さる意味で」と書いている。

 巻頭の詩「詩に與う詩」だけが1964年作の詩である。

 これらの詩
 書かれて
 四十年ぶりに
 世に出るとは、
 書いた私自身よりも
 書きつけられた紙―
 原稿用紙が
 よっぽど
 辛抱づよかったろう
 呵々

 高田豊の職歴は山之口貌に通じるものがある。『山之口貌詩集』(現代詩文庫・思潮社・1988)に茨木のり子が解説「精神の貴族」で、貌を「生涯、借金につぐ借金で、首がまわらず、たいていの人なら、いじけてしまうとこころですが、貌さんはだれよりも貧乏したのに、心は王侯のごとしという、ふしぎな豊かさをますます自分のものにしていった人でした」と書いている。高田豊も同様だったのではなかろうか。

 大田区の古書店、月の輪書林の2001年発行の古書目録『特集・寺島珠雄私記』に山之口貌関連資料が160点ほど掲載されている。その内68点は昭和6年の「改造」から没年昭和38年の「文芸」まで作品の初出誌である。古書目録ゆえに総てが収録されたものではないかもしれないが、明らかに優れた書誌である。

20250610_tsukinowa

私の手元にも、今回調べたら何部かあったが、「改造」「中央公論」「文芸」「新潮」「小説新潮」など所謂一流誌が少なくない。創作期間も短くないし、けして埋もれた詩人とは言えないと思う。事実多くの友人やファンがいた。それなのにどうして貧乏だったのだろう。詩を読む限り原稿料を全部飲んでしまうような浪費家ではない。高田渡もその知名度に比し豊かだったとは言えない。生涯安アパート暮らしだったはずである。名人林家彦六師匠も生涯長屋に住み続けたが、彼らにどこか共通したものがあるのだろう。(つづく)

〇中央公論昭和15年1月号「思ひ出」
〇中央公論昭和15年1月号「思ひ出」
 
〇列島昭和_昭和27年3月号「影」
〇列島昭和_昭和27年3月号「影」

 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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本とエハガキ⑤ 製紙と製本

本とエハガキ⑤ 製紙と製本

小林昌樹

■本とエハガキ、本のエハガキ

 本連載タイトル「本とエハガキ」には、本に関連するエハガキを広く扱いたい、という含意がある。今回紹介するエハガキは、そんな本の周辺のエハガキだ。本が書かれて作られて運ばれ、買われてみんなの手元に来る。その過程のどこかで、実は意外なエハガキが作られている。
 前回は、わりと普通に想定される出版社エハガキを紹介した。大きめの新築に付随してほぼ必ず発行されたのが戦前のエハガキだと言っても過言でないが、一方で、今回紹介するものは、エハガキ交換会などに出席して大量のエハガキを縦覧した際に気づいた周辺的な「本のエハガキ」である。

■船のエハガキ? いやいやパルプを運ぶ現場です

 最初に【図5-1】を見てほしい。一見して船のエハガキにしか見えない。しかしこれ、本のエハガキなのである。キャプションを見て欲しい。エハガキの重要な資料価値は、写っている図像自体というより、キャプションとセットの複合効果にあるのだ。
 というのもキャプションを読むと、これは樺太(サハリン)の大泊港が流氷に閉ざされた際に、幸いに砕氷船なら沖合に来られるので、氷の上をソリでパルプを運び、砕氷船のクレーンで直接、積み込む、という珍しい風景(奇観)だよ、という意味である。

【図5-1】「(樺太)氷上パルプ荷役奇観[大泊港]」
【図5-1】「(樺太)氷上パルプ荷役奇観[大泊港]」

 砕氷船の名前は「千歳丸」(ウィキペディアに立項。類似のエハガキも掲載)。私は元ミリオタ兼乗り物マニアなので、【図5-1】の舳先、流氷にかかるクニョッっとまがっている部分を見て、「あ、こりゃあ砕氷船だ」とわかったが。昭和人(今じゃあ「天保老人」みたい)には「タロとジロ」の南極観測船宗谷も同じ砕氷船だったよ、と言えばわかるかしらん。
 戦前日本で製紙用パルプの一大産地が樺太だったことは、日本開闢以来現在に至るまで、圧倒的に江戸東京中心の出版業が、戦後一瞬、札幌だった珍事を知っていれば類推できよう。
 昭和21年ごろ日本主要出版社が本社を札幌に移した珍事は、樺太からのパルプが、青函連絡船が撃沈されて内地に運べず北海道に滞留していたから起きた現象だった。このように、戦前、樺太からパルプが運ばれていたのだなぁと感慨深い。はがき表面の罫線位置などからパターンc(1918-1933年、末尾参照)。

■戦前のゴミ(反故)の山を写真で見るのは難しい

 パルプから紙が製紙工場で作られる。製紙工場のエハガキは、そこそこある。製紙業に限らず、大きな工場や大きな機械はそれだけでエハガキの題材となりやすいのだ。けれど、製紙材料、特に古紙(むかしは「故紙」)を写真で見ることはめったにない。現在とはかなり違う価値観の戦前ワールドとはいえ、やはり汚いものはエハガキになりづらいのだ(ただし、災害写真といった初手からのキワモノ=際物=時事は除く)。
 【図5-2】はその珍しい一枚。板紙の材料の多くを占めるという古紙が山とーー文字通りも実態上も山ーー積まれている。罫線がパータンdなので昭和8年以降の撮影か。

【図5-2】板紙原料貯蔵場(新川製紙株式会社)
 【図5-2】板紙原料貯蔵場(新川製紙株式会社)

 仔細に見ると、馬車、というか馬力(馬力屋)によって荒縄でぐるぐる巻にされた古紙が運ばれてきたことがわかる。古紙はセメント袋で覆われていることもある、と、これまた【図5-2】を見るとわかる。きっと市中の建て場でぐるぐる巻にされたんだろう。
 新川製紙株式会社は昭和6年8月21日設立で、西春日井郡新川町大字西堀江2288番地にあったもの(現・清須市)。名古屋市から反故を運んで板紙を作っていたらしい。【図5-3】工場全景を見ると、馬力が5台並んでいる前の川に、何艘もの運搬船(はしけか?)が係留されているのがわかる。

【図5-3】工場全景(新川製紙株式会社)
 【図5-3】工場全景(新川製紙株式会社)

■植字見習い?

 紙ができれば、それに印刷され、本ができるわけだが、印刷場面を写したエハガキは多くの場合、新聞社エハガキセットの1枚として発行され、大きな輪転機が写っているものだったりする。本を刷っているような場面のエハガキはあまり見当たらない。大きいもの、きれいなものはエハガキになりやすいが、小さいもの、きたないものはなりづら。おのずと書籍を物理的につくっていた中小印刷所、中小製本所はエハガキになりづらいからだろう。
 手元にあるなかにある印刷風景の一枚が【図5-4】「印刷部(玉川塾)」で、罫線パターンc(1918-1933年)。
 どうやら昭和4年設立の玉川学園で労作教育の一環に「印刷部」というセクションがあったらしく、そのエハガキだろう。とすれば、昭和4年〜8年のエハガキということになる。

【図5-4】印刷部(玉川塾)
 【図5-4】印刷部(玉川塾)

 これは学校の印刷部だから植字工などが少年なのは自然ではあるのだが、都会の小さな印刷所では同年齢の少年たちが見習いとして働いていた。戦後全面的に禁止される少年労働というやつである。帝国図書館などで働いていた出納手なども同様だが、勉強好きなのに貧困から中学校へ進めず、それでもなお本に関わる仕事、ということで就く場合もあったろう。しかし林田茂雄『人間変革の記録 (青木新書)』(青木書店、1961)などを読むとよく分かるのだが、こういった小僧、丁稚、給仕といった少年労働はなかなかに辛いものがある。
 有名なプロレタリア小説『太陽のない街』は印刷会社がモデルだったし(共同印刷争議)、前記林田茂雄も帝国図書館の出納手だった山崎元さんも戦後、熱心な左翼運動家になったことなどを思い出す。
 あるいはまた、紀田順一郎先生の古本小説『われ巷にて殺されん』(改題後『夜の蔵書家』)で戦前植字工の悲惨さが描かれていたことも、この写真エハガキを見ると思い出してしまう。

■製本作業もエハガキになりづらい

 紙に印字され、刷本(すりほん、本の本体)が出来上がると、丁合を整えて束ね、糸でかがって製本するということになるのだが、その製本の現場もエハガキになりづらい。なかで珍しい一枚がこれ。

【図5-5】勤労教育の実際ー製本ー
 【図5-5】勤労教育の実際ー製本ー
 

 罫線パターンがcなので大正後半から昭和初期だろうとわかるのだが、どこでの撮影かは不明。1枚だけを古書りーち(大阪)さんに行った時に買ったもの。のりと刷毛がテーブル中央におかれているので、それで小冊子を作っているものか。奥の方では壁から壁へ渡してある紐に、さらにかがり糸のようなものが掛けられているので、奥では糸かがりをしているものか。ちょっとよくわからない。

■もしかしたら「日本印刷学校」「勤労女学校」?

 上記エハガキの発行元がさっぱりわからないのでNDLデジコレであれこれ検索語を変えて一般的検索をかけてみると、同時期に社会運動家の後藤静香(せいこう)がやっていた「希望社」の勤労女学校に製本部があったとわかる。さらにチェックすると、希望社が実に巧みな経営で巨大化していったことを批判する次の記事が見つかる。

『文芸戦線』7(2) p.120-123(1930.2)
平林たい子希望社の真の希望は何であったか?」『文芸戦線』7(2) p.120-123(1930.2)

 当時プロレタリア作家の平林たい子は断罪する。後藤静香は無知な地方婦女を欺瞞して入学させ、事実上のタダ働きをさせているのだと。希望社の「日本印刷学校」「勤労女学校」はそのフロント学校にすぎないのだと……。あまりにも、地方、不遇、女性、搾取といった戦前お決まりのパターンだったので、私は読んでいて泣き笑い状態になってしまった。
 【図5-5】が後藤の勤労女学校であるとの確証はないが、なんだか果てしなくそう思えてくる。すると、写真エハガキというものは、物を映し出し、キャプションと相まって物理的関係を明らかにする極めて有用な資料だけれども、社会関係といった目に見えない事は映っていないのだなぁ。いや、こう言うべきかもしれない。「映(ば)える」部分(場面)だけ絵にするのがエハガキだとも。当たり前だが気をつけるべきことだろう。
 この先、読書エハガキを取り上げるが、そこで出てくるだろう満蒙開拓青少年義勇軍の日輪兵舎における読書風景なども同類だろう。

■エハガキの罫線パターン(連載1回にも掲載)

エハガキの罫線パターン
【表1-1】様式による年代推定表(あくまで目安)

■お知らせ

 日経新聞(5/31)書評欄で、あの鹿島茂先生に「小傑作」と評された拙著『立ち読みの歴史』でも少し書店エハガキを使っています。ぜひ書店にて立ち読みしてください。
 
『立ち読みの歴史』
 
書名:『立ち読みの歴史』
著者:小林 昌樹
発行元:早川書房
判型/ページ数:新書/200頁
価格:1,320円(税込)
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221
 
好評発売中!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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香川大学図書館神原文庫
本と記録への情熱が成した一大コレクション【書庫拝見35】

香川大学図書館神原文庫
本と記録への情熱が成した一大コレクション【書庫拝見35】

南陀楼綾繁

 20代の頃、大学院に通いながら、小さな出版社で働いていた。週に何日か国会図書館に
通い、仕事の調べ物をする合間に、興味のあるテーマを調べていた。

 当時の国会図書館は、資料を請求してから出てくるまでにかなり時間がかかった。閲覧表をカウンターに出すと、その横にあった人文総合情報室(その頃は人文社会科学資料室)で時間を過ごした。事典や目録などのツールが揃っていて、それらを眺めているだけで飽きることはなかった。

 全国の図書館の文庫・コレクションが並ぶ棚で、ふと手に取った一冊が『神原文庫分類目録』(風間書房、1964)だった。香川大学の初代学長だった神原甚造の蔵書をもとにした文庫で、和洋の刊本、古典籍、古文書、古地図などがずらりと並ぶ。「創刊号雑誌」という項目もある。

 もう一冊、『神原文庫分類目録(続)』(香川大学附属図書館、1994)をめくると、こちらも同様の分類だが、後ろの方に「収集物・器物等」という項目があった。そこには「[外国乗車券・小切手集]」「[汽車・電車乗車券集]」「[マッチレッテル集]」などとあった。[]でくくっているのは、タイトルが表記されていない資料を示す。おそらくスクラップブックだろう。

 大学図書館のお堅いイメージをくつがえす資料が並ぶこの目録に、当時からこの種の資料に目がなかった私は大いに関心を持った。
 しかし、実際に香川まで足を運ぶことは思いもよらず、30年が経過した。

さまざまな形態の資料が並ぶ

 1月14日の朝、高松駅からタクシーで香川大学幸町キャンパスに向かう。構内に入ると、
左手に図書館がある。

1_kagawa university library
★香川大学図書館

 香川大学は1949年に発足。香川師範学校・香川青年師範学校を母体とした学芸学部及び
高松経済専門学校を母体とした経済学部の2学部だった。図書館もこれらの蔵書を受け継いだが、1945年(昭和20)7月4日の高松市の戦災により、香川師範学校・香川青年師範学校の
蔵書はほとんど燃えてしまったという。

 現在の図書館は2014年5月にリニューアルしたもので、4階建て。階段を上がって、2階の受付に向かうと、情報図書課長の吉田弘子さん(当時)、貴重書担当の河原佳子さんが出迎えてくれる。
 いつもだと図書館全体の書庫に案内していただくのだが、今回は神原文庫だけを取材することになっている。
「特殊文庫としては、神原文庫のほかに、椹木八郎氏がドイツ法学の原書を集めた『椹木文庫』、有馬忠三郎氏の法学に関する文献の『有馬文庫』があります」と、吉田さんが教えてくれる。

 いよいよ、神原文庫の書庫に入る。案内してくれるのは、教育学部教授の守田逸人さんだ。
「私の専攻は日本中世史です。明治時代、全国に散逸した東大寺文書の研究をしています。
神原文庫のことは知っていたので、2016年に本学に着任した際、調べてみたら3件の東大寺文書が見つかったんです。これは嬉しかったですね」と目を細める。

 守田さんはそれをきっかけに、神原文庫の研究を始めるようになった。
「書庫の資料は、目録に記載されている順に並べられています」と説明する。
 ざっと眺めただけでも、中性紙箱、古文書を入れた袋。和本、洋書と、棚ごとにさまざまな形態の資料がある。

2_shelf lined with neutral paper boxes
★中性紙箱が並ぶ棚

3_shelf of ancient documents
★古文書の棚

4_shelf lined with japanese books
★和本が並ぶ棚

 創刊号雑誌を収めた棚もある。その数は1000点以上あり、農業・園芸、化学、スポーツ、法律・政治、社会、文芸、児童と多岐にわたる。
 その中から、『左翼藝術』(1928年創刊)と『樂天パック』(1912年創刊)を見せてもらう。どの創刊号も状態がよく、丁寧に保管されてきたことが判る。

5_sayokugeijyutsu
★『左翼藝術』

6_rakuten
★『樂天パック』

文字と本への情熱

 書庫で一冊ずつ手に取ってじっくり見たいところだが、取材時間は限られている。別室で
話を伺う。
「神原甚造の旧蔵書・資料は約1万2000点、1万6560冊にのぼります」と、守田さんが説明する(以下、守田逸人「香川大学図書館神原文庫と所蔵史料について」、『古文書研究』第90号、2020年12月、を参照)

 神原甚造は1884年(明治17)、香川県多度津町生まれ。丸亀中学校、第三高等学校を
経て、京都帝国大学法学部に進学。卒業後は司法官となり、1925年(大正14)には大審院判事となった。

 1950年(昭和25)に香川大学の初代学長に就任。1954年(昭和29)に死去した後、その蔵書は香川大学に寄贈され、神原文庫となった。
『神原文庫分類目録』では、その特徴をこうまとめている。
「神原先生の御蔵書に、先生の専門とせられた法律学に関するものが多いのは当然であるが、しかしその中心となるものは、江戸時代後期から明治維新を経て、日清戦争頃にいたる約百年間における、わが国の西洋文化摂取の過程を跡づけるための根本資料となるべき諸文献である。

すなわち、その第一は、蘭学書にはじまる仏語、独語、英語などの語学書、第二には、それらの語学によって齎された、人文、社会、自然の各方面にわたる新しい文化内容に関する図書、第三には、これらの新文化を摂取した当時の社会状勢を物語っている、外交、政治、
経済、芸術、風俗などに関する書籍である」

 神原が小学校に上がる前、祖母から教科書の読本を教わった。「これこそが私が文字と云ふものを知つた始めであり、又本と云ふものに親しむに至つた抑の端緒である」(『おもひでの記』)。この『初學第一讀本』の現物も神原文庫に所蔵されている。

7_dokuhon
★『初學第一讀本』

 第三高等学校在学中には、神原彩翅の名で与謝野鉄幹が主宰する『明星』に短歌を発表していた。

8_myojyo
★神原の短歌が掲載された『明星』

入手の記録と戦前の古書店事情

 若い頃から文学や本に関心を持っていた神原が、資料の収集をはじめたのはいつからだろうか。
 それを明らかにするのが、『古資料収集記録帖』だ。1922年(大正11)から1944年(昭和19)にわたる収集品と入手元を時系列に記録している。全部で17帖ある。薄い帳面を守田さんが開いて見せてくれる。

9_collection records
★『古資料収集記録帖』

10_collection records around1925
★『古資料収集記録帖』1925年の項

 書き込まれている情報は、佐藤恒雄「神原甚造先生の集書と古資料収集記録帖(下)「古資料収集記録帖」と「書籍抜粋抄」」(『香川大学附属図書館報』第37号、2004年3月)によれば、「①書名(若干の書誌情報などを伴うこともある),②冊数,③買値の符丁を記し,
上部罫の欄外(または罫内の最上段)に,④購入した年月日と,⑤購入した書店または場所」である。
 「スコ、マイ」「サ、サ」などの符丁も使われている。

 収集をはじめたきっかけについて、「神原は1918年(大正7)に妻のすみを亡くしたことが、コレクションを始めたきっかけだったかもしれません」と、守田さんは推測を述べる。
 関西で暮らしてきた時期、神原は京都の古書店で多く購入している。1924年(大正13)に東京控訴院の判事として上京すると、東京の古本屋との付き合いが増える。

「神田では巌松堂、大屋書房、一誠堂、雄松堂、本郷では本吉書店、赤門俱楽部(木内誠商店)など、神田神保町・本郷の古書肆を中心に頻繁に取引するようになる」(守田逸人「香川大学図書館神原文庫と所蔵史料について」)

 現在も残る名店や木内書店のように業界史に残る店ばかりなのは、さすがだ。
 守田さんによれば、最も多く取り引きしたのが巌松堂で、『古資料収集記録帖』には195回登場する。「多いときには、一回で284点も入手しています」。

 実際、書庫で見つけた箱には「本書三割引買戻」というラベルが貼られていた。
「此新型サツク(本年三月弊古典部創案にかかる)使用の古書類御読了の節は一ヶ年以内ならば甚しき汚損なき限り三割引にて買戻しますから御用命下さい(略)昭和七年十月 巌松堂書店古典部 波多野重太郎」
 顧客サービスとして行なわれたものだろう。
 これらの記録を巌松堂の社史と照合すると、さまざまな発見がありそうだ。

11_lebel of ganshodo
★巌松堂のラベル

 神原が上京した1924年は、前々年に発生した関東大震災の影響で、諸名家の売り立てが
相次いだ時期である。
また、古書即売展も盛んに行なわれた。神原は駿河台図書倶楽部即売展、青山会館展、丸ビル即売展、新宿三越即売展などこまめに足を運んでいる。

この年には吉野作造、石井研堂、尾佐竹猛らが「明治文化研究会」を結成。彼らもまた即売展に通って、資料を発掘した。同会には神原と同じく香川出身の宮武外骨も参加していたが、
神原は17歳年上のこの同郷人とどこかの即売展で会ったことがあるかもしれない。そう考えると楽しい。

「京都や東京の露店の古本屋で買ったという記録もあって、その当時の本の文化の広がりが
判ります」と、守田さんは云う。
 守田さんが神原の子孫から「書店に行けば『この竿からこっちの竿まで』という大胆な買い方をしていたようです。吉祥寺の家にもリアカーに本をたくさん積んだ人たちがよく売りに来ていたとか」という逸話も聞いている。

 『古資料収集記録帖』やその他の資料には、購入時の領収書や請求書、古本屋と交わした
書簡なども残されている。恐るべきマメさだ。

12_bill & receipt
★請求書や領収書

13_letter with bookstore
★古書店との書簡

 神原はこれらの資料を保存するだけでなく、折に触れて見直して整理したり、書き込みをしたりしている。
 さらに、関心を持つテーマについては、「飲食」「古文書写」「書物関係奇談雅話」などと封筒に記し、資料を読んだメモを入れている。

14_momo_food & drink
★「飲食」のメモ

15_memo
★「古文書写」のメモ

「『神原』という名前にも関心があったようで、それが出てくる資料のメモもありますね」と守田さんは教えてくれた。
 法曹界で忙しい日々を送っていた神原は、いつ、このような作業を送っていたのだろうか? 仕事を離れて、夜に資料のページをめくる時間が、彼にとっての生きがいだったのかもしれない。

天下の孤本と紙モノ

 このような膨大なコレクションを同大は時間をかけて整理し、2冊の目録を刊行した。
 そして、1995年からは神原文庫の資料展を開催した。第1回は「啓蒙の源流」と題して貴重な洋学関係資料を展示した。

 その後、1年に一回、「中世の武家文書」「幕末・明治初頭の新聞・雑誌」「絵本」「江戸知識人の見た世界」「知の体系」などを開催してきた。2回にわたって開催した「妖怪展」では、妖怪が描かれた和本や錦絵などを展示した。図録も発行している。
 個人のコレクションでこれだけ幅広いテーマの展示が成り立つことは、神原文庫の力を示している。

 2023年には守田さんの監修で「香川大学図書館『神原文庫』と初代学長神原甚造の人物像」という展示を開催。そこでは、神原の人生や法曹界での活動、資料収集、貴重書などが
展示された。

 守田さんに神原文庫の貴重品を選んでいただいたところ、次々にテーブルに並べられた。
 たとえば、藤原家隆『詠百首和歌』。藤原家隆は鎌倉前期の公家で、新古今和歌集の選者の
一人。この写本は1462年(寛正3)のもので、最も古い部類の写本だという。

16_eihyakusyuwaka
★『詠百首和歌』

 1492年(弘治5)の『伊路波』朝鮮版。ハングルが公布されて間もない時期に、朝鮮人のための日本語学習書として刊行された。朝鮮にも現存しない、「天下の孤本」だという。

17_iroha korean version
★『伊路波』朝鮮版

 もしくは秋山伊豆『讃岐物語』。著者は江戸時代の儒者で、古代、中世の讃岐の政治動向などをまとめた本だという。

18_sanukimonogatari
★『讃岐物語』

 ……貴重な資料ばかりで息がつまる。
 口直しに、というのも変だが、私が30年前に神原文庫の目録で見た紙モノも、見せていただく。
「[マッチレッテル集]」は明治期の輸出用マッチのラベルを貼り込んだスクラップブックだ。

19_match label collection1

20_match label collection2jpg
★「[マッチレッテル集]」

 ほかにも、蔵書印や印影を貼り込んだスクラップブックがあった。

21_scrapbook
★蔵書印スクラップブック

 世の中に二つとない古文書や写本、地図の一方に、誰かが集めないと消えていってしまう紙モノがあるのが素晴らしい。神原の几帳面さと本への情熱があってこそ、これらは同じ場所に残されたのだ。

 それでは、これらのコレクションを成すことで、神原がめざしたことはなんだったのか。
 佐藤恒雄は、神原が1945年に退官したのち、資料を使って研究をまとめることに没頭したと指摘する(「神原甚造先生の集書と古資料収集記録帖(下)」)。

 3年後に弁護士を開業する際の挨拶状には、次のようにある。
「十数年前から道楽に続けて来ました或研究に没頭して居ましたが、もともと非実用的な而も相当大部な著述なので、時節柄出版不可能となって張合も抜け、一時研究を中止しました」
 その研究がどんなものだったかはっきりしないが、これだけ多くの資料を前にすると、どうまとめればいいかが見えず、かえって挫折するものなのかもしれない。

 むしろ各分野の研究者が、神原文庫の資料の一点一点と『古資料収集記録帖』を対照し、
共同研究することで、神原が夢見た研究が形になるかもしれない。
 私のような門外漢が駆け足で眺めただけでも、恐るべきポテンシャルを秘めた書庫だと感じた。
 
 
香川大学図書館神原文庫
〒760-8525 香川県高松市幸町1番1号 香川大学 幸町北キャンパス内

神原文庫の資料の一部は、以下のページから閲覧できます
https://opac.lib.kagawa-u.ac.jp/KMBR/index.html
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu
 
 

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            南陀楼綾繁 著
     「書庫をあるく アーカイブの隠れた魅力」】

本連載の1〜19回までを単行本化した『書庫をあるく』は、
おかげさまでご好評をいただき、このたび増刷が決定しました!
まだお手に取っていない方は、ぜひこの機会にご覧ください。

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書名:「書庫をあるく アーカイブの隠れた魅力」
著者名:南陀楼綾繁
出版社名:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/256頁
税込価格:2,530円
ISBNコード:978-4-7744-0840-8

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破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

三昧堂(古本愛好家)

 私は探偵小説や時代小説のファンではない。この分野の本は殆ど読んでいないのだが、山本周五郎と池波正太郎だけは多少作品も読んでいるし、興味がある。読みだしたら、それだけにのめりこみそうなので避けてさえいるほどであるが、今回、その池波正太郎作品、特に池波
自装本について話をしたい。

 先日、『定本池波正太郎大成』の第四巻から七巻までの「鬼平犯科帳」四冊が驚くほど安く売られていたので思わず買ってしまった。A5判、2段組で合計3400頁に及ぶ大冊である。
書誌解説は詳細であるが、挿絵もなく、いわばテキストデータみたいな本で、確かに安くても敢えて買う人は稀だろうと思う。この『定本池波正太郎大成』は本巻30巻に別巻1冊がつく
大部の全集である。

かなり前になるが別巻「初期作品・対談座談・絵画・写真・書誌・年譜」(2001・講談社)のみ古書即売会で売られていたのを求めていた。書誌記述の詳細なのに惹かれたのである。
年譜も生活年譜ではなく著作年譜で、書誌は各書の書影が収められた見事な書誌である。年譜と書誌が相俟った完璧な書誌と言えると思う。いわゆる流行作家、大衆作家の全集・著作集としては異例の本である。私はどちらかと言えば「鬼平」よりも「藤枝梅安」が好きなのであるが、「別巻」の充実に惹かれて「鬼平」に手を出したわけである。

『定本』の各巻の書誌も詳細で、「鬼平」の初刊本は文藝春秋からの刊行だが、初出誌『オール読物』、それ以降収録の『別冊歴史読本』、文藝春秋版の単行本、文春文庫版、『池波正太郎集』(朝日新聞社)について触れ、各書の異同も記録している。いわゆる純文学系の文学者でもなかなかここまで徹底した書誌は稀だろう。昔、講談社の文芸局長や取締役を歴任された故・鷲尾賢也さんに、あの書誌は凄いですねと話したら「そうだろう」と満足そうな顔をされたのを思い出す。

 『オール読物』掲載時には佐多芳郎、「新鬼平犯科帳」になると中一弥が主に挿絵を描いているが、『週刊文春』連載の「番外編」では池波自身で挿絵を描いている。昭和59年に刊行された番外編『乳房』の装幀・挿画とも池波自身によるものである。池波の絵は定評があるが、この単行本『乳房』も素人技ではない。

  乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊行
  〇乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊

 著書に自分で挿絵を描いた例としては、北原白秋が真っ先に思い浮かぶが、滝沢馬琴も
「南総里見八犬伝」などの版下絵を描いている。時代小説は殊に時代考証が求められるので、前記した中一弥さんなども資料収集家としても有名であった。神保町古書店街でよくお見受けする逢坂剛さんの父上である。

 『完本池波正太郎大成別巻』の書誌によれば、装幀を担当しているのは、玉井ヒロテルによるものが圧倒的多い。他に真鍋博、三井永一、風間完、中一弥、村上豊、伊坂芳太郎などがあるが、池波による自装本を以下に列挙してみる。

 新・鬼平犯科帳 番外編 乳房 昭和59年11月 文藝春秋
 同  文春文庫 昭和62年12月 文藝春秋

 新・鬼平犯科帳 炎の色 昭和62年5月 文藝春秋
 
 剣客商売 浮沈 平成1年10月 新潮社

  浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)
  〇浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)

 闇は知っている 新潮文庫 昭和57年1月 新潮社
 (昭和53年刊行の立風書房版の装幀は辰巳四郎)

 ひとのふんどし 新書版  昭和58年8月 東京文藝社
 (昭和45年 東京文藝社・新書版の装幀は伊坂芳太郎)

 おとこの秘図 上中下 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和52年 新潮社初版6冊の装幀は玉井ヒロテル)

  おとこの秘図 上中下 表紙 新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、新潮社、昭和52年から53年
  〇おとこの秘図 上中下 表紙       〇おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、
   新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  新潮社、昭和52年から53年

 忍びの旗 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和54年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 真田騒動―恩田木工 新潮文庫 昭和59年9月 新潮社

 あほうがらす 新潮文庫 昭和60年3月 新潮社

 剣客商売番外編 黒白 上下 新潮文庫 昭和62年5月 新潮社
 (昭和58年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 雲ながれゆく 文春文庫 昭和61年1月 文藝春秋
 (昭和58年 文藝春秋版初版の装幀は北澤知巳)

 秘密  昭和62年1月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成2年1月 文藝春秋

  秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月
  〇秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月

 緑のオリンピア 講談社文庫 昭和62年4月 講談社
 (東京文藝社『ひとのふんどし』を改題)

 真田太平記1~12 新潮文庫 昭和62年9月~63年2月 新潮社
 (昭和49年~59年 朝日新聞社版初版の装幀は玉井ヒロテル)

 原っぱ  昭和63年4月 新潮社

 編笠十兵衛 上下 新潮文庫 昭和63年4月 新潮社
 (昭和45年 新潮社初版の装幀は中一弥)

 食卓の情景 新潮文庫 昭和55年4月 新潮社
 (昭和48年朝日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)

 日曜日の万年筆 昭和55年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和59年3月 新潮社

 旅は青空 昭和56年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和62年3月 新潮社

 散歩のとき何か食べたくなって 昭和52年12月 平凡社
 同 新潮文庫 昭和56年10月 新潮社

 味と映画の歳時記 昭和57年5月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和61年4月 新潮社

 一年の風景 昭和57年9月 朝日新聞社

 青春の忘れもの 新書版 昭和58年10月 東京文藝社
(昭和44年刊行の毎日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)
 むかしの味 昭和59年1月 新潮社

 梅安料理ごよみ 昭和59年5月 講談社

 私の歳月 講談社文庫 昭和59年6月 講談社
(昭和54年 講談社初版の装幀は中林忠良)

 食卓のつぶやき 昭和59年10月 朝日新聞社

 男の作法 新潮文庫 昭和59年11月 新潮社
(昭和56年 ごま書房版の装幀は佐村憲一)

 肴 日本の名随筆26 昭和59年12月 作品社

 夜明けのブランデー 昭和60年11月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成1年2月 文藝春秋

 映画を見ると得をする 新潮文庫 昭和62年7月 新潮社
(昭和55年 ごま書房版の装幀は上條喬久)

 フランス映画紀行 新潮文庫 昭和63年6月 新潮社

 池波正太郎の春夏秋冬 平成1年4月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成7年1月 文藝春秋

 ル・パスタン 平成1年5月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成6年12月 文藝春秋

 ドンレミイの雨 新潮文庫 平成1年6月 新潮社

 これらを見ると、昭和52年の『散歩のとき何か食べたくてなって』や、昭和55年の『日曜日の万年筆』などのエッセイ集の装幀から始まり、徐々に『乳房』(昭和59)や『秘密』
(昭和62)などの小説の装幀、あるいは文庫化にあたり自装に変更していったことが分かる。

ただ、エッセイ集の装幀はいずれもお洒落だが挿図の延長のような感じである。しかし小説『乳房』や『浮沈』の装幀は、プロの装幀家以上の斬新なデザインで魅力的で、『秘密』は
装幀以上に口絵が大胆である。また新潮文庫『おとこの秘図』の装画はガラッと変わった抽象画で、初版の玉井ヒロテル装幀、中一弥挿絵・装画とは全くイメージが違う。文庫版の解説を初出時に挿絵を描いた中一弥氏が書いているが、作品内で度々描かれる浮世絵春画にも由来して、「週刊新潮」の連載にあたり挿絵として「秘戯図」を描こうと決めたが、様々な意味で
難しい作業であったようだ。その苦労した挿絵が文庫には掲載されておらず、更に池波自身が描いた装幀画は抽象画であった。このドロドロとしたイメージは男女の得も言われぬ情念の
世界を描いたのだろうか。その中一弥氏の苦労した挿絵が見たくなって、全六冊の初版を注文してしまい、また本が増えてしまった。

 今回特別なファンでも愛読者でもない池波正太郎に関心を持ったのは、前回も触れたように、三冊欠けた『中野重治全集』を貰い書棚に収めるために、当座必要ではない吉川弘文館の『日本随筆大成』を物置に移そうとして取り出した一冊第二期22巻に森山孝盛の「蜑の焼藻の記」が収められており、読み始めたら内容が面白いのに加え、その森山が鬼平・長谷川平蔵組に居た幕臣とあり興味を持ったことに始まる。

解説によると「蜑の焼藻の記」は冷泉家門下の歌人でもあった孝盛が、新井白石の「折りたく柴の記」にならい、寛政の改革に当って、松平定信、矢部定謙、中川忠英などの逸事や、冷泉家、日野家など歌壇の消息や、本人の身辺を記録したもので、執筆の動機は、加役の火付盗賊改を免ぜられたことにあったとのことだ。孝盛は四百石取りの幕臣で寛政六年御目付ヨリ、
同七年定加役 長谷川平蔵組、同八年定加役御免、とあるから火付盗賊改としては一年ほどの期間であったということだろう。学識もあり循吏の聞もあり楽翁松平定信の信任もあつかったが、火付盗賊改の任期一年は短い。免職が執筆の動機とのことだが、長谷川平蔵とは折りが
合わなかったのか、あまりよく書いていない。以下の通りだ。

 「寛政七年五月、加役つとめ居たりし長谷川平蔵重病にかゝりて、危かりければ、翁(注・孝盛のこと)を召て捜捕の役を被命ぬ。彼長谷川小ざかしき生質にて、八年の間加役勤るうち、様々の計をめぐらしけり。たとへば加役は御手先諸組より増人をとることゆへに、其増人に来りたるもの共に、長谷川が紋付たる高提灯を渡し置たり。若最寄々々に出火ある時は、
其高提灯をともして、速に火事場に押立置せたり。されば愚かなるものゝ目には、はや長谷川の出馬せられたると、驚き思はするためなり。(略)長谷川申乞て、銭の売買なんどしたり。

八年が間様々の奇計をめぐらしたるにより、世上にては口々に長谷川がことを批判したりけり。元来御禁制の目あかし岡引といふものを専らつかひたるゆへに、差掛りたる大盗強盗なんどは、忽チ召捕て手柄を顕したれども、世上は却て穏かならず。大火も年々不絶けり。(略)翁思ひもよらず、捜捕の職を命ぜられければ、つくづくと考ふるに、世上の不正を改め、刑罰を行ひ、人の生死を決断する役目なれば、人を捕ふることは、第二にして我組の者どもの不正のふるまひなからんことをのみ、日夜厳しく禁めて、いさゝかも宜しからざる趣あれば、
忽其人を省みて、他組より別人を入替る様にはからひたり。扨岡引目明しをかたく禁じて、色々所存のあらましを執政達に申述たりき。さらば召捕ものは少なかるべきに、日々に罪に
つくもの多くして、彼奇計をめぐらしたる長谷川が手並に少しも替わることなかりけり」

 と言った具合で、役人として考え方の違いがはっきり出ている感じだ。小説やテレビで描かれた鬼平、あるいは瀧川政次郎の『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』(1975・朝日新聞社)などでは、高く評価される鬼平だが、同時代には違う見方があったことを知った。この『日本随筆大成』捨てずに良かった。

 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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2025年5月23日 第419号

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☆INDEX☆
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1.「近代出版史探索外伝Ⅱ」と小田光雄
                            小田啓子

2.近くて遠い、戦後新刊書店の経営史
 (『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』)
                            飯田一史

3.吉田健一の交遊錄展
                            西村義孝

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━━━━━━━━━━【自著を語る(339)】━━━━━━━━━━

「近代出版史探索外伝Ⅱ」と小田光雄

                            小田啓子

 故小田光雄の70冊目となる著書『近代出版史探索外伝Ⅱ』が5月に出版
されました。売れっ子でも流行作家でもない小田光雄が73年の生涯で
70冊もの著書を刊行できたことは感無量です。

 小田光雄は静岡県西部の地方都市の二十数軒ほどの農村集落に生まれ、
大学での在京期間を除き、七十年近くをそこで暮らしてきました。
そして高度成長期に伴い、流入してきた新住民との混住の郊外消費社会が
形成されていくなかに身を置いて、その変遷を見つめてきました。
そうした視点からすべての著書は書かれていて、実はそれらはミステリ
仕立てになっていると本人がよく申しておりました。

 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=21387
 
 
書名:近代出版史探索外伝Ⅱ
著者:小田光雄
発行元:論創社
判型/ページ数:四六/488頁
価格:5,500円(税込) 
ISBN:978-4-8460-2394-2
Cコード:0095

好評発売中!
https://ronso.co.jp/book/2394/
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(340)】━━━━━━━━━━

近くて遠い、戦後新刊書店の経営史
(『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』)
                             飯田一史

 この本は「はじめに」で断っているとおり戦後の新刊書店の歴史であり、
古本屋のことはほとんど扱えていない。
 古本屋を含めなかった理由は、新刊書店史のあゆみとはかなり異なるため、
両方扱うと話が散漫になりそうだと思ったこと、うまくまとめられたとしても
本が新書に適さないほど分厚くなるであろうこと、古本は新本と比べて統計、
調査が少なく全体像が描きにくいと思ったこと、などが理由だ。

 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=21598
 
 
書名:町の本屋はいかにしてつぶれてきたか
著者:飯田一史
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/352頁
価格:1,320円(税込) 
ISBN:9784582860795
Cコード:0200

好評発売中!
https://www.heibonsha.co.jp/book/b659325.html
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

吉田健一の交遊錄展
                            西村義孝

 6月7日(土)から14日(土)まで、神保町東京古書会館で『吉田健一の交遊錄展』
を開催します。吉田健一は、吉田茂元首相の長男で英文学者、文芸評論家、
小説家、随筆家、翻訳家として知られています。

 吉田健一の著作に『交遊錄』があり、その目次に並ぶ河上徹太郎、中村光夫、
横光利一、福原麟太郎、石川淳、ドナルド・キイン、若い人たち等への献呈署名本、
さらに家族に宛てた献呈署名本、相手の作家から贈られた旧蔵本を展示予定です。
また、『交遊錄』以外にも吉田健一からの献呈署名本、旧蔵本、著作本、翻訳本、
寄稿雑誌、冊子、内容見本、草稿、地図入り書簡、色紙、旧宅玄関ドアのハウス
ナンバー、雨戸のフック他も展示する予定です。

 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=21577
 
 
━━━━━━【「吉田健一の交遊錄展」開催のお知らせ】━━━━━━

『吉田健一の交遊錄展 献呈署名本、旧蔵書他から』を東京古書会館
2階情報コーナーで開催いたします。会期中にはトークイベントが2回
開催されます(どちらも予約が必要です)。皆さまのお誘いあわせの上、
ぜひご来場ください。お待ちしております。

【吉田健一の交遊錄展 献呈署名本、旧蔵書他から】
会期:2025年6月7日(土)~6月14日(土)※6/8休館日
時間:10時~18時(土曜日は17時終了)
会場:東京古書会館2階展示室(千代田区神田小川町3-22)
主催:吉田健一の交遊録展 実行委員会
料金:入場無料
https://www.kosho.ne.jp/?p=1554
 
 
━━━━【ドキュメンタリー映画『ポラン』上映のお知らせ】━━━━

古書店「ポラン書房」の閉店とその後を描く、中村洸太監督による
ドキュメンタリー『ポラン』が、6月に東京で行われる特集上映「山形
ドキュメンタリー道場 in 東京 2025 初夏篇」で上映されます。

■ 上映詳細
日時:2025/06/08 (日) 19:30
場所:ユーロスペース (渋谷区円山町1-5)
URL:https://ddcenter.org/dojotokyo/

■ 映画『ポラン』について
街の古本屋として人々に愛されてきた「ポラン書房」。コロナ禍中、
突如閉店が告知される。店に生きる人々の閉店までの日常とその後の
軌跡を静かに記録する。(2022年製作、77分)
 
 

━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸
著者:小山力也
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判変型並製/256頁
価格:1,980円(税込) 
ISBN:978-4-86011-601-9
Cコード:0395

好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860116019.html

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書名:高所綱渡り師たち 残酷のユートピアを生きる
著者:石井達朗
発行元:青弓社
判型/ページ数:A5/256頁
価格:3,740円(税込) 
ISBN:978-4-7872-7473-1
Cコード:0076

好評発売中!
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787274731/

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【展示会開催のご案内】
「没後80年記念 探偵作家・大阪圭吉展」開催にあたり
会期:2025年7月11日(金)~7月26日(土)
※7月13日(日)、20日(日)は休館
時間:10時~18時(最終日のみ17時終了)
会場:東京古書会館2階展示室(千代田区神田小川町3-22)

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━━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━━

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日本の古本屋メールマガジン その419 5月23日

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〇近代出版史探索外伝Ⅱ

「近代出版史探索外伝Ⅱ」と小田光雄

「近代出版史探索外伝Ⅱ」と小田光雄

小田啓子

 故小田光雄の70冊目となる著書『近代出版史探索外伝Ⅱ』が5月に出版されました。売れっ子でも流行作家でもない小田光雄が73年の生涯で70冊もの著書を刊行できたことは感無量です。たくさんの方々のご支援があってのことと深く感謝いたします。

 小田光雄も『近代出版史探索Ⅶ』の刊行時に、メールマガジン2024年2月26日号の「自著を語る」で、長編連作シリーズ『近代出版史探索』の成立経緯と関係者に対する深い謝辞を述べています。
まず『日本古書通信』の連載を単行本化した『古本屋散策』が鹿島茂氏のご選考により、
「第29回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞したことによって、ブログ連載の「古本夜話」が『近代出版史探索』として刊行することが決まったと記しています。

次に論創社をはじめ、身近な人たちの好意と支援によって出版が継続されていることを伝えています。本の内容紹介にはふれずに、まるで虫の知らせがあったかのような感謝の言葉を並べ、3カ月後に亡くなってしまいました。

 一冊目の『近代出版史探索外伝』は2021年9月に刊行されました。2009年から始めたブログ「出版・読書メモランダム」は「古本夜話」と、出版業界の定点観測である「出版状況クロニクル」を二本の柱として書き綴られましたが、その他に「ゾラからハードボイルドへ」「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」「ブルーコミックス論」などのジャンルもありました。「あとがき」で、その三本を映画の「雑多な三本立て上映」を模すようにして、『外伝』は編まれ、『近代出版史探索』シリーズの中にあって、「間奏曲のような趣」の「愛着のある論稿」で
あると本人は述べています。

 小田光雄は静岡県西部の地方都市の二十数軒ほどの農村集落に生まれ、大学での在京期間を除き、七十年近くをそこで暮らしてきました。そして高度成長期に伴い、流入してきた新住民との混住の郊外消費社会が形成されていくなかに身を置いて、その変遷を見つめてきました。
そうした視点からすべての著書は書かれていて、実はそれらはミステリ仕立てになっていると本人がよく申しておりました。

 今回の『近代出版史探索外伝Ⅱ』は論創社のホームページに連載されたコラム「本を読む」(2016年2月~2024年6月)の100編に、未発表原稿10編と「解説」3編などを加えて単行本化したものです。

 小田光雄の著書ではめずらしく「本を読む」のタイトルどおり、少年期の農村の駄菓子屋兼
貸本屋、町の商店街の貸本屋や書店、隣市の古本屋、そして中高生時代の学校図書室での読書体験などがふんだんに織り込まれた読書遍歴となっています。
長く閉じられたままになっていたこの駄菓子屋兼貸本屋(たばこ屋)が最近取り壊され、ついに記憶だけの地になってしまいました。これもひとつの時代の終焉でしょうか。

 「ドゥマゴ文学賞」受賞時の挨拶で、自分は「読み書きの職人である」と見なし、ひっそりと居職の生活を続けてきたと述べています。そこに至るまでに書店員、店長、書店経営を経て、出版社パピルス代表として数々の翻訳書を刊行してきました。中学生の頃は「売れない物書き」になりたいと考えていたと語っていて、その夢もかなえられました。また「ドゥマゴ文学賞」を受賞するに至り、長きにわたって書き続けてきたご褒美だと喜んでおりました。

 さて、小田光雄は3カ月に満たない闘病で亡くなってしまったので、直前まで元気で、これから出版したいリストを書いていました。まるで遺書のような「幻の企画書」です。

自治会長として古くなった公会堂の立て直しを計画しましたが、諸事情により無念の白紙撤回となりました。『自治会 宗教 地方史』は地方における宗教や歴史の大きな文脈の中でそのいきさつを綴っていて、原稿は完成に近づいていました。

『失われた新書を求めて』は『近代出版史探索外伝Ⅲ』として出したいと書かれていました。1950年代に創刊され、60年代に終わった新書の総合目録を作成し、戦後多数の新書が出現した背景と、消えてしまった経緯をたどる企画だったようです。

その他に「戦後の大手出版社のシリーズ物」『出版状況クロニクルⅧ』総集編、『近代出版史探索Ⅷ』『古本屋散策Ⅱ』「出版人に聞く」シリーズの再開など、貪欲に出版を夢見ておりました。これらを書き続けていたら、どんなものになっただろうかと思いを巡らせています。

 『近代出版史探索外伝Ⅱ』は小田光雄が50年前に購入し、愛してやまなかった絵画を表紙に
配しています。小田光雄が生きた証としてお読みいただければ幸いに存じます。
なお小田光雄の著書一覧と書影、パピルス刊行物一覧、年譜はブログ「出版・読書メモランダム」に掲載していますので、よろしかったらご覧ください。
 
 
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書名:『近代出版史探索外伝Ⅱ』
著者:小田光雄
発行元:論創社
判型/ページ数:四六/488頁
価格:5,500円(税込)
ISBN:978-4-8460-2394-2
Cコード:0095
 
好評発売中!
https://ronso.co.jp/book/2394/
 
 
【小田光雄さん寄稿特集】
本メルマガにご寄稿いただいた全記事を一覧にまとめ、特設ページとして公開いたします。
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=21672

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「近くて遠い、戦後新刊書店の経営史」
(『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』)

「近くて遠い、戦後新刊書店の経営史」
(『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』)

飯田一史

『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』執筆に際しては、書店新風会関連の資料などの購入で「日本の古本屋」にはとてもお世話になった。こうして執筆機会をいただけて非常に嬉しく思っている。

 この本は「はじめに」で断っているとおり戦後の新刊書店の歴史であり、古本屋のことは
ほとんど扱えていない。
 古本屋を含めなかった理由は、新刊書店史のあゆみとはかなり異なるため、両方扱うと話が散漫になりそうだと思ったこと、うまくまとめられたとしても本が新書に適さないほど分厚くなるであろうこと、古本は新本と比べて統計、調査が少なく全体像が描きにくいと思ったこと、などが理由だ。

 しかし、文中でも記したとおり、読書世論調査などを踏まえると日本人(16歳以上)の
平均的な書籍の読書冊数は2冊未満でずっと推移している。仮に月1・5冊として人口1.2億人とすると日本人は年間21・6億冊読んでいる。2023年には書籍の推定販売部数は4・6億冊、公立図書館では個人貸出と団体貸出を合わせて8・4億冊(出版科学研究所、
日本図書館協会調べ)である。新刊で買った本、図書館で借りた本をすべて読んだというムリな仮定を置いても残り4割、8・6億冊は新刊書店でも公共図書館でもないところから調達した書籍が読まれていることになる。すでに家にある本、そして古本屋抜きに読書も本の購買も語れないのである。

 拙著発売の少し前に鹿島茂氏の『古本屋の誕生』が刊行されたが、誰かに新刊と古本を合わせた総体的な本屋・読書の歴史を書いてもらいたいと思う。
 私は戦後の新刊書店史を描くだけでも調べ物が大変すぎて、もう二度と同じような作業はしたくないので遠慮したい。

 古本業界や古本好きの方々には自明のこととは思うが一応書かせていただくと、新刊書店と古本屋の兼業は、昭和初期まではめずらしくなかった。
 松本昇平『業務日誌余白』(1981年)によれば、大正時代に新刊の返品が自由になった(買切から委託に移行した)あともしばらくは「仕入れたら割り引いてでも売り切る」のが
書店の責務と考える向きがあり、書店の多くは古書店を兼ねていた。当時はひとつの店が、
新本の小売から古書の買い入れ・販売、せどりまでやっていた。

 ところが新本・古本兼業書店では、新品の雑誌を買った読者が読んですぐ同じ店に売り、
その古本を本屋が版元に返品する不正販売・不正返品が昭和初年代に横行し、1932年
(昭和7年)に日本雑誌協会が「古本兼業禁止」を全国書店商に通告。書店から大反対されるも、結局、組合規約でも禁止された。

 戦後になっても「新本と古書兼業者」「新本と貸本兼業者」は新刊書店の組合には原則加入できなかった。古書店が新刊雑誌を発売日前に値引き販売したことで書店組合がクレームを
付けてやめさせる事件(「全国書店新聞」日本書籍商業組合連合会、1972年1月15日)や、1977年には書店が古新聞や古雑誌をあつかう古紙業者から雑誌を買って取次に返品して換金する「杉田商店事件」があった(『日本雑誌協会二十年史』1981年)。

1980年代前半には神田の古書店街で新刊ベストセラーや辞書類が値引き販売されている
ことが問題にもなっていた(『出版年鑑』1983年版~1985年版)。
 新本のみをあつかう出版社、取次、書店からすると古本=不正換金手段、再販契約のアウトサイダーというイメージがつきまとってきた。
 ブックオフの台頭以降はやや風向きが変わり、新刊書店と古本兼業もまた少し増えたが、
兼業店のオーナーに訊くと「正直、今も出版社からはよく思われていない」と返ってくることもある。
 生活者としては新刊書店、出版社、取次いずれの人も古本屋も当たり前に使っていると思う。いわゆる本好きはなおさら「新刊だけ」「古本だけ」という人はまれだろう。それなのに、いつまで色眼鏡で見て垣根を設けるつもりなのかと思ってしまう。

 古本屋を近くて遠い存在にし、1940年代以来の出版流通システムに何年も浸かってきたことで、仕入れと値付け、資金繰りがいかに重要なのかという古本屋なら当たり前に認識している小売業の基本を、新刊書店はいささか忘却してしまい、あとになってそのツケを払わされているように見える。
 本の定価は出版社が付け、本の仕入のかなりの部分が取次による見計らい配本に左右され、入出金の支払いサイトも取次に握られている。系列店やフランチャイズでもないのに、である。この異様な業態が新刊書店だった。

 取次のパターン配本、チェーン書店での本部一括仕入れなどを背景とした「金太郎飴書店」という言葉は、新刊書店では揶揄の言葉として一般的だ。実際そう感じる本屋もある。だが
古本屋にこの言葉が用いられることは少ない。新古書店でさえ、一店ごとに個性がある(出てしまう)。

 見計らい配本だと、取次が勝手に送りつけてきた本に対して、その分の仕入金額が発生する。つまり書店は月々の仕入の金額が事前にわからないというおそろしい状態になる。しかも書店に本が着荷した翌月末には支払いが発生する。書籍の場合は返品自体も返品後の返金もそれより遅くなりがちだ。結果、キャッシュフローが悪化しやすいという取引条件なのである。にもかかわらず、この問題も、取次が買掛金の取り立てを厳しくしはじめる1990年代後半まで見過ごされてきた。

 古本業界や古本ファンの方が『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』を読むポイントとしては、このように近くて遠い新刊書店業のビジネスモデルや商慣習、その歴史が、どれだけ
古書業界と隔たっているのか、その違いが改めて垣間見える部分にあるのではないかと思う。
 
 
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書名:『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』
著者:飯田一史
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/352頁
価格:1,320円(税込)
ISBN:9784582860795
Cコード:0200
 
好評発売中!
https://www.heibonsha.co.jp/book/b659325.html

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吉田健一の交遊錄展

吉田健一の交遊錄展

西村 義孝

 6月7日(土)から14日(土)まで、神保町東京古書会館で『吉田健一の交遊錄展』を開催します。吉田健一は、吉田茂元首相の長男で英文学者、文芸評論家、小説家、随筆家、翻訳家として知られています。

 吉田健一の著作に『交遊錄』があり、その目次に並ぶ河上徹太郎、中村光夫、横光利一、
福原麟太郎、石川淳、ドナルド・キイン、若い人たち等への献呈署名本、さらに家族に宛てた献呈署名本、相手の作家から贈られた旧蔵本を展示予定です。また、『交遊錄』以外にも吉田健一からの献呈署名本、旧蔵本、著作本、翻訳本、寄稿雑誌、冊子、内容見本、草稿、地図入り書簡、色紙、旧宅玄関ドアのハウスナンバー、雨戸のフック他も展示する予定です。

 トーク・イベントも2回、開催を予定しています。1回目の6月7日(土)は、角地幸男氏(『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』の著者)と西村との対談、2回目の6月14日(土)は西村の講演で、蒐集にまつわる裏話などを公開する予定です。申し込み詳細は、告知のフライヤ、SNSをご参照下さい。

 蒐集のきっかけは、小学館の雑誌サライの特集「吉田健一の食文学入門」(1991年4月18日発行)でした。辻調理師専門学校校長の辻静雄が「これだけの教養人」と書いている
吉田健一とはどんな人物なのか、ぜひ知りたいと思ったのが始まりで、辻さんの全文は次の通りです。
《日本人は本当の欧州を知らない。森鴎外、夏目漱石は肩肘張って欧州を紹介したが、肌で
彼我の差がわかり、“上機嫌”で欧州の正体を教えてくれた最初の人が吉田さんだった。私は
東京、大阪、ハワイ、スコットランドの家にそれぞれ全集(全32巻、絶版)を置いている。
というのもそこに本物の文明が書かれているから。これだけの教養人が書いたものを、私は
驚きたくて読む。料理だけではない何かを教えられたくて読むのである。》

 この文章がきっかけで、吉田健一の蒐集は、著作本、翻訳本、寄稿雑誌、書簡、草稿、色紙他へと、次第に深みにはまって行きました。

 著作本、翻訳本を蒐集する中で、帯付き、美本を求めていくことを古本の世界で知り、同じ本ですが、より状態のいいもの、刊行当時の状態として帯付きのものへと買い替えて行きました。さらに署名のないものから署名本へ、さらに献呈先が違うものが見つかると新たに買い求めました。満寿屋の原稿用紙に書かれた草稿を手に入れ、吉田健一の原稿の特徴である、最後の升目まできちっと埋まっていることを確認しました。書簡では結びの一句、「先は御禮旁々右まで」といった言い回しを真似るようになりました。

 『葡萄酒の色』の革装17部限定本が初めて現れた時、箪笥貯金でなく本棚貯金である草稿、書簡が購入資金となりました。欲しい本は予告なく突発的に現われ、待ったなし、資金は潤沢ではなく、蒐集した草稿、書簡、署名本等を古書店へ買取り依頼し、もしくは物々交換で手に入れておりました。欲しいものが現れるたびに手放すものが増え、何度も目の前を通り過ぎていきました。あとで買い戻した本も少なからずございます。ある時、古書店ご主人から「いい加減にしてくれ」的な注意を受けたことがございました。同じ本を何度も売り買いしていたからです。

欲しい本の金額に見合う買取り依頼本に、何度も同じ本が入ってしまうのは、買取り金額が、およそわかっていたからかもしれません。限定本は数十部同じ本があり、回りまわって再度
手に入る機会があります。50部『シェイクスピア』、17部『葡萄酒の色』は複数手に入っていたことから手放す機会があり、30部『でたらめろん』は見返しが切り取られたものを手放しました。その後、『シェイクスピア』、『葡萄酒の色』は縁があり、また手に入りました。
吉田健一の古書価は、手が全く届かない訳ではなく、なんとかなりそうだから、というのが
蒐集の永く続いた理由のひとつかもしれません。

 当方の蒐集対象には、吉田健一以外に佐野繁次郎がございます。時には、佐野繁次郎に出物があり、吉田健一の蒐集品が購入資金となって手放したものも多くございます。そうした中で、コレクションとして継続所蔵しているものを展示します。普段は本部屋の本棚に前後2列に収納しておりますものが、ガラスケースに入り展示されます。展示会開始の前日に、いろいろ展示の設営を考えるのも、また楽しみのひとつです。

 展示会の告知ポスター、フライヤ、DMと図録のデザインを、デザイナーの水戸部功氏に
依頼して作成しております。完成しましたら会場に置く予定でございますので、合わせて見て戴けますと幸いです。ご来場をお待ちしております。
 
 
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【吉田健一の交遊錄展 献呈署名本、旧蔵書他から】
 会期:2025年6月7日(土)~6月14日(土)※休館日:6月8日
 開館時間:月曜~金曜=10:00-18:00/土曜=10:00~17:00
 会場:東京古書会館 2階情報コーナー(千代田区神田小川町3-22)
 主催:吉田健一の交遊錄展 実行委員会
 料金:入場無料
 https://www.kosho.ne.jp/?p=1554
 

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時代と出版を読む――小田光雄さん寄稿特集

時代と出版を読む――小田光雄さん寄稿特集

小田光雄さんの寄稿一覧に寄せて

長年にわたり、本メルマガに数多くの原稿をお寄せくださった小田光雄さんが、2024年に逝去されました。小田さんには、古書や出版の世界についての鋭い視点と深い知見をもって、定点観測のように継続的に情勢をまとめていただき、読者のみなさまにとっても貴重な指針となる文章を数多く残してくださいました。

そのご功績に感謝の意を込めて、これまで本メルマガにご寄稿いただいた全記事を一覧にまとめ、特設ページとして公開いたします。小田さんの筆致に触れたことがある方も、今回初めて読まれる方も、この記録があらためて小田さんの仕事に触れるきっかけとなり、その記録が今後、誰かの思考や実践の参考となることを願ってやみません。
 
 
【2008年】
・6月25日 第68号 ブックオフと出版業界

【2010年】
・5月25日 第91号 出版状況クロニクルⅡ

【2012年】
・3月23日 第113号 出版状況クロニクルⅢ

【2014年】
・1月24日 第150号 『奇譚クラグ』から『裏窓』へ
・10月24日 第168号 小泉孝一『鈴木書店の成長と衰退』について

【2016年】
・6月24日 第207号 出版状況クロニクルⅣ

【2017年】
・6月23日 第229号 郊外の果てへの旅/混住社会論

【2018年】
・4月25日 第249号 出版状況クロニクルⅤ

【2019年】
・7月25日 第279号 古本屋散策(第29回ドゥマゴ文学賞受賞)
・11月25日 第287号 近代出版史探索

【2020年】
・5月25日 第299号 近代出版史探索Ⅱ
・8月25日 第305号 近代出版史探索Ⅲ
・11月25日 第311号 近代出版史探索Ⅳ

【2021年】
・2月25日 第317号 近代出版史探索Ⅴ
・6月25日 第325号 出版状況クロニクルⅥ
・10月25日 第333号 『近代出版史探索外伝』について

【2022年】
・5月25日 第347号 近代出版史探索Ⅵ

【2024年】
・2月26日 第389号 近代出版史探索VII
 
 
出版状況クロニクル1 出版状況クロニクル2 出版状況クロニクル3
 
〇出版状況クロニクルⅣ 〇出版状況クロニクルⅤ 出版状況クロニクル6
 
出版状況クロニクル7 郊外の果てへの旅/混住社会論 古本屋散策
 
近代出版史探索1 近代出版史探索2 近代出版史探索3
 
近代出版史探索4 近代出版史探索Ⅴ 近代出版史探索外伝1
 
近代出版史外伝2
 
 
小田光雄さんの著書一覧と書影、パピルス刊行物一覧、年譜はブログ「出版・読書メモランダム」をご覧ください。
「出版・読書メモランダム」https://odamitsuo.hatenablog.com/

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